串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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32話 妖精の騎士、収束す

 

 

 

 

 

――着地した石畳から薄っすらポリゴン片が立ち昇る程の急制動の背後で、重々しい音と共に大扉が閉まる。

 

目的地が遠ざかってしまったのに安堵してしまっている自分を自責するよりも先に一瞬の浮遊感が身体を覆い、次いで落下した。 肺に残った空気を一息に叩き出されたような咳込みをすると、

「ご、ゴメン! でもちょっと待っててね!」と慌てた様子の乱入者――ユウキが、あれでもないこれでもないと呟きながら高速でウィンドウをスクロールさせる。

待つこと数秒。

「あったぁ!」の掛声と共に小さな硝子瓶を実体化させると、その中身を左手に握っていた碧色の小さな火の玉に全部ぶち撒けた。 側から眺めている分には単なる慌てん坊の奇行にしか見えなかったけれど、たちまち高く上がった火の玉からピトフーイが現れたことで、それがアインクラッドでは存在しなかった蘇生アイテムだということを察する。

 

蘇生にはある程度のラグがあるのか、復活したピトが口を開くよりも先に動いたユウキが今度は回復ポーションを取り出して振りまく。

ドット一つ分ほどしかなかったHPが緩やかに回復すると同時に部位欠損のデバフマークが消え、折れていた左腕と両脚が元通りになる。

 

「……ありがとう、ユウキ。 でも、どうしてここに? 蝶の谷に行ったんじゃ……」

 

「え? あー、うーんとね。 それはそのー……」

 

「?」

 

冷汗のようなものを滲ませ、頬を人差し指で掻きながらそう言うユウキ。

 

ふと、今はもう閉まりきっている扉に振り向く。 その内側に閉じ込められている怪物たちの気配は一つとして察知することは出来ないけれど、その扉の分厚い質感が、

――ゲートから突如として伸びた腕に掴まれた感覚が、恐怖感を思い起こす。

 

勘は例え無謀でも今すぐに突撃するべきだと言っている。 いつか、決定的に間に合わなくなってしまうと。 けれどここを突破する事は事実として無謀。 無限に湧き出るガーディアンの大軍と、進むべきゲートの奥から現れるミノタウロス。 その両方を二人で突破しなければならない。

 

「……改めてありがとう、ユウキ。 でも行かなきゃいけないの」

 

震えを押し殺し、なるべく自然に微笑む。

これ以上彼女に迷惑はかけられない。 例え何度負けたとしても、私は――

 

そう覚悟を決め直し、踏み出した一歩は、

 

 

 

「実はまだ目覚めていないSAOプレイヤーがあの上で捕まってるのよ。 私たちはその救出に来たってワケ」

 

「ピトッ!?」

 

盛大にスリップした挙句転び倒れかける羽目になった。 確かにユウキ程の実力者が手伝ってくれるなら心強いけど、彼女は無関係なのよ!? こんな無茶に付き合わせていい筈ないわ!

 

如何にかピトフーイを止めようと口元に手を伸ばすも、単純な体術ならピトに分があるからか簡単に避けられる。

 

「ヘイ待った待ったお嬢さん。 ちょっと落ち着きましょうか?」

 

「何が落ち着きましょうか、よ! 何考えてるのよ!?」

 

真意を問い質すべく半ば怒鳴りながら問う。 落ち着くべきは貴女でしょうにこのバーサーカー!

問われた毒鳥は、宙を舞う葉の様に避け続けながらも腹が立つ笑みを浮かべながら応えた。

 

「何考えてるって? そりゃあのマジカル(本気狩る)な難易度のクエストの突破方法よ。

ぶっちゃけ私とアスナの二人じゃ無理。 とすると誰かにヘルプを頼む事になるけど、一年もの間プレイヤーの興味を惹きつけ続けて来たグランドクエストを、いきなり現れた私たちが理由も告げずに頼んだって怪しいだけ。 ならいっそ全部話すってのもありっしょ!

