『やあユーノ司書長。早速だが三日以内に調べてほしいことがある。概要を君の端末に送る。それではよろしく頼む』
「あっ、ちょっ、クロノーーー!!!」
司書長室に入った途端、なんだかユーノさんが面白い感じになっていた。
どうやら誰かと通信していたようだ。さっきまで空間に浮かんでいた映像を思い返すと、相手はユーノさんと同世代くらいの男性のようだった。
「あいつめ~……」
恨みがましい声を漏らしながら、ディスプレイを眺めている。送られてきたデータを検めているようだ。
見たことのないタイプのユーノさんだった。しばし観察していると、部屋にいることに気付かれる。
「あれ、どうしたの? 今日は未整理区画の調査はないよ」
「それは、その……ユーノさんに会いたくて」
「へっ? そ、そう」
少し恥ずかしがるそぶりをしつつ、上目遣いで媚びを売る。
……リアクションが薄い。うぎぎ……練習が報われなかった。
目を逸らされるし、スベって静寂が訪れるし失敗だ。沈黙の長さに伴って本当に恥ずかしくなってきたので、話題を変える。
「あの、先ほどの方は、たしか……」
「ああ、見てたの? みっともないところ見られちゃったな、ははは」
ユーノさんは照れくさそうに笑う。いい顔。
「セリナさんは会ったことはないのかな? クロノ・ハラオウン提督。君がいた機動六課の後見人で、フェイトのお兄さんだよ」
「ああ……お名前は、存じ上げています」
色んな人の口から出てくる名前だった。それに……そうだ、アニメのキャラクターとしてなら知っている。
そうか。役職を聞くとあまり接点が無さそうだったが、二人は長い付き合いだ。気心知れた仲のやりとりだったんだな。
「そのクロノ提督から、仕事の依頼みたいだね。緊急性が高い様子だから、しばらく書庫にこもることになるかな……」
「お手伝いさせてください」
自然にそう言った後で、少し自分に驚いた。
まあ、暇だし、ちょっとでも役に立って好感度を上げよう。ポイント稼ぎである。
ユーノさんは……ユーノさんも、少し驚いたような顔をしていた。あれ、そんなに意外なことかな。基本働きたくないという本性がばれていたりするのだろうか。
「や、その、立ち入り許可証も発行して貰ってますし、こういうときに役立てないと」
「……君からそう言ってもらえるなんて、嬉しいな」
「あはは……ええと、そうだ、ユーノさんから貰った読書や検索の魔法も、ちょっと練習中で」
気に入られようとして饒舌にいろいろ言ってしまったが、本当のことだ。
読書魔法の練習をしていたのはなぜか。無限書庫での仕事とはどんなものか気になってはいたが、実際に魔法を組んでみようというほどではない。オレは自発的な努力や労働はしたくない。
なのに練習をしてみたのは、これがユーノさんが送ってくれた術式だからだ。なんというか、折角もらったものを腐らせておくのも失礼だし、砲撃とかに比べてファンタジーな魔法みたいでおもしろそうだし。
でも、ヴィヴィオの方が先に教えてもらったんだよな。
オレだけが教えてもらったのかと思っていたけど……そんなわけないか。司書なら使うことになるのだし、司書長の愛用する術式を勉強させてもらった人もいるだろう。
ちょっとだけ、残念かな。
「一人じゃ少し大変だと思ってたんだ。さっそく取り組もうか」
頷きで返し、彼の後ろをついていく。
ユーノさんの手伝いができる機会なんてそうそうない。役に立てるかどうかは不安だが、勉強させてもらう気持ちでいこう。
だけどもしこの人の力になれたなら、そのときはきっと嬉しくなると思う。……達成感とかで。
検索魔法を使ったり、地道に飛び回って見つけた資料をユーノさんのところに持って行ったり、必要な情報を文書にまとめたり。
管理局がこの部署に求めている仕事というのを、存分に堪能させてもらった。
