カントー地方、トキワシティ。
普段は静かなこの街の小さなポケモンセンターだが、毎年この時期になると、開催間近のポケモンリーグに向けて、8つのジムバッジを集めた強者達で賑わい、大変な混雑を見せる。
この日も、一人の少年が回復の順番を待つ番号札を持って、待ち合い席のソファーに座ろうとしていた。
「あ、こら!ダメだよピカチュウ!ごめんなさい。」
少年は慌てて謝った。
彼のピカチュウが隣の少女の膝に飛び乗ったからだ。
「ううん。ふふ、かわいいピカチュウね。」
少女は白い帽子に空色のタンクトップ、それに赤いスカートという身なりで、自分と同じくらいの年頃のようだ。
足元には、相棒らしいシャワーズが身を横たえて眠っている。
そして膝の上の少年のピカチュウもまた、彼女に優しく撫でられ、気持ち良さそうに目を閉じて耳を寝かせていた。
「シャワーズかあ、珍しいポケモンだね!きみもポケモンリーグに挑戦するの?」
「ええ。大変だったけど、この子達が一緒に頑張ってくれたから。なんとか全部のバッジを集められたの。」
「ぼくもそうだよ。旅の間、本当にいろんな事があって、くじけそうになったこともあったけど。でも、このピカチュウ達がずっとそばに居てくれて、いつでも一人じゃなかったから。ここまで来られたんだ。」
少年の言葉に、彼女は微笑みつつ膝の上のピカチュウを撫でていた。が、不意にぽつりと呟いた。
「ポケモンが本当にいたらいいのにな。」
「え?」
少年は驚いた。
ポケモンなら、今現在、彼女の足元にも膝の上にもいる。
この少女は一体何を言っているのだろう。
「ポケモンなら、今ここに本当にいるじゃない。」
しかし、彼女は寂しそうに苦笑するばかりだった。
「そりゃあ、この世界にはね。」
この世界?
少年はますます混乱した。
この世界の他に、どの世界があるというのだろう。
「でも、私の本当の世界にはいないの。」
「そう、なんだ・・・?」
どう答えて良いのか分からない少年には、そう言うしかなかった。
しかし、彼女が嘘や作り話をしているとも思えなかった。
「私ね」
彼の戸惑いに構わず、少女は続けた。
「自分が本当に今のこの姿くらいだった頃に、自分の本当の世界、つまりポケモンのいない世界でポケモンを探しに行ったことがあるの。おかしいでしょう?でも、その時は本気だったの。ピカチュウは難しくても、キャタピーやコラッタやトサキントなら見つかるんじゃないかって。一日中、川や林や草むらを探し回ったわ。でも、見つからなかった。当たり前なんだけどね。」
そこまで話すと、また寂しそうに笑った。
「キャタピーやコラッタが一日中探しても見つからない世界かぁ・・・。」
少年は想像もつかないという風に、白い天井を仰ぎながら呟いた。
「あなたにはきっと分からないし、分からなくていいのよ。それからこれは、きっともっと分からないでしょうけど」
少女はそう言って、なおも続けた。
「私はね、本当の世界ではもう大人で、もうすぐ結婚するの。結婚して、家庭をもって、子どもが産まれて・・・そしたら、きっともうポケモン達と冒険する時間なんてなくなっちゃう。だから、これが最後の冒険なの。ポケモン達と一緒にいられるのも、このポケモンリーグが──」
そこで少女の言葉は途切れた。
代わりにぽたりと滴が膝に落ち、ピカチュウが目を覚ましてその膝から降りた。
入れ替わるように、彼女のシャワーズが身体を起こしてソファーに上がった。
「ごめんなさい」
うつ向いてぽろぽろと涙をこぼす少女の頭に、ぽん、と掌の感触が帽子越しに伝わった。
(・・・?)
彼女が顔を上げると、そこには子供の頃からずっと憧れ続けてきた、赤い帽子の少年の顔があった。
肩にはピカチュウが乗っている。
「ポケモンは本当にいるよ。」
優しい声だった。
「君が大人になっても、ママになっても、僕らはいつだって君のポケットの中にいる。だから、いつでも会える。そしてこのトキワの緑みたいに、ずっと変わらず君を待ってるよ。」
そう言って少年は腰のモンスターボールをひとつ取って見せて、明るく笑った。
「だって、ポケットモンスターだもの。」
その時、彼の番号のアナウンスが流れた。
「おっと、ぼくももう行かなきゃ。」
少年は帽子のつばを上げた。
そしてくるりと少女の方を振り返って言った。
「きみもポケモンリーグに挑戦するんだよね!じゃあ、きっとまた会えるね!ぼく、絶対負けないから!」
そして、ピカチュウとともに人混みの中へと消えていった。
残された少女は、右手で傍らのシャワーズを撫で、左手で涙を拭った。
それから、負ける訳ないよ、と胸の中で呟いた。
もう20年も、数えきれないほどのポケモン達と、いろんな世界を冒険してきたんだもの。
ずっと、あなたの背中を追い続けてきたんだもの。
私は、あなただったんだもの。
アニメ無印3代目ED『ポケットにファンタジー』を約20年ぶりに聴いた時の咽び泣きそうになった衝動から着想を得た話です。
ここは トキワシティ トキワはみどり えいえんのいろ