機動六課最後の模擬戦。それはリミッターのついていない隊長たちとのバトルという、聞いただけで卒倒しかけるようなイベントだ。
なんとかその場から逃げ出し、茂みに隠れたオレに、八神部隊長からのお言葉が届く。それは、チーム戦から個人戦に変更したので安心してボコボコにされてね、という死刑宣告みたいなもんだった。ひどい。
味方のいない戦場でしくしくと嘆く。
チーム戦から個人戦のバトルロイヤルへ。それはすなわち、敵が倍に増えたということである。
遠くから聞こえる魔法戦の音を聞き、みんなが潰しあってくれるのを祈りつつ、オレは茂みに隠れ続けた。
それからしばらくして。
「……!」
初めて戦闘圏内に誰かが足を踏み入れた。否応なしに鼓動が早まる。
あれは……エリオ!
視線の先にいる少年は、白い槍を携え歩を進めている。そこに隙はない。バリアジャケットに破損や汚れは少なく、戦闘による消耗は感じさせない。
また、白い槍――彼の愛機であるストラーダの形状は、限定的な空戦を可能とするフォルム・ツヴァイ(正式な名前は忘れた)を維持していた。見つかれば逃げる手段はなく、即座に懐に飛び込まれることもあり得る。
厄介だぞ。騎士っていう連中はセンスで迷彩を見抜いたりする。オプティックハイドの精度に自信はあるが……
ともかく、現状のままやりすごす以外に選択肢はあるまい。
「ん?」
油断ない顔つきで警戒するエリオだったが、何かに気付いたようだった。こっち……を見ているわけではない。一体何を……
あっ。
「………」
視線の先にあったのは、薬莢。身を隠すために魔法を使ったとき、オレのデバイス、ヴァーミリオンアイズが排出したカートリッジだった。
めちゃくちゃいぶかしげな顔をするエリオ。そして地面に伏せているアホ。
……どうしよう。このままでは、何かアクションを起こさなければ、もう、えっと。
「ストラーダ」
《Form Drei, Unwetterform》
槍が形状を変える。ジェットの噴射口からアンテナの様なものが伸び、電気をまとい始めた。
あれは……ストラーダの第三形態! その役割は――
「サンダーッ……!」
範囲技でこちらをあぶり出す気か!
「レイジ!!!」
《Protection》
反射的に、身を守るべく杖を頭上に掲げた。
辺りの身を隠せそうな場所、そのすべてに雷光が落ちる。……大丈夫だ、これくらいでオレのバリアは破れない。派手な光と衝撃に心臓はドキドキだけど。
やがて、少し焦げるようなにおいを残し、辺りは静けさを取り戻した。雷撃は無事防げたようだ。
ほっと息をつき、目線を少し上げると、エリオと目が合う。地面に伏せた状態で。
「………」
「………んんっ」
そそくさと起き上がり服をパンパンとはたく。別に砂はついていなかった。ダメージは無いが迷彩はもうほぼ解けてしまっている。
咳ばらいをしつつ、デバイスを構える。エリオのじっとりとした視線が痛い。
さて……どうする?
