シズちゃんが酒代のために冒険者になる話   作:ファジー・ネーブル

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自動人形(オートマトン)のモンスター能力の一つに疲労無効があるというのは独自設定です。



シズちゃんが血に塗れる話

 C(シー)Z(ゼット)2()1(イチ)2()8(ハチ)Δ(デルタ)。通称シズ・デルタ。それが彼女の名だ。

 

 彼女は創造主に与えられた自らの形、カルマ値がプラスのシズ・デルタを見失うところだった。それをルクルットという人間に助けられて以来、彼女は正義とは言わずとも、善を成すべきだと考えている。

 

 そんな彼女は今、血に(まみ)れていた。

 

 ことの始まりはエ・ランテル帰還直後まで遡る。

 

 漆黒の剣とブリタ、そしてシズはエ・ランテルの衛兵に野盗団を突き出し、冒険者組合にモンスター討伐の成果とことの次第を説明した。その後、彼らは心身ともに疲弊したと言うことで各自の宿に帰ることにした。まだ日は高いが、明日のために心と体を休めるのも冒険者の仕事の一つだからだ。ただ、シズだけは残った。受付嬢のイシュペンにある手続きをしてもらうために。

 

「昇格試験、ですか?」

「…………受けて……(アイアン)に」

 

 どんなに強かろうとも昇格試験を受けなければ上のランクには成れない。それが規則(ルール)だと漆黒の剣とブリタに聞いた。だからシズは創造主に与えられた、一度は見失いそうになったカルマ値に則って昇格試験を希望した。

 

「分かりました。では昇格試験の内容を説明します」

「…………おねがい」

 

 イシュペンは意識してゆっくりと、合間合間にシズが情報を咀嚼する時間を設けて説明した。彼女が求めるのはフェアな戦いでの勝利である。野盗団30人と戦うという激戦で疲弊した好敵手(ライバル)に止めを刺すことではない。それは勝利などではなく、ただの暗殺だ。イシュペン・ロンブルはシズ・デルタを好敵手(ライバル)だと認めるがゆえに戦いを挑まなかったのだ。

 

 シズはその遅さにどこか具合でも悪いのかと、イシュペンの体調を心配していたが。

 

 昇格試験の内容はエ・ランテル城壁外周部の西側区画のほとんどを占める共同墓地の巡回警備だ。20時、1時、5時に合計3回行い、1回につき30分から1時間はかかる。巡回の合間は中央区画の墓守の建物で休んでいてよい。出てくるモンスターは、それを事前に自力で調べるのも試験のうちなので詳しくは説明できない。しかし(シルバー)級に匹敵する野盗団30人を殺さずに倒したシズならば楽勝だろう、とはイシュペンの弁だ。

 

「それで、いつ受けられますか?拘束時間は17時から翌朝の6時までになりますので、明日受けるなら今日はもう帰って休むべきだと思いますが」

「…………今夜」

 

 イシュペンは目を見開いた。わが好敵手(ライバル)の顔は相変わらずの無表情で、冷たい輝きの翠玉(エメラルド)の瞳から発せられる視線は極寒。それだけ見ればいつも通りで、疲労の色はない。しかし彼女は今朝、30人もの野盗団に不殺を貫いたまま勝つという難行を果たしたばかりだ。疲れていないはずがない。しかし、まさか本当に疲れていないのだろうか?

 

「お疲れではないのですか?」

「…………問題ない。……今夜、受ける」

 

 シズは平然と答え、あくまでも今夜受けることを望んだ。事実、彼女は疲労していない。自動人形(オートマトン)のモンスター能力の一つに疲労無効があるからだ。彼女は何時間でも狙撃体勢のまま待機できるし、何時間でも対象を追跡できる。

 

 イシュペンはその態度に絶対の自信を感じ、彼女のタフネスを信じることにした。

 

「わかりました。手続きをしておきます」

「…………ありがとう」

 

 それを終えてようやくシズはいつもの安宿に帰った。

 

 

 

 冒険者組合と同じようなウェスタンドアをくぐると、がやがやと騒がしかった店内は一斉に静まり返る。そしてテーブルについている冒険者達は明らかな畏怖の視線を彼女に向け、ひそひそと話し始めた。30人潰し、野盗団潰しといった囁きを彼女の優れた聴覚が捕らえる。先に帰っていたブリタが街道でのできごとを話したのだろうとシズは思った。

 

 そして、その店内の変化に気付いた店主とブリタがシズに声をかけてくる。

 

「おう、帰ったか」

「おかえり」

「…………ただいま。……お腹空いた」

「待ってろ。いま持って来てやる」

 

