あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします・・・という訳で、書き初めの一話を。
思いつきをそれっぽい感じで包み込んだだけの完全雰囲気ストーリーですが、お餅が焼けるのを待つ間の時間潰しくらいにはなるかもしれません。
カントー地方、タマムシシティ。
「来るぞ!スターミー、『かげぶんしん』でかわすんだ!」
残されたわずかな可能性を守るべく、青年は既に深手を負っている相棒に、しのぎの一手を命じた。
「させませんわ。ラフレシア、『あまいかおり』!」
そんな彼らの望みを断ち切るかのように、彼女のラフレシアが放った技はスターミーを恍惚に陥れ、容赦なくその機動力と回避能力を奪った。
「そして、『はなふぶき』!!」
実体のない甘い罠に捕われたスターミーを、桜花の渦がフィールドごと飲み込んだ。それが、そのまま勝負を決する一撃となった。
「ふぅ。」
勝者となった若きジムリーダーは、そう小さく高く息をつくと、白い手の甲で額にうっすらと滲んだ汗を拭った。
「確かこの子が、最後の一体でしたね?」
彼女のその問いに答える代わりに、挑戦者のエリートトレーナーの青年は頭を下げて、絞り出すように言った。
「・・・ありがとう、ございました。」
「いえ。あまり気落ちせず、是非また挑戦しに来てくださいね。ああ、もし良ければ、お帰りの前にそこの
しかし、彼はよほど悔しかったのだろう。彼女の言葉を最後まで待つことなく、そして下げた頭を上げることもなく、何かを振り切るように一直線にジムの入り口へと走り去ってしまった。
ー慰めなど、野暮だったかしら。
彼女は青年が使わなかった回復装置に自分のポケモン達をセットすると、闘技場に降り積もった花屑をせっせと掃除するバタフリー達を眺めながら、傍らの木の下に腰を下ろした。
今日、ジムの精鋭達による予選を突破した挑戦者はあと一人。しかしその前に、30分間の休憩が入る。
(それにしても)
今日は本当に好い日だ。
開け放たれた窓から差す柔らかな陽は彼女の座る芝を光と温もりで満たし、時おり舞い込む薄紅色の風はほのかに甘い香りを帯びている。そしてその奥ゆかしさは、かえって春が爛漫の只中にあることを彼女に告げていた。
ー次の試合が終わったら、皆さんを誘ってお花見にでも行こうかしら。
今、まさにカントーを席巻している満開の桜。しかし、その花盛りは明日からの雨によって呆気なく浚われてしまうだろう。彼らが一年をかけて実らせたその栄華を儚む為に残された時間は、決して多くない。
遠くで筝の音が聞こえる。別館でやっている箏曲教室のものだろうか。
ーいいきもち。
そして間もなく、彼女は柔らかなまどろみの中へと沈み込んでいった。
・・・・
それから、どれくらい経ったか。
「あのー。」
「はい?・・・あら。」
とんとんと、指で軽く肩をつつかれる感触で彼女は目を覚ました。いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。
「ごめんなさい。あまりにも気持ちが良くて、ついうとうとと・・・ようこそ、タマムシシティジムへ。」
そう言うと彼女は特に悪びれた様子もなく、目の端をこすりつつ、唇を結んであくびを噛み殺した。
「ずいぶん悠長なジムリーダーだなあ。それとも、居眠るくらいお疲れっていうんなら、日を改めてもいいけど?」
今なお夢うつつといった彼女を見て、この日最後の挑戦者は呆れたように言った。少年である。年は彼女より少し下という感じがするが、さほどは変わらないように見える。
「いえー」
そういう訳では。
彼女はそう続けようとした。しかし、まるで池に投げ込まれた石が水底の泥を舞い上げるように少年の言葉は彼女の胸の底を波立たせ、言葉の代わりに一編の歌を浮かび上がらせた。
ー久方の。
「ん?」
『光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらん。』
「・・・?」
突然の詠歌に、少年は眉をひそめて目の前の美しいジムリーダーを見た。
「
そこで彼女は言葉を切り、
「今日の挑戦者の方々は、残念ながらここまで一人もバッジをお渡しすることができなくて。試合前は、皆一様に気概に満ちた、大変良いお顔と心持ちをしていらっしゃったのですけれど。いざ、試合となるとー」
ボールを手元に収めた彼女が、くるりと振り返った。小首を傾げた拍子に、その艶やかな黒髪がさらりと揺れた。
「まるで、桜が散りゆくのを見ているようでしたの。」
花のような微笑みに、あくまでも穏やかな口調。しかしそれらは彼女の品格をというよりはむしろ、先の挑戦者達との力量の対比を際立たせる修辞であった。そして目の前の少年は、彼女のそんな言葉や仕草に潜む何かの存在を、確かに嗅ぎ取っていた。
「・・・なるほど?要するに居眠りは疲れのせいじゃなくて、むしろその逆、って訳か。」
「まあ、そんな・・・」
そう言って、彼女がにこやかに、やんわりと言葉尻を濁そうとした時だった。
ー世の中に
「え?」
『絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし。』
「・・・!」
挑戦者の少年の口から聞かされたのは、思いもよらぬ返歌であった。
「もしもその桜がなければ、春はもっとのんびりした気持ちで過ごせただろうに・・・ってまあ、あんたならそんなの知ってるか。」
そして、少年はなおも続けた。
「あっけなく散る
そう言うと腰のモンスターボールを手に取り、すっかりきれいに掃除された闘技場へと遠投した。
「来いよ。今からあそこで、嵐でも散らない桜が見られるからさ。」
フィールドに現れた、燃えるような赤毛の六尾の小狐。身体こそ小さいが、その出で立ちや面構えから見て、決して誇張やはったりでなさそうだ。
彼女はそのロコンから再び少年へと目を向けた。
そして、その清楚な大和撫子をこの日最も美しく咲かせてみせた。
「ーわたくし、負けませんわよ?」
まるで夜桜のように、妖艷に。