串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
38話 串刺し公、参戦す
「――プッハー!うーん、命のやり取りも良いけど、この一杯も捨てがたいわよねー!」
「おいピト。明日はライブもあるんだ。その辺にしておいた方が」
「うっさいわねー。だからわざわざこっちで呑んでるんじゃない」
――薄暗い酒場。そこらじゅうから酒気と硝煙の香りが漂う広い酒場の一角には、平時であれば人目を引くだろうコンビがいた。
片やこの世界ではよくある屈強なアバターの男性。片やどの世界でも珍しい高APPの女性のコンビは、彼らの詳細を知らないプレイヤーが見れば突撃するのもいただろう。
実際の所、過去に突撃をかまされたし。もれなく全員血祭りにしたが。
空になったジョッキを上向に投げ捨て、そのまま伸びをして天井を仰ぎ見る。なんの嫌味か、前回のBoBで人のドタマをブチ抜いてくれやがった野郎がドヤ顔でなんかほざいていたのとホロパネルごしに目が合った。
「……あぁ。そういや今日って『今週の勝ち組』とかいう番組の日だっけ?」
ステ型も近いし、次は絶対殺したる。唸れ私のマネーイズパワーシステム。
我ながらヤベー笑みを浮かべていると、普段ならそろそろ小言を言いそうな、なぜかジョッキを帽子にしている相方がボケッと別方向を見ているのが目に入る。
「……あん?」
コイツに限って無いとは思うけれど、まさか他の奴に目を奪われたの?よしソイツもコロコロしなきゃと使命感を燃やしてそちらを向けば、
――妙な気配の男が、拳銃をホロパネルに向けて立っていた。
男の周囲もそれに気がついたのか、酔っ払いテンションで騒いでいたのが訝しげな騒めきに変わる。不破壊オブジェクトにちっぽけな拳銃を向けたままフリーズしていれば、それは目立つだろう。無意味な行動であると。
……なら、なんなのだろう。この嫌な予感は。
無意識のうちに実体化させた
次の瞬間、
「ゼクシード!偽りの勝利者よ!今こそ、真なる力による裁きを受けるがいい!!」
銃声が鳴り、ホロパネルからライトエフェクトが散る。行動の内容は兎も角、結果としてはシステムにプログラムされた通りの結末を迎えた。
……ここで、結末を迎えていれば、だが。
『……ですからね、ステータス・スキル選択も含めて、最終的にはプレイヤー本人の能力というものが……』
ムカつく顔が急に歪み、心臓の辺りを押さえてから消滅する。
酒場は静まりかえり、全ての視線がギリースーツの男に集中する。
「……これが本当の力、本当の強さだ!愚か者共よ、この名を恐怖と共に刻め!」
拳銃を掲げ、声量としてはそこまでではないがやけに通る声で叫ぶ。
「俺と、この銃の名は『死銃』……『デス・ガン』だ!!」
それだけ叫ぶと、自称デスガンは何事もなかった様にログアウトしていった。
そして、番組が終わるまでの間どころかそれ以降も。ゼクシードの姿を見たものはいなかった――
「――つーことがあったんだけど、オタクどう思うよ?」
『先ずは貴様から絞めてくれようかピトフーイ貴様ァ……』
あれから数日。ギルドリーダーに電話をかけて事のあらましを語って、最初に帰って来た言葉が殺意の塊だった。
「へいへい待て待て。なんで私が絞められなきゃいかんの?」
『今何時だと思ってるこの戯け者!』
「は?」
横になっていた後部座席のシーツから身を起こして、運転席のデジタル時計を見る。
「午前十一時ちょい過ぎ」
『時差を!考えよ!』
「ああメンゴメンゴ。えっとそっちは……」
豪志にさせた計算の結果、午前四時という割と恐ろしい時間が判明。そらキレるわ。
『全く。
……そも、そちらの時刻だとしても何故昼前などという中途半端な頃合に電話をかけてきたのだ』
「ついさっき菊岡襲撃してゲロらせた帰りだから。いやーリアル美少女は色々おトクですわー」
『……言いたい事は多々有るが、まあ良い。寧ろお前らしいわ。
それで?わざわざあの男を吐かせた上ならば、何かしら問題があったのだろう。何事だ』
襲撃という単語はものの見事にスルーされ、ついでに時差無視も流された。声色に呆れが混じっていたけれど、大分今更である。
「流石話が早い。
実は撃たれたゼクシードなんだけど、どうやらマジで逝ってたらしいのよ。死因は心不全。で、問題はここから」
『撃たれた時刻と死亡推定時刻が一致した、か?』
「ビンゴ。おまけに同じ様な話がもう一件あるらしいのよ。
で、どう思うよ?」
『……下らぬ作り話、と一蹴したいが、二度起きたとなれば偶然と片付けるには些か気になるな』
電話口越しに深い溜息が聞こえる。
『しかし、アミュスフィアの出力と過剰な程の安全性では、ゲーム内からの干渉ではプレイヤーの殺害は不可能だろう。お前はどう考えるのだ、迷探偵』
「それなんだけどさ。ヴラドって暫くヒマ?」
直ぐに帰ってくる筈の答えは返ってこなかった。でもなんとなく電話口の向こうに気配を感じるのを良いことに捲し立てる事にする。
「いやーこの話を聞いたときにオマケで付いて来たんだけど、菊岡の奴キリトに凸らせるつもりらしいのよ。こりゃ纏めてブッ飛ばすしかないなと」
