なのはクローンのたくらみ   作:もぬ

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エピローグ4

「あたりに結界を張った。セリナさん、お願い!」

「スターズ5、りょうか……じゃなかった。えーっと、撃ちます」

《Divine Buster》

 

 存分に溜め込んだ魔力をぶっ放す。侵入者に立ちふさがる守護者……巨大な鎧のようなロボットは、赤い光の奔流を受け、地面に沈んでいった。

 

「おわり。アイズ、ご苦労様」

《腕が錆びつきます》

「そりゃあいいことだ」

 

 しゅごーっ、と魔導杖から排出される、煙状の余剰魔力。不満げな言葉を聞いたせいで、ヴァーミリオンアイズのため息みたいに思える。

 こいつやっぱり戦闘好きだな。あと酷使されるの好きそう。マゾだな。

 

《何か?》

「いや、なんでも」

 

 無限書庫で外部協力者として働くことになって、数日が経つ。

 事前に講習などを受け、今回初めて現場についていき、先ほど出番があった。

 なるほどこれだけ強力なガーディアンが現れるなら、攻撃力のある魔導師がいないと厄介だ。役に立てるか不安だったが、今日でやっと給料をもらえるようなことをした。

 

「お疲れ、なの……セリナさん」

「お疲れ様です」

 

 お、今なのはって言いかけたな。

 どんどん間違えてくれていい。こっちは、あなたの中にある(と思われる)なのはさんへの好意に、つけこむつもりなのだから。

 

 さて。調査チームの仕事はまだ終わらない。進路を阻むガーディアンを倒し、我々はさらに迷宮の奥へと進むことができるようになった。

 そう、無限書庫の未整理区画の中身は、まさしく迷宮と呼ぶのがふさわしい。無限書庫が書物を収集・再現する際に、施設やその防衛機構にも機能を発揮し、あれもこれもと取り込んで、迷宮を創りあげてしまうのだ……という仮説を聞いた。スケールのでかいロストロギアは、適当さのスケールもでかいらしい。

 ガーディアンを倒した先には、次の部屋へ続く扉がある。

 調査チームのメンバーが、魔法を使って扉の様子を細かく調べ始める。オレは、すこし思い立って、待機状態にするのを忘れていたデバイスの先端を扉に向けた。

 

「砲撃でぶち抜きましょうか?」

「わあっ、ちょっ、ダメダメ!!」

「嬢ちゃん、ストップ!」

「す、すみません。冗談です」

 

 チームの人たちが慌てふためくのを見て、デバイスを下げる。講習でも勉強したので冗談なのだが、本気だと思われたっぽい。

 陸士部隊に所属していた魔導師がこんなことを言えば、冗談に聞こえないか。

 扉を調べている人……名前をまだ覚えていない……の言うには、トラップ等を警戒した安全な解放と、古代文明のものであればその意匠や機構の解析・記録、といった作業を行っているらしい。そういうわけで、これを吹っ飛ばすのはよろしくないようだ。扉と壁はぶち抜くものだという、なのはさんから学んだことが活かせないね。

 

 辺りを見回してみる。チームの人たちは、本来の仕事である書物の調査だけでなく、部屋のつくりや倒したガーディアンなんかまで調べていて、忙しそう。こうなるとオレは手持ち無沙汰だ。なにせこのチームでは、物を壊す専門である。

 うーん、どうにもアウェー感があるというか、そもそもオレはこのチームに必要なのか。さっきのガーディアンは強力だが、この人たちなら停止させる方法はいろいろあるのでは。

 

「オレ、役に立ってるのかな」

「何言ってるの。ここから先の調査ができるのは君のおかげなんだよ。ありがとう」

「え……っ、と」

 

 独り言が拾われてしまった。作業の手を止めて、ユーノさんが歩み寄ってくる。

 

「セリナさんが来てくれて本当に良かった。これからもよろしく」

「あ、はい、よろしくお願いします……」

 

 ……至近距離で笑顔をぶつけてこないでほしい。なのはさんやスバルさんみたいな人たらしの手口だ。そんなタイプの人だったのか? 記憶から受ける印象と、少し違う。

 笑みを向けてくるユーノさんは、オレが観察していたここ数日の中では一番機嫌良く見える。ありがとう、君のおかげ、来てくれてよかった――なんて、お手本のような賛辞だ。でも言葉に嘘はないのだろう。