やはり労働は悪だな。人間にこんな、突貫での仕事をさせるもんじゃない。部隊所属のときも、夜寝る前とかに出動のアラートが鳴ったりといった、日常生活に影響が出るような事態が一番嫌いだった。その仕事を選んだのは、オレだが。
まったくクロノ提督という人は、アニメのイメージよりだいぶ悪い人だ。はやくユーノさんと結婚したい。
「おー疲れた。アイズ、君も本当にご苦労様、ありがと」
まったく、久しぶりに真面目に働いたものだ。
読書魔法・検索魔法の練度も上がったが、本務の司書の方たちの仕事ぶりに比べたら、派遣社員の域は出ない。
まずは、ヴィヴィオに遅れをとらないように精進せねば。このままでは姉ポジションがキープできず、『なのはママの元部下の人』くらいになってしまう。いやだ……それは泣いてしまう……。
しかし、検索の方はともかく、読書魔法はあまりうまく運用できそうにない。
一流の司書は、一度に何冊もの本を高速で読む……といった芸当を可能とするようだが(ユーノさんが読書魔法を使っている光景は特にぶっとんでいて、本の群れで竜巻を起こす人になっている)、それには高度なマルチタスクが要求される。
マルチタスクは、空や陸を動き回りながら魔法を起動させなければならない、魔導師という職業にとっては重要なスキルだが、はっきり言ってオレはあまり得意ではない。人はそう簡単に、コンピュータにはなれないのだ。
これをどのようにして誤魔化しているかというと、優秀なインテリジェントデバイスである我が相棒にものすごく頼っている。これは読書魔法の行使についても同じことで、先ほどの作業でも、彼女を戦闘中並にフル回転させていた。あとで労わってあげよう。
以前ティアさんが、優秀なデバイスに頼りすぎるのも良くない、などと言っていたが、あれは当たっている。オレはヴァーミリオンアイズがいないとろくに戦えないのだ。これではあらゆる状況を想定しなければならない魔導師としては、非常によろしくない。なのはさんやヴィータさんからも指摘されたことがあるが、改善できていない。
やはり空戦魔導師は引退だな。
……無限書庫の司書っていうのも、やりがいを――という言葉は意識高い系管理局員みたいで嫌いだが、まあ、ちょっと感じてしまったので、アリかなと思ったけれど。能力的に適性はあまりなさそうだ。
アイズには、オレが美味しいお弁当をつくるためのガイドさんとしての職務をお願いしよう。
《マスター。次に砲撃を撃てる機会はいつですか?》
「えっ?」
《えっ?》
クロノ・ハラオウン提督からの依頼をこなし、数日が経った。
『やあユーノ司書長、先日はありがとう。しかしずっと無限書庫にいたら気が滅入るだろう。今本局に来ているんだが、気分転換でもどうかな? うん。よし、身体を動かす準備をしておいてくれ。いつもの訓練場で会おう。それでは』
「あっ、ちょっ、クロノーーー!!!」
この人たち毎回これやってるのかな?
「まったく……なんで人の空いてる日を把握しているんだ、あいつは」
文句を言いながらも席を立ち、外出の準備をするユーノさん。
そうやって素直に言う通りにするところとか、気に入られちゃっているのでは。
「じゃあ行こうか」
「え?」
見送るつもりでいたオレに、予想外の言葉がかけられた。
「――あ。そうか、ごめん。ここしばらく一緒にいたから、つい……」
しばらく一緒にいた、か。い、言われてみればそうだな。毎日弁当を食べさせることに成功していた気もする。
ユーノさんの言葉を反芻していると、顔が熱っぽくなっていく。
「改めて、一緒に行かないかい? 訓練に付き合わされるかもしれないんだけど、君のことクロノ提督に紹介しておきたいし」
「しょ……!?」
紹介……? ユーノさんが、オレを?
