串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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44話 屍の騎士、凱旋す

 

 

 

 

 

「……もうなんにも言わないわよ」

 

「ははは……」

 

 耳元から聞こえる呆れと諦めが均等に入り混じった声に、乾いた笑いで応じる。

 現在地は最後のサテライトスキャンから北に一キロほどの草原地帯。生き残っているスナイパーが味方側にしかいないのをいいことに、開けた見通しのいい場所を馬で走っていた。隣に目をやれば、同じ様な馬で真顔のザザが駆け、その背でトラデータが死んだ目をしている。

 

 ……この軽い地獄絵図が発生した経緯は、数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 ――目的地を決め、いざ行こうと息巻いてみたはいいものの。オレたちの前には、大きな問題が立ち塞がった。

 そう。

 

「このフィールド広すぎやしませんかねぇ……」

 

 最大三十人でやるには、少しどころか盛大に場が広いのだ。もっともその『広い』という感想はあくまで近接戦ばかりやってきたオレ特有のものであり、キロ単位先の相手を一撃必殺するのがデフォのシノンにとっては寧ろ狭いくらいなのかもしれないが。

 なんにせよ、ジョニーが前回のサテライトスキャンの位置から動いていないのと仮定しても辿り着くまで直線距離で大体三キロ。現実よりも速く、長時間走れるとはいえ、徒歩で向かうには少々メンバーがSTRに偏っている(AGI値が低い)

 となると、試合の進行によって出現する行動補助アイテム、つまりは乗り物に頼る他ないのだが、運悪く此処は山岳エリアと草原エリアの境目。バイクやバギーは無く、代わりにあるのは、――馬である。

 それもただの馬ではなく、GGOの『宇宙大戦後の地球』という世界観にマッチした、異形と化したアンデットホースである。それが三頭。

 

「うわぁ……」

 

「他のを探しましょう。馬は扱いが……って、ちょっとアンタ!?」

 

 敵性Mobとの見分けが付かないソレに思わず引いているも、横を通り抜けたザザは慣れた様子で腐敗して液状化したたてがみ部に手を差し込んで手綱を引き抜いた。

 背中を向けたままこっちに寄越した綱を受け取ると、そのまま二頭目の手綱も引き出す。

 

「扱い、は、あの頃の、と、変わらない。オレと、お前なら、御し、きれる」

 

 三頭目を無視して軽々と異形馬の背に跨る。錆び付いた嗎きと共に馬が立ち上がるが、振り落とされるような様子を欠片も見せずにあっさりと姿勢を戻してみせた。

 

「なら大丈夫か。でも座り心地は悪そうだな……」

 

 内心ゲンナリしながら、オレも一息に飛び乗る。意外と外見とは違い、感触としてはSAO時代に乗った普通の馬と変わらず、むしろ異形化して大きくなってる分安定感が増している感じすらあった。

 

 

 

 その後シノンとトラデータがどっちの後ろに乗るかで軽く一悶着あったが、それ以降は特に問題無く進めている。

 

「――ところで、このまま死銃に突っ込むのは良いとして!ヤツを討つプランは何かあるのですかな!」

 

 蹄の音が大きく響いているなか、トラデータが声を張り上げる。

 

「いや、特には!」

 

「なら私とシノン嬢は一足先に降り、ヤツを狙撃するというのは如何かな!?死銃の所以たる拳銃では我々の狙撃銃のリーチには決して叶わないでしょうし、貴方方も此方を案ずる事なく戦えるでしょう!それに未だ生き残っている四人の事もある!彼らが首を突き込んできた時に撃退する必要もあるでしょう!」

 

 その提案に思わず唸る。死銃事件に一切関わっていないプレイヤーも少ないとはいえまだ残っていて、ここまで生き残っている時点でその実力は脅威である。少なくとも死銃から庇いつつ撃破する余裕はないだろう。

 

「……よし、その作戦でいこう!いいよな、二人とも!」

 

 耳元で大声を出すなという悪態と、ザザからは頬を吊り上げる笑みを浮かべるという無言の肯定を受け取った。

 

 

 ――残り五百メートル程の地点で、シノンから此処で降りると言われ、馬を一時的に減速させる。

 

