串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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36話 英雄の凱旋

 

 

 

 

 

「――う、ん?ここは……」

 

 真っ暗なゲートを潜った直後。懐かしさすらある転移直後の感覚に近い余韻を、軽く頭を振って払う。

 メンバーが全員揃ってることを確認するついでに周囲を見渡せば、そこはなんとも形容し難い、のっぺりとした白い通路だった。外がファンタジーしていただけに、違和感が凄い。

 

 ……でも、なんなのだろう。その場違い感とも違う、この違和感は。

 

 

「ユイちゃん。ここが何処だか分かる?」

 

「……判りません。マップ情報そのものが、この場所には無いようです」

 

「御心配無く。既に侵入後の算段はあります」

 

 サチとユイとのやり取りにそう返し、先頭を歩き始めるジャック。

 無機質な、印一つない通路を進んでいる内に――一つ、違和感の正体に当たりが付いてしまった。

 

「……ねぇノーチラス。気が付いた?」

 

「あぁ。ここの構造、D()K()()()()()()()()

須郷の野郎、よりにもよってあの場所を真似るなんて……!」

 

 緩やかに円弧を描く通路。その両側にある扉。扉を潜った先に続く、同じ所に戻ったのかと錯覚する程似た円弧の通路。

 そして、その中央には、重要な場所。

 そっくりだ。あの場所に。ていうか奥への道筋すら同じだ。

 

 ――私があいつに対して疑いを持った、最初にして最大の疑問点に。

 

 ヴラドに対して純粋な恩しかないノーチラスは、押しの弱いアイツが最後まで拘り続けたDK本部のマップをパクられて憤慨しているけれど、寧ろ私は懸念が増えた。

 ユイはこの場所について、『マップデータが無い』と言った。この特徴はDK本部にも当て嵌まっていて、普通のダンジョンなら到達済の所までオートでマッピングされる筈が、あそこに関しては、ギルドホーム化した後でさえ『No Data』表示――つまり、システム上地図が存在しない場所だった。

 そんな場所をコピーして、こんな研究施設をプログラミングする?

 

 ……可能性としては幾つかある。

 一つは、あくまで閲覧不可だっただけであって、あの場所にはマップデータがちゃんとあって、それを偶然コピーした。

 二つ目は、あのダンジョンをプログラムした人と、この研究所をプログラムしたのが同一人物である事。

 三つ目は、――

 

 

 先頭を走る幼女の方を見る。あの少女は、ノーチラス曰くヴラドが寄越したメイドだという。その少女に導かれ、私たちは今、こうして須郷の牙城に潜入している。

 

 ……三つ目は、前にアインクラッドでも似たような疑いをして、そして否定された可能性。

 ――ヴラドが敵、という可能性。

 

 

「……ま、流石にそりゃないでしょ」

 

 思わず今リアルの自分が被っているのがアミュスフィアであることを記憶を遡って確認してから、その可能性を投げ捨てる。

 七十五層ボス戦の後、キリトと共にヒースクリフ――茅場晶彦と会話したサチによれば、ヴラドは完全にシロらしい。サチ本人はどうしてキリトがそんな事を訊いたのか不思議そうだったけど。

 というか、もし仮にそうだとしたら完全に詰んでる。アインクラッドの時とは違う、出口のない完全なチェックメイト。

 うん、いくら私でもそれは勘弁。殺し殺されならウェルカムでも、モルモットになる趣味はない。

 

 

 ……相変わらず結論の出ない謎は一先ず傍へと押しやり、目の前の事態に集中する。

 脚が覚えている、自分たちの昔の住処と同じマップなら旧ボス部屋への入口に当たる扉。なんの装飾もされていないそこは、開閉音すら設定するのを面倒臭がられたのか無音で開いた。

 その奥には――高さ一メートルくらいの円柱型のナニカが、ずらりと並べられていた。

 そして、その上に浮かんでいるのは。どう見ても、人の脳で。

 

「ひっ」

 

「……なに、よ、これ……」

 

 サチとアスナは後退り、ノーチラスも絶句していた。ユイも顔色が悪くなってる。そういう私も、流石に茶化す気にはなれない。

 

