Princess Principal ~Gearing BUILD and CROSS-Z~ 作:ポロシカマン
1-①
―――――『うさぎとかめ』という物語をご存じだろうか。
足は速いが怠け者な兎と足は遅いがマジメな亀が競争し、能力に慢心し眠ってしまった兎を堅実に歩を進めていた亀が負かすという、あの話である。
この物語が読み手に伝えようとしている教訓とは、まぁズバリ、『真面目にコツコツ頑張れるヤツが偉い』ということだろう。もちろん、そんなことは当たり前の話なのだが、この亀のような生き方を日々の生活で実践できている人間なんてきっと一握りだろう。ほとんどの人間はどこかで怠けや油断が入り、兎のような失敗を経験しながらも、それを糧として自分に合った頑張り方を構築していくものだ。
この持論を踏まえるなら、世の中の人間は「兎」と「亀」、大きく2種類の頑張り方をしていると言えるだろう。
そしてこの俺……『桐生戦兎』は、ここでいうところの「亀」の方だと自認している。名前は兎だけどな。
物理学を修め、数々の発明品を創造し、かけがえのない仲間たちと共に愛する地球を救うことが出来たのは、ひとえに自分が積み上げてきた努力が一つの要因だと思っている。
……もっとも、その努力の大半は記憶を失う前の俺、『葛城巧』が行ったものであるという自覚を忘れてはいない。
彼のおかげで今の俺があるのも事実で、感謝もしている。
自分で自分に感謝するっていうのも変に聞こえるかもしれないが、これが俺の素直な気持ちなのだ。
彼が俺の中から消えてからここ数ヶ月、特にそう思うようになった。
自分の中の大切な物がすっぽりと消えてしまうようなあの時の感覚は、まだこの胸に残っている。
だからこそ俺は、万丈と共に彼の生き様をきちんと『記録』に収録した。
いつか多くの人に彼の苦悩と、『亀』のような努力を俺たちが父さんから受け継いだ『ラブ&ピース』の精神をもとに伝えていきたい。
そして、俺は『桐生戦兎』という一人の人間として、『仮面ライダービルド』としてだけじゃいない新しい自分を、これから地道にコツコツ創り上げていきたいと、そう心に誓ったのだ。
誓った、のだが。
「――いたぞ!!『セント・キリュー』だ!」
「追え!!……絶対に逃がすなよ!!」
「あぁもう!どうしてこうなるんだよぉおおおお!!!」
19世紀イギリスに似たどこかで見たような『壁』のある、歯車と霧の都。
――――『アルビオン王国』。
この国はそんな自分が生きるには、今は厳しすぎた。
新世界にて、最上魁星の研究の手伝いをしていた俺と万丈は実験中の事故でこの摩訶不思議な世界に迷い込んでしまったのだった…………。
―――数時間前。
「ほら見ろよ戦兎これ!!今日もちゃぁんと、稼いできたぜ!!」
「はぁ……」
大通りから少し歩いた脇の道に、ひっそりと居を構えている大衆食堂がある。
そこでイマイチ味がぼやけている紅茶をしばきながら、俺は万丈がボクシングで稼いできたファイトマネーを見せびらかすのを横目に、街を行きかう人々を眺めていた。
「なぁんだよ、テンション低いな…ほらパン食えよ。うめぇぞ」
「ありがとう」
味がない癖にやたら固いパンをちぎって口に放り込む。
この世界に迷い込んでから数日、俺達はいかに現代日本の食文化が恵まれていたのかという気付きをこのパンと共に噛み締める日々を過ごしていた。万丈はもうとっくに慣れたのかバクバク食べて紅茶で流し込んでいる。
しかしこれでも迷い込んだ当初よりは幾分かマシな生活ができている。暴漢に襲われたり物を投げつけられたりと正直あの時のことは思い出したくもない。まぁ見慣れない格好の日本人がこのいかにも治安と衛生が悪そうな街で歩いていたらこうなるだろうとは思うが。
運がいいことに、襲いかかって来た酔っぱらいの一人が近々試合を控えていた人気ボクサーで、出場できなくなった埋め合わせにそれをK.O.した万丈が急遽代理選手として出場することになったのだ。
『大丈夫だって!!元格闘家のボクシング、見とけよ戦兎!!』
そして、試合当日…まさかの日本人ボクサー登場の噂を聞きつけた住人たちによって会場は空前の大盛況(始めて来たので普段の客入りなど知らないが)。
しかも万丈が繰り出す現代ボクシングテクニックの数々と、見事なK.O.フィニッシュに観客は大盛り上がり、万丈は一夜でこの街のスターとなってしまった。
