シズちゃんが酒代のために冒険者になる話   作:ファジー・ネーブル

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蒸留酒1リットルで銀貨1枚というのは独自設定です。

2018/10/12/07:55.蒸留酒1本を空けるのに要る時間を1ヶ月から半月に、1年に空ける本数を20本に訂正しました。


シズちゃんが悪堕ちしそうな話

 C(シー)Z(ゼット)2()1(イチ)2()8(ハチ)Δ(デルタ)。通称シズ・デルタ。それが彼女の名だ。

 

 彼女はカルマ値をプラスに設定されたNPCであり、その行動原理は基本的に善意に基づくものだ。ゆえに他人を破滅させるような行動をとるとしたら、それはその他人がどうしようもない悪人であるか、もしくは『地獄への道は善意で舗装されている』というような状況が多いはずだ。

 

 そんな彼女は今、眼前の青ざめた男を破滅させようとしていた。

 

 ことの始まりは当日の朝まで遡る。

 

 昨晩、シズは飲みくらべで酔い潰した冒険者達を店主とブリタの二人と協力して部屋のベッドに放り込むと、自分も割り当てられた大部屋のベッドで人間のふりをするために朝までじっとしていた。アイテムボックスの確認をしようかとも思ったが、万が一誰かが起きだして見られたら面倒なことになると思ったので諦めた。

 

 そして東の空が白み始めると誰よりも早く起き出して食堂へ降りたが、店主がいなかったのでテーブルに逆さで載せてあった椅子を下ろして一人座って待っていた。そこへ筋骨隆々、全身古傷だらけの店主が現れる。

 

「…………おはよう」

「ああ、おはようさん。その様子だと二日酔いもないみたいだな。いま飯を用意するから待ってろ」

「…………蒸留酒」

「……液体しか口にできないし、蒸留酒じゃないとカロリーが追いつかないんだったな。分かった、待ってろ」

 

 店主は昨晩の惨劇を思い出しながらシズに一番きつい酒を出した。シズが酔い潰れた冒険者の大部分を運んだので、彼は別に怒っていない。むしろ、何人もの男を軽々と担いで階段を往復する様は『怪力のシズ』の噂が事実であったことを証明し、彼はシズに一目置くようになっていた。

 

「…………そういえば、私の……宿代と食費は?」

「漆黒の剣が代わりに払ったぞ。あとで礼を言っとけ、蒸留酒ってのは1本で銀貨1枚はするんだからな。それと、食費じゃなくて酒代だろ」

「…………これ以外、主食にできない……食費」

「まあ、どっちでもいいがな。ところで、さっきから蒸留酒としか言わねえが、酒の好みは無いのか?」

「…………苦いだけ」

「はっは!舌はまだまだ子供か!」

 

 店主は、怪力酒豪のシズといえど見た目通り幼いところもある、と愉快になった。しかし、同時に幼い頃から苦いだけのものを主食とせねばならないことを不憫にも思った。

 

「……でもまあ、苦いだけの食事じゃやる気が出ねえだろ。スープを持ってくるから待ってろ。飲めるよな?」

「…………飲める」

「よし」

 

 少しして、奥の厨房から戻ってきた店主が出した温かいスープをシズはゆっくりと味わって飲んだ。それは簡単な野菜スープから彼女の為に固形の野菜を抜いたものだったが、この異世界に来て初めてまともな味のものを口にしたシズは、ようやく人心地付いたのだった。

 

「…………今日……頑張る」

「ああ、頑張って行って来い」

 

 ちなみに最初に主食として出された1リットルほどあるボトルの酒はスープが来るまでに水のように飲み干されていた。

 

 そこへ昨晩唯一酒を飲まなかった冒険者であるブリタが降りてくる。彼女は二人の姿を確認すると朝の挨拶をしようとしたが、テーブルの上においてあるボトルを見つけて驚きの声を上げる。

 

「おはよう、二人と……うわっ!?また飲んでる!?」

「…………もう飲んでない。……飲み終わった」

「いまはスープ飲んでたところだ」

「それって朝っぱらから飲んでたってことじゃない……これ一本全部空けたの?」

 