 唯一、ジャックだけはその光景を見てもケロリとしていて、平然とその空間に足を踏み入れていた。

 

「お気持ちは察しますが、今は堪えて下さい。システムコンソールを見つけない事には、どれが誰だかも判別出来ません」

 

「……そ、そうだ。キリト!」

 

 ジャックの言葉を聞いて、サチが弾かれた様に駆け出す。大体の目処は立っているのか、あっさりとサチを追い抜いたジャックは、左右を確認しながらも一直線に奥へと進んでいく。

 

 果たして、そこには予想通りの物があった。

 ディアベル達を助けに第一層地下ダンジョンに潜った時、その最深部にあったシステムコンソールと、色以外同じデザインの立方体のオブジェクト。

 

 よし、勝った!第三部・完!

 

 少し弄ることであっさりとメニュー画面を表示したコンソールに、思わずガッツポーズ。直前にあれこれ考えていた心配はこれまた完全な杞憂だったようで、多少行ったり来たりと危なげながらもプログラムを走らせている。

 

「これで此処の惨状が仮想課へと送り届けられる筈です。後は現実で須郷伸之の身柄を押さえてしまえば――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――僕が、なんだって?」

 

 次の瞬間。なんの前触れも無く、いともあっさりと私たちは床に叩きつけられた。

 

「は……?」

 

 慌てて飛び起きようとしても、全く手足が持ち上がらない。これは、まるで――

 四苦八苦している最中、コンソールのある方向から、下卑た嘲笑混じりの声が響いた。

 

「くっははは!君らには相応しい格好じゃないか。この妖精王、オベイロンを出迎えるなら、それらしい態度を取って貰わないとねぇ!」

 

 やっとこさ首を動かして見れば、そこにはいつの間にか悪趣味な長衣(トーガ)を羽織った男が立っていた。

 この重力が増したとしか思えない中で平然と立っているという事実は、一つの真実を指し示す。

 この男が黒幕。この男が――須郷伸之!

 

「いやあ、どうやらこの僕を王座から引き摺り落とそうとしていたみたいだけどねぇ。ざぁんねんでした!君がコソコソとゴキブリの様に動き回っていた事は、とっくに気が付いていたんだよ。

……そうだよ、特にお前ェ!!」

 

「ッ、」

 

 直前まで心の底から愉快そうに嗤っていたのに、突如として激昂して足元にいた幼女を踏み付ける。

 今まで散々蓋をしていた殺意のままにブチ殺したい、けれど、相変わらず腕は上がってくれない。

 ジャックもナイフを突き立てようとするも、鬱憤を晴らす様に執拗に踏み付けられ、鞘に手が届かない。

 

「やめなさい、この卑怯者!」

 

「……んー?」

 

 見ていられないとアスナが叫ぶ。その悲鳴染みた台詞を聞いて須郷は止まるも、暴行を辞めたというより、新しいサンドバッグを見つけたと目が言っていた。

 

「おやおや。このアマとそこのクソガキは把握していたけど、まさか明日奈君。君までこんな所まで来るとはねぇ。それに……」

 

 視線が更に逸れ、サチの隣で踠いている少女へと向く。

 

「カーディナルのプログラムか。詳細は分からないけれど、まさかそんな低位のIDで僕をどうにか出来るとでも?

まあ、その程度のプログラムを有難がるくらいなら君らの抵抗もたかが知れてたか」

 

「テメッ!!」

 

 重力で床に縛り付けられているのも忘れて殴り掛かろうにも、腕は一センチも上がってくれない。

 悪態を吐くしか出来ない中で、須郷は更にGM特権を行使する。

 

「システムコマンド!ペイン・アブソーバ、レベル五に変更!

