特異点・カルデア 【世界を救えなかった少年の話】   作:トクサン

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HDDにプロットと設定の残滓が転がっていました。FGOの死蔵小説は多分もうない……ハズ。


特異点IF:失われた色彩、取り戻す為に

 

「ゲーティアの第三宝具、展開を確認――あれは……止められませんね、マスター」

 

 マシュは苦々しい表情でそう口にした。体は今までの戦闘で傷だらけで、息は荒く肩を激しく揺らしている。見上げる天体、人類の歴史を編み上げた転輪、輝くソレはマシュと藤丸の二人を明るく照らす。暗雲立ち昇る漆黒と赤の中で、あの光だけは神々しさを失っていなかった。

 最後の令呪が効力を失う、掌にあった三画、その残滓が淡く粒子となって消えた。魔力は出し尽くした、手札も切り尽くした。滝の様に流れる汗を拭う事もせず、藤丸はその場に崩れ落ちる。地面に這い蹲りながら頬を地面に擦り付け、自分を見下ろすゲーティアを見た。

 

「――つまらん、何故受け入れる、マシュ・キリエライト」

「……ゲーティア?」

 

 マシュは盾を杖代わりに震える足を叱咤する。そして黒幕――ソロモンの名を騙っていたゲーティア、その彼の声に顔を上げた。マシュは自分を見下ろす恐ろしい風貌、その奥から唸る様に響く声に目を見開いた。

 

「私はお前を理解している、お前も私を理解出来る筈だ、我々は共に生命の無意味さを実感している、限りある命の終わりを嘆いている……」

 

 ゲーティアは両手を広げ、天を仰ぎそう口にした。まるで遥か遠い空に今までの記憶を映し、その光景を反芻しているように。指の一本を折り曲げ、僅かに力を籠める。そしてその瞳とも呼べない光がマシュを射抜いた。

 

「そうだろう? 未来などつまらない、人間はつまらない、だって生きていても死ばかりを見る、どのようなものであれ死に別れる――もう沢山だ、死の無い惑星の誕生はお前の望みでもある筈だ」

 

 マシュは思わず口を噤んだ。それは僅かでも、彼の紡ぐ言葉に共感を覚える自分がいたからだ。その背後で藤丸は何も言わず、ただマシュの背中を見守っていた。

 

「わずか一柱だが――我々にはまだ、迷いがある」

「ただ一人で良い、ヒトによる理解者が欲しい、そうであれば我らの計画はもはや揺るぎないものとなる」

「マシュ・キリエライト、人によって作られ、じき消えようとする命よ」

「共に人類史を否定してくれ、我々(わたし)は正しいと告げてくれ、ただ一言、『よし』、と言え、その同意を以て共に極点に旅立つ権利を与えよう」

 

 ゲーティアはそう言ってマシュに向かって手を差し出した。その口調は今までのどの言葉よりも優しく、暖かなものだった。マシュは差し出された手を見つめ、それからそっと目を伏せる。その表情は悲し気で、どこか痛々しくもあった。

 

「ゲーティア――貴方は」

「貴様も知っている筈だ、藤丸、彼女の命はもう、疾うに限界だと」

 

 マシュの言葉を遮る様にして彼は続ける。藤丸は震える腕を酷使し、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。けれど何度も失敗し、その度に顔が砂に塗れる。そんな無様に足掻く男を、ゲーティアは静かに見下ろしていた。

 

「隣人を尊び、友人を信じ、同胞を愛する、それが人間の正しさであるというのであれば邪魔をするな……我々のうちの何者かが彼女を見過ごせないと告げている、この星の最後の記録を悲劇にはしたくないと――貴様とて同じだろう? どうあっても人理焼却は覆らない、どうせ死ぬのならマシュひとり救うべきではないかね?」

「ゲーティア……」

 

 藤丸の喉奥から唸る様な声が響く。マシュはそんな藤丸を一瞥し、それから悲し気に目を伏せたまま口を開いた。その盾を握る手に、力はもう籠っていなかった。

 

