なのはクローンのたくらみ   作:もぬ

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GOD シークエンス3

「ええと、なになに……西暦2006年……」

 

 街中で見つけたニュースペーパーを注視し、今日の日付を確認する。

 人気の無い雑居ビルの屋上で、適当なところに腰を下ろしたわたしは、胸の首飾りに向かって助けを求めた。

 

「……って新暦何年?」

《新暦66年です》

「ずいぶん昔だねえ」

 

 証明はできないが、やはりここは過去の地球の可能性が高い。

 あまりこの星のことは詳しくないが、遊びに来たことはある。なのはさんやはやてさんの出身世界なのだ。一応、なのはさんとは親戚みたいなもので、ご実家に泊めてもらったこともある。

 さて。

 新暦66年といえば、わたしの生まれるだいぶ前だ。そしてこの時期、この世界にはもしかすると、あの人がいるかもしれない。

 

「若い頃のパパと会えるかもな」

《非推奨》

「わかってるって……」

 

 ここが過去の世界だとしたら、未来人があれこれ行動するのはご法度だ。どのタイムトラベルものでもそうなっている。

 あとなんか、知人の魔導師の偽物が大勢徘徊しているのだ。さっきシグナムさんの偽物に襲われた。ついに模擬戦では飽き足らず通り魔になったかと思ったよ。今、この街はそこそこ危険である。

 いったい何が起きているのか。事件の全貌がまったく見通せないが……お腹が空く前になんとかして帰りたいものだ。きっと家で、みんなが待ってる。

 わたしが一日でもいなくなれば、あの家族はやっていけまい。

 

《反応を検知》

「おっ。リオン、さすが」

《ナビゲートします》

 

 探させていたものを、相棒が見つけだした。

 それは、わたしがここへ転移したときと同様の転移反応履歴をもつ人間だ。すなわち、自分と同じように未来からやってきたと思われる人物。

 そんな人物がいるとしたら、自分と同様にこの事件の被害者であるか……そうでないなら、元凶だ。接触することで帰還のヒントを得られる可能性がある。

 では。緊急事態につき許可などは得られないが、飛行魔法を使おう。

 デバイスを戦闘可能状態へ移行。杖の形態となった相棒と、魔力を循環させる。

 母のものとよく似たデザインのバリアジャケットが、わたしの身を包んでいく。

 眼下の人々の目に映らないよう迷彩をかけ、屋上から飛び立った。

 

 

【バトル1】

 

「えッ……あなたは……なのはさん?」

『ううん、セリナさんじゃないかな?』

 

 反応を辿り、上空で出くわした人影はひとつ。聞こえる声はふたつ。

 見える姿は、自分と同年代……10代の半ばくらいの少年だ。銀の髪に、禍々しいデザインの防護服と剣を装備している。優男といえる顔立ちでありながら、肌のあちこちに刻まれた赤い文様がタトゥーのようで目を引く。

 こんな極悪人みたいな格好の知り合いは、ひとりしか思い当たらなかった。

 

 トーマさん、若っ。

 しかもへそ出しファッションだよ、センスやばいな。

 彼はおそらくトーマ・アヴェニール。そしてどこからともなく聞こえてくる女性の声は、彼と融合中のリリィさんで間違いないだろう。姿にも声にも面影がある。二人は特務六課で活躍していた、時空管理局のエース級魔導師だ。

 しかし二人の年齢を逆算すると、この時代に10代頃の姿なのはおかしい。転移反応のこともあるし、わたしと同様にいつかの時代から飛ばされてきたのかもしれない。

 

「でも髪の色が違う……ってことは」

『また偽物かな……』

「むっ」

 

 失礼な夫婦だ。わたしが母に似ているのではない、母がわたしに似ているのだ。

 ひとまず声をかけて情報交換でもと思ったが、気が変わった。

 それにわたしより過去の時代の人間だし、未来人としてあまり接触するべきではない。

 

「くそ、やれるか? ディバイドもうまく発動しないし……」

『偽物ならそんなに強くないはずだから、なんとかしよう』

 

 何、ディバイドが発動しない?

 ……チャンスか?