何故かはわからないが、心臓が、大きく跳ねた。
「行きましょう」
「なんか嬉しそうだね。魔法の訓練とか好きなの?」
「いえ、嫌いですね」
「あれ?」
「あ……うそです。好きです、訓練。はい」
時空管理局本局。地上部隊と違って人材も予算も豊かなだけあって――いや、豊かというのは誤りか。地上に比べたら、というだけで、人手不足なのはおそらく同じだろう。
ともかく、局の中ではエリートに数えられる魔導師たちの集う場所だ。訓練施設というのも充実しているらしい。
たどり着いた訓練場は予約済みだったのか、自分たち以外に利用者の姿はない。休憩スペースの窓から、訓練室内部を覗く。そこは、大勢が同時に空を飛びまわれるほどの広大な空間だった。
「ユーノ、今回もありがとう。おかげで助けられたよ」
「うん。かなり危険なものを相手にしているみたいだね」
「ああ……戦力も足りない。僕が艦長になるのは早すぎたよ」
「そんなことないさ。君の指揮にこそ、みんなが力を預けてくれているんだから」
ユーノさんの半歩後ろから、クロノ提督の顔を見上げる。自分の記憶をたどると、『クロノくん』は青年というより少年のイメージの方が強い。しかし今のオレからすると、目の前に立つクロノ提督は、立派な体格をした大人の男性だった。聞いた話では、奥さんと二人の子どもを養う、一家の大黒柱なのだそうだ。それにしても20代で提督とは、高ランク魔導師のキャリアがあったってそう務まるものじゃない。八神司令もそうだが、魔導師、指揮官、実務など、あらゆる分野の能力の高さで、実績を打ち立ててきたのだろう。
いや、八神司令のはコネクションもあったかな。指揮官としての力を証明したのは六課が初めてか。
ともかく、このクロノ提督という人は相当の傑物だ。『海』(時空管理局・次元航行部隊のこと)で仕事をしたいなら、顔を覚えてもらった方が良いだろう。
ユーノさんとの挨拶は終わったのか、提督とこちらの目が合う。
「は、はじめまして」
「うん? 君とは初めましてになるのか。そうだったか」
「はい」
クロノ提督は、すこし思い返すようなそぶりを見せた。
例によって、小さい頃のなのはさんを知っている人との初対面は、こうなりがちだ。お初にお目にかかるはずなので、上官に対して失礼のないように、敬礼のかたちをとる。
「君の活躍はよく知っている。クロノ・ハラオウンだ」
「光栄です。セリナ・ゲイズ一等空士であります」
「ああ。よろしく頼む」
意外にも、彼は気さくで柔和な印象だ。堅物な少年も、年月が経てば大人の笑みを身に着けるということか。
「良い部下を呼び込んだものだな、司書長」
「彼女はまだ僕の部下じゃないよ。外部協力者だ」
「そうか。まだ、ね」
「なんだよ」
「いや?」
ユーノさんとクロノ提督。今の話はよくわからないが、どうもユーノさんをからかうクロノ提督、という構図が完成しているらしく、ユーノさんが普段見せない表情が見られる。
聞いた話ではユーノさんの方が年下だから、可愛がられているんじゃないだろうか。オレから見ても、普段の彼とはギャップがあって、少年のようで可愛い。これだけでもついてきて良かったと感じるぞ。
「さて……ゲイズ一等空士」
「はい」
「……ゲイズ、というとお父上を呼び捨てにするようで口にしづらいな。セリナと呼んでも?」
「差し支えありません」
あの人は元中将だから、クロノ提督よりは上官だったようだ。
「セリナ。実は今、君の力に興味がある」
「……?」
「そこで模擬戦をしないか? 相手は勿論、僕だ」
ちょっとこれは聞いていない。ユーノさんの方を訓練に誘ったはずじゃなかったのか?
道中聞いた話だと、ユーノさんはクロノ提督率いる部隊の訓練にたまに参加させられていて、今回もそうだろうということだった。
ちらりとユーノさんを見る。
こちらも困惑した様子だ。ですよねやっぱり。
「模擬戦の様子は撮影して持ち帰るつもりだ。君が良いと言えば、僕の部下たちにとっても良い教材になる」
いやいや、元執務官でしょ? しかもアニメをみた記憶だと、バリバリ前線に出てきて、自分で捜査するタイプ。それで六課の隊長陣に匹敵する魔導師ときた。
上官とはいえ、ボコボコにしていいですか? と言われて了承はできない。
「……僕たち、君の依頼のおかげでクタクタなんだよ。また今度にしないか?」
乗り気じゃないのが表情に出てしまったのか、ユーノさんに断らせてしまう。よくないな、自分の口から言うべきだった。
ところが、クロノ提督は意外と強引だった。
「そう言わずに。何も1対1でやろうっていうわけじゃない――」
彼はオレの目を見ながら、ユーノさんを手で指し示した。
「君とそこの男のタッグ対、僕1人。というのはどうかな」
『え?』
ユーノさんと声が重なった。
……一瞬思考が止まったが、クロノ提督の言ったことを反芻してみる。