「そうでしたね、貴方はずっと、私にそう問いかけて来た……確かに死が約束されている以上、生存は無意味です、私は貴方の主張を否定する事はできません」

「――では」

 

 ゲーティアの声がほんの僅かに、弾む。

 その言葉の先を幻想し、肯定を夢想した。

 けれどマシュはゆっくりと、静かに首を左右に振る。その表情は悲し気であり、嬉し気であり――同時にどこか満足そうでもあった。

 

「……でも、人生は、生きているうちに価値の出るものではないのです――死の無い世界、終わりのない世界には悲しみもないのでしょう――でも、それは違うのです、永遠に生きられるとしても私は永遠なんて欲しくない、私が見ている世界は、今、ここにあるのです」

 

 マシュの盾が地面に打ち付けられる。それを支えにして崩れかけていた膝を立て直す。震えは止まらない、疲労は濃い、痛みは酷い、けれどまだ――諦めてなんて、いない。

 

「……たとえ、私の命が瞬きの後に終わるとしても」

 

 ゲーティアの手がそっと退く。そして乗せられなかった手のぬくもりを幻視するように、ゆっくりと握り締めた。

 マシュはそんなゲーティアに向かって白い華の様に笑う。穢れ無き、無垢の微笑み。

 何一つ悔いなど無く、偽りなど無く、心の底から彼女はそう想っているから。

 

「それでも私は、一秒でも長く、この未来を視ていたいのです」

「―――」

 

 ゲーティアはもはや何も言わなかった。ただ差し出した手を胸元で握り締め、もう一度天を仰いだ。彼の心情は分からない、ただ立ち上がったマシュに続く形で藤丸も地面に強く手を打ち付け、震えながら必死に立ち上がった。

 そんな藤丸の前に――白く、華奢な手が差し出される。

 

「先輩、もう一度、手を握って下さいますか?」

「……あぁ、勿論」

 

 マシュの手と藤丸の手が重なる。

 ゲーティアと重ならなかった、小さな小さな、命の手が。

 

「――残念だ、本当に」

 

 地に響く様な声だった。ゲーティアはもはや情を捨てた、悲劇の記録を良しとした。ゆっくりと振り上げられる腕。その頂点で転輪が輝く。眩い白が世界を覆っていく。不気味な唸り声を上げて転輪が廻る。

 

「では、この時代と共に燃え尽きよ、第三宝具、展開――惑星を統べる火を以て、人類終了を告げよう、さらばだ人類最後のマスター、そしてマシュ・キリエライト」

 

 ゲーティアの頭上に黒と白の球体が渦巻き、聳え立った。ソレは人類史を焼き尽くし破壊する極光、それを放つ前兆。もはや避けようのない死の予感、途轍もない魔力の高まりを感じ取る。アレが放たれれば最後、自分達は死を迎えるだろう。否、自分達だけではない、文字通り人類が滅びる。

 

「お前達の探索は、ここに結末を迎える!」

 

 ゲーティアは叫び、彼の第三宝具が発動した。

 

 対界を超えた対人理宝具――誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの。(アルス・アルマデル・サロモニス)

 

 濃厚な死の予感、体を押し潰す魔術濃度、圧力、世界が白く染まる破壊の光。

 十字を斬った白色が、天照す一本の光柱を吐き出した。視界が白一色に侵される、もう何も見えない、何も感じない、藤丸にはもはやどうしようもない、あの極光が一瞬の痛みもなく自身と人類を焼き尽くすのを見届ける事しか、出来ない。

 唯一、繋いだマシュの手の温もりだけを感じる。

 けれどそれも、ほんの僅かな時間だった。

 握っていた彼女の手が振り解かれ、小さな背中が目の前に飛び出す。

 

「いいえ、お任せください――マシュ・キリエライト、行きますッ!」

 