このレストランも万丈のファンになった店主が格安で料理を提供してくれるし、倉庫だが部屋として貸してくれていた。
因みに『マケルキガシネエゼ!!』は今や街の住人たちのホットワードとなっている。
「いやぁ、言葉が通じなくてもよ!気持ちってのは拳で分かるもんだな!!どいつも色んな事情でリングに上がってるけどよ、拳を交わす間はそんなこと忘れて純粋に楽しんでんだよな……デビューしたての頃みてぇなこの気持ちも色々あって忘れちまってたけどよ、こうして戦ってると今すっげぇ充実してるって感じなんだよな……おい聞いてんのか戦兎?」
「ごめん、今グルタミン酸のこと考えてた」
「いや聞いとけよ!!」
だってその話昨日も聞いたし、なんなら一昨日もその前の日も聞いた。
多少単語は異なっていても内容は全く変わってないので、聞くだけ損した気分になる。なってる。
あぁ、今すっごくアジの開きが食べたい。それとほかほかの白米。どこかに日本食を食べられるところはないものだろうか。
「なんか、お前なら身一つでアマゾンの奥地でもやってけそうな気がするよ…」
「いやいや流石に無……あ、でもピラニアとかワニとか食えるもんたくさんありそうだし、意外といけっかもな!!」
………なぜかその気になって笑っているこの筋肉バカと日本食は置いといて、俺は今後の生活について思案することにした。
今は万丈のファイトマネーでなんとか食いつなげているが、それも恐らく長くは持たないだろう。
現代日本でさえ格闘家の、特にトップクラスではないマニアでなければ名前も聞かないような者たちの金銭のやりくりはとても厳しい物があると聞いていたし、この短い期間で万丈の付き人と言う名の通訳をしている中でも(英語が通じてマジ助かった)選手が何時の間にかいなくなっていたというのは何度かあった。
長い目で見れば、より安定した食い扶持を見つける必要があると言えるだろう。
そんな山積みの問題を想うと気が滅入るし、ありもしない日本食に現実逃避するのも許してほしい。
それに何より、
「なぁ戦兎……」
「……なんだよ」
「別に焦んなくても俺が稼いでやっからさ。ゆっくり探そうぜ?お前の仕事!」
現在、天才物理学者桐生戦兎が『無職』という重大事件の真っただ中にあるのだった。
「わーかってるっての!!…あー、もうお前に心配されると凹むんだよこっちは!!」
それに加え、本来は自分の方が社会的優位性が高いはずの自分が、格闘家の稼ぎを頼っている実質『ヒモ』状態であるという現実だった。
自分でも今更これまでの万丈との関係を踏まえても、いささか驕っているとは思う。でもこれはプライドの問題なのだ。自分だけが仕事をしていないというこの状況に、万丈だけを働かせている今の自分に耐えられない。
「そっか…わりぃ。焦らすようなこと言って」
「…………」
しかも、そんな自分の感情を万丈が慮ってくれているということが……とても、とても悔しいのだ。
本当は逆の立場でありたいという、そんな自分の勝手な感情を自覚してしまう。
頑張ってる万丈の前で、そんなことは絶対に口にしたくなかった。
「……外出て来る」
気分を変えたい。それに、ここにいても心にもないことを言ってしまいそうな気がした。
「ほぉ、ひぃふへへな(おう、気ぃつけてな)」
「あぁ」
ワイルドにパンをかじる万丈の声を背中に感じながら店を出る。無職は仕事を求めて大通りへと繰り出した。
「見つかんねぇなぁ……」
結局、身元不明の日本人を働かせてくれる優しい仕事場は無く、俺は公園の原っぱで寝そべり途方に暮れていた。
まぁよく考えなくても、自分のようなヤツを働かせてくれるような職場など、明日の命もあるかどうか分からないような危険なものしかないだろう。
でも、一つくらい、一つくらいはそんなことない、迷い込んできた異世界人を手厚く迎えてくれるような仕事があってもいいと思うのだ。
しかし現実は非情である。そんな都合のいいものはなかった。ちくしょう。
「最上さんってめちゃくちゃいい人だったんだなぁ…」
俺と万丈が創った『新世界』で、色々あって頼ることとなったかつての敵、『最上魁星』……その別の可能性。
新世界での彼はあの事件で出会った二人とは似ても似つかない、温厚だがどこか人とズレた思考をするしがない大学教授で、身元の分からない、しかも有名人にそっくりな自分たちを受け入れてくれるほどのお人好しだった。