…… 何より、」

 

避ける事を辞めて、急に立ち止まったピト。 捕まえるつもりで動いていた私は当然ピトフーイにぶつかり、ほぼ密着状態になる。

 

――それを待っていたらしいピトフーイの、最後の呟きが聞こえる程近付いた。

 

「――私としても、いい加減形振り構ってられないのよ」

 

冷えているようで、僅かに焦燥感を感じる声色。 表情こそ見えないけれど、考えている事は分かる。

『何をしてでも、あの樹を突破する』。 どんな手を使ってでも。 今のピトなら、それこそ屍の山を積み上げようとも最短で登り詰めるだろう。

 

 

「そ、れ、にぃ。 そっちもそっちで何か知ってるんじゃないかしら。 ねえユウキ?」

 

呆然としてしまった私からするりと離れると、今度はユウキに絡むピトフーイ。

 

……いや確かに所々言い淀んでたからそこは気になってたけど、そこまでずけずけと遠慮なく聞くかしら?

呆れと諦めが混じった気分でピトが此方の事情をほぼ全て――それこそ、主犯の名前とかまで話すのを聞き流した。

………さっき私が決めた覚悟は何だったのかしらね。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――目の前にいる、真剣な表情で私の話に耳を傾ける少女。

正直、不安は拭えない。 精々会ってまだ半日程度の相手にリアルの個人を特定するには十分な情報をそう分かっていて伝えるリスクは勿論のこと、伝えた内容に対して彼女――延いては彼女から広がるだろう情報がどんな反応をするか、全く予想がつかないのだ。 それこそ主犯(須郷)に直結、なんて事になっても不思議とは思わない。 三百人ものプレイヤーの意識を拐い実験台にするなんて事を仕出かすなら、この世界の実験施設に感付かせない為の人員の一人や二人、放っていてもおかしくないだろう。 私もSAO時代、似たようなノリで訳アリとはいえ元ラフコフのオレンジプレイヤー(ルクス)とパイプを持っていたし。

 

とはいえ、眼前の障害は私とアスナだけで突破するのは不可能。 話す限りユウキ本人はALOの真実とは無関係そうだし、実力も信頼出来る。 それに――

 

 

ふと脳裏を過るのは、銀髪の狂王。

徒手、槍、投剣でのチートレベルの戦闘能力は勿論、家事全般プラス一通りの楽器を演奏可能とかいうギャップどころではない器用さすら持っていた、謎の多い人物。

 

……疑り深過ぎってのも、損かしらね。 第二層でPoHたちにハメられたのがそんなにショックだったのかしら? 未だに三十四層の一件は説明が付かないとはいえ、結局アイツは白らしいし。

 

「――と、いうワケで。 私たちはASAP(最短コース)で世界樹の上に向かいたいのよ」

 

「……なるほど。 そういう事かー」

 

大体の説明も終わり、腕を組んで少し唸る様な声を出すユウキ。

さて。 勢いで喋っちゃった感もあるけど、納得してくれるかしら。 証拠の類は無いも同然だから余り深く突っ込まれると困るのだけど……

 

 

注意深くユウキの反応を探る。 一分程経って、ユウキの口から明確な意味を持って発せられた文は、最初は意味不明だった。

 

 

「――一ヶ月くらい前かな。 その時はまだ、あのクエストってもっと簡単だったんだよ」

 

「ユウキ?」

 

「まあまあ、ちょっと聞いてよ。

あの世界樹のクエスト。 ガーディアンの数も半分くらいだったし、ミノタウロスなんて影も形もなかったんだ」

 

「……そんなに簡単なら、とっくにクリア出来るんじゃないかしら?」

 

アスナが気になった部分を突く。 ガーディアン単騎の性能は大したことはなく数も少ないなら、アルンに着くまでに見たユウキ程の実力があれば十分突破可能だろうに。

 

「あはは。 実は、その頃は種族間の戦力の偏りを防ぐ為にって、一部のプレイヤーは参加禁止になっててね。 ボクも入っちゃいけなかったんだ」

 

「何よそれ。 あーでも分かる気がする」

 

プレイヤー間の対立が起こりやすいMMORPG、しかも明確な区分としての種族制度。 さらにグランドクエストの報酬はその一種族だけ。 長期間クリアに詰まろうものなら足の引っ張り合いが始まる事は必至だった。

 

「それでもあんまりにも突破出来ないもんだからって、一度だけトップ勢だけのパーティーで挑んだんだ。 これで無理なら、攻略不可能だってレクトに改善要求を叩き付けるんだって」

 

一旦言葉を区切り、思い出す様にグランドクエストの門を見上げるユウキ。

 