 それは唐突だった、本当に予期していなかった。自身を庇い、盾を構えた彼女を前に藤丸は「マシュ!?」と彼女の名を叫ぶ。けれど彼女は振り返る事無く、迫る極光を見据え、僅かな怯えすら見せず叫んだ。

 

「だってこれからです、マスター……! 貴方の戦いはこんなところで終わるものではありません!」

 

 そうだ――こんなところで、彼を死なせるわけにはいかない。

 沢山沢山貰ったのだ、本当に、色々な嬉しい事を、楽しい事を。

 

 マシュの細腕が盾を地面に突き立てる、心の中で叫ぶは己の宝具――今は遥か理想の城(ロード・キャメロット)。叫びは極光の轟音と唸りに掻き消された。

 数多の英雄、その宝具を凌いできた白亜の壁が目の前に聳え立つ。今はなき白の壁、理想と化した無傷の城塞。

 

 そして極光が間髪入れず――着弾。

 

 それは時間が止まった様な光景だった。

 光帯の熱量を防ぐ物質はこの地球上に存在しない。だが、それはあくまで物理法則の範疇。彼女の守りは精神の護り――その心に一切の穢れ無く、また迷いがなければ溶ける事も、穿つ事も、壊れる事もない無敵の城塞。

 だがそれは――彼女の肉体の破壊と苦痛を対価とする。

 

「あ、あぁああぁあァァアァ――!」

 

 地獄の時間が続く。星を貫く熱量を防ぎながら、彼女は想っている。

 これまでの旅と、これからの旅を。

 自分がいた今までと、もう自分のいない未来の夢を。

 

 白の極光を防ぎ、焼け爛れていく肌を晒しながら彼女は口元を緩める。痛くて仕方ない、苦しくて仕方ない。けれど彼女の心は穏やかだった。ほんの僅かな気の緩みで押し込まれそうになる円卓の盾。それを体全体で支えながら彼女は目を閉じる。

 確信できる――自分はこの一撃を、防ぎ切るだろう。

 

「あぁ――良かった、これなら何とかなりそうです、マスター」

 

 焼け爛れ、盾に張り付いた指先。あと数秒もせずに消滅するであろう肉体。それをただ静かに一瞥し、ゆっくりと振り向いた。そして彼女は美しく、優しく、自身のマスターである藤丸に笑いかける。いつも通りの、なんて事の無い笑顔を。

 

「今まで、ありがとうございました」

「マシュッ!」

 

 藤丸が腕で顔を覆いながら叫ぶ。見えない、目が、耳が、上手く機能しない。世界は白色だ、辛うじて彼女の姿だけを捉えている。気を抜けば吹き飛ばされそうな暴風、地面に張り付きながら叫ぶ、叫ぶ。彼女がどんな表情をしているのか、そんなのは分かり切っている。だから止める、止めなくちゃならない、何が何でも。

 そうしなければ、彼女は――!

 

「先輩がくれたものを、せめて少しでも返したくて、弱気を押し殺して旅をしてきましたが――ここまで来られて、私は、私の人生を意義あるものだったと実感しました」

 

 それは宛ら遺言だった。否、それは彼女にとって確かに遺言なのだ。

 一秒ごとに削られて行く焼け爛れ、溶けていく肉体。ほんの一瞬、束の間に紡がれる死に逝く者の言葉。藤丸は這い蹲り、一歩、また一歩と彼女に近付く。極光を防ぎ続けるその小さな背中に、華奢な背中に。

 

「……でも、ちょっと悔しいです」

 

 藤丸の手が伸びる。

 その指先が彼女の背中に――触れる事も出来ずに。

 名残惜しそうに、マシュは笑った。

 せめて最後にもう一度、貴方の手に触れたかった、なんて。

 少し贅沢だろうか、そう想いながら。

 

「私は守られてばかりだったから――最期に一度くらいは、先輩のお役に立ちたかった」

 

 白の中で微笑んだ彼女、それが藤丸の見た最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

【そうなる筈だった】

 

 

 

 

 

 

 

