【完結】輪廻を越えた蒼き雷霆は謡精と共に永遠を生きる 作:琉土
ネイさんはイオンの居る扉を叩いた。
恐怖を必死に押し殺し、なけなしの勇気を振り絞って。
この部屋は
何故ならば、ここでネイさんは自身の肉体を奪われたのだから。
「だれ……?」
「あたしよ。イオン。イオナサル・ククルル・プリシェール」
「え……? 嘘……ほんと!?」
「ホントよ。ホントにホント、正真正銘、
元祖って……いや、間違ってはいないのだけれど。
僕達はそんな風に心の中でツッコミをしつつ、扉を開けたネイさんの後へと続いた。
そこで待っていたのは、以前「けもけもの原」で見せてくれていた故郷に居た頃の恰好をしたイオンの姿だった。
その様子は酷く衰弱している様で、非常に弱弱しい声で僕達に話しかけて来た。
「……イオン…ちゃん?」
「……」
「皆も……ありがとう、助けてくれて」
『ちょっとイオン! 大丈夫なの!?』
「大丈夫だよ。貴方達が助けてくれたから……もう平気」
「さあ、早く逃げよう! こんな部屋もう二度と見たく無かったし、研究員に見つかる前に、さっさと出ましょ!」
「……うん、そうだね」
この瞬間、猛烈な寒気が僕達を襲った。
恐らく、機甲艶姫が戻って来たのだろうと思い、僕達は部屋を飛び出し、イオン達を視界に収めながら入り口を警戒していたのだが……
次の瞬間、信じられない光景が目に飛び込んで来た。
「え……」
「N mud ah W ei-tao zw ee-uii;」
「いやあああ!!」
それは、イオンがネイさんに詩魔法を打ち込み、この部屋に閉じ込めると言う光景であった。
「いやあああああああっ!! ここから出しなさい!! 出しなさいってば!!」
「イオン! 何をやっているんだ!!」
「行こう、皆。……制裁の刻が始まるよ?」
そう言いながら、イオンはその場を後にしてしまった。
制裁の刻? ……恐らくだがイオンはレナルルさんの所へ向かったのだろう。
このままではレナルルさんが危険なのは間違いない……が、それよりも――
「あたしを置いて行かないでーーっ!! 出して! ここから出して!!! ……いやだ! いやだよう!! あだし、いやだぁぁぁぁっ!!」
閉じ込められたネイさんを助け出すのが先決だ!!
とは言え、この扉は「イオンじゃ無ければ絶対に開かない扉」だ。
それを破るのは如何すればよいのか?
それをネイさんが協力してくれる前からずっと考えていた。
そこで、一つの仮定を僕は出した。
そう、
ならば、答えは一つ。
先ずは全力戦闘をする為のアンリミテッドヴォルト。
これにより、僕の秘めたる第七波動の力を解き放ち、扉の前へと振り向き……
「ネイさん! 今から扉を破ります!! 正面には立たない様にして下さい!!」
「……っ!! でも、この扉は!!」
『ネイさん、GVの事を信じて!!』
『約束したでしょ! もしもの事があったら、ちゃんと助けるって!! ……行くわよ、シアン! 久しぶりに謡精の歌、響かせるわよ!!』
『うん!』
――私達の
『『響け! 謡精の歌声よ!!
僕の魂
その世界を滅ぼしかねない程の
――掲げし威信が集うは切先 夜天を拓く雷刃極点 齎す栄光 聖剣を超えて
「迸れ!
