シズちゃんが酒代のために冒険者になる話   作:ファジー・ネーブル

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漆黒の剣が駆け出しの頃にあの安宿を利用していたことと、冒険者組合に荷物運び(ポーター)の資質を測るための鞄が置いてあることは独自設定です。

2018/10/08/23:30.に第一話を大幅に書き直しました。
それ以前、投稿してから一日以内に第一話を読まれた方は第一話からお願いします。

2018/10/12/03:33.に冒頭の二行を少し修正しました。


シズちゃんが飲酒と賭博を覚える話

 C(シー)Z(ゼット)2()1(イチ)2()8(ハチ)Δ(デルタ)。通称シズ・デルタ。それが彼女の名だ。

 

 彼女は自動人形(オートマトン)という異形種であり、いくつかのモンスター能力を持つ。例えば毒に対する完全耐性などだ。

 

 そんな彼女は今、死屍累々と言わんばかりに酔い潰れた冒険者達に囲まれて酒を飲んでいた。

 

 ことの始まりは冒険者組合での登録まで遡る。

 

 漆黒の剣に連れられて冒険者組合のウェスタンドアを通り抜けたシズ・デルタを迎えたのは冒険者達の無遠慮な視線だった。ある者はその美しい容姿に目を見開き、ある者はその奇抜な格好から来歴を噂する。それらを無表情で受け止めたシズは受付のカウンターまで漆黒の剣について行く。

 

 そしてリーダーのペテルが受付で仕事の報告と報酬の受け取りを済ませた後、シズを受付嬢に紹介した。

 

「イシュペンさん、こちらはシズ・デルタさんです。冒険者登録をしたいそうです」

「冒険者登録ですか?」

 

 てっきり、どこかの貴族が趣味で変わった格好をさせているメイドか、さもなければ売れている大道芸人かと思っていたイシュペンは、どちらにせよ依頼に来たのだと思っていた。しかしペテルの言葉にじっとシズを見る。その装備は一目見て分かるほど上質なメイド服に金属鎧を組み合わせたようなものだった。一応金属板を備えているが、胸を覆っていないなど実用性には疑問が残る配置だ。そしてイシュペンの肩ほどまでしかないであろう背の低さから歳は10か11ほどに思える。美少女ではあるが、それで冒険者が生き残れる訳ではない。彼女はシズが冒険者に向いていないと結論付けた。

 

 すぐに死んでしまうのが目に見えているし、彼女の歳で死ぬのは流石に忍びない。彼女の容姿なら働き口はいくらでもあるはずだ。そう考えた彼女はこの美しい少女、というか女児をいかに諦めさせるか頭を回転させ始めた。

 

「えっと、シズちゃん?あなたはまだ小さいから、冒険者になるのは早過ぎると思うわ。毎日こわーいモンスターと戦わなきゃいけないのよ?」

「…………問題ない。……戦闘能力はある」

「そんな難しい言葉どこで覚えたのか知らないけれど、戦ったことなんてないでしょう?」

「…………ない。でも大丈夫。……力は強い」

「力は強いって……あっ、そうね!ならそこの壁際にある大きな鞄を持ち上げてくれるかしら?それができたら冒険者になってもいいと思うわ」

「…………分かった」

 

 イシュペンは新人が荷物持ち(ポーター)としてやっていけるかの検査のために置いている鞄を指した。それに向かってトテトテと歩いていくシズを見ながら、これで彼女が早死にすることはないだろう、と思った。

 

「…………できた」

「ああ、やっぱり重、えっ?」

 

 イシュペンが思考から抜け出して目の前を見ると、そこには成人男性でなければ持ち上げられないはずの大きな鞄を片手で軽々と頭上に掲げて来たシズがいた。冷たい輝きを宿した翠玉(エメラルド)の瞳はどことなく自慢げですらある。しかしイシュペンは呆然として返事を返せない。

 

「…………まだ足りない?……なら」

 

 彼女はそう言うと空いているほうの手で近くにあった長椅子まで軽やかに歩いていき、それを『座っている冒険者ごと』掲げた。

 

「う、うおおおお!?」

「お、下ろしてくれ!?」

「悪かった!大道芸人とか言って悪かったから許してくれ!?」

 

 座っている冒険者達から抗議の声が上がるがシズは聞こえていないかのようにもう一度、先程のセリフを繰り返した。

 

「…………できた」

「わ、分かりました!分かりましたから下ろしてください!ゆっくりと!ゆっくりとですよ!?」

 

