串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
――オレたちがSAOに閉じ込められて、ざっと一年経った。
黒猫団から抜けたオレは、遅れた分を取り返すために、
……ケイタたちに拒絶された過去から逃げるように戦い続けて、もう数ヶ月が経とうとしていた。
ほぼ一日中ぶっ通しで迷宮区に潜り、倒れる寸前で帰る。 そんな生活の繰り返し。
……これじゃあ、他人の事言えないな。
一層のボス戦でコンビを組んでいた少女と初めて会った時を思い出して、何とも言えない自嘲染みた笑いが溢れる。
――そんな生活を続けていた、ある日。
ポーション類の補給をする為にも町に戻ると、何故かそこかしこにモールが取り付けられて、SAOには無い筈の電燈で飾られていた。
理由が分からず、まあどうでもいいやと何時ものNPCショップに向かうと、その前に見覚えのある姿が見えた。
「――よっ! 久しぶりだな、キー坊」
「……アルゴか。 何の用だ」
「冷たいなーキー坊は。 オネーサン拗ねちゃうゾ?」
「………」
「分かった。 オレっちが悪かった。 だから無視しないで!?」
にゃハハとか笑ってたから嫌な予感を感じてスルーしようとしたら引き止められた。
こっちは疲れ切ってるってのに……
「……で、結局何だよ」
「コレを届けに来たんだヨ。 随分探したんだゾ」
そう言って手渡されたのは、丸まった黒竜のスタンプで封をされた一通の手紙。 表には『招待状』とあった。
……なんだコレ?
アルゴに聞いてみると、特にコルを請求される事なく答えが返って来た。
――十二月二十四日、二十四時。
第二十五層『迷いの森』の最深部にクリスマスイベント限定ボスが出現する。 その攻略への招待状。
「……そのイベントの噂なら聞いた事あるぞ。 確かまだ、出現位置は特定出来てない筈じゃないのか?」
「正式には出来ていなかった、だヨ。 元々沢山ある候補地のうち三箇所を血盟騎士団、聖竜連合、ドラクル騎士団でそれぞれカバーする予定で場所決めしてナ。 その時に即決したヤツがいたから、後でコッソリ訊いたんだヨ」
「……そしたら何て?」
何となく誰が言ったのか想像しながら相槌をうったら、なんのつもりか眦を両手で引っ張って目を細くした。
「『この中でモミの木が植わっているのは、迷いの森だけである』だってサ」
「……まぁ、行けたら行くよ。 招待主にはそう伝えておいてくれ」
何となく誰が言ったのか察し、適当に返す。 限定ボスなんて旨味の大きいイベントなら、もっと参加すべき奴がいるだろうに。
話は終わったと判断して、ショップに入…………
……入ろうとしたら、アルゴに袖を掴まれた。まだ何かあるのかよ?
そう思いを込めてジト目で睨む。
「……行けたら行く、じゃなくて、絶対行くって言うまで離さない」
普段のアルゴじゃ考えられないほど真剣な目で睨み返された。
「……何でそこまでやるんだよ。 お前は情報屋じゃなかったのか?」
「だからこそ、だナ。 今のキー坊は危なっかしくて目も離せないからナ」
「……………ハァ。 分かったよ。 行けばいいんだろ」
了承しなければとても離してくれそうに無く、仕方無く頷く。
「よし、約束だからナー!」 とAGI極の敏さで去って行くアルゴを見送って、改めて店に入る。
………イベント限定ボス、か。
◇◆◇◆◇◆◇
――数日後、クリスマスイブ当日。
指定されたイベント開始十分前丁度に、最深部の一つ前のエリアに到着する。
エリア移動時のエフェクトが晴れると、雪が降り積もって白くなった世界にポツンと黒い線が浮かんでいるのが見えた。
「ふむ、時間丁度だな。 よく来たな、キリトよ」
「……やっぱりお前だったか、ヴラド」
腕組みを解きこちらに向き直る、アインクラッド最強の男。
――オレが、手も足も出なかった男。