 ブリタはテーブルに近付き、空のボトルを持ち上げて眺めた。

 

「…………食前酒」

「主食じゃなかったのか?」

「…………蒸留酒は……苦い。……口直し……いる」

「えっ、なにそれ。苦いと思って1リットルも飲んでたの?」

「…………」

 

 シズがシズが無言でこくりと頷くと、ブリタは愉快なものを見つけたと言わんばかりに笑い出した。

 

「あははははは!なにそれ!あんなに沢山の男を酔い潰しといて本人は苦いとしか思ってなかったとか!」

 

 どうやら昨晩の周りの男たちとシズのギャップが面白かったようだ。

 

「そんなに笑ってやるな。酒の旨さも分からん頃から酒を主食にしなきゃいけなかったんだ。無表情にもなる」

「…………親父さんも、笑ってた」

「……そうだったか?」

 

 とぼける店主に翠玉(エメラルド)の瞳から極寒の視線が刺さる。店主は思わず降参した。睨んでる訳でもないのに視線が冷たいのはなんでだろうな、などと益体もないことを考えながら。

 

「分かった分かった。俺が悪かった。だからそんな目で見るな」

「あっはっはっはっは!」

 

 ブリタはそのやり取りがおかしかったらしく、ますます笑い声を大きくしたのだった。店主はその笑い声を聞きながら「今日はいい日になりそうだな」と何となく思った。

 

 

 

 朝食を済ませたシズは店主からの言いつけで付いてきたブリタと一緒に朝早く冒険者組合へ向かった。彼女は昨日の夕方と同じようにウェスタンドアを通るが、今度は無遠慮な視線を送られることはない。むしろ誰もがさっと目を逸らし、彼女と受付のカウンターの間にいた者達はまるで聖者に道を開ける群集のようにその場を退いた。

 

 そしてシズの視線が通った先には自称好敵手(ライバル)の受付嬢、イシュペン・ロンブルが待ち構えていた。なお、誰にも言っていないので実際には自称どころか自認でしかない。イシュペンはシズの翠玉(エメラルド)の瞳から発せられる極寒の視線を正面から受け止め、むしろ自分の目からも光線を発しているかのような気持ちで彼女と視線を交わした。二人の視線がぶつかり合い、火花が散る。という様な幻覚をイシュペンだけが見ていた。

 

「おはようございます、シズ・デルタさん。本日は何のご用件ですか?」

 

 彼女は先手を取らんと言わんばかりに普通よりも離れた距離から、意識して滑舌よく挨拶した。それに対してシズは昨日と同じようにトコトコとマイペースに歩いて受付の前に立ってから返事をした。

 

「…………おはよう。……初仕事」

 

 イシュペンは(くっ、この程度では牽制にすらならないと言うの!?)と思いながら、何が何でもシズに聞き返させるべく昨日から一層鍛え始めた早口を放つ。

 

「依頼は基本的にそちらの掲示板に張り出しています。依頼を受けるときは張り出してある依頼書を剥がして受付まで持ってきて下さい。なお、まれに指名依頼というものが発生することがあります。これは依頼主が冒険者を指定して出される依頼です。報酬や難度、緊急性は様々ですが、基本的に有名でない冒険者には縁のない話だと思ってください。つまり有名な冒険者でなければ受けられることはまずない、冒険者にとってのステータスの一種だと言っても良いでしょう。ちなみに昨日話した講習の内容は覚えていますか?」

 

 これでどうだ!とでも言わんばかりの顔で彼女は口を閉じた。昨日の早口を超える剛速球に加え、最後は昨日の講習の内容を尋ねるという変化球だ。流石の『怪力のシズ』もこれには耐えられまい!と彼女は思った。しかし―――。

 

「…………報酬の20%が調査費で組合に引かれるが緊急時は5%で済む。……失敗したら冒険者が調査費と同額と前金の1.5倍を依頼者に払う。……難度でクラスが分けられクラスを超えた依頼は受けられない。…………文字が読めない冒険者に代わって依頼を見繕うサービスはある?」

