串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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16話 雪原の歌姫、祈りを自覚す

 

 

 

 

 

――第十一層 『タフト』 カフェテリア

 

 

……ラフィンコフィン壊滅に沸き立つアインクラッドに、プレイヤーの心象と真逆の雨がしとしとと降る。

ガラスに流れる水滴を何となしに眺めていると、正面の席に座っていたユナさんが話を切り出してくる。

 

「――えっと。 それで、話っていうのは?」

 

「はい。

……実は、相談したい事があって……

相談出来そうなのが、ユナさんだけだったんです」

 

 

その内容は―――私が、キリトに対して抱いている心について。

 

 

最初は、『安心感』だった。

戦うのが怖くて、死ぬのが怖くて、……

そんな中で、「君は死なない」と言ってくれて、すごく嬉しかった。 キリトが本当は強いんだって知った時、すごく安心出来た。

 

 

……その次に感じたのは、『孤独感』……かな。

あのレストランでの一件で、キリトはギルドから離れていっちゃった時は、本当に寂しかった。 ギルドは全体的にギスギスするようになっちゃったし。

クリスマスイベントの後はそういう事はなくなったけど、それでもキリトのいない夜に一人ぼっちでいるのは寒くて、寂しくて……

 

一緒にいる時に温かさを感じているだけ、一人の時がもっと寒くて……

 

 

「――今までは、自分でもよく分からないまま、その心に振り回されていたんです。 それでも私は、そのままでもいいと思っていました。

……けど、この間の圏内事件でキリトがアスナさんと一緒にいるのを見たら、不安になっちゃって……

キリトだって、きっとそのうち好きな人が出来て、結婚して…… そう考えたら、何だか、段々イライラしてきちゃって……

なのに、キリトがレッド討伐に選抜された時に、すごい不安になっちゃって……もしキリトが殺されたらどうしようって……

………私って、どこかおかしいんでしょうか……?」

 

「……甘いねぇ……」

 

「ぽぺっ」

 

私が一通り話し終えると、ひたすら苦い事で有名なコーヒーを一口飲んでからそんな返事が返ってきた。

ユナさんの頭の上に鎮座しているテイムモンスターのお空飛ぶまんじゅう(アインちゃん)も言いたい事があるのか、溜息のような鳴き声をあげる。

 

「……多分相思相愛なのに両方とも鈍感とか、どうコメントすれば……」

 

「?」

 

「ううん、なんでもない。

……ねぇ、サチ。 一ついい?」

 

「は、はい」

 

どこかお姉さんっぽい風貌のユナさんが真っ直ぐ私を見つめてきて、思わず背筋が伸びる。

 

「これはエー君――ノーチラス君が言われた言葉なんだけどね。

『この城では、誰一人として己に嘘をつくことが出来ない。 故にある者は己の闇を自覚し狂い、ある者は他者の変化に恐怖する。

だからこそ、この城では己の思い、己の根底を知り、受け入れ、発条にすることが出来る者が真の強者足り得る。

それが、たとえ怖れでも。 たとえ、――』……」

 

そこまで言って、ちょっと顔を赤くして「とにかく!」と強引に区切る。

 

「私が言いたいのは! サチの聞きたいことの答えは、きっともう、あなたの中で出ているってこと!」

 

「……私の中で、ですか?」

 

 

私が、キリトをどう思っているか……

 

友達? 命の恩人? お兄さん? ギルドメンバー? 英雄?

 

それとも―――

 

 

 

 

 

 

「……ねね。 折角だからさ、圏内事件で何があったのか詳しく教えてくれない? 団長ったらそっちの話はエー君にもしてなくってさー」

 

長く黙り込んでしまっていたからか、爛々と目を輝かせたユナさんがそう強請ってくる。 アインちゃんも興味があるのか、齧っていたナッツを頬張ってからこっちを見る。

 

「え? は、はい、分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――始まりは、朝届いたキリトからのメールでした。

内容は簡潔に、『今日、出来るだけ早く会いたい』というもの。

それで、テツオから揶揄われながらもおめかしして、キリトのホームがある五十層に向かったら………

 

 

「……ねぇキリト君。 これ、どういう事?」

 