 その言葉を受けてシズは長椅子と大きな鞄をゆっくりと寸分違わぬ位置に戻し、また受付までトテトテと戻ってきた。

 

 こんな小さな女の子がどうやったらこれだけの筋力を手に入れられるのか。まさかあの金属板はダンベル代わりの鉛でも入っているのだろうか。私も大道芸人かと思ったと言っていたら椅子ごと持ち上げられていたのだろうか。イシュペンの頭の中は疑問で一杯だったが、意志力でそれを押しのけて仕事をこなそうとする。しかしそれはすぐには叶わなかった。

 

「すごいじゃないですかシズさん!」

「まさに怪力無双であるな!」

「すげーなシズちゃん!」

「シズさん……尊敬します!」

「…………照れる」

 

 シズを連れてきた漆黒の剣が彼女を取り巻いてわいわいと騒いでいた。イシュペンは彼ら五人の注意をこちらに向けるべく、握り拳で机をドンドンと強めに叩いた。そして彼らがこちらに目を向けると、こほんと小さな咳払いを一つした。

 

「それでは冒険者登録を行います。まず必要書類料ですが」

「あ、俺が払うよ。シズちゃん今財布持ってなくてさ」

「…………ありがとう」

「では必要事項をお書き下さい」

 

 イシュペンはルクルットから銀貨を受け取ると、シズの前に羽ペンとインク壺を添えて登録用の書類を出した。しかしそれが彼女の手で記入されることはなかった。彼女は極寒の視線をカウンターの羊皮紙に送りながら静かに言う。

 

「…………読めない」

「えっ?何か難しい単語がありましたか?」

「…………言語体系が違う」

「あぁ、王国の外からいらしたのですね。代筆料は……」

「それも俺が払うよ」

「かしこまりました。ではまず登録名を教えていただけますか?」

「…………シズ・デルタ」

 

 シズは少し悩んだが、既に名乗っている通称だけを答えた。彼女の正式名称はC(シー)Z(ゼット)2()1(イチ)2()8(ハチ)Δ(デルタ)であるが、その名前で呼ばれることはナザリックでもほぼ無い。それに、もしかしたらこの正式名称はナザリックの一員と、転移させた犯人と、無関係に騙そうと近付いてきた存在とを見分けるのに使えるかもしれない。ナザリックに所属するものが至高の御方々に与えられた名を、他者のものとはいえ間違えるはずが無いのだから。

 

 少しして、必要事項を全て書き終わったイシュペンはシズにもう一つ必要なことを尋ねる。

 

「講習は今から受けますか?」

「…………時間かかる?」

「さほどかかりませんよ」

「…………受ける」

 

 実はシズはこの時点で何についての講習かを理解していない。しかし必要かつ時間がかからないならさっさと済ませてしまおうと思ったのだ。そろそろ空腹が限界に近付いてきたことでもあるし。

 

 このときイシュペンは筋力を調べたときに驚かされた仕返しにちょっとした意地悪をしようと考えた。といっても、必要なことを教えないとかではない。そんなことをすれば自分のミスになるし、何よりそこまで酷いことをするつもりはない。ただ単に、講習の内容、即ち冒険者の基本的な知識について『早口』で説明するだけだ。

 

 そして彼女の過去最高速の早口によって報酬、罰金、難度についての説明が5分ほど立て続けになされた。その情報の洪水に講習を受けたことがある漆黒の剣すら目を白黒させている。そして説明が終わると、彼女は「どう?聞き返しても良いのよ?」と言わんばかりの意地悪な笑みを心の中に浮かべてシズを見た。しかし―――。

 

「…………報酬の20%が調査費で組合に引かれる。……緊急時は5%。……失敗したら冒険者が調査費と同額を依頼者に払う。……前金は1.5倍を払う。……難度でクラスが分けられる。……クラスを超えた依頼は受けれられない。……合ってる?」

「…………合っています」

 

 相変わらずの無表情でさらりと要点を纏めてみせるシズにイシュペンは呆然と答える。

 

 (負けたわ……。でも、まだ終わらない……!見ていなさい、次は聞き返させてやるんだから……!)