 このまま去っても良いが、日頃の恨みを晴らすまたとない機会な気がする。

 ボコるか。

 

「『ミリオンウェイズ』、ソーサラースタイルを維持」

《ナノマシンを起動しますか?》

「必要ない、トーマさんをボコボコにしたいだけ」

「今何か不穏な声が聞こえたんですけど!?」

「チッ……」

 

 耳が良いな。これだからエクリプスホルダーは。

 トーマさんは、エクリプスウィルスという兵器の保菌者である。

 このウィルスによって強化された人間は異常な耐久力や回復力を持つ。そして、その感染者のもつ最大の特徴が『分断(ディバイド)』というスキルである。

 これが実にクソみたいな、もとい、卑屈で陰険な技で、魔導師の使う魔法を無効化するのだ。攻撃も防御も。この時代のような、第五世代以前のデバイスや魔導理論では手も足も出ないだろう。それゆえ彼らは俗に『魔導殺し』などと呼ばれていた。

 アンチマギリンクフィールドが服着て歩いているようなものだ。憎たらしい。

 

「戦闘行動に移る」

《了承》

『トーマ、あの子に何したの!? ……エンゲージリアクト、スタートアップ!』

「心当たりがない! システムゼロ、ドライブイグニッション!!」

 

 魔導師の杖を握り締める。

 彼我の魔力が充実していく。戦いが始まった。

 

「シュートバレット」

 

 小手調べに直射魔法弾を全部で7つ、順番に放つ。イエローの魔力光が輝き、目標へと真っ直ぐ向かっていく。

 エクリプスホルダーはこんなもの、避けも防ぎもしない。大体のやつはそのまま突っ込んでくる。

 しかしトーマさんは律儀にひとつひとつ、躱したり剣で弾いたりと対応した。

 やはりディバイド機能に不具合があるようだ。わたしは思わずほくそ笑んだ。

 一か月かけて組んだ必殺魔法を「あ、つい……」とか言ってかき消されたあの日の恨み、ここで晴らさせてもらおうじゃない。

 

「アクセルシューター」

 

 誘導魔法弾。数も増やしていく。それをさばききれなくなり、トーマさんが焦れて隙の大きい攻撃をしかけてくるのを待つ。

 相手の得物が剣であるため、距離を取った射撃魔法で攻めている……そう思わせておく。

 誘導弾を制御しているふりをして、わざと攻撃に間をあける。それを見たトーマさんは、大型の剣を腰だめに構えた。

 

「シルバーハンマーッ!!」

 

 銀色に煌めく直射砲撃がこちらへ迫る。航空剣士と見せかけて、彼の保有魔法はオールレンジに対応していた。

 (というかエクリプスホルダーは大体そうだ。なぜならば、彼らの操る『ディバイダー』という武器は、銃剣型。遠距離攻撃にも適しているらしい。あの大剣もよく観察すると持ち手にトリガーがあり、刀身の芯は銃身にもなっている。)

 読み通りの一手に、用意していた魔法を起動する。

 デコイの魔力球をその場に残し、高速移動魔法を発動。着弾時の炸裂反応を利用しつつ大きく相手の視界から外れ、そして背後へと回り込む。

 ――このまま蹴り落とすッ!

 高速移動の勢いに身体のひねりを加えた、魔力付与打撃を放つ。狙うのは相手の腕だ。

 

「……!」

「ぐうッ……!」

 

 必殺のつもりで繰り出した蹴撃はしかし、頑健な剣に阻まれていた。

 咄嗟に攻撃を察知されたのか。無理な姿勢でこれを防ぐとは、さすがは未来のエース。同じくらいの歳なら楽勝だと思っていたがなかなかやる。

 しかし、脚を受け止められても、この腕と杖はフリーだ。

 

「ソニックシューター」

「ぐあっ!?」

 

 脚と鍔迫り合いをする剣を無視し、相手の身体に杖の先端を近づける。

 銃身と化したそこから、速射弾を数発叩き込み、トーマさんを吹き飛ばした。

 ……しかしどうやら、ソニックシューターでは大したダメージを与えられなかったらしい。

 