相手はガチガチの近接タイプ。装甲が薄く、スピードは飛びぬけている。また、フォワードメンバーは全員そうだが、陸戦屋なのに空戦に対応できる技を持っている。
こちらはどう対応したものか。
逡巡しているのは相手も同じようで、数秒の間だがお互いに出方をうかがい、にらみ合う形になった。
ああ、頭の回転が遅い。単純に考えろ。敵は近接型でこっちは近づかれたら困る。なら、先に攻撃を仕掛ける方は――
「アイズ!」
《Divine Shooter》
エリオが相手ならおそらく、適当な直射砲撃を撃てば簡単に避けられ、発射後の隙を突かれてしまう。
こちらが勝つためには、射撃やバインドで相手の動きを止める必要があるわけだ。戦闘時間のほとんどが、必殺の状況を作るための牽制。砲撃型のセオリーを押し通してやる。
「シュートッ!」
弾数は5。放射状に放たれたあとから、それぞれがエリオの方にカーブしていく弾道だ。並行して別の魔法を処理中なので、撃った後の弾を操作するのはナシ。
先制攻撃は、当然――当たらない。余裕を持って回避される。
だったら、物量作戦だ。
「アバランチシフト!」
カートリッジを2発消費。魔力とデバイスの性能にモノを言わせて魔力弾の群れを作りだす。
……弾殻を形成するわずかな時間に、エリオなら飛び込んでくるはずだと警戒していたが、その様子はない。
確かにオレの射撃魔法は練度が低いが、弾幕を張ってしまえばエリオの防御性能なら落とせるはずだ。こっちは遠慮しないぞ。
エリオを中心とした小さな空間に着弾するように設定する。この魔法なら、すべてを避けることは出来ないはず。
「いけ!」
赤い魔力弾が雪崩のように敵を襲う。一発をみると威力も命中精度も大したことはないが、これだけの数を撃ち込めば強力な攻撃になる。範囲も広く、エリオは大きく回避するしかない。
やがて、魔力弾が進行方向に先に回りこんだことにより、常に動いていたエリオの脚が止まる。一度止まればこの魔法にハマったと言っていい。エリオは回避できなかったいくつかの魔力弾を槍で打ち払い、落としきれないと思ったのか、魔法陣を模した盾を作る魔法――ラウンドシールドで防御した。
……ここだ! オレの砲撃なら、防御の上からでも削り切れる!
「ショートバスターッ!!」
最速で撃てる砲撃を放つ。赤い光が殺到し、エリオはそれを受け――いや、違う。砲撃はかわされた。ストラーダのジェット噴射を使って移動したんだ。今のガードは誘いだった?
目の端にエリオの姿が映る。木を足場にしてさらに移動している。今、攻守は逆転した。やつはこちらの砲撃の隙を絶対に狙ってくる。それはわかっている。だけど、どこから攻めてくるのか? 右か、上か、それとも。
「でやああーーッ!!」
答えは、オレの背面だった。
そしてそれは……オレが、勝負に勝ったということだ。
「ッ!? これは……!」
振りかぶった槍に、光のつるが巻き付いていく。
設置型のバインド。攻撃の影で用意していた魔法だ。デバイスもオレの頭もオーバーヒート寸前だったが、この魔法に勝ちを賭けた甲斐はあった……!
エリオの速度についていけなかった身体を動かし、しっかり後ろを振り向く。
そのとき。
バインドで固定したストラーダを――エリオは、手放した。
まだ勝負は決まっていない。動きを止められたのはデバイスの方だけ、ならばそれを離した魔導師はどうなるか。
やられた、としか言いようがない。
地に足をつけた少年の右腕が、電気に似た魔力を帯び始める。タメの時間はほんの一瞬だったが、こちらにとって致命的な一撃になるだろうという予感がした。
「紫電、一閃」
反射的に、手のひらを突き出した。
目の前に魔法陣を象った盾が現れる。
「ぐっ……!」
おそらく正解の反応だった。バインドの術式を任せていたヴァーミリオンアイズは、自動防御の発動に若干の遅れが生じていた。
エリオもここで勝負を決めるつもりらしい。右腕に纏った雷がバリアジャケットの袖を焦がし、構築を解いていく様子から、かなりの魔力が込められているのがわかる。
シールドがひび割れていく。オレの防御がそれなりに硬いとはいえ、こうも一点集中されるともたない。
く、う……こうなったら……!
「あーーーっ!! あっちにあられもない姿のキャロが!!!」
「えっ!?」
今だ!! なのはさんから教えてもらった必殺の魔法!
盾として展開した魔法陣……ラウンドシールドの数か所から、鎖が伸びる。そのままエリオの腕を絡めとった。近接対策の武器、バインディングシールド……!