「……突破は出来たんだ。 想像よりもずっと簡単に。 でも、ゲートが開かなかった(・・・・・・)んだ」

 

「えぇ!? でも、クエスト目標って、」

 

「うん。 ドームのゲートを潜ること。

その時は大変だったんだよ? 未達成のキークエがあるのかって、みんな目の色を変えて片っ端からクエストを受けて。 ヨツンヘイムのマッピング範囲なんて、一気に倍以上進んだし。 ボクなんて四六時中駆り出されっぱなしでさー。 姉ちゃんなんかそれ以来ALOやらなくなっちゃったくらいだし」

 

軽く笑いながら当時を語る。 ここで終わったのなら、まあ稀によくある話程度で済んだのだろう。

――あの怪物、ミノタウロスが現れなければ。

 

「何もかも変わったのは、クエストの手掛かりでも無いかって、ドームの内側も探すことになった日。

ちょうど直前にアップデートもあって、仲のいい数人でまた挑んだんだ。

その結果は、」

 

「――難易度の急上昇」

 

「うん。 ガーディアンの数も増えてたし、ゲートが開いてもそこからミノタウロスが出るようになったんだ。 しかも出現と同時に迷宮を造るから、ゲートの状況も分からない」

 

「うわぁ……」

 

思わず天を仰いてしまう。 アップデート前にゲートが開かなかったのも間違いなく仕様でしょうね。

 

「でも、ピトの話を聞いて納得したよ。 あのクエストは、クリアされる前提で作られてないって。

……うん、分かった。 ボクも協力するよ! そのスゴーって奴も許せないし、それに――

あ、そうだ!」

 

「? どったの?」

 

協力を取り付けられた事にコッソリガッツポーズをしていたら、肝心のユウキが何かに気付いたような声を上げる。

 

「ボクが蝶の谷で待ち合わせてた相手なんだけど、その人はグランドクエスト攻略をすごく頑張ってるんだ。 結構強いし、ボクもリアルの知り合いだから事情を話せば手伝ってくれると思う!」

 

「ほうほう。 それはいい事を聞いたわ。

よーし! じゃあ行ってみましょうか、蝶の谷!」

 

二人しておー!と握り拳を挙げた矢先、傍観していたアスナが呆れ混じりに「せめて明日に出発するわよ」とのお達しがあった。 時刻はもう十一時を過ぎ、あと数十分もすれば日付が変わるという頃。

暫く食い下がろうにも、結局私がゲンコツ一個貰ったのをキッカケに解散になった。 アスナは私の姉かいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同時刻 フリーリア

 

 

 

――足音の鳴りやすい石畳の廊下を真っ直ぐに抜け、扉を開ける。

不用心故か、――或いは絶対的な自信故かはさて置き、無抵抗に開いた境界の先は、通い慣れた領主の執務室。 その中央に鎮座する卓に座るは、何やらウィンドウに打ち込むケットシー最高地位に位置する褐色の少女。

虚空に浮かぶ半透明のホログラムに目を落としたままの彼女は、此方を一瞥することもなく声を掛ける。

 

「どうだい、(ノーチラス)の調子は?」

 

「あのデスゲームに於いて二年弱もの間戦い続けてきただけのことはある、と言った程度でしょうか。 少々固いところや妙な癖はありますが、あのガーディアン程度なら鎧袖一触で片付くでしょう。

……尤も、私の知るスペックが、当時のままであれば、ですが」

 

そう付け加えれば、複数枚の紙束が投げ渡される。 ざっと目を通せば、内容はガーディアンの強化内容とその先の罠について。

 

「……大幅な斬撃及び遠距離攻撃への耐性付与。 湧出パターンの増加。 挙げ句の果てにはデバフ付きのダンジョンを形成するミノスの雄牛ですか。 ここまであからさまだと、いっそ清々しいですね」

 

一ヶ月前にあのクエストに挑んだ、私を始めとする四人の内三人の主武器の威力を軽減する防御の追加に、物理的に目的地を遠ざけるだけでなく、展開される度に地形の変わる迷宮を形成する人肉食(ある意味人間特攻)の怪物の配置。

……アステリオス(私の知るミノタウロス)ならばまだ懐柔のしようがあったかもしれませんが、撃破するしかないでしょうね。

 