「今の、スゥちゃんと同じ技……ストライクアーツだ」

『ミッド式の子があんな格闘戦技を使ってくるなんて……』

 

 トーマさんは体勢を立て直し、こちらへと向き直る。その様子は、そう、ピンピンしているとでも表現しようか。

 せっかく接射距離まで持ち込んだというのに。今の攻防は、砲撃でも準備しておくべきだったかな。あるいはうまく顎に当てていれば……。

 ともかく仕切り直しだ。

 次の術式を頭の中で走らせる。わたしは杖を相手に向けた。

 

 

 開始から数分経った。わたしのいつもの勝ち方を考えると、あまりよろしくない経過だ。

 魔法戦の技術や経験は、おそらく自分の方が上回っている。

 負けているものがあるとしたら、身体の頑丈さや体力、つまりは継戦力だ。わたしに足りない能力ではあるが、相手も相手だ。トーマさんときたらこの時期からゾンビのようなしつこさである。

 ここまで決定打をうまくしのがれ、いつからか長期戦に突入していた。焦りや疲労を顔に出さないようつとめているが、もろに自分の弱点を突かれているような状況に、内心歯噛みする。

 実力では負けていない。相手の手の内も一方的に知っている。

 そのうえで自分からケンカをふっかけて、この体たらくだ。

 大人たちに言われているとおり、自分は未熟だった。

 

 ……だからこの戦いはきっと、自分の力につながる。

 トーマ・アヴェニール。彼は若い姿でも、自分にとってはやはり教官なんだと思った。

 

「クリムゾン……」

 

 トーマさんの発声を耳が拾い、身構える。

 

「スラーッシュ!!」

 

 剣を突き出しつつこちらへ肉薄する、突進術。

 だが遅い。カウンターの餌食だ。

 速射砲撃を装填。トリガーワードを口にすることで、イエローの太い光線が相手を飲み込む。

 

「な……!?」

「でやあああああっ!!」

 

 炸裂しない。

 気合と共に近づいてくる声。

 砲撃が……切り裂かれている!?

 放射を中止すると、敵がすぐ目の前に姿を現した。

 ここにきて、ディバイドを成功させた……文字通り、砲撃を断ち切ったのだ。

 

「リボルバァーーッ!!」

 

 だが、わたしも接近戦は望むところ。

 砲撃を切り裂くために上段から剣を振り抜いた姿を確認し、身体をひねりつつ身一つ分浮き上がる。

 ――リボルバー・スパイク!

 そのまま回転するように、蹴りを放った。

 

「く……!」

 

 また、この感触。

 硬いものに阻まれる、わたしの脚。

 しかし先ほどと違って、防いだのは剣ではなく……

 銀色に淡く光る、『本のページ』だった。

 

「いくぞ、銀十字」

 

 こちらに背を向けたまま、彼は低い声を響かせた。

 

「ううおおおおおおおッ!!」

 

 嵐に吹き飛ばされる。

 見えたのは一冊の本。そこから無数に現れたページが竜巻のように荒れ狂い、わたしの動きを妨害する。

 知っていた。強力なEC保菌者(エクリプスホルダー)は、魔導書型の支援機を戦闘に使用する。そのページは一枚一枚が盾であり、刃である。

 腕で顔を覆い、目をなんとか開き続ける。わたしを吹き飛ばしたページたちはやがて、いくつかの輪を作るように整列していた。

 これは、魔導師の環状魔法陣と同じ、砲撃魔法の威力や飛距離を伸ばす、砲身の役割を果たそうとしている。

 ……輪の向こうでは、やはり。

 彼がこちらへ、剣の切っ先を向けていた。

 

「――『ディバイド・ゼロ』ッ!!」

 

 極光が視界を埋めつくした。

 

 

「やった、か……?」

『トーマ、やりすぎじゃ……あの子、偽物じゃないみたいだったよ』

「ええっ!?」

 

 その通り。

 やってくれたな。

 乙女のバリアジャケットがボロボロだ。リリィさんに告げ口しよう。

 本人たちはやりすぎだと思ったようだが、ディバイド機能が付与されていなければ、トーマさんの必殺技もただの、ものすごい砲撃だ。わたしなら防いで見せる。魔力はずいぶん削られてしまったが。

 煙を引き裂き、最高速度でトーマさんへと墜落する。

 大技を受けたのだから、今度はこちらの番。そしてその次のターンはない。今こそが最初から狙っていた、大きな攻撃の隙!

