Fate/EXTRA ニトクリスと行く月の聖杯戦争 作:くりふぉと。
ざぶん、と音を立て水にぶつかる痛み、を感じるとともに、自分の平衡感覚を掴むのに躍起になる。
いくらここがSERAPH――月の中にある霊子虚構世界であったとしても、この世界での死は、ムーンセルに接続する地上の肉体での死を意味する。
このSERAPHに於ける酸素が尽きれば、死なのだ。
サーヴァントとて、人類である以上水中での活動には限界があるはずだ。
「貴方が懸念していることは理解しています、が。策はあります」
!
脳内にキャスターの声が響く。
水中で喋ることが出来ないため、魔力を使っての意思疎通方法というわけか。
それよりも、敵を倒すための策が既に出来上がっているというのは頼もしい。
「敵のライダーの強さの根本は、ライダーの生来の活動から生まれた、スキルに依るものです。それを引き出す、あの小物なマスターも、愛称は抜群だった、というべきなのでしょう」
慎二のことだ。
確かに。あのキャラから軽く見られがちだが、天才ハッカーなのだ。元々魔術師としての素養はある。
それに、慎二との行動がライダーの立ち回りを万全にしているとなれば、それはリスペクトすべきことなのだろう。
しかし、その尊敬の念だけではどうにもならない。
敵のライダーのスキル。
星の開拓者。
人類史においてターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキル。
その時代の記述力ではあと一歩足りない難行を、人間力だけで乗り越える力。
それは一握りの天才が持つ才能ではなく、ひとりの、どこにでもいる人間が持つ「誇り」を燃やし尽くす力でもある。
そんな、ライダーの「星の開拓者」のように、もしくはそれを圧倒するようなキャスターにも何か挽回できるスキルを持ち合わせているのだろうか。
「皇帝特権……」
皇帝……特権。
そんな疑問に対しての答えであるらしい。
それは。
本来持ち得ないスキルを、本人が主張することで短期間だけ獲得できるというもの。該当するのは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、と多岐に渡る。Aランク以上の皇帝特権は、肉体面での負荷すら獲得が可能なシロモノ。
まさか……?
キャスターは生きていたとき、皇帝だったのか?
「いいえ。そもそも皇帝という称号自体、私の時代には存在していませんでした。あれは後の時代に王という概念の更に上位のものを作り、支配の正当性を無理やり作るためのものに、当時の王が考案したもの。私には元来備え持つものではありません」
横顔で、澄ました顔で、キャスターは続ける。
水中のため、ゆらゆらと紫の長い髪を揺らしながら。
「……しかし、このSERAPHのシステムを借りて、擬似的な力を発揮することはできます」
どういう……ことだ。
「私は、こんなのでも生来の女王なのですから」
◇
キャスター。
彼女は自分で、女王だと言った。
褐色の女王、となれば相当の数を絞り込めるのではないか。
いや、生来男性だと語り継がれている歴史上の人物も女体化……ではなくサーヴァントとして目にしてみたら実は女性だった、なんて事例もよくあるらしい。
「……何か余計な詮索をしているようですが、今はもっと集中すべきことがあるでしょう!」
怒られてしまう。
集中すべきことと言えば何か。
一応、自分は魔術師だ。
記憶を失っているとはいえ、自分は聖杯戦争におけるマスターだ。
マスターは魔術師でしかなれないもの。
なれば、魔術師としての知識は当然有している。
この局面に於いてやるべきことと言えば、一つしかない。
魔力供給だ。
魔力供給とは。
サーヴァントは自力で魔力を生成できるものの、その生産量は彼らの多大な消費量に追いつかない。
マスターは自身の生体エネルギーを魔力としてサーヴァントに分け与えるもの。
……その方法は様々だが、接触による供給がもっとも効率がよい。
気が付くと、キャスターは正面でこちらを見つめている。
水の動きとともに、ゆらゆらと視界が揺れるように踊る。
そんな彼女の姿は神秘的に映り、天からさすうすらな光が通る場所以外は、深淵という言葉が相応しいだろう。……そんな深淵にキャスターが酷く似合ってしまうのはなぜだろうか。
「同盟者よ。目を瞑ってなさい」
眼をつむる……?
キャスターの言葉の真意を探る余裕はなかった。
ゴボゴボ、と口から酸素が漏れる。
長く息は持たない。そろそろ上へ上がらないと、聖杯戦争以前に窒息死してしまう。
そんな焦燥感をかき消すかのように。
優しい熱を帯びた……指、が自分の指と交差する。
……キャスターの指。
動揺して、ごぼ大きな泡の塊が漏れる。
「動かないでください」
額と額で、ごっ、と静かに衝突の音が頭蓋骨に響く。
「早く、貴方の魔力をください」
キャスターに緩やかに流れ込んでいくのが分かる。
サーヴァントと契約している限り、無意識的に魔力は供給しているけれど……肉体接触による魔力供給は初めてだ。
それは短いようで、長いようで。
心地よい気だるさを感じる――――