串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
「――さぁ、派手に飛ばしていくわよ!」
ストックの根本を軸に縦に一回転。
それだけの短いモーションでリロードを終えた少女が、掛け声と共にトリガーを引きっぱなしにしながらなお突っ込んでくる。
咄嗟に光剣で弾丸を弾こうと一歩前に踏み出す。が、――
「いや、どうしろってんだよ!?」
一秒と保たずに、擦りまくる銃弾に思わず後退る。
距離が近いから弾道予測線があまりあてにならないし、目を見ても『真っ直ぐ行ってブッ飛ばす』程度の感覚しか読み取れない。そもそも銃口が三つもあるせいでこっちの手数が圧倒的に足りない。命中精度があまり高くない銃だからか、幸い急所には当たってないけれど、それも時間の問題だろう。
「くっ、なら――」
一旦距離を取る、という考えが脳裏を過るがそれを無視してこっちからも突っ込む。あんな禍々しいライフルとはいえ、銃という武器である以上銃口さえ如何にかしてしまえば一気に無力化出来るはずだ。
オレと少女がそれなりに高いAGI値に任せて互いに突進すれば、五十メートルもない距離など一瞬で無くなる。光剣を身体の中心軸やや左に固定することで最低限の致命傷だけ防ぎながら、少女の半歩横に踏み出して、この際銃身を切り飛ばすつもりで剣を振るう。
ジェット機のエンジン染みた爆音を発し、扇状の光の跡を中空に残しながら放たれた一閃は、しかしなにも切断することなく空を切る。
「へえ。面白い武器を持ってるわね。アタシもそれを使えばよかったかしら?」
「――なっ」
短い柄から伸びる光線、それが銃身に届く直前、彼女は銃の持ち方を切り替えたのだ。
グリップを握り、引金に指を伸ばす持ち方からそう――まるで、剣でも持つかのように。
跳ね上げられた銃口に切先は届かず、しかし。これが
けれど、BoBに紛れ込んだ第三のイレギュラーは、長い肩当ての
「そおれっ!」
「っ?!」
反射的にバックステップを踏むが、それすら読まれたのか、真ん中の銃身の下に設置されている排莢管が強かに肩を打つ。
「避けちゃダメよ?」
思わず怯んだ隙にそのまま力任せに横薙ぎに払われ、砂利と雑草の入り混じった地面に転がされる。直後、直感が背筋を刺す。全身に刻まれた細かな裂傷を無視して跳ね起きると、寸前まで自分が転がっていた場所を三発の
「ああもう!なんで避けるのよー!」
無茶苦茶言いながら癇癪を起こした様に弾をばら撒く少女から全力で離れる。
銃と剣。得物が違えど、数合打ち合ったが故に断言出来る。
この少女の間合いは、銃での中遠距離ではない。
――剣や槍といった武器を扱う、近距離戦闘こそがこの少女の
ひたすら銃弾への対策に割いていた集中を、近接武器同士のPvPへと切り替える。
武器の振り方からして、おそらく普段の武器は槍。その前提で挑めば、決して御しきれない程の実力じゃない。
一方の少女もオレが伊達酔狂の剣士ではないと感じ取ったのか、無闇矢鱈と弾を撒くのを止めて間合いがあるうちにリロードを済ませ、右手一本でライフルを拳銃よろしく保持し左手を空けておく独特の構えをとる。
――互いに互いの異形の武器を警戒し、ほんのわずかな硬直時間が流れる。
その空白を撃ち破ったのは、絶対の破壊を約束された銀雷だった。
「きゃっ!? 何よ!」
雷が直撃したような衝撃波を撒き散らしながら直進する砲弾をその場で一回転するステップで躱した少女。その隙を突いて、血塗れのコートを翻す鬼が割り込む。
「――おい、キリト。大丈夫、か?」
「あぁ。シノンは?」
「あいつに、蹴り飛ばされた奴、と、知り合い、らしい。そっちに、いって、貰ってる」
「OK。あとは――」
アレをどうにかすれば一先ずこの場は解決だな。そう続けようとして、そこらの銃声を軽々と凌駕する
さっきのスタングレネードを思い出させる程の爆音に一瞬怯み、その間に少女の絶叫は続く。
「あ、あ、アナタ、アンタ、アナタ!!」
怒り、興奮――詳細は兎も角、よくアミュスフィアの安全装置で強制ログアウトされないなと場違いな感想が出るほどテンション上がった少女は、その衝動のまま
「予選じゃ、よ、よくも、よくも私を辱めてくれたわね!この赤コート!」
「……おいザザ」
「覚えが、ないです」
どうせオレが予選でシノンが言ったような事をやったんだろうな、と自分を棚に上げてグラサン野郎を睨めばスッと視線が逸らされた。心なしかシノンに銃口を向けられているような寒気を感じながらも、溜息を最後に気合を入れ直す。
「邪魔っ!」
少女が怒りの絶叫のついででまた全弾吐き出したライフルのリロードを済ませ、再び突っ込んでくる。それを剣で迎え撃つと、意外と冷静な部分が残っているのか、罵声を吐き捨てながらも高エネルギーの塊である刃をパリィせず避ける。
いつもならここで避けた相手の先を読んで次の一手を放つが、今は寧ろ少女が避けたのとは逆方向に身体を傾ける。
「スイッチ!」
「おお、よ!」
オレの耳を掠めながら、砲門が突き出される。その弾丸で撃破されたことがあるからこそ、少女は驚愕に顔を痙攣らせながらも大袈裟に回避行動を取った。
だが、元々体勢の崩れかけていた状態で更に強引に身体を捻ったせいで、完全に蹈鞴を踏んでいる。
――勝った!これであとは適度にダメージを刻めば!