「!? ま、待って! 待って下さい! お願いします!」

 

彼の隣に、攻略組として有名な『閃光』のアスナさんが立っていたんです。 しかも、大分親しげに。

 

「キリト……?」

 

「ち、違うんだ! ん?いや違うんだそうじゃなくてそう昨日実は色々あってそれを解決するのにサチの力が必要でアスナとは昨日偶々ホント偶々会っただけで何でもないんだ!」

 

「はぁ!? 昨日私の恥ずかしいところ(寝顔)を見ておいて何でもなかったですって?!」

 

「■■■◾︎◾︎ーーッ!?」

 

頭を抱えて叫ぶキリトを放って、抜いていたレイピアをしまいながら、赤面していたアスナさんが一歩踏み出してくる。

……その様子は、本当に親しげで……

なんだか、モヤモヤしたんです。

 

「ゴホン!

……け、血盟騎士団、副団長のアスナです。 貴女は?」

 

「あ、さ、サチって言います。 月夜の黒猫団で、歌エンチャンターをしています」

 

「成る程。

……で? どうして捜査に彼女の協力が必要になってくるのよ?」

 

アスナさんがジト目でキリトを睨むと、しどろもどろになりながらも「だってわざわざ串刺しにするなんて、アイツなら何か知ってそうだし」と返した。

 

「という訳で、ごめん! ヴラドにメッセージを送ってくれないか?」

 

「う、うん。 いいよ」

 

キリトに頭を下げて頼まれて、右手を虚空に向けて小さく振ってウィンドウを開いた。

 

……そう、だよね。 やっぱり、攻略組と私たち(中層組)だったら、攻略組と仲良くなるよね。 アスナさん、美人だし……

 

なんとなく、小さく溜息を吐きながらメッセージ欄を開いて、宛名をフレンド一覧から選んで――なんて送ればいいか分からなくて、そこで指が止まる。

流石に一言『キリトが呼んでるから来て下さい』だけだと失礼だと思って、それにさっきから『捜査』とか『串刺し』なんて物騒な単語が出てて気になったのもあって聞いてみたら、一瞬渋った後に、昨日の夕方に圏内PKがあった事が教えられた。

 

「け、圏内でPK?! デュエル……じゃあ、なさそうだね……」

 

「ああ。 だから、手口が分かるまでは一緒にいて欲しい。 何かあった時に、せめてサチだけでも守りたいんだ」

 

「キリト……」

 

 

その言葉に、胸の中に温かいものが溢れる。 真っ直ぐに向けられた瞳を見ていると、なんだか、さっきまであったよく分からない燻りが、スルスルと解けていって――

 

 

 

「……じゃあ私は守らなくてもいいってこと?」

 

「え"? いやだってアスナなら襲った方に同情するというか何というか」

 

その間にアスナさんが割り込んできて、ぼーっとしていた様な感覚が薄れた。

丁度そこでウィンドウがタイムアウトで閉じて、メッセージを送りかけだったのに気がついたんです。

 

……まあ、思い出してすぐに行動しちゃった結果が―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう。 これがラーメンという物か。

………なかなか独創的な味だな」

 

「……何故こんな店があるのだ。 認めない。 私はこんな物をラーメンとは認めない。

せめて、醤油さえあれば……」

 

どうしてかは分からないんですけど、ヴラドさんとヒースクリフさんが同じ場所に集まったっていう惨状を招いてしまったんです。

本当に、なんでアスナさんはあの場所にヒースクリフさんも呼んだんでしょう。 最終的には戦闘にならなかったので良かったんですけど。

 

私、ですか? 最初は、キリトの隣に座って、あの温かい感じがしてたんですけど、ヒースクリフさんが「両手に花か。 微笑ましい限りだよ」て言って、反対側にアスナさんが座っていることを意識し始めたら、なんだかつまらなくなってきちゃって……

 

そ、それはもういいんです! 話を戻しますよ?!

