「……ん、んんっ」
「………」
ここはアースラの休憩室。
一緒にここへ通され、今は対面で椅子に座っている少女を、わたしは腕組みの姿勢でじろじろとねめつけていた。
この子はさっき、強烈な魔法行使によって、闇の欠片に襲われるわたし達を救ってくれた子だ。感謝こそすれ責めるようなことにはならない。そう、責めてはいないのだ。
ただこの子、先ほどから一切わたしと口を利こうとしない。その割には話したそうにもじもじしているのが見ていてモヤッとする。何度も声をかけているが、返事が返ってこないので、自然とこんな空気になった。まあ、もどかしそうな表情を見るに、何か事情でもあるのかもしれない。察してあげるのが大人ってもんかな。
……しかし、それにしても。
先ほどからチラチラ合う深緑の瞳。優しい色合いのブロンドヘア。しかし顔はなのは系列……。
何者なのか気になり過ぎる。
それに彼女、思い返せば決定的な単語を口走っていた。我々が悪のなのは軍団に襲われ攻撃を受ける間際。誰かが「ママ、危ない」と言ったのだ。
誰かさんを彷彿とさせるカラーリングと顔、この時代に集まりつつある未来からの来訪者たち、そしてママ。
気になる。そう。
……ユーノさんと、一体、誰の子どもなのか……ッ!
「わー、ここがアースラかあ」
「ヴィヴィオさんのお母様たちと共に戦ったという、あの……」
「中は少し古いけど、ヴォルフラムと似てるな」
「同じ管理局の船だからかな?」
沈黙を切り裂くように部屋のドアが開き、新しい人たちが入ってくる。
管理局の人たちではない。4人の少年少女だった。というか、あの子たちは……
「あ! ヴィヴィ」
「「ああーーーッ!」」
「オッ……おう?」
ヴィヴィオと、どこかで顔を見たことがある少年が、ふたりで大声をあげて指をさしてきた。わたしの目の前に座る少女に向かって。
「ひゅ、ひゅー」
「口笛が下手!」
少女は顔を背け、くちびるをとがらせた。何かやましいことでもあったのだろうか? それにしても口笛が下手。実は面白いなこの子?
混乱の予感がして、わたしは場を落ち着けるため、とりあえず口を開いた。
「ええっと。ヴィヴィオ、それにアインハルト。ごきげんよう」
「えっ……セリナお姉ちゃん!? どうしてここに……もしかして、一緒に未来から?」
「ヴィヴィオさんのお知り合いですか? え、ええと、あの……初めまして?」
「ガーン! 忘れられてる!?」
変な雰囲気になってきたので、まずはあいさつを飛ばしてみた。
しかしアインハルトが知らん人に会ったみたいな顔で返答する。なんで! 先月もチーム模擬戦したじゃん!
「セリナさん、ご無沙汰してます」
「無限書庫ではお世話になりました」
「……あーっと、どちら様だったかな? あはは」
「ええ!! 忘れられてる!?」
「一緒にお料理のお話とかしたのに……」
続けて話しかけてきた美少年と美少女のペア。同年代くらいと見たが、ううむ。こんな知り合いがいたら忘れそうにないのだが。
いやでもこの少年の顔どっかで見たことある気が……。しばし頭の中をぐるぐると探る。
やがて誰かに見せてもらった、1枚の写真が頭に思い浮かんできた。
「……ああ! スバルさんのとこの、トーマくん?」
「おおっ! そうです、トーマ・アヴェニールですッ」
「思い出して頂けたんですね!」
「いや……そこの美少女はわからん……」
「なんでーっ!?」
涙目になるロングヘアの少女。可愛い。
実にいじり甲斐がありそうではあるが、これは不本意なそれである。本当に記憶がないのだ。少年の方は、スバルさんが数年前に保護し、それからずっとナカジマ家とつきあいのあるトーマくんだというのを思い出したのだけど。
「あ、あの」
にわかに騒がしくなってきた部屋で、ついにあの子が口を開いた。
遠慮がちに、しかし咎めるような口調で彼女は言う。
「それ以上話さない方がいい。皆さんは、自分が新暦何年からやってきたのか、わかっていますか?」
全員が顔を見合わせる。
「新暦79年」
「80」
「82年」
上からヴィヴィオ、わたし、トーマくんの言葉だ。
……なるほど。
アインハルトから見ると、わたしとはまだ知り合っていない。トーマくんの連れの子には、わたしはこれから出会う未来があるのだろう。
この時代に飛ばされたことで、互いにフライングしてしまったというわけだ。
「あなたは、いつから来たの?」
皆が疑問に思ったことを、ヴィヴィオがあの子に問う。
「……言えません。未来が変わってしまったら、みんなとは会えなくなるかもしれない」
「じゃあ、ここにいるみんなとは、知り合い?」
ヴィヴィオが重ねて聞く。少女は順繰りに顔を見て、最後にわたしの顔を眺めてから、頷いた。
「……なんだって! セリナお姉ちゃん」
「うむ。わかったわかった」
大仰に頷いてみせる。ならば深くは聞かない。
しかしまあ、自己紹介くらいはしてほしい。お互い何て呼べばいいか困るからね。
「わたしはセリナ・ゲイズ。みんなよろしくね」
「高町ヴィヴィオです! 押忍!」
意図を察したヴィヴィオが続く。他の3人も、流れに乗ってくれた。