もう逃さん。動きが止まったエリオから一歩退き、ありったけのバインドでぐるぐる巻きにしていく。
地面に転がるエリオ。しばらくもがいた後、苦し気に息を吐きながら言った。
「参りました……」
「よっし!」
ハッハッハッハッハ!! 勝負はあっというまだったな。エリオがオレに勝つなんて10年早いよ!! 嘘です。ごめんなさい。
戦いが終わったという実感が遅れてやって来て、頭も身体もクールダウンしていく。
――勝ったんだ。
「……ふう」
息をつき、地面に転がしたエリオに目を向ける。
その表情を見ると、どうもふてくされたような雰囲気だ。なんだこら、オレの勝ち方が不満か。
「なんだい、その顔は」
「いえ……別に……」
「エリオはさ……あられもない姿のキャロと、あられもない姿のフェイトさんだったらどっちがいい?」
「ノーコメント」
顔を赤くしつつ黙秘するエリオ。可愛い奴め。真面目な子なのでいじりたくなる。
さて。
ここからはこの模擬戦の話だ。エリオを砲撃で昏倒させず捕縛で済ませたのには理由がある。
地面にしゃがみ、顔をエリオに近づけた。パンツが見えないように脚は閉じる。
「エリオ、聞いてくれ。わたしはこの模擬戦の勝ち方を見つけてしまった」
「え……?」
興味があるようだな、エリオ。お姉さんにはわかるぞ。
たっぷり間をおいて、息を吸って口を開く。
「それはな、倒した相手を仲間にしてしまうことだ」
「は、はあ。でもそれって、ルール的に良いんでしょうか? 模擬戦は個人戦のはずじゃ……」
「いや、八神部隊長はバトルロイヤルって言ってたよね。ルールもとくに制限していない。好きに手を組んで良いってことさ」
というかタイマンで隊長陣に勝てるわけがない。こうでもしないとな。
「個人戦なんてくそくらえですよ」
「個人戦になったのはセリナさんのせいなんですけど……」
そんなことはしらん。
「そして勝利の要となるのがキャロだ」
人差し指を立て、エリオに作戦を説明する。
ちょっとゲーム脳な考え方だが、支援役こそが戦いのカギを握っているのはどこの世界でも同じだと思う。どんな魔導師とも相性のいいキャロを、先に手中に収めたものがこの模擬戦を制するのだ。
「ということで、わたしに協力するなら解いてあげるけど、どうする?」
「はあ……わかりました」
「よし、賢いな、エリオくん」
フルバック、センターガード、ガードウイング。3役揃えば勝ちの目も見えてくるだろう。あと、2人はオレより年下なので、このチームで勝てば最終的に2人を降参させてオレの優勝となる。先輩の言うことは絶対なのだ。あれ、局員歴は2人の方が長いんだっけ……?
まあそんなことはいい。完璧な作戦だ……最初に遭遇したのがエリオで良かった。
バインドを解除してやる。エリオは立ち上がり、身体をあちこち伸ばしてストレッチし始めた。
ところで、エリオはさっきの戦いで右腕の袖だけが派手に破れ、中学生でも忌避する感じの奇抜なファッションになっている。はやく直せよ。
その後、簡単なポジション取りや連携を確認し、戦闘準備が完了したため、キャロ確保に向けて移動することにした。
訓練場は割と広い。陸戦魔導師があちこちで様々な訓練をしても鉢合わせにならない広さがあり、空戦でも充分な戦いができるほどだ。
かなりお金かかってるんじゃないかなと思っている。八神部隊長が本局側のコネで作った部隊だって話だし、普通の地上部隊と比べて予算が潤沢だったのかもしれない。
……さて、キャロはどこにいるだろう。
「アイズ、近くに魔導師の反応は?」
《50m以内に2名。真っ直ぐこちらに向かって進行中です》
「近ッ! 言えよ!!!」
しかももう相手に見つかってるし! 戦闘は避けられない。木や茂みのせいで人影に気付けなかったか。
エリオが顔つきを変える。そうだ、もう始まっている。オレも臨戦態勢にならないと。
ヴァーミリオンアイズの形態を、砲撃重視のカノンモードに変える。牽制をやってくれるエリオが仲間になったなら、砲撃を効果的に使える場面が増えるはずだ。
杖の先を真っ直ぐ敵の方向へ向ける。
やがてその人は木々の間から、オレ達の前に悠々と現れた。
「ほう。次はお前達か」
「ひぃ……お……お疲れ様です」
で、出たー。やだーーーーー
管理局員が選ぶ模擬戦で相手にしたくない人ランキング、1・2位を争う魔導師。手加減という言葉を知らないんじゃないかと疑っていたら後日手加減をしていたことが判明した女。チーム戦じゃなくなって一番喜んでそうな人――
シグナム副隊長の登場だァーーーーッ!!!