 自分の口角が自然に上がってしまうのが、なんだか負けた気がして、口元を手で隠した。

 

 

 しばらく退屈だったので、次にゴーレム系のやつが出て来たらどう倒そうか、なんてシミュレーションしていた。

 さっきのは動きがのろかったから砲撃でさっさと仕留められたが、あちこち動き回るやつだったり射砲撃を撃ってくるやつなら、同じようにはいかないだろう。調査隊の人たちを守るために、広域防御を想定しておこうか。

 必要なら魔法が使えるユーノ司書長や隊の人たちが補助してくれることになっているが、書庫を守る結界を張るだけでも面倒な作業なんだし、荒事は一人でも片付けるつもりでいよう。でないと貢献した気分になれない。

 

「皆さん! 休憩時間にしましょう」

「お……」

 

 ……って、なんだ。休憩か。暇な時間がさらに伸びてしまった。しかし他の人たちにとっては貴重な時間だ、変わらず、大人しくしていよう。

 

 バカみたいに広いこの空間は、見たところ円の形をしていて、オレ達は周囲をぐるりと巨大な本棚に囲まれている。例えるなら、本たちが観客として集まったコロッセオのようだ。

 本たちが見つめる先では、人間たちが椅子やテーブルを組み立て、しばしの憩いの場を作り上げた。飲み物やレーションを持ち出して腹ごしらえをしたり、雑談や作業の続きをする人もいる。

 こうやって現場に休憩スペースを設営するのは、部隊にいた頃にもよくあったが、周りを本に囲まれた屋内で……というのはなんとも異様な光景である。

 オレは先ほど貰った、固形の栄養食を手早く食べる。これ地球にも似たようなものあったな。パサパサになった口の中を水で潤す。

 さっさと席を立って、本棚でも検分しようかな。これからお世話になっていくとはいえ、まだ打ち解けていない目上の人たちと同じ席に座っていると、息が詰まる。

 

「ここ、座ってもいいかな?」

「あ、どうぞ……」

 

 反射的に返答した後で、相手が誰かを知る。声をかけてきたのはユーノさんだった。

 なんだか申し訳なくなってくる。輪に入ろうとしないオレを気にかけているのだろうか。

 彼はオレのすぐ隣に腰掛けた。しかしこちらから話すことがすぐに思いつかない。攻略して好感度を上げるチャンスなのだが。ていうか既に距離が近くないか? いきなり距離を詰められるのも、あまり落ち着かないぞ……。

 やきもきしていると、ユーノさんの方が、先に口を開いた。

 

「ええと、さっきの魔法は見事だったよ。頼りになる、文句なしの砲撃魔法だった。まるで……」

 

 一瞬、言葉が途切れる。

 

「いや、とにかく、君に来てもらえてよかったよ」

 

 言い淀んだ内容は想像がつく。こういう場面にはたまに出くわしてきた。

 恐らくクローンのオレに気を遣っているのだ。セリナ・ゲイズという一人の人間として生きているオレを、高町なのはと同一視するのは失礼なんじゃないか、とか。そんなところだろうか。

 ただでさえこちとらコミュニケーションは不得手である。あんまり気遣われると会話がしにくい。

 なのはさんの知人と知り合ったときは、早めにこっちからネタにするようにしている。いちいち配慮するようなことではないと、伝えるのだ。

 

「わたしとなのはさん、似ていますか?」

 

 ユーノさんの表情が、少し硬くなったような気がした。

 

「似てる……って言ったら、どう思う?」

「嬉しいです。憧れなので」

 

 なんならもっと同一視してほしい。その方がオレの人生計画も、よりスムーズに進みそうだ。

 

「砲撃魔法だって、しっかりなのはさんに教え直して頂いて、鍛えてもらったんです。荒事はまかせてください」

 

 ちょっとした見栄を張ってみせる。

 オレ達に共通する話の種なんて、なのはさんが一番大きいに決まってる。これを禁句にでもされたら、いつまでも距離が縮まらない。

 ユーノさんに、こちらの意図は伝わったようだ。彼の雰囲気が和らいだ。

 

「さっきは呼び間違えてごめんね。バリアジャケットとか、魔法とか。よく似ている」

 