 

「NMカートリッジ2番、ロードッ!」

《使わないはずでは?》

「うるさーい! 使う!!」

 

 相手がディバイドしてきたんだからこっちもズルして良いに決まってる。

 リオンがカートリッジを消費した。調整された魔力の波動が、体内のナノマシンに命令を与える。効果時間は数秒間のみだが、超高速戦闘を可能にする。

 トーマさんの眼前で急制動をかける。

 目が合った。呼吸を止めたような、息苦しい一瞬の間。それはわたしにとって何秒にも感じられた。

 杖を手放し、身体を沈めて拳を握る。

 

「!? しまっ――」

 

 腕を振り抜き、剣のガードを弾く。

 相手の腕を捕まえ、その場を中心にグルグルとスピン。放して投げ飛ばす。

 まだだ。

 投げたものより速く飛び、後ろへ回り込む。両拳で金槌をつくり、殴り飛ばす。

 回り込み、蹴り飛ばし、回り込み、また殴り飛ばす。残り5秒。何回でも。

 残り1秒。その辺に浮いていた杖を掴み、トーマさんへと向ける。この連続攻撃で頑丈な彼もさすがに動きが止まっている。目はこちらを捉えているが、これで最後だ……!

 ゼロ。

 今! 必殺の! あの日通じなかったわたしのオリジナル必殺魔法!

 

「アクセルディバインエクシードウルトラインフィニティミライスペシャルッッッ!」

「う、うわあああ!! なんかすごそう!!」

「スマッシャーーーッッッ!!!」

 

 全力全開の一撃。極大の砲撃魔法があたりの雲を吹き飛ばす。

 重い音が響く。わたしのデバイスが排出した余剰魔力の煙と炸裂した砲撃の効果で、一度真っ青になった空にまた、もやがかかっていた。

 

「ハァ、ハァ」

《ナノマシン効果時間終了。1時間以上の休息を推奨します》

 

 言われるまでもない。あとはトーマさんが墜落しないように助けるだけだ。

 煙が晴れる。

 

「あ、あれ……? ディバイドできた。ラッキー」

「……」

 

 …………。

 

「ストラグルバインドEC」

「うわ!? なんだこれ!?」

 

 微妙な空気の間が空いた隙に、捕縛魔法を発動。

 黄色い光のつるが五体満足のトーマさんをがんじがらめに縛っていく。

 

『トーマ、これっ、解除も分断もできない……!』

「な、なんでー!?」

 

 当然だ。対エクリプス感染者用に開発したバインドである。逮捕とかに使うやつ。

 動けなくなった相手の元へ近づいていく。

 

「あなたの負けです。これに懲りたら、少しは後輩への指導をやさしくすることです」

「は、はい……?」

『わかりました……?』

「ふんっ」

 

 杖をトーマさんの頭に振り下ろす。ゴンと音がした。

 

「ああっ、トーマ!?」

 

 捕縛を解くと、すぐにリリィさんが姿を現した。かなり美少女だった。若い。同じ年頃のはずだがわたしよりお姉さんみがある。

 こいつらこんな若いときからイチャイチャしてたのか。どんだけ長く新婚さんだ。

 治療と防護の小結界を、気絶したトーマさんとあわあわしているリリィさんを包むように施し、浮遊魔法を使って二人を人気の無い場所で降ろす。あとはリリィさんがいれば大丈夫でしょう。

 わたしは休憩がしたい。

 

「フッ……試合には勝って……勝負に負けた、か……」

 

 エクリプスウィルスはこの世から殲滅した方がいい。

 そう想いを新たにして、わたしはその場を後にした。

 

 

【バトル2】

 

 まさかこの人と出くわすことになるとは。

 わたしの眼前で警戒した様子を見せる少女を観察する。金の髪をサイドでまとめ、すらりと長い手足は隙を見せまいと強張っている。紅と翠、二色一対の瞳が、同じようにこちらを観察していた。