名前の知らない美少女は、リリィさんというらしい。スバルさんに目をかけてもらいながらあんな可愛い彼女がいるとはな。トーマくんは罪な男のにおいがする。
最後に、みんなの視線があの子に向いた。
彼女はうんと悩み、最後にため息を吐いてから、口を開いた。
「ミライです。ただのミライ」
良い名前だ。本名だとしたら、名づけ親は日本人だろうか。
ミライは話した後で、頭を抱えてうつむいてしまった。過去の人間と会話をして、自分の時代に大変な差異が起きてしまわないかを気に病んでいるのだろう。
その気持ちはわかる。
「大丈夫だってちょっと話すくらい。思いっきり未来の情報を与えるとかでもなきゃ、いつか出会う運命くらいは変わらんでしょ」
これは個人的な考えだが、未来とは、思った以上に盤石である。それを変えるには強い意志と行動が必要だ。
……例えば、誰かが死ぬ運命。それをくつがえすために、自分がどれだけ苦労したことか。あのとき成し遂げたことは、わたしにとって最も誇りに思えることだ。
それを思えばここでおしゃべりするくらい平気だと思う。
「……そこまでわかっておきながら、過去の人たちとがっつり接触を……?」
「いやまあ、ちょっと喋り過ぎたかなとは反省してる」
「もうっ。昔っからバカなんだから」
「な、なにおう……!?」
わたしにだけ当たり強くないか? この子。
そんな感じで互いに気を遣い、あまり弾まない会話が逆にくせになってきた頃。わたしたち未来人組はクロノ提督から、アースラの会議室に呼び出された。
そこには彼をはじめ、母親のリンディさんや恋人のエイミィさんがいる。あ! いや、今はまだ恋人じゃないんだったかな。
会議室の席に座ると、なのはさんたちやヴォルケンリッターの皆さんといった、すでに海鳴で行動しているメンバーへの通信窓が、空中に浮かび上がった。
「今回の事件の大きなファクターであるシステムU-D……その居場所を、シュテルという協力者が突き止めた」
ひとつの空間ディスプレイが、新しく浮かび上がる。そこに映っていたのは……シュテルさんではなく、目つきの悪いはやてさん似の人だった。
誰かが疑問に思って、聞く。
『王様? シュテルとレヴィは?』
『……ここにいる』
王様と呼ばれた少女は、自分の胸を手で示した。その背中からは、3色の魔力光で構成された翼が生えている。
……そんな。シュテルさんは、やられたのか……!?
『なんだその顔は。死んでなどおらぬわ! 単なる活動停止中よ。……貴様らの手など借りぬが、位置情報くらいは送ってやる。用件は以上だ』
ディスプレイが消える。向こうが通信回線を閉じたのだ。
……死んでいないなら、よかった。無事とは言い難いように思うが。しかし彼女ほどの手練れと、おそらくフェイトさん似のレヴィという人までいて、活動停止という状態にまで追い込まれてしまうとは。
話に聞いたシステムU-Dという相手は、やはりこれまで以上に手ごわい相手のようだ。
「彼女はああ言ったが、当然放っておくことはできない。僕たちはこれから、現有戦力のすべてでU-Dの無力化を試みる。そして最終的には彼女……ロード・ディアーチェが、U-Dの制御権をつかむ」
「私達も手伝わせてください!」
ヴィヴィオが奮起する。ここに集った巻き込まれ未来人たちは、気持ちをひとつにしているようだ。
「情けない話だが、その提案は正直ありがたい。君たちの実力は、これまでの闇の欠片戦などからモニターできている。その力でバックアップにあたってほしい」
全員で頷く。あのクロノ提督……いや、執務官が猫の手も借りたいと言わんばかりの提案をするとは、いかにのっぴきならない現状であるかがわかる。
突然巻き込まれたわたしにとって、そんな話はとんでもないと投げ出してしまいたいほどだ。部屋に引きこもっていても、誰も咎めはしないだろう。
でも……。
ディスプレイに映るユーノさんと、そしてなぜかあのミライという少女に、目が行く。
自分にも帰る場所がある。ここにいるみんなもそうだ。
なら、やるべきことは、決まった。
地球の海上での任務など、もしかすると初めてかもしれない。
ふよふよと空高く浮き、装備や魔力の調子を検める。カートリッジは無限書庫の探索に準備していた弾数がほぼそのままあり、決戦には十分な備えと言えるだろう。
そしてもうひとつ。
クロノ提督から手渡された、ひとつのプログラムカートリッジ。理屈はわからないが、これを使えば一発分だけ、U-Dに有効な魔力ダメージを与えることができるのだという。いやそれ、普通の魔法はまったく通らないってことだよね。
ただしこれは劣化版だ。カートリッジの完成品は、未来では機動六課スターズ・ライトニングの隊長たちだった4人の手にあるという。また、同質のインストールプログラムを、デバイスにカートリッジ機構のないクロノ提督と八神司令も保持しているらしい。今自分の持つこれは、それらのあまりなのだそうだ。
我々の仕事は、有効打を与えられる魔導師たちを守りつつ、敵の動きを妨害することだ。
視線を“そこ”へ飛ばす。
海の上に、大きな黒い塊があった。
あれは結界魔法だ。中では、ロード・ディアーチェと呼称される少女と、例のシステムU-Dが一騎打ちを繰り広げている。