追加でシステムコマンド!オブジェクトID《終末剣エンキ》をジェネレート!」

 

 仮想の痛みを現実に近付ける指令を発し、更に重ねてその手に一振りの武器が形作られる。

 

 

 ――それは、黄金の剣。けれど弓柄の部分以外が研ぎ澄まされた、異形の刃。

 ランが背負っていた双剣、その柄尻を合わせればあんな具合になるだろうか。

 

 

「須郷伸之、それは――ッ!」

 

 全てのプレイヤーが憧れ、同時に希望と崇める最強の武具が、たった一つのコマンドで複製され、容赦無く足元の少女を刺し貫く。

黒衣の少女は、呻き声すら発しない。

 

「くく、頑張るねえ君ィ。だけどまだツマミ半分だ。段階的に強くしてやるけど、どこまでその強情が保つか、楽しみだねぇ」

 

「い、いい加減にしろ!重村さんやジャックの仲間はもうアンタの悪行を把握してる!もう終わりだ!」

 

 ジャックとこの世界を旅してきたノーチラスが叫ぶが、須郷は焦らない。

 

「終わり?それは違うんだよ。

重村先生は娘を僕が抑えている限り、この事実を公表出来ない。それに、君たちが今被っているアミュスフィアは僕のレクトが設計したものだ。僕の研究に組み込むことは出来なくても、コンセントに繋いであれば遠隔で安全装置を外して君たちの脳を焼き切れるんだよ」

 

 下品な笑い声で勝利宣言を宣いながらも、その台詞の内容は洒落にならない。完全に生殺与奪権を握られた。

 

「ハハハ、アッハハハハハ!これで今度こそ分かっただろう!僕の勝ちだ!僕がこの世界の王だ!ここは、僕の世界だ!!」

 

 

 

 

 

「――それは、違う」

 

 ――弱々しい、声が聞こえる。

 須郷の暴虐が始まってから、一言も喋らなかった少女が、顔を上げて睨む。

 

「……何が違うんだ?何の能力も背景もない、ゲームですら満足に出来ない名無しが、モブが、何の力も持ってない小娘が、僕に反論するのか?」

 

「だって、間違えてないから」

 

 武器を振るう力もない。(神崎エルザ)アスナ(良家の令嬢)ジャック(貴族の従者)とも違う、普通の少女が、立ち上がる(・・・・・)

 

 ……ファ?立ち上がる?

 思わず二度見すれば、例の脳付き円柱に寄り掛かってるとは言え、サチはしっかりと立ち上がろうとしていた。

 

「……私に何の力も無いのは、自分が一番知ってる。

誰かが戦っている後ろで祈ることしかできないなんて事、自分が一番分かってる。

――でも、だからって諦めるのは間違ってる」

 

 支えの柱からすら手を離して。少女は、完全にその足だけで立っていた。

 

「矛盾していても、希望が薄くても、力が無くても。

誰かの為に頑張るっていう思いが、――間違いの筈がないんだから!」

 

 

「……で。それがどうかしたのかい」

 

 須郷は、ジャックの背に刺していたエンキを引き抜いて、サチに向けて振るう。

 あまりにも雑な攻撃に辛うじて避ける事に成功したサチは、それでもバランスを崩して、円柱オブジェクトをすり抜けて(・・・・・)倒れ込む。

 

「………は??」

 

 ……すり抜けた?

 あまりの事態の急変に、思わず須郷と台詞が被る。

 よくよく見れば色が薄まっている円柱は、より一層存在感が希薄になると――直後、ポリゴン片と砕け散った。

 

「な!?一体何が!?」

 

「……どうやら、間に合ったようですね」

 

 気が付けば、周囲の円柱も次々と砕けていく。その光景を見て、冷静な声を出したのは

 ――もう驚かない。ジャックだ。

 

「お、お前!一体何をした!?」

 

「貴方の予想通りですよ。ここに囚われていた約三百人のプレイヤー、そのログアウトが始まりました」

 

「う、う、嘘だ!だってそれには僕のIDが必要だ!僕より高位のIDなんて有り得ない!」

 

 須郷が狂った様に左手を振り回すも、もうその指先にシステムウィンドウは姿を現さない。

 そして、――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――愚かな男よ。偶々空いていただけの王座を簒奪しただけで、その主を気取るか」

 

 コツ、コツと、革靴のヒールの音が響く。

 

 敵対者にとっての災禍の化身の足音が、その終焉までの時を刻む。

 

 

 誰かが恐れた。それは怪物であると。

 

 誰かが讃えた。それは英雄であると。

 

 

 誰かが謳った。――それは、王であると。

 

 

「お、お前は、」

 

「自己紹介の必要はなかろう。そも、貴様なぞに名乗る気も無い」

 

 第十五代目ワラキア公にして、アインクラッド最強の『ドラキュラ』を冠する黒衣の王。

 ――ヴラドが、そこに立っていた。

 

 

「あ、有り得ない。有り得ない!お前は帰った筈だ!それに、どっちにしろお前程度に僕の世界を弄れる筈がない!」

 

「ふむ、確かに。だが『餅は餅屋』とはこの国の言葉ではなかったか?」

 

「まさか、重村先生……クソッ!