 そう言って店主は奥の厨房へ入っていく。シズはブリタが一人で座っているテーブルに近付き、椅子を引いて相席することにした。

 

「何してたの?」

「…………昇格試験の手続き」

「ああ、あんたの実力なら(カッパー)はおかしいもんね。いつ受けるの?」

「…………今夜」

「……急ぎすぎじゃない?」

 

 ブリタはシズが焦っているのではないかと心配になった。たしかに一人で見知らぬ土地に放り出されて心細いのは分かる。だが、だからといって午前中にあれだけの大立ち回りをした夜に大事な昇格試験を受けるのは急ぎすぎだ。そもそも冒険者登録をしたのは昨日だと言うのに。

 

「…………ランクが上がれば、有名になる……見つけてもらえるかもしれない」

「だからって……疲れてないの?」

「…………平気」

 

 ブリタはシズを観察するが、たしかに疲れた様子は見られない。いつもの無表情に、いつもの極寒の視線だ。それに、あの戦いでも息一つ荒げていなかったような気がする。

 

「まあ……あんたなら大丈夫かもしれないけどさ。少しでもまずいかなと思ったらすぐに引くんだよ?冒険者達の間じゃ『まだ行けるはもう危ない』って言葉が言い伝えられてるんだから」

「…………わかった」

 

 シズは先輩冒険者から教えられた冒険者の言い伝えを素直に受け入れた。先人の教えは守るべきだ。守らなかったものは先人として言葉を残すこともできずに消えていったのだから。

 

 そこへ店主がボトルと皿を持って来る。皿からは食欲をくすぐるいい匂いが漂っていた。

 

「お待ちどうさん」

「…………ありがとう」

 

 シズは遅めの昼食として空きっ腹に火がつくような蒸留酒を一気に流し込み、口直しに野菜抜きスープをゆっくりと味わった。やはり専用ドリンクが最も美味しいと思うが、今の自分の心には必要な味だった。

 

 食事が終わるまで待ってくれていたブリタから墓地に出るモンスターを聞き出し、お礼として銀貨を1枚渡す。そして人間のふりをするために自分のベッドに潜り込み、夕方を待つ。自分しかいない昼間の大部屋はいやに静かだった。

 

 

 

 そして日が沈みかけ、空が赤からオレンジ、エメラルドグリーンを経て紺色へと変わろうとする夕方。左手にカンテラ、右手に大振りなナイフを持ったシズは共同墓地の門を潜り、昇格試験を開始した。

 

 誰もいない墓地を歩く、歩く、歩く。遠くで何かの鳴き声が聞こえる。たまに人影が見えたと思ったらスケルトンだったのでナイフの腹で殴り倒し、証明部位を回収する。

 

 そうして歩き続けて数十分後、シズは共同墓地の奥にある大きな霊廟の前でぼぅっと立ち止まっていた。

 

 霊廟。ナザリック地下大墳墓のそれとは大きさも格式も比べ物にならないが、どうしても思い出してしまう。

 

 ユリ姉は心配していないだろうか?ルプスレギナは悪戯(いたずら)をしていないだろうか?ナーベラルは人間嫌いのままだろうか?ソリュシャンはあの趣味のままだろうか?エントマはいい加減妹だと認めるだろうか?セバス様は私が急にいなくなって怒っていないだろうか?あのかわいいエクレアは今日も下克上を語っているのだろうか?

 

 ……そして何より、最後まで残られた至高の御方。我らナザリックの全存在にとって最後の、唯一の存在意義。モモンガ様はお元気だろうか?

 

 

 

 ふいに、聴覚センサーがシズを感傷から引き戻す。足音だ。恐らく女。しかし明らかに鍛えられている。たった一人で夜中の墓地にやってくる時点で既に怪しい。シズは念のために自らの小さな体を大きめの墓石に隠した。さらに創造主から頂いたマフラーで不可視化を発動する。そして自動人形(オートマトン)の特性で微動だにすることなく待ち続けた。

 

 来た。茶色いフード付きのマントを被った短い金髪の女だ。何が楽しいのか、顔には軽薄な笑みが張り付いている。

 

「あれー?たしかここに隠れたと思うんだけどなー?」

 

 彼女は間延びした声を出しながらある墓石の裏、シズが不可視化を発動した場所を見つめている。

 

「うーん、勘違いかぁー」

 

 そういってフードの女は通り過ぎようとし―――、シズが隠れた位置へ何かを投擲する。音を立てて深々と刺さったそれはスティレットと呼ばれる刺突剣の一種だった。どう見ても刃の根元まで刺さっており、人間ならば致命傷であることは明らかだ。

 

 

 

「……見間違い?」

 

 彼女は急に真面目な口調になると墓石の裏まで歩き、地面に刺さったスティレットを回収した。

 

「…………」

 

 そのスティレットには血も布切れもついていない。無言でそれを観察していた彼女は諦めたかのようにそれを懐にしまい、マントの下のプレートを撫でた。

 

 そして霊廟へ向かって足を踏み出すと、地面に口づけをしていた。

 

(は?)

