串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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47話 四月二十九日(It started to rain)

 

 

 

 

 ――僅かな揺れに身を任せて微睡んでいると、ほんの少し、前につんのめる感覚。「着きましたよ」という平坦な声に瞼を開くと、ハンドルを握るジル(ジャック)がドアの遠隔操作ボタンに指先を置いていた。

 

「む、もうか」

 

 シートベルトのロックを外し、車から降りる。軽くコートの襟を整えていると、さっさとドアを閉めたジャックが窓だけ開けて声をかけてくる。

 

「それでは、私は後から」

 

 それだけ言うと、慣れた手つきで車を再発進させる。

 去っていく車を見送る事もなく振り返ると、当然其処は目的地の喫茶店。小洒落たドアを押し開けるなりバイトなのか面以外不格好なウェイターに出迎えられた。

 お一人様ですかと聞かれるが待ち合わせがあると断り、俺を呼び出した男が妙な事を言い始める前に手早く席に着く。手渡されたメニューは受け取り、けれど中を見ずに着いてきたウェイターにはエスプレッソを頼む(を追い払う)

 

「まずはお久し振りです。ブライアン・ヴラド・スターコウジュ」

 

「ほう。遠回しに余を呼びつけておきながら、よくぞお久し振り、などとほざけたものよな」

 

「おや、なんの事ですか?」

 

 眼以外ニコニコさせた自衛隊中佐の仮面にジャブを入れる。

 此奴の本職(二等陸佐)とオーシャン・タートルの建設が極秘裏に始まっている事はもう掴んである。後者は今ここで問い詰めるにはリスクが高過ぎるが、万が一、これから先の件に俺が強引な手段で介入する必要が出た時に、予め件のプロジェクト(アリシゼーション)について把握している可能性を匂わせる程度の事はしておいた方が良いだろう。

 

「貴様、ピトに襲撃されたそうだな」

 

「ええ。霞ヶ関駅から出た所でいきなり。彼女の追っかけも何人かいましたから、焦りましたよ」

 

「ほう、狙ってやったにしては白々しいな」

 

「まさか。アイドルの動向を一々コントロール出来るわけが、」

 

「死銃の初犯、ゼクシード銃撃時のスクリーンショットは全て確認した」

 

 つらつらと流れる暖簾に、漸く手応えがあった。

 

「ピトフーイがその場に居たことは彼奴本人の口からも映像記録でも確認した。あれの勘の良さと好奇心の強さを知っていれば、どう動くかの想像は可能だ。

 付け加えれば、貴様の述べた通り奴はアイドル。ただの一般人に比べれば、スケジュールの把握は容易であろう。ましてや襲撃を仕掛ける程の空き時間を逆算する程度なぞ。

 ――さて、改めて問おう。貴様、なぜ霞ヶ関にいた?」

 

 『市ヶ谷でも、ラース支部のある銀座でもなく』 言外に続きを忍ばせ、そこで区切る。

 

「……僕はただの出世コースから溢れた閑職ですよ」

 

「クク。そうか」

 

 互いに気付いていないフリをしながら含み笑い。ピトが見たらまた妙な勘繰りをしそうな光景だな。

 どんな突飛な発想が出てくるか興味があるが、そのエルザはエリザを丸投げしてきたから今頃疲弊し始めているだろう。微妙な空気のままキリトらを参加させるのは気が引ける。最低限この男に対しての釘は刺し終えたし、適度に弛緩させておくか。

 

「して?わざわざ彼らより幾分か早い時刻を指定したのだ。余個人に問う事があるのではないのか?」

 

「ああそうでした。ええと……」

 

 傍らのビジネスバッグからタブレットを取り出し、画面を突き始める。

 

「今回の死銃事件。自首した金本敦、SAOでのプレイヤーネーム『ジョニー・ブラック』の証言の裏付けで手一杯なのですが、その過程で妙な情報が浮かび上がりまして。それについての情報を頂ければと」

 

 タブレットに視線を下げたまま、咳払いで仕切り直す。丁度よく俺の後ろの席で、中肉中背の男と黒髪ロングの女性が入れ替わったのもあったのだろう。

 

「『死銃』は三人のチームで、BoB時は新川恭二が実行役、金本敦ともう一人が襲撃役を担っていたのですが……この『もう一人』の事情が少々問題でして。

 名前は相良豹馬(さがらひょうま)、二十二歳。GGOでは『Tradator』。SAOでは『Moarte』。聞き覚えは」

 

「あるな。レッドギルドにいた。付け加えれば、強引にアルファベットに落とし込んでいるが余の祖国の言語で其々『裏切り者』と『死』に相当する単語であるな」

 

 タイミングよく注文したカップが来た事で一旦区切られ、伝票を置いたウェイターが消えたのを見計らって続きを促す。

 ……にしても、相良豹馬って何処かで聞いた事があるような……?

 

「実は、彼はまだ逮捕されていません。逃走に車を使った痕跡があり、都外に逃亡した可能性も含めて彼の身辺調査を進めたところ、彼の家系は数代前に『黄金千界樹』なる一族に連なっていたことが判明しました」

 

 黄金千界樹――ああ、そういうことか。ついでに何処で聞いたのかも思い出した。外典の聖杯戦争に於いて、黒のアサシンの召喚者の名だったか。

 肝心のユグドミレニアは、記録こそあったが当の昔にダーニックごと没ってた故無視していたが……うーむ、おのれ。

 

「……ユグドミレニア(黄金千界樹)。成る程、つまり余が其奴の逃亡を手助けしたのか、と?」

 

「ルーマニア出身のSAOプレイヤーは貴方だけだったもので」

 

「断言しよう。有り得ぬ」

 

「ですよね」

 

 苦笑いで誤魔化しながらも、その眼に特段感情の隆起はない。この次辺り、或いは時間的に考え過ぎか?