「あ、ええと、しかし……」
いや、意外とこの提案は、いいかもしれないぞ。ユーノさんは攻撃能力こそないが、その他の魔法に関しては非常に心強い。それこそ六課の隊長クラスだ。勝ちの目も生まれる。
というか……間近でいいところを見せたい。同じ空間で戦い、華麗にユーノさんを守り抜くのだ。ゴーレムやら機械兵やらをボコるだけの魔導師じゃないってところを見せたい。
「やりましょう」
「ええっ」
やはりオレの価値といえば、砲撃の腕。難敵であるクロノ提督に善戦し、有用さを証明するのだ。そうすればきっと、ずっと無限書庫で――、
「ありがとう。司書長、彼女は快諾してくれたが?」
「……わかったよ。せいぜい手加減してくれ」
「君ら相手に、無理な相談だ」
二人のやたら小粋なやりとりを見届け、一旦解散になった。
……いや手加減はしてくださいよ。君“ら”って何? なんでこの人、オレを買いかぶっているんだろう。
活躍は知っているとか言ってたっけ。あのことかな。局に離反したときに六課の隊長たちを退けられたのは、博士が仕込んだインチキドーピングのせいだと、報告書に載っているはずだが。
ウォームアップののち、訓練室のスタート位置に集合する手はずとなった。
柔軟体操をしながら、窓から室内を覗く。黒いバリアジャケットを着たクロノ提督には、歴戦の魔導師のオーラがあった。披露している空戦軌道も、リミッターを外した隊長たちと遜色ないレベルのものだ。
ところであの肩に生えているトゲはなんだろう。タックルでもするのかな? センスを疑う。
「弱点? ないない」
ユーノさんは、どこか呆れたような口調で言った。
「いや、あるのかもしれないけど……僕は見抜けていないよ」
ユーノさんと情報を共有し、作戦を立ててみる。
クロノ・ハラオウン提督。彼はミッドチルダ式の理想的なオールラウンダーで、提督となった今も力は衰えていないという。それは今目の当たりにしたばかりで、あれは普段艦長のイスにふんぞり返っているような人間の動きではない。1対1じゃあ勝ち目はないだろう。
しかし今回はユーノさんがいる。彼の捕縛魔法の腕前は、魔導師で飯を食っていた人間から見てもプロフェッショナルな出来であり、一度捕らえた獲物は決して放さない。クロノ提督とて、解除には一呼吸以上の時間がかかるはずだ。ユーノさんの魔法は、砲撃特化のオレとの相性は抜群。これは結婚間近なのでは?
クロノ提督がどれほどの魔導師だとしても、セオリー通りにバインド(捕縛)、砲撃の流れが決まれば倒せるだろう。しっかりチャージ時間が取れれば、大抵の相手は防御の上からでも落とせる。そうなれるように訓練した。
……そう上手くはいかないのが、対人戦というやつなのだが。
「作戦を立てるなら、君の方が専門じゃないか?」
「ユーノさんが捕縛をかけて、私が砲撃……くらいしか……思いつかないんですけど……」
「いいんじゃない。それが勝ち筋だっていうのは同じ意見だ」
ユーノさんに肯定され、なんだかいける気がしてきた。
気合を入れ直す。大丈夫だ。どんな射砲撃もなのはさんやティアさんより鋭くはない。どんな斬撃もフェイトさんやシグナムさんより速くない。打撃も、ヴィータさんやギンガさんより……突撃もエリオやスバルさんより……なんかオレ、ボコられてばっかりじゃないか? キャロにもボロ負けすることあったしな。
ところ変わって、ここは訓練室の中。全員が空戦可能な魔導師ということで、シミュレーターが形成するフィールドも空戦を想定したものだ。見た目だけ似せた廃ビル群が、眼下に広がっている。あれらの構造物は、砲撃ならば非殺傷・スタンモードでも消し飛んでしまうように、現実のものよりだいぶ脆くできている。盾には使えないが、身を隠す遮蔽物としては使えるだろう。
バリアジャケットを纏ったオレは、以前とは髪型を変えている。存外ポニーテールを気に入ったので、戦闘時はこれにしてみた。ヴァーミリオンアイズのやつに防護服のデザインを気にする心なんてものがあったのか、髪を結ぶ白いリボンは結び目が少し大きく、ずれなくしっかり整っている。妥協を許さない職人魂とかかもしれない。
ユーノさん、髪型、気付いてるかな。
《マスター、命じてください。『エクシードモード』と》
「なんで勝手に盛り上がってるの?」
エクシードモードなんてないじゃん。何言ってんだ。
ヴァーミリオンアイズは、興奮しているのかなんだか知らないが、杖の先端にあるデバイスコアをちかちかと明滅させていて、視覚的にうるさい。鼻があったら鼻息を荒くしているんだろう。
デバイスは持ち主に似るというから、クールキャラに育つんだろうなと思っていたのだが、最近様子がおかしい。普段は寡黙なのだが。
久々の魔導師戦に喜んでいるみたいだけど、書庫ガーディアン相手の仕事の何が不満なんだか。
もしや……人に向かってぶっ放すのが好きなのか……?