 これは藤丸立香が歩んだ物語。

 彼女を失い、失意に沈み、最後に見た微笑みを忘れられずに繰り返した物語。

 そしてその果てに、願いを忘却し、得られず、失い――それでも救いを得た男の物語。

 

 手を伸ばした藤丸の肩に、誰かの手が掛った。

 その手は力強く、藤丸の体を後ろに引き戻した。

 

「彼女を救いたい――僕はただ、そう願ったんだ」

 

 声は直ぐ脇から、確りと聞こえた。

 自分と入れ違う形で飛び出した影。それは少しだけ成長した自分の様に見えて――藤丸は瞠目した。

 過去の自分を見た男――藤丸立香は笑う。

 未だ極光を支えるマシュの脇を潜り抜け、光の前に飛び出す。マシュは突然の乱入者に驚き、為す術もなく男の横やりを許した。

 男は片手に小さな盾を構えていた。

 

 ――何年も、何年も、何年も、何度も何度も何度もやり直した。

 

 その小さな盾は男の――藤丸立香の宝具だった。

 

 彼の宝具は欠陥品。

 ただ一つの死を避ける為に、ただ一人を救うために。

 気の遠くなるような旅路を経て、尚も至る事の出来なかった高み。数多の英雄に背を向けられ、独力で至る限界に達し、それでも尚成し遂げられなかった『夢の城』――嘗て世界すらも呑み込み、無限の回廊を生きた少年の人生(悲嘆)

 それを織り交ぜ、一人を救うためだけに作り出した薄く、冷たい、小さな盾。

 とても大勢を救える盾じゃない、己が身すら守れるか怪しい。けれどそれで良い、この小さな盾は少年の魂――ただ一人を救うために存在する、その一人には自分は入っていない。

 

 彼の宝具はマシュと同じく、『精神』と『肉体』に作用する。

 

 精神が屈しなければ決して貫通しない、けれど見てくれは彼女の盾と比較しては余りに貧弱。薄く、小さく、頼りないそれは憧れた彼女の様に美しくも無ければ高潔でもない。白亜と呼ばれた純白の精神には及ばず、己の心は俗と欲に満ちている。故にその守りは鉄壁でなく、聳え立つ壁は脆く柔い。

 

 けれど、それでも。

 

 確信がある。

 自負がある。

 己が彼女を求めた永劫に近しい時間は決して嘘じゃなかった。彼女を思う僕の心は誰にも負けない、たとえ神であろうとその精神は曲げられない。

 心は鋼だ、必要だから造られた、急造品の鋼。

 けれど彼女を求める心は決して折れない、曲がらない。

 何故ならそれが彼の生きる理由であり、足掻き続ける理由であり、死して尚果たせなければならない『願い』だからだ。

 

【救えなかった数多の僕が願った】――『その果てに救いを果たした、一人の少年』

 

 全てはこの時、この瞬間の為に。

 彼女を想う心だけは『白亜』(穢れ無き願望)であると、僕はそれを此処に証明する。

 

 掲げるは盾、白亜の証明。

 未だ迫る極光、背後には守るべき君と僕(いまは遥か理想)

 それが在れば――十分だ。

 

 両足を踏み締め、盾を構え、突貫する。

 この盾と心――そして繰り返した歴史を捧ぐ。

 

 

 

【いまは遥か白亜の君へ】(Lord kyrielight)

 

 

 

 極光と、飛び出した鈍色が衝突した。

 それは太陽と地表が炸裂したような光と轟音だった。衝撃でマシュが盾を残して後ろに弾き飛ばされ、藤丸が辛うじて抱き留めた。所々に見える火傷痕、剥がれ落ちた皮膚、あと数秒遅ければ彼女の傷は致命的になっていただろう。

 真っ白な世界の中で二人は見つめる。

 浅黒く変色し、分厚くなった少年――青年の背中を。

 

「君、は、っ……!」

「―――」

 