 

 

早めのお昼ご飯を済ませたくらいの所で、ヴラドさんが圏内事件についての概要をキリトに訊いたんです。

刺されたのはカインズさんで、貫通継続ダメージが死因。 ウィナー表示が出なくて、直前までヨルコさんっていう元々同じギルドメンバーと一緒にいたから、睡眠PKの可能性とかも無いって。

真実は、装備品の耐久値がゼロになって爆散するのがプレイヤーの死亡エフェクトと似ているのを利用した演技だったらしいですけど、それを知らなかったその時は本当に怖かったです。

 

その後ヨルコさんに話を聞きに行く予定があるのも知っていたのと、この時点でカインズさんが死んでいない可能性に気がついていたヴラドさんに同行を頼んだんです。 ヒースクリフさんまで来るのは意外でしたけど。

 

 

 

 

 

……それで、その後のヨルコさんと、彼女からの情報で呼び出されたシュミットさんとの話なんですけど……

その、可哀想なことになっちゃったというか……

 

ヨルコさんの話だと、彼女とカインズさん、シュミットさん、グリムロックさん、それと、半年前にPKされたグリセルダさんは同じギルドにいたそうなんです。

その半年前の事件の詳細は割愛しますけど、取り敢えずシュミットさんが怪しいということで、その人も呼び出して事情を聞くことになったんです。

結論から言っちゃうと、シュミットさんはグリセルダさんの一件だと、そのグリセルダさんが泊まっていた部屋に回廊結晶を登録しただけで、死んでしまうとは思っていなかったそうです。 ただ、事の発端になった指輪を取るだけだと。

ヴラドさんに強引に引っ張り出されて、全部喋るまでずっと無言で見下ろされ続けたシュミットさんはそこで力尽きちゃって………その、圏内事件の犯人より怖かったです。

 

ただ、この後もっとややこしい事になっちゃって…… 正直、私にも何がどうしてああなっちゃったのか分からないんです。

気がついたら、ヨルコさんがシュミットさんから真実を聞き出す為にした芝居があの圏内事件って事を泣きながら叫んで、グリムロックさんがグリセルダさんを殺した犯人かもしれないってことになって、

一連の裏にレッドギルドが関わっている可能性があってヨルコさんたちが狙われているから、本来のヨルコさんたちの計画をグリムロックさんも知っているからその計画通りに人を動かしてレッドギルドを釣り出すって話まで一気に進んで――

 

レッドギルドと真っ先に戦うメンバーにシュミットさんとヴラドさんと、

――キリトが参加するのが決まりかけたって事以外、全然話について行けなかったんです。

その話だって、キリトが立候補した時にやっと気付けたくらいで…… つい咄嗟に、引き止めようとしたんです。 行っちゃダメって。 危ないって。

 

……それで、何て返事がかえってきたか、ですか?

 

………「シュミットたちの方が危険な立ち位置にいる。 あいつらは放っておけない。 大丈夫、オレを信じてくれ。 絶対に帰ってくるから」って。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――大分長い話を一気に喋って、カラカラになった口をココアで潤す。

 

「えっと、この後は、」

 

「その後の話は大体知ってるよー。 ラフコフ討伐戦でしょ? 私も後衛で参加したもん」

 

ひっくり返って鼻提灯を膨らませているアインちゃんのお腹を撫でながら、ユナさんがチラッと一瞬私から目を逸らして、「それより、」と続ける。

 

「キリトとはどうなったのよー。 ちゃんと約束通り帰ってきたんでしょ?」

 

「はい。 何か気にかかってたみたいでしたけど、無事でし――」

 

 

 

――パシャッ!

 

 

 

「――よし! ベストショッ!」

 

「?! な、なんですか、それ?!」

 

ユナさんの質問に答えていると、急に彼女の手元からシャッター音がする。

それって記録結晶ですよね? どうしてこのタイミングでそんな物を……?

それより、ユナさんが凄く悪い顔をしている方が問題です。 具体的には悪戯を思いついた時のピトフーイさんみたいな顔してます!

