「達哉」
「菜月、今日はバイトだから、早く行かないと」
達哉は、教科書などをカバンに入れながら答える。
「ええ、行きましょ」
「菜月、朝霧くん」
と、緑の髪のポニーテイルの娘が、声を掛けてきた。
「翠」
「遠山」
菜月は名前を、達哉は苗字と、それぞれの呼び方で言った。
「ねえねえ、今度どこかに遊びに行かない?」
「いつ頃なんだ?」
「え~と……、今週か来週の日曜日辺り」
顎に人差し指を当て、天井を見ながら答える。
「ごめん、その時期はちょっと」
「私も~」
「え~! 残念」
少し涙目になり凹む、翠。
「でも、遠山さんは諦めません!」
と、一気に復活して、テンションを上げる。
その姿を見慣れていた二人は、毎度の事ながらも苦笑した。
「それじゃ、また明日」
「翠、バイバ~イ」
「また明日ね、ご両人!」
「み、翠!」
真っ赤な顔をする菜月。
「はははは」
カバンを掴んで、一足先に離脱した。
「こらー! 翠!」
廊下に響く、菜月の声。
「待ったねー! 朝霧君! 菜月!」
手を振りながら、廊下を駆け抜けていった。
そして、玄関で靴を履き替え、学校を出た。
「さて、と……、一旦家に戻ってから、駅前でも行きますか」
鼻歌を歌いながら、翠は歩き続けた。
「……む」
ガタンゴトンと一定のリズムを立てながら揺れる電車の中、青年は目を覚ました。
(いつの間にか、寝ていたのか)
そう思いながら、座席に座りなおし、持ち物を確認する。
そして、無くなっていないことを確認すると、安心して背もたれに寄りかかる。
それと同時に、アナウンスが流れる。
次の駅は『満弦ヶ崎中央連絡港市』。
俺自身、初めて来る場所だ。
前世の記憶が目覚めてから、早十数年。
ついでに、この前世の記憶のせいで、色々な出来事に巻き込まれた。
両親共に、一度も信じてもらえずに、俺の前から姿を消した。
それから、親類に引き取ってもらうことになったが、押し付け合いが始まった。
どうせ盥回しになるくらいなら、と勢い良く出てきた。
だが、出て来たのはいいが、当てが無いことに気が付いた。
そこで前世の記憶で、未だに名前がある街へ目指した。
そして、今に至る。
揺れる電車の中、ただ一人モノ老ける俺。
「月人がいる町、か」
呟きながら窓を見た。
そこには、満月のように開かれた海があった。
「――――の跡か……、――も派手にやったな」
そう呟いた。
あれから10分後、電車を降り、駅を出た。
「…………」
一吹きの風とほんの僅かな塩を香りに、そこまでも広がる青い空が、出迎えてくれた。
家族に、同世代、周囲にいた者――人に拒まれても、世界は受け入れてくれた。
辺りを見回して、
「戦争のことなど、空言にしかない……、か」
そう呟きつつ、手荷物を確認してから、歩き出したが――
「いいじゃん、ちょっとだけなんだしさ」
その言葉が聞こえた方に顔を向ける。
「すいません。急いでるんで」
「だ~か~ら、少しだけでいいからさ、な」
明らかに嫌がる相手を、無理やりナンパしている男。
周りの連中も、遠巻き見てたり、見て見ぬフリをしている。
呆れる光景だな。と、言いたいが、これが普通である。
下手な正義感は、逆に状況を悪化させる場合がある。
だが――俺は、自動販売機から、アルミ缶とスチール缶のジュースを、それぞれ一本ずつ購入。
そして、アルミ缶のジュースの中身を空にし、ナンパ男の後頭部目掛け、投げつける。
「いでっ!」と言う声と、カコーンといい音が、広場に響いた。
「って、誰だ!」
ナンパ男は、後頭部を抑えながら叫ぶ。
「すまない。大丈夫か?」
平然と答える俺。
そして、その一部始終を見ていた周りの連中は、動揺していた。
「いきなりとは、これだから野蛮人は!」
「いや、缶をゴミ箱に投げ捨てようとしたんだが、手元がくるってな。どうやらこの缶、ナンパ男が嫌いらしい」
その言葉に、ナンパ男の口元が引き攣る。
「なんだと?」
「詫びの品として、これを――」
片手に持っていたスチール缶のジュースを、中身の入ったまま素手で潰し、丸めてナンパ男の手に乗せた。
「差し上げますから、今日は勘弁してもらえませんか?」
ナンパ男や、嫌がっていた娘、周りの連中も驚愕していた。
「はっ、はい! ありがたく頂戴します! それでは!」
ナンパ男は、全力疾走でこの場から去っていった。
それを見届けてから、俺も歩き出した。
「あっ、あの!」
だが、俺は振り向く事無く歩く。
これ以上、この場にいたくなかったからだ。
ナンパを撃退した勇敢な男として、拍手喝采に近い状況になるからだ。
なら、自分たちが助ければいいだろう。