初めて会った時の彼が淹れてくれたコーヒーの味は、今でもはっきりと覚えている。
彼と過ごした時間は俺にとっても有意義で、万丈と論文の推敲に徹夜で付き合わされたり(万丈は飯炊き係)、そのお礼にと自分たちの『記録』の構成を手伝ってくれたりもした。
………だからこそ、あの日の事故が悔やまれる。
『エニグマ』による並行世界の自分との融合とは違う、特殊な装置が付いた大きなリング…『並行世界接続装置(仮)』により並行世界からそのエネルギーを取り出し、エネルギー問題を一途に解決するための、人のための正しい研究だった。
理論上完璧だった装置は何故か暴走し、謎の『緑の光』に吸い込まれ、俺と万丈は何時の間にかこの世界に倒れていた。
最上さんにさよならも言えないまま……俺と万丈は何もお返しが出来ていない。
だからこそ、俺たちはできるだけ早くあの『新世界』に帰らなくちゃいけない。
それに『記録』だってまだあらすじの録音を録り終えてない人が残ってるし、マスターや美空、他のみんなも俺たちの『記録』…『仮面ライダービルド』の完成を心待ちにしてくれているのだ。
「こんな形で裏切るなんてことは、絶対にしちゃいけない。」
日々の生活費を稼ぐ中で、仕事のない俺は元の世界へと帰る方法を模索するために、今いるこの世界について調べていた。
それで分かったのは、この国は元々重力を操ることのできる力を持った物質、『ケイバーライト』を用いた空中艦隊を保有していた『アルビオン国』という一つの国で、それが10年前の革命により、今自分たちがいる『王国』と壁の向こうにある『共和国』に分けられ、二つの国を隔てる『壁』の周辺地域は各国の工作員が暗躍する『影の戦争』の最前線と化しているということだった。
「ちょっとどころか、結構似てるよな……あの日本と。」
10年目に起きた事件により国が分かれてしまったこと。
軍事産業が国家資金の多くを使っている事。
それに……街を行き交う人々の目が、戦争中の東都の人々のそれによく似ていた。
「…この国は、きっと近いうちに戦争を起こす。」
科学の発展はいつだって戦いを齎した。
しかしこの国はなんとかその火種を抑え込めている。
しかしそれもきっと時間の問題だ。この国の人たちがどれだけ不満をため込んでいるのか、少し周りを見渡しただけでもよく分かる。
幸せそうに笑ってるのは立派なレンガ造りの家に住む瀟洒な服を着た一部の上流階級の人間だけ。
彼らは道の端でうづくまる者たちのことになど目もくれない……自分たちが殺意の乗った視線に曝されているとも知らずに。
もう限界なんだろう。この国は。
――戦争なんて止めたい。
……しかし今の自分たちじゃとてもじゃないが戦争の開始を止めらえるような力も立場もない。
でももし、今ここにいる街や俺達に優しくしてくれる人たちが戦火に巻き込まれるようなことがあれば、俺は……
「俺たちは……その時こそ、この力を使う。」
俺は懐から『ラビットフルボトル』を取り出して、そう強く思う。
今持ち歩いているのはこのボトルだけ。『ビルドドライバー』や『ハザードトリガー』、万丈が持つ『ドラゴンフルボトル』以外のその他のボトルやマシンビルダーのようなアイテムは、今の仮住まいに厳重に保管してある。
何故なら『ネビュラガス』に連なる技術が存在しないこの世界で、何かの拍子でこれらの技術が渡るようなことは何としても阻止しなければならないからだ。
物理学を冒涜するかのようなこの国の巨大な飛行船は、今もどこかの国の空を飛んでいるのだろう。
ボトルの力がこの国の軍人や政治家に知られたらどうなるか、容易に想像できる。
『パンドラボックス』が無くとも人は強く争いを求めることができると、難波重工との戦いで俺たちは嫌と言う程思い知った。
だからこそ、安易に強い力を手に入れることがどれだけ危険な事か、そして強い力を得た者の考え方と責任の重さを、俺と万丈は『記録』の中で自らの体験に添えて強く、メッセージとして届けたいと考えていたのだ。
「………メッセージを、届ける?」
今、何かが閃きそうな気がした。
ビルドのアイテムの開発三昧だったあの頃ではよく覚えた、あの感覚。
『フルフルラビットタンクボトル』の構想を思いついた時にも似た、あの感覚。
メッセージを届ける……伝える。
自分たちの感じた思いを、体験を……
『体験』。
「……そうか、そうだよ!あーー!!この手があったんだった!!」
やっと見つけた!!俺の仕事!!