ザザを切らない様に一瞬縮めた光剣を再展開、身体に染み付いた動きでソニックリープを放つ。アインクラッドで何体もの相手を切り裂いてきた強撃は、手加減していたとはいえ確かに少女へと届く軌道を描き、
「――いい加減不愉快!返すわよっ!」
その結果を見たザザが再度照準を合わせ直すが、少女はそのまま「覚えてなさいよー!」と叫びながら離れていく。
「……大分ぐだぐだ、だった、が、概ね、結果オーライ、と言った、具合、か」
一秒そこらでけたたましい銃声が収まる頃には、少女の姿は見えなくなっていた。移動速度的にはまだ肉眼で見えてもおかしくないから、恐らく山岳エリアの小さな起伏にでも隠れたのだろう。
あの銃で遠距離狙撃はまず無理だろうし、次は少女に蹴り飛ばされていたあの男の説得だな。死銃からは逃げるように言いくるめられたらいいけれど。
◇◆◇◆◇◆◇
――結論から言おう。説得は想像していたよりも遥かに呆気なく成功した。
迷彩効果よりファッションを優先した茶色いマフィア風のスーツ――その実AGI型向けの防弾服としては結構良いものらしい――を纏い、トレードマークにはこれまた茶色の帽子を被った薄い褐色系の男性アバターのプレイヤー『トラデータ』。
ぶっちゃけ外見に関してはザザが「
重要なのは、死銃についての事情を信じて貰えるかどうかについてだ。これについては、トラデータがシノンとシュピーゲルの共通の知り合いだったというのと、リアルでは記者志望の学生だということもあって予めある程度死銃について掴んでいたのもあって、寧ろ彼から同行したいと提案された。
「いやはや。こう見えて私、実力としては中の下がいいところでして。予選直前に運良く
「……これも結果オーライ?」
「オレに、聞くな」
野郎二人、揃って溜息を吐く。悪くない流れとはいえ、別の意味で溜まる精神的な疲労を強引に誤魔化しながら、次の行動を考える。
これまでのBoBの傾向からのシノンの予想では、残りのプレイヤー数はおよそ半分。十五人前後の生存者がフィールドを彷徨いている中、その三分の一ほどもの数が揃っているオレたちを嬉々として襲撃する奴はいないだろう。居たとしても、相手側も結託しなければ数の暴力で押し切れる以上暫くの間は安全と見ていいだろうし、結託されたらされたで死銃としても襲い難くなるはずだ。
「さて。じゃあ次はどうするか…… っと」
目の前に突然現れた問題に一先ずの目処が付き一息つこうとするも、視界端に浮かぶデジタル表示が次のサテライトスキャンの時間が迫っている事を示した。
どこぞのツインテールみたいな事をしないように、しっかりとした蓋付きのポケットに差し込んでいた端末を引っ張り出して縮尺を最大にする。
「キリト、アンタは南側。私が北側見るから、カッコ付けコート組は東西をお願い」
同じようにポーチに突っ込んでいた端末を取り出したシノンがそう声掛けし、端から表示され始めた光点を片っ端からタッチしていこうとした。
……もっとも、蓋を開けてみれば、そんな割り振りは殆ど意味をなさなかったが。
「――な、」
「……ほぉほぉ」