「ああ、セリナ。お前には感謝しているぞ。団体戦も悪くないが、たまにはこういう趣向がなくてはな」
いかにもバトル好きみたいなことを言うシグナムさん。この人何言ってるんだろうねと思ったので、適当に笑っておいた。
「シグナム副隊長! お、おろしてください」
うわっ!
そのとき、シグナムさんが脇に抱えていた尻が喋った。びっくりした。
「ん? ああ、すまん」
失念していたと謝りながら、抱えていたものを降ろすシグナムさん。ありがとうございます、と言いながらその女の子は、やっと地面に足をつけることができたようだ。
なんと、尻はキャロだった。
気恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、一応戦闘態勢に入るキャロ。
ここでひとつ、違和感に気付く。
「あれ? フリードは?」
「その……はぐれました」
そんなことある?
『エリオ』
『はい』
『キャロって……かわいいよね』
『はい』
とはいえ、相手は召喚士。いざとなればこの場にいないフリードも呼び寄せられるだろう。油断はできない。
しかし、くそ……キャロは既に誰かとチームを組んでいたか。そりゃそうだ。勝つための条件について先を越されたことに、悔しさと焦りを覚える。
「ふむ、フリードはどこかに落としてきたかな。悪いなキャロ」
大丈夫かな、フリード。こんな修羅どもが暴れまわる戦場に、主人と離れて一匹だけで。
「まあいい、今なら、ちょうど2対2だ――やるか?」
表情はクールだが、この人が現れてから気温が上がったかのような錯覚を覚える。うん……いや、あっつ! さっきから熱い気がする。ぜったい熱放ってるよあの人。炎熱系魔導師って夏は嫌われそうだな。
こちらを鋭く見据えながら鞘に納めた剣――レヴァンティンの柄に手をかける副隊長。その一動作だけで、一気にこの場の緊張感が高まっていく。
……いや、ちょっと待ってほしい。
タイマン大好きのシグナムさんと、ブースト魔法での支援を得意とするキャロ。ただでさえアホみたいに強い副隊長に、いままで未熟者のフォワードメンバーたちを前線でやっていけるように押し上げてきたキャロの支援魔法が乗る、ってことになる。
この組み合わせ……手が付けられない強さでは……?