「…………あります」

「…………お願い」

「…………はい」

 

 イシュペンは呆然とした。わが好敵手(ライバル)、シズ・デルタは昨日の講習の内容を昨日より簡潔かつ明瞭に説明した上で、依頼に関する説明を全て理解、記憶して的確な質問を投げかけてきたのだ。変化球を完全に捌かれ、剛速球も正面から打ち返された。敗北だ。誰の目から見ても明確な敗北だ。彼女の目にはうっすらと悔し涙すら浮かんでいた。

 

 なお、勝負だとか戦いだとか思っているのはこの世でイシュペンだけなので、誰の目から見てもただの事務的なやり取りをやたら早口で行ったと思えば突然涙を目に浮かべた変人受付嬢である。

 

 気付けばいつのまにか漆黒の剣もやって来ていて、シズとブリタの後ろから変なものを見る目でイシュペンを見つめていた。

 

 

 

 シズの初仕事はブリタと漆黒の剣を合わせた6人での街道のモンスター討伐に決定した。イシュペン曰く、ランクを上げるには昇格試験を受ける必要があるが大概モンスターと戦う内容なので実戦経験をまず積むべきだ、とのことだ。漆黒の剣という(シルバー)級チームと一緒ならば事故死もまずないだろう、という計算もされている。

 

 漆黒の剣はシズの初仕事だということから安全性を第一とした。例え怪力無双でも実戦経験がないことに違いはないのだ。ゆえに彼らはどうしても人類生存圏の隙間になりやすい国境方面ではなく、人の往来も頻繁でモンスターが少ないであろう王都側の街道をモンスター討伐のために進むことにしたのだった。

 

 そして、この判断が惨劇を起こす。

 

 彼らは確かにモンスターとはあまり会わなかったし、会っても弱いはぐれモンスターばかりだった。だが彼らはモンスターよりもよっぽど厄介な存在に囲まれた。すなわち人間、野盗団である。

 

 最初は街道に倒れた馬車が転がっていたことから、事故で転倒したのかと思った。そして近付いてみるとうめき声が聞こえたことから、馬車の中で人が怪我をして動けなくなっているのだと判断したのだ。

 

 しかし、身軽なルクルットが近付いて横倒しになった馬車の上に乗り、扉を開けると中にいたのは手足を縛られて猿轡をかまされた裕福そうな商人だった。その時点になってやっと彼らは罠だと気づいたが、時既に遅し。周囲を30人はいようかという野盗団に囲まれていた。

 

 (シルバー)級冒険者というのはよく訓練された兵士と同じくらいの戦闘能力があると見做されている。すなわち王国の主力である一般的な農民兵より強く、帝国の主力である職業兵士たる騎士に匹敵する強さだということだ。しかし、野盗団というのは戦時には傭兵団として雇われる職業兵士の集団である。つまり、(シルバー)級冒険者30人に囲まれたのと同義の状況に彼らは追い込まれたのだ。

 

「くそっ!お前達、何者だ!?なんでこんなところで罠を張っている!?」

 

 ペテルの誰何(すいか)する言葉に返ってきたのはゲラゲラという大勢からの笑い声だった。冒険者の宿で聞くようなものではなく、明らかに人を苦しめ、殺し、財貨を奪うことに愉悦を感じている悪意に満ちた笑い声。30人分のそれが漆黒の剣とブリタの神経を削る。

 

「冥土の土産に教えてやるよ。俺たちは死を撒く剣団。そこの馬車を襲ってる時に斥候がお前らを見つけたから、罠を張ってついでに頂いちまおうって話になったのさ。運が悪かったなぁ?」

「男は殺すが、女のほうはかわいがってやるから安心しなぁ!」

 

 屈強で自慢げな男の説明にニヤニヤと嗜虐的に笑う男の言葉が続き、再びゲラゲラと耳障りな笑い声が響く。ブリタはその言葉に威圧され剣を持つ手が震えていた。

 

 ペテルは歯を食いしばり、声を張り上げて仲間達に指示を出す。

 