 間違いなく、高町ヴィヴィオ。わたしの憧れの人だった。

 そしてやはり、わたしの知る彼女より若い。またしても同い年くらいに見える。

 

「あなたは……なのはママかセリナお姉ちゃん? ……ううん、違う」

 

 この顔と今の状況だ、さきほどのトーマさんたちも含めて、わたしを偽物と間違えるのは仕方がない。

 それが誤解であることは、こちらが話せばすぐにわかるはずだ。

 彼女の目を一瞥する。

 わたしは下を見て、降下を始めた。

 眼下の街の、面積の広いビルの屋上へ降り立つ。

 

「も、もしかしてお話してくれる気になった?」

 

 追いかけて降りてきたヴィヴィオお姉ちゃんが声をかけてくる。

 そうだ。わたしたちが戦う理由は全くない。

 だけど……

 

 この機会を逃してどうする。

 

「封鎖領域」

 

 外部からの破壊に強いタイプの結界を張る。しばらく邪魔は入らないはず。

 自分が閉じ込められたことに気付いたお姉ちゃんは、警戒の色を強めた。

 それでいい。

 目の前の、わたしと同じくらいのときのヴィヴィオお姉ちゃん。

 そんな存在と戦える機会など、今このとき以外にありえない。

 この人は今、どれくらい強いのか。そこにわたしの力は通じるのか。確かめずにはいられない。

 偽物と勘違いしてくれたなら好都合だ。優しい彼女でも、きっと戦ってくれる。

 

「『ミリオンウェイズ』、ファイタースタイル」

「ファイター? 魔導師じゃない……!?」

 

 手の中にあった、魔導師の杖が消えていく。

 代わりに、手足を守る籠手や薄い装甲が、虚空から現れた。

 拳を、脚を、身体をぶつけ合うための装備。

 今は、あなたと戦うための姿だ。

 

《ナノマシンを起動しますか?》

 

 そこに、相棒が水を差した。

 ミリオンウェイズが言っている、NM(ナノマシン)カートリッジ。

 元はエクリプスウィルスに対抗して作られた装備だ。機能としては、強力な自己ブーストに加え、分断を無効化することができる。

 仕組みを簡単に言うと、カートリッジをロードすることで、あらかじめ設定した命令コードが魔力を介して体内のナノマシンへと送られ、特定の効果を使用者に与える。

 ロードするカートリッジの種類によってナノマシンの挙動は変わるため、自己ブーストの数値を細かく振ることも可能だ。防御力強化、近接戦強化、射砲撃強化など……その辺は一般的なブースト魔法と同じ。任務によって使い分ける装備である。

 今わたしの使っているものは、速度強化の割合が高い。また、カートリッジに振られた番号ごとに制限時間とブースト上限を決めてある。1番なら魔法一発分、2番なら数秒のブースト……といった具合。身体に負担を残さないことに重きを置いた設定だ。

 

 とまあ、一言でいえばドーピングだ。

 ならば、この勝負では当然。

 

「使わない」

 

 任務でもないし、ズルもしたくない。今は必要のないものだ。

 さて、こちらの準備は完了した。

 

「あの、あなた……なのはママでも、セリナお姉ちゃんでもない、よね? もしかして……」

 

 拳を握る。

 身体に魔力を漲らせる。半身を引いて構え、相手を、まっすぐに見る。

 それで、ヴィヴィオお姉ちゃんの顔から困惑が消えた。

 視線が交わる。わたしたちの勝負が始まった。

 

 

 何度も拳や脚をぶつけ合う。

 体感では、そろそろ3ラウンドめくらい。

 目の前の彼女はやはり、魔力も筋力も柔軟さも技も、未来の姿に比べれば未熟だ。ポイント制の試合ならば、ここまでの有効打の数はこちらが上回っているだろう。

 だけどその『眼』は常に、わたしの繰り出す手足を『見て』いた。

 カウンターヒッターに必要な資質、相手の動きを見切る眼と読みを、この人は拓きかけている。

 単調な攻めをしてしまえば、やがて逆転を許す。動きを徐々にこちらに合わせつつあるのが明らかにわかる。

 

 ……今だ! 腕が下がって、顔が空いている……!