 

 何が起こったか分からないという顔で立ち上がろうとするが、左腕を何者かに捻り上げられて地面に押さえつけられた。そしてその何者かにマントを剥ぎ取られ、その下のプレートが露になる。その色は(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン。すなわちアダマンタイトを除いた全てだった。何十枚もの冒険者プレートが軽装の革鎧に隙間なく貼り付けられていたのだ。

 

(さっきのやつか!?今までどこに隠れてやがった!?)

 

 彼女は先ほどのランタンの持ち主が自分を押さえつけているのだと思い振りほどこうとするが、びくともしない。なので首と目を限界まで動かして正体を見ようとするが、捻り上げられた自分の腕と無数の星が輝く空が見えるだけだ。

 

(不可視化?なら魔法詠唱者(マジックキャスター)……いや私を押さえ込めるほどの力を持った魔法詠唱者(マジックキャスター)なんてありえない。ならマジックアイテムか!クソッ!誰だ!?漆黒聖典か!?)

 

 自分がかつて所属し、そして裏切った組織の一人が自分を捕らえに来たのかと思ったが、彼女の背中から聞こえてきたのは聞いたことがない少女の声だった。

 

「…………あなたは、誰?」

「……あれれー?人に名前を聞くときは自分からってお父さんとお母さんに教えられなかったのかなー?」

 

 自分に対して誰かと聞いてきた時点で漆黒聖典はありえない。ならば誰かと思い、自分の情報を出さずに相手の情報を引き出そうとする。すると自分の質問が聞こえていなかったのかと思うほど同じ抑揚で同じ質問が返って来た。

 

「…………あなたは、誰?」

「……私はミレーヌ。あなたは?」

「…………」

 

 埒が明かないと考えて偽名を答えつつ相手の名を尋ねるが、帰ってきたのは沈黙。

 

 こいつは一体誰だ?と疑問が湧き上がる。自分と『まともな戦闘になる』のは周辺国で5人だけ。ガゼフ・ストロノーフ、ブレイン・アングラウス、青の薔薇のガガーラン、朱の雫のルイセンベルグ・アルベリオン、引退したアダマンタイト級冒険者のヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファン。こいつらならば速度特化の私を押さえ込めるだろう。だが、誰一人として少女ではない。もしかしたらマジックアイテムで声を変えているのかも知れないが、そんなことをしてこんな所にいた理由が分からない。

 

「…………このプレートは、何?」

「これはねー、冒険者プレートって言ってすごい冒険者は沢山身につけられるんだー」

「…………そうなの?」

「そうだよー」

 

 誰でも分かるような嘘をついてみるが、返ってきたのは初めて知ったと言わんばかりの反応。

 

(マジで誰だ?こんな物知らずで女のガキみたいな声をしてて私を超える筋力……まさか、モンスター?)

 

 ナーガなどの一部のモンスターは透明化能力を持っている。なんでそんなモンスターが人気のない墓地とは言え都市の中にいるのか分からないが、最も可能性が高いように思える。

 

(いや、でも不可視化なら私はスティレットを避けた時の音で分かるはず……クソッ、何がどうなってやがる!?カジッちゃんに会いに来ただけで何でこうなる!?)

 

 プレートを何十枚も身につけた女は混乱の極地にいた。しかし彼女の左腕を捻り上げて地面に押さえつけている存在、不可視化中のシズ・デルタもまた混乱していた。

 

(…………冒険者のランクは(カッパー)級、(アイアン)級、(シルバー)級、(ゴールド)級、白金(プラチナ)級、ミスリル級、オリハルコン級、アダマンタイト級の8つ。……冒険者のクラスはプレートで分かれる。……高位の冒険者はプレートを沢山付けられると言う話は聞いたことがない)

 

 シズはこの世界に来てまだ二日目の夜である。この世界に対する常識と言うものが決定的に欠けていることを自覚していたし、このもがいている女が自分がいたところに攻撃してきたのも理由があるのかもしれないと思っていた。

 

 スティレットを投擲されたときは、思わずマフラーの不可知化で姿も音も臭いも振動も隠したうえで回避した。だが、このマフラーの不可知化は不可視化と違って短時間しか発動できない。

 