「まぁ、それは、そうなる、だろう、な」
表示された結果にシノンは絶句し、トラデータは驚嘆し、ザザは納得する。そしてオレは納得した側だ。
――シノンの予想ではまだ半分はいるはずのプレイヤー。その大半が、斃された状態で都市廃墟に集結していた。
「なんで、こんな……」
「漁夫の利、狙いが、集まった結果、だろう。なにせ、その中央に、座する、男は、普通なら、とうに、疲弊してる、だろうからな」
ザザが愉快そうに笑う横で生存者を数えてみたが、オレたちを除けばあとは五人だけだった。プレイヤーネームは、リッチー、エリザ、闇風、そして――ヴラドとノスフェラトゥ。しかも死亡者の名前をタップしていけば、簡単に『銃士X』の名前が出てきた。
つまり、
「――よし。死銃の正体も、居場所も分かった。いくぞ、皆んな!」
◆◇◆◇◆◇◆
――こんな事があってはならない。
男はGGO初期から愛用しているSTM-556を身体に押し付けながら、その背後で繰り広げられる戦闘――否、虐殺から身を潜めていた。
「クソっ。ふざけるな。あのバケモノ。あの女の同類が」
――始めはロクに警戒すらしていなかった。
己の実力を信じ、何時も通りに手近な所にいる敵を撃ち抜く。無理や深追いはせず、長期間のプレイングの中で培われてきた経験と勘、装備とステータスで堅実にここまで勝ち上がってきた。
……故に、それは必然だったのだろう。
本戦が始まって約一時間。ずっととある一点に籠り続けるプレイヤーがいる事には気が付いていた。そして、多くの敵がそこに行き、撃破されていた事にも。
「スナイパー……いや、
BoBにおいて、一点に留まり続けるのは悪手でしかない。弾丸の貫通性能が忠実に再現されているこの世界では、大半の遮蔽物は完全な防弾性能を得ていない。木、コンクリート、その他諸々、どれもこれもライフル弾数発で穴が空くのだ。例外といえる物もあるが、フルオートでワンマガジンも撃ち込めば確実に開通する。
だからこそ、この試合では常に動き続ける事が要求される。どこに隠れても完全な安全は得られず。隠れようにも、十五分毎のスキャンの前にはメートル単位で位置が表示される。
狙撃手なら何処に潜もうが割り出され、罠師だとしても、罠を無視すれば無力化したも同然。
――オレの他にもコイツを狙っている奴らはいる………漁夫の利を得るとしよう。
その一点に集う複数の光点。それを認め、頭の中に叩き込んであるマップを参照しながら、他の敵より一歩遅れる形でそこに向かった。
そして、その一歩が命運を分けた。
「――は?」
オレがそこ――都市廃墟に辿り着いた時。
突如として目の前に、人間大の異形のナニカが落ちてきた。
「――は?」
そしてそれは、まごう事なき人間だった。
ただし、腹部に複数の鉄パイプが突き刺さった死亡アバターだったが。
――GGOじゃまず見かけない死に方をしたプレイヤーを前に、全身の肌が栗立った。
「……あ、ありえない」
だが、しかし。こういう殺し方をする奴に、一人だけ心当たりがあった。
――でも、だけど。アイツは此処にいないハズだ。アイツは予選で敗退したハズだ!
