【プロローグ】
午前の業務が終わり、お昼休み。
今日はわたしがお昼を振る舞う日。「毎日作ってもらうなんて悪いから、週に一度にしよう」という言葉に気遣いと期待を感じ、一週間分のパワーを込めて料理した自信作をひっさげ、今日も司書長室へ向かう。
「ユーノさん! お弁当ですよ!」
「ウッ……あ、ありがとう」
儚げに微笑む顔がよい。
ユーノさんを座らせ、机にお弁当を広げて、対面に座って彼を見つめる。
甲斐甲斐しい嫁(予定)の姿に感動が隠せないのか、ユーノさんは震える手で、わたしの渾身の一品を口に運んだ。
「ウッ! ま……」
「『ま』?」
眉間に力を入れてユーノさんの目を見る。
「うまい……です……」
「へへ」
料理の才能ある気がしてきた。
「わたしもいただきます!」
「あ! あの……」
「まずい!!!!」
わたしがユーノさんに気持ちを伝えてから、数年が経った。たしか3年くらい。4年かも。
初めはやはり年齢を理由に断られたものの、暇さえあればしつこく耳元で求婚をささやき続け、ノイローゼ気味になったユーノさんから言質をとることに成功。
わたしが20歳になってもまだ気持ちが変わらないならOK、というようなことを口走ったのを録音した。
今の身体年齢が16歳だから……ユーノさんが結婚を承諾してくれるまであと4年か。……長い! 人生の目標が他になく、日々のお仕事や自分磨きくらいしかやることがない。あまり変わり映えのない日々だ。
といっても、まあ、仕事の内容はよそより楽しい。
司書資格を無事取得したわたしは、正式に無限書庫の配属になった。未整理区画の探索チームでも、できることがずいぶん増えたものだ。
「この辺はもう調査オッケーかな」
わたしは隊のみんなからしばし離れ、調査済み区画の情報整理をしていた。書庫迷宮内部で今のように単独行動することは珍しいが、調査済みの危険が少ない場所ならば、こうして単独行動も許されている。
みんなから信頼されているようで、少し誇らしい。
迷宮の壁、いや棚にずらりと並んだ本に手を当てる。
背表紙に書かれた文字は、古いベルカの時代のものだ。古代ベルカの区画は色んなところのチームがこぞって調査したがる。今回久々に一次調査の権利を勝ち取り、我が隊のみんなはやる気と好奇心に満ち溢れた様子だった。そんなみんながしゃぶりつくして……もとい、くまなく調べたあとをよく記録し、二次調査のためのしるべとしておくのも、重要な仕事だ。
この部屋の記録はとった。調査隊が拠点とした安全な部屋へと戻ろう。棚の本の背表紙に当てた手を、次へ次へと滑らせながら、扉へと向かう。
「おっと」
手が、変な感覚を覚えた。
視線をそこに移すと、一冊の本が、棚の奥へと押し込まれてしまっていた。
同時に、ガチン、という音。
「なんだ?」
目の前の本棚が淡く光ったのち、動き出した。
棚がひとりでに動くことなどそうそうない。壁からせりだしたり、横にスライドしたり、あらかじめ仕組まれていたのだろう機能を披露していく様を、気付けば口を開けて見ていた。
やがて、先ほどまで本を収めていたその空間は、さらに奥へ続く通路に変わっていた。
「……おお」
冒険心くすぐるやつ出たー!
これをつくった古代ベルカ人、あまりにもわかっている。
やっぱり隠し部屋のスイッチは棚の本じゃなきゃな。このテンプレ……様式美が、意外とこの無限書庫迷宮にはあまり無いのだ。書物関係じゃないと収集しないからかな。
それにしてもこんな、誰かがいつか偶然見つけられるようなギミックは、隠しているというより誰かに見つけさせるものとも考えられる。実に興味深いぞ。
隊のみんなに連絡しつつ、第一発見者の特権を使わせてもらおうかなっと。
トラップを警戒し、迷宮探査用の機能を持たせたサーチスフィアを魔力で形成し、先に侵入させる。
罠の類は無く、危険度は低い。部屋の中はさらに古い書物庫となっているようだ。
書物庫の中に隠し書物庫を作るとは、ここの持ち主は真面目だな。わたしだったら金庫とか宝物庫とか、秘密基地にしてしまう。あるいはゲームなら、こんな部屋にはすごい装備品がある。古代ベルカの伝説のデバイスがあると見たね。すまんヴァーミリオンアイズ、我々は今日でお別れかもしれん。
《古代の伝説の魔導師がコールドスリープしているかもしれません。そのときは……あなたは今日まで、良いマスターでした》
「はー? お前はわたしにしか扱えないが??」
インテリジェントデバイスが頭の悪いことを言うな。デバイスが主を乗り換えるとか聞いたことないぞ貴様。あ、うそ、めっちゃ聞いたことある。八神はやてさんが過去に所持していた『夜天の魔道書』がそうであるし、他には、レイジングハートさんなどは元々ユーノさんの手にあったという。