話に聞いただけでも、あれとタイマンなど信じられない。助けに入ろうと試みているのだが、どちらが張ったのかわからないあの結界は、外部からの破壊に非常に強く、解除に時間がかかっている。
周りを見渡す。結界を囲むように展開している魔導師は、そうそうたる顔ぶれだ。このメンバーが一個の事件に投入されることなど、私の時代ではもうありえないと言い切ってしまえる。総計魔導師ランクが、うちの父が思わず憤死しかねない数字になってしまうからである。
なのはさん、フェイトさん、シグナムさん、ヴィータさん、クロノ提督、八神司令という、有効打を与えることのできる6人。それを守り補助するようにして、他のメンバーが散開している。
この面子で一斉攻撃でもしかければ結界も易々と破れるだろうが、それをやってしまうと中のふたりごと蒸発させかねないと思う。それゆえの膠着状態だ。
息を呑み、落ち着かない心臓を手でおさえて、そのときを待つ。
やがて、黒い結界に、内側からのひびが入った。
「が、がはっ! ユーリ……!」
すさまじい勢いで飛び出してきた――いや、吹き飛ばされた少女が、海面を水切り石のように跳ねてくる。
ザフィーラがその身体を褐色の腕で受け止め、ユーノさんとシャマル先生が傷ついた彼女の治療に入る。
ばらばらに砕け散る黒のドーム。その中心にいたのは……金の髪を持つ、幼い少女だった。その背には禍々しい、赤黒い魔力の翼が顕現している。
あれがU-D……? 大人しそうな、ゆるふわウェーブ美少女じゃないか。
しかし、彼女はディアーチェとの戦闘で、傷ひとつついていない。あちらは満身創痍のありさまなのにもかかわらずだ。力のほどがうかがえる。
『みんな、始まるよ』
クロノ提督の号令が頭に響く。
わたしは。私達は、魔導師の杖を、強く握りしめた。
魔導師たちの短い夜は、絶え間ない光と音に彩られる。
魔導師の少女高町なのは。そしてフェイト・テスタロッサ、シグナム、ヴィータ。それぞれが次元世界において並ぶもののない実力をもつ4人をして、全員でかかってもまだ上を行く存在が、ここにいる。
シグナムの剛剣を、U-Dの防護膜が阻む。ならばと瞬時の連携から放たれた雷光の砲火を、さらに1枚重なった膜が弾いた。
対物・対魔複合障壁。あの“闇の書の闇”にできたことで、“砕けえぬ闇”に出来ないことなど、ありはしない。そう主張しているかのようだ。
だが、一度は打ち破ったそれに、ひるむような者は、ここにはいない。
幾度かの攻撃を試み、得られる情報を見極める。U-Dのバリアはただの2枚だが、それぞれが対物理と対魔法とを瞬時に切り替えており、破るためには彼女の判断を上回る攻撃や、一瞬の間もないほぼ完全な、魔力と物理の同時攻撃が求められる。それも、二回。
ふたりの幼い少女は、力こそ卓越しているものの、それをこなすにはまだ一歩及ばない。
だが。今ここには、烈火の将とくろがねの担い手が存在する。その刹那を見切る者こそ、夜天の守護騎士たりえるのだ。
「テスタロッサ」
「はい!」
閃光の戦斧が主の命令を受け、その姿を変える。斧から、黄金の剣へと。
ふたりの剣士がその刃をもって、闇夜を切り裂く光をひらめかせる。
「疾風迅雷ッ!!」
フェイトの振るう巨大な剣は、物理攻撃にも魔力攻撃にも転換できる半実体剣だ。しかしそれは、対魔属性の障壁によって防がれてしまうだろう。
しかし、刃が壁に打ち付けられるその瞬間。鞘に刃を収めた姿勢で、それを待っている剣鬼がいた。
「――紫電、一閃」
自身の魔法の名を呟いたとき、シグナムはすでに刃を振り抜いていた。
炎雷ふたつの斬撃。その間断のない攻撃によって、一枚目の障壁が砕け散る。
とはいえ、それはすぐに復活してしまうだろう。そのうえまだ一枚残っている。
だから、次の二人は、火がついたように前へ出た。
「ハイぺリオン……スマッシャーーッ!!!」
桜色の極光が、あたりを激しく照らす。
必殺の魔力が込められたそれは、しかしやはりバリアを貫通できない。先ほどと同じく、純粋魔力攻撃を減衰してしまう属性に切り替わっていた。この後別の人間が攻撃を加えても、また属性が切り替わる。それが厄介なところだった。
だが。
魔力の放射が、終わらない。
「く……ううっ!!」
堅牢な防壁を突破しうる大威力の砲撃魔法を、垂れ流し続ける。それはまるで寿命を消費しているかのようなひとときであり、強い負担がなのはの身体にかかる。
それができるのは、彼女が高町なのはだから。
そして、紅くて小さな相棒を、信じているからだ。
「ギガント!! ハンマアアアアッ!!!」
大質量の鉄塊が、障壁ごと闇の少女を圧し潰す。
バリアにひびが入る。それを確認したヴィータは、グラーフアイゼンを振り抜き、U-Dを海面へ叩きつけた。
バリアは砕いた。ダメージも与えた。
だが、それで終わるなら、砕けえぬ闇とは呼ばれない。
「被害は軽微……障壁の再構築、を……?」
海から浮上する少女の身体を、涼風が撫でる。
いや、涼風などではない。人体の知覚を乱すほどの、極寒の冷気が、U-Dの周囲を包み込んでいた。