緊張から心臓音の幻聴が思考を苛む中。その想像を否定しながらも、恐る恐る、その先へと。都市廃墟の中心部へと、足を進める。
果たして、その先に
代わりに居たのは、『災厄』だった。
「……ぁ?」
目に飛び込んできた映像に変な声が出る。
――そこに立っているのは、長い銀髪に似合う純白のスーツを纏った、幼い少女だけだった。
それだけであれば、特段の驚きはない。せいぜいが、GGOに似つかわしくない、珍しいアバターの持ち主が居たものだ程度の感想である。ファンタジーの社交パーティーにそのまま放り込んでもおかしくない外見ともいえるだろう。
……そう、
――なぜなら。何処の世界に。
「――どこの世界に、他人を叩きつけてビル一棟を破壊する少女がいるんだよ?!」
信じられない。あり得ない。
実力的にも、精神的にも、プレイヤーを掴んで振り回してフィールドを破壊する奴が存在するだなんて、受け入れたくない。
だが、長年の習慣が敵を観察する目を逸させてくれない。
ビルの一階部を薙ぎ払って倒壊させた少女は掴んでいたプレイヤーを放り捨て、――足首を掴まれていたから、犠牲者の首と胴の一部は消滅していた―― 周囲を見渡す。
すぐさま目当ての物を見つけると、軽い足取りで瓦礫の山の中腹まで歩いて行き、平然と手を突っ込む。数秒と経たず引き出された手には、ビルに潜んでいたのだろう、やたらと露出の激しい装備の銀髪の女性を掴んでいた。
倒壊に巻き込まれた女性は、当然主装備を失い、体力もほぼ残っていないだろう。それでも一矢報いようとしたのか、サイドアームのサブマシンガンを抜き。
その前に、掴まれていた首をへし折られて敗退した。
「…………」
仮にも本戦出場者をいとも容易く屠った怪物。その光景に絶句していると、オレの他にも生き残りがいたのか、フルオートの発砲音と共に怪物が前に蹈鞴を踏む。咄嗟に音の出所を探ってみれば、オレよりも十数メートル前にアサルトライフルを構えた男性プレイヤーがいた。種類はH&KG36C。軽く、信頼性の高いドイツの名銃だ。
――だが、それだけ。怪物の身体には殆ど赤いダメージエフェクトが灯らない。
けれど、それとは別の赤い光が灯る。深く、暗い、不吉な、緋い月――
それが怪物の瞳だと気付いたと同時に物陰に身を隠す。その判断は正しかったようで、数秒としない内に男性プレイヤーのいた場所から悲鳴が上がる。銃声も続いているが、通じていないことを示すかの様に金属音と共に弾かれる音が同じ回数耳に届いた。
やがて、重い物を複数回大地に叩きつける音を最後に、オレの背後は静かになった。
――クソ、バケモノが。来るなら来やがれ!
冷や汗を垂らしながら、こちらに歩いてくるだろう怪物の足音を察知しようと耳を澄ませる。
見る限り、アレのスタイルは『グラップラー』とでも言うしかない超近接アタッカー。無論銃ゲーでそんなデメリットしかないプレイスタイルをする奴はいないかった。
けれど、そんなスタイルを好んで使いそうな奴を知っていた。
至近距離から撃たれたライフル弾を弾く盾を持つ女を一人、知っていた。
震える手をどうにか押さえつけ、――風の音にわずかに混じる足音を聞きつける。
「いい加減にしやがれ、ピトフーイィッ!!」
緊張の限界に達した身体は、想像よりも軽く動き、
――
「――
その言葉を最後に、肩から上の感覚が無くなった。
次回予告――代わりのミニコーナー
銃器紹介番外編
ランク:-
種別:対人
レンジ:-
防御対象:1人
命名ピトフーイの全身コスプレ防具。なお使用者はこの銘を知らない(ここ重要)。
性能としては、『ほぼ全ての物理ダメージをカット』とかいうメタマテリアル
――その真実は、原作死銃のエストックやMの盾に使われた宇宙戦艦の装甲板が縫い込まれた全身鎧。おまけに表面のスーツ部の布も金属繊維がふんだんに織り込まれた耐爆仕様で隙が無い。当然のように材料費・加工費共にエゲツないお値段だが、札束で殴るRMTシステムを最大限利用するスタイルのピト&ヴラドなら問題なかった。リアルチートタグ様々である。
その防御性能は正しく『不死身の君』に相応しいものであり、純粋な防弾性ならMの盾は下回るとはいえそれでも5.56ミリ弾くらいなら平然と防ぎ切る。それ以上の火力の弾も『鎧』という防具の性質状湾曲しているため、生半可なライフル弾なら0距離で撃ち込まれない限り受け流し、ハンドガンやショットガンも余程の大口径でもない限り完封が可能。この鎧に対し実弾でダメージを通そうとした場合、対物破壊力に特化した物を準備する必要がある。
とまあ、チート此処に極まれりみたいなラスボス専用装備だが、プレイヤー側のアイテムである以上万能ではない。第一に尋常ではない程重い。具体的には、STR極(+
第二に、この鎧がカット出来るのは物理ダメージのみである点。ぶっちゃけ光学銃はそのまま通る。そんなMobみたいな性能してるからますます吸血鬼扱いが加速するのだが、それはもうちょっと未来のお話。
第三に、この防具が鎧であるが故に無くすことの出来ない弱点――即ち覆っていない頭部と両手、そして関節部であれば、抜く必要がある防御は耐爆スーツのみである。そこ、特に理由のない暴力の被害者を思い浮かべない。
……なおあくまで余談だが、実は主人公側の装備には圧倒的にメタられている。へカートⅡとバレットM82の12.7ミリ弾であれば鎧の防御力を突破可能だし、光剣でもサクサク焼き切れる。主人公以外突破不可能ってやっぱラスボスじゃねーかオメー。