串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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29話 白百合の騎士、合流す

 

 

 

 

 

――フリーリアと名付けられた街の外れ。 橋一本でしか他の町のある大陸と繋がっていない絶界の孤島にある街の、更にそこから離れた所にある小さな小屋 ……の庭。

ALO世界にスプリガンとして登録された『ノーチラス(オレ)』は、そこで無様にひっくり返っていた。

 

 

 

「……不幸だ」

 

これに『幸運E』という読み仮名を付ければまんまあの狂王の口癖になる台詞を独言る。 まあこの言葉を吐く原因の一端ではあるんだからせめてこれくらい言わせろと、誰ともなく言い訳も添える。

事の始まりはヴラドのリアルショックに始まり、気絶していた間に女性、しかもオレより身長が低い人に軽々と運ばれ(途中で気が付いた時にはもう一度気絶したくなった)。 この時点でもう色々とボロボロだったのだが、そこは悠那を助けるべく気合で堪える。

問題はその後。

初期設定で何となくスプリガンを選んだまでは良かったのだが、その種族のホームタウンからゲームがスタートする筈が、突然発生したバグと思わしき何かに巻き込まれ、今いる庭の上空に投げ出されたのだ。

あわやいきなり一乙かと肝が冷えたが、幸い(?)にも半分弱程度の減少で済んだ。 顔から落ちた所為で地味に痛かったが。

 

鼻を強打した事で発生した痺れその他に暫く悶絶していると、背後から聞き覚えのあるジルさんの声で「……なにしてるんですか、あなたは」と呆れて混じりに話しかけられた。 自分がノーチラスであること、バグの事を伝えようと身体を起こして向き直り、

 

「…………………えっと、どちら様?」

 

「声は同じでしょう、ジルです。 此方ではジャックと名乗っていますが」

 

――そこに立っていた人の外見に、思わずフリーズした。

リアルのジルさんの外見は、160程の身長にキリッとした雰囲気の女性だった。

 

それがどうしてこうなった。

 

ALOのジャックの外見は一転して低身長、おそらく140に届かない、所謂ロリ体型と化していた。 服装も体型にフィットするタイプの黒い物で、雰囲気、声、瞳の色と髪くらいしかリアルとの共通点がない。

極め付けは、――

 

「? 私の顔に何かついてますか?」

 

――銀髪の中に半ば埋まってこそいるが、明確にピコピコと自己主張しているネコミミ。 これが強烈なギャップを作り出していた。

キャラ作成をする時に表示された種族一覧にあった特徴から、テイムと敏捷に優れたケットシーである事は分かった。 分かったが、だからと言ってこの目の前に出現した、絵に描いたようなギャップ萌えを体現する存在はどうすればいいのだろうか。

リアルの外見が再現されていたSAOでは体験しようのなかった感覚に戸惑っていると、ジル――ジャックは若干後退りながら、そっちの気のある人(ロリコン)をピトの相方と同じ沼に突き落としそうな目つきで睨んできた。

 

「……ノーチラス。 貴方まさか、ユウナという人がいながらルーと同じこと言い出すんじゃ、」

 

「待て待て待て。 誤解だ。 多分誤解だ! いやだってさっきまでとは全然違う姿だから驚いただけ! つかルーって誰だよ!?」

 

「……まあいいでしょう。 ルーに関しては後程紹介します。

それより、今私がすべきなのは――」

 

溜息ついでに目つきを戻したジャックはそこまで言うと、極細の糸が何重にも巻き付いた太めのバトンの様な物を取り出した。

腕を真っ直ぐに伸ばし、地面と水平になるように持ちながら糸を解くジャックは、不意打ちを警告する様に、ボソリと呟いた。

 

「――貴方の実力の把握です」

 

「ッ――!?」

 

次の瞬間、殺気が膨れ上がる。 気だけで圧倒しにくる様は、まさしくあの狂王を彷彿させた。

咄嗟に腰に装備されていた初期装備の剣を引き抜く。 ほぼ勘頼みで左側からの薙ぎ払いに対してガードを固めると、直後に衝撃が手に伝わった。

 

「……どうやら最低限は出来るようですね」

 

「アンタの御主人に散々ビビらされたからな……!」

 

流石に手加減はしていたようで、あっさりと弾ける。 直ぐに刀身を押していた重圧は退かされ、漸く相手の得物の全体像を把握出来た。

……正確には、未完(・・)の全体像だったが。

 