真の力を解き放った雷剣による
「嘘……! 本当に、こじ開けちゃったの!?」
「ネイさん、これだけ派手な行動をした以上、流石に機甲艶姫も気が付くはず。急いでここから出よう!!」
「……っ!! ええ!! さっさとここからとんずらさせて貰うわ!!」
こうしてネイさんを助け出す事に成功し、この部屋を後にした。
とりあえずネイさんを助け出す事には成功したけれど、問題はあのイオンだ。
明らかに様子がおかしかった。
ネイさんに躊躇いも無く詩魔法を打ち込み、部屋に閉じ込めるなんて明らかに正気では無い。
それに……助け出された後のネイさんは元の姿に戻っていたけれど、明らかに衰弱していた。
流石にもうこれ以上、彼女の助力を得るのは無理だろう。
「ネイさん。協力してくれて、ありがとうございました」
「いいのよ……結局、あたしがいなくても扉、突破出来てたみたいだし」
『ううん、そんなことないよ』
『ネイさんが扉を開けてくれたからこそ、明確に突破できるヴィジョンが出来たんだから。……第七波動は意思やイメージが重要なのよ』
「ふぅん……そういう所は詩魔法と同じなのねぇ」
そう、ネイさんの行為は無駄では無い。
実際にこうして僕の仮定が証明された切欠を作ってくれたのだ。
それに、こうして扉を突破出来たお陰で、この世界における最強のガーディアンである機甲艶姫とも戦える事が証明された。
とは言え、イオンを止めるのにこの事実が役に立つ事は無いと思われるが。
「だから、明確に開いてみせたネイさんのお陰で、ああやって突破できるって確信が持てたんだ。それに……何かあったら助けるって約束したじゃないですか」
「あたしの行為も無駄じゃ無かった……か。うん、何だか気が楽になったわ。……とは言え、あたしがもうこの世界で協力出来るのはここまでね。後は頼んだよ、皆。イオンの事、よろしくね」
そういったやりとりをしつつ、僕達は衰弱してしまったネイさんと分かれ、レナルルさんの元へと急いだ。
そうして現場に駆け付け、僕達の目に飛び込んで来たのは、イオンとレナルルさんが対峙している光景であった。
どうやらまだ二人は対峙したばかりで、その上僕達に気が付いていない。
情報を集めると言う意味でその場で僕達は透明化し、二人の会話を聞く事に専念する事とした。
ただし、レナルルさんに危害が加わりそうになったら、何時でも飛び出せるように。
「……こんにちは。レナルルさん」
「……っ!! ひっ!? あ、あなた……どうしてここに!?」
「……」
「で、出てこられる訳が無い!! あの扉は、絶対に明かない筈なのに!!」
「……「イオンの身体」が来なければね。でも、来ちゃったんだよね。愛すべき、私のパートナー達が、どこからか調達してきてくれたの。それより……今日は、あなたにお話ししたい事があって、ここに来たんだ。私をこの世界に拉致してきた事についてだよ?」
「……!!」
「わたしを何時まで、この世界に監禁しておくつもりなんですか?」
イオンの口調はあの時と同じ様に弱弱しいが、それ以上に不気味さと威圧感を感じ取れる。
その表情も、無表情に近いのだが、彼女の瞳は虚空を映し出すように光が無く、何処までも深い闇を映し出していた。
まるで、今の彼女の心そのものであるかのように。
「ご、ごめんなさい。随分と長くなってしまって。でも、本当に後少し……もう少しなの……」
「もう、その言葉、聞き飽きました。もっとも、こうやって話すのが数千年ぶりだから、聞き飽きたのは数千年前ですけど」
「でも、努力したのよ!? 何時だって、貴方が早く、自分の世界に還れるように……」
「努力ですか? なら、どうして私をここに誘拐して来るのを、止めてくれなかったんですか?」
「それは……っ。……この世界の為に、やむを得ず! 仕方なかったのよ! 昔、惑星ラシェーラは、太陽の膨張によって人の住めない星になっていたわ。「俯瞰視点」を持つ貴女の力が、どうしても必要だったのよ! だから……!」