 

「ッ――!?」

「ぐっ……!」

 

 ここにきて、はじめての衝撃にぐらつく。

 こちらの拳にも手応えがあった。でも、顔をしたたかに打たれた。拳によるクロスカウンターか、膝か。

 強打のぶつかりあいによるものか、気付けば互いの距離が開いていた。

 ――その間を、黄と虹が混ざり合うように輝く魔力スフィアが埋める。

 

「「ディバイン――!」」

 

 膝は付かない。

 揺れる脚と脳みそに気合を入れ、拳を振りかぶる。

 

「「バスターーー!!!」」

 

 二つの声が重なり、二つの拳が叩きつけられる。

 閃光の雪崩に、わたしは押し飛ばされた。

 

「こほっ、はっ、はっ」

 

 まだまだ、ダウンには早すぎる。

 体勢を立て直し、立ち上がって前を見る。

 ヴィヴィオお姉ちゃんも同じように、ゆっくりと、だけど力強く脚を地面に張った。

 そして、にっと笑った。

 

「………」

 

 わたしもきっと、つられて笑っていた。口の端と、心臓が変な感じだ。

 これは試合だけど、試合ではない。笑みを咎めるものはいなかった。

 

 ここからは第4ラウンド。

 格闘戦だけじゃ満足できない。いい頃合いだ、今の彼我の距離を使わない手はないだろう。

 足元の地面に、黄色く輝く魔法陣が張り付けられる。

 やがていくつかの弾丸が、わたしの周りに現れた。

 ヴィヴィオお姉ちゃんの対応は遅い。こちらから行かせてもらおう。

 

 弾丸が解き放たれる。それぞれが空間をジグザグに縫うように、相手へ殺到していく。

 ……その隙間をかいくぐるように、ヴィヴィオお姉ちゃんはあの眼とステップで、次々と回避して見せた。

 しかし。

 このクロスファイアーシュートは、あらかじめ設定した弾道を高速でなぞる。

 そうやって紙一重でかわすと――逃げ道は、わたしの決めた場所へ限定される。

 

「せえっ!!」

 

 ノックアウト狙い、大ぶりの蹴撃。それは彼女の腕を打った。

 決まらなかった。すこし驚く。いや、ヴィヴィオお姉ちゃんならこれくらい。

 ……受け止められたが、ダメージは与えられたはずだ。このまま攻め手に回る。

 腕を抑えつつも闘志を失っていない相手に、もう1度魔法弾を見せつける。

 

「ジェットステップ――!」

 

 二度は通じないか。

 もう距離は開けまいと、移動系の魔法で追いつめてくる。

 それは正解だ。接近戦に持ち込まれればもうそろそろ、わたしの動きなど見極められてしまう。

 だが、正解なのはこちらにとってもだ。

 勝負を決めるのは今。そう定める。

 

 距離を詰めてくるのは想定済み。この弾はさっきの技とはちがう設定にしてある。

 目の前の空間を八つ裂きにする弾道。全身メッタ打ちだ。

 

 ――息を呑む。

 弾丸が切り裂いた空間に、彼女の姿はない。

 踏み出した脚を起点に回転し、こちらの左側に回り込んでいた。

 まるでダンスのような一瞬だ。

 

 相手もここでこちらをノックアウトするためか、大きく拳を振りかぶっている。

 だけど。わたしが捉えている以上それは致命的な隙だ――!

 一発残していたシューターを解き放つ。

 ガードのない顔面を、弾丸が撃つ。

 

「っ……!」

 

 魔弾は、届いていなかった。障壁に阻まれたのだ。

 ――ピンポイントバリア!