《相手に不足はありません。マスター、互いの性能を限界まで引き出しましょう》
「あ、ああ……」
デバイスもオーバーヒートでハイになったりするのだろうか。
彼女がひそかにレイジングハートさんに憧れ、なのはさんが出演する教導映像を保存しているというのは知っているのだが。
レイハさんはきっとお前みたいにバトル好きじゃないぞ。実はベルカ式か? いつかのように、まだスカリエッティ博士の仕込んだ機能をオレに隠してないだろうな? いい加減罰されるぞ。
『とりあえず初手を悟られないように、デバイスモードで待機』
念話で指示を出し、打ち気に……撃ち気に逸る様子でカノンモードになっている相棒を、基本形態である杖のモードに切り替えさせる。
初撃はバスターを打ち込む予定だ。躱されて反撃されても、ユーノさんがカバーしてくれる。
このタッグチームは、とにかく役割が決まっている。攻撃役と、防御・補助役。誰がどっちかは言うまでもない。それは相手にも割れている情報だが、残念ながらその意表を突くような奇策は、今回はない。
《試合が開始されます。カウントダウン、5》
機械音声が室内に響く。オレは、杖を利き手で持ち、構える。ユーノさんはオレのすぐ近くで、カバーに入る準備をしているはずだ。
対面のクロノ提督に隙は無い。初撃は躱されるだろうが、もし足を止めてガードするようなことがあれば、こちらが優勢になるだろう。砲撃を撃っていく意味はそこにある。
《4、3、2、1》
開始のブザーが鳴ると同時に、杖をカノンモードに。左手で柄を持ち、出現したトリガーを右手で握る。
「エクセリオン……!」
クロノ提督はすぐさま、右方向へ大きく旋回する。逃がさないよう杖の先で追いかけた。
「バスターッ!!」
当たらない。赤い光は提督のすぐそばをすり抜けていった。予測していた着弾点より前で、相手が急制動をかけたのだ。
しかしこれは2対1。相手の足が少しでも止まれば、どちらかがさらにたたみかける手はずだ。
「ストラグルバインド!」
ユーノさんが設置していたバインドがはやくも発動する。翠色の光のつるが、クロノ提督の脚に巻き付いた。
魔法のチョイスが良い……! ストラグルバインドは、相手の魔法行使を妨害する効果がある。捉え続ければ、手が空いていようと反撃もできまい。
早くも勝ってしまったか?
「スティンガー」
「っ!」
提督がトリガーワードを呟いた途端、視界に青い魔力弾が侵入し、こちらに殺到してきた。
この軌道、すでに魔力弾を設置していたのか……!
次弾のシークエンスを中断し、身を守る。見れば、もう一発がユーノさんの方にも行っていた。
ストラグルバインドが、制御を必要とする高度な魔法であることが仇となる。ユーノさんが防御に意識を割かれたことで、提督に巻き付いたバインドは解かれてしまう。
「仕切り直しだな」
こちらもあちらも、ミッドチルダ式。あちこちバインドや弾を仕掛けるのは得意らしい。オレは苦手だが。
ともかく、今の攻防で相手の力量が少し想像できた。例えるなら……フェイトさん並の空戦ができる、ティアさん、ってところかな。
……ここまで考えて、自分にツッコむ。厄介すぎないか? それ。
「く……!」
足を止めてガードをさせることができれば、オレの砲撃なら大きく力を削れるし、ユーノさんがバインドをかける大きな隙をつくれる。そう思っていたが……
終始、攻められているのはこちらだった。こちらの行動1つ1つに丁寧に対処され、有効打を決められない。
ミッドチルダ式魔導師として総合力が高すぎる。攻・防・速が高いレベルでまとまっているらしい。
飛行中の軌道をとらえきれない。防御力が思ったより高く、これを削るほどの砲撃をチャージする隙が無い。こちらが隙を見せようものなら、死角から弾が飛んでくる。戦っている間に、気付けば上空に魔力刃の群れができていた。スティンガーブレイド・なんとかシフトとか言ってた。
……ユーノさんがいなきゃ勝負にならない。
一番厄介だと思うのは、戦い方から見えるこの人の資質だ。オレやユーノさんのように、何かに特化しているタイプという感じではない。
頭の回転が速いのだ。そして魔力に頼っているわけではなく、技巧派。おそらく普段は指揮に使っている脳みそを個人戦に使うと、こうなるんだろう。
いやらしいな、この人。マジでティアナ度高い。
「……あっ!?」
右脚が、青い光の環に締め付けられる。上空に目を彷徨わせると、クロノ提督がこちらに杖先をまっすぐ向けているのが分かった。さらに、杖の周りに環状魔法陣――おそらく、砲撃魔法を発動しようとしている。
逃げられない。防御か? いや!
