串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
……
………
………………
「……?」
鳴り響いた銃声に思わず目を瞑ってしまっていたが、いつまで待っても悲鳴も怒声も聞こえない。
恐る恐る目を開けてみれば、キリトにもザザにも撃たれた様子は無く。
――トラデータの右肩から、
「…………………………あ?」
全く予期していなかった事態に惚けていたが、漸く理解が追いついたトラデータが間抜けな息を漏らす。
肩を撃たれたことでヘイシンを握る腕から力が抜け、直後に私の左頬ギリギリを熱い物が通り過ぎ、首の圧迫感が消える。
「シノン!大丈夫か?!もう大丈夫だからな!」
「……キリ、ト?」
あの距離を一跨ぎで詰めたのか、視界一杯に白皙と黒曜石色が拡がる。その後ろにギリギリ、茶色い筒状の物が宙を回っているのが見えた。
光剣を携えたまま片手で私を抱き抱えたキリトが大急ぎでその場を離れる。それと入れ替わる形で、赤コート――
「――さあ、行くぞ。
――万物全てを踏み潰す鬼が、亡霊に追い付く。
「このッ、舐めるな!紛い物がァ!」
今更慌てたトラデータが無理矢理右手の黒星を突き出す、が、逆にその腕をザザに掴まれ、回避不能の蹴りが右膝から下を千切る。
「がっ、ぁっ、」
「……あぁ。それとも、こう言った方が、良い、か?」
四肢は殆ど奪われ、自由に動かせるのは左足だけになったトラデータ。その眼前で、大袈裟な程に拳が引き絞られる。
銀弾の炸薬も斯くやとばかりの一撃は。
「――悲鳴をあげろ。
豚の様な。」
一切の容赦無く、
――いっそ呆気ない程に茶スーツの男に【DEAD】タグが浮き上がり、心臓どころか身体を貫通していた抜手が引き抜かれる。
活動を停止したアバターは打ち捨てられ、代わりに異形の拳銃が
「……それ、で。どういう、つもりだ?」
「何が?」
欠損した左腕はそのままに、それどころか体力を回復する仕草すら見せずに、ダメージエフェクトで朱く染まったボロマントを靡かせた死銃が飄々と問い返す。
「コイツは、お前の、仲間だったん、だろ、ジョニー。それを、何故、撃った?」
目の前にいるのは間違いなく敵。
もう確認するまでもない、SAOで幾人も殺し、そしてこのGGOでも現実に死者を出した、狂い果てた殺人鬼。
だというのに、誰も引金を引かない。誰も、
「……何故、か。そりゃそうだ、何しろアイツらとオレじゃあ、
なあザザ、キリト。認めよう、オレはラフコフの幹部、ジョニー・ブラックだ。
オレは自分の意思で、ボンヤリしてたバカ供を毒殺し、斬殺し、縊り殺してきた男だ」
硬質なマスクを脱ぎ捨て、短く切り揃えられた白髪が月明かりに照らされる。
狂気が一周回り、回った果てに狂気とすら言えないその有り様は。
――それは、言ってしまえば、憧れだった。
「そうだ。オレは殺した。他ならない
そこにはラフコフもねぇ!PoHも関係ねぇ!レッドだのオレンジだの、ンなくっだらねぇ括りや拘りも一切ねぇ!
あんなたかだか一人か二人裏切った程度で潰れる組織や自分のシモい妄想に囚われている様な連中とは一緒にするな!ブチ殺すぞ!!」
これまでで一番重い殺気が溢れ出る。拳銃を握り締めたまま絶叫するその様子に、五年前のあの男が重なり――一瞬で押し流される。
「分かるか、なぁ!?うっかりヘマして、あの野郎に助けられたオレの屈辱が!挙句あのクソ煽り野郎に騙されてたって気が付いちまった時のオレの絶望が!いっそ自分の喉を掻っ切りたくなるほどの怒りが!
……あぁ。ザザ。オレはなァ」
――お前に、なりたかった。
……それが、自分を長年苛んでいたトラウマすら圧だけで塗り潰した男の、今まで狂気に押し込められていた本音だった。
「あの夜。お前はあの場に残って、オレは外に飛び出した。いつか、あの人の様に、カッコいい男に成れると信じて。
あいつに騙された形とはいえ、プレイヤーを殺す事で手に入るシステム上の力も、オレという人間が得る経験値も、お前らより多かった。
でも認められなかった!それどころか、あの
だからよォ、と小さく息を吐く。
「――きっとオレを見てくれない理由がある。
他のレッドやオレンジ連中相手には打って出るってのに、オレだけを見てくれないのには理由がある。そう信じた。
そう信じて、黒鉄宮で暴れに暴れて、リアルでもあの人の跡を遡った。その果てに、オレはこんなチンケな茶番に乗った!あの人がオレを『ラフィン・コフィンのジョニー・ブラック』としか見てくれないなら、そうしてやらァ!