ピトフーイさんの悪戯に巻き込まれた時ほど嫌な予感はしませんけど、悪戯に使われそうな気がして、手を伸ばす。

 

「まぁまぁ待ってよサチちゃん。 私が言った事は覚えてる? この城では云々かんぬんって」

 

「そ、それがなんですか?!」

 

「つまり―――こういうこと!」

 

「きゃああああ!?」

 

ユナさんの手元で小さな電子音が鳴って、私の顔を正面から写した写真が表示される。

――頬を赤く染めた、私の顔写真が。

 

 

「こ、これがさっきの話のどこに繋がるっていうんですか!?」

 

「……サチちゃんって、鈍いって言われる事ない? ま、いいや! 時間も押してるし、ストレートに言っちゃうね!」

 

写真をしまいながら私の手の届く範囲からステップで逃げきると、ビシッと私を指差して、

 

 

 

「――これは、『恋する女の子』の表情です!」

 

 

 

――そう、断定した。

 

 

 

 

 

 

 

「……恋する、女の子の、表情?」

 

改めて自分の口で呟くと、その言葉が不思議とストンと心にはまる。

 

「そう! あなた、キリトの話をしてる時はずっとこんな感じだったよ」

 

ユナさんの手元にある物も忘れて、無意識に座り込んでしまう。

 

………この心が、恋、なのかな……?

 

 

もう一度、その想いを口にする。

 

「………私は、キリトが、好き」

 

自分でもびっくりするくらい、その一文がスッと出る。

 

……そっか。 私が今までキリトに感じていたことって、全部、全部、―――

 

 

 

 

 

 

「――ユナさん。 私の相談に付き合ってくれて、ありがとうございました」

 

軽く微笑んでいるユナさんに、頭を下げる。

 

「ん。 答えは出たみたいだね」

 

「はい。 私は、キリトが好きです」

 

前までの私なら、恥ずかしくて絶対に言えない言葉が自然と口から出る。

 

「そっかー。 それじゃあ、頑張ってね!」

 

私の答えにニッコリとイイ笑顔(・・・・)を浮かべたユナさんが、その場でステップを踏むように一歩横にずれて、――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「」

 

「………へ?」

 

その奥のドアからちょうど入店したところでフリーズしている女の人の、栗色の瞳と目が合う。 ちょっとだけ視線を逸らすと、大爆笑したいのを全力で堪えてるみたいに震えてる鬼畜幼女の姿が見えた。

 

私とその女の人……アスナさんが呆然としていると、アスナさんの隣をすれ違って出たユナさんとピトフーイさんが「YU☆E☆TUゥ!」という叫びをドップラー効果も込みで残して走り去って行きました。 あと誰かが喀血するような幻聴がしました。

 

 

 

 

 

「……えっと、サチ、さん? い、今の言葉は……」

 

ピトフーイさんの叫びが聞こえなくなってからさらに数秒ほど経ってから復活したアスナさんが、おそるおそるといった具合に、口を開く。

その様子を見ていると、まるで、何処かの誰かを思い出すようで――

 

……そっか。 ユナさんには、私はこんな風に映っていたのかな。

 

 

「アスナさん。 私は戦うのが怖いです。 アスナさんと違って、美人でもありません。 でも――」

 

私が何を言いたいのか察したのか、耳まで真っ赤にしたアスナさんがまたフリーズする。

 

……私には、足りないものばっかり。 きっとキリトに似合うのは、アスナさんみたいな、強くて、綺麗な人だと思う。

 

 

 

 

 

……それでも。

 

 

私のこの意思は、本物だから。

 

だから――

 

 

 

「――私は、諦めません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









次回予告

コーヒー片手に失礼します。 ヴラド家専属従者、ジルでございます。
……いえ、皆様には『ジャック』と名乗った方が解りやすいでしょうか。
まあいいでしょう。 次回予告です。

舞台は遂に終盤、第七十四層へ。
ある方は相も変わらず無双し、ある者は浮遊城での日常への慣れに危機感を抱き、ある者は現実のタイムリミットを意識し始める。 そんな個々の思いも無視して、時計の針はただ淡々と時を刻む。
時間の流れは、傷心を癒すとも言います…… ですが、時には心を蝕む毒にもなりえます。
若様、貴方ならよく知っているでしょう。 人の持つ劣等感、人の持つ欲望は、どれ程恐ろしく、愚かなものかを。

次回、『串刺し公、悪魔を狩る』



……え? 恋の勝負はその後どうなったか、ですか?
ヘタレ、鈍感、原作より積極的なライバル。 以上から察して下さい。

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