串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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15話 血塗れ王鬼、呪い(祈り)を想起す

 

 

 

 

 

――第十九層 十字の丘

 

 

何時も薄っすらと霧が掛かり、枯れ木が点在するフィールドで、一人の男が墓代わりの十字架の前で蹲りながら何やら叫んでいる。

それを、少し遠くからハイディングで隠れながら眺める。

 

「ヘッド〜、まっだでっすか〜?」

 

「少しは静かにするってことを覚えろ」

 

隣で毒ナイフを弄んでいるジョニーに小声で一喝する。 ちったぁモルテを見習え。

 

 

――ダサメガネ(グリムロック)からの依頼は、あそこでバカ騒ぎしているDDA(聖竜連合)のシュミットと、オマケで奴さんを嗅ぎ回っているらしいヨルコとカインズとかいう奴を始末してくれというものだった。

……正直、断りたかったんだがな。 そのオマケどもが圏内事件なんて茶番劇をやらかしてくれた所為で、この一件にDKとKoBが噛んできていやがる。いくら俺でも、ドラキュラとヒースクリフ(ユニークスキル持ち)が相手じゃ流石に分が悪い。

だが、だからと言って反故にしちまえば、ギルドに武器やアイテムを流すルートが一つ潰れちまう。 特に、Mob共に効果の薄いジョニーが使っているようなデバフ武器の研磨や強化をやるプレイヤー鍛冶屋が離れるのは少しばかり都合が悪い。

クソが、どいつもこいつも面倒クセェ。 このギルド(ラフィン・コフィン)もそろそろ潮時か。

 

暇潰しに面白いギルドの潰し方を考えていると、十字架の方で何か動きがあった。 フードを目深に被った男女が、エストックと結晶を片手に突っ立ってる。 彼奴らが例のオマケどもか?

近くに潜んでる傍観者気取りのダサメガネに確認のメッセージを送ると、肯定の返事が返ってくる。

 

「――hmm」

 

ウィンドウを開いたまま、街に何人か潜んでいるグリーンのメンバーにメッセを送る。

内容は、『ヴラドとヒースクリフの居場所について報告せよ』。

すぐに返事が返ってきて、ヴラドは第五十層のカフェで編み物中、ヒースクリフは十九層にこそいるが、主住区で何人かの団員と食事中らしい。

……これなら大丈夫そうだな。 仮にヴラドが転移結晶で十九層に来たとしても、奴のAGIならここまで十分はかかる。 ヒースクリフならGM権限を使えば間に合うだろうが、今更奴が俺たちを止める理由が無い。

一応、索敵スキルを作動させると、俯瞰図型のマップに、プレイヤーを示す緑色の点が俺たち以外に三つ見える。

 

――さて、と。 それじゃあ、感づかれる前に殺るか。

 

 

合図としてジョニーに肩を二度タップすると、歓声でも上げるんじゃないかとこっちがヒヤヒヤする程意気揚々と突撃していく。 つってもその心配は杞憂で、ソードスキル『アーマーピアス』であっさりと攻略組が麻痺に沈む。

「ワン、ダウンー!」とにやけた声で喜んでいるジョニーで安全を確認してからハイディングを解除する。 あとは中層レベル程度の雑魚が二人。 どうとでもなるな。

今更青ざめている連中の前に立ち、友切包丁(メイトチョッパー)を見えるようにホルダーから外す。

 

「さて。 取り掛かるとするか」

 

HPの多さからして、シュミットから殺した方がいいな。 そう判断して、武器を振り上げ――

 

 

 

 

 

――瞬間、手元に強い力が加わる。 友切包丁を手放さない様にバク転までして衝撃を受け流すと、目の前に見覚えのある黒衣が映る。

 

「チッ―――ブラッキーか」

 

「久し振りだな、PoH。 相変わらず趣味の悪い格好しているな」

 

「……テメェにだけは言われたくないな」

 

例の三人を背後に庇い、剣を構える黒の剣士。 ざっと戦力を確認して――三人掛かりで押し潰せば簡単だと答えを出す。

……だが、その答えは、邪魔をするのがアイツだけだったらの話。

 

「ど、どっから出てきた?!」

 

突然の事に動揺したのか、モルテが声を荒げる。

 

「すぐそばの木の上さ。 索敵スキルは、スキル使用時点で範囲内にいるプレイヤーや敵をマップ上に点で表示する。 だから高低差までは反映されないし、範囲外から来た訳じゃないからアラートも鳴らない」

 

ご丁寧にカラクリを吐いてくれるブラッキー。 成る程、オマケの片方に表示がダブるようにしたのか。

こいつはラッキーだな。 そのやり方は俺たちでも使えるし、ついでにこの場に潜んでいるプレイヤーの数も精々―――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………待てよ。 おかしくないか?