私された資料を片手に再度ノーチラスの戦闘能力を測り直す。 結果は、彼単騎ではガーディアンすら突破不可能。 その事を手短にルーに伝える。

 

「それで、どうするつもりですか? 無限のガーディアン相手には貴女お抱えの竜騎士(ドラグーン)隊は相性が悪い。 かと言って先鋭による一点突破はミノタウロスの迷宮を走破するには人手が足りません」

 

「その程度なら簡単だよ。 ミノタウロスを引き釣り出した後の増援として配置する。

それに、あの迷宮のデバフは主以外に等しく降り掛かることが判明している。 狭い通路であれば騎竜を突進させるだけで大体の障害は押し潰せる。 何より、

 

 

――その程度の逆境、あの姉妹、特に()なら簡単に覆せるさ」

 

予想していなかった言葉に、思わず目を丸くする。

 

「……貴女のリアルを考えれば連絡そのものは容易いでしょうが、よく説得出来ましたね」

 

「寧ろ彼女から攻略班に入れろと言われてね。 キミからの情報は全部持っていかれてしまったけど」

 

苦笑するルー。 私たちの思い浮かべる人物の強さは、彼女と戦いになった(・・・・・・)私たちだからこそ実感出来る。

 

 

――ALO序列第一位。 多くのプレイヤーは彼女をそう呼ぶ。

 

あの黄金の双剣(・・・・・)使いを――

 

 

 

 

 

 

 








次回予告

皆様、お久し振りです。 『夏イベで我が王の出番キタァァ!』と発狂中の若様に代わりまして今回の次回予告とお知らせを務めさせて頂きます、ジャックです。
では、三週間程待たせた割には話の進まなかった32話の次回予告をどうぞ。

ケットシー領フリーリアとアルンを結ぶ中間地点にある蝶の谷。 遂に浮遊城から舞い降りた三人は揃うも、当然邪魔は入りますが…… まああの魔剣使い相手であればあの三人で勝てるでしょう。
斯くして偽りの王への反逆の準備は整う。

次回、『序列第五位、現る』





続きまして、前回実施したアンケートについてです。 早々にコメディ系が圧倒的な差を付けてしまったのか、少々張り合いが無いと言いましょうか。 面白味に欠けてしまったので、それぞれの話の内容を簡単に説明した上で期間を一週間延長したいと思います。 それとタイトルは仮決めなので変わる場合があります。
では、上から順に。


『シリアス』――時はSAO真っ只中。 伝説と化した第五十層ボス戦。 圧倒的な力を持つ異形に対し戦線は崩壊。 多くの死者を出し掛けたその戦い。 主人公は未だ少年でしかなく、
――故に伝説は、成り立った。
『最硬、最狂』


『コメディ』――舞台は同じくSAOの最中。 これがヒロイン補正なのか、DK本部によるSANチャックを乗り越えたサチがヴラドに料理を教わりに行きます。 そして互いの話にちょくちょく出る謎のケーキイーター! 正直私は一人しか心当たりがいません!
『ゔらどのパーフェクトお料理教室』


『ネタバレ』――此度もまたSAO内の話。
語られるは、片鱗のみを見せる三十四層のとあるダンジョン。 後にDK本部となる迷宮の攻略。 現状唯一ザザらの前で『ブライアン』としての在り方を零した、その一戦。
その最奥に潜むは、
『泡沫の夢、刹那の一幕』


『ifストーリー』――現在考えているプロット。 アンダーワールド編まで終了した段階のヴラドが、何の因果か第四次聖杯戦争に召喚されました。 無論破滅が約束された物語である以上さっさと脱落しようとするも、そうは言えない事情が出来てしまい……
『串刺し公、参戦す』
(※尚この話のヴラドのスペックはあくまで現段階で描いているアンダーワールド編の後半のものなので、変化する可能性があります。 予めご了承ください。)


『ウロブチ』――時は遡り、およそ十七年前。 本来であれば決して出逢う筈のない、誰よりも正義を志した少年と、誰よりも臆病な青年が邂逅する。
――それは、運命の物語。
本来ならば何一つ救いの無い、ゼロ(Zero)の物語。
『泡沫の夢、その運命を識る』




……それでは、また次回にお会いしましょう。


※アンケートは終了しました。多くの投票、ありがとうございました。


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