串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
27話 亡霊に成り損ねた者、亡霊だったもの
――2025年 9月26日
東京都内 病院
――はめ殺し窓の向こう側。 秋が始まりかけている気候の影響を受けてか、落葉樹の葉が僅かながら変色している。
けれど
「……もう一週間経ったんだ。 そろそろ起きてくれよ………
――
――一週間前の、あの日。
ピトフーイとキリトによって茅場晶彦が撃破され、オレたちはSAOから解放された。
けれど、事態は何故かそれで収束しなかった。
……未だナーヴギアを被ったまま眠り続ける、約三百人のプレイヤー。 それに、今尚動き続けるSAOメインサーバー。
オレが目覚めた直後に息急き切って訪ねてきた総務省SAO事件対策課の人曰く、世間では茅場の陰謀の続きという説が一番有力とのことらしい。
……実際の所は、誰にも分からない。
単なるタイムラグの可能性も捨てきれないし、彼らだけがアインクラッドに取り残されたままなのかもしれない。
「……畜生」
思わず、ポツリと汚い言葉が出てしまう。
ナーヴギアは既に没収され、あの世界に行けるかどうか試すことすら出来ない。 タイムラグの類ならただ待つ事しか出来ないし、専門家が二年弱もの間頭を突き合わせても安全に解体出来なかった
………結局、オレは待つことしか出来ないのか。
戦い方を覚えて。 恐怖の殺し方――具体的な方法は、まあ兎も角――を覚えて。
それでも、悠那を救い出すのは叶わなかった。
無力な今のオレに出来るのは、ただ、こうやって腐っていくだけ――
どんどん思考がネガティブな方向に転がっていると、病室の扉が開く音が聞こえる。
顔を上げると、何度か見覚えのある眼鏡を掛けた男性がいた。
「……重村さん?」
「鋭二君か。 君とも久し振りだね」
そこそこの大きさの箱を脇に抱えた
……悠那には、こうやって待っている家族だっているのに。 これだったら、尚のことオレが悠那の代わりに目覚めないでいた方が……
「……あー。 その、なんだ。 元気かね?」
「……?」
――だからこそ、最初に感じた感想は、純粋な疑問だった。 何故今この人は、実の娘ではなく、オレなんかに声をかけたのだろうと。
「……まあ、元気ですよ。 リハビリ漬けではありますけど」
「そうか」
――だからこそ、気が付けたのだろうか。
色々と身を守る為、ついでに違和感から茅場の正体を当てた彼奴らへの対抗心か、自分でも無意識のうちにあれこれ観察するようになっていた視界が、重村さんがやたらと時計を気にしている事実に気が付いた。
事実上病院に軟禁状態のオレはまだ腕時計を付けておらず、壁に備え付けられている時計を見ると、時刻は十一時前だった。
「……鋭二君。 時間が無いから端的に言わせてもらう。 今すぐ成田空港に向かいたまえ!」
「は? え、重村さん?」
とうとう焦れた様子の重村さんは、持っていた箱をオレに押し付けるとそう叫ぶ。
「詳しい説明は私には出来ないし、する時間も無い。 ただ言えるのは、成田空港へ行け。 その道すがら、ニュースを見たまえ。 それだけだ。 頼む」
ただ戸惑うオレの背中をグイグイ押しながらそこまで一気にまくし立てた重村さんは、そこで一旦区切り、
「――悠那を、救ってくれ」
「!
――分かりました。 任せて下さい!」
その言葉を聞いて、走り出す。
途中で異変に気付いたらしい看護師に呼び止められるのも無視して、サンダルのまま飛び出す。
事態は全く読めない。
何が起きているのかなんて皆目見当も付かない。
でも、悠那を助けるチャンスがある。 それだけでオレが動くには、十分だ―――
――奇しく、或いは必然か。
タクシーに飛び乗り、今更財布の中身に対して血の気が引いているオレが。
オレ同様、絶望の縁に立っていた『雪原の歌姫』が。
数年ぶりに顔を合わせたある人から、衝撃の
殴ろうとも蹴ろうとも反応を返さぬ相方に、人知れず泣くなんて珍しい反応を示していた『毒鳥』が。
そのニュースを見たのは、全く同じだった。
『――次のニュースです。
一年十ヶ月に及ぶSAO事件に一週間前まで囚われていた、ヨーロッパ系企業ビジュテリエア・スフレトゥルイ社CEO、『ブライアン・スターコウジュ』氏が、本日正午発の便で帰国することが発表されました。外務省は――』
画面端に映し出されたのは、とても見覚えのある顔。 幾らか瘦せ、皺が増えているように見えるが、見間違いようがない。
ある人は、『老騎士』と慕い。
ある人は、『吸血鬼』と畏れ。
立ち塞がる総てを悉く粉砕し尽くした、最強の鉾。
……そして、窮地に陥ったユナと、フルダイブ不適合の所為で行く宛のなかったオレを救ってくれた、ギルドマスター。
――間違いなく、あの『ヴラド』が、そこに映っていた。
