串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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25話 黒の剣士、突破す

 

 

 

 

 

――第七十五層 コリニア

 

 

――ギルドホームのある第三十四層のゲートを潜り、第七十五層へと跳ぶ。

時刻は十時一分前。 当然面子は既に揃っており、言うまでもなくDKのメンバーも全員いた。

 

無論、そこにはKoB団長の姿もある。

 

 

「――欠員はいないようだな。 よく集まってくれた。 状況は知っての通り厳しい戦いとなるだろう。

だが、諸君の力で切り抜けられると信じている――解放の日の為に!」

 

雄叫びと共に、多くのプレイヤーが武器を、或いはその握り拳を挙げる。 士気は充分だろう。

流石に状況が状況だからか切り替えている、昨日まで黒いのが漏れていた(オルタ化していた)女性を視界に入れないようにしつつ壁に寄り掛かる。

やがてヒースクリフがボス部屋前までのコリドー(回廊)を開き、プレイヤーたちがその奥へと進んでいく。

可能な限り最後尾にいることを意識しつつ、不思議な浮遊感を伴う転移門を潜っていくプレイヤーを見送っていくと、予めメッセージで話を付けておいた一人だけが残る。

 

……その警戒心の無さは如何かと思うが、それを指摘するのはまたの機会にしておこう。

 

そのプレイヤーが何かあったのかと尋ねてくる。

 

――なに、そう難しい話では無い。 ただの保険(・・)だ。

中身が一切見えない程度には規格の合っていないポーチを渡し、幾つか言い聞かせた後、俺も回廊に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――第七十五層 ボス部屋

 

 

 

 

――扉が開くなり大型の盾を構えたKoBのメンバーが突入し、一歩遅れてアタッカーと吟唱組(DK)が進む。

 

オレはボス部屋の扉近く、サチの隣で警戒していたが――最悪の予想が当たっていたのか、無慈悲にもボス部屋の大扉が閉まってしまう。 感覚的に結晶も封じられているだろう。 あらかじめヒースクリフとヴラドがこの可能性を警告していなければ、混乱が起こっていただろう。

これでボスを斃すか、オレたちが全滅するまでは、扉は開かなくなった。

 

 

………だが、肝心のボスが現れない。

何処から現れるか分からない以上、全員ゆっくりと部屋中央に移動する。

 

――そのまま一秒、一秒と過ぎていく。

不思議と、かかない筈の汗が頬を伝い、地面に垂れるような感覚に陥り――

 

――水滴が落ちる幻聴と同時に、真上から何かが動く音が聞こえた。

 

ギョッとして天井を見上げれば、そこには異形の百足としか表現の仕様がない怪物がいた。

サイズはクォーターボスらしく他のボスに比べても巨大。 シルエットこそ百足だが、よく見てみれば胴体は背骨、足は肋骨がウゾウゾと動いている様にしか見えない。 しかも頭部は頭蓋骨で、これも眼窩が四つあり、下顎は左右に割れたのが二重にあった。

そして何より目立つのは、肩らしき場所から伸びる一対の鎌。 カマキリとも全く違う、複数の異形の骨格を合成したようなモンスター。

名前は――『The Skullreaper(ザ・スカルリーパー)』。

 

 

「……なに、あれぇ」

 

ピトですら引いた声で呟かせた異形は、オレたちが呆然と見守る中、唐突に足を広げ真っ直ぐ落ちてくる。

咄嗟にサチを抱えて飛び退き、次いで「固まるな、距離を取れ!」というヒースクリフの一括で意識を取り戻したメンバーが慌てて走り出す。

だが、間に合わないプレイヤーもいた。 丁度真下にいた所為でどちらに逃げるか右往左往しているタンクが三人、それと――ヴラド。 ただしこっちはただ真上を見上げている。

 

「――何してる! こっちだ!」

 

慌てて叫び、漸くタンク三人が走り出す。 だが間に合わず、その頭上にボスが落下。 間髪入れずに片方の鎌が振るわれた。

落下の衝撃で吹き飛ばされた三人に、人の身の丈を軽々と超える刃が迫り――寸前で、轟音と共に止まった。

 

 

「……成る程、重い。 重いな」

 

 

食い止めたのは、アインクラッド最強と謳われる男。 両手で支えた槍の柄で鎌の一撃を防いでいた。

ボスの初撃を完封。 その事実に士気が上がりかけ――途端に凍りついた。

 

 

――盾では無いとはいえ、完全に防いだのにレッドゾーンまで落ちているHPバーに。

 