「それじゃあ、頼んだぞ!」

 

「誰に言ってるのよ。死銃が片付いたら次はあなただってこと、忘れないでよ」

 

 巨大なスナイパーライフルを背負い直すシノンにそう告げられ、苦笑いしながらも再度馬を走らせる。

 

 シノンたちの姿は草原のそこそこ背の高い草に隠れて直ぐに見えなくなり――

 

 

 

 

 

 

 

 ――拳銃の銃身を額に当てたまま静かに立っていた死銃が、マスク越しにその目を光らせたのが見えた。

 

 

「……へぇ、馬かぁ。懐かしいねぇ。あの夜を思い出すよ」

 

 余裕の現れか、オレたちが馬から降りる間不意打ちもせずに手元の拳銃でガンスピンに興じる死銃。

 砂地にコンバットブーツの小さな足音が一定のリズムで刻まれる中、バレットを構える音と光剣の刃が伸びる独特の音を響かせる。

 

「もう終わりだ死銃。いや、ジョニー。

 お前は知らないかもしれないだろうが、総務省には全SAOプレイヤーのKNと本名のデータがある。ログアウトして、最寄の警察に自首するんだ」

 

「うん?中々面白い冗談を言うな、黒の剣士(ブラッキー)

 で?サツに駆け込んでオレはなんて言えばいいんだ?ゲーム内で人を撃ったらリアルでもおっ死んじまいましたーってか?」

 

 噛み潰した笑い声を混ぜながら、ふざけた調子でそう言う。

 だがその言葉に、オレは何も言い返せない。何しろアイツがどうやって殺人を成し遂げたのか、見当もつかないのだから。

 

「……白ばっくれても、お前が関わっている事には変わりないだろ。もう逃げられないぞ」

 

「ふんふん、そいつぁ困った。でもそれだけなんだよなぁ」

 

 間違いなく追い詰められているというのに、未だ飄々とした態度を崩さないジョニー。

 

「――はっ。くだら、ん」

 

 その態度に苛立ちを覚えたのか、バレットのスライドを引く鋭い金属音で強引にこの緊張状態に区切りを付ける。

 

「こいつが、何を、企んでいよう、と、その一切合切を、叩き潰せ、ば、それで、済む、話、だ。それに、此処で、悩んだ処で、彼奴の手口が、分かる、でも無い」

 

 ある意味STR極らしい、それでいてあの世界(SAO)なら充分通用した解決方法を示したザザに、敵の気に押されかけていたテンションが戻される。

 この流れは予想外だったのか、ジョニー目が一瞬呆け――愉快そうな笑いへと変わり。

 

「くっははは!いいねいいね、そういうのオレ大好きだよ!それじゃあ、オレに勝てたら、そん時は大人しくゲロってやるから――」

 

 ――特級の殺気が、噴き上がる。

 ペイルライダーに死銃の銃口を向けた時よりも。SAOで対峙した時よりも。或いはPoHよりも。

 重く、巨大な、物理的重圧すら感じさせる殺意が、鎌首を擡げてオレたちの急所を狙い、

 

 

 

「―――かかってこいよ、前座ども」

 

 

 

 ――鋭い銃声という形を持って、襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 ――約五百メートル程離れた場所で始まった人外の領域にある戦闘を、私はスコープ越しに覗いていた。

 踏み込み一つで大地は軋み、数瞬前まで何もなかった空間を狂弾と魔弾が無規則かつ複雑怪奇な致死の檻を作り上げる。SFの光がそれを引き裂いたかと思えば、最も原始的で、その癖殺傷性が最も高い柔と剛の拳が、互いを破壊しようと絡み合う。

 GGOで。それどころか、たった一つの例外が無ければ、この世界に存在するありとあらゆるVRMMOで繰り広げられる筈が無かった光景が目の前に広がる。

 

「……これが、SAO生存者(サバイバー)同士の戦い」

 

 その唯一の例外――当時VRゲームに興味のなかった私でさえ知っている、あの地獄(デスゲーム)