こちらも、腕に自信のある砲撃を選択する。相殺、いや、むしろ相手にダメージを与えてやる……!
「ディバイン――え?」
魔法が、発動できない。
そうか、ストラグルバインド! あんなに動き回りながら使うなんて――!
青い光が迫ってくる。思わず、衝撃に備えて身を硬くした。
「セリナさん!」
衝撃は無い。しかし、オレの目の前で、砲撃が着弾したらしい。
轟音と、煙で、ユーノさんの姿を確認できない。そうだ、彼がかばってくれたんだ。
「ユーノさん……!」
「とーう!」
「ん?」
煙の中から、やけにテンションの高い声。飛び出してきた影は見慣れた人のものではなく、なんか小さい……動物? なんかヘンだ。
小さな何かが、飛来してきて、オレの肩に着地した。
「ふう……危なかった」
「……ユーノ、さん?」
「うん?」
その肩に乗った小動物……イタチ? からは、良く知る彼の声がした。
えっと……あ、イタチじゃなくてフェレットだっけ。
「はっ! ごめん、勝手に肩に乗っちゃって。今降りるね」
ハキハキしゃべるフェレットを前に、どこかに飛んでいた意識が戻ってくる。そうだ、この子はユーノさんが変身した姿だ。アニメで見た。
何故今変身したのかはとんと分からないが……ガードしつつ爆風に乗って後退するため、とかだろうか。地味に神業じゃないか?
というか、ナチュラルに肩に乗ったのか……可愛いな。普段は大人なのに、こんな小さい獣に変身するなんて。オレを悩殺したいのか?
「構いません、どうかそのままで」
思わず、手の甲でユーノさんの身体を撫でる。さらさらの毛並みがとても良い。誰かに飼われてるなこりゃ。
肩に小動物を乗せ、ついにセリナ・ゲイズは魔法少女として完成してしまった。
しかし今は戦いの真っ最中だ。オレならともかく、クロノ提督は小動物相手に手加減などしまい。やはり元の姿に戻ってもらったほうがいいか――
「閃いた!」
「セリナさ……ぐえっ!」
ユーノさんを掴み、バリアジャケットの襟を引っ張る。そこにユーノさんをつっこみ、襟元に前足をひっかける。ヴァーミリオンアイズに頼み、防護服の締め付けをすこし強め、ユーノさんが落ちないように固定した。
「ちょ! これは倫理的にまずい……! セリナさん、出して! ぼく逮捕されるから!」
「じっとしててください……!」
インナー1枚隔てているとはいえ、そこで暴れられると胸元がくすぐったい。
それより、クロノ提督の追撃が来る!
「ユーノさん! 防御を!!」
「っ、わかった!」
殺到する青い光弾。これが翠色の障壁によって阻まれた。
これを防ぐ間、オレは、提督に杖を向け、たんまりと魔力を溜め込む。
「ディバイイイン……バスターーッ!!」
クロノ提督の攻撃を防いで、間をおかず高威力の砲撃。最高のカウンターだ。
うまく隙をつけたのか、バスターが相手に届いたのが見えた。ガードはされただろうが、これは有効な一撃だぞ……!
「よし!」
合体ユニット作戦。いろいろデメリットはありそうだが、これならこちらが防御と攻撃をする間に隙ができない。オレは攻撃に集中でき、ユーノさんはオレの位置を確認する必要がない。
いけるぞ! 弱点……は自分ではわからんが、とにかく見つけられる前に攻める!
「フハハ……」
ゆっくりとクロノ提督を追いながら、バカスカ撃ちまくる。こっちにできた隙は、全部ユーノさんが防いでくれる。バインドにかかっても、二人と一機でとりかかれば解除が早い早い。
前から思っていたが、避けるとかほんと性に合わない。めんどくさいのだ。はっきり言って、マニューバの訓練が一番嫌いである。
ユーノさんのバリアはすごい。無敵だ。ユーノさんの防御力とオレの攻撃力。合わさった今なら、機動力と射撃魔法以外はなのはさん並の戦力だ。ガハハ。……それはちょっと言い過ぎか。なのはさんの無双っぷりときたらこんなものじゃない……。
いずれ対策はとられるだろうが、今はこちらが攻める側に回れている。こうしてあちこち飛び回らずに、オレが攻撃に集中すれば、クロノ提督を追い詰めることも不可能ではない。
「セリナさん、楽しそうだね」
「っ……い、いえ」
アホな笑い声を聞かれてしまった。ユーノさんはオレの喉元にいるのだから当たり前だ。
「この調子でクロノ提督をぶっ飛ばそう。たまには鼻を明かしてやりたいからね」
ユーノさんも少し楽しそうな気がしないでもない。
やがて、クロノ提督が脚を止める。この距離まで追い詰めたら、制圧も可能か……?