 藤丸立香が辛うじて口を開く。けれど青年は答えない、答える余裕すらない。ただ一ミリたりとも退きなどしないと決め、歯を食いしばり、爛れいく指先を眺める。

 この宝具は開帳すれば最後、止める事は出来ない。否、正しく言うのならばこの宝具は常に展開されている。自身が【守る】と決めた瞬間から。

 己が霊基を崩し、消費し、この場にある己が存在全てを懸けて守り通す。魔力の消費なんてものではない、文字通り己の人生を消費し、防ぐのだ。彼女を探し求め繰り返した日々――世界、時間、それらを一秒ごとに食いつぶし、生き永らえる。

 その為だけに生きて来た、この時の為だけに力を求めた。

 全ては、そう。

 

 ――君に笑顔を、君にカルデア(故郷)の空を――君を救う為に。

 

 構えた盾が徐々に焼き切れ、表面が溶け落ちる。頭が割れる様に痛い、指先から体か溶け落ち皮膚が捲れあがって赤熱する。けれど手が無くなれば肘で、肘が無くなれば肩で、肩が無くなれば顔面で盾を支えよう。たとえ記憶を失おうとも、存在を失おうとも、この心だけは失わない。

 

『先輩』

 

 背後を見た、自分を見上げ、驚愕の表情を張り付ける彼女。

 その姿を見た瞬間、思わず笑みが零れた。

 誓ったのだ、二度と忘れないと。そのための復讐者(アヴェンジャー)、その為の忘却補正。自身の根底には常に彼女の笑顔があった。それだけを追い求め世界を繰り返した。何度も何度も、気が遠くなり、精神が擦り切れる程の旅路を!

 彼等に自身の触媒はなく、召喚もされていない。けれど(えにし)ならばある、何せ自分と同じ存在、【救えなかった筈の自分】だ。過去を変える事は禁忌か? だとしたら何だ。

 

 一歩、押し込まれ気味だった足が進む。

 

 食いしばり過ぎた奥歯が砕け、指先が第二関節まで溶け落ちた。内臓が震え破裂寸前、眼球は今にも潰れそうだ。肩ごと盾に叩きつけ、肉の焼ける匂いを嗅ぎながら笑う。血を吐きながら笑う。存在と記憶を失いながら笑う。

 嘗て共に歩んだ錬鉄の英雄の言葉を思い出して。

 

 ――けれど決して、間違いなんかじゃない。

 

 押し込んだ盾が極光を割った。

 光は左右に裂け、周囲に凄まじい蒸気が吹き上げる。

 そしてカラン、と硬質的な音。彼の盾が溶け落ち、地面を叩いた音。

 

「――馬鹿な」

 

 ゲーティアの声が響いた。

 吹き上げる蒸気、そしてそれが晴れた頃に見えるのは聳え立つ円卓の盾、そして蒸発したマシュ・キリエライトの肉体――ではない。

 全身を赤熱させ、血を撒き散らしながら【人類焼却の極光】を凌いだ、たったひとりの青年の姿。溶け落ちた右腕、そこから赤い血と粒子を撒き散らしながら笑う。その瞳は鋭く、深く、ゲーティアを射抜き告げた。

 

「――戻って来たよ、ゲーティア、お前を打ち倒す為に」

 

 浅黒く焼けた肌、鍛えられた肉体、過去の名残、礼装の黒いズボン。そして真っ白に色の落ちた髪。けれど顔立ちだけは変わらない、人理を守る為に戦い、旅をした人類最後のマスター。目の前の怨敵が、見間違う筈がない。ゲーティアは立ち塞がる青年を指差し絶叫した。

 

「貴様はッ……藤丸、立香かッ!?」

「そうとも、僕は【藤丸立香】だ――目の前で最も大切な人を殺され、愚かにも聖杯に願い、何度も何度も何度も世界をやり直した、【世界を救えなかった藤丸立香】だ」

「なんだと……」

 