 そうでしょうとも。なのはさんの魔法を教えてもらっただけでなく、本人の記憶もほんの少し受け継いでいる。バリアジャケットは機動六課に入ったときに、分隊長のなのはさんの意匠を取り入れたデザインに(勝手に)変えられたが、気に入っている。世界中の高町なのはフォロワーの中では完成度の高い方じゃないかな、なんて自分では思っている。

 

「なのはさんの真似をしているので。……あの、ユーノさんがよければ、なのはさんの話、聞きたいです」

 

 少しドキドキしながら、話を振る。

 彼は笑顔で応えてくれた。

 こうやって誰かと雑談するの、ちょっと久しぶりだな。

 

「そのジャケットのデザインの大元は知ってる? それ、なのはの通ってた小学校の制服がモチーフらしいよ」

「へえ……」

 

 オレの着ているものはそうは見えないが、襟元とかそれっぽい。白が基調なところもかな?

 

「髪型は、少し違うね」

 

 髪か。バリアジャケット着用時のなのはさんはいわゆるツインテールだったが、正直あれは恥ずかしい。聞いた話では最近、着用時の髪型を変えたらしいが、20代に突入してちょっと恥ずかしくなったに違いない。娘もいるし。

 オレは普段のなのはさんを真似てサイドでひとつにまとめているが、長さは少し足りない。今の長さは、もっと短い方が楽だという気持ちと、憧れのなのはさんの外見をトレースしたいという気持ちの妥協点である。

 ……いや、でも、ユーノさんの関心を得るためには、昔のなのはさんと同じ髪型にするべきだろうか?

 自分のサイドテールの先を指でいじる。ふと思い立って、聞いてみることにした。

 

「ユーノさんは、どんな髪型が好みですか?」

「えっ?」

 

 間が空いた。

 

「考えたことないな……」

「そうですか」

 

 などと言ったが、これで終わりじゃだめだ。

 女子の側からこんなことを聞くのは勇気がいるというのに、収穫無しでは損である。

 

「なのはさん、フェイトさん、はやてさんだと誰の髪型が一番いいですか?」

「け、結構つっこむね」

 

 少しの間、逡巡する素振りを見せる。

 ま、なのはさんでしょ。

 

「えーっと、そうだな。フェイトの長くてきれいな髪は、さすがに感心するよね。見事というか」

 

 …………ふーん。

 髪、少し伸ばしたほうがいいかな。

 

 

 

 

「さて。皆さん、片付けと清掃をお願いします。図書室は綺麗に!」

 

 しばしの雑談を終え、調査隊は次の工程へ。

 

「では予定通り、今日はもう少し先へ進みます」

 

 そうして部屋から部屋へ。調査隊は迷宮の中身をつまびらかにしていく。

 ……が、やはり出番がないと退屈だ。というか居心地が悪い。社会で働いていると、自分でやることを探せ!なんて怒られることもあるし、周りが働いている時にやることがないと焦燥感を覚えるものだ。

 しかし、オレもサーチャーを飛ばして警戒はしているが、それ以外にやることがない。不意の奇襲にそなえて皆の位置を把握するくらいか。しかし侵攻しているのはこちら側で、相手は無機質な防衛装置。誰に奇襲されるはずもない。さらにトラップ警戒にもオレのほかに専門家がいる。

 何か、他の仕事を覚えたいな。

 

「うーん」

 

 ユーノさん、話しかけたら邪魔だろうな。

 視線に気づいたのか、ディスプレイを見ながら何やら打ち込んでいたユーノさんは、こちらに目を向けてきた。

 

「退屈?」

「い、いえ。とんでもない」

 

 仕事中にそんなことは言えないですって。

 

「ごめんね、今日は肩慣らしってことで。また別の仕事を頼むことも……」

 

 ユーノさんの顔つきが変化する。先頭の方が足を止め、合図をよこす。サーチャーからの情報を一緒に処理していたヴァーミリオンアイズが、オレに警戒を促した。

 

「いや、君の出番のようだね」

「はい」

 

 デバイスを戦闘状態にし、チームの先頭に出る。

 後続の位置をよく確認しつつ、次の広間へと足を踏み入れた。

 

「な……!?」

 

 チームの誰かが……いや、誰もが驚きの声をあげた。

 先ほどのフロアと似た構造の広間で、オレたち以外に動く反応が1つ。想像していたのは最初の様な、いわゆるゴーレム、ロボット、ガーディアン……無機物の防衛装置だ。

 今目の前に現れたものは、明らかに違った。

 脚は4本、背には大きな一対の翼。赤い体表はよく目を凝らせば、鱗が張り巡らされている。長い尻尾が起き上がり、ゆっくりと動く瞳は、こちらを既に見据えていた。

 

「竜だ……!」

 

 無限書庫、なんでもありか?

