シズちゃんが酒代のために冒険者になる話   作:ファジー・ネーブル

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自動人形(オートマトン)のHP回復事情は独自設定です。



シズちゃんが馬車馬を載せた馬車を牽く話

 C(シー)Z(ゼット)2()1(イチ)2()8(ハチ)Δ(デルタ)。通称シズ・デルタ。それが彼女の名だ。

 

 彼女は(アイアン)級への昇格試験の最中に怪しい人物に襲われ、この世界に来て初めての殺人に手を染めた。されど、それは手加減する余裕などなかった死闘の果ての決着である。

 

 そんな彼女は今、馬車馬を載せた馬車を牽いて馬車馬より速く駆けていた。

 

 ことの始まりはミレーヌと名乗った女の死を共同墓地の衛兵に報告したところまで遡る。

 

 

 

 まず初めての殺人をなしたシズは現場保存のために死体にはそれ以上触らず、自身の出せる最高速で共同墓地の衛兵がいるところまで駆けて行った。長く放置すればアンデッドに荒らされたりするかもしれないと思ったからだ。また彼女は知らなかったが、この世界では死体を放置しすぎると自然にアンデッドになるという現象が起こる。彼女の判断は正解だった。

 

 だが、その姿を見た衛兵達は仰天した。つい数十分前に昇格試験へ出かけていった(カッパー)級冒険者が全身血(まみ)れで帰ってきたのだ。衛兵隊長は慌てて備蓄のポーションを与えようとしたが、彼女の人を殺した返り血だという発言に再度仰天した。

 

 そして大慌てで衛兵達を率いて現場に急行してみれば、たしかに何十枚もの冒険者プレートを軽装の革鎧に貼り付けた女が死んでいたのである。夜中であるために現場の詳しい調査は翌朝に持ち越されたが、とりあえず死体と所持品をできるだけ回収して衛兵詰所に運び込んだのだった。

 

 衛兵達は都市長や冒険者組合長、所持品鑑定に関して魔術師組合長などの関係責任者を夜中に叩き起こして第一報を伝えた。

 

 

 

 そして早朝、現場検証が行われたのである。

 

 まず、痩せた体にゆったりとした服を纏った魔術師組合長、テオ・ラケシルが現場の焼け跡と武器に言及した。

 

「なるほど、たしかにこの焼け跡は《火球(ファイヤーボール)》によるものだな。スティレットには一本を除いて《魔法蓄積(マジックアキュムレート)》で《電撃(ライトニング)》や《人間種魅了(チャームパーソン)》などの様々な魔法が込められていた。これは空のスティレットから発動されたと見て間違いないだろう」

 

 それに対して屈強な体つきが一目で分かる冒険者組合長、プルトン・アインザックが革鎧の冒険者プレートについて説明する。

 

「革鎧に貼り付けられていたプレートは全て本物の冒険者プレートだった。どれもここ数年の間に行方不明になった冒険者のものばかりだ。比率としては(カッパー)が最も多かったが、中にはエ・ランテルにはいないオリハルコンすらあったよ……。あの女が殺して奪ったと見て、間違いないだろう」

 

 彼は殺された冒険者を悼むように顔をしかめた。

 

 二人の発言を聞くのは太ったブルドッグが貴族の服を着たような都市長、パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアだ。彼は普段の愚鈍なふりを止めて真剣な口調で尋ねる。

 

「それで、このミレーヌとかいう大量殺人鬼は一体何者なのかね?オリハルコン級を狩り殺せるほどの実力者が、今まで無名だったというのは考えられないだろう」

 

 ラケシルとアインザックは顔を見合わせ、互いの考えを察したのか頷きあった。そしてレッテンマイアに同じ見解を述べる。

 

「おそらくはスレイン法国の特殊部隊、六色聖典のいずれかに属する隊員だと思われます。かの部隊は周辺国ではありえないほどの戦力を持っているとか」

「私もラケシルと同意見です。それに、ラケシル。あれについて言っていないだろう」

 

 アインザックの言葉に、ラケシルは眉間に深いしわを寄せて険しい目つきになった。レッテンマイアはその様子を訝しげに見つめ、これ以上の厄介ごとかと痛む気がする胃をさすった。

 