あのカラクリを成功させる前提として、ピンポイントであの場にシュミット共が集まる事を知っていなくちゃいけない。 プレイヤー表示がダブる程なら、それこそ打ち合わせだって必要だろう。

だがアイツは、ヨルコとカインズは死んだと思い込んでいたハズだ。 ヴラドやヒースクリフら一部の連中の動きを見張らせているメンバーからの報告だと、確かにアイツの目の前であの二人は爆散した。 それは確かだ。

つまり―――ハメられた。

誘導されたと考えるなら、此処は、間違いなく連中のキルゾーン!

 

察した瞬間、索敵スキルが警鐘をならす。 その向きに向かって我武者羅に友切包丁を薙ぐと、丁度紅いジャベリン(・・・・・・・)とカチあった。

 

「ッ!? チッ、Shit!」

 

「え?」

 

力任せに振り抜き、反作用も利用して何とか受け流すと、運の悪い事に矛先を逸らした先に突っ立っていたモルテに突き刺さり――

 

 

「――ぎゃぁぁあああああ?!」

 

「も、モルテ!?」

 

 

刺さった瞬間、ジャベリンから杭が何本も生えて、一瞬でHPが激減する。 残量は一割弱ってところか。

 

――こんな現象を起こせるバケモノは、アインクラッド中で、たった一人だけ。

 

 

 

 

 

槍が飛んで来た方角から馬の嘶きが聞こえる。 成る程、妨害を仕込んだ上で時間を稼ぎ、さらに馬を使ったなら確かに間に合いそうだな。

見れば、丁度馬から降りたところなのか、その男は何処か幾何学的なデザインの槍を片手にダラリと下げていた。

 

振り返った男の青い瞳と目が逢う。 その瞳には、憤怒に燃えていた二層の時とは違い、ただ、何処までも冷たい銃口の様だ。

 

 

「……なんだ、避けてしまったのか」

 

「当たり前だろ。 あんな強烈なのがルーマニア式の挨拶なのか?」

 

 

あらかじめポーションを飲んでいたのかシュミットが想定よりもずっと早く復帰し、ブラッキーと合わせて此方に武器を向けているのを視界の端で確認して、あまりの状況の悪さに軽く目眩を覚える。

何方にせよ、トンズラするのに最大の障害は目の前の男だ。

 

 

「余はアメリカ式のつもりだったがな。 彼方では目と目があったら殴り合うのだろう?」

 

「オイオイ、そりゃ何処のスラム街だよ。 これだから世間知らずの格式ばったヨーロピアンは」

 

「ふむ、そういうものか」

 

 

軽く軽口を叩き合っている様で、お互い隙を伺いながら近付く。

……如何にかしてコイツを退けて、結晶でズラかる。 モルテと、場合によってはジョニーも放置でいいだろ。

 

間合いが二メートル程の所で、お互い自然に足が止まる。

 

 

「……そういや、何時もの腰巾着共はどうした?」

 

「彼等ならKoBと組んでこの場を包囲している。 第二層と同じ手が使えるとは思うな」

 

チッ、やっぱりか。

 

援護は期待出来ない。 味方はジョニー、モルテ、グリムロックだけ。 だがモルテはもう瀕死で俺の目の前の男にビビって動けないし、グリムロックは戦闘じゃ一ミリたりとも役に立たない。 ジョニーはマヒらせてから嬲ってばかりだから、実力は微妙。 攻略組と真っ向から戦闘になれば、タイマンならワンチャンあるだろうが、この時点で数でも負けている。 なんだこのクソゲー。

 