 こんな事は予測していない、そう言わんばかりに片手で顔を覆い叫ぶ。その間、背後に庇われたマシュとこの世界の藤丸は言葉を失っていた。ボタボタと失った右腕から赤色が垂れる。マシュの目にそれが映り、思わず唇が震えた。

 背丈が違う、体格が違う、声が違う――けれど確信出来た。

 この安心できる背中、放つ雰囲気、どんな困難でも折れず、諦めず、立ち向かう気性。

 この人は自分のマスター――藤丸立香だと。

 

 藤丸は目の前に立つ青年の背中から目を離せなかった。分厚い筋肉、放たれる歴戦の猛者、その雰囲気。そして何より、あの人理を焼却する筈だった光帯、その宝具の一撃を防いで見せた。恐らく彼が来なければ――藤丸の背中に最悪の光景が過り、思わずマシュを抱き締める腕に力が籠った。

 ゲーティアは指先越しに青年を睨めつけ、腕を振るい、叫んだ。

 

「ッ……いや、だとしても、貴様がたとえ時を遡り我々の前に立ったとて、【だからどうした】、一人で何が出来る、所詮、僅かに生き永らえたに過ぎん、結末は変わらん……!」

「ひとり? それは勘違いだよ、僕はひとりでこの場に立っているんじゃない」

 

 青年はそう告げ、無事な左腕で盾を拾う。赤く発熱したそれを欠けた指先で確りと握り締め、血塗れの顔で不敵に笑った。その表情にゲーティアは思わず顔を顰める。

 

 そして立ち昇る蒸気を裂き、座り込んだ藤丸とマシュを庇う様にして現れる影が、三つ。青年は振り返らなかった、座り込んだ二人の脇を通り抜け、自身の背後に立った三人が誰かを瞬時に理解した。そうだ、彼等しかない、永遠に等しい時を共に過ごした仲間は。

 

「――よぉーマスタぁ、久しぶりじゃん? 随分ヤバイ恰好してるねぇ、血化粧?」

「あー、もう、最悪、これ絶対疲れる展開じゃない、ちょっとアンタ、勝てる見込みあるのよね?」

「お前はつくづく……苦難と絶望に愛されていると見える」

 

 アンリマユは嗤った。

 ジャンヌダルク・オルタは小突いた。

 巌窟王は覚悟した。

 

 蒸気を切り裂き現れた三人は、ごく自然な形で青年の隣に立った。まるで長年連れ添った親友の様に、何の気負いもなく、それが当然の事の様に。

 アンリマユは青年の血塗れの恰好を嗤い、オルタは目の前の強敵を見据え面倒そうに顔を顰め、巌窟王は少年の因果を垣間見て口元を歪める。

 彼等に互いの記憶は存在しない。それはこの世界とは別の、全く異なる世界の縁故に。けれど彼等の霊基、その奥底に眠る【ナニカ】がそうさせた。三人は魔人柱との戦闘でボロボロで、とても万全の状態ではない。けれどこの青年の隣に立つだけで何か、言い表す事の出来ない力が湧き上がった。『やらねばならない』と思った。三人の脳裏に、見覚えのない光景と『此処ではないカルデア』の映像が過る。

 廃れ、汚れ、見捨てられ、世界の片隅を漂った故郷。皆が見限り、捨てて行った未来。そんな世界で足掻き続け、己自身によって救われた少年の物語。

 世界を救った『藤丸立香』――その下に積み重なる、【世界を救えなかった藤丸立香】(異なる・世界の別の側面)

 今度は自分が救う番だ。全員がその意志を汲み不敵な笑みを浮かべ、ゲーティアと対峙した。それを苛立たし気に見下ろし、吐き捨てる。

 

「――たったそれだけの力で何を為せる?」

「確かに、僕に残った(英雄達)はこれだけだ、あれだけ結んだ縁はこれしか残っていない――けれど此処には(藤丸立香)が居る、【僕に世界は救えない】、だから僕達がやるのは時間稼ぎで良い、分裂し、思考し、自己を確立した【お前】が仲違いをするまで……或は星の数ほど存在する、数多の英雄の縁が結ばれるまで、『僕』には無理でも【彼】なら出来る」