ジャックの手に握られていた得物。 両手でしっかりと握られたそれは、彼女の外見に似合わない『無骨』で『シンプル』としか表現しようのない槍。 ただし、そのシンプルさの中には彼女の戦闘への意識が随所に隠されているようだった。

低身長で通常規格そのままの長物を扱うのは不利だからなのか、取り回しに重点を置いた飾り一つ無い代物。 矛先すら金属棒の先端を削ったような具合で、まさに『ダメージさえ与えられればいい』という考えなのだろう。

しかし、『柄』は全くの逆。 装飾という点では相変わらず皆無だが、近接戦では不利になりやすい低身長を補うだけの工夫があった。

もう不意打ちをする気はないのか、目の前で槍をクルリと一回転させながら解いた糸を引っ張る。 みるみるうちにバラバラに分裂していた槍の後ろ半分が糸に誘導されて連結していき、二メートル程の槍が完成した。

 

――多節棍。 いや、矛先が付いている以上槍に分類されるのだろうか。

どちらにせよ、只でさえ攻撃方法が多用な槍が更に面倒くさくなったのには変わりないか。

 

 

「さて。 此方としましても、幾らあの人直々の推薦とは言え貴方の実力を無条件に信じる事は出来ません」

 

組み上がった槍を片手に、左手でウィンドウを弄るジャック。

間髪置かず目の前に初撃決着モードでの決闘依頼が表示される。

 

「……だから直接やり合う、か? 分かりやすくていいな」

 

勿論承諾。 自然体に構え、剣を持つ手はギリギリまで力を抜く。 今更手にあるのがあの城で振り続けた愛刀ではない事が不安になってくるが、先回りしたジャックに「ご安心を。 ちゃんと力加減はします」と言われてしまった。

……そんなに弱そうに見えるのか? オレ。

 

少しテンションが下がるも、相手を見据えて警戒は怠らない。

ジャックは自分の身長より長い槍を物ともせず片手にぶら下げるように持ち、右手は開かれたまま。

その構えに既視感を感じて、こんな場面ではあるが、オレはある意味で安心感を抱いていた。

何故なら。 持つ手やら色々と差異こそあるが、あの構えは――

 

 

――アイツ(ヴラド)と、同じだ。

 

 

ブザーが鳴ると同時に一思いに突撃する。

一瞬で間合を詰めて切り上げれば、予想通り(・・・・)上方向に受け流される。

が、二度目(・・・)ともなれば慣れたもの。 相手の持つ柄に爪先を引っ掛け跳ね、支えこそ無いが鉄棒の要領で上半身を勢いよく倒し、剣を振り下ろす。 しっかりと跳ぶ瞬間に槍を蹴り落とすのも忘れない。

だがオレの一撃は弾かれる。 記憶(・・)とは違い、防いだのはナイフではなく分解した柄の一部だったが、予想圏内。

敢えて剣の芯から外した部分を当て、刀身を滑らせる。 着地と同時に地面と水平に剣を構え、刎ね上げる。 ゲームが違うからソードスキルこそ発動しないが、動きは『レディアント・アーク』とほぼ同じ。

 

――つまり、このままでは負けるだろう。

 

あの時――七十五層ボス直前に挑んだ時は、このタイミングで馬鹿正直に胴を斬りにいった結果、軌道を読んだヴラドにソードスキル発動直前の手元を押さえられて強制停止させられて負けた。

事実ジャックの動きを確認してみれば、驚愕しながらも迷いの無い動きで、分解した槍の紐――光沢からして金属糸(ワイヤー)?をオレの手首に巻き付けようとしていた。 一瞬で辿れる範囲で追って見れば、一方は足元に。 このまま切り上げればまた動きを止められていただろう。

 

だから、更に一手先を読む。

僅かに軌道を手前に。 わざとこの一撃が相手に辛うじて届かない様に発動する。

 

結果、刀身に直接糸を巻かせる事に成功した。

幾重にも巻かれる前に強引に振れば、切断を警戒してか糸が撓む。 分裂した槍の各パーツも低い位置にあり、おそらくガードは不能。

 

「貰ったぁぁっ!!」

 

レディアント・アークの勢いそのままに身体を一回転捻り、バツの字に斬り上げる。 今度はしっかりと一歩踏み込み、必中の間合で剣を振り抜いた。 途中で直撃した槍ごと打ち上げる(・・・・・)事に成功し――

 

 