 『ソードアート・オンライン』

 彼らが四千人弱もの死者を出して終わったあの世界で、常に死と隣り合わせに居た存在だとしたら。彼らを形成する経験、信念、魂の力は、いったいどれだけの物なのだろう。

 

 そして、もう一つ気になるのは――

 

「……あの中に、いるのかしら」

 

 シュピーゲル(新川恭二)が時折吐き捨てていた『アインクラッドの王』と言われた存在。

 ゲームマスターとも違う、文字通りSAOプレイヤーを先導し続けた『狂王』。

 シュピーゲルはその男を嫌っていたのかそれ以上のことは言わなかったけれど。あれ程の、仮想世界と現実世界を越えた強さを持つ二人は、もしかしたら……

 

 ――それは後でいいわ。今は、あのイレギュラーをBoBから叩き出すことに集中する。

 

 スコープの倍率を上げ、精密に狙う体勢に入る。幾ら死銃が弾丸撃ちや脅威の体術を使いこなすとはいえ、数の暴力には勝てなかったのか、接近戦に関しては素人の私から見ても徐々に追い込まれている様に見える。

 真面に動けなくなるか、それか逃げ出すようなことがあれば、そこを撃つ。

 ボルトを引き、薬室に弾丸を滑り込ませる。

 そこで、赤コート(ザザ)が死銃の左手を撃ち砕く。指先に着弾したのに肩まで粉砕された死銃に、素早く照準(レティクル)を合わせる。

 

終わりよ(ジ・エンド)

 

 呟くと同時に引金に指をかけ、バレットサークルを奴の心臓に収束させて――

 

 

 

 

 

 

 

 ――左腕に、撃たれた様な鋭い衝撃が走った。

 

「……え?」

 

 反射的にその方向へへカートを向けようとしたのに、身体が言うことを聞かない。反撃も出来ず。相手の姿を捉えることも出来ず。何も出来ない。

 いったい何が起こったのか、全く分からない。

 撃たれた?まさか。残りのメンバーからして狙撃を実行出来るプレイヤーは残っていない。そもそもあの方角は、トラデータ、が………

 

「まさ、か、裏切られた……?」

 

 

「――その通り(とぉぉり)!ですが、気付くのが少々遅過ぎたようですなァ。折角君と最初に出会った時から『trădător(裏切り者)』と名乗っていたというのに」

 

 この銃と硝煙の世界で数少ない革靴を履くプレイヤー。その特徴的な足音が近付いてくる。

 辛うじて動く頭を捻って見上げれば、見慣れた黒人系の顔立ちの男が口元をニヤケさせていた。

 

「な……んで、どうして……」

 

「何故?どうして?言うまでもない、最初か(・・・)らその(・・・)つもり(・・・)だったのですよ、我々は!

 そう!全ては茶番!全ては欺瞞!」

 

 此方を嗤いながら、ウィンドウを操作するトラデータ。その手に淀みは無く、最初から裏切っていたという言葉に嘘が無いことが嫌でも分かってしまう。

 でも、信じられない。あんな殺人に加担するような人がいるだなんて、ましてや知り合いがそんなことをするだなんて。

 今からでも冗談だと言って欲しい。キリトたちが死銃を圧倒しているのを良いことに、今のうちに厄介なライバルを蹴落とすだけなのだと。

 

 ……しかし、そんな細やかな希望は、

 

「では、ショータイムと洒落込みましょうかァ(イッツ・ショータイム)!」

 

 ストレージから実体化した拳銃、そのグリップに刻まれた刻印に塗り潰された。

 

 

「……その、銃、は、」

 

 震えが止まらなくなる。

 (詩乃)が、(シノン)でいられなくなる。

 だって、だって、その銃は――

 

黒星(ヘイシン)――なんで、」

 

「おやおや。我々がコイツを死銃に選んだ意味。コイツが死銃に成った由縁。君には説明の必要は無いでしょうに」

 

 視界が回る。

 吐き気がする。

 耳が遠くなって――誰かの悲鳴が聞こえる。

 背中を預けられる程信頼していたはずだった相手の顔が、目が、淀み、血走り、脂ぎり、――

 

「おおっと、いけないいけない」

 