――ボスすら投げるあのヴラドが、力比べで押されつつある状況に。

 

 

現状でこそ拮抗しているが、今のアイツの武器は共に伝説を創り上げたあの槍ではない。 直に折れるだろう。

しかも、敵の鎌はもう一本ある。

 

黒い背中にその切先が迫り――そちらも圧倒的な防御力を誇る白い盾で弾かれる。

飛び込んだのはヒースクリフ。 剣をしまい両手で盾を保持し、鎌を弾き飛ばした。

 

だが危機は去らない。 とうとう耐えきれなくなったのか、仮にも攻略組最高峰の選んだ一品がポリゴン片に砕け散る。 嬉々とした咆哮と共に、体力の少ないヴラドともう片方の鎌に対処しているヒースクリフの背に迫り、

 

 

「――だが、それだけの事。 ならば、」

 

 

――遂に、『吸血鬼』がその本領を発揮した。

 

 

 

 

 

―――アインクラッド最強と言われる男。 なぜそんな男の異名が、『無限槍(ユニークスキル)』でも、『最強の男』でもなく、『吸血鬼』なのか。

第一層での噂の進軍? 切っ掛けの一つにはなっただろう。 レッド狩り? それもあるだろう。 けど決定的ではない。

 

数多の作品で扱われる吸血鬼(ドラキュラ)。 太陽、十字架、流水等々の多くの弱点を抱えながらも最強格の怪物として存在する、その最大の恐ろしさとは。

 

 

 

 

 

一部情報屋の挙げるヴラドのリアルの予想の一つ『スタントも熟す映画俳優』を裏付けるような、真上に向けて放たれた蹴り。 完璧なタイミングで放たれた一撃は、『鎌』という武器の形状上幅広い刃をしっかりと捉え、その軌道を直角に変更させる。

ステ振りに寄って増幅された身体能力と純粋な技能によって繰り出された蹴りは、ソードスキル以上の結果を叩き出しながらもシステムに縛られていない一撃である以上容赦なく連撃として続く。 左鎌はヒースクリフに向けられたまま右鎌を跳ね上げられたスカルリーパーは、その体勢を斜めに傾ける。 地面に擦るほど下がった下顎の左側に向けて、残像すら見えない踵落としが決まる。

 

そして、スカルリーパーが、自身がゲームのボスであることを呪うような連撃が始まる。

 

ダメージエフェクトで赤く染めながらも、砕けない下顎。 当然当たり判定は残っていて、その上には怪物の足。 オマケに左手で細くなっている上下の目の間の骨を掴み、文字通り目と鼻の先には、右拳を握る怪物(ドラキュラ)

ここまでくれば、あとは言わずもがな。

 

「――叩き潰すのは容易い」

 

――ボスを手足でその場に縫い付けたまま、急所に0距離でバーサーカーの連撃が叩き込まれ始めた。

 

 

 

 

 

――吸血鬼最大の脅威。 それは、純然たる『力』。

物によってはただ軽く片腕を振るうだけで人体を粉砕する力を持つと描写される程の力。

 

そしてSTR極という、ハッキリいって普通なら馬鹿にされるようなビルドにも関わらず、最強と言われた男。

モンスターすら圧倒する力を持ったからこそ、ついた異名が『ドラキュラ』ヴラド。

 

そんな力を持つとされる怪物の名で呼ばれる男が、体術スキルカンストプレイヤーですら手も足も出ないようなリアルスキルでインファイトに持ち込めばどうなるか。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎――!?」

 

「ふはははははははは! 地獄の具現こそ貴様の最期に相応しい!」

 

 

なんでオレ昨日勝てたんだろうと訊きたくなるような惨劇の出来上がりだ。 スカルリーパーの抵抗もヒースクリフが全部捌いてるし。

 

 

 

「……ていうか、また二人揃って思いっきり作戦無視してるよな」

 

ボス登場時とは別の意味で呆然としているフィールドに、クラインのボヤきが静かに響く。

DKメンバーとKoBの一部は慣れた様に、ピトとユナはボスの正面、攻撃が届かない所で歌い始めてるし、タンク組は尻尾の対処、アタッカーはソードスキルを横から連発してるし。 つかDK吟唱コンビよ、そのヴラドの背後で「無駄無駄無駄無駄(ry」て歌ってんの楽しそうだな。

まあ確かにあのホコタテコンビが作戦無視(バーサク)する事はちょくちょくあるし、そうなった時は完勝フラグが立ってるから気楽に行ける。 緩やかながら士気も上がってる。……厳しい戦いとはなんだったのだろう。 強引にあげるなら、ヴラドが足噛まれてるせいで吟唱バフと戦闘時回復入ってるのにHPが回復していない所か?