「――成る程。 あの人が認めるだけの事はあります」

 

けれど、勝敗が決した合図のブザーは鳴らず。 それどころか、不自然に重い切先から涼しげな声が聞こえた。

有り得ないと思いながらも振り上げた剣の先を見上げれば――そこには、片足で刀身の腹の上に立つジャックが。

 

「それだけの腕があるなら世界樹のグランドクエストでも死なずに済むでしょう。 では、次の用事を済ませるとしましょうか」

 

どれだけのバランス感覚に技術があれば出来るのかすら分からない技にオレが唖然としていると、「降参(リザイン)」と短く宣言して決闘を終わらせたジャックが剣の上から飛び降りた。

……手加減、されていたのだろう。 ヴラドの全力が無手から放たれるSTR極の一撃であるのと同様に、ジャックも何かを極めている。

今のは、そのほんの一端。

 

………悔しい。 オレがあの世界でユナを守る為に努力した二年は、何だったのか。

 

「待ってくれ! まだオレは、」

 

その感情のままに『まだ負けていない』、そう言おうとして。

 

――気が付いたら、首元にナイフの刃が突き付けられていた。

さらに右手に握っていた剣が、刀身を失った様に突然軽くなった。 柄がポリゴン片に砕けた感覚もあるから確定だろう。

 

予兆無し。 覇気も無し。 おまけに目の前にいるというのに、一瞬気を抜けば見失ってしまいそうな程気配を感じ取れない。

 

「なっ――」

 

まさに一瞬。 それだけの間に武器は切断され、急所には武器。

向こう(アインクラッド)にいたレッドや暗殺者系プレイヤー、それに近い動きをするMobすら霞んで見える程の異常な実力。

あの人が狂戦士(バーサーカー)なら、この人は正に『アサシン』と言うべきなのだろう。

 

 

 

――ゼロ距離で何の感情も浮かんでいない金色の瞳と向き合って、何秒経っただろうか。

まるでスイッチを切り替えた様に突然小さく微笑んだジャックは、ナイフを引っ込めた。

 

「――さて。 武器も壊れてしまったことですし。 装備を整えがてら、向かうとしましょうか」

 

「……向かうって、何処に?」

 

ついさっきまでナイフの刃が当たっていた首をぞっとしない気分でさすりながら問う。

 

「勿論、最終目標たる世界樹攻略、その布石の一歩目たる人物に会いに、ですよ」

 

やはり、答えは直ぐに返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ケットシー領首都『フリーリア』 中心部

 

 

……一つ分かった事がある。 ヴラドといいジャックといい、どうやらこの主従は取り敢えずヤベーヤツ認定されているらしい。

魔法と異種族間の事情について簡単に説明されながら街の門を潜ったのだが、行く道ですれ違ったプレイヤーの多くが二度見した挙句少し引いていた。 一体何をやらかしたら同族からすら引かれるのかと聞いてみれば、

 

「私がこのゲームを始めた頃、勝手が分からず片端から辻斬りして回ったからでしょう。

あの時は出会う相手を全員解体しましたから」

 

やはりというべきか、ぶっ飛んだ答えが返ってきた。 ていうかそんな大規模PKしたら確実に討伐隊が編成される気がする。 その事についても聞いたら、

 

「ええ。 多種族混合編成の部隊が。 サラマンダーの主力部隊が他種族と組んだのはあの時だけでしたね」

 

「……ちなみに、戦果は?」

 

さくっと『殲滅しました』みたいな返事を予想してみれば、「当時は顔バレしていなかったので、適当に撒きました」とのこと。 顔バレ後は稀に負ける事もあるらしいが、基本的には高難易度ダンジョンに誘い込んだり、夜間にリーダーだけを闇討ちして逃走を繰り返しているらしい。 戦果だけ見ればラフコフが霞むな。

 

 

途中で立ち寄ったジャックの行き着けらしい武器屋で武具を整え――隣で見覚えのある形状の投げナイフをダース単位で買い込んでいるのはスルー――た後、違いの分かりにくいレンガ造りで豆腐スタイル(四角形)の建物が多いフリーリアの中で、塔を除けば唯一旗が揚がっている建物に案内された。

勝手知ったる場所と言わんばかりに遠慮なく奥まで進んでいくジャックに着いていくと、明らかに重要な部屋に続くと分かる一際巨大な扉の前で初めて立ち止まった。

 

「ジャック……?」

 

「……いえ、何でもないです」

 