「ま……ま……」
参りました。
って言葉が喉まで出かかっている。
「シグナム副隊長」
そのとき、横のエリオが一歩前に出て、静かに告げた。
「僕は副隊長と、1対1で戦いたいです」
「えっ……」
対するシグナム副隊長は、エリオがそう言い出すのを待っていたかのように、不敵に笑う。
「いいだろう。ベルカの騎士として、受けて立つ」
「ありがとうございます! ……セリナさん、すみません。どうか、一人でやらせてもらえませんか」
そう言ったエリオの顔は、なんというか、クサい表現だけど、男の子って感じの顔をしていた。
ここにいるのは魔導師でも管理局員でもない。1人の騎士だ。六課を卒業する今日、彼がシグナムさんと戦うのはきっと、大事なことだった。
ならオレも、かっこよく、エリオの背中を押してやりたい。彼のかっこよさに応えるような激励をしたい。
「え、え~~~~、そう? あ、じゃあその……ごめんね~なんかフフフ、頑張ってねエリオ」
シグナムさんとの戦いを避けられるのが嬉しすぎてなんか変な感じになった。
「じゃあキャロはもらっていきますね」
「ああ」
困惑するキャロの手を引いてその場を離脱する。
「ということだからキャロ、キャロはわたしのチームね」
「えっ? 戦わないんですか……?」
「やりません。二人で協力して優勝を目指すのです」
「は、はい。わかりました」
あっさりうなずいてくれるキャロ。こういうところがやっぱり勝利のカギだなって思う。みんなが求める超便利パワーアップアイテム的な……いかん、最低な発想をしてしまった。
十分に距離をとると、二人の騎士が戦闘をおっぱじめたようで、遠くから剣と槍のぶつかり合う音が聴こえてきた。頑張れエリオ。
「それじゃあキャロ、これからの作戦だけど――」
そのとき、オレとキャロの間を、一筋の青い線が走った。
「はっ?」
「これって……」
「ひゃっほーーーー!!」
高速で、何かが目の前を駆け抜ける。すると不思議なことに、さっきまで対面にいたキャロの姿が消えていた。
「ひゃあああああああぁぁぁぁぁぁ……」
「……ま、まてーーっ!」
ひ、人さらい!!
ようやく頭が回り始める。
青い光の道――ウイングロードに乗ったスバルさんが、颯爽とキャロを掴んで去っていったのだ。
そのままトップスピードでどこかへ……くそっ、飛行魔法を使わなきゃ追いつけない!
《Protection》
「おわ!」
もたつきながらも飛び立とうとしたところに、魔力弾が飛んできた。オレより先に気付いたヴァーミリオンアイズが、バリアで守ってくれる。
姿は見えないが、これは間違いなくティアさんの攻撃だ。周りを見渡しても、どこから狙われているのかわからず反撃のしようがない。なんて厄介なガンナーだ……!
間髪入れず、木々の間を縫って朱色の弾丸が複数、こちらに殺到している。こうなったら、前面にバリアを集中して突っ切る――!
《マスター! 背後から攻撃です!》
「えっ!?」
背中に衝撃。脚が勝手に膝をつき、地面に顔から突っ込む。身体が、身体がいうことを聞かない。
「はれ、なんれ……」
『ちゃんと後ろも警戒することね』
「しょんにゃ……」
自分が、相手をスタンさせる弾をくらったのだと理解する。
スバルさんを追いかけようとして、全周防御を使わなかったのが良くなかったか。
ティアさんの念話が届き、こちらの敗北を悟った。まだキャロとの連携を確認すらしていないところに、あっというまの電撃作戦だった……。
しばらくして痺れが解け、身体を動かせるようになる。残念だがもうキャロを取り戻すことはできないだろう。
状況を確認する。
スバルさんとティアさんのコンビにキャロが誘拐された。シグナムさんとエリオは一騎打ち。まだ遭遇していないのはヴィータさんとなのはさん、フェイトさんだ。
「かてねえ……」
ミッドチルダの澄んだ青空の下にひとり、希望を失い大地にうずくまる少女がいた。オレである。
もう降参。こっちがタイマンで出し抜ける可能性があるのはエリオとキャロ、スバルさんくらいであり、今の状況では彼らとの一騎打ちは望めない。
やはりオプティックハイドで隠れてみんなが潰しあうのを寝て待つしかない。それが一番いいんだ。オレは缶蹴りのときは最後まで缶を蹴りに行かないタイプなのだ。
「よう、やっと会えたなあ」
隠れられそうな茂みを探して数十秒ほど。仕事は迅速に済ませねばならないという当たり前のことを、オレは身をもって実感していた。
頭上を見上げると、紅い人影……いや、鬼がいた。
その人が視界に入った途端、深く考える前に、オレの口は白旗を揚げ始める。
「あのーヴィータ副隊長、わたし、降参しま……」
その瞬間オレの真横の地面が弾けた。正確に言うと、副隊長の方から鉄球が飛んできた。
「悪い、聞こえなかった」
「……なんでぼありばぜん」
生まれて初めてだった……涙が出るほど恐怖したのは……
という感じの気持ち。今。
チームを組みませんか? とか言っても絶対通用しない。誰か助けて。
「何ビビってんだ、ほら、教官サマから最後の激励だ。構えな」
呆れた顔をしつつ、ヴィータさんが地面まで降りてくる。そのままハンマーのような形のデバイス……グラーフアイゼンを構えオレと向き合った。
隊長クラスを相手にすることの怖さは、この際忘れるしかない。こちらも杖を構え、戦闘態勢をつくる。すぐにヴィータさんは真剣な顔つきになった。……戦いが始まったのだ。
この距離、さきほどのエリオとの戦いと同じで、まだミッドチルダ式のこちらが有利といえる。
ただ、ヴィータさんの魔法には射撃魔法がある。近づかれないように撃ちあいをすることになるはずだ。
ヴィータさんは動かない、先手を譲ってくれるらしい。それなら……全力全開でやってやる!