 自分を攻撃してきた女の実力は油断できないほど高いと感じたし、もし不可知化の時間が切れた後に感知されて戦闘になった場合は無傷ではすまないと確信できた。ゆえに不可知化の発動時間中に足払いをかけて背後から拘束したのだ。

 

 しかし、シズは今頃になってこの女性が高位の冒険者であり、自分と同じように何らかの仕事のために来たのではないかと思っていた。

 

「…………あなたは……本当に冒険者?」

「そうだよー?」

「…………なぜ……攻撃した?」

「こんな墓場に怪しい人影が見えたから悪い人かと思ったんだよー」

「…………あなたは……悪人ではない?」

「悪人じゃないよー」

 

 ミレーヌと名乗った女は内心(私は悪人だよバーカ)と思いながらも平然と嘘をついた。魔法やマジックアイテムの中には嘘を見分けるものや表面的な思考を読むものもあるが、シズは習得も所持もしていない。だから彼女は自分の直感を信じるしかなかった。

 

「ねー、そろそろ離してくれないー?」

「…………駄目……信用できない」

「あぁ、そう。なら…………喰らいな!!」

 

 そう言って彼女は自由な右腕で、スティレットの一本を『地面に突き刺した』。瞬間、直径数メートルの《火球(ファイヤーボール)》が二人を包む。シズは未知の現象に驚き、思わず手を離して後ろへ飛び退いた。

 

 ユグドラシルでは魔力を込めれば衝撃波を発生させる武器や炎属性を纏った武器を創ることはできるが、魔法そのものを発動できる武器なんてものは存在しない。ゆえにここをユグドラシルの『しょしんしゃえりあ』だと思っていたシズは驚きのあまり飛び退いてしまったのだ。

 

 自動人形(オートマトン)である彼女は即座に現状を確認する。自分のダメージはそれほどではない。だが拘束を解いてしまった。そして先ほど自爆によって自由になった女が、自分に匹敵する速度で『自分の目に向けて真っ直ぐ』スティレットを刺し込もうとしている。

 

 激しい金属音が鳴る。背を逸らしながら間に大振りなナイフを挟んだことで何とか防ぐことができたが、その刺突を繰り出してきた相手は両手にスティレットを握って連続で攻め立ててくる。

 

 最初の一撃よりも若干速度が落ちたそれらをシズは何とかナイフ一本で捌ききる。相手の狙いは時々デタラメなこともあるが、それがかえって予測できない攻撃として彼女を苦しめる。

 

 距離を離そうと後退すれば的確に距離を詰められ、右に逃げようとしても左に逃げようとしても彼女が動いただけ狙いも動く。

 

「…………見えてる?」

「見えてるよー?意外とちっちゃいんだねー?」

 

 まさか見えているのかと思って問いかけるとスティレットの女はシズの身長のことまで言い当ててきた。

 

(…………違う。……見えているのではなく、『聞こえている』。……最初の一撃が目を狙ったのは偶然だけど、防いだ音でナイフの角度を知った。……そこから私が背を逸らしたことも、私の肩の高さも知った。……今も足音やナイフの角度から位置を特定している)

 

 シズは狙いが時々デタラメであること、そして決して距離を離さず軽くて速い攻撃を繰り返していることから相手の感知方法を推測した。

 

「意外としぶといんだねー?そろそろ死んだらー?」

「…………」

 

 シズは返事をしない。彼女の防御力はせいぜい20レベルの戦士職程度しかなく、相手の攻撃を一撃でもまともに受ければ致命傷となりえるからだ。答える余裕などない。

 

 一方、優勢に見えるスティレットの女は内心で焦っていた。

 

(姿が見えない以上、ここで逃がせば常に狙われている可能性に怯え続けることになる。今は足音も聞こえてるが、墓石の裏から移動したときは明らかに音も遮断していた。ならここで殺すしかない!体格的に持久力は私のほうが上のはずだ!)

 

 そして音が聞こえなければ達人が刺突の練習でもしているような光景に、唐突な終わりが訪れる。

 

 胸に大穴が開いた。

 

「…………こふっ」

 

 血の滴るそれが『背中へと』引き抜かれ、その女は倒れ伏す。

 

 心臓から迸る返り血に(まみ)れたのは、シズ・デルタだった。

 

「…………」

 

 シズ・デルタの不可知化は短時間しか発動できない。だがそれは冷却時間(クールタイム)を挟まなかった場合の話だ。彼女は不可知化が再使用できる時間になるまで耐え切り、回り込んで背後からの一撃(バックスタブ)によって(とど)めを刺したのだ。

 

「…………ミレーヌさん……安らかに」

 

 こうして、自らの趣味嗜好のために何十人もの冒険者を狩り殺した女は、本名を知られることもなく―――死んだ。

 

 続く。




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