「……なんでオレなんかを呼んだんだ。 お前のギルドならイベントボスくらい、簡単に斃せるだろ」
「うむ、認めよう。 確かにイベントボス如きであれば、ただ叩き潰せばよい」
「……じゃあ尚更、なんでだよ」
「それは余の話す事では無い」
「………は?」
オレに背を向け、奥のエリアに進むヴラド。 もうすぐボス戦のはずなのに肩の金具に槍を固定したままで、武器を手に取る様子はない。
……そういえば、何でここにはヴラド以外誰もいないんだ? 十分前集合だって、DKが集めたボス情報から作戦でも立てるのかと思ってたのに。
内心首を傾げながらも、本人に訊けばいいと結論付けて、後を追う。
「おいヴラド。 何でお前以外いないんだよ?」
「ふむ、何処まで話すべきか……
……時にキリトよ、『吟唱』と呼ばれるスキルは知っているか?」
「? ……いや、知らないな。 エクストラスキルか」
そこそこの距離があるマップを、積もった雪を踏みながら歩く。
「簡単に言ってしまえば、歌によるバフである。 効果は非常に高いのだが、歌っている本人はその場から動けぬ上、モンスターのターゲットを集めてしまうというデメリットが存在する」
……つまりボス戦が始まるまでの時間にそのバフ掛けを済ませるのに、早めに集まったのか。 そういえば、ピトが迷宮区のど真ん中で歌ってるのを遠目に見たことがあったな。 あれにはそんな理由があったのか。
微妙に気になっていた謎が解けた事で少し頭がスッキリした所で、遂にエリアの境界線を越える。
迷いの森特有の転移エフェクトに包まれ、景色が変わると―――
「――あ、キリト。 久しぶり……だね」
「………え?」
――クリスタルをイメージしたのか、透明感のある衣装を纏ったサチが、そこにいた。
「……サチ……? どうして、此処に――ッ!?」
いや、ここは二十五層のダンジョン。 ここ限定のMobから入手出来る素材もあるから誰が居てもおかしくない。
けど、今日に限っては、事情が違う。
「ッヴラド! 何でサチが居るんだよ!?」
――気が付けば、隣に立っていた大男の襟を掴んで怒鳴っていた。
今日、此処には、イベントボスモンスターが出現する。 調べていないからどの程度強い相手なのかは分からないけど、少なくともこの階層に見合ったレベルではないハズだ。 最悪、最前線のフロアボスクラスの可能性すらある。
そんな危険な場に、戦いの苦手なプレイヤーを呼ぶだなんて、どうかしている!
「答えろッ!?」
「まずは落ち着けキリト。 確かに
「何だって……?」
信じられない気持ちでサチの方に向き直れば、そこには他の黒猫団のメンバーが。
「テツオ、ササマル、ダッカー……」
そして、当然、
「………ケイタ」
「……」
押し黙ったままでいる『月夜の黒猫団』のギルドマスター。
――『――『ビーター』のお前がオレたちに関わる資格なんてないんだ!』
ケイタに言われた言葉が意識に浮かび上がり、目を逸らす。
……オレは、ここに居ちゃいけない。
そう思って、元来た道を戻る為に振り返――
「………キリト」
ずっと無言でいたケイタが、口を開く。
「……」
「……オレは、未だに何でお前が嘘のレベルをオレたちに伝えたのか分からない。 何でお前がオレたちの誘いを蹴らなかったのかも分からない」
ザク、ザクと雪を踏む音が、静かな空間に響く。
俯いた視界に爪先が入るほど近付いたケイタが、オレの肩を揺する。
跳ね上げられた視界に映ったケイタの顔は――
―――泣いていた。
「――知った時は裏切り者だと思った。 人が必死に戦ってる横で余裕で嗤ってる最低な奴だと思ってた。
……でも、それは違った。 もしそうなら、初めてオレたちが会ったあのダンジョンで、お前はオレたちを見捨てていただろうから。 なのにオレは、勝手にキリトをアテにして、いつの間にかキリトがいる状態での戦闘に慣れて、勝手にそれを当たり前だと思ってた! オレたちが強くなった訳じゃないのに、オレは、このパーティーなら最前線でも戦えるって思ってた! 足を引っ張ってたのは寧ろ、オレたちなのに……」