『――何を言いたい』
漸く復帰したのか、耳に低い男の声が届く。
『お前の性格であれば、こんな所で長々と駄弁などせずに撃ちにいっているだろう。わざわざこの話を余に伝えた理由は何だ?』
それと、コツコツという足音と扉を開け閉めする音が聞こえる。
アンチオレンジ――あのデスゲームに於いて、夜闇を歩く犯罪者を絶望のドン底に
「
『……奴は何と?』
ヴラドが立ち止まり、耳を澄ませる頃合いを測って。たっぷりと間を開けて手紙の内容を、二行しかなかった文章を、伝えた。
「
――
『――ククク。成る程成る程……』
私が何を言いたのか察したのだろう。
――明らかにヴラドの逆鱗を、そこが逆鱗だと分かってタップダンスを踊る奴がいる。
『吸血鬼から、串刺し公への挑戦状』
うっかり創作の世界から迷い出た蝙蝠が、愚かにもオリジナルへ喧嘩を売っているのだと。
『……よかろう。明日の昼には其方に着く』
「おkおk。あ、
『そうさな……頼むとしよう。物は追って連絡する』
最後に軽く別れの挨拶をして、通話を切る。
「……よかったんですか?」
「何が?」
携帯を半開きのポーチに放り込み、再びシーツに身体を沈めた頃に、運転席の豪志が声をかけてくる。
「あの人に伝えた手紙についてです。内容も少し違うし、差出人もデスガンではなく――」
「いいのいいの。アイツを呼ぶ為の釣り餌だし、それにこれでもヴラドが本気になってるかどうかも半々だし。
手紙について本当の事を話しても多分来ることには来るんだろうけど……どうせやるなら派手にやりたいじゃない。豪志も、
――それにアイツも。久し振りに見てみたいでしょ。『ドラキュラ』ヴラドの無双劇」
「……怒られても庇えませんよ」
それだけ言って、運転に集中する豪志。
それを後ろから眺めながら、さっきヴラドに伝えた手紙の内容を、
――本来の内容を、口の中で転がした。
「Dear Duke Dracula.
From ――」
◇◆◇◆◇◆◇
「和人、ご飯出来たよ」
「オッケー、直ぐに行く。
……って、どうかしたか?」
自室で軽く調べ物をしていると、サチ――本名
直ぐに返事はしたが、しかし。パソコンに映っていた画面が、オレにしては分かりやすく変わっていたからか、彼女の興味を引いてしまったようだ。
「……銃?和人ってこういうのも好きなの?」
「いや、まあ嫌いって訳じゃないけど……昨日話した菊岡さんからの依頼の件。実は行き先がFPSなんだ」
「ああ、だから」
偶々画面に表示されていたハンドガンの説明文を斜め読みしながら、オレは昨日の話を思い返した。
――菊岡さんから聞いた話の内容は、『
結局、話としては、ゲーム内からの干渉でプレイヤーの心臓を止めるのは不可能。死銃の銃撃と二人の心臓発作は偶然の一致、と合意に至った。その直後に件の死銃に撃たれてこいとの指示が出た時には本気で『お前の心臓がトマレ』と睨んだし、デマか後付け都市伝説との結論で帰ろうとしたのだが………
――今回の一件、実はワラキア公も動いているんだ。
そう言われて思わず立ち止まり、素直に菊岡さんの言葉に耳を傾けてしまったが運の尽き。あれよあれよという間にそのゲーム――GGOに出向く事になってしまった。可能な限り
「……あのヤロウ。外務省に睨まれたくないからって無茶振りしやがって……」
「? 何か言った?」
「いや何も。さーてメシだメシだー」
胡散臭さや愉悦の権化共とは違う、純粋な瞳を向けられ愚痴をすぐに止める。
切り替えて一階リビングに降りてみれば、寒くなってきたこの時期にありがたい温かそうな肉じゃがとサラダが並んでいた。
「あ、お兄ちゃんやっと降りてきた」
「おう、お待たせ」
箸片手に待機していた妹の直葉と軽いやりとりをした後、三人で食卓を囲む。
直葉と千佳、というよりもっぱら千佳が桐ヶ谷家の料理の大半を引き受けている現状、オレも何か手伝った方がいいとは思うのだが……
「ん〜おいひい!」
ガッツリ胃袋を掴まれている直葉の頬が溶けているのを見て、出番が無いことがよく分かる。なにせ母さんも最初の一品で堕ちたからなぁ。
――実は今年の夏休みに千佳と、義姉だと紹介された舞弥さんに半ば強引に彼らの故郷である冬木市を訪れたのだが…… まあこの話はいいだろう。ちょっと色々あって正確に思い出そうとするとSAN値がヤバイ。
だが今重要なのは、料理出来ない奴は台所に入るべからず、という事である。何しろ、アルビノ系奥さんはおにぎりを劣化ウランに錬金したり、なぜかメイドと男子高校生が家事当番で争ったりする場所なのだから。
台所ってなんだっけ。
Die所の間違いじゃなかろうか。
まあ、舞弥さんと衛宮さんから多少なりとも朔月についてシリアスな話もあったが……
「どうしたの和人?もしかして、舌に合わなかった?」
「ごめん、ちょっと考え事してた。とっても美味しいよ」
「そっか。よかった」
――千佳本人はあまり気にしていない様だし、一先ず後回しでいいだろう。
取り敢えず今は、気が付けば自称ダイエット中の妹に半分以上食われていた絶品肉じゃがをもっと口にすべく、箸を伸ばした。