嘆いていても仕方がねぇ。 情報を纏めよう。

流石にこっちの詳細な情報は出回っていないみたいだな。 その証拠に奴は、いるかもしれない俺の部下を警戒して、手下にこの場を包囲させている。 あくまで笑う棺桶(ラフィン・コフィン)を潰すことを優先しているらしいな。

なら、そこに隙がある。

 

十中八九、包囲網は徐々に縮められているだろう。

つまり、俺に残された活路はただ一つ。 連中が、ここには俺ら四人しかいない事を察知する前に如何にかするしかねぇ。

索敵スキルの効果範囲を考えれば、――

 

 

 

 

 

――五分と保たないだろう。

 

 

「……ハッ! ヴァンパイアが、たかだかギルド一つ仕留めるのに随分と大袈裟だな」

 

「………………貴様、ほざいたな?」

 

勝負を急ぐべく、ブラフを混ぜながら、男―――『ドラキュラ』ヴラドを挑発する。

分かりやすく怒りを露わにしたようで、その癖瞳は一切揺らがなかった。

だが、闘る気にはなったみたいだな。

暫しの間、睨みあい――

 

 

「――だぁあああ!!」

 

 

ついに自棄になったのか、ジョニーがブラッキーに襲いかかった時の絶叫を合図に、あの時(第二層)と同じように、槍とナイフがかちあった。

 

横薙ぎに振るわれた矛先を切り上げて逸らすと、返す手で振り下ろされる。 それを受け止めると、そのまま鍔迫り合いに持ち込まれる。

ヤベッ、此奴のユニークスキルは――

一歩踏み込まれ、左掌が俺に向けられる。 その掌からは、紅いダメージエフェクトが溢れている。

脳がそれを理解するより早く自分に足払いをかけて倒れ込み――

 

「――絶叫せよ!」

 

ギリギリ頬を掠りながら、血の色をした杭が奴の掌から突き出る。

その杭は、避けられた事をヴラドが察知すると即座に解除され、ダメージエフェクトとしてポリゴンと散る。

 

そして――ヴラドのHPが、攻撃を受けていないのに減った。

 

 

 

 

 

―――ユニークスキル『無限槍』。

 

五十層ボスの防御力を貫通して大ダメージを与えたスキルとして騒がれてはいるが、少し調べてみればデメリットもデカイスキルだ。

持ち主じゃない以上得られる情報は少ないが、分かった範囲だけでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

幾ら火力が高かろうと、自分で自分の首を絞める力だ。 正気なら使うのを躊躇うだろう。

 

が、まぁ――

 

 

僅か数瞬で十を超える回数打ち合い、その中で敢えて左腋を開けるとすぐさま紅い槍が生成され突き出される。

友切包丁の腹で受け流し凌ぐと、右手に元からあった槍が横殴りに振るわれ側頭部に鈍い感触が伝わる。

僅かに距離が開いた所で紅槍が投擲されたのをブリッジで躱すと背後の枯木に刺さり、さっきのモルテ同様無数の杭が槍から生えて悪趣味極まるサボテンアートと化す。

 

………遠慮無く連射するからなぁ。 自殺志願なら他所でやってくれ。

 

だが流石の吸血鬼もスキル効果をどうこう出来る訳では無く、HP減少率は寧ろ奴の方が上回っている。 戦闘時回復(バトルヒーリング)は持ってる様だが、デメリットが上回っているな。

意外とジョニーが頑張っているのか、背後からは未だ剣戟の音が聞こえることだし、ヴラドがスイッチをする味方はいない。 ちんたらポーションか結晶で回復しようとしたら首を落とせるのは互いに言える事だ。

 

投擲槍、二槍流、杭の打ち出しと、コイツは血を流し過ぎた。

此方は防戦一方だが、逆に言えばそれは焦っている証拠。 いつか息切れする。

――勝ち筋が、見えてきた。

何度も逃げるフェイントをかけてやれば、奴は間合の長い無限槍を使わざるを得ない。 そうすれば無理をして攻撃しなくても奴のHPは勝手に削れる。 槍で対応出来ない超至近と遠距離に攻撃を可能とする無限槍さえなければ、一発入れて殺すも逃げるも自由だ。

問題は、それまでにDKの連中が到着しかねないことか。

 

……ん? そういえば、あれから何分経った?