「凍てつけ――エターナル・コフィン」
永久凍結の魔法。
クロノがある男から受け継いだ、強すぎる正義の象徴。氷結の杖、デュランダルを使って放たれる絶世の光だ。
冷気は瞬時に少女を海ごと凍らせ、海域を白く染めていく。
人間の姿をしたものに向ける技では、決してあってはいけない。これは封印の魔法だ。ひとたび使えば、対象は永い時間を氷の中で過ごすことになる。
……しかし。それを成してなお、魔導師たちは誰一人として、戦いの終わりを喜んではいなかった。
静かに。氷に、亀裂が走る。
「いくよ、リインフォース、王様!」
『はい、我が主』
「やかましいッ、貴様が合わせろ小鴉!!」
白い髪に瓜二つの顔をした少女たちが、天高くから眼下を見渡す。
ここにいるのは2人だけではない。ほとばしる力の数は、5つあった。
「響け、終焉の笛――」
「我がもとに集え、雷と焔よ!」
白と黒、相反するふたつの色が、それぞれの力を凝縮させていく。
白は術者の元に。黒は対象の背後に。
「ラグナロク!!」
「ジャガーノートッ!!」
反発しあう二色の魔力の塊が押し合いを始め、U-Dの身体を蹂躙する。
苦しみ呻く少女を見て、ひとりが、つぶやいた。
「ユーリ……もう少しだ。もう少し耐えて……」
「うう……ああ!! ああああああっ!!!」
少女の身体が震える。
魔力ダメージに苦しんでいるにしても異様なその有様に、誰もが目を見張る。
変化は一瞬で、劇的だった。白を基調とした騎士服が、血のように紅く染まる。
加えて、二層のバリアが復活した。
いわゆる、仕切り直しだった。
はやてやクロノの指示が飛び、再び激戦が繰り広げられる。
赤く染まったU-Dの猛攻は苛烈を極めた。対抗プログラムを使用し前線を務めていた4人へ、ダメージが累積していく。
プログラムの稼働時間には限界がある。同じやり方ではバリアを割る事すらできない。
趨勢が傾き始めたとき、そこへ。
未来からの希望が、斬り込んでいった。
「硬いバリアなら、うちのアインハルトさんにおまかせを! 高町ヴィヴィオ、行きますッ!」
「あ……ヴィヴィオさん!?」
高速で、文字通り、空を“駆けて”いくひとりの少女。鍛えたその追い脚で、相手との距離を詰めていく。
迎撃するU-Dの翼は、禍々しい刃や砲弾となって少女を撃ち落としにかかる。それを彼女の、紅翠二色の瞳が捉えていた。
かわすこと。高町ヴィヴィオにできることはそれだけだ。聖王の写し身として生まれたはずの彼女は、しかし、頑健な身体も、超絶的な魔力も備えてはいない。この場の誰よりも自分は弱い。そう思ってすらいた。
しかしひとつだけ、彼女にもあった。
“神眼”と称される武の深淵領域。その一端が、なんでもない少女の中に芽吹きつつあるのだ。
「っ……!」
しかし、未熟。
見えては、いる。しかしそもそも、ヴィヴィオは本来空戦魔導師ですらない。浮遊魔法と空を蹴る魔法を組み合わせ、空で無理やり陸戦をしている。
だから彼女に躱せない致命的な一撃がいつか届くのは、仕方のないことだった。
眼前に迫る凶弾。恐怖が心の中を侵してくる。
だけど、その目を閉じることだけは、しなかった。
「……っ! と、大丈夫?」
「ママ! ありがとっ!!」
「え? ママって……」
割って入った桜色の盾が、少女を守った。
それだけで、高町ヴィヴィオの怖いものは、何もなくなる。
自分を守る背中を追い抜き、前へ。ひとりでも立てると、約束した。
狙うは、技を放った後の一瞬の硬直。高町ヴィヴィオがそれを見逃すはずはない。
頬をかすめる血の弾丸に、ひるむ脚はもうない。打倒すべき相手の眼前、師と自分のつくりあげたカウンタースタイルが、少女の拳を虹色に輝かせる。
ユーリの記憶に、ひとりの王の姿が浮かぶ。
「セイクリッド……ブレイザーッ!!」
鮮烈な光の奔流がU-Dを飲み込む。
しかし彼女が無防備に浮いていた隙を突いたとしても、その身はやはり強固な防壁に守られているのだ。
一度限りの対抗プログラムは、ここで使った。それでもヴィヴィオの技は、硬いそれを破壊するには至らない。
しかし。
すでに少女の下方には、碧銀の覇王が立っていた。
「せいやあああっ!!」
自分の魔力以上の出力を絞り出し、ヴィヴィオは砲撃でU-Dを押し出す。
その先にいるのは、頼れる先輩であり、気になるひとであり……太古にその名前を轟かせた、覇王。
碧銀の魔法陣が清涼な音を伴い、足元に現れる。
これは足場だ。地から返る重み、脚から練り上げる力。それこそが覇王流の基礎にして、極意である。
吹き荒れる風。それは少女のつま先から起こり、脚、腰、胴――練り上げた力は五体を伝い昇り、やがて拳に集い渦を成す。
「覇王――!」
紺と蒼。見開かれた双彩の瞳。そこに映すモノは、魔導師たちの干渉を防ぐ壁。これを打ち砕くことが、人々の道を切り拓く王の務め。
「断」
それは、空を断ち切る絶技である。
振り抜かれる腕に、尾を引くように残る碧の軌跡。
「空」
ただの少女を覇王たらしめるその一撃。それは遠い過去に、ベルカの地と空を統べた。
ヴィヴィオの攻撃で対魔属性に切り替わっているそれに、鉄のように重い剛拳が叩きつけられる。