 

……場合によってはこの後あの二人と戦うんだよなぁ。

気分が真っ暗になりながらも大人しくボスの横っ腹に向けて二刀流スキルを連打する。 尻尾と鎌の主要武器は大勢いるタンクでほぼ完封出来ているので、あとは時折足踏みのダメージを喰らいながらもバフの乗った連撃を叩き込むだけの戦いだった。

 

 

……頼むからピトの予想が外れていてくれよ。 マジで頼む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――意外な事に、戦い……というより一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)は一時間弱にも及んだ。

原因は、スカルリーパーが異様に硬くHPの削りが遅かった(最大のダメージ源の無限槍が一度も発動しなかったし)のと、クォーターボスの意地なのか、HPゲージが最後の一本まで減った時に一度だけヴラドの抑えつけから逃れたからだろう。 吟唱のタゲ集中(システム)からは逃げられなかったのか、行動を読まれて速攻で捻じ伏せられていたケド。

 

想定よりずっと楽だったとはいえ、スイッチによる休憩無しの一時間ぶっ通しで戦った事で疲労困憊の皆が座り込む。 歓声は思ったより少なかった。

何となしにマップを呼び出し、光点を数える。

 

――死者は、いなかった。

 

 

「……はは。 完全なる勝利(パーフェクトゲーム)ってか」

 

 

だからこそ、絶望する。 危険なクォーターボスに対してこの最高の結果を叩き出した二人が、もしかしたら倒すべきこの鋼鉄の浮遊城のボスかもしれないのだ。

……この七十五層までは協力していたが、いつ彼らが裏切るか分からないのも怖い。 律儀に九十九層まで共闘するのか、或いはこの直後に離脱するのか。

 

そして、何より、

 

 

 

 

 

 

 

――あの二人のどちらか、或いは両方が抜けた状態でのボス戦は、どうなってしまうのか。

 

この先、ボス戦はより激化するだろう。 場合によっては、今回使われるはずだった囮作戦が実行されるかもしれない。

 

……もしそうなったら、サチはどうなる?

 

 

吟唱組のいる方向。 交代して歌っていたとはいえ相当喉が辛かったらしく、水筒を両手で抱えながら荒い呼吸をしているサチを見る。

 

確かに今回は無傷だ。 だけど次は? 次も無事だったとして、その次は?

ボス戦は終わったばかりだと言うのに、身体が恐怖で震える。 やっと見つけられた、一緒にいて心休まる人。 大切な人。 もしもサチの身に何かあったら――

 

 

 

 

 

……抜きっぱなしだった剣を持つ手に力が入る。 視線をずらし、共犯者に向け直す。

憎たらしい事に腐ってもプロ歌手だったのか、余裕そうな毒鳥が背負いっぱなしの大剣の柄をゆっくり握る。

 

首を動かし、再度視線を動かす。

散々ラッシュを打って疲れたのか、レッドゾーンのHPもあって一番満身創痍に見えるヴラドと、辛うじてブルー表示のヒースクリフ。

 

 

――思い浮かぶのは、最強の鉾と最強の盾が唯一激突した、あの戦いの結末。

あらゆる護りを貫く鉾こそアインクラッドに於いて最強だと決まった、あの戦い最後の違和感。

決着はヴラドの強攻撃がヒースクリフの背にヒットした事で決まったのだが、当時のヒースクリフのHPは六割。 ヴラドの強攻撃を受けて、HPがイエローゾーンにならない可能性は非常に低い。

なのに、決着は強攻撃だけ。 つまりあの二人のHPは、あの時どちらも半分以下を下回っていない(・・・・・・・・・・・・)のだ。

 

……ただの一度もイエローゾーンに陥ったことのない男、か。

 

 

ゆっくりと、ソードスキル『レイジスパイク』の準備姿勢に移る。 身体を動かす元気のある奴の意識はラストアタックを取ったプレイヤーに向けられ、オレの動きに気が付いたのはヒースクリフの正体を暴こうとしているオレたちと……サチ。

 

「キリト……?」

 

疲労の中に困惑の表情を混ぜたサチ。 だけどその時には、オレたち(・・)は同時に駆け出していた。

目標は――ヒースクリフただ一人。

 