「皆!円陣を組め!ここは王都に向かう街道だ!時間が経てば誰かが通る!それまで持ちこたえるんだ!」

「おう!こんなところで死んでたまるかよ!」

「一念岩をも通すのである!」

「ええ!今まで何度も死線を潜り抜けてきたんですから!」

「や、やってやる!やってやるんだから!」

 

 このときの彼の判断は(シルバー)級4人と(アイアン)級1人、そして未知数の(カッパー)級1人という戦力からすれば最適なものだった。だが、最適な判断をすれば生き残れるというほど、この世は甘くない。

 

 戦力比は1:5以上。攻め方3倍の法則を当てはめても絶望しか見えない数字だ。そして死を撒く剣団は長年この街道を狩り場にしており、人が通る時間の間隔を把握している。神はサイコロを振らない。数学的に絶望しか見えない状況は、数学的に絶望をもたらす。彼ら漆黒の剣とブリタの命運はここで尽きたのだ。

 

 なお、難度130越えの超大型新人の存在は考慮しないものとする。

 

 

 

 数分後。そこには呆然と立ち尽くす5人と地面に倒れてうめく30人、そして拾った木の枝でうめいている怪我人をつんつんと無表情でつついているシズ・デルタがいた。

 

 ちなみに馬車の中の商人は馬車が揺れるほど暴れてやっと思い出してもらえた。

 

「いやあ!本当に助かりました!私はバルド・ロフーレ。エ・ランテルで食料を主に取り扱っているロフーレ商会の主です。皆さんはエ・ランテルの冒険者ですか?」

「はい。私達はエ・ランテルの(シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』です。私がリーダーのペテル・モーク、彼がルクルット・ボルブ、小柄なほうの魔法詠唱者(マジックキャスター)がニニャ、大柄なほうの魔法詠唱者(マジックキャスター)がダイン・ウッドワンダーです。そしてこちらの(アイアン)級の彼女はブリタさん、(カッパー)級の彼女はシズ・デルタさんです」

「おお、ペテルさん、ルクルットさん、ニニャさん、ダインさん、ブリタさんにシズさん!このバルド・ロフーレ、あなたがたから受けた恩は決して忘れません!」

 

 助けられた商人、バルド・ロフーレはシズたち6人の名前を即座に全て覚えて(そら)んじてみせ、1人ずつに握手をして感謝を述べた。その丁寧な姿勢に彼らは自然と好感を抱いていた。こういう振る舞いが、裕福になる手腕の一つなのだろう。

 

「それで、ロフーレさんはどうして1人で馬車の中にいたんですか?部下の方はどこへ?」

「バルドとお呼びください。あなたがたは命の恩人なのですから。……部下のことですが、恥ずかしながら、その部下に裏切られたのです。商会の人手が急に足りなくなって雇った部下だったのですが、仕事ぶりは真面目で有能だったのです。なので今日、急に王都へ行かねばならない用事で彼の手配した用心棒に護衛を任せて出発したのですが……」

「その部下と護衛が野盗団の一員だったと」

「はい……。商人として人を見定めるのには慣れていたつもりだったのですが……それがかえって油断を招いたのかもしれませんね……」

 

 バルドはさも悔しそうな顔で呟いた。すると、その彼の袖をぴんぴんと引っ張る小柄な人物がいた。蒸留酒が主食のシズ・デルタだ。

 

「何ですか、シズさん?」

「…………蒸留酒、扱ってる?」

「勿論取り扱っておりますよ。エ・ランテルは戦争で数十万人の兵士が集まる街ですからね。嗜好品としてだけでもなく、ポーションや薬草が足りない時の応急処置で消毒液としても使います。それがどうかされましたか?」

「…………私、全部倒した」

「全部?」

 

 バルドが漆黒の剣とブリタに眼を向けると、真剣な眼差しで見返された。最初にペテルが口を開く。

 

