鏡の前に立ち、身だしなみを整える。
ここに来てから伸ばし始めた髪は、そろそろ大人っぽさのアピールに貢献できる長さになっただろうか。わからない。正直あんまり変わっていない。
頭の横で一つ結びにすると、なのはさんに随分近づいたように見える。これをフェイトさんクラスに持って行くとなると……
無理だ。この長さでもケアに相当気を遣うというのに、フェイトさんの長さまでいけば狂気の沙汰だ。オレの想像だが、あの人は1日24時間のうち、4時間ぐらいは髪を乾かす時間になっているに違いない。
サイドテールの先っぽを手で弄ぶ。
曖昧な記憶だが、前世の自分は、ここまで髪を伸ばしたことはおそらくない。
髪を伸ばすほど、手入れのしんどさと、理想の髪の長さの美少女に自分を育てていく楽しさを、大体6:4くらいで感じる。もはや1つの趣味みたいになっているかもしれない。
いや、やっぱり7:3くらいかな。ユーノさんをこの頭の毛でたらしこんだら、いっそばっさり散髪してしまうのもいいかも。
鏡を改めて注視する。顔は幼いが、薄目で遠くから見たら高町なのはだ。試しに、いつもの覇気のない表情を修正し、力強い目つきを意識して顔をつくってみる。……おお、かっこいい。不屈フェイスだ。己の内から主人公力が沸き上がってくるのを感じる。
次に、なのはさんの笑顔を真似てみる。あれを修得すれば、ディバインバスター以上の必殺技だ。
――ダメだ。なんかキモいな。ニタァ……という感じになった。同じ顔のはずなのに。
とまあ。このようにして修行で高町なのは度を高めるほど、ユーノさん攻略における攻撃力も上がっていくことだろう。ゴールの日は近いとみた。
…………でも、
「……あんまり、なのはさんと同じすぎるのは……」
なんだか、今日は、違う髪型でも試したい気分だった。
理由は……そう、最近、サイドポニーが重くなってきて、頭の左側だけ重いと首が凝りそうだからだ。たぶんそうだ。
「お、いいな」
後頭部の、けっこう上の方で一つ結びにした。ポニーテールってやつかな。不勉強な元男なのでこれとツインテールくらいしか思いつかない。
まあ、なのはさんの顔なので多分なんでも似合うだろ。現に鏡の中のオレはじつに良い感じ。たまにはこういう手を試すべきだった。誰かと対峙したとき、何回も同じ攻撃を仕掛けていたら躱されちゃうからな。
出来に満足したので、通勤カバンにしているリュックを背負って部屋を出る。
「行ってきます」
《お帰りをお待ちしています》
「お前も行くんだよ」
一人暮らしでもたまに口をついて出るあの言葉に、デバイスのヴァーミリオンアイズが返事をした。こうして家族から返答があると、つい嬉しくなってしまう。
最近たまにボケてくるようになったな。彼女の個性が形成されてきているのかもしれない。
宿舎の一室を出て、目的地へと歩く。通勤時間が被っているご近所さんと顔を合わせれば、あいさつをする。
機動六課にいたときは敷地内に寮があり、通勤の過程はないがとにかく訓練! 訓練!という毎日だった。今の職場である無限書庫は時空管理局・本局の中にある部署であるため、部屋を出ればすぐ職場、とはならない。
次元の海に浮かぶ巨大な艦とでもいうべき本局。その住宅エリアに建つ宿舎で部屋をあてがわれている。これは賃貸ではなく、いわゆる官舎であるとか、社宅とかいわれるやつだ。よってご近所さんは大体管理局員である。
通勤には、最寄りの駅から出ているリニアレールなんかを利用して管理局の施設に入り、そのあとはなんと、転移ゲートを使って無限書庫のある区画へ跳ぶ。職場にワープできたらな~という人類の夢が、ここではおおむね叶えられているのだ。
そんなことができるなら、一家に一台転移ゲートがあればよくない? と思ったが、装置のコストがそれなりにかかるのか、どこにでもポンポンあるわけではない。というか管理局本局でしか見たことがない。
(そもそも転移魔法というものがありながら、自動車や列車、飛行機、次元航行船なんかが普及しているのはなぜだろう。制限をかけることで移動手段の需要を守ったり、地球のように出入国を厳しく管理しているから、といった理由だろうか。そういえば、管理外世界への渡航はとくに規制されている)
さて。駅には管理局員だけでなく、民間企業に勤める方や、学生の姿もあった。ここで人々の生活が営まれている証だ。管理局のお膝元なので、訓練校や士官学校の生徒もいるかもしれない。
やがて、やって来た車両に乗り込む。リュックを前に抱えて空いている席に座った。