ソードスキルの効果音に驚愕の表情を浮かべながらも、咄嗟に盾を構えるヒースクリフ。

流石の反応速度だ。 このままなら、わざとスピードを落としたオレのソードスキルは間違い無く阻まれるだろう。

予想通りオレの一撃は弾かれる。 神聖剣のスキルもあり、一切のダメージが通らなかった。

 

「キリト君、何を――」

 

突然のオレの攻撃に戸惑いの声が出る。 このまま事態が進んだとしたら、オレは攻略組トップの一人を攻撃したイエローとして責められただろう。

――気合いの入ったソプラノボイスと共に振るわれた大剣が、紫色のシステムメッセージと、そのシステムメッセージの内容を表示させなければ。

 

 

 

 

 

 

 

――【Immortal Object(不死存在)】。

 

本来ならプレイヤーには与えられるはずのない、絶対的な保護が、この場に暴露された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ピトフーイの振り下ろした大剣の切先を阻む様に出現したシステムメッセージが消滅するまでは誰一人として動かず、ただただ静かな時間が流れた。

 

紫色のウィンドウが消え、何秒経っただろうか。

 

BGMの流れない場所。 息を吸う音すらしなかったここに、漸く、声が響いた。

 

「……何故気付いたのか、参考までに教えてもらえるかな?」

 

「………認めるんだな。 お前の正体が、茅場晶彦だって」

 

「確かに。 付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこの世界の最終ボスでもある」

 

音も無く、驚愕が凍り付いたままのプレイヤー間に広がる。

 

――そしてそれは、ヒースクリフに刃を向けたままのオレ、ピト、エムにとっても共通だった。

 

 

 

 

 

 

オレたちの計画。

それは、茅場晶彦たるヒースクリフの正体を暴くことと、その協力者――おそらくアーガスの社員――であるヴラドを同時に討ち倒し、奴が第一層で宣言したゲームクリア条件『最終ボス』の撃破を完全に達成すること。

 

……勿論、推理が間違っている可能性もある。 合っていたとして、茅場がその場で全員の口を封じてしまってもアウト。 仮に打ち倒せたとしても、厳密には『第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを斃す』という条件はクリア出来ていない以上、確実にクリアされる保証はない。

寧ろ確実性を取るならオレたちの推理は全て無視して、攻略の難所はさっきのスカルリーパーみたいにそれとなく丸投げしてしまえばいいだろう。

 

――だけどオレは、正体を暴く事を選んだ。

 

サチを、皆を。 いつ来るか分からないタイムリミットから守る為に。

 

 

………だというのに。

 

 

 

 

 

―――何で立たない?! ヴラド!

 

 

 

ヒースクリフ=茅場である事を、それこそ推理モノの探偵役の様に余裕タップリそうに理由を述べていくピトフーイ。

 

けれど、同じ内容を何度か聞いたから分かる。 あいつも困惑している。

驚愕も、困惑も無い。 無表情でオレたちはおろか、ヒースクリフすら見続ける『ドラキュラ』に対して。

 

 

 

 

 

「貴様……貴様が…… 俺たちの忠誠――希望を……よくも……よくも……」

 

ヒースクリフがその正体を自ら宣言したからだろう。 KoBの幹部の一人が、血走った目で斧槍を振り上げ、

 

「よくもーーーッ!!」

 

絶叫と共に振り下ろす。

だが、それに対する反撃は茅場本人によって行われた。

左手を振って出現したウィンドウを操作すると男は行動虚しく強制停止させられ床に崩れ落ちた。

HPバーを見れば、特徴的な毒々しい点滅色(麻痺状態)が。

 

茅場はその指を止めない。

そのままウィンドウを操作し続け、オレ以外の全員に麻痺状態が撒かれていた。

……その全員の中には、ヴラドも。

 

 

………まさか、本当に無関係、だったのか?