無駄話はさておき。
隊のみんなが来て狂喜乱舞する前に、どんな本が眠っているかちょっと見ちゃお。
念のため防護フィールドを張って身体を守りながら、中へと足を踏み入れた。
狭い隠し書物庫を練り歩き、本のラインナップを検分する。
厚さや装丁の様子からして、歴史書か魔道書の類が多い。
その中の一冊が、興味を刺激した。背表紙に刻まれたタイトルは……
「『夜天の』……!?」
すごいぞ。先ほどもふれたが、夜天の書といえば、八神はやてさんの持つ魔導書型のデバイスで、古い歴史を持つものだ。アニメシリーズでは第二期の話のメインを張るロストロギアだった。
そんな夜天の書に関する新しい発見があるかもしれない。八神家のみなさんが喜ぶ。
手に取り、表紙にふっと息を吹きかけると、埃が飛んで題名が読めた。それは古代ベルカの言葉で、こう書いてある。
「『夜天の書』……『と』……『紫天の書』」
紫天の書。読み間違いでなければそう記してある。聞いたことのない名前だ。
こみあげる探求心のもと、わたしはおもむろに本を開いた。
【バトル1】
「へ?」
瞬きをすると、景色、空気、足場、全てが変わっていた。
わたしは、どこかの空にいる。
「おわあっ! もう!!」
それがわかったのは、自分が“落ちていた”からだ。空戦魔導師として、なるべくならずっと味わいたくはない感覚。
なんとか脳とリンカーコアを叩き起こし、飛行魔法を使って空中に留まる。……本に触れると、いきなり空中に投げ出されるトラップとは。たちが悪い。わたしが魔導師じゃなきゃ、海面に叩きつけられて死んでいる。
眼下には海。周囲には船や島などは見えない。ここは一体、どこだろう。
「アイズ、まずセットアップして状況を……ん?」
いつの間にか、そこには人がいた。
認識した途端、背筋を冷たいものが流れる。さっきまで周りには誰もいなかったはずだ。この距離――高速射撃戦距離(ミドルレンジ)に来るまで、音もなく侵入しているなんて、「現れた」としか形容できない。
そしてもうひとつ、ぞくりとする事実が。
相手を観察する。
ユーノさんと結婚できた日には切ろうと思っている長い髪をひとつ結びにして肩に垂らし、顔はなのはさん譲りの美貌。
最近増量してきた腹周りや脚を、装甲厚めのジャケットとロングスカートで誤魔化すスタイル。
すなわちそこにあったのは、年中無休、四六時中つきあっている、セリナ・ゲイズの姿だ。
その手には、デバイスモードのヴァーミリオンアイズにそっくりな杖が握られていた。……つまり、向かいに佇むセリナは、戦闘可能な状態であるということ。
「アイズ、セットアップを」
震える声で相棒を急かす。こちらの姿もすぐに、相手と同じように防護服をまとったものになった。
『……ああ……』
その声もなのはさんと同じ。
わたしの姿をした何者かが、薄暗い表情で、口を開く。
「働きたくない……働きたくない……」
「こ、こいつ!? なぜわたしの本性を!?」
な、何者……! 誰にも知られていないはずのわたしの性根を、この偽物は何故!?
一気に警戒の度合いが強まり、手に持つデバイスに力がこもる。
鏡映しのそいつは、さらに言葉を紡いだ。
「ユーノさん……はやくユーノさんと結婚したい……会いたい……ユーノさん好き……」
「恥ずかしいことを言うなバスター!!!!!」
何者か知らんが、もう撃つしかないよね。
エクセリオンバスター。相手は死ぬ。
「何ッ」
しかし抜き打ちにして必殺であったそれを、やつは紙一重で躱した。避けられる距離のはずは……!
そして同じように、杖の先をこちらに向けていた。
赤い光が迸る。急速で自分の位置を射線からずらし、肩を掠めるように飛んできた砲撃を観察した。
魔力光の色も同じ。砲撃の威力も、おそらく。
「やるな」
喧嘩を売ったのはそっちだ。……いや、わたしからになるかな? まあいい。
ぶっとばしてからお話を聞くぞ。
「『ディバインシューター』……え!?」
自分の声が重なって聞こえた。
形成した弾殻は4つ。放射状に放ち、外側からカーブを描いて敵に着弾する軌道。
どうもそれは、敵のセリナも同じようだった。ちょうど彼我の真ん中で、ディバインシューターは相殺されてしまった。
思えば先ほどのバスターもそうだ。……手癖でやる戦法は、相手に網羅されていると思っていいだろう。
――なら、わたしの弱いところを攻めてみよう。
《Flash Move》
「だっ!」
高速移動魔法を起動。一気に近接戦闘距離(クロスレンジ)へ飛び込み、杖を振りかぶる。
制動は緩めでいい。このまま正面から殴る!