「彼はこちらを誘っている。警戒して!」
胸元からユーノさんの声がする。どう攻めるのが正解だろう。
躱されないように、弾幕を張って追い詰めよう。その間にユーノさんが相手を捕縛して、フィニッシュだ。
アイズをデバイスモードに。ディバインシューターで……
――オレは、思考しながらクロノ提督を見ている。彼は、懐から1枚のカードを取り出した。
「奥の手を出させてもらおう」
《Start up.》
カードが、白い杖に姿を変える。クロノ提督がここまで使っていたものとは対を成すような姿だ。
マルチデバイス持ち――!
「凍てつけ!」
様々な環境に適応できるバリアジャケットを纏ってもなお、気温が急激に低下したのがわかった。
「クソッ……!」
足先が氷に覆われる。それだけでなく、氷はだんだんと身体を登ってきた。なるほど、この技には、防御しても意味がない!
どうする。全身が凍れば、今度こそ負けだ。
いま、自分が持つ手段を、すべて頭に並べていく。
足元の氷を見ていると、ユーノさんのつぶらな瞳と目が合った。
「アイズ、モードリリース!」
デバイスを待機状態にし、両手をフリーにする。
左腕を、提督に向ける。氷結魔法を制御するとき、彼はその場から動かないようだ。
「だああーー!」
放つ魔法は、ショートバスター。射程も威力も無いが、発射までの速度は一番早い。
クロノ提督に着弾する。防ぐことは容易だろう。しかしこれは、目くらましだ。
自分の胸元に目線を落とす。落ちないように健気にオレの襟に捕まっていたユーノさんを、むんずと掴んだ。
「ユーノさん、いきますよ!」
「え? 何?」
「口は閉じて!!」
「ちょ!? セリナさん!?」
「シューーート!!」
利き手でユーノさんを、クロノ提督に投げつける。この距離ならば、届くはず!
「もがっ……!?」
「キュー!?」
狙い過たず、ユーノさんはクロノ提督の顔面にへばりつくことになった。
「おい、ぐむ……離れろ、バカ!」
「いつも仕事増やしやがって……っ、この! この!」
なんかケンカが始まってるっぽいが、ユーノさんは役割を忘れていない。彼らの周囲から、幾重もの光の鎖が出現し、クロノ提督を拘束し始めた。
「アイズ、ジャケットパージ! あとカノンモード!」
バリアジャケットの上着部分を、魔力の爆発に変えて消費する。氷の檻を内側から吹き飛ばしてやった。
装甲を犠牲に、呪縛から逃れることに成功。そのまま、上空へと飛ぶ。
インナーのみの姿になったが、再構築はしない。この魔法で決めるのだから、防護服は必要ない……!
「集え、星の輝き――!」
巨大な赤色のリング、環状魔法陣を出現させる。
光の輪は乱回転し、その中心に、紅い、紅い光が生まれる。
チャージには10秒以上。“本家”に比べて遅すぎる。
だがユーノさんがクロノ提督を抑え込んでいる今なら、それは問題じゃない。
……やがて、その魔法が完成する。膨れ上がった砲弾は、まるで心臓のように、ドクン、ドクンと空間を揺らしていた。
『チャージ完了! ユーノさん、離れて!』
念話と声を一緒に張り上げ、ユーノさんに呼びかける。
「くっ……ユーノシールド!」
「なに!? やめろバカ!」
「うるさいバカ! 死なばもろとも!」
「一部隊の長がこんな卑劣でいいのか!」
全身を拘束されていると思ったが、さすがはクロノ提督。生きていた右腕で、なんとユーノさんを掴んで盾にしてきた。
人質か。く……見通しが甘かったか。どうする。オレに残された魔力は、こいつを育て上げるのにほぼ使いきった。
《撃ちましょう。もう我慢が効きません》
「ちゃんと待ちなさい」
《カウント10から始めます》
「急かすな!」
考えろ。何か手立てがあるはず。
この戦いのゴールはすぐそこだ。良い所をみせて、ユーノさんをオレの虜にする。
それを果たせなきゃ、意味がないんだ。
――スターライトブレイカーをぶつける……とか……?――
「まあいいや! 撃ちます!!」
機動六課の誰か曰く。なのはさんのスターライトブレイカーで撃墜された者は、なのはさんと特に親しい仲になるという。
「え!? 僕ごと!?」
「アイズ! ファイアリングロック、マシマシだ!」
非殺傷・スタンモードをしっかりかける。二人ともケガはさせない。
人質ごと吹き飛ばせるんだから便利なもんだ。いやそんなことしたら市民から大批判・免職ものだが。
未だわちゃわちゃしている二人に、狙いをつける。ヴァーミリオンアイズがカウントダウンを始めた。
「ん?」
歴戦のクロノ提督がただ黙っているわけもなく、何重もの堅牢なシールドが張られる。あれ? 青いシールドに混じって翠色のやつもある。ユーノさん敵側になった?