 

 彼女の翠玉(エメラルド)の瞳に、イシュペンは冷たい輝きではなく熱い闘志を見た。たしかに負けた。だが戦いはまだ終わっていない。彼女か自分がその立場を離れるまで、決して諦めることは無い!受付嬢イシュペン・ロンブルはそう決意した。もっとも、シズの心には空腹の二文字しか浮かんでいなかったが。

 

 

 

 そして登録と講習が終わり、(カッパー)のプレートを受け取ったシズは漆黒の剣に案内されて駆け出し冒険者向けの安宿へ向かった。

 

 ここが、これから起こる惨劇の舞台である。

 

「ひ、ひぃ!?『怪力のシズ』だ!」

 

 安宿に入った彼女を最初に出迎えたのはそんな言葉だった。見ると、冒険者組合で掲げた長椅子に座っていた冒険者の一人だった。長椅子を下ろした後に彼らはどこかに逃げ出していたが、どうやら避難先はここだったらしい。

 

 その言葉をきっかけに室内の冒険者達が一斉に彼女へ眼を向けて、ひそひそと話し出した。

 

「あれが三人を長椅子ごと持ち上げた……」

「十人じゃなかったか?」

「大道芸人って言ったら殺されるらしい」

「かわいいぜ……」

 

 その話し声に漆黒の剣は苦笑いしながら、シズは無表情でカウンターまで歩いていく。そして筋骨隆々、全身古傷だらけの店主にペテルが話しかける。

 

「お久しぶりです。親父さん」

「おう、(シルバー)級に上がってからはどうだペテル」

「仲間たちのおかげで何とかやっています。親父さんが引き合わせてくれたおかげです」

「ふんっ、おだてたって何も出ねえぞ」

 

 そう言いながらも店主は照れたようにそっぽを向いた。どうやら正面きって感謝されるのが苦手らしい。

 

「それで、後ろのちっこいのを案内して来たのか?」

 

 そう言って店主はペテルの後ろにいたシズに眼を向けた。小さい。それが店主の第一印象だった。冒険者はランクが上がると体格に見合わぬ怪力を発揮することがある。だがこの少女からはそのような歴戦の強者の雰囲気は感じられない。顔はとても美しいが、それで生き延びられる訳でもない。店主の中では、冒険者たちが口々に話していた『怪力のシズ』と目の前の『小さなシズ』がどうしても結びつかなかった。

 

「はい。このたび冒険者になったシズさんです」

「…………シズ・デルタ。……よろしく」

 

 店主はこの小さなシズの覇気の無さが心配になった。冒険者の中には荒くれ者も多い。仮に怪力が事実だとしても、気が弱ければ要らぬ争いに巻き込まれることになる。そして怪力が事実ならばそのたびに怪我人が出るだろう。それは誰にとっても不利益でしかない。

 

「そんなんでやっていけるのか?もっと腹から声出せ!」

「…………シズ・デルタ!……よろしく!」

「……まあ、今はそれでいい」

 

 正直なところ不安なままだが、この様子では急な改善は難しいと店主は判断する。せめて冒険者の荒波に放り込む前にワンクッションおこうと考えて、店内をざっと見回した。そして噂話に参加せず、テーブルに出したポーションを眺めてにやにやしている女冒険者を見つける。同じ女で気が強い、ついでに言うならシズの噂を大して気にしていないあいつなら色々教えてやれるだろう。そう思って彼女に面倒を見させることにした。

 

「おい、ブリタ!今日からお前と同室だ!面倒見てやれ!」

「は!?大部屋でしょ!?なんであたし!?」

「お前がこの店で一番気が強い女だからだ!冒険者の心構えってやつを教えとけ!」

「えぇ~!?」

 

 ブリタと呼ばれた短い赤毛の女冒険者は不満の声を上げるが、それを気にする様子も無くトコトコと近付いてきたシズに声をかけられる。

 

「…………シズ・デルタ!……よろしく!」

「あぁ、うん。よろしく……」

 

 ブリタは困った顔をしながら、この奇妙な格好をした美少女にどうやって冒険者の心構えを教えるか悩んでいた。どう考えても自分とは性格が合いそうにない。自分の心構えをそのまま教えていいものだろうか。そう考えた彼女はまず彼女について知ることから始めた。そろそろ夕食時だから、好物について尋ねるのがいいだろう。

 

「えっと、何か好きな食べ物とかある?」

「…………蒸留酒」

「……いや、食べ物を聞いたんだけど……」

 

 彼女の的外れとしか思えない回答にブリタが(不思議ちゃんかー)と困っていると、そこに店主と話している漆黒の剣から離れてルクルットがやって来た。

 

「やっほーブリタちゃん」

「ブリタちゃんって……あんた、たしか美人を見るたびに口説いて回ってる男だよね?」

「まあまあ、その話は今はいいじゃんか」

「何の用?」

「シズちゃんあんまり沢山喋らないからさ、サポートしようと思って!……実はシズちゃん、体質で大量のカロリーが要るけど液体しか口に出来ないらしいんだ」

「そうなの?」

「…………うん。……だから、蒸留酒」

 