ポロポロと涙が溢れ、段々と話がゴチャゴチャになる。
一度大きく鼻をすすると、何時かと同じ様にワグ、ワグ、と真っ赤な顔で言葉を探すように口を開閉して、最後に息を大きく吸い込むと、
「―――あの時はすまなかったっ!!」
そう叫び、頭を下げた。
「……オレも、ごめん。 オレが最初から、素直に言っていれば………いや、」
――オレ自身が、彼らにとっての英雄なのだと、
そう言いかけたタイミングで、テツオたちが割り込んでくる。
「おいケイタ! なに一人だけで終わらせようとしてるんだよ!」
「そうだぞ! オレたちにも言いたい事はあるんだから!」
「ちょ、押すな! 倒れる倒れる――ぐぁ!?」
そのまま男四人がべちゃっと団子状に絡まったまま、まるで組体操に失敗した後の様に潰れる。
その光景を見てクスクス微笑を浮かべたサチが、言葉を続ける。
「―――キリトがどう思ってるかは、私にも分からない。 でもね、キリトは私たちにとって、間違いなく、
――カッコいい、『英雄』だったよ」
「………ぁ」
その言葉を聞いて、急に視界が歪む。 目元が不自然に冷たくなって、しゃっくりが止まらなくなる。
「……違う。 オレは、オレは、――」
そんな大層な奴じゃない。 そう返そうとして、―――
――鈴の音が、森の中に木霊する。
「……あちゃー。 十分じゃ足りなかったねー」
「言ってくれるな。 今余は己の読みの甘さを呪っている所だ」
「「「「「!?!?!?」」」」」
ついでにピトフーイとヴラドの気の抜けるやり取りも聞こえ、慌てて周りを見れば、DKのメンバーが全員揃っている事に気が付き、一気に恥ずかしくなる。
ちょ、お前ら、まさか――
「全部見てましたが何か?」
「ウワァァァァァァァア!??!」
イイ笑顔でピトが親指を立てる。 よりにもよって、一番最悪の奴に見られた。
「「忘れ、ろぉぉぉぉおお!!」」
片手剣と両手棍がマジキチスマイル鬼畜悪魔に殺到するが、「だが断るっ!」と両手剣で弾かれる。
「……お前ら、そろそろ気を引き締めよ」
溜息交じりに槍を手に取ったヴラドが、段々と大きくなる鈴の音に掻き消されない様に大声で指示を出す。
「吟唱持ちはエリアの端で待機! ザザ、エム、ノーチラス、ササマル、ダッカーはその護衛をせよ!
余とテツオ、キリトとケイタでスイッチを切り替えて征く!」
とりあえず、その指示に従う。 フロアボスをヴラドが仕切った事はあったし、それに改めて見れば、黒猫団の装備があの時より格段に良くなってる。 メンバーの振り分けも早かった。
………なんか少し、悔しいな。
でも、
「――ありがとな」
「はて、何の事やら。
……本来であれば、あの娘がお前の為に練習した歌を聴かせてから戦闘に移る筈だったのだがな」
「なんだそりゃ。 なおさらボス戦以外でいいじゃんか」
「まあ良いではないか。 それより、来るぞ。 先鋒はお前に譲ろう」
言われて、前に向き直る。 剣を何時ものように右下に構える。
遂にモミの木の上をソリが通った跡が走り、黒い何かが落ちてきて、ポスッと、
姿は見えないけれど、三本のHPバーと冠詞付きの名前が表示され――
「―――貴様らがプレゼントを狙う悪い子たちか。 いいだろう、踏み潰してやる。 祈りは済ませたか?」
「………女の子??」
……煙が収まった所にいたのは、足元に大きな袋を置いた、黒いサンタ帽を被った色白女の子。
思わず名前の所を見て――驚愕した。
「カーソルが、黒い――ッ!?」
――この世界では、全てのプレイヤー、NPC、モンスターにはカーソルが存在し、大まかに色によってそれがどんな存在か判別出来る。 大体は