「事実です。私達は自分の身を守るのに精一杯で、彼女が実質的に30人全員を殺さずに無力化しました」

「……なんと……!?」

「本当だぜ、バルドさん。シズちゃんは冒険者組合で冒険者3人を長椅子ごと頭上に掲げる筋力の持ち主だ。『怪力のシズ』なんて呼ばれてる」

「シズ氏の強さは我々が保証するのである!」

「ええ、彼女は本物の英雄になれる、いえ、今ですら本物の英雄と言えるだけの力を持っています」

「悔しいけど、私達5人を合わせた力より圧倒的に強いわ」

 

 他のメンバーも皆一様に肯定するだけで、誰も異議を唱えようとしなかった。つまりこの美少女というにはやや幼過ぎる彼女が本当に(シルバー)級と同等と言われる職業兵士を30人も1人で倒したのだろう。それも1人も殺さないという余裕を持って。バルドはその考えに至って驚愕に目を見開くと、その視線を真っ向から受け止めたシズから言葉が発せられる。

 

「…………私、命の恩人」

「え、えぇ。そうですな」

 

 バルドはこの小さな実力者がどんな要求をするのか、冷や汗をかいて耳を傾けた。

 

「…………恩返し、蒸留酒一生分」

「……わっはっは!その程度でしたらお安い御用ですよ!」

 

 なんだそんなことか、とバルドは予想以上に軽い要求で上機嫌に笑った。蒸留酒は1リットルのボトルを開けるのに半月以上かかる。毎年20本開けても出費は金貨1枚程度、100年分でも金貨100枚だ。バルドの命の値段としてはあまりにも安い。それに11歳ほどで既にとんでもなく強い彼女とのつながりが一生続くと思えば圧倒的に得だった。

 

 そう思って笑う彼と、そんな彼を見つめるシズに対して漆黒の剣とブリタはとてつもなくえげつないものを見たような顔をしていた。

 

「何事にも限度というものがあると思いますよ……」

「シズちゃん、流石にそれは引く……」

「いくらなんでもえげつなすぎるのである……」

「シズさん……それは流石にちょっと……」

「いやいや皆さん、ロフーレ商会を侮ってもらっては困りますな。この程度命の恩人への礼儀と思えば安いものですぞ!」

 

 彼は気付かない。自らの計算ミスを。そして漆黒の剣が彼に向ける養豚場の豚を見るような目を。そんな彼を不憫に思ったのか、ブリタが具体的な金額を口にする。

 

「シズ……、あんたそれはいくらなんでも酷いわよ。あんたのペースの一生分って、金貨1000枚はかかるでしょ?」

「は?」

 

 バルドは彼女が何を言っているのか分からないという顔をした。この小柄な美少女が蒸留酒で金貨1000枚とはどういうことだろうかと。そんな彼に追い討ちをかけるつもりはないのだろうが、シズは淡々と事実を訂正する。

 

「…………それは違う。……蒸留酒1リットルを銀貨1枚、金貨1枚を銀貨20枚とした場合、1日で3リットル、1年で1,095リットル、100年で109,500リットル。……すなわち金貨5000枚以上必要。……運動量が増えれば、倍の10,000枚は欲しい」

 

 金貨10,000枚。そんな金額を払えば商会は破産する。はっきり言って自分を人質にして身代金を取るつもりだっただろう野盗団でもそんな金額は要求しないだろう。100年分割にしても毎年金貨100枚。彼女が死ぬまで負担し続けるなんて、ただ繋がりが続くだけにしてはあまりにも重い。あまりの金額にシズが何を言っているのか理解できていないバルドに、哀れみの目を向けたニニャが説明する。

 

「バルドさん、彼女は液体以外を摂取できないのに大量のカロリーが必要な特殊体質なんです。なので火がつくような蒸留酒を1日3リットルは口にしないと死んでしまいます」

「……いや、いやいやいや。そんな馬鹿な……」

「…………事実。……あなたは言った……お安い御用、と」

「い、言いはしましたがそれはあなたがそんな特殊体質ではない前提での話です……!常識で考えてみてください……!」

「…………お安い御用なら払えるはず……即金で……金貨10,000枚」

「そ、そんなことをすれば私は破滅です!」

 

 そして、冒頭へ至る。

 

 バルド・ロフーレ。それがカルマ値がプラスであるはずのシズ・デルタに善意も悪意もなく破滅させられようとしている男の名である。

 