戦争を止められそうな方法!!
早く、万丈にも教え……
「――ほう、なんの手だ?」
立ち上がっていた俺の方に、黒い手が乗っていた。
「え……………誰?」
背後に目を向けると、そこには黒いスーツに同じ色の帽子を被った体格のいい男がいた。
さらに周りを見渡すと、似たような男たちが自分を取り囲んでいる。
「『セント・キリュー』だな?強盗殺人容疑で逮捕する。」
そう言うと同時に、男は俺の腕を掴んだ。
「……は?」
「抵抗は無意味だ。来い!!」
「いや……いやいや、え、ちょ、離しなさいよ!!」
俺は男の手を振り払い、
「貴様ァ!!……捕縛しろ!!」
一目散にその場から全力で走り出した。
「……なんっでこうなるのぉーーー!!??」
ハザードレベルのおかげで身体能力が上がっていた影響か、意外にも追跡のプロである警察?から捕まらずに走り、壁をよじ登り、屋根の上を飛んだりと『ビルド』の力無しでこうも想像以上の動きができる自分に若干驚きながら、俺は1年とちょっと前の、あの日のアイツを思い出していた。
「ハァーー………嘘だろ……?
ハァー……今度は、ハァッ、俺が殺人犯かよ……」
あの時のような二人じゃくて、俺だけの逃避行。しかも着の身着のまま、『ビルド』無しのマジの自分だけ。
「……万丈」
アイツの顔が否応なしに浮かんでくる。
「――おい!いたぞ!!」
「うぉやっべ!!」
銃声が鳴り響く中、狭い路地を俺は走った。
そして、意識したわけでもないのに、あのセリフが口からこぼれる。
「俺は!!誰も!!殺してねぇえええええーーーー!!!」
「始めさせないわ戦争なんて。絶対に―――」
走る戦兎を見つめる視線があった。
黒いマントがはためいて、緑の光が淡く揺らめく。
銀髪の少女は金の望遠鏡から視線を外し、夜のロンドンの町を翔けた。
万丈「戦兎のやつおせぇな……どこまで行ってんだよアイツ」
???「ここかなぁ……お、あれかな?」
???「あ、はい!あの人ですよ!『Dragon☆Banjo⇒』!!」
万丈「おん?…お、何だ俺のファンか?サインなら」
???「いや、それには及ばん。」
万丈「え?…うぉすげぇ!日本刀じゃん!本物かよ!?」
???「はいはい、そういうのいいから……で、ちょっとあんたに来てほしいところがあるのよね」
???「その…あなたのお友達が大変なことになっていまして…」
万丈「仲間……戦兎になにかあったのか!?」
???「うむ。あの者を助けるのに其方の力が必要なのだ」
万丈「!!…今すぐ連れてってくれ!!」
???「勿論。そこで、私共がご案内させていただきます」
万丈「あれ?ていうかあんたら何なんだ?」
???「チーム白鳩――スパイです。」