他の乗車客を眺めつつ、学生の身分なんて懐かしいな……と微笑ましく思ったところで、同じく微笑まし気な視線を向けられていることに気づく。
おい、なんだ。オレはもうすぐ入局3年だぞ。一等空士だぞ。資料部の制服だけど。管理局に来る後輩は絶対こき使ってやるからな。
いつものように、局員以外の人々の割合が、職場に近づくほど減っていく。
窓から景色をみれば、降車駅となる屋内のエリアはすぐそこだった。
今日は事務仕事を手伝ったあと、特にやることはない。午後は近くの訓練スペースで自主練か、無限書庫内部で、新しく覚えた読書魔法ってヤツを試してみるのもいい。
どっちにするかは……新たな試作弁当が、ユーノさんの口に運ばれるのを見届けてから決めよう。
味見はしていないが、今日こそはイケる気がする。なにせ髪型もちがうし。
無限書庫内部・無重力っぽい縦長空間。
司書さん達の目の届く範囲、かつ仕事の邪魔にならなそうな、マイナージャンルっぽい本棚の前。
オレは、いわゆる読書魔法・検索魔法(本に書かれた情報をインプットしたり、書庫から目的の本を見つけて引き寄せる魔法)の練習なんぞをしていた。
この頃は、近代次元世界と地球の文明の違いなんかに興味があるのだけど、このあたりの棚じゃないな。分厚くていかめしい歴史書でなく、フツーの学校の歴史の教科書とかでいい。
そうだ、こういうときこそ検索魔法だ。いい練習になるぞ。おっと、その前に手元の本の山をあちこちに戻さなければ……。
「……ん?」
この空間の入り口になるゲートから、ここでは見るはずのない、自分と同じくらいか、より幼く見える少女が入ってきた。
目を凝らす。長い金髪に、いいとこのやつっぽい学生服が可愛らしい。さらにミッド式魔導師としての視力で顔を捉えると、その少女の瞳の色が、左右で異なっているのがわかった。
「ヴィヴィオ?」
「……あ! セリナお姉ちゃん!」
機動六課で保護し、なのはさんの娘となった少女。高町ヴィヴィオがそこにいた。
おお。うれしい。生で見るのは六課解散の日以来かも。
「ヴィヴィオ、久しぶり! 制服、似合ってるね」
「えへへ、ありがとう」
無重力の空間で、手を取り合う。やはり小さい子は良い。自分が子供の身体でも気楽に接することが許される。生まれたときから出会う人間は目上ばっかりで、オレの癒しはヴィヴィオとエリオとキャロとザフィーラだけなのだ。こうしてふれあうだけでテンションがあがり、顔がにやけてしまう。
「そうだヴィヴィオ、高い高いしてあげよう! 無重力だから、無限高い高いだぞ」
六課の時を思い出し、左腕を広げて見せる。お姉さんの胸に飛び込んでくるがいい。
「もう、お姉ちゃん。わたしそんなに子供じゃないもん」
「え……」
あれからそんなに経ってないのに……?
右腕に抱えていたはずの本が、フワフワと流されていくのを目の端で捉えた。
ショックのあまりこぼしてしまったっぽい。
「あ……しまった」
「あらら」
散らばっていく本に向けて、ヴィヴィオが手のひらをかざす。魔法陣が足元に現れ、本たちは次第にこちらへと戻ってきた。
ウワサに聞いていたヴィヴィオの特別な魔力光を初めて目にしたが、いくつかの色が鮮やかに混ざっていて綺麗だ。これを虹色というのは、最初にそう表現した奴のセンスを感じる。
「はい、どうぞ」
「あ、どうも……ん?」
「んー?」
どっさりと本を渡してきたヴィヴィオは、オレの顔を覗き込んでニコニコと笑う。
……いま、ヴィヴィオが本を引き寄せたときに使ったもの……オレが練習中の『読書魔法』じゃないか?
「ええと……質問しても良い?」
「どーぞ」
「ヴィヴィオ、なぜここに? さっきの魔法は? いまいくつ? どこ住んでるの? 学校楽しい? 友達できた?」
「質問が多いな~」
ヴィヴィオの言うには、無限書庫にはときどき来ていて、なのはさんからの繋がりで、ユーノさんとはだいぶ前から知己らしい。
思えば、ここ――無限書庫の本体部分には、許可がなければ立ち入りはできない。ここにヴィヴィオがいて、ちゃんとフワフワ浮いていることが、何度もここに来ている証拠だ。
今は司書資格に興味があって、勉強中らしい。
……え!? その歳で!?
「読書魔法はユーノくんに教えてもらったんだ」
「ユーノ……くん……!?」
オレでもさんづけなのに!
「ヴィヴィオは……ユーノさんとは、仲……いいの?」
「うんっ。この前なのはママと一緒に、学院の授業を見に来てくれたよ。はずかしかったけど……」
「授業!? 参観!? 娘の!?」
夫婦じゃん……。
「バ、バカな……」
「お姉ちゃん? だいじょうぶ?」
授業参観にも来た仲だって?
