与太過劇フォロワースタァライトーオーバープレイー 作:ゆるり
蛇口をひねったように雨が落ちてくる森の中、1人の少女が倒れていた。
近くには、車いすが転がっていたがそれはボロボロでフレームやタイヤがひしゃげており、彼女自身も体中が傷だらけであった。
状況から見るに誤って高い場所の道から滑り落ちてしまったのだろう。
しかし、彼女はまだ息があった。
「おい」
どこからか声が聞こえる。男性のような女性のような年老いたような幼いような不思議な声が。少女は霞む目で、声の方を見るとそこには―――――
「ご馳走様でした」
湊 玖貴(みなと ひさき)は両手を合わせて、食器を片づけていく。
(全く、いつまで食べているンだ。)
そんな玖貴の頭の中に声が響く。
それは、玖貴の中にあるもう一人の“玖鬼(ヒサキ)”だ。
ソレは、一般的に“鬼”や“吸血鬼”などの伝承として広まっていた存在の一人であり、弱った人間に取り憑いてその体に居座るかわり、肉体のポテンシャルを向上させてやる怪異。中でも玖鬼はこれを繰り返すことで1000年近く生き延びてきた古参の個体らしい。
玖貴自身、カノジョの事はよく分かっていない。
だけど、カノジョのおかげで玖貴はこの学園に通えている。
玖貴は、10代初めに病で左半身が麻痺してうまく動かせなくなってしまっていた。
舞台少女の夢を諦めかけるも、玖鬼との出会いで左半身が回復し、再び夢を追う事が出来ている。
ただ、今のように頭の中に直接語り掛けてくるし、左半身はカノジョが動かしているので
突然、玖貴の思い通りに動かなくなる事があるのが、玉に瑕だが。
(遅くはないと思うんだけど・・・それに、味わって食べたいから)
このように、頭で念じれば会話をすることが出来る。
口に出さなくて良いので、傍から独り言の多い変人だと思われる事も無い。
(ノロいンだよ。今日は昼休みに外に出るンだろ?授業に間に合わなくなったらどうする気だよ)
(フフフ)
(何を笑ってやがる)
(いいえ、心配してくれてるのね)
(恰好が付かねぇって言ってンだよ。オレが憑いててそんなつまらない失敗したくねぇの)
(分かったわ。でも、大丈夫よ。まだ時間には余裕があるから)
玖鬼の小言をいつものように宥めながら、玖貴は食堂を出て、街へと向かった。
街は昼時もあって、たくさんの人達が行きかっている。
近くの高校の生徒達だろうか、女の子が奇抜な盛り方をしたカラフルなアイスクリームを
スマホで撮りながら騒いでいる。
(ボケた連中も増えたもンだな。どんどん変わっちまうな、人って奴は)
玖鬼が愚痴るように悪態をつく。
玖貴は前から歩いてくる柔らかな表情をしたおばあさんと目が合い笑顔を返しながら、
(そうね。でも、それが人間だから)
(ハッ!まぁ、変わらねぇ奴もいるけどよ)
(え?)
おばあちゃんとすれ違う玖貴は、玖鬼が何を言ったのか分からず聞き返そうとした時だった。
「どけっ!!」
突然、後ろで叫び声が上がる。
驚いた玖貴が慌てて振り返ると、先ほどすれ違ったおばあさんの持っていた小さなバックをサングラスとマスクをした男が奪ってこちらに走ってきていた。
「邪魔だっ!」
男は玖貴に向かって怒声を浴びせるが、玖鬼は動かずにいた。
(全く・・・つまらねぇ奴はいつでも居やがるな。おい!しっかり、ついて来いよ!)
そういうと、玖貴の左腕が勝手に上がり始める。玖鬼が持ち上げているのだ。
「ちょっと!?」
(大丈夫だ!殺しやしねぇよ!)
(そういう問題じゃっ!?)
そんなやりとりをしている間に男は玖貴の目の前まで迫っていた。
肩まで上げた左腕を引いて、左足を軸に体を捻りながら、玖鬼は掌底を繰り出す。
「死ねっ!」「死ねっ!?」
玖鬼の掌底が走りこんで来ていた男のアゴを打ち上げる。
男はぐはっと息を吐き出すような声を出しながら、宙を舞い背中から地面に落下する。
見事にひったくり犯を撃破した玖鬼だったが、玖貴の動きが合わず、バランスを崩した玖鬼は左腕を振りぬいた勢いのまま、前のめりにズッコケてしまっていた。
「・・・テメェ!どこまでのろまなんだ!ついて来いつったよな!?」
地面からがばっと起き上がり、玖鬼が叫ぶ。
(急にそんな動きについていける訳がないでしょう!?)
(ちっ!まぁいい。立ち上がるぞ)
玖貴はゆっくりと立ち上がると、こちらを道行く人が何事かと様子を見ている。
「大丈夫か、嬢ちゃん?」
またまた近くにいた男性が玖貴に声をかける。
「あ、ありがとうございます。転んでしまって・・・」
「あぁ、だけど、そのおかげで盗んだ奴は伸びてるけどな」
そちらを見ると、ひったくり犯は数名に囲まれながら、気を失って倒れているのが見えた。玖貴はそちらに近づくと、ひったくり犯の近くに落ちていた小さなバックを拾い上げて、おばあさんの方へ駆ける。
「おばあちゃん。どうぞ」
玖貴からバックを受け取ったおばあさんは、心配そうに玖貴を見上げ、
「ありがとうねぇ。怖かったでしょう?大丈夫?」
「あ、いえ、大丈夫です。ケガも無かったので」
笑顔で返す玖貴に、おばあさんも朗らかな表情に戻り、
「そう、本当にありがとうね。もう行きなさい。人が集まってくるわ」
そう言われて、周りを見ると騒ぎに人が集まってきていた。
数人は玖貴を指さし何かを話している。
(面倒くさい事になりそうだな。早く行くぞッ!)