そんなことしか、思い浮かばなかった。
「待ってください!」
いつの間にか、先ほどの娘が目の前にいた。
「……急いでいるんじゃなかったのか?」
「えっ、あ、いや、その……」
目の前にいる娘を看破して、横を通り過ぎ――
「待て、って言ってるでしょ」
問答無用で、腕を捕まれた。
「何だ?」
諦めて尋ねる事にした。
「先ほどは、ありがとうございました。私、遠山翠と言います。アナタは?」
小さなため息をついた。
「俺は、晴山(はるやま)、晴山彰浩(あきひろ)だ。じゃあな」
遠山に背を向けるが――すぐに確保されてしまった。
「まだ、話は終わってないって」
少し怒り気味に答えた。
「お礼くらいさせてよ、ね?」
「……わかった」
「やったぁ~!」
「やったぁ~、じゃ、ねぇぞ糞ども!」
その言葉に、遠山はバンザイをしたまま固まる。
「なるほど……、今度は数。定番だな」
「やかましい! 手はず通りに頼むぜ!」
『おお~!』
声を上げる不良ども。ナンパ男も含めて、30人近くはいた。
あわわわわっと、慌てふためく遠山を、問答無用で近くの店に押し込む。
それが合図となり、一斉に襲い掛かってきた。
――三分後
30人近くの不良が、道端で山済みになっていた。
「お、お強いんですね~」
でっかい汗を垂らしながら、後ろからついてくる、遠山。
「別に。ただ、チャラチャラした奴が嫌いなだけだ」
「ってことは……、アタシ、も」
「いや、お前の場合、無理してでも笑い飛ばすタイプだから」
それから会話が途絶えた。
そして、無言のまま歩き続ける二人。
時折、彰浩が道を尋ね、遠山が答える。
そんな会話だけが、続いていた。
「あの店です」
遠山が声を上げる。どうやら、目的地についたらしい。
「トラットリア左門……、軽食店か。イタリア料理にしては、珍しい店だな」
「判るんですか?」
驚きの声を上げる。
「中途半端で、偏った知識しか持ち合わせていないが」
そう言って、肩を竦めて見せつつ、店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ!」
赤をベースにした制服を着た、女性ウェイターが出迎えてくれた。
「おじゃましま~す♪」
俺に続いて、遠山も入ってきた。
「あ、翠、いらっしゃい。で、そちらの方は?」
と、俺を見てきた。
名前で呼んでいるから、彼女らは知り合いだと判る。
「私を助けてくれた、白馬の王子様!」
遠山を押し返して、店を出ようとするが、
「あわわわわ、ごめんなさい、冗談です!」
また腕を捕まれた。
「え~と、お席は……」
「どこでもいい」
戸惑うウェイターに、即答で返す。
「はい、こちらへどうぞ」
そこで、窓際の奥の席に案内された。
「こちらがメ――」
「何も乗ってないパスタを頼む」
「へ? 何も乗ってない……、パスタ、ですか?」
やはり固まるか。
普通の店に、そんな物が置いている筈が無い。たとえあったとしても、始めてきた人間に出すことはしないだろう。
「ふむ。君は、相当な美食家だと見た」
いきなり現れた、男性ウェイター。
カウンターの所にいたはずだが。いい足を持っている。
「に、兄さん!?」
しかも兄か。彼女も、何か特技があると見た。
「親父殿! プレーンパスタを一つ!」
「あいよ!」
出してくれるのか!? 美食家と勘違いしたか。
「ところで、君は誰だい? 僕は、このトラットリア左門のオーナーであり、コック長の鷹見沢じ――ぐぁ!」
さすがの俺も驚いた。なんせ、いきなりしゃもじが飛んできたのだから。
「失礼しました~」
手馴れた手つきで、しゃもじと兄貴の首根っこを掴んで、裏手へ運んでいった。
「お待たせしました」
別の男性ウェイターが、プレーンパスタを運んできた。
彼の顔立ちは良いが、平凡的な雰囲気が漂っている。
だが何と無く、彼は近い将来、大きな出来事に関わると、確信が持てた。
これは前世の記憶の経験上からくる、直感。
だが、思い出したことがあった。
「お前、何か頼んだのか?」
「あ! そういえば何も頼んでないよ~。朝霧く~ん、今日のオススメでお願い」
「はいはい、わかりました。おやっさん――」
さて、食べるか。
店のやり取りを眺めながら、プレーンパスタを口に放り込んだ。
うん、まずまずだな。
それからは、料理に意識を集中することにした。
何か話しかけてくる誰か。
無視して、黙々と食べる。
食べる。
食べる。
食べる。
食べ――、辛っ! ばっ、馬鹿な!? プレーン=何も無い混ざりっけゼロのモノが、どうして激辛に変わるんだ!?
「ぼふっ! ぼふっ!」
変な咳き込み方をする俺。
やば! 鼻にパスタが!