「都市長、これは下のものには伝えないで頂きたいのですが……、『装備者の自我を消して《魔法上昇(オーバーマジック)》を使う媒体へ変える』というサークレットが見つかりました。間違いなく国宝級の品です」

 

 その説明にレッテンマイアは目を剥いた。装備者の自我を消すなど、明らかに呪いのアイテムとしか言いようがないではないか。

 

「待ちたまえ。なぜそんな呪いのアイテムが国宝で、スレイン法国と関係があるというのだね?」

「それはこのアイテムの適合者はおそらく100万人に1人しかいないだろうからです。そんな人間を探し出せるのは、全国民に住民台帳を付けているスレイン法国くらいでしょう。そしてかの国はよく大儀式を行うとも聞きます。このアイテムがその大儀式の媒体として使われているとすれば……全て辻褄が合います」

 

 レッテンマイアは絶句した。このような、国家機密に関わる国宝など外交問題にしかならない。ここで揉み消して『なかったこと』にするべきだという考えが頭をよぎる。だが、その考えに身を(ゆだ)ねるには彼は王への忠誠心が強過ぎた。彼は苦虫を噛み潰したような顔で決断する。

 

「…………これは、国王陛下へ報告する。各自、くれぐれも情報を漏らさないでくれたまえ。……最悪、我々が『消される』可能性すらある」

 

 三人は極めて深刻な顔で頷きあい、その場を解散した。

 

 そして結局、シズは外交問題を引き起こす機密を知ることなく解放されたのだった。

 

 

 

 その後、冒険者組合に現れたシズを迎えたのは明らかな畏敬の眼差しだった。怪力酒豪。野盗団潰し。冒険者殺しを殺した女。そんなあだ名が口々に囁かれる。シズはそれらを無表情で受け止め、受付で白金(プラチナ)のプレートを受け取る。

 

 (シルバー)級に匹敵すると思われる野盗団30人を殺さずに倒した時点で、その実力は白金(プラチナ)級を超えると見なされた。そして今回の冒険者殺し討伐で、下手をすればアダマンタイト級に準ずる実力を持つと評価されていた。

 

 しかし、冒険者のランクというのは『功績』によって決まるものである。たしかに街の重要人物であるバルド・ロフーレ氏を助け、何十人もの冒険者の(かたき)を討ったのは事実だ。だが街の危機を救ったりしたわけではないし、強大なモンスターを討伐した訳でもない。

 

 何よりこの街の上層部が、スレイン法国との外交問題に発展しかねない冒険者殺し討伐を大事(おおごと)にしたがらなかったというのがある。

 

 ゆえに新人冒険者シズ・デルタは、(カッパー)級から白金(プラチナ)級への最速昇格記録を更新するに留まったのであった。

 

 

 

 仕事を請けようと組合にやってきた漆黒の剣は、シズの首元に輝く白金(プラチナ)のプレートを見て彼女を祝ってくれた。初めはルクルットだった。

 

「おっめでとうシズちゃん!あっという間に追い越されちゃったな……けど、まだまだ分からないことが多いだろうし、変わらず何でも聞いてくれよ!例えば恋愛の実戦訓練とか!」

「…………うん、恋愛以外でよろしく」

「……だよな」

 

 項垂(うなだ)れるルクルットを見た彼の仲間は思わず苦笑いをした。

 

 しかし事実として、彼女には分からないことが多い。冒険者はプレートを何枚もつけたりしないということを知っていれば昨夜死闘を演じることもなかったのだ。だから恋愛以外のことはどんどん聞こうとシズは思った。

 

 次いでペテルがお祝いと共に忠告をしてくれる。

 

「シズさん、白金(プラチナ)級昇格おめでとうございます!……しかし、急にランクが上がれば反感を覚える人は必ず現れます。そういった人たちを上手く捌くことがこれからは必要になってくるでしょう」

「…………ありがとう、気をつける」

「はい、気をつけてください。でも、忘れないでください。私達漆黒の剣はあなたの味方です。私達だけではありません。シズさんが思っている以上に、シズさんの味方は沢山います」

「…………そう?」

「ええ、そうです」

 

 シズは考える。今まではルクルットを初めとして自分の外見という『創造主に与えられしもの』によって人に好かれていると思っていた。しかし、ペテルが言っているのはそういうことではない気がする。

 

 そしてダインはいつもの口調だった。

 