(う、うん)
「おばあちゃん、もう行くね。気を付けてね」
「えぇ」
玖貴は人が集まる前にその場を後にした。
一騒ぎあったものの玖貴は目的地についていた。
(ここに用があったのか?)
(えぇ、そうよ。レッスンが終わってからじゃ間に合わないと思ってね)
そこは、駅前にあるケーキ屋さんだった。
最近人気になってきているお店で学園でも話題になっていた。
(とは言え、わざわざ昼休み使ってねぇ。休みの日に買いに来れば良いじゃねぇか)
(今日、買いたかったの)
そう言いながら、玖貴は次々に店員にケーキを注文していく。
(オイオイ、多いなっ!?ヤな事でもあったか?)
(いいえ。でも、好きでしょ?)
そう言って、ケーキを買い終わった玖貴は店を出て学園を目指して歩き出す。
(今日は、アナタと出会った日だからお祝いしたくてね)
(あぁ~・・・その為にか?)
(そうよ。今まで、リハビリや学園に馴れるのに大変でそんな暇も無かったから)
(・・・・・・)
(聞いてる?)
(あぁ。それよりも、時間が足りねぇぞ)
(え、嘘?)
玖貴がスマホを確認すると、走ってギリギリ間に合うかどうかという時間になっていた。
それに玖貴は顔を青くして、
(なんで教えてくれなかったの!?)
(散々言ってやったンだ。これで間に合わねぇなら、テメェのせいだろ。俺は知らねぇ)
(そんな!それよりも急がなくちゃ!)
玖貴は急いで学園へと駆けていった。
なんとか授業にはギリギリ間に合い、無事に学園を終えた玖貴は自室で昼休みに買った
ケーキをテーブルの上に広げていた。
テーブルの向こう。玖貴の前には鏡が置かれている。
そこにはアンシメトリーの自分の姿が写し出されている。
「さぁ、お祝いを始めましょう!」
笑顔でそんな事をいう片割れに玖鬼は不機嫌そうな顔を返し、
「お前が勝手にやった事だ。オレは礼なんて言わねぇぞ」
悪態をつくに玖鬼に玖貴は柔らかに笑みで
「良いわよ。私がそうしたかったの」
「そうかよ・・・」
「ねぇ、1つ聞きたい事があるんだけど・・・聞いても良い?」
玖貴は鏡のもう一人の玖鬼に話しかける。
「どうして、アナタは私に憑いてくれるの?」
「あン?」
「そういう存在だっていうのは分かるわ。そうしないとアナタは生きていけないのも・・・でも、それは、私じゃなくても出来たでしょ?」
そう言われた玖鬼は、あの日の事を思い出す。
「あの時は、お前しか居なかったンだよ。逆にお前が来てくれなきゃ、オレはまだあそこに居ただろうしな」
「でも、あの場所を出た後は?・・・私は貴方に心から感謝してる。―――本当に。だけど、貴方はそれで良いのかなって思ってしまって・・・」
「良いに決まってンだろ。そんな事を気にしてたのか?」
「今日だって、足を引っ張ってしまったし・・・」
「そう思ってるなら、もうちょい足腰から鍛えとけ」
「うん。でも、気になるの。どうして?」
何故か・・・?
玖鬼は、いや、この怪異は、様々な人間を渡り歩いてきた。
取り憑いた人間は皆、弱った身体が治ったと喜んでいた。
勿論、良い人間ばかりでは無かった。弱者を踏みにじるような気に入らない者はその度に切り捨ててきた。
そうして、宿し主の中で生きて、その人生をただ見る事が自らが出来る生き方だと思っていた。
だが、この人間は、『自分の人生の半分を分けてくれた』。
動かなくなった左半身をまるまる怪異に譲ったのだ。
何故かと問うと、それが生きるという事だと教えてくれた。暖かさや冷たさを感じる事が。苦しさを感じる事が。美味しい物を美味しいと感じる事が。生きる事だと。
そんな事が出来るなんて知らなかった。やろうと思った事も無かった。
自分はそういう存在なのだと思い込んでいた。
だから、その申し出を受ける事にしたのだ。
まぁ、そこからは地獄のように感じたリハビリ(共同作業)が待っていた訳だが・・・
それでも、この人間は決して諦める事は無かった。
怪異と共に生きる事を。
だが、こいつに素直に礼を言うのは癪なので、怪異はこう答えてやる事にした。
「そりゃ―――オレがそうしたかったからだよ」
それを聞いた玖貴は、ポカンとした後、ニヤリと笑う玖鬼を見て、
からかわれたのだと気がつく。
「そ、それは理由になってないわ!」
「知るか!あ、モンブランはオレが貰うぜ。こりゃ美味いからな!」
「あ!それは、私も食べたい!待って!待ちなさい!」
舞台少女を目指す事が許された少女は怪異と共に生きる。
2人で1つの人生をこれからも歩んでいくだろう。