「あわわわわわわっ! あ、朝霧君!」
「タツ! 水だ!」
「はい!」
などの会話が、耳に入ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁぅ~、はぁ~」
水を飲み、息を整えなおす俺。
「大丈夫ですか?」
申し訳なさそうに尋ねてきた、遠山。
「ああ。大丈夫だが、何で急に辛くなったんだ? 麺の中に隠し味として、辛子関係のものを練りこませるのか、この店は?」
直球で感想をぶつける。
いくらなんでも辛すぎだわ。
「あ~、それアタシのせい」
「何? シカトしていた憂さ腹に、辛子系統をぶち込んだとでも?」
「うん♪」
満々の笑みで答えるか、この女。
「君、大丈夫か?」
カウンターから、コックが出てきた。
「一応」
水を一口。
「しかし、いきなり咳き込むから、驚いたよ」
「翠、恩師の人に何やってるのよ」
笑顔で語る、先のしゃもじで撃墜された男性ウェイターと、呆れて友人に言葉を投げかける女性ウェイター。
「だって~、アっきんが無視するんだもん」
「ぶっりこかまして言うセリフじゃねーだろうが」
容赦無く俺は、遠山の背後に素早く回りこみ、口を開け、激辛となったプレーンパスタを放り込む。
「―――――――!」
悲鳴にならない悲鳴を上げる。
慌てて行動を起こす三人。
「君、なかなか素早いね」
「撃墜された男性ウェイター、か」
「いや、名前で呼んでくれよ」
「『じ』までしか判らん」
「おいおい、聞いてなかったのか?」
「途中で撃墜されて、中断となったから」
真顔で答える俺。
「あはははは。それなら、仕方ないか」
相も変わらず、笑顔を浮かべる男だ。
軽い感じの人間だと、第一印象で感じたが、けして嫌なタイプではない。
むしろ、自分の大事な部分を隠しつつも、いざとなると助言や後押しをしてくれる人。
悲しいピエロではなく、自ら望んでピエロになった。
俺には、そんな感じがした。
「僕は、仁。鷹見沢仁だ。宜しく」
「こちらこそ。名前は、晴山彰浩。彰浩で構いません」
「そうか、彰浩君か。仲良くやろう」
それから少しだけ、他愛も無い会話を始めた。
「うっく、うっく――ぷっは~! いや~、生き返ったよ」
飲み干したコップを置く。
「翠、今度こそ大丈夫?」
「うむ! 完全回復しましたよ!」
立ち上がらんとした勢いで答える。
「それくらい声がでれば、大丈夫だろう。菜月、彼に……、ふむ」
左門が途中で言葉を止める。
「そうしたんですか、おじさん?」
達哉が代表で尋ねる。
無言のまま、左門は顎で指す。
三人は、顔を向けると――
「君、やっぱり美食家だよ」
「いや、ただ単に食べたかっただけですから」
二人は、他愛も無い話で盛り上がっていた。
「……………………」
それを見て、安心する左門。
「さて、仁。彼の食器を下げてくれ」
「うぃーす。じゃ、また」
皿を持ち上げる仁。
「ああ」
返事を、柔らかい声で返す彰浩。
それを聞いて満足する左門。
店に入って来た時は、歳に似合わない雰囲気を出していたが、ある程度緩和していた事に満足した。
そして、次に来た時は、どんな料理を出そうか、考えるのであった。
「会計を頼む」
「あ、それなら別にいいって、お父さんの伝言」
「いいのか? 始めてきた人間なのに?」
ってか、あまり恩を貰いたくないんだよな。
「うん。お父さん、アナタの事、相当気に入ったみたいだし。あと、いつでも来いよ。だって」
「……わかった。気が向いたら、また来ると、伝えておいてくれ」
「ええ、それじゃ」
俺は、遠山を置いて、店をあとにした。
そして、後ろから遠山らしき声が上がったのは、言うまでも無い。
何かに出逢う者たちの物語・外伝Ⅱ
夜明け前より瑠璃色な
~Memory of the past and the tomorrow's future~
第一話
満弦ヶ崎中央連絡港市と呼ばれた街
END
次回予告
勢いで出てきた、彰浩。
当ても無く、夜が来てしまう。
公園で寝泊りしてもいいが、警察の御用にはなりたくない。
そんなこんなで、月人が住んでいる居住区へ、足を運ぶ。
そこで、モーリッツという人物と出会う。
次回
何かに出逢う者たちの物語・外伝Ⅱ
夜明け前より瑠璃色な
~Memory of the past and the tomorrow's future~
第二話
罪を背負う教団の神父
どうも、DBの最新作。
まだ連載終わってないのに、新作ですよ。はい。
馬鹿です。
もう、終わりなき無限回路へ突入しました。
でも、完結させます。
今回は、主人公視点重視で書いていきます。
サイト『生まれての風』のとらは小説に、影響されました。
あれは、主人公が面白すぎ! 真面目な話で、上手く他のキャラと絡み合ってます。
ぜひ、読んでみてください。
行き方は、直接打って飛ぶか、我がサイトの『リンクの海』から行けます。
制作開始:2007/1/11~2007/1/18
打ち込み日:2007/1/18
公開日:2007/1/18
修正日:2007/1/23
変更日:2008/10/24