「………………………………………ふぅぉあぁッ!??」
しばらくフリーズした後、驚きのあまりスマホを持っていた腕を想像以上に脆かった膝の上に載せていた箱の中に突っ込む。 突然の奇声と奇行に運転手の目が細くなった気がして平謝りしながらも、重村さんがどういうつもりなのかを知るべく箱の中を探る。
入っていたのは幾らかの金と、二つのリングが並んだ冠状の見慣れない機械、一枚のメモ。
そして、『ALfheim Online』と銘打たれたゲームパッケージ。
……
一先ず読み方はさておき、メモの方にも目を通す。 余程焦った状態で書いたのか、所々掠れ、用紙にも変な折目が付いていたが、辛うじて読む事が出来た。
内容は短くて、とても端的だった。
『悠那たち三百人を捕らえているのは、アーガスに代わりSAOサーバーを維持しているレクトの須郷という男だ。 世界樹の頂上にある研究所を襲撃してくれ。それでシステムプロテクトに穴が開く』
「……なんでこんなこと知って………あー、そういえば重村さん、アーガスの社外取締役だったんだっけか……」
二年前、オレが前日から並んで必死に手に入れたナーヴギアとソフトと同じ物をあっさり手に入れた悠那がドヤ顔で見せつけて来た時、そんな事を言っていたのを思い出す。
……そうかー。 あの頃から
SAO開始宣言と同レベルの怒涛の展開に思考がおかしな方向に飛んでいきそうになるのをどうにか引き留め、考えを纏めてる作業に入る。
悠那の事を本気で気に掛けている重村さんだ。 メモの内容はそのまま信じていいだろう。
となると、オレは何をすればいいのか。
シンプルに考えれば、世界樹の頂上なる場所に行けばいいのだろうが、果たしてそれだけで解決するのか。
そこまで考え、未だ処理仕切れていない爆弾を投下してくれたニュース番組が流している、
……このレベルの騒ぎを起こせる人物を事件の中心部まで引っ張っていければ、それだけで注目を集められるだろう。 或いはもっとシンプルに、頂上にあるという研究所を破壊すればいいのか? 敵から見れば破壊の化身以外の何者でもないあのギルドマスターなら素手で余裕だな。
………それにしても煩いな。
外から人の怒鳴り声、叫び声が聞こえる。
こっちはまだ考え事をしているんだ。 ただでさえニュースサイトが煩いのに、
「ッ、ここで降ります!」
空いている所を探してくれていただろう運転手を止め、その場で降りる。 因みに代金は箱に入っていた分丁度だった。
中身を元通りに戻した箱を抱えながら喧騒の中に足を踏み入れる。 空港の入り口は中継で見たまま、記者と警備員がごった返していてとても入る余地は無い。 それが分かっているのか、それ以外の人はオレの他に、詰まらなそうに騒ぎを見ている
くそッ! どうすればいいんだよ!?
少し考えてみれば分かる事だった。 オレがここに着く前の時点でこの騒ぎなら、とてもヴラドに会いに行く事なんて出来ないだろう。 連れ出して研究所襲撃なんて以ての外だ。
「――チッ。 こうなったらヤケだ!」
我武者羅に人垣の中に突っ込む。
が、こっちは二年弱寝たきりだった身。 何処かで覚悟はしていたが、あまりに非力な身体は想像以上に軽々と弾き出され、寧ろ突っ込んだ時以上の勢いで転ぶ羽目になった。
辛うじて受け身が間に合ったが、身体が所々痛みに悲鳴を上げる。
「っ、ブライアンさん!」
もう届かない。 理性はそう告げるが、咄嗟に手を伸ばす。 これは悠那へ繋がる、細い糸だ。
尻餅を付いた格好のまま、懸命に手を伸ばす。
「――
公表されていない、ギルマスのプレイヤーネームを叫びながら、手を伸ばす。
その時。 なんの偶然か、丁度自動ドアの上に取り付けられていた時計が、無情にも正午を指し示し。
そして――
「――問いましょう」
――運命は、確かにこの手に届いた。
「――貴方が、『ノーチラス』ですね?」
次回予告
どうも皆様。 今回より一時的にメインの立ち位置に入る事になりました、ジャックです。
待ちに待った方も多いかと思われるALO編、そのプロローグ。 少々短いですが、如何だったでしょうか?
明らかになった本来とは異なるメンバー。 手段の所為で自陣に既に敵のいる須郷伸之。
……地味に研究出来ている時間も極端に短くなってますし、始まった時点で崖っぷちとは。攻める側ですが、哀れですね。 まあ彼の所為で私は残ることになったので、容赦なく解体しますが。
ではそろそろ、次回予告に移りたいと思います。
何処か怪しいながらも助けを得たエイジ。
集まる嘗てのパーティーメンバー。 それとは別に動き出す二人の少女。
今此処から、難攻不落の要塞への攻略が始まる――
次回、『霧夜の瀟洒な従者』。
――さて。 では、私も暴れるとしましょう。
だってあの人は、本当に楽しそうでしたもの――