 『書庫の整理』でフリードやヴォルテールの親戚に遭遇するなんて、想像できるだろうか。

 

「リンカーコアを持っている可能性が高い。捕獲を試みれば大暴れしそうだ……」

 

 後ろから声が聞こえる。生き物をこちらから先に攻撃するのには、ためらいがあるが――

 そのときだ。竜が口を開いた。

 咄嗟に、調査チーム9名全員の前に、魔法陣を象った盾……シールドを出現させる。

 閃光と、空気を切り裂く音、盾を強く押される衝撃から、自分たちが攻撃を受けたのがわかった。

 

「みんな! 無事か!?」

 

 後ろを振り向く。チームに……けが人はいない。ヴァーミリオンアイズの補助のおかげで、しっかり全員の前に盾を張れたようだ。

 前を向き直し、戦うためのスイッチを入れる。先ほどの熱線は、おそらく魔法だ。フリードとキャロのコンビと同じく、生物としての機能と魔法の補助を掛け合わせた攻撃。

 この手の魔法生物には、捕縛も長くもたないはずだ。保護するためには、魔力ダメージでノックアウトするのが手っ取り早いだろう。

 まず、ユーノさんとチームの人たちが、本を守るために結界を作るのを待つ。その間、バリアタイプの魔法で全員を守る。これがオレの役割だ。結界完成後、みんなを後退させてから、敵を倒す。

 もう既に作業は始まっている。結界はすぐにでもできるはずだ。ドラゴンは広間の大きさに対してあまりに巨体で、フリードのように飛んで動き回ることはないだろう。熱線もしのぐことはできた。十分な攻撃力さえあれば打倒できるはず。落ち着いて――、

 

《マスター!》

 

 身体の左側に強い衝撃。赤い何かが、オレを吹き飛ばしたのだと分かった。

 ……空中で制動をかけ、体勢を立て直す。無事なのは、ヴァーミリオンアイズが守ってくれたからだ。

 

「ありがとう」

 

 敵を捉え直す。ドラゴンは姿勢を変えていた。オレを叩き飛ばしたのは、ヤツの丸太の様な尻尾だ。

 防御役のオレが飛ばされ、結界を構築中のチームのみんなが無防備になる。まずい。すぐに駆けつけて――、

 ドラゴンが再び口を開く。やつが向いているのは、みんなの方ではなく……オレだ。

 反射的に、シールドを展開した。

 

「何!?」

 

 攻撃は熱線ではなく、炎。あれは炎だ。

 弾速は遅いが、範囲が広く、かつ流動的。弾いてそらすシールドタイプではダメージになる。防御の選択を誤った……!

 腕で顔を覆う。ただの炎ならばバリアジャケットでなんとかなるが、破壊力のある魔法ならば――、

 

「本を守る者が炎か。なんて思ったけど」

 

 熱気も衝撃も、来ない。代わりに、優しく落ち着いた声がすぐそばから聞こえた。

 

「見て、セリナさん。本が燃えてない」

 

 言われるままに辺りを見下ろす。結界の守りもなく、火にまかれたにもかかわらず、本たちはそこに佇むままだ。

 

「咄嗟だったから本の方は守れなかったけど、よかった。どういう仕組みの魔法かな。気になる……」

 

 チームのみんなも、淡い緑色の膜に守られていて無事だ。

 そして……オレを守ってくれた、ユーノさんが振り返る。

 

「さ、結界はできた。君の合図でこのバリアを解くよ」

 

 これで、オレの攻撃であたりが破壊されることはない。

 頷きを返し、ドラゴンを打倒するための一撃を選ぶ。

 

「ロードカートリッジ」

 

 命令を受け、ヴァーミリオンアイズが薬莢を吐き出す。彼女とオレの間で力が循環し、膨れ上がるそれを留め、眼下の竜に狙いをつける。

 ユーノさんに視線を飛ばす。彼はオレを守ってくれた魔法を解いて、オレの射線から退いた。

 

「エクセリオン……ッ!」

 

 竜が再び口を開くが、もう遅い。火を噴くのは、こちらの砲身だ!