 シズの翠玉(エメラルド)の瞳から放たれる極寒の視線を受けたバルドはうろたえながらも必死に金貨10,000枚の出費を避けようとあれこれと弁舌を繰り出す。しかし彼女は一顧だにしない。なぜならここで一生分の食費が得られれば大幅にナザリックを探す時間を捻出できるからだ。

 

 そんな口約束など無視すればいいと思う人もいるかもしれない。だが、相手は現時点、11歳ほどで既に英雄といえる力を持っている存在なのだ。今は良くても、将来復讐されないとなぜ言えるだろうか。シズの翠玉(エメラルド)の瞳から発せられる極寒の視線もその考えを後押しする。睨んでいるわけでもないのにこんな冷たい目をする少女など、成長したらどうなるか……!その不安がバルドを無視という選択から遠ざける。このままでは彼が破滅するのも時間の問題だろう。

 

 しかし、それを止める人物がいた。まさかの、シズに惚れているルクルットである。彼はシズに語りかける。

 

「……待つんだ、シズちゃん。……たしかに一生分の酒代がもらえれば、冒険者をせずにナザリックに帰る方法を探すのに専念できるかもしれない。……でも、恩人であることを笠に着て人を破滅させたりしたら、お父さんやお母さんはどう思う?」

「…………」

 

 シズは考える。自らの創造主である博士のことを。あの至高の御方は私にプラスのカルマ値を与えられた。博士は私がカルマ値から外れた行動をすることをどう思うだろうか?……きっと悲しむに違いない。失望するに違いない。嫌がるに違いない。ならば、自分は従うべきだ。その設定に。創造主が与えたもうた自らの形に。……自分はナザリックへ帰ろうとするあまり、自らの形を見失いかけていたようだ。

 

「…………悲しむ」

「だろ?だったら、そんなことはしちゃ駄目だ」

「…………うん。……ありがとう、ルクルット」

「どういたしまして!」

 

 シズはルクルットに初めて心の底から感謝し、彼はその感謝を心の底からの笑みで受け取ったのであった。

 

 そのやり取りを見たバルドは金貨10,000枚という出費で破滅せずに済みそうだと思い、冷や汗を拭いながらほっと安堵の息をついた。

 

「ありがとうございます、ルクルットさん」

「別にいいさ。バルドさんがあんまりにもあんまりな条件を突きつけられてたからってのもあるけど、俺はシズちゃんに悪い道に堕ちてほしくないんだ」

「……なるほど。事情を全て知っている訳ではありませんが、どうか彼女が道を踏み外さないようにしてあげてください。彼女はまだ幼い」

「もちろん」

 

 そんな彼を見つめるのは、驚愕に目を見開いた漆黒の剣の仲間とブリタだった。

 

「ルクルット、お前にも人を諭すということができたんだな……嬉しいよ」

「あのルクルットがこんなに立派になるとは……万事塞翁が馬であるな!」

「ええ、ルクルットはやればできる子だったんですね」

「ルクルット……あんたのこと少し見直したわ……でも、無理はしないようにね?自分を偽って生きるのは、辛いことなんだから……」

 

 その褒めながらも貶しているような仲間の物言いにルクルットは思わず叫んだ。

 

「お前ら酷くねぇ!?たまにいいことしたらこれだよ!!」

「あ、自覚はあったんですね」

 

 ニニャのツッコミでオチたといわんばかりに一行は笑い声を上げる。周りには30人もの怪我人がうめき声を上げていたが、彼らはそんなことを気にせず笑い続けた。

 

 見ると、王都方面から隊商がやってきている。地面に転がっている野盗団は彼らに運ぶのを手伝ってもらおう。一行はそう考えて、隊商に手を振ったのだった。

 

 続く。

 




オバロ世界の金貨10,000枚は日本円にしておよそ10億円……ッ!!
カルネ村を襲った偽装騎士のベリュースさんが自分の命に金貨1000枚をつけたので、お金持ちの命の値段って言うのはそれくらいが相場なのかな?と。
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