敵に向けた杖の先端に、赤い光が現れる。まだ相手は動かない。だったら……
カードリッジを2発消費。光が膨れ上がる。あとはこれをぶっ放すだけだ。
「ディバイン……バスタァァーーッ!!!」
自分の視界すら遮ってしまう大きさの砲撃。当然、ヴィータさんは回避して、隙を突いてくるはずだ。そうならないよう、防御や射撃を準備して迎撃できるよう備える。
「火力は言うことなし……ッ!」
砲撃を撃ち切ったあと、人影が大きく右に跳ねるのが見えた。すぐにそちらを杖の先で追う。
こちらが弾幕を作りだす前に、ヴィータさんは地面を蹴って低空を飛んでくる。接近戦……! 砲撃は撃てない。射撃を……いや、もう遅い!
思い切り振りかぶられた鉄槌を、バリアでなんとか防ぐ。ダメージはないものの、大きく後退させられる。
準備していた射撃魔法を使い、追撃が来ないよう牽制する。難なく躱されるが、距離を開けることには成功した。
「防御もかなり硬い」
追撃は……ない?
ヴィータさんはデバイスを肩にかけ、まるで訓練中のときのように話す。
「足りないのは自信だ。お前は本当に強くなったよ。隊長陣相手でも通用するはずだ」
「ヴィータ副隊長……」
……そうか。これが、ヴィータ副隊長から受けられる、最後の教導なんだ。
今までの訓練と、戦いを思い出して、思わず何かがこみ上げてくる。オレは、オレはちゃんと、誰かを守れるくらい強くなっていたんだ。
隊長たちのおかげで。
「けどな――」
ヴィータさんの雰囲気が変わる。目つきが険しくなり今にもこちらをすり潰さんとばかりの眼光だ。
あれ? 自信を持たせてくれるんじゃ……
「最後に教えてやる。大事なことだからな。……今この瞬間、お前が勝てない決定的な理由がある」
ヴィータさんの足元にベルカ式の魔法陣が現れる。
重厚な音と共に、手にする鉄槌から薬莢が排出される。
ハンマーがその形態を、より凶悪なものに変えていく。先端は鋭利になり、潰すものから、削り貫くものに。反対側には、爆発的な推進力を溜め込んだ、ロケットに似た噴射口が振動して――
「一対一で……」
――来る!