「おめでとうシズ殿!たった一日で白金(プラチナ)級になるとは驚きである!」

「…………ありがとう。でも一日じゃない。登録は一昨日」

「一昨日は帰って冒険者達を酔い潰しただけで、実質的には一日である!」

「…………そう?」

「そうである!」

 

 ダインの言うことも(もっと)もかも知れないとシズは思った。例え実質的という言葉が頭につこうと、通りがいい名乗り方をしたほうが良いのではなかろうか、と。

 

 最後にニニャが少し興奮して話しかける。

 

「おめでとうございます!さすがはシズさんですね!最速記録ですよ!」

「…………ありがとう、頑張った。……お姉さん、ナザリックのついでだけど、探す」

「……覚えていてくれたんですね」

「…………姉妹は、一緒がいい。……私も姉妹がいる」

「そうなんですか!?……シズさんも、姉妹に会えるといいですね」

 

 姉妹は一緒にいたほうが良いに決まっている。……私も、いずれ姉妹がいるナザリックに帰ってみせる。シズはそう決意を改めた。

 

 漆黒の剣の後に、同じくやってきていたブリタも彼女に祝いの言葉をかける。しかしブリタの胸中は少し複雑だった。

 

 正直、嫉妬があるのだ。こんなに強くて、こんなに可愛くて、こんなに自由なのだから。だが、それでも自分はこのシズ・デルタという一生懸命な少女を応援したくなっていた。これが人望というやつなのだろうか。

 

「おめでとう!なんだか、すごくあだ名が増えてるわね」

「…………ありがとう……有名になれた?」

「ええ、このエランテルで今あんた以上に有名な白金(プラチナ)級冒険者なんていないわ。……ナザリック、だっけ?帰れるといいわね」

「…………うん、帰る……どれだけかかっても、何をしても」

 

 シズは相変わらずの無表情で、自身の最終目的にして最優先事項を語る。彼女は決意を口にすることで、改めて自身の帰還の意志を確かめた。自らの存在意義にして存在意志、『至高の御方々に仕えること』は変わっていない。たとえ一生かかろうと、帰るのだ。

 

 しかし、シズは想像以上に彼らの祝いの言葉で素直に嬉しくなっていた。人間に祝われるなど、ナザリックにいたときには想像もしなかったことだった。だが、シズは自然とそれを受け入れられた。これも創造主が自分に与えられたカルマ値の影響だろうか?と彼女は思う。

 

 

 

 その後、六人は漆黒の剣が利用している、そしてこれからシズも利用することになる中級の冒険者向けの宿で昼食を取っていた。

 

 シズの白金(プラチナ)級昇格とバルド・ロフーレから謝礼を受け取ったことを兼ねたお祝いである。バルドは「昨日は後始末に奔走していたせいで謝礼が遅れて申し訳ない」と謝り、彼らに謝礼を渡した。その額はシズに金貨50枚、漆黒の剣とブリタに一人あたり金貨10枚、合計金貨100枚である。

 

 これに最も喜んだのはブリタである。なにせ生命と自由と尊厳を奪われる恐怖を味わったとは言え、昨日まで生活費も娯楽費も切り詰めに切り詰めてやっと買った金貨1枚と銀貨10枚のポーションを眺めてにやにやしていたところに金貨10枚の臨時収入である。喜ばないわけがなかった。

 

 次に喜んだのはシズである。300日分以上の酒代を初仕事で手に入れられたのだ。これでナザリックを探す時間が取れると思い大いに喜んだ。顔は相変わらずの無表情であるが、足取りが軽かったり手の振りが大きかったりと、仕草の一つ一つに嬉しさが滲み出ていた。

 

 そして漆黒の剣も一人金貨10枚という大金に喜んだが、それ以上にバルドからの「馬車の中にいても聞こえた土壇場の声から、あなた方は信用できると確信しました。これからは(シルバー)級以下の指名依頼はあなたがたを選ばせて頂きます」という約束に最も喜んだ。指名依頼は冒険者のステータスなのだ。もちろん所詮は書類を(したた)めたわけでもない口約束でしかない。しかしバルドが彼らを信じたように、彼らもバルドを信じたのだ。

 

 そして彼ら、主にブリタは臨時収入の使い道について話し出す。

 

