さあ、手を取って。
行こう。
...え?
大丈夫だよ、怖くない。
だって、
これからはずっと一緒なんだから。
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クラウはふと目を開けて辺りを見回した。知らない壁、知らない天井...そもそも彼女は何が自分の知っている壁なのか、天井なのかが分からなかった。思い出せなかった。自分がなぜここにいるのか、なぜ記憶という記憶がなくなっているのか―疑問に思うことは山ほどあるが、唯一自分の中に残る使命感が、前に進まねばならないという心の奥底にある固い意志が疑問にからめ捕られるよりも先に彼女の身体を前に突き動かしたのだった。
目の前に続く薄暗い廊下をただただ進んでゆく。ここは洋館だろうか、古く懐かしい感じがするがその雰囲気に反して不自然にもインテリアには埃ひとつない。かといって人の気配もなく、生活感というものがまるでなかった。壁に掛けられた全身鏡の前で足を止め自分の姿に目をやる。小さな体には似つかわしくない無表情で大人びた雰囲気の自分が映った。彼女は表情筋というものが皆無なその頬を軽くつねった後、少し眉間にしわを寄せて首をふるふると横に振りまた歩きだした。
―おかしい。彼女は少し足を速めた。先ほどから廊下をひたすら歩いているが、終わりがまったくもって見えないのだ。どんなに広い建物でも、廊下なんてこんなに続くわけがない。両サイドに並ぶドアはどこも鍵が掛っているのか、はたまたこのドア自体ただの飾りなのか、黒く重厚なドアを前になすすべなくほとんど手づまり状態である。変わり映えしない景色にため息をつくと、ふと何かの視線を感じ勢いよく振り向いた。そこには再び全身鏡とそこに映った自分がいた。なんだ、と胸をなでおろしそして気付いた。よく見ると鏡の右下に何か...白いペンキだろうか、小さな文字が書いてある。
“やめて、見ないで”
それを見てひとつ、ひらめいた。
クラウは物怖じしない、思い立ったらすぐに行動する少女だった。つかつかと少し前に置いてあったランプを取りに行き、戻ってくるや否や思いっきりそれを振りかぶって―鏡に向かって叩きつけた。ひびが入るなんていう過程を無視して鏡はガシャーンという派手な音を立てながら砕け散った。考えは当たっていたようで、鏡の後ろには細い通路があり、彼女は俄かに満足げにして新たにできた道に向かって歩を進めた。
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心地良い、ここはどこなのだろう。目を閉じたまま川の流れる音に耳を傾ける。芝生の感触を全身で確かめながら寝返りをうち目を静かにあけた。目の前に流れる小川をしばらく眺めたあと、ようやく体を起こして辺りを見渡した。辺りに広がる芝生と1本の小川、石橋の向こうには色とりどりのお花畑が広がっている。なんて綺麗なんだろう…まるで夢の中にいるみたいだ。…夢?―その時一匹の美しい蝶が私を追い越して飛んでいった。「...!待って!」思わず小さく叫んでしまう。私はどうしてもその蝶を追いかけなくてはならない気がして走り出した。蝶はどんどん飛んで行ってしまう。悪戯に、ただ美しく。夢中になって追いかけて石橋に差し掛かった瞬間それは突然に、それは必然的に・・・私は彼女に出会ったんだ。
ガシャーン!
「―なに!?」ガラスが割れるような音に驚き思わず足を止め振り返った。ここにはガラスなんてないはずなのに、いったいどこから?不審に思い目を凝らすが、やはり草花しか見当たるものはなかった。
コツコツコツ。
何かが割れる音の次は誰のものか分からない足音が聞こえる。しかしその音はコンクリートの上を歩くような無機質な音だった。目の前に広がる風景と確かに聞こえる音が一致しない、おかしい、おかしい...。混乱する私の頭、ぐるぐるぐるぐる。わからない、わからない。何かに気づくことを邪魔するかのように視界には靄がかかり、息が上がり、頭痛がする。とうとう私は目を閉じて座り込んだ。私は何に気づいていないの?何を見落としているの?きっとこれは重要なことなんだ、そんな気がする。いったい―
「イオ」
「――!!」
深く、落ち着いた声で呼ばれた私の名前。ハッとして、目を開けた。靄は晴れ頭痛が治まって、そして恐怖に震えた。ここはどこ?無機質な白い部屋、草花なんてどこにもなかった。さっきまで私、別の場所にいたじゃない。いつの間にこんなところに...いや、ここはさっきと同じ場所...なの?コンクリートのような、石のような床を指でなぞる。きっとそうだ、ならさっき見ていた風景は幻覚?息を整えながら今私が置かれている状況を把握し始めて、息をのんだ。いやな予感がする。あの時唯一自らの意志を持っていた存在が引っ掛かった。これはもしかすると少々―いや、かなりまずいのではないだろうか。低く地鳴りのように響くうめき声が身体に伝わる。おそるおそる...振り返った。そこには美しい蝶ではなく、光る物体を吊り下げた“何か”がいた。チョウチンアンコウのような、しかしそれは黒くて巨大で、その体についたそのギョロッとした複数の目はまぎれもない私を映していた。逃げなきゃ。しかし身体が恐怖にかたまり上手く動いてくれず、立ち上がることができない。お願い、動いてよ。お願い、お願い。“何か”は唾液を飛び散らしながら大きく口を開けてこちらに向かってくる。どうしよう、間に合わないっ―――
「こっち。」
突然手をひかれ走り出す。その瞬間はスローモーションのように見えた。一瞬だけ見えた彼女の雪のように白く美しい横顔に見惚れそうになった。そして走りながら気付く。この子は、さっき私の名前を呼んだ声と同じ―声の主はこの子だったんだ。肩につくかつかないかくらいの長さの落ち着いた茶色の髪を揺らしながら走るその小さな背中に不思議な懐かしさを覚えながら、私も繋いだその手を離さないように一生懸命に走った。
飽きなければでき次第投稿したいと思います。自信がまだまだないのでチラシの裏に...