「この
爆発、轟音。カッ飛んでくる赤い影。
気迫にさらされ、身体が勝手に反応した。
杖をまっすぐ前に突き出す。環状魔法陣――赤い光の環が杖の外側を回り出し、砲身の役目を担う。
術者の意を組んだ愛機が、魔法の発動を手伝ってくれる。
「う……ああああ!!」
《Short Buster》
相手がこっちに突っ込んでくるんだから、正面に撃った砲撃は直撃する……はずだった。
目を疑った。ヴィータさんはそれを、空中で、躱したのだ。
「おらあああっ!!!」
袈裟斬りのような軌道で襲ってくるハンマーの切っ先は、もう防ぐことができなかった。
バリアジャケットが弾け、衝撃で後ろに吹き飛ばされる。
致命的な攻撃を感知し、防護服が自動でパージしたのだ。だが、この一撃によるダメージは殺しきれない。
「惜しかったな」
そうだ。がむしゃらに撃ったものの、タイミングはきっとカウンターとして上出来だったはずだ。
ただ、相手が悪かった。
ラケーテンハンマーという技の厄介なところは、決してただ真っ直ぐ突っ込んでくるわけじゃないことだ。推進中に、デバイスを持つ腕の動作で軌道を変えて敵の射線から外れる……普通の飛行魔法じゃできない。
バリアジャケットの防御機能の多くを担っている上着部分は今はない。
力が抜けて、こうして追い詰められているのを他人事のように感じる。今の状況は奇しくも、いつか映像で見た、子どもの頃のなのはさんとヴィータさんの対決に似ていた。
「……1年間お疲れさん。ま、お前にまだやる気があるなら、ちゃんと凌ぐんだな」
グラーフアイゼンが巨大なハンマーに姿を変える。
ベルカ式の使い手を相手にするといつも思う。それって人に向けていいんですか?
「あ――」
振り下ろされる巨大な鉄の塊。これ絶対死ぬやつじゃん。なんかスローモーションになってるもん。
クソーーーーまだやりたいこといっぱいあるのに! 働いてばっかりでまだミッドチルダの娯楽を楽しめてないし、恋人もいない。優しくて良い人たちとの出会いと仕事のやりがいだけの人生だった。あれ? 結構いい人生かも。そういえば恋人をつくるとしたら相手は男性になるのだろうか。まだ見ぬ男の影を思い浮かべてしまったが自分は精神的にも女性に近づいているのだろうか。もともとその気があったのか。それはおいといてやっぱり一般市民として夢は幸せな家庭である。立派な一軒家に子どもは二人くらいほしい。武装局員の給料ならかなり若くてもローン無しで建てられるんじゃないかな。いやミッドチルダの家がどのくらいするのかわからない。というか働きたくないんだった。どこかに養ってくれる年上の包容力ある人いないかな。ヒモになりたい。でも待てよ、ヒモって女の子に対して使う言葉じゃないよな。そうそう、今オレは女なんだった。しかも美少女である。なのはさんのクローンだからね。オレだったらオレみたいな美少女はほっとかない。しかもあと8年もすればあれになれるんだ、相手はより取り見取りに違いない。そう。あっ、グラーフアイゼンが……
そのとき、オレの頭の中を雷鳴の様なひらめきがはしったのである。
あるいは物理的に脳が揺れる衝撃と言い換えてもいい。
「……い……なんだ……大……か、セリナ? ちゃんと防……のか?」
「……くだ……しょくだ……」
「ん? なんて?」
「寿退職だ!!!!! ウオオオオオオ」
このとき、自分が何を口走ったのかはよく覚えていない。奇声をあげたあとパタリと気絶してしまったらしく、目が覚めたときはやたらとヴィータさんに心配された。頭は大丈夫か……? じゃないよ。あなたのせいでしょ。罪悪感に付け込んで頭を火が付くほど撫でさせてもらった。
だけど、結論は覚えている。死の寸前にオレは主人公っぽく覚醒をはたし、天才的な発想に行きついたのだ。
そう……いわゆる『寿退社』そして『玉の輿』。この美貌で男をたぶらかし、自らは労働をせず他人の収入をすすって裕福な生活を送るのだ。
フフ……クフフフ……
「アーーーーーッハッハッハッハ!!!!!」
「セリナちゃん回復したみたいね。2回目の模擬戦参加してくる?」
「いえ、いいです」
医務室のベッドで高笑いしていると、シャマル先生がいきなり入ってきた。恥ずかしかった。