「拳ッッ!!」
打倒し得ぬ敵など無し。“彼”が本当に勝ちたかった彼女は、もういないのだから。
衝撃波となって突き抜けていく力のベクトル。夜の海を、一陣の暴風が駆けた。
「やたっ! さっすがアインハルトさん……うわっと!」
粉々に破壊されたのは、表層の一枚のみ。例によって次の防壁が追撃を阻み、勇者たちを休ませない。
フルラウンドを戦い抜いたような疲労にさいなまれながら、ヴィヴィオは翼による薙ぎ払いを大きくかわした。
「みんな! 射線開けてくれ!」
はるか真下からの声を耳に捉え、前線の魔導師たちが撤退する。
銀の淡い光が、標的を狙うように、大きなリングを何重にも並べ、バレルを形作っている。
いや。それはよく見ると、砲身などではなく、いくつもの本のページだった。
「オレはできる、できる、今ならディバイドできる……」
『そうだよ! トーマはできる子だよ! ほら銀十字も応援してるよ!』
《分断機能の不具合、一時的に修復。精神的要素の関与はなし》
「ほんとに応援してる? それ……」
銀色の少年が、禍々しい剣を天高く突き上げる。
それはすべての魔導を断つ退魔の光。未来を破滅に導くものなのか、希望を照らすものなのか、それはまだ、彼らにもわからない。
ただ今は。この一撃が、皆を助けることだけを願い、トリガーを引く。
「こいつで全部ゼロにするッ!!」
少年と少女。ふたりの声が、手が、絆が重なる。
「『ディバイドゼロ・エクリプス』ッ!」
高く昇る光の柱が、暗闇を切り裂いていく。
魔導師や騎士たちの攻撃をあれほど執拗に拒んでいた障壁が、まるで糸のようにほころび、ほどけていく。
そのまま、U-Dの身体を、銀の柱が焼く。
「あ、が……戦闘機能、出力、大幅低下。障壁と躯体の復旧を――」
ダメージは通っている。U-Dの動きがなまりつつある今こそが、決戦の正念場だ。
魔導師たちは、各々が最後の一撃に向け、魔力を奮起させ始める。しかし消耗は激しく、彼らが決定的な威力を溜め込むには、実は時間が足りなかった。U-Dの修復速度はそれほどに驚異的で、まさしく不死身といえた。あの闇の書の闇以上だ。
その“もう一息”を埋めるのは。
人類を、星を守るために造りだされた、ふたりの姉妹。エルトリアのギアーズ、アミティエ・フローリアンと、キリエ・フローリアンであった。
「「アクセラレイターーッ!!」」
まるで時を止めたかのような超加速。すべてがスローになった世界の中で、ふたりの持つ銃がカタチを変える。
青い銃は双剣に。桜色の銃は大剣に。
三つの刃が、砕けえぬ闇を切り刻んでいく。機体の限界を超えてなお、ふたりは身体を動かし続ける。アミタとキリエの動力は、きっと単なる物理的なエネルギーだけではなく、熱く鼓動を鳴らす人間の心だからだ。
やがて、時間が動き出す。U-Dの周囲を埋めつくしている桃と青の弾丸は、まるで花火のように、夜の空を彩っていた。
姉妹は背中合わせに空を浮く。ふたつの銃口が、少女を苛む胸の結晶へと、照準を定めた。
「エンドオブデスティニー」
アミタとキリエ、どちらが発したトリガワードかはわからない。全く同時に重なったふたりの声が、ひとりぶんとなって周囲に聞こえたのかもしれなかった。
弾丸の濃密な雨が、U-Dの身体を打つ。
それで彼女は、人間としてわずかに保っていた意識を、失った。
「ああ……ウワアアアアッ!!」
慟哭のような声が夜天に響く。
あと一息。もう一撃。それでディアーチェの制御が、彼女に届く。
誰もが確信したその事実は、しかし、簡単には叶わない。
「これは……やばい!」
『みんな! 防御態勢を!!』
魔力だけで空間が震えることなど、通常起こりえない。それは『次元災害』というカテゴリーの現象だ。
ならばあの少女は、身一つで、災害を起こす存在だということになる。
極限まで圧縮した魔力。それをこれでもかと詰め込んだ風船に、鋭く小さな針が近づいていくイメージ。そんな間抜けな想像が、戦いの様子を見ていたセリナの頭に浮かんだ。
そして。
爆発的な決壊が、起きた。
世界がスローに見える。
これはいわゆるあれである。死の危機が迫った瞬間の人間の脳が、限界以上の速度で回転し、これまでの経験から最善の回避手段を見つけようとする防衛機能。
あれだよ。そう、走馬燈だ。
U-Dの放った全方位攻撃は、無数の弾丸のような形をしている。ミッドチルダ式の得意分野だが、砲撃などに比べたら決定力に欠けるという見方もある。
ところがあれは、一発一発がティアナさんやなのはさんの必殺のそれに匹敵する魔力が込められている。これには根拠はない。感覚で適当なことを考えている。だが、自分の全身は、こうして如実に危機を覚えていた。
緩慢に死が迫ってくる世界の中で、誰かが、自分を守るように前へ出た。
ああ。自分は今までに、何度こうして助けられただろう。
走馬燈なんて役に立たないものだ。結局自分が助かる最善手は、彼に助けてもらうことなのだから。
最後にその背中を目に焼き付ける。それは自分が知っているものより、なんだか、一回りほど小さかった。
幼い翠色のひとみが、自分をちらりと見る。
あれ? これ幻覚じゃなくて本物?