「これだけあれば鎧も武器もマジックアイテムも買える!何買おうかなー!?」

「ブリタさん嬉しそうですね」

 

 ペテルが見るからに浮かれているブリタに苦笑いする。

 

「だって金貨10枚よ!?あたしが今持ってるポーション6本買ってもまだ余るのよ!?」

「あんまり大声で金額は口にしないほうがいいですよ……」

「あっと、それもそうね」

 

 ペテルの忠告でブリタは口に手を当てて少し静かになる。それでも相変わらずうきうきとした雰囲気が身振り手振りから伝わってきていた。ふと、彼女は今回最も多くの報酬を得たシズに使い道を尋ねる。

 

「そういやシズって謝礼、何に使うの?」

「…………酒代」

「いや、それ以外でさ。例えばポーションとか買わないの?」

「…………あの、青いの?」

「そう、この青いの」

 

 そう言ってブリタは懐に大事にしまっていた金貨1枚と銀貨10枚の青いポーションを取り出した。昨日は使うかと思っていたが結局シズのおかげで使わなかった。しかしブリタはこのポーションがあったおかげで助かったのではないかと思い、まるでお守りのように感じていた。

 

 事実、ブリタがポーションを眺めていなければシズの面倒を見ることもシズと一緒に仕事をすることもなく、いつかあの野盗団への偵察に失敗して死んでいた可能性は高い。不幸に見舞われるが、その中で不幸を超える幸運を掴み取る。ブリタという女の人生はそういうものだった。

 

 ちなみにシズの記憶ではポーションとは赤いものだったが、『しょしんしゃえりあ』では青いのだろうと一人納得していた。

 

「…………要らない」

「まあ、あんたは強いから要らないかもしれないけど、仲間も同じくらい強い訳じゃないだろうから怪我くらいするじゃない?」

「…………」

 

 シズは考え込むようにその美しい曲線の顎にまだら緑のグローブを当てた。自動人形(オートマトン)シズ・デルタがポーションを要らないと言ったのは、怪我をしない自信があるからではない。単純に効かないからだ。自動人形(オートマトン)人造人間(ホムンクルス)より厳しい飲食ペナルティを抱えておきながら、動像(ゴーレム)のようにポーションや治癒魔法などの正属性エネルギーによる回復が効かないのである。

 

 自動人形(オートマトン)のHPを回復できるのは通常、体内のナノマシンによる自動回復か《修復(リペア)》などの対物修理魔法だけだ。ちなみに修復(リペア)は対象の耐久限界を若干下げるが、自動人形(オートマトン)に使った場合は最大HPが下がるなどの弊害はない。

 

 しかし、シズはいま人間のふりをすることで食事にありつけている。もしも人間ではないと知られてしまえば街を追い出される可能性もある。その可能性が実現した場合、彼女に待ち受けるのは餓死だ。

 

 ゆえに彼女は人間のふりを続けるためにポーションを買う必要があると判断した。なにせブリタのような普通の(アイアン)級冒険者ですら持っているのだ。現時点で白金(プラチナ)級のシズが持っていないのは明らかに不自然だろう。

 

「…………買う」

「そう。ならエ・ランテルで一番いい薬師の店まで案内してあげる。……まあ、私も行ったことはないんだけどね」

 

 なお、ブリタは普通の(アイアン)級ではない。普通の(アイアン)級は諸々を切り詰めて金貨1枚と銀貨10枚もするポーションを買うほどの自制心など持っていない。これは完全にシズの勘違いである。

 

 その後も、あれを買おうあそこに行こうと楽しげに話し合う彼らにシズは静かに相槌を打つのだった。ちなみに、周りの宿泊客は彼女に驚愕の視線を向けていた。彼らが彼女の食生活を見慣れるのはもう少しかかるだろう。

 

 

 

 午後。シズはブリタに案内されて、少し迷いながらもエ・ランテル一番の薬師の店『バレアレ薬品店』に辿り着いた。二人が店内に入ると、そこは薬草と思しき草や何かよく分からない薬品の匂いに満ちた空間だった。

 

 梯子で棚を整理していた人物が二人の入店に気付くと、梯子を降りて接客に来た。彼はシズより頭一個分ほど背が高い少年だったが、前髪が長くて顔はよく見えず、ボロボロの作業着は植物の汁と思しき染みが酷く臭った。

 