 フィニッシュ足りえる魔力を注いだ弾を完全に防ぐような魔力は、ヴィヴィオお姉ちゃんには残っていないはずだ。

 これは、セイクリッドディフェンダー……! 本来なら防御魔力を身体の各部へ適切に割り振る魔法だけど、それを顔の前に一点集中したんだ。わたしがボディを攻撃していればここで終わりだった。

 こんな無茶な使い方を、彼女もしていたなんて。わたしには説教してたのに。

 

「アクセルスマッシュっ!!」

 

 様々な色が混じったような光が瞬く。その拳の煌めきは、いつかの誰かが虹色と例えた。

 この一撃で、決まる。

 ……やっぱりヴィヴィオお姉ちゃんが大好きだ。なんだか嬉しくなって、あとそれと、誇らしい。

 わたしたち、考えることは同じ、だったみたい。

 

 割ける魔力の多くを顔面に集中させて形成した、狭い障壁が彼女の拳を阻む。

 防御の硬さなら、きっとあなたにも負けない……!

 

「アクセル――」

 

 光が拳に集う。

 幼い頃にテレビの前で、何度も真似した技。

 

「スマッシュ!!」

 

 腰にためていた右腕で、あごを撃ち抜く。

 自分でくらったことはあまりないはずだ。

 ……相手が、膝をつく。

 立ち上がろうとしているのか、しばらく身体が震えていた。

 やがてふらりと、前のめりに落ちていく。わたしはその身体をそっと受け止めた。

 

 食らう寸前のお姉ちゃんはかなり驚いた表情をしていた。虚を突かれるほど意外だっただろうか。だけどこの技は必然だ。

 わたしはあなたの一番のファンで弟子。メインスタイルはカウンターヒッターなんだから。

 

「……ん?」

 

 少しの達成感を覚え、息を整えていると、腕の中のヴィヴィオお姉ちゃんが発光した。眩しくて目を細める。

 目を開けると。

 自分よりうんと幼い子どもが、腕の中にいた。

 

「?????」

 

 あとなんか、どこから現れたのか、可愛らしいウサギのぬいぐるみが慌てて少女を介抱しようとしている。

 もしかして。

 

「ヴィヴィオお姉ちゃん……?」

 

 わたしと同じ年頃ではなく。

 まだ初等部くらいの頃の、お姉ちゃんなのか?

 

『……!!!(たえまない やさしさ)』

 

 そしてこのウサギ、もしやヴィヴィオお姉ちゃんのデバイスのセイクリッドハートだろうか。

 こんな可愛らしいぬいぐるみを抱く年少の女の子を、わたしは無言でボコボコに……。

 

『……!(けんめいな いつくしみ)』

 

 罪の意識にさいなまれながら、ウサギと一緒に、気絶したヴィヴィオお姉ちゃんを膝枕しつつ治療していると、やがて新たな登場人物が現れた。結界を解いたので、反応を拾われたのだろう。

 ええと。あの碧銀の髪とオッドアイは、もしや……

 

「あ、チャンピオン」

「あなたは……ヴィヴィオさんに何を!?」

 

 ワールドランキング常に上位、常勝の覇王ことアインハルト・ストラトスさんの子どもの頃に間違いないだろう。

 今や強者揃いの流派として有名な覇王流(カイザーアーツ)の元祖といえばこの人だ。こんなお人形さんみたいに可愛い人が、あんな無敵ゴリラ人間になるのか……。

 わたしは武器を持っていないことをアピールしつつ手招きし、アインハルトさんを隣に座らせた。そしてヴィヴィオお姉ちゃんを、彼女の膝に預けた。

 

「えっ? えっ?」

 

 ふふ……もはや動けまい。わたしを追うことはできぬ。

 治癒結界を施し、わたしは悠々とその場を去った。

 ……お姉ちゃん、ゴメン。というかあの歳のお姉ちゃんと今のわたしで互角かあ……。

 帰れたらきっと、久しぶりに稽古をつけてもらおう。あまりに精進が足りないな。恥ずかしい。

 でも、楽しかったな。

 

 

【バトル3】

 

 ついに遭ってしまった。いや会ってしまった。

 わたしと同じくらいの歳で、顔もそっくりな女の子。

 本人はよくなのはさんと間違えられたなんて不遜なことを言っていたけれど、表情を見れば一発でわかる。

 ……ママだ。

 この時代、私と同じく生まれてもいないはずのママがそこにいた。

 しかも過去のパパやなのはさんたちとにこやかに談笑している。

 思わず頭を抱えた。こっちは迷彩で姿を隠して、探知にもひっかからないよう気を遣ってるっていうのに。この人はほんと考え無しだ。

 