耳をつんざくような轟音の嵐で、意識が引き戻される。
自分と、そしてミライという少女は、幼いユーノさんの盾によって守られていた。
今まで何度も自分を守るユーノさんの背中を見たけれど、年齢が逆転してもこうなってしまうとは。
情けない。だけどそれ以上に、世界中に自慢したくて仕方がない。これがわたしの好きな人なのだと。
「さすがわたしの旦那さん!!」
「え!? なに!? なんですって!?」
どさくさに紛れて告白したものの、激しい攻防のせめぎあいで聞こえなかったらしい。そりゃそうだ。ちょっと顔が熱くなる。
いつの間にかそばにいた、ミライに小突かれる。口をパクパクさせていた。
え~と……の・ろ・け・る・な。
「あ、はい……」
そんなバカなやりとりをしている間も、U-Dの魔力攻撃がやまない。桁違いの魔力量だ……!
まさか、無限なのか。さすがのユーノさんでも、死なないなら死ぬまで攻撃すればいいじゃないとでも言わんばかりのアレは、防ぎきれないかもしれない。
わたしは、防御行動に参加しようとした。
『ふたりとも、ちょっと話を聞いて!』
その声が、脳内にひびく。念話の主は目の前の少年……ひとりでプロテクションを維持し続けている、ユーノさんからのものだ。
『いいかい。周りを見てくれ。本来は防御に優れているなのはが、みんなに守られているのがわかるかい』
目を凝らし、攻撃をしのいでいる仲間たちを見る。
アルフやザフィーラといった守りの得意なメンバーが前に出ているのはそうだが、攻撃寄りのフェイトさんやシグナムさんも前に出て、なのはさんやはやてさん、あとついでにディアーチェとかいう子を守っている。防御力を考えるとふつうは逆のフォーメーションになるはずだが……。
ひとつ気が付く。守られているメンバーは、いわゆる“火力”を持っている。
『多分みんな同じ考えだ。あと一息であの子を停止に追い込めるはずだけど、その一息が遠い。だけど、君たちの“あの技”なら……』
「あの技?」
『わかるだろ。あれほどの激戦でこの空間に散った残留魔力の量は、トリプルブレイカーの比じゃない!』
空間に散った魔力。それはつまり。
ミライと顔を見合わせる。この子は出来るのか? そう問おうとした。
「いけるよ。わたしのはママ直伝、なのはさん監修!」
頼もしい。
杖を固く握りしめる。わたしは装填中のマガジンを排出し、例のカートリッジを、ヴァーミリオンアイズの弾倉に詰めた。
攻撃が、やんだ。
「行ってきます、ユーノさん」
「行ってくるね、パパ」
「うん! ……うん?」
空を飛ぶ。視界の端で、ミライと、なのはさんが飛んでいた。
魔力を放出した直後で動きが止まったU-Dの、頭上の空へ展開する。
……3人だけじゃ、あと少し足りない気がする。なにせトリプルブレイカー級のダメージを無視できる相手だ。ここらの魔力を吸い尽くすほどの砲弾を作り上げないといけない。
せめてあとひとり、収束魔法を操れる人がいないと、この一帯の魔力を集めきれるかどうか……。
そんなことを考えているときだ。
右方向にミライ、左方向になのはさん。そして対面方向に、もうひとりが上がってきたのが見えた。
あれは……あの子は、ディアーチェ?
「シュテル、交代だ。良いところをくれてやる。……ええい、うるさいぞレヴィ、例のキャンディ? とかいう菓子を後でやるから」
彼女が何かつぶやくと、その全身が炎に包まれ炎上した。何事!? ダイナミック自殺!?
炎の霧が晴れる。……そこには、黒い装束を身に纏った、静かな少女がいた。
シュテルさん……!