 

 

 

「っ、へいオッサン! まさかこの場で皆殺しにする気?」

 

「そんな理不尽な真似はしないさ」

 

不恰好に倒れながら噛み付くピトに返事をしつつ、茅場がオレの正面に立つ。

 

「君たちに私の正体を看破した報酬を与えようと思ってね。 チャンスをあげよう。

――今この場で、私と一対一で戦うチャンスを。

私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウト出来る。

……どうかね?」

 

……一対一。 目前の男は、確かにそう言った。

 

――つまり、ヴラドは完全に白だった。 ヴラドが味方なら、わざわざ麻痺までして拘束しないだろう。 二対二で蹂躙出来る。

 

 

 

「……いいだろう。 決着をつけよう」

 

――どっちにしろ、賭けはまだ終わっていない。

賭け金はオレの命。 賞品はゲームクリア。

しかも、状況としては悪くない。 寧ろ懸念が一つ杞憂に終わった分良いだろう。

 

……さあ。 返して貰うぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぁ――」

 

痺れて動かない手足を、懸命に、動かして這う。

 

このままだと、キリトが死んじゃう。 それは、それだけは嫌。

 

……なのに。 なのに――

 

「……何で私、動けないの……?」

 

麻痺状態。 文字にしてしまえば四文字。

たったそれだけなのに、システムで『動けない』とされているだけで動けない自分の身体が恨めしかった。

 

キリトが死んじゃうかもしれない。 その恐怖が自分の死の恐怖を上回ったから、私は此処に立てたのに。

 

視界は涙でぐしゃぐしゃで。 満足に拭えないまま、一生懸命に這いずる。 キリトと、クラインさんたちの会話は、音としか聞こえなかった。

 

あぁ、なのに――

 

「……悪いが、一つだけ頼みがある。

簡単に負けるつもりは無いが、もしオレが死んだら――サチが、自殺出来ないようにしてほしい」

 

――なんで、そんな話ばっかりは聞こえてくるの?

 

数センチも進めていないのに、黒と紅の剣戟の音が聞こえ始める。

こうなってしまえば、もう私に出来ることは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――鋭い金属音が響く耳に、一瞬だけ、小さな、布を引き摺る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ある。 一個だけ。

私が、あの戦いに介入する方法が。

 

右手に神経を集中させて、拡張ポーチに入れた『ソレ』を取る。

如何にか引っ張り出せたのは――私の掌よりずっと大きい、布の塊。 重さから、多分中身は短刀。

 

柄も刃も気にせず掴んで、倒れた身体で寝返りをうって無理やり振りかぶる。

 

 

 

 

 

『――よいか。 もし己か、お前の大切な者を脅かすモノがいたら、全力でそれを投げつけてやるがよい』

 

 

 

 

 

……あの戦いでキリトが勝つって信じられない私は、きっとひどい人なんだろうな。

 

 

 

 

 

『――こんな物で如何しろと、とでも言いたげだな。 ふむ。

とは言え、非常に、非っっっ常に不服だが、余にはそれ以上の代物は用意出来なんだ。

……だがなに、案ずるな。 余が察するに、お前がそれを投げつける相手ならば――』

 

 

 

 

 

神さま。 それでも、祈らせて下さい。

 

使うスキルは『シングルシュート』。

不思議と鮮明になった視界で、キリトが剣を赤く光らせながら切りかかっている相手を狙う。

そして――

 

 

 

 

 

『――その刃に篭るもの。 必ずや届くであろう』

 

 

 

 

 

――全力で、投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『ジ・イクリプス』。

二十七連撃二刀流最上位ソードスキル。

 

それを、茅場に向けて放つ。 放って、しまった。

相手がスキルをデザインした男である以上、システムに規定された連続技をぶつけるのは最悪だと言うのに。

 

剣の軌道を完全に読んで小刻みに盾を動かし、これまで打ち込んだ攻撃を全て流す男。

まだ続く虚しい連撃を放ちながら、心の中で謝る。

 

 

……ごめん、サチ。 やっぱり、オレじゃあ――

 

 

二十五連撃目が弾かれ、二十六連撃目が奴に迫る。

勝利を確信した笑みを浮かべる茅場が、悠々と盾を動かし――

 

「――!? 馬鹿な?!」

 

その盾が、まるで戸惑う様に一瞬止まる。 結局二十六連撃目は防がれるが、その体勢は崩れた。

 

一体何が――いや、それは後だ!

 

「うおおおおぉぉぉぉおおおおおおっ!!」

 

茅場が見せた唯一の隙。

明らかに動揺する奴の防御の隙間に、二十七連撃目の突きを全力で叩き込む。

 

赤い切先が白い盾の縁を滑り、紅の鎧に突立ち、貫く。

茅場の顔に、その事実に対する驚愕が浮かび――全てに納得したような穏やかな微笑みが浮かんだ。

 

 

 

そして――

 

 

 

そして――――

 

 

 

 

 

 

 

そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ゲームは クリア されました】

 

【ゲームは クリア されました】

 

【ゲームは クリア されました】――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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