うーん、まあ……これもあなたを、オレのものにするためである。
《カウント、0》
「スターライト……!」
悪いが、そんな盾でオレの―――は、阻めない。
「ブレイカーーーーーーッ!!!!」
この魔法の強い反動が、あまり好きじゃない。だけどなぜだか、今は晴れやかな気分になれた。
紅い光はユーノさんに、まっすぐに、一直線に届く。
あとついでにクロノ提督も戦闘不能にした。
「セリナ、君の魔導師ランクは?」
「空戦Bランクですが」
戦いを終え、身体をケアしたあと、オレ達は休憩所で話していた。
「B……? 最後に試験を受けたのはいつだ?」
「ええと、1年以上前です」
「ふむ……なるほど」
JS事件が終わった後も、オレは色々とごたごたしていて、同僚たちのようにランク試験は受けていない。
「さてセリナ。あー、人質ごと撃ち落とすのは……どうかと思うが……」
ですよね。
うおーなんであんなことしたんだろう。今になって後悔している。好感度下がるに決まってるよな。
なのはさんが変なこと言うんだもんな。なのはさんが悪い。
「セリナ、僕の艦に来ないか?」
……クロノ提督のいうことを理解するのに、しばしかかった。
遊びに来い、ってわけじゃないよな。
僕の艦……って、次元航行部隊じゃないか。普通オレみたいなのが行けるところじゃない。
「火砲支援を務められる魔導師が欲しくてね。どうだろう、武装隊に復帰するときに」
本当に、スカウトされてる?
なんだか六課に呼ばれたときを思い出すけど、部隊のエリート度がだいぶ違うぞ。機動六課もかなりのものだが、あれは部隊としては少々特殊なところがある。
海の次元航行部隊。その中の、クロノ提督の擁する部隊ともなれば、出世コースの真っただ中と言っていい。
過大評価だと思うが、この人に価値を見出してもらったのは、素直にとても嬉しい。
でも。
「あーあー、ちょっといいかな。セリナさん、飲み物買ってきてもらってもいい?」
彼が、話に割って入ってきた。……なんだか意外だ。どうしてだろう。
オレは、ユーノさんからお金の入った端末を受け取った。言う通りに、自販機のある廊下へ向かうふりをして……曲がり角の向こう側に留まる。
「どうかしたか? 司書長」
「あー、なんというか、良い言葉が思いつかないな。ええと……」
壁に背中を預け、二人の話す声を聴く。
「彼女はその、僕のとこで予約してるんだ。悪いね」
「っ―――」
ユーノさんらしからぬ物言いだ。だけど。こんなことを聞いてしまったら、オレは。
「なるほど。えらく入れ込んでるじゃないか」
「茶化すなよ。そういうんじゃないさ」
「しかしだなユーノ……」
「なに?」
「年齢を考えると……手を出したら、逮捕だからな」
「バッ、おい! 人聞きの悪い!!」
ばっちり聞こえてしまった。
ユーノさんは、結構、なんというか、オレのことを見てくれているのかもしれない。
「では、また会おう。次回は集団戦がいいな」
帰り道。ユーノさんの半歩後ろを歩く。
さっきの会話を思い出しながらその背中を見ていると、自分の思っていることを、打ち明けたくなった。
ユーノさんの手伝いをして、今日は模擬戦をして。
ひとつ、やりたいことができた。
「ユーノさん」
「うん?」
「わたし、その……」
間をおいて、息を吸って、少しドキドキする心臓を落ち着けてから、告げる。
「司書資格をとりたいです。それで――無限書庫で、働きたいです。これからもずっと」
伝えながら、彼の目を、真っ直ぐに見た。
……うん、よし。
色々と理由はあるのだけど、一番はやっぱり――、
あなたのその顔が、見たかったみたいだ。