 本当は超高カロリーの専用ドリンクが最適なのだが、現地で入手できそうに無いので諦めている。そしてシズは今まで酒を飲んだことがないのでとりあえず高濃度のエタノールという意味で蒸留酒をあげている。

 

「いやでも、蒸留酒が主食って流石に体に悪いでしょ?」

「…………大丈夫。……酔わない」

「いや、お酒に強くても限度があるでしょ」

「…………この店の冒険者が……全員潰れる量を飲んでも……酔わない」

「あっはっは!それは流石に無理でしょー!そもそもそんな大金持ってるなら私にも奢ってよー!」

 

 ブリタは余りの荒唐無稽さに思わず笑い出してしまった。だが、そのときシズに電流走る……ッ!

 

「…………なら、こうする。……この店の冒険者が、私に奢る。……冒険者は、私と同じ量を飲む。……私が先に潰れたら……全額二倍にして返す」

「……マジで?」

「…………何をしてでも……二倍にして返す」

 

 その言葉に店内の冒険者がざわつく。この店の冒険者は(カッパー)級か(アイアン)級である。(アイアン)級以下の冒険者というものは長い間酒を断ち、爪に火を(とも)す思いで生活費を切り詰め、依頼を必死にこなしてやっとポーション1本を買えるほどカツカツの生活をしている。そんな彼らが『こんな小さな少女を酔い潰しただけで金が二倍になる』と聞いて欲を抑えられなくなったとしても、誰が責められようか。

 

「よく言ったシズちゃん!その話乗ったぜ!」

「俺も乗った!いまさら無しだなんていうなよ!?」

「俺もだ!」

「俺も俺も!」

「シズちゃん万歳!」

 

 誰かが声を上げれば次々に「乗った乗った」と騒ぎ出し、ついにブリタと漆黒の剣を除く全ての冒険者がその賭けに乗ってしまった。その状況にルクルットとブリタは呆れ半分、焦り半分の声を出した。

 

「おいマジかよシズちゃん……大変なことになっちまったぞ……」

「あたし、知らないからね……」

 

 カウンターで店主と話していたペテルは心配そうな視線をシズに向けながら、店主にどうしたものかと声をかけた。

 

「親父さん……」

「まあ、すぐに潰れて軽い借金で済むだろ。うちでこき使ってやる」

「ありがとうございます」

「ふんっ、お前に礼を言われることじゃねえよ」

 

 店主はシズに給仕と掃除でもさせればいいかと思っていた。あの外見なら客の冒険者どもも喜ぶだろう、と。

 

 別に、賭けに乗った冒険者たちはシズを破滅させようとしている訳ではない。『怪力のシズ』が話通りならばすぐに二倍くらい稼ぐだろうし、できなくても貸しを作れれば仕事が楽になると思っただけだ。中には酔い潰していい目を見たいと思ってる変態もいたが。

 

 そして、冒頭に至る。

 

 店内で起きているのは店主とブリタ、そして今も蒸留酒を口にしているシズだけである。漆黒の剣は自分達の夕食もあるので、惨劇が起こる前に店主とブリタに任せて中級の宿に帰ってしまった。

 

「あんた、本当に酔わないのね……」

「…………体質」

「にしたって……どれだけ飲んだの?」

「…………ショットグラス40杯……およそ1リットル」

「……死ぬわよ?」

「…………体質」

「……もう、それでいいわ……」

 

 ブリタは火がつくような蒸留酒を水のように飲むシズの酒豪っぷりを、何かを悟ったような顔で受け入れた。

 

 ユグドラシルにおいてもこの世界においてもアルコールは毒である。正確には毒として魔法やアイテム、モンスター能力に弾かれる。だから毒に対する完全耐性を持つシズは、いくら飲んでも酔うということがない。

 

 なお、シズが普段飲んでいた超高カロリーの専用ドリンクはコップ一杯、およそ0.2リットルで数千キロカロリーである。エタノールが1リットルで約7000キロカロリーなので、今回飲んだ蒸留酒のカロリーは専用ドリンクおよそ1~2杯分だ。

 

 シズ・デルタの異世界での主食が決定された瞬間である。

 

「…………苦い」

 

 それでも、味だけはどうにかならないかと、専用ドリンクのストロベリー味を懐かしく思うシズであった。

 

続く。




間違っても火がつくような蒸留酒を1リットルも飲むのはやめましょう。死にます。
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