「やむを得ず拉致監禁したって訳ですね。やっぱりいくら綺麗事を言っても、組織の他の人と同じじゃないですか」
「私は反対したのよ!」
「でも、止められなかった。だから、私が今ここに居るんです」
「ごめんなさい! ごめんなさいっ!! 私も毎日、本当に毎日後悔してる。全ては私の責任なんだもの。貴方を連れて来たのも、惑星移住が失敗したのも、貴方を酷い目にあわせたのも……。だから、毎日お詫びをしている。毎日貴方に向かって懺悔してる……」
……だから、彼女は機甲艶姫に協力してもらってでも毎日死に続けていたのか。
つまり、これだけレナルルさんは自身を責めており、悔いている。
とはいえ、彼女の言っている事の大半の元凶は、彼女の父親であるリーヴェルトだ。
これは既に、イオンも確認済みであり、把握している。
だけど、彼はもうクラケット博士と共に次元の狭間に落ちると言う形で命を失っている。
それ以外にも、この世界においてイオンの恨み等の暗い感情をぶつけるべき相手と言う存在が、もうレナルルさん位しかいないのだ。
そしてイオンもやはり、現実では決して僕達に語らなかったけど、ネロと同じように元の世界に還りたいことが分かった。
その様な素振りを、少なくとも僕達の前で、イオンは現実では出さなかった。
だけど、僕達はそんな風に思っているのではと言う確信はあった。
「シェルノサージュ」における記憶修復をしている過程で、「アルノサージュ」におけるアーシェス経由での視点で彼女の事をずっと見ていれば、安易に想像が付く。
だからこそ……だからこそ、
「そんなのじゃ、全然足りないよ」
「……っ!!」
「自分でもわかってるんでしょ? その自殺は甘えで、自己満足でしかないって事」
「やめて!!」
「そうでなかったら、私をずっと、あんな所に閉じ込めておく訳ないもんね。私が怖いから、私が貴方を恨んで報復をするのを恐れてるから、ずーとあの部屋に閉じ込めていたんでしょ? 私とお話をしたくないから。私を忘れたいから」
「お願い、止めて! ごめんなさい……そうよ、私は貴方の報復を恐れていた。ずっと……だって私は、貴方を裏切り続けて来たんだもの。ずっと、貴方の世界に還すと言い続けて、守れなくて。だから、怖かった! 貴方が私を恨んでいるだろうって思って……」
「正解。勿論恨んでるよ。毎日死んでる? 楽でいいよね。それじゃあ早速、死んでみてよ」
「……」
「そこに
イオンの言う輪っかと言うのは、自殺の時に使われる「首吊り縄」の事だ。
この場所には、レナルルさんのイオンに対する贖罪を願う心の内面を表すかのように、その縄が宙に浮いている。
機甲艶姫に協力してもらう以外にも、ああやって毎日死に続けていたのだろう。
そう考えていた時、イオンは
「
「どうして……貴方が!?」
「だってここは、
(ジェノメトリクスは個人で完結している世界じゃ無いからこそ、ああいった事も出来るのね……それよりも、分かっているわよね? GV、シアン)
(うん。可能な限り、イオンの意識をレナルルさんから引き剥がすんだよね?)
(そうだよ、シアン。そして、上手く彼女の憎悪の矛先を僕達の方へと向けさせなければならない。それが失敗すれば、イオンはレナルルさんに自殺を強要し続け、レナルルさんはそれに応え続けると言う最悪な共依存に陥ってしまう。それだけは防がなかければ)
僕達のテレパシー経由の会話で言う様に、これ以上はレナルルさんが危険だ。
そして何よりも……
「ほら、この子もあなたが死ぬのを手伝ってくれるよ。だから早く……本当に悪いと思ってるならさっさとそこの輪っかに首掛けなよ早く!!!!」
あんなに痛々しく、悲しみと憎しみに捕らわれたイオンを放ってはおけない!