なのはさんはユーノさんに興味ないはずでは? 誰が見ても男女の仲なんだが?
「大丈夫。ふ、ふふ……」
二人の仲を……引き裂かねば……
「あ、なのはママ」
「オワッッッ!!!???」
「ど、どーしたのセリナ。驚きすぎじゃない?」
背後にいつの間にかいたのは、今まさにオレの脳内を埋めつくしていた、なのはさんその人である。
はあ。マジにびっくりした。ヴィヴィオを迎えに来たのか。
「元気だった? ……って聞こうと思ってたけど、なんだかものすごく元気だね」
「お、おかげさまで」
話を聞くと、二人はどうやら、仕事帰り・学校帰りにここで待ち合わせをしていたようだ。
なのはさんの所属は本局だから、今日は本拠地で勤務しているんであれば、どっちかというとヴィヴィオが迎えに来た形になるのかな。
「ヴィヴィオ、どうする?」
「来たばっかりだから、少し練習したいな」
「オッケー。……セリナ、久しぶりに会ったんだし、ちょっと向こうでお話ししよ?」
元教え子としては、この方に「お話ししよう」と言われると、ちょっとこわい。まあ六課時代みたいに真面目な話をするわけではないと思うけど……。
「ヴィヴィオ、いつものところで待ってるからね」
「はーい」
「で、その……どっ、どどど、どう? ユーノくんとの仲は」
無限書庫の近くにある休憩所。テーブルを囲む椅子に腰を落ち着けたとたん、なのはさんはこう切り出してきた。
さっそく本題に入られてしまったが、意外なことに、なのはさんはめちゃくちゃうぶっぽい感じだ。これでもかというぐらい目を泳がせている。
元機動六課、もしや恋愛初心者しかいない?(部隊長は自称上級者)
「……えっと……」
「?」
とくに進展とかはない。未整理区画の調査でうまく連携したり、たまに弁当を食わせて青い顔色を拝んでいるくらいだ。
今はそんなことより……気になっていることがある。
なのはさんも、実はユーノさんを狙っていないか? という懸念だ。
などと考えていたら、気付けばオレは、恐れ多くもなのはさんの顔を、じろじろとねめつける形になってしまっていた。
「な、なにセリナ? 反抗期のときのティアナみたいな顔して」
いや、そこまでは……そんなこの世の全てに対して反骨心があるみたいな顔はしていないはず……。
ええい、聞いてしまおう。
「なのはさん、実はユーノさんと……こ……恋人だったりしませんかっ」
「え」
意表を突かれた、という表情だ。この顔は……どっちだろう? 図星か、それともそんなことはないのか。
「どうしてそう思うの?」
「ヴィヴィオから、なのはさんとユーノさんが、仲が良いって聞いて」
「ふふっ」
何かおかしかったのか、なのはさんはくすりと笑った。
「まあ、幼馴染だからね」
「それと、ヴィヴィオの授業も二人で見に来たって」
「ああ。あれはたまたま、ユーノくんが聖王教会に用事があって。ヴィヴィオが通う学校の場所が近いから、一緒に見学しただけだよ。アルフやシスターシャッハも一緒だったし」
「じゃあ……」
「セリナが思ってる様な感じではないかな」
「……なんだ」
なんだか安心してしまった。……この安心は、その、なんだ。ユーノさんの財産をむさぼるのに、なのはさんが立ちはだからなくてよかった。ライバルはいない方がいい。
……でも、なのはさんはいいな。ユーノさんと気のおけない仲で。
「……んー?」
「なんですか」
「セリナ。もしかして、妬いてる? おもちを? お焼きに?」
「へっ?」
なのはさんは席を立って、対面から移動して隣に座った。大人っぽい、いいにおいがする。
表情を窺うと、彼女はニヤニヤと笑いながら、オレの顔に手を伸ばしてきた。頬を指でつつかれる。なにさ。
「セリナ、なんか変わったね」
「いや……そんびゃことわ……」
「なるほど、なるほどねー」
なんか勝手に納得されている。
安心することはあれど、嫉妬なんて。オレとしては、ユーノさんはあくまでパートナーにするのに都合が良さそうだから目をつけているだけだし、あとなのはさんを妬むなんて恐れ多い。
「セリナがそこまでユーノくんのこと気になってるなら、わたし応援したいな」
……まあなのはさんには勘違いさせておこうか。応援してくれるというなら、最大の障害がなくなってよろしい。優雅な生活のためなら憧れの人すら騙すとも。
ちょっとした悩みが解消され、気分が落ち着いてきた。
……ユーノさんがなのはさんと恋人じゃなくて、良かった。
なのはさんがご馳走してくれた、飲み物を口に運ぶ。甘い。
「……高町教導官の恋愛講座~」
「おお……!?」
ジュースがそろそろ底をつく頃、いきなり何かが始まった。思わずぺちぺちと拍手をしてしまう。
恋愛相談? あのなのはさんの……雑誌にも載った時空管理局のアイドル(そう呼んだら怒りそう)の……!? 絶対ヴィータさんのやつより役に立つアドバイスが聞けそう。
「20年間彼氏いないけど」
「おお……」
ダメそう。
というかそれは、フェイトさんあたりが彼氏っぽいから誰も寄ってこなかったんじゃないですか?