「ミリオンウェイズ、4人のデバイスを同期して」
ヴァーミリオンアイズが、ミライのデバイスから何かを受け取る。
タイミングは一斉。準備は整った。
カートリッジをロード。全身に、あの子に対抗するための力を漲らせる。
なのはさんが、3人を見て頷く。私達は同時に、それぞれの杖を、空高く掲げた。
光が、集まってくる。
夜空にまたたくそれらは、まるで星の光のよう。いや、赤に、青に、翠に、金色。様々な色が花火のように輝いて、それは遠くにある惑星たちが、色彩が見えるほど近くまでやってきたかのようだ。
光のつぶはやがて、回る4色のリングにからめとられて、ひとつになっていく。
その中心。そこで育つ魔力の塊が、際限なく膨れ上がる。ひとりの扱える許容量を超えたその巨大な砲弾は、4人の使い手の色に染まっていく。桜色、赤色、朱色、黄色。さらにそれらが混ざり合う。
そうして。
できあがったそれは、星の輝きではあったけれど。
どの星かといったら、まるで、太陽のようだった。
「ナノハ、皆さん。今回はあなた方に合わせます」
「おっけー! みんな、全力全開でいくよッ! ……せーーー、のっ!!」
杖を振り下ろす。この輝きが、あそこで寂しそうにひとり膝を抱えている、あの女の子に届きますようにと、声を張り上げる。
『スターライト……ブレイカーーーーッッ!!!!』
地球に穴が開くかと思うほどの熱量が、眼下の海を飲み込んだ。
顛末を語ろう。
あのあと、いくらなんでもさすがに動けなくなったシステムU-Dは、再度表に出てきたディアーチェさんが無事救った。
彼女の胸の中にある、永遠結晶エグザミア? とかいういかにもやばそうなやつを制御し、支配下に置くことで、あの子を戦いから解放できたのだそうだ。
あと、本名は、ユーリというらしい。本来はディアーチェ、シュテル、レヴィ、ユーリの4人で1チームの存在らしい。八神ファミリーみたいなもんだな。
そしてユーリの持っている本の名前が、紫天の書。
あのとき無限書庫の中で見つけた歴史書に、記されていた名だ。
どうしよう。考古学に携わる者として、話を聞きたいのだが。なんか忙しそうで、結局あの子たちとは話せていない。
というか、そう。よしんば話を聞けたとしても、あまり意味がないかもしれない。
わたしはエルトリアのフローリアン姉妹によって、無事未来の世界へと返してもらえることになったのだが。
未来に帰還するにあたって、記憶の封鎖処置を受けることになった。
特に時間移動が起きたことについては厳重に。歴史をわずかでも変えてしまわないための策なのだそうだ。
正直、切ない。
ここでの出会いは、忘れたくは、なかった。
「じゃあ、平気かな」
一緒に記憶封鎖の説明を受けていたミライが、安心したようにつぶやく。
わたしに向き直って、ようやく、本当の名前を教えてくれた。
「わたしの名前は、その……ミライ・スクライアです」
「誰の娘!?」
気になるのは本当にそこである。
父親は確定だろう。では、母親は誰なのか?
「……ママ~」
「おお……娘よ」
ミライ少女は、たまたまここを通りがかったシュテルさんに抱きついた。
仰々しく抱き合うふたり。
「マジで!?」
目の前が暗くなる。
こんな……過去の世界に、真のライバルがいたなんて……。
「まあ、冗談はさておき」
冗談なの? そこまでシンクロしているのは親子だからなのでは……?
散々わたしを弄び、ミライがつぶやく。
「もうわかってるでしょ。……わたしのママは、あなたひとりだけです」
お別れの日になった。
実にあっけなく、その日はやってきた。
紫天の少女たちとフローリアン姉妹は、未来の遠い遠いエルトリアへ。
その道中で、わたしのような未来組をそれぞれの時代へ戻してくれる手はずになっている。
その折に、記憶を封じられるということだ。
管理局が地球に持っている、支部の屋上。
そこでわたしたちは集まり、各々が別れのあいさつをしていた。
それは、もう二度と会えない人へ送るようなものではない。またすぐに会えるかのような、気軽なやりとりを、みんなは自然と心掛けているようだった。
わたしも何人かにあいさつをする。エルトリアへ去る人たちとは、結構別れを惜しんだ。いつか出会えると彼女たちは言うが、わたしにとっては本当にそうなれるか不安なことだ。
そして、それは。
あの子に対しても、そうだった。
「ちっちゃいなのはママ~♪」
「はぁい♪」
見ろあの二人を。全然未来と変わらずいちゃいちゃしやがって。わたしも娘といちゃいちゃしたい。
だというのに、結局あの子とは、あまり話さなかった。未来の情報をあまりにやりとりすることは、記憶の封鎖があったとしても、やはり歓迎するべきことではないと、キリエさんが言ったからだ。
だからって、その、日常会話くらいはいいんじゃないでしょうか。あの真面目ったらしい性格は一体誰似なんだ。
やがて、見たことのない模様の魔法陣から、光があふれる。時間移動の準備が整ったらしい。
名残惜しいがもう、お別れだ。
わたしは、ふと思い立って、もうひとりの心残りの元へと駆けつけた。
「ユーノさん」
「セリナさん。今回は、お疲れさまでした」
「ユーノさんも」