そして、問題の黒いカーソル。 これが意味するのは、レッド同様アクティブモンスター、つまり敵で、尚且つ――
――プレイヤーよりレベルが一定以上
オレの今のレベルを考えると、それはつまり、
「――引くぞ! コイツ、最低でも七十層クラスの敵だ!」
「はぁ!?」
「なんでさ……なんでさ……
―――む、よ、よかろう!」
レベルの低い黒猫団を下がらせ、彼らがエリア外に出るまでの時間を稼ぐべく前に出る。
「ふん、順に潰すまで!」
赤い紋様の走った黒い剣が地を滑る起動で振り上げられるのを打ち下ろし弾くが、すぐさま切り返される。 がむしゃらに防ぎ、弾く。 けど、
「ぐ――」
やっぱりレベルの関係で、ガードの上からガリガリ削られる。
「この程度か。 ならば立ち塞がるな!」
「くっ、まだまだ―――ッ?!」
再度剣が振られ――剣先から黒い光が伸びる。 ギリギリで鍔迫り合いには持ち込めてるけど、まるで一方的に斬られているようにHPが減っていく。
まず、これ、
――死――
「―――――」
「………む?」
――急に重圧が薄れ、HPの減少が止まる。
聞こえてくるのは、優しい唄。
声の聴こえる方に目を向ければ、サチが歌っていた。
「チッ、煩わしい!」
「! させるかっ!!」
ボスのタゲがサチに移った瞬間、力任せに剣を振り回す。 黒剣から光が消え、大きく後ろに弾かれるのを見て、
「――スイッチ!」
「任せよ!」
力一杯叫び、真横から振り下ろされた矛先が直撃してボスを大きく吹き飛ばす。
「――キリト、お前もサチを連れ退がれ」
「……あれを一人で抑えるのは無理だろ。 スイッチは助かったけど、なんでヴラドなんだよ」
高価な回復結晶を惜しみなく使い全回復しながら、隣の大男を見る。
STR極なんて、撤退時には真っ先に逃げるべきだろうに。
「ふ、年長者の意地よ。 それに、それを言うならお前こそ退がるがいい」
「……分かった。 絶対死ぬなよ!」
「なに、任せよ。
……あぁそうだ、キリトよ。 時を稼ぐのはいいが――」
アインクラッド最強の男は、獰猛な笑みを浮かべながら右手の槍を軽く回して持ち替え、矛先が斜め下に下げる――
戦闘時の何時もの構えを取り、
「――別に、斃してしまっても構わないのであろう?」
そう、宣言した。
……何故か非常に不安だが、オレもSTR型なのを指摘されて、なくなく走る。
ステータスにもバフが掛かってるのか、自分でも信じられないほどスピードが出て、直ぐに残っていた後衛と合流出来る。
よし、後はあいつだけだ!
せめて援護くらいしようと投擲ピックを数本引き抜きながら振り返ると――
「―――ゴハッ!」
「ヴラドォォオ!?」
太い、反転した極光としか言い表し様のないビームがボスの剣から放たれ、派手に吹っ飛ばされてすぐ近くに落ちてきた。 幸いHPはギリギリミリで残っていて、フラフラになりながらも直ぐに立ち上がった。
「お、おいヴラド、大丈夫か?」
「………も、問題無い。 退くぞ」
エリアの境界線の側だったから、急いで走る。
一応チラッとボスを確認すると、こちらへの興味が薄れたのか、「煙突を探さなくては」とか言いながら袋を背負い直していた。
結局何だったんだよアイツは!?
―――あの後。
『月夜の黒猫団』は改めて力不足を実感したらしく(あれは間違いなく相手が悪い)、中層プレイヤーの育成に力を入れることにしたらしい。 自分たちも、誰かの助けになりたいと。
そして、サチからは「一人で聞いてね。 絶対だよ!?」と念押しされて録音結晶が渡された。
直後、「出来なかった分!」と、そういえばスルーしてたピトとユナがサチも巻き込んでクリスマスソングを歌いだし、そのまま朝までのどんちゃん騒ぎが始まり、結局何が録音されていたのかは聞きそびれてしまった。
そして今、オレは何時もの部屋で一人。
そのクリスタルを、タップした――