「そうだなあ。まず……セリナ、新しい髪型、似合ってるね」
「あ、ありがとうございます」
「わたしもね、中学生くらいの時になやんだなー。どんな髪型が可愛くてかっこいいかなって」
そうなんだ。記録映像や記憶の中のアニメでは、小学生くらいまでなのはさんは可愛らしい二つ結びだった。あれは中学生の間に変えたのか。
「他のは試してみた?」
首を振る。
「ちょっと変えちゃってみてもいい?」
「いいんですか?」
なのはさんが手をわきわきさせながら提案してきた。
巨匠の手でコーディネートしてもらえるとは。ありがたいの極み。
「んー……そうだな……何て言ったっけ。ペガサス昇天――」
「え゛っ」
「うそうそ」
なのはさんの手がオレの髪に伸びる。憧れの人とここまで距離が近いと、さすがにドキドキしてしまう。
「ユーノくんはフェイトちゃんみたいな大人っぽい子に弱そうだからね。試しにオトナの雰囲気を目指そう」
え、いやフェイトさんよりなのはさんの方が好きなのでは……いや。思い当たる問答があったかも。なるほど、さすが幼馴染だ。よく見てる。
「フェイトちゃんくらい伸ばすのはさすがに大変だから……はい、できた」
「ありがとうございます」
「鏡、鏡……」
なのはさんは鞄から手鏡を取り出し、手渡してくれる。それを覗き込んでみた。
今朝確認した自分とは、また違う雰囲気の少女がいる。
髪型ひとつで、人間これだけ変わるのか。ちょっと感動して、思わず感想が口をついて出る。
「人妻感がすごいですね」
「ひと……!? ま、まあ、リンディさんやエイミィさんも似た髪型だしね」
リンディさんやエイミィさんという方々には直接会ったことはないが、こんな髪型をしている人妻らしい。たしかアニメの登場人物としてなら見たことはあるが、こんな髪型だっただろうか。
なのはさんが触れてくれた髪を見る。いつものサイドテールより、だいぶ下の方で髪を1つにまとめ、それを肩に垂らしている。
「へい相棒、この髪型は何?」
《ルーズサイドテールと呼ばれるものに近いようです》
鏡でいろんな角度から自分を見る。
いいな、これ。オトナっぽいと言うには、一足飛びして人妻に届いてしまっている気がしないでもないが。
しかしユーノさんを攻略するには、自分の見た目は子供すぎると思っていた。やはりなのはさんは頼りになる。
「なのはさん、ありがとうございます!」
「ふふ。これだけ長かったらいろいろできるから、自分でも試してみたら?」
「はい。他にも相談に乗ってもらってもいいですか?」
「もちろん。任せなさい」
なのはさんに至近距離で、笑顔で快諾されたら、なんだか酔っぱらってしまう。人間的魅力の度数が強すぎるんだと思う。
嬉しくなって、オレは今までにあったことをたくさん、なのはさんに話した。
「――というわけで、どうしたらユーノさんをガッチリ掴めるのか、手探りな感じで。あ、この前ヴィータさんがアドバイスしてくれたんですけど、なんかいまいちでした」
「そう。…………まあその、待ってても絶対あっちからは来ない人だよ。セリナの方から積極的にいかないと」
「具体的には、どうしたらいいでしょう」
「うーん」
二人して唸る。
しばらくして、なのはさんはハッと何かに気付いた様子で、呟いた。
「スターライトブレイカーをぶつける……とか……?」
「……?」
??????
……?????????
「あ、いやその、随分前に六課の子たちが変な話をしててね? ブレイカーを受けた子は、わたしとすごく仲良くなるジンクスがある……みたいな……」
「……なるほど?」
「……冗談だからね?」
わかってます。
「あー、セリナお姉ちゃん、いいなー大人っぽい」
「お、そう?」
練習を終えたのか、やがてやって来たヴィヴィオに、髪型を褒めてもらった。嬉しくなってなのはさんに目配せをすると、ウインクが返ってきた。ウッ!? なんだその技は。今度練習してみよう。
今日でずいぶんレベルアップした気がするので、ユーノさんの命も風前の灯火だと思う。