振り下ろした杖は、杖で受け止められた。敵もわたしにしてはよく反応したな。
硬い感触に腕が痺れるが、無視する。このまま鍔迫り合いをする気は無い。フラッシュムーブでついた勢いを利用して、相手を押し出した。
体勢を崩したやつに、準備していた魔法の狙いをつける。
「クロスファイアー……ッ!」
弾殻は、同時コントロールに自信のある4つだけ。魔力は十分に込める。
「シュート!!」
この魔法の弾速なら、姿勢を崩したわたしが反応できるものか!
突き刺さるように、赤い矢が叩き込まれる。防御もできずに喰らったのを確認し、次弾をぼこぼこ投入していく。
敵は着弾時の煙に包まれていった。
「はっはっは。瞬殺」
ティアさん直伝、ランスターの弾丸の味はどうだ。
教えてもらったのはずいぶん前のことだが、最近また練習中。理由は、ヴィヴィオやその友達たちとの模擬試合に駆り出されたとき、戦法がワンパターンでよく負けてあまりに悔しいからである。今の戦法なかなかいいんじゃない? 次はナカジマジムのみんなをボコボコにしてやるからな。2つ年下のアインハルトがワールドチャンピオンになって年上として焦ってるとかそういうことは決してない。
偽セリナはどうやら、最新のわたしには敵わなかったようだな。墜落していく彼女をバインドで空中に縫い留め、事情聴取に向かう。
「さあ、正体を曝け出してもらうぞ」
突然現れたこいつは、今わたしがいるこの場所と何か関係があるはずだ。
『うう……週に休みは……4日はあるべき……』
「!?」
偽セリナの身体が、崩れていく。
崩壊は止まらず、あっけにとられている間に、そいつは光の粒子になって消えてしまった。
「これは、一体……」
……改めて、状況を整理しなければならない。
深呼吸をする。戦闘で高揚した気分を落ち着け、冷静に努める。
ここは危険かもしれないが、周囲に落ち着ける場所も見えない。その場にとどまり、わたしたちは現状を考えることにした。
まず、ここはどこだろう?
アイズが沈黙している。彼女ですら、現状を把握するのに時間がかかっているらしい。ひとまず自分なりに想像してみよう。
考えられるケースはいくつかある。
偽セリナの存在と、消え方がヒントになるだろうか。ああいう、魔導師をデータで再現したエネミーを、戦闘訓練で使うこともあると聞く。つまりここはシミュレーター空間か?
あるいは……幻術のたぐい? あのとき開いた本が、ロストロギアだったとしたら。ここは本の内部空間かもしれない。昔、フェイトさんは闇の書の中に囚われ、そこではいないはずの人物が現れたという。それと同じケースかもしれない。
で、あれば、こういう対処法を思いつく。
ひとつ。
シミュレーターの内部であれば、この空間には果てがあるはず。壁を探して砲撃でもぶち込んでみるのがいい。
もうひとつ。
人間を本のような小さい物体の内部に取り込み、さらに幻覚を見せるというのは、なかなかに高度な魔法だ。この「高度な」というのは、実現が難しいという意味。魔法という名の科学が牛耳っているこの次元世界で、うまいこと"魔法"をやっているといえる。
しかし難しい術式は、内側から邪魔できるのならば脆いものだ。こちらがより強力な魔法を発動すれば、なんらかのほころびが生まれるはず。
フェイトさんが闇の書の内部空間に囚われたときは、結界破壊機能をもつ魔法によって脱出に成功したようだ。その話も参考にしてみよう。
……つまり、そのへんに向かって砲撃でもぶち込んでみるのがいい。
砲撃はすべてを解決する。
「アイズ」
状況分析に努めていた愛機に声をかける。彼女は声は返さず、砲撃重視のバスターモードへと姿を変えた。主の意図がわかったのだろう。
「えーと、そうだな……」
現状を打開するための魔法を選択し、名前を口にする。
「ディバインバスター・エクステンション・プラス」
コマンドを受け、デバイスから術者への補助が始まる。
魔法陣が足元に現れ、書き込まれた術式が物理法則に干渉。エネルギーが、真っ直ぐ前方に向けた杖の先に溜まっていく。
狙いをつける必要はないので、そこの補助はカット。代わりに結界破壊の機能を盛り込んでいく。戦闘中ではないため、時間をかけて術式の処理を行うことができた。
……状況がわからない以上、カートリッジシステムは使わずなるべく弾を節約しておきたい。海上では回収も困難だ。しかし、結界破壊機能を付与するならば、それに足る出力も求められる。せめてチャージ時間を限界まで増やし、カートリッジの消費は一発に抑えよう。
「ロードカートリッジ」
薬莢が排出される。再利用を考え、片手を伸ばしてキャッチを試みるが、空ぶった。カートリッジは海に吸い込まれていく。むなしい。
気を取り直して両手でヴァーミリオンアイズを保持。砲身と化した彼女を強く握った。
《Divine Buster Extension》
赤い閃光が、空を切り裂いていく。
「あれは……?」
異常な反応を検知し、現場に向かっていた少女は、赤い光を見た。
「闇の欠片……なのかな。行こう、レイジングハート」