 

「バスタァアーーッッ!!!」

 

 紅い光で、やつの巨体を薙ぎ払う。

 加減せずに撃ち放ったそれは、果たしてやつを倒すのに足る威力だったようだ。

 

 

 

「お……あったあった」

 

 排出したカートリッジを拾う。

 もう部隊所属じゃないから、カートリッジがすぐ補充できないかもしれない。無限書庫には必要ない備品だから、今までのように、黙っていても支給されるということはないだろう。装備部あたりに申請して取り寄せることになるのかな。あとで事務の人に聞いてみよう。

 ついでに、ゴミをここに残していくのもよくない。図書室は綺麗に。そういうわけで、使った分のカートリッジは任務後に拾って、暇なときに魔力を込めて再利用するのがいい。これはオレに限らず、陸戦魔導師ならよくやっていることだ。

 

 調査作業を進めるあの人を……ユーノさんを見る。

 彼はなんと言っていただろうか。咄嗟に本を守るより、オレやみんなを守った。そんなことを呟いていた気がする。

 そして、ドラゴンを倒した後、失態の謝罪や助けてもらったお礼を言おうとしてモゴモゴ喋ったオレに、こんなことを言った。

 

「君だって、僕らを守ってくれているんだ。そうやってこれからしばらく背中を預けあうんだから、いちいち畏まることないさ」

 

 調査隊の人たちも、オレに声をかけてくれた。みんなが言うには、今日は良い仕事ができたと。

 オレは……職場に、人に恵まれてるな。ここでも、機動六課でも、その前も、尊敬できる人たちとばっかり出会う。

 そしてユーノ司書長……ユーノさんは、きっと心から信頼できるようになる。今日の出来事は、そう思うのには十分だった。

 

「撤収します! ……セリナさん! 行こう」

「はいっ!」

 

 ならきっと、この人に心から信頼される人間を目指そう。

 今度はもっともっと、良いところをみせよう。

 そんなことを思ったりした。

 

 

 

 

「あ、あの、司書長……ユーノさん」

「? どうしたの?」

「お、おお昼ご飯とか、その、お召し上がりになられましたかっ」

 

 昼休みに司書長室を訪ねたオレは、汗を流しながら勇気を振り絞っていた。

 

「ごめん、これもうちょっとかかりそうなんだ。ゆっくりしておいでよ」

 

 

「フラれた」

 

 好感度が足りてない。一緒に飯を食うという定番のイベントすら引き起こせぬ。

 もう少し愛想を振りまく必要があるか……などと思う一方で、いや、あの人仕事多すぎない? とも思った。

 いつもあんな感じだけど、本当にちゃんと食ってるのかな? 男性にしては線が細いしさ。体格がいい人たちとエリオしか男性の知り合いがいないから、そう見えるのだろうか。

 

「はー」

 

 失意の中、管理局本局の中を、昼ご飯を求めてさまよう。

 本局内は一つの街になっていて、飲食店もいろいろあるらしい。そろそろ開拓しようかなとは思うものの、何もない日は部屋でゴロゴロしがちだ。もう訓練漬けの日々には二度と戻れんぞ。

 結局、無限書庫から一番近い食堂に足を運ぶ。もう行きつけの店になってしまった。

 

「おばちゃーん、Aランチください」

「おばちゃんって呼んだからダメ」

 

 厳しい。

 

「お嬢ちゃん、それ資料部の制服? 異動したの。司書は割引だよ」

 

 なんだと……?

 そういえば一昨日くらいから制服を、陸士の茶制服から書庫の人たちと同じものに変えたが、まさかこの店にそんな裏技が存在していたとは。

 

「陸士は本局にこんなしょっちゅう来ないでしょ。早く言ってよおばちゃん」

「ごめんねえ。じゃ、ちょっと局員証を見せてくれる?」

 

 懐からカードを取り出し、手渡す。超科学社会なのにこういうところが意外とアナログ。

 

「ん~セリナ・ゲイズちゃん、ごめんね。司書資格がないなら割引はナシ」

「なんだと……?」

 

 ぐぎぎ……バカな。上げて落とされた。

 結局いつも通りの額を支払い、お膳を持って空いてるところを探す。

 クソ、ずるいな、司書。

 