「いらっしゃいませ。何のご用件でしょうか?」

 

 その声は高く、身長と合わせて男になりきる前の成長期の少年だと分かる。

 

「ンフィーレア・バレアレさん、で合ってるわよね?」

「はい。ンフィーレア・バレアレです」

「良かった。店は間違ってないみたいね。実はこの子がポーションを買うんだけど、一番売れてるのってどれ?」

「それでしたら第二位階の魔法のみで作ったポーションですね。金貨8枚になります」

「……私でも買えるわね」

「え?」

 

 ンフィーレアはブリタのプレートを見る。それは(アイアン)であり、金貨を8枚も持っている冒険者のものではない。その視線に気付いた彼女は胸の前で両手を振って答える。

 

「あ、ああ!ちょっと臨時収入があったのよ!それよりシズ!第二位階の、買う?」

「…………買う」

「お買い上げありがとうございます。……もしかして、野盗団潰しのシズさんですか?」

 

 彼はシズという名前と白金(プラチナ)のプレートから、昨日起きたという大捕り物のことを思い出して尋ねた。

 

「…………うん」

「本当に小さな女の子なんですね……。あ、いえ、侮っている訳ではないんです。ただ、本当に冒険者は見かけによらないんだなと思いまして」

「まあ、シズは冒険者の中でも特別だと思うけどね。なんたってオリハルコン級でも勝てなかった冒険者殺しを倒したんだから」

「それは、すごいですね……!」

 

 ブリタはまるで自分のことのように自慢げに言った。何だかんだでシズが褒められるのは嬉しいのだ。ンフィーレアはその話を初めて知ったのか、驚いた様子で前髪の隙間からシズを見ていた。

 

 このンフィーレアと出会いがシズを次の戦いへと導く。

 

 

 

 翌朝。シズはミスリル級への昇格試験を受けるために冒険者組合にいた。彼女としては一刻も早くアダマンタイト級まで上がり、自身の名を世界中に広める必要があるのだ。全てはナザリックへ帰還するために。

 

 と、そこへ一人の少年が血相を変えて駆け込んでくる。昨日バレアレ薬品店で出会った薬師、ンフィーレア・バレアレだ。

 

「だ、誰か……!あ、シズさん!来てください!あなたなら一人でも十分です!」

「…………なぜ?」

「今すぐカルネ村へ向かわなければならないんです!今朝、帝国の騎士に村を焼き払われたっていう人たちが護送されてきて!もしかしたら帝国に近いカルネ村も危ないかも知れないんです!」

 

 シズは相変わらずの無表情でじっとンフィーレアを見つめる。彼女はカルネ村のことなど知らないし、なぜ彼がカルネ村にこだわっているのかも知らない。だが、その必死さが何らかの『善い』衝動によるものだと彼女には分かった。ゆえに彼女は自らのカルマ値に突き動かされるように承諾した。

 

 ナザリックに帰らなければならない。だがそれは創造主が自らに与えたもうた『シズ・デルタという形』を維持した上での話だ。

 

「…………わかった。行く」

「ありがとうございます!こっちです!」

 

 ンフィーレアは彼女の手を引き大急ぎで外へ連れ出した。そこには一台の簡素な荷馬車が止めてあり、彼はその馬車に乗り込むと急いで馬を走らせようとした。しかし、シズはその馬と荷馬車を繋ぐ馬具を外しだした。

 

「何をしているんですか!?」

「…………私が牽いたほうが速い」

 

 シズはそう言うや否や馬具を外した馬車馬を馬車に乗せ、積んであったロープで固定した。そして馬が牽いていた木の棒を掴み、赤金(ストロベリーブロンド)の豊かな髪を(なび)かせて疾風(はやて)のように駆け出した。

 

 そして冒頭へ至る。

 

 不運な小鬼(ゴブリン)()ね飛ばし、群れる人食い大鬼(オーガ)を怯えさせ、彼女は休みもせずに駆け抜けた。そうしてエ・ランテル発カルネ村行きの自動人形(オートマトン)馬車、シズ・デルタ便は早朝に出て夜頃に辿り着けるはずの距離を1時間で走破したのだった。

 

 続く。




馬車馬を載せた馬車を馬車馬より速く牽く馬車シズ!

五武蓮さん、ジャックオーランタンさん、誤字報告ありがとうございました!
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