呆れたような諦めたような半目をしたジャックは、普通に扉を開けた。

 

そこにいたのは、ソファーに寝っ転がっている黄色い髪に褐色肌の少女。

当然ながら猫耳と尻尾が存在し、本人のリラックス具合を表しているのかゆっくりと揺れていて、部屋に入ったオレたちに気付かずに寝ている様だった。

 

「寝ているのか?」

 

「……アミュスフィアは脳波の変動を感知すると、自動的に接続を切ります。 つまり、」

 

左手で大振りなナイフ――オレの喉に突き付けた、刀身が紫色に染まった物を引き抜きながらスタスタと褐色肌の少女に近付き、

 

「――狸寝入りです。 猫なのに」

 

「だからっていきなりソレは酷くないかニャー?!」

 

躊躇いなく振り降ろした。 尤も少女の方も慣れた動きで避けていたから、よくある事なのかもしれない。 あれか。DK内でも頻繁にピトが他のメンバーを襲撃してたけど、あれと同じようなものか。

 

「ジャックちゃんの鬼ー、悪魔ー」

「煩いです。 人の目の前でイチャイチャイチャイチャしまくって! 表に出なさい!」

「自分から死ににいく趣味はないヨ!」

 

あれよあれよといつの間にナイフによる二刀流とサーベルの斬り合いに発展している少女の姿をしたなんかたちを適当に眺めながら、巻き込まれないように端の方で膝を抱えて落ち着くのを待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――領地補正なのか幾ら斬っても互いの体力が減らない不毛な戦いが落ち着いたのは、想像より早く五分とかからなかった。

というより、最初から二人揃って本気ではなかったのか、ある程度斬り合うとスイッチを切り替えた様に武器を収めた。

一体いつから示し合わせていたのかと混乱していると、褐色肌の少女が座っていたオレに手を差し伸べてきた。

 

「あの、えっと、」

 

「あぁ、自己紹介がまだだったネ。 私はアリシャ・ルー! ケットシーの領主をやってるヨ」

 

「は、はぁ。

……領主?」

 

「それぞれの種族をギルドに見立てた場合、そのギルドリーダーに相当(あた)ります」

 

効果は分からないが、何かしらの魔法の詠唱を終わらせたジャックが補足してくる。

 

「それで? スプリガンのキミが、どうしてケットシーのジャックちゃんと?」

 

オレが立ち上がった辺りのタイミングに合わせて、無邪気そうな顔でそう聞いてくる。 はぐらかすべきか正直に言うべきか答えに困っていると、ジャックが尻尾をくねくねさせていたアリシャに対して意味の分からない言葉を言った。

 

「――ルー。 今日私たちは、シャルル(・・・・)に用があって来ました」

 

その言葉を聴くと、本人の内面を示すように動き回っていた尻尾がピンと貼ったまま微動だにしなくなった。

 

「……えっと、大丈夫ですか?」

 

「あー、うん。 大丈夫」

 

発した言葉も、さっきまでの遊びのあるとは違う。 凛とした、言うなれば『真面目な声』だった。

今日何度目か分からない混乱状態に陥っていると、ルーさん(?)がジャックに話しかける。

 

「それにしても、私に話があるなら最初からそう言ってくれればいいのに」

 

「すみません。 本来ならリアルで話すべきでしょうが、少々急を要する件なので」

 

「ジルがそこまで言うって事は、例の未帰還のSAOプレイヤーの件かな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!? どうしてそれを?」

 

ルーさんの口からジャックのリアルネームが出た時点で、さっきジャックの言った『シャルル』がルーさんの本名な事と、そのルーさんのリアルに対して嫌な予感を感じとる。

 

 

「あのデスゲームにヴラドが巻き込まれていたのは知っていたからね。 その従者が日本に残って、そしてわざわざVRゲーム内で私に会いに来るって事はその辺りの件が絡んでると思ったんだ。 元々、レクトには怪しい所があったしね」

 

顔付きすら変わっていると感じるほど雰囲気が変化したルーさんに、今日一日だけで異様に鍛えられた警鐘が鳴り響く。

 

「と、所で、あなたは……?」

 

震える喉を痙攣らせながら、念の為に確認する。

その返答は――

 

「――私の本名は、シャルル・デオン・ド・ボーマン。

彼らとは以前から交友関係があるだけのフランス人さ」

 

ジャックとは違う、少し曖昧なものだった。

 

 

 

 

 

 


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