「ん?」

「お……来たか。ほれ、こっち来い」

 

 食堂の中で、知り合いと遭遇した。

 陸士部隊の制服を着て、かわいらしく手招きをする小さい人……ヴィータ副隊長だ。

 

「ヴィータ副隊長! お久しぶりです」

「ああ。いや、もう副隊長じゃないんだが」

 

 彼女は確か、地上部隊に腰を据えた八神司令の補佐に戻ったんだっけ。いや、なのはさんから教導隊に誘われてるって話も聞いたな。

 どっちにしろこの辺の食堂を利用することはないはずだけど。もしかして……

 

「ヴィータ……さん。わたしに会いに来てくれたんですか?」

「はあ? そ、そんなわけねーだろ。勘違いすんな」

「好感度が足りている……」

「ああ?」

「ヴィータ副隊長! 大好きです!!」

「あー、そー」

 

 古巣の上司の可愛さに触れ、感激で泣きそうになる。自然と身を乗り出し、ヴィータさんの頭に手がのびた。

 

「触るな。調子に乗るな」

 

 撫でようとした手をはたき落とされる。

 どうだろう、この気心の知れたやりとり。最初は思っていることを打ち明けられなかったり、ぶつかったり、色々あったものだ。

 やはり時間をかけて人は分かりあうもの。ユーノさんのことは、焦らずじっくり攻略しなければならないようだ。

 

「最近、調子はどうだ?」

 

 久しぶりに会った親戚とか、職場の外で会うときの上司っぽいことを言うヴィータさん。いや上司だった。

 ちょっと見栄を張っちゃおうかな。

 

「未整理区画の防衛機構相手にちょこちょこ働いてますけど、おかげさまで苦戦はナシです」

「ま、当然だな。そっちのことじゃなくて、その……」

「?」

 

 しばし言いよどみ、意を決したような顔で切り込んできた。小声で。

 

「お、お前、ユーノ……司書長のこと、すす、好き、なんだって?」

「いいえ」

「え! はやてが、お前がユーノのこと狙ってるって言ってたけど」

「んー」

 

 ヴィータさんが珍しくすっとんきょうな声をあげた。なんかかわいいな。オレもこう、ナチュラルに可愛い人間になりたかった。どうせなら。

 八神司令、どんな風に話したのだろうか。(財産を)狙っているというのは事実だが、ここに来てそう日が経ってもいないのに、恋心も何もあるもんか。

 真面目でうぶそうなヴィータさんには、あまり正直に言いたくないな。適当にごまかそう。

 

「まあ、そうですね。少しユーノさんのことが気になっています」

「そ、そうか」

 

 いつもより態度が変なヴィータさん。一つ咳払いをして、再度切り出した。

 

「今日は悩めるお前に、気になる相手の、お、落とし方を伝授しようと思ってだな」

「え……ヴィータさんが……?」

「バッカお前、あたしがお前の何倍生きてると思ってんだ。男の一人や二人、いたっての」

「本当ですか?」

「なんだその反応は。何か文句でも?」

「いえ」

 

 おかしなことを言い出したが、大方、八神司令がそそのかしたんだろう。面白いという理由で。仕事中でなければそういう人だ。

 この人が見た目に反してしっかり大人なのは、元部下として存じ上げているが、その。それって相手みんなロリコンってことだよな。

 いや待てよ……オレの外見年齢もまだまだ幼いし、相手は大人の男性。ヴィータさんの手練手管を聞く価値はあるのでは?

 

「お前が大人になるまで長いからな、うまくやらなきゃ誰かにとられるぞ」

 

 ずっと外見小学生の人が言うと、重い説得力があるな。

 

「たしかに……」

「それにあたしの思うに、やつは鈍感だ。もっとわかりやすいアピールしといたら?」

「いったいどうすればいいんですか?」

 

 割と真面目に聞く。セリナには恋愛がわからぬ。

 

「ボディタッチ」

「body touch.」

「とはやてが言っていた」

 

 何言ってんだあの人。

 自分だって彼氏いないのに。

 

「まだある」

 

 まだあるんだ。

 真面目くさった顔で、ヴィータさんは続けた。

 

「毎日……手作り弁当」

「毎日……手作り弁当……!?」

 

 むり。

 

「とはやてが言っていた」

 

 全部あの人の受け売りでは……?