 どうする。とりあえず連れ去るか? わたしがママと接触するのも良くないし、変身魔法で姿は変えた方が良いかな。

 会話を盗み聞きしたところ、みんなは拠点としているアースラという巡行艦に戻るらしい。ママはノコノコとついていく気だ。一挙手一投足が歴史を変えてしまうかもしれないことをわかってほしい。

 

「待ってユーノくん、これは……」

「なんだよ、この数……!」

 

 母親が間抜けなら、娘もまた……ということだろうか。

 彼女たちに近づいてうんうん頭を捻っている間に、わたしたちは多数の敵生体に囲まれていた。

 なのはさんの偽物の群れだ。可愛い顔なのはよく知っているが、これだけ並ぶと気味が悪い。脅威としても恐ろしく、冷や汗が身体を流れる。

 対応できるように、いくつかの魔法を準備する。できれば姿をさらさずに済ませたいが……。

 

「セリナさん!」

 

 誰かの声に反応し、あの人を見る。

 一斉に砲塔を向けてきた敵に対し、無策につっこんでいくバカ者の姿が目に映る。みんなを庇うためだろう。

 気付けば、声を張り上げていた。

 

「ママ! 危ない!!」

 

 通常のカートリッジを消費。準備していた4つの魔法のうち2つをキャンセル。

 今持てる魔力をつぎ込み、みんなを守る防護膜を展開した。

 ……間に合った。防御力には自信があるが、展開速度には限界がある。

 肩越しに後ろを見て、無事な姿に安堵した。

 安堵した。

 安堵すると、だんだん、現状が、襲ってくる。

 

「……しまった。つい……」

 

 素っ頓狂な顔をするママを見て、頭をかく。姿を見せてしまった。

 ………まあいい。あとでなんとかしよう。

 今は敵を退けることが先決だ。

 

「NMカートリッジ1番」

《了承》

 

 魔力をほとんど絞り出したはずの身体から、力が噴き上がる。

 そのエネルギーと出力で、ひとつの魔法を発動した。

 

「アクセルシューター・バーストシフト!」

 

 百を超える数の魔弾が、わたしの周りに並ぶ。

 一発につき一体、すべての敵生体をロックオンする。

 ヒートアップする脳と身体。魔法が完成し、わたしはトリガーを口にした。

 

「ファイアーッ!!」

 

 花火のように魔法弾が散っていく。

 貫かれた偽物たちが一つ残らず消滅するのを確認し、わたしはひとつ息をついた。

 

「あれ……」

 

 すこしふらつく。あまりしない魔法運用をした。

 空中で揺れるわたしを、誰かが抱き留めた。

 

「大丈夫?」

 

 顔を上げる。鏡で毎日見たような顔だった。

 だけどそれは鏡よりもずっと、何年も近くで見ていた人の顔だ。

 

「………」

「あいた!? な、なんで……!?」

 

 指でおでこを弾く。なんかむかついたので。

 それから少しの間、疲れを癒したくて、わたしはママにくっついていた。

 

 




人物紹介(新暦??年)

ミライ・スクライア
 金髪でジト目の高町なのは。
 頭の出来は父親似、一番得意な魔法は防御や結界のたぐい。
 時空管理局・地上部隊所属。武装局員、無限書庫司書、デバイスマイスターなどの資格を持っている。格闘競技選手の経験がある。
 憧れの選手の技を自分の魔法戦技に取り入れるのが好き。スポーツマンシップは無い。
 勉強のできる脳筋。
 デバイスは自分で作った。
 弟と妹がたくさんいる。

高町ヴィヴィオ
 ストライクアーツの名選手。上位選手との魔力量や筋力などの差を撥ね退けて勝利を獲る姿は、多くのファンを熱狂させた。

トーマ・アヴェニール
 あまりにも強すぎるオッサン。一生新婚。

セリナ・スクライア
 よく娘の姉と間違われるためか、自分のことを若者だと思っている。

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