身長が自分より低い彼を見下ろす。
なんか、土壇場になって、気の利いた言葉が出てこない。
「ユーノさん」
「なんですか?」
「ええと。そうだな……浮気はナシですよ。あなたは、わたしがもらいますから」
「ええっ!? あ、いやその……実感がなくてなんとも……」
ユーノさんはもう、あの子の両親が誰なのかを知っている。
だというのに煮え切らないことを言うもんだ。その姿が、自分の知る彼と重なる。そういうところも、嫌いではないんだけど。
周りを確認する。みんなそれぞれ最後の別れを多少は惜しんでいて、こちらを見てはいないはず。
わたしは少し背を屈めて、ユーノさんの頬に手を当てた。
顔を、額に近づける。
金の髪から、良い匂いがした。
「え? えっ!?」
額を抑えるユーノさんは、徐々に顔を赤くしていく。
わたしは彼に、自分のものだというしるしをつけた。
「ふ、ふへ。唇はさすがに恥ずかしいから……」
お姉さんぶって印象を残すつもりだったが、気持ち悪い笑い声が出てしまった。うまく決まらないものだ。
困惑するユーノさんを前に、それ以上のことばが出てこなくなる。ああもう、このまま未来に逃げることになるのか。
「ちょっと。人前でいちゃつくなって、いつも言ってるのに」
「どわーーーーっっ!!??」
横から新たな声がつっこんできて、ひっくり返る。
心臓止まった。
さすがに人がいるところで大胆すぎた。はやく記憶封鎖してくれ。
顔を向ける。
声をかけてきたのは……あの子だった。
「………」
「もう、何て顔してるの」
ミライは、わたしの顔を見て苦笑いした。
自分は今、よほどへんてこな表情をしているのだろう。
何か言おうと考える頭を通り抜けて、自分の気持ちが、口から漏れる。
「せっかく会えたのに、もう、お別れだから」
「ふうん。やっぱり、わたしやパパたちがいないと、ダメなんだなあ」
これまでの口ぶりからして、この子の母親は、どうにもダメなやつらしい。
まったく、情けないものだ。説教してやりたいよ。
「……パパ!」
ミライが、ユーノさんを呼び寄せる。慣れない呼称に苦笑気味にしながら、ユーノさんが目の前まで来た。
「ママも」
彼女は片手でわたしの、もう片方でユーノさんの手をとった。
「えっと。あの」
わたしたちの真ん中で、ミライが何かを言おうとしている。言いたいことが多くてまとまらない様子だけど、少しして、彼女は顔を上げた。
「今日のお夕飯、わたしが作ってあげる。約束ね」
それは、とびきりの笑顔で。
きっと、わたしたち3人だけが知る、秘密の約束だった。
「うん、約束」
「楽しみにしてるよ」
魔法陣の輝きが強くなる。
帰るべき場所へと導かれ、身体が宙に浮く。
過去の世界で出会った人たちを眺める。きっとまた、すぐに会える。だから寂しくはない。
最後に、ユーノさんの顔を見た。
「じゃあ、また」
そう言ったのは、あの子か、わたしか、どっちだろう。声が似ていたから、なんだか曖昧で不思議だった。
じゃあ、また。
それは別れの言葉じゃなくて、まるで明日も会おうねと約束する、子どものあいさつのようだった。
気が付くとわたしは、古めかしくて埃っぽい、書物庫の中に立っていた。
手に持っていた歴史関係の古い本を、元の場所に戻す。
そのタイトルは、『夜天の書と紫天の書』といった。
「セリナさん、無事? ……おおー、雰囲気のある隠し書庫だね」
あの人の声を聴いて、振り返る。
金の柔らかい髪に翠色の眼。かけている眼鏡がなんだか新鮮に感じた。
さっきぶりのユーノさん。思わず腕に抱きつく。うーんこの匂い、落ち着くぜ。
「!? セリナさん、何を……」
「?」
……あっ。
「ごご、ごめんなさ、つい」
子どもユーノさんにくっついたりしてた癖で!
……いや待てよ、別に離れなくてもいいのでは?
わたしは一旦離れた距離を、巻き戻しのようにもう一度詰めた。
「……いや、なんでもう一回同じことを?」
「すみません、もうちょっとだけ」
「ちょ、ちょっと! これはダメだよ!」
「あと10秒!」
大人の魅力があるユーノさんも好きだが、慌てる姿は子どものときとそう変わらない。そういう、なのはさん達しか知らないようなことがわかったのは、なんか、いいな。
子どもユーノさんを抱きかかえるのも良いが、やっぱり見上げるとちょうどいいところに顔がある今の状態も良い。昔より身長が伸びて、顔の位置が近くなった。
背伸びして、顔を近づける。
至近距離で彼の息遣いを感じ、どきりとして、元の位置に戻った。まだちょっとそれは……はやい。
隠し書庫を出て、チームの人たちの到着を待つ。
その間、みんなのことを考えていた。
シュテルさんにレヴィに王様にユーリ。アミタさんにキリエさんに、まだ出会っていない子達。
そして……顔と名前は思い出せないけれど、きっと、可愛らしくて、やさしいあの子。
これから忘れていってしまうのは哀しいけれど、でも、平気だ。
わたしたちは約束をした。それはずっと、心のどこかに残り続ける。
また、あの子に会える時まで。
「きっと、また」
いつかの、未来で。
「ユーノさん」
「はい」
「子どもの名前はどうしましょうね」
「はい?」