「世迷言を……ならばそのちっぽけな英雄と共に我が第三宝具の劫火に焼かれるが良い!」

「何度でも防ぐさ、防いでみせる――その為に僕は此処に居る」

 

 青年は告げ、片腕で盾を掲げる。

 この脆く薄く小さな盾は自身の歴史の証明。藤丸立香という世界を救えなかった少年が、たった一人の少女を守る為に生み出した、苦難と困難と後悔と悲嘆の結晶。藤丸立香はひとりの少女を想い続ける。

 それ故に盾は壊れる事無く、この身消え去るその一瞬まで人理焼却の光を防いでみせよう。

 左右に並んでいた三人が身構え、地面を踏み砕きゲーティア目掛けて飛び出す。青年もまた、盾を構えたまま突貫する。最後に一瞬、肩越しに二人を見る。

 そして自身に手を伸ばし、何かを叫ぼうとしているマシュを見つけた。

 その表情に思わず顔を崩す。最後の瞬間、自分はあんな顔で手を伸ばしていたのかもしれないと。

 

 ――だから今度は僕の番だ、絶対に救ってみせる、誰の手でもない、『僕自身』の手で。

 

 迫るゲーティア、振り上げた拳が突き出した盾と激突する。この世のモノとは思えない衝撃と、爆音。それらをものともせず、青年は嘗てのサーヴァントと共に挑んだ。

 己の越えられなかった存在に。

 そして今、己の超えるべき存在に。

 

「覚悟しろゲーティア、今度こそ僕が、僕自身が彼女を救ってみせる――これが僕にとって最後の復讐(アベンジ)だッ……!」

「否、完遂はあり得ない、お前達の探索は今、ここで、終焉を迎える!」

 

 

 

 






 救いを得た者、救いを得られなかった者。
 この世に存在する数多の【世界を救えなかった藤丸立香】、その後悔と悲壮の感情、願いによって生まれた存在。彼はひとりであって一人に非ず。ただ異なる世界に於いて全ての藤丸が絶望した事柄、『マシュ・キリエライトの消滅』を阻止する為だけに存在する。
 ただ主格となる人格は存在しており、その核は聖杯を使い何度も世界を繰り返し彼女を救おうとした、既に消えてしまった遠い世界の【藤丸立香】。救えなかった数多の彼が悲壮と後悔を押し付け、その執念と想念が彼を英霊モドキとして押し上げた。
 他ならぬ数多の世界の自分自身が自身を英霊たらしめる信仰者である特異な存在。ある意味、マシュの消滅という藤丸立香にとって到底耐えられない結末があらゆる世界に存在するからこそ生まれた。

 彼はあらゆる世界の『マシュ・キリエライト』を救うだろう。
 そして星の数に勝る世界の彼女を救い続け、その願望が成った時、彼は『正規の手順で英霊となるであろう藤丸立香』にその席を譲る形で消滅するのだ。

 けれどそこに、悲壮や後悔はない。
 ただ彼女が笑う世界があるのならば、それで良い。




「……サーヴァント、復讐者(アヴェンジャー)、召喚に応じ参上したよ」
「!―――君は……そうか、此処は『あの』カルデアか」
「生前は世話をかけたね、お蔭でこうして――英霊モドキだけど、夢を叶える事が出来た、ありがとう」
「…………」
「えっと、僕としてはもう果たすべき願いを成就したから、もうやる事なんてないのだけれど……もう信仰者(マシュを失った世界)はないし、僕、必要かい?」
「………まぁ、君がそう言うなら」
「あぁ、それじゃあ一つ大事な事を聞きたいんだ……『マシュ・キリエライト』、此処にはいるかい?」
「! そっか、良かった」
「いや、自分で言うのも何だけれど、ちょっと色々頑張ったからさ――」

「今少しだけ、声が聞きたいんだ」

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