 過呼吸とは別の要因で呼吸が阻害され、強引に現実に引き戻される。反射的に抵抗するも、首を絞める私と同じ様にSTRに多く振っている狙撃手の腕を引き剥がせない。

 トラデータ――否、二人目の死銃は、私がロクな抵抗も出来ないことに満足したのか、こめかみにヘイシンの銃口を押し付けたまま、超常の戦場へと進む。

 後ろから足を蹴られ、強引に前に進まされ。恐怖に痺れた頭が、そこまでされて漸く、死銃が何を望んでいるのか察した。察してしまった。

 ――この二人は、私を人質にするつもりだ。五年前に、あの男が私の母親にそうした様に。

 当の昔に闘志なぞ打ち消され、諦念が魂を支配する。

 これがお前の運命だと。

 お前の足掻きは全てが無駄だったと。

 足元の感触すらあやふやになる。自分が今歩かされているのが草原か、砂利道か、或いはあの郵便局のタイルかすら分からない。

 

 

 ――最早、ただただ自分の意志が消える瞬間を待つだけの人形に成り果てた頃に、やっと歩みが止まる。

 

「動くなァ!!」

 

 耳元の叫び声に、網膜に映る赤と黒が止まる。

 

「な、トラデータ!?」

 

「血迷った、か!」

 

 二色が手に持つ何かをこっちに向けるが、スナイパーとしての経験が直感的に彼らとの距離を測ってしまう。

 目測、五十メートル以上先。極端な改造をされたバレットでは満足には狙えない距離。光剣は論外。仮に走ったしても、届く前に三十口径フルメタル・ジャケットが誰か()を殺す。

 

「さて、さて、さて。説明の必要は無いでしょう、『赫目』に『黒の剣士』。この哀れで哀れな射手を助けたいのでしょう?

 全く、あなた方が大人しくジョニーに斃されていれば、私もこんな面倒なことをせずに済んだというのに」

 

 二人の背後でボロマントが片手でリロードを済ませ、.45ACPの顎を赤コートの後頭部に突き付ける。

 

「ったく。おいモルテ(・・・)、あれこれと台無しじゃねぇか」

 

「あの小僧の都合なぞ知ったことでは有りませんなァ!

 それよりも、さあ!漸くこの時が来た!

 我々笑う棺桶(ラフィン・コフィン)が!墓から抜け出した怪物を、絶望という棺桶に叩き込む時間が!」

 

 下卑た高嗤いの中、引金を絞る小さな音が嫌に響く。

 そして、呆気ない程小さい破裂音が一つ、草原を満たし。

 

 男を、撃ち抜いた。

 

 

 

 

 









次回予告――代わりのミニコーナー
銃器紹介編 PartⅣ

黒星(TT-33)
全長:196mm
重量:854g
口径:7.62
装弾数:8

 AKシリーズ同様、大量にコピー品が出回っていることで有名な銃。尚異名の黒星(ヘイシン)や銀ダラは日本の某業界用語なので、実は日本以外ではあまり通じない。
 スペックとしてはこれまで紹介してきた武具の様に尖った部分は無く、寧ろコピー元のTT-33はソ連陸軍に正式採用されていただけあってそれなりに優秀。コルトガバメントをほぼ丸パクリしただけの事はある。
 では逆に何故この場で紹介することになったのかといえば、この銃もこの銃でヤベーポイントが有るからである。
 一言で言えば、実はこの銃、セーフティーが存在しない。生産コストの削減、寒冷地での信頼性向上等色々と理由を付け、中身を限界まで簡略化したこの銃は文字通り引金を引いただけで弾が出る。それどころか引金を引かなくても弾が出る。(暴発)
 使用時にはホルスターから引き抜きながらスライドを引く、なんていう訓練が必要な程の代物であり、それを怠って薬室に実弾を篭めたまま携帯した結果、最悪の場合暴発して男の象徴が二階級特進した例すらあったそうな。やっぱこの時期のソ連製銃って頭おかしいわ……
 という訳でトカレフを愛用の皆さん。使用の際は、ちゃんと練習したうえで扱うか、あまりのヤバさに某国ですら後から安全装置を取り付けたコピー品を使用しましょう。





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