そんで、ぶつけてやる!オレが辿り得た答えを!その為に、オレはここにいる!!」
満身創痍の男が、Mk.23の照準を赤コートの額に合わせる。
小さなナイフで突くか、
「オレはオレのやり方を貫き通した!次はテメェだ、ザザァァァァア!!」
がむしゃらに放たれた魔弾は、しかして精密に額と心臓に殺到する。その精度は、ザザが回避行動をとったにも関わらず僅かにズレただけでほぼ正確に命中したほど。
だが、
「――だと、しても。オレは、斃れ、ない」
左目が潰され、肺に風穴が開こうと、ザザにも、譲れないものがあるのだろう。感覚器官を強烈な痺れが襲っているはずなのに、怯みもせず銃口を再度向け直す。
「オレは、変わるんだ。例え
……初めて、心から憧れた、あの人の、様に」
緻密に張り巡らされた魔弾が、巨躯に吸い込まれる様に喰い込む。
回避したところで無意味と悟ったのか、ザザはその場でその全てを受け止める。コートを鮮血色に染め直した男は、静かに、狂弾の砲を構える。
「その為に、オレも、ここに、いる。あの人に、挑み、己の、意地を。自分の、進んだ道を、確かめる、為に」
十二発の弾丸を放った死銃が、一旦トリガーを引き続ける指を休めて、一発だけ直接薬室に弾丸を込める。
――銃にある弾は一発。
満身創痍でもまだ言葉が足りない死に体の身体を突き動かし、死神と怪物が互いの命を削り合う戦いに、終止符を打とうとしていた。
そして、
――キリリ、という金属が軋む音を最後に。
――雷が、死神を引き裂いた。
――上下真っ二つに分断された死銃のアバター。その傍らに疲れ切った様子で立つザザに、キリトはどこか煮え切らない顔で近付いた。
「………ザザ」
「言う、な。死銃事件は、これで、終わった。それで、いいだろう」
草を押し潰していたMK23を拾い上げながら、赤コートの男はそう遮る。キリトはそれでもまだ何か聞きたそうだったけれど、それを飲み込んで、そうかとだけ言った。
……私の目が正しければ。最後に、死銃は引金を引かなかった。
弾丸を撃ち落せるだけの技量を持つ男が、何を思って敗北を受け入れたのかは、分からない。
ただ。このジョニーと呼ばれていた死銃と、それとザザは、たった一人の人間に狂わされていたことだけは、何となく察した。そして、その人間の正体も。
「……本当に行くの?」
ボロボロの身体を引き摺りながら、怪物を目指した男が都市廃墟へと足を向ける。
聞いた噂が正しければ。彼らの評価が真実ならば。待ち受けているのは、間違い無くあの人外の王だ。
とても勝ち目などなさそうな戦いに行こうとしている。だというのに、
「――当たり前、だ。その為、だけに、オレは、此処に、いる」
砕けたサングラスの向こうにある
「そう。なら、私も行くわ」
「……その、腰が抜けた、状態、で、か?」
指摘されて、トラデータの手から救い出されてからずっと私を抱えていたキリトの顔面を思いっきりはたく。
直撃した時の短い悲鳴に、少し心が軽くなった気がした。
◇◆◇◆◇◆◇
――キリトとシノンが漫才を繰り広げている横で、ジョニーが持っていたハンドガンをベルトに挟む。
バレットによって真っ二つになったジョニー。HPがゼロになってアバターの活動が完全に止まる前に言い残した、最後の言葉を反芻しながら……
――『『蟹』を追え。そこに、あの人の秘密の手掛かりがある』――
次回予告――代わりのミニコーナー
銃器紹介編 PartⅤ
MARK 23
全長:245mm
重量:1210g
口径:45
装弾数:12
某ステルスゲームの影響で『
そもそもH&K社がこの銃を設計するにあたって要求されたスペックが、
・
・3千発以上撃っても壊れず
・あらゆる環境下でも問題無く作動し
・その上で競技用拳銃並みの精度
とかいう矛盾の塊だった。多少銃について齧った事のある人であれば、これがどれだけ無理のある要望かは分かって貰えると思う。基本的に銃の命中精度と信頼性というのは反比例の関係にあり、よくM4シリーズとAKシリーズが比べられるのはそれぞれに偏ったライフルだからである。
で、肝心の完成品のスペックはといえば、
・最低でも6千発以上の連続使用に耐え、
・AKでもブッ壊れかねない悪条件下でも問題無く動き、
・その癖25メートル先ですら着弾点を3センチ以内に収める
・デフォでサプレッサー用のネジ切りやレールシステム、それと多数の機能を搭載したレーザー・エイミング・モジュール(銃口の下にあるあの箱みたいなの)付き。なおこれはオマケである
なんていう常識を何処かに投げ捨てた厨銃が産声を上げた。お願いだから常識に囚われて。
……とまあ、ここで説明が終わるなら文句無しで最強の拳銃なのだが、残念ながら実際は殆ど使われる事がないという。
その原因は簡単。デカイ。重い。トドメに高い。まあ『デカイ』に関しては
で、残りの重いと高いという問題については、ぶっちゃけ大体オマケが悪い。なにせこのLAM、これ単品で800gくらいある。しかも銃単品だけで2000ドルオーバーしてるくせにオマケ(有料)まであるのだからたまったものではない。
……まあ、