 

 

 

ふと思い浮かんでしまったその疑問に、嫌な汗が吹き出る。

チラッと画面端に浮いている時計に視線を――

 

「ほう、余を相手に余所見とは良い度胸だ!」

 

「ッ、しまっ――」

 

晒してしまった決定的な隙。

当然奴が見逃してくれるハズもなく、一回転して体重の乗った槍の矛が脳天に振り下ろされる。

 

ゴッ、と、鈍い音を立ててヴラドから急速に離れていく視界を見て、まるで他人事のように吹っ飛ばされた事を後から理解した。

やっとこさ確認する事の出来たHPは、――最早ドット単位でしか残っていなかった。 トドメにタイムオーバーときた。 クソが。

 

 

「……チッ。 バケモノ、が――」

 

 

奴に一矢報いる気か、それともただの意地か自分でも分からないが、朦朧とした意識で手放さないでいた友切包丁の柄を握り締めて立ち上がる。

不幸中の幸いか、吹っ飛ばされた所為で距離は離れた。 今なら、転移結晶を使えば間に合うかもしれない。

一類の望みを持ってポーチに手を突っ込んで――

 

 

「――ほぅ。 まだ立ち上がるか、不義なる男よ」

 

 

投げつけられたナイフがポーチの底を切り裂き、中身がぶちまけられる。

咄嗟に拾おうとするも、打ち出された紅杭に砕かれ、全ロスする。

 

「……テ、メェ、」

 

唯一失わなかった友切包丁の切っ先を向けるも、ヤケに嫌な感じがする妙な持ち方で保持していた二本の投ナイフを左右から挟み込むように投げつけられ、力の入らない手から弾き飛ばされる。

 

「……終わりだ、ヴァサゴ。

他の団員も到着した。 貴様に逃げ場はない」

 

丁度そのタイミングで隣に刺さっていた杭が砕け、視界を紅いポリゴンが覆う。

 

それは、まるで火の粉のようで。 その向こう側に一瞬消えたヴラドの銀髪だけが、朧げな意識を刺激する。

 

 

 

 

 

 

 

――人生で最初に見た、地獄の記憶を。

 

「……クソが。 これじゃ、まるで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――アリマゴ島(・・・・・)の再来じゃねぇか……」

 

それだけ呟くと、遂に限界が来たのか目の前が暗くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――死にかけの同僚(モルテ)を盾にするなんて外道戦法で抵抗してきたジョニーの顔面に一発打ち込み、シュミットが押さえ込んで強引に無力化するのに成功してからヴラドの方に目をやると、彼方も丁度終わったのか、PoHの身体は倒れたままピクリとも動いていなかった。

 

流石の彼奴でも最悪のレッドの相手は疲れたのだと思って、事実上のラフコフ壊滅を祝おうと、棒立ちしていた作戦立案者兼MVPの肩を叩く。

 

「やっぱスゲェな、ヴラドって。 こりゃ明日の一面は決まったな!

 

………? ヴラド?」

 

反応がない。

まさか、何か変な攻撃でも貰ってラグってるのかと前に回って、

 

 

 

「――ッ!? ゔ、ヴラド?」

 

「……あぁ、キリトか。 何だ?」

 

「え、あ、いや。 ただ、お疲れって……」

 

「ははっ。 確かに、少々疲れたな。 さて、罪人はきっちり捕縛するとしようか」

 

そう言って、何時もと何ら変わらない表情でPoHの方に歩いていく。

 

 

 

 

 

 

……あれは、見間違えだったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あの、まるで幽霊でも見たかのような、蒼白な表情は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








次回予告(CV:小山○也)

――幾つかの謎を残しながらも、悪は討たれた。
最悪のレッドギルド『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』のボスの逮捕に伴い残党狩りが行われる最中、少女は――

……ねぇジル。 これ、読まなきゃ駄目かい? 「駄目です」………
受ける仕事を間違えたかな……

……少女は、未だ整理のつかない己の想いを自覚する。
これは、圏内事件の裏側。 僅か数人以外には知られることの無い、少女の物語。

次回、『雪原の歌姫、祈りを自覚す』


……久し振りに奉山にでも行こうかな。





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