だけどレクトにあるSAOサーバーには爆弾が仕掛けてある!それに、この女がどうなっても」

 

 その先の台詞は無かった。またジャックを攻撃しようと刃を振りかぶった瞬間、一瞬で放たれた六本のナイフが須郷の関節に突き刺さる。

 

「が、あああああああああ!?!」

 

「煩わしい。暫しの間、口を噤むが良い」

 

 痛みに絶叫する須郷の顎を掌底でカチ上げ、ガラ空きの首を掴む。防御も回避も不可能になった須郷の鳩尾に完璧なアッパーが叩き込まれ、無駄に凝ったアバターが天井に打ち付けられる。

 数秒ほど天井に貼り付けになってから漸く落ちてきた須郷には目もくれず、黒衣の王は、その従者の下へと足を運ぶ。

 

「大事無いな?」

 

「ええ。それより、思ったより時間がかかりましたね」

 

「許せ。こう見えて最速で戻ったのだ」

 

 六十センチ近い身長差のある少女を躊躇いなく抱き抱える。外見的に犯罪臭しかしなさそうなのに、ヴラドのカリスマ性か、映画のワンシーンの様な雰囲気すらある。

 

「お、おま、お前、こ、の野郎……殺してやる……その首をすっ飛ばして、晒してやる……!」

 

 最早ただの広場になりつつある研究スペースで、須郷が往生際の悪い事にボコられに立ち上がる。

 一方的な蹂躙が始まるかと思いきや……ヴラドは須郷の方を見すらせずに、コンソールへと歩き出す。

 

「逃げるな!!」

 

「逃げる?違うな。貴様は既に極刑が決まった罪人よ。

ただ異なるのは――」

 

 ヴラドが指を鳴らすと、私たちを縛る重力の枷が消える。

 そして、

 

「――貴様を処するは余のみではない。貴様を討つは、英雄の役目でもある」

 

 ヴラドとすれ違うようにして、三人の男女が現れる。

 背に黒と薄青の剣を背負った女顔の少年が。

 盾を付けた長駆のイケメンが。

 白いコート、白い帽子に青いリボンで飾り付けた歌姫が。

 見覚えのある姿で、ここに集った。

 

 

「……はっ。起きるのが遅過ぎるわよ。私が呼んだら十分以内に来る事って言ったわよね?」

 

「あぁ。遅れてすまない、ピト――うぐぉ!?」

 

 敬語禁止と言った事も忘れてるドMの股間を蹴る。

 

 ――よかった。ちゃんと、反応がある。応えてくれる。

 

 悶えている相方に腰掛けながらみれば、黒の剣士と歌姫も再会を喜んでいた。

 ……約一名完全に目が死んでいたけれど。ついでに須郷はもう一度ヴラドに蹴り飛ばされていた。

 

 

「――さて!足りなかったり余計なのがいるけど、最後はドラクル騎士団らしく決めようか!」

 

 エムの背から降りて、そう声を発する。

 剣を引き抜いて、今更逃げ出そうと這いずっている須郷の鼻先に見せつけるように突き付ける。

 

「――小便は済ませたかしら?」

 

 察したキリトとノーチラス、エムが、困った様に笑いながら剣を構える。

 

『――神様にお祈りは?』

 

 完全に瞳孔が逝っちゃってるアスナが、一足先にレイピアを突き刺しながら絶叫する。つか知ってるんだこのネタ。

 

「部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はオーケー!?」

 

 

「ひぃぃ、た、助け、――」

 

 殺意と怒りのまま。背後からボソッと聞こえた「システムコマンド。ペインアブソーバをレベルゼロに」という呟きを合図に、剣を振るう。

 

 ――この空間から悲鳴が消えるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

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