 というか八神司令の得意分野ですよね。「その気になれば彼氏は作れる、今はその気がないだけ。」とか言ってそうな顔が脳裏に浮かぶ。

 

「あの、今まで戦闘と報告書書くこと以外したことなくて」

「セリナ。何事も挑戦だ」

 

 すべて伝えたといわんばかりに、すがすがしい顔をするヴィータさん。

 

「お前の未来……楽しみにしてるからな……!」

 

 教官っぽいことを言って、話の締めとされた。

 いやいや。はやてさんのバカ。ヴィータさんもバカ。絶対やりたくないぞ。

 

 

 

「できた……」

 

 わざわざ弁当箱を買い、ミッドチルダのよくわからん野菜や生物の肉を買い、朝早く起きて、デバイスにガイドさせながら作り上げた。

 それは、人生初の料理であった。父さんと姉さんにも食べさせてあげたかったという気持ちが、自然と湧いてくる。

 手提げの袋に入れ、通勤。第一種捜索指定ロストロギアを運ぶときのように、警戒しつつ慎重に司書長室へ持って行った。

 

「失礼します……あ」

「ん? やあ」

「セリナさん。こんにちは」

 

 咄嗟に、手提げ袋を背に隠す。司書長室には、既にお客さんの姿があった。長髪に白スーツという冗談のような格好が似合っている、ハンサムな男性だ。どこかで顔を見たような……。

 いや、とにかく今はオレはお邪魔だ。出直そう。

 

「失礼しました。また後ほど伺います」

「ああ、ちょっと待って。僕のことは気にしないでいい。遊びに来ただけだからね」

「遊びにって、アコース査察官……」

「君はユーノ先生への用をどうぞ」

「い、いえ……」

 

 来客者がいるのに弁当とか渡せるわけがない。

 だというのに、退散しようとすると、まさにこの人に止められる。

 

「まあまあまあまあいいからいいから」

 

 アコース査察官は――思い出した、たしかJS事件で六課に協力してくれた方だ――どうしてもオレを帰そうとしない。

 

『それを彼に渡しに来たんだろ?』

 

 全てを見透かしたかのように、ウインクと念話を飛ばしてきた。何者だよ。

 普通に渡すだけでも恥ずかしいのに、なんの辱めだこれは。良い性格してるなアコース査察官。

 く……仕方ない。ユーノさん、これでもくらうといい。

 

「ユーノさん、これをあげます。お弁当です」

 

 彼の眼前にブツを突き出した。ユーノさんはしばし固まる。ピュ~と口笛をアコース査察官が鳴らした。うるせえ。

 

「えっと……僕に?」

「はい」

「その……ありがとう」

 

 照れたような表情を見せるユーノさん。おお……作ってよかった。

 そしてアコースさんの顔がうるさい。

 オレはアコースさんの隣に座り、ユーノさんと対面した。ここまできたらヤケである。ユーノさんが食べるのを見届けるまで帰らんぞ。

 

「えっと、セリナさん?」

「お昼ご飯の時間です。どうぞ」

「え、いやその……」

「ユーノ先生、部下の好意は受けるべきでしょう」

 

 二人に押される形で、ユーノさんは弁当箱の箱を開けることになった。

 ……今、オレはあまりよくないことをしているのでは? アコースさんにのせられてしまったのでは。

 だが、美味しければ無問題。そうだ、すべてが解決する。何もかも丸く収まる。そうでなければ困る。

 そうして我々は、彼がセリナの手作り弁当を口にするのを見届けることになった。謎の状況である。めちゃくちゃやりにくそうだった。

 

「ウッ!」

 

 一口目を口に運んだユーノさんの顔が強張る。

 ……なんだ今のは? 家庭の味を目指した自信作なのだが、感想は……?

 

「お、おいしいよ」

 

 ユーノさんの顔を真っ直ぐ見つめる。とても美味しいものを食べた人の顔には見えない。

 

「失礼」

 

 マナー違反だが、緊急事態につき、弁当箱から同じものを自分の口に運ぶ。

 口いっぱいに味が広がる。濃い味が、なんかその、広がり、膨らみ……

 

「しょっぱ!! ゴホッ」

「おもしろいねこの子」

「はは……その、そうですね」

 

 人の嫁になるの、もしかして働くのと同じくらい困難なのでは?

 

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