僕達は透明化を解き、声を上げながらイオンの前に姿を現した。
「イオン、ダメだ!」
『『イオン!!』』
そんな僕達の声に反応して、イオンがこちらを振り向いた。
その時の表情は、心の底から喜びに満ち溢れたかのような笑顔。
だが、その瞳はレナルルさんと会話していた時のままだ。
「あ、皆。いつの間にここに来てたの? ねえ、見て見て。今からレナルルさんが、お詫びに死んでくれるんだって。これから毎日やってもらうんだ。えへへ♪」
「……レナルルさんは、悪くない」
僕がそうイオンに応えた途端、彼女はレナルルさんに向けていた無表情になってしまった。
「……機甲艶姫ちゃん。レナルルさんを見張ってて。私、皆とお話しなくちゃいけないみたいだから」
「御意」
……さあ、ここからが本番だ。
そう、僕自身に言い聞かせ、目をそらさずに彼女と対峙した。
「……どうして? どうしてGVは、私の苦しみをわかちあってくれないの? 私なんて、こんな物じゃなかったんだよ? ……汚い部屋に押し込まれて、色んなモノを打たれたり、切られたり、頭の中を見られたり、死んだ方がよっぽど良かったよ……」
『でも、レナルルさんがやった訳じゃ無いでしょう?』
「モルフォちゃんもどうして!! 一緒だよ! この人、私をこっちに連れて来た組織の女なんだよ!? 賛成してなかったって言ってるけど、助けてくれる事もなかった! 何度助けてって言ってもね。シアンちゃんなら分かるでしょ!! この苦しみが!!!」
『イオンのやられてた人体実験の辛さ、私だって痛い程に理解できる。死んだ方がずっと良かったって気持ちだって、心に突き刺さるくらい分かる。分かるよ』
「だったら……!!」
『でも、このやり方は間違ってる!! こんな事したら、イオンの心もボロボロになっちゃう!!』
「……どうして、どうしてシアンちゃんはそんな綺麗事を言っていられるの!? ……あぁそっか、無敵の
先程の必死だった表情とは一転、今度は不敵な表情に変わってシアンにそう指摘するイオン。
……シアンも、もし運命の歯車がずれていたら、こうなっても全く不思議では無かった。
それくらい、イオンとは境遇が似通っている。
シアンも人体実験を受け、能力の使用を強制され、身も心もすり減らし、初めて直接会った時など彼女から見て初対面だった筈の僕に対して死を望んでいた程だったのだから。
だけどイオンとは違い、シアンは助け出された。
イオンの言う通り、シアンには僕と言う想いに応えてくれる人が居た。
その事実がイオンの心の逆鱗に触れたのだろう。
……これで一先ず、イオンの憎悪の向かう先がレナルルさんでは無くなった。
ここまでは計画通りと言えるのだが、別の問題が発生してしまった。
それは、イオンの憎悪の矛先が、シアン
とは言え、こうなってしまった以上、僕は口を出す訳にはいかない。
『イオン……! 私、そんなつもりじゃ……!』
「いいなぁ! ……えへへ、私も、そんな人が欲しかったなぁ!」
『イオン……』
「こんな汚くて、明日にもぶっ壊れそうな世界から助け出してくれる白馬の王子様♪ 私が助けてって叫んだら直ぐに現れて護ってくれるヒーロー! ……ねぇ、シアンちゃん。貴女はもう、GVとは今までずっと一緒に居たでしょ? だから……
『……………………ぇ?』
イオンのこの発言を聞いた途端、この場の空気が完全に凍結した。
不気味なほどの恐ろしい冷気が、シアンを中心に広がっている様に感じ取れる。
そんなシアンに対して、イオンは不敵な表情のままだ。
と言うか、この状態のシアンと対峙して態度が全く変化していない。
それ所か機甲艶姫を傍らに呼び寄せ、完全に戦闘態勢に移行している。
そして、もう一人のシアンとも言えるモルフォは、いつの間にかシアンの後ろに佇み、こちらも同じように戦闘態勢に移行していた。
何と言うか、別の意味で頭を抱えたくなるような光景が目の前で広がっている。
「へぇ……嫌なんだ? GVの事、取られるの」
『イオン。いくら貴女でも、今の言葉は見過ごせないわ』
「いいじゃない。シアンちゃん達は十分にGVと一緒に居たでしょ? 私、知ってるんだからね?」
『……ダメだよ? いくら貴女のお願いでも、それだけはダメ』
冷静を装う口調を維持しつつ、イオンと同じように目を虚空の瞳に変化させ、身構えるシアン。
モルフォもシアンと同様の瞳に変化させ、同じ体勢をシアンとは合わせ鏡の様に身構える。
そして、二人の身体から蒼き雷が、彼女達の感情に呼応するように迸る。
対するイオン側も負けてはいない。
言葉にするのが難しい、物理的に感じる程の凄まじい威圧感を放ち、傍らに居る機甲艶姫も居合の構えをしつつ、油断無くシアン達を見据えている。
この状態で、この場は膠着状態となったのであった。
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。