 どうやら考え過ぎで正解だったようで、店のドアから見覚えのある顔が覗く。

 

「あ、おーいキリトくん!こっちこっち!」

 

「……えっと、アレと待ち合わせです」

 

 余計な一声に居心地悪そうに歩いてくる三人。いや、うち一人は若干浮き足立ってもいるか。

 

「――ヴラド」

 

 懐かしい呼び声に振り返ると、中性的で線の細い少年が、そこにいた。

 

「久しいな、ザザ。こうして顔を合わせるのは一年ぶりか」

 

「ああ、そう、だな」

 

 怯えっぱなしの少女(シノン)を引っ張るキリトと共にザザを座らせる。

 キリトとザザが手慣れた調子で、さっきから感情が忙しいシノンがおっかなビックリ注文を済ませた頃合になって、漸く菊岡が動き出した。

 定形文の挨拶と一方的な名刺交換も終わり、漸く本題に入る――かと思いきや。

 

「あの……そちらの方は?」

 

 何処となく猫を思わせる少女にそう尋ねられた。しかも何故か完全に血の気の引いた顔で。

 

「……ブライアン・スターコウジュ。ヴラド、と名乗った方が通りが良いか。立ち位置としては、そこな少年らと同じSAO帰還者だ」

 

「じゃあやっぱり貴方――」

 

 ますます顔色を青白くした詩乃が何かを言いかける、が、そこで押し黙って座り込んでしまった。

 流石にその反応には疑問符が浮かぶ。心当たりが無いことはないが、断定するには情報が足りない。

 怯える少女の事は一旦傍へ置き、菊岡へと向き直る。

 

「取り敢えず、今までに分かったことを教えてくれよ、菊岡さん」

 

「分かったよ。といっても、全容解明には程遠いのだけれど」

 

 一口コーヒーを含んで舌を湿らせてから、菊岡は続けた。

 

「まず前提として、今回の騒動を引き起こした『死銃』とは、個人の名称ではなく、言うなればチームだったんだ。計三人のね。名前はそれぞれ、金本敦、相良豹馬、それと……」

 

 一瞬躊躇うように、シノンとザザの顔を伺う菊岡。だが、少なくともザザは冷静でいるのを見た奴は、絞り出す様に呟いた。

 

「新川恭二」

 

 パッと見た限り、朝田詩乃に特別な変化は見受けられなかった。どちらかといえば、まだ話が飲み込めていない、その名前が彼女の知る新川恭二を指していることが信じられないといった具合か。

 ……キリトらが死銃のトリックに気が付いてない様子だった故、ジャックに押さえておくよう指示したのは早計だったか?

 

「……その、具体的なトリックはなんだったんだ?」

 

 大まかな関係は既に知っているのだろう。兄である新川昌一(ザザ)と、クラスメイトである朝田詩乃から。だからキリトは、強引にでも話題を切り替えたのだろう。

 

「彼らにとっての切っ掛けは、具体的には分からない。取り調べでは、敦は訊かれた事には全て答えているけれど恭二の方は完全な黙秘を貫いているんだ。敦の推測が含まれている事は了承してくれ」

 

 テーブルに伏せていたタブレットを再び持ち上げ、キリトらが短く頷いたのを認めてから、改めて切り出した。

 

「三人は元々、何の接点もなかったらしい。強いて挙げれば三人ともGGOプレイヤーで、敦と豹馬がSAOで同じギルドに所属していたくらいか。それでも、SAOから脱出した後は死銃のトリックが思いつくまで連絡をしていなかったらしいし、敦と恭二も、最初の死銃事件までは全く交流が無かったそうだ。

 それが変わったのが『メタマテリアル光歪曲迷彩』という、一言で言えば『透明化できるマント』を手に入れてかららしい」

 

 静かな雰囲気の喫茶店に、舌打ちの音が響く。

 

「覚えて、いる。それは、オレが、あいつに、あげた奴、だ。武器ドロップ周回、の、副産物。プレイヤーの、育成、に、行き詰まったと、相談されて、AGI極(あいつ)でも使える、アレを、渡した。

 ……クソ。もう少し、あいつを、見てやるべきだった、か」

 

 頭を抱え、そう呻くザザ。けれど時は戻らず。ただただ無情に、終わった過去だけが横たわっていた。

 

「恭二は最初、そのアイテムを普通に使っていたようだ。フィールドで隠れ、油断しきった敵を撃ち抜く。上手くいった彼は、自然と恨みを晴らすことを考え始めたらしい。ゼクシードというプレイヤーを尾け、攻撃可能なエリアに出た途端に射殺する、えっと、リスキル?の一種を狙いだした。

 ……そしてその過程で、偶然、ゼクシードの個人情報を得てしまった」

 

「それって、まさか、」

 

 漸く殺人の種が完全に分かったのだろう。キリトが声を上げる。

 

「『死銃』は、アバターを撃って相手を殺していたのではなく、アバターを撃つのと同時に現実で相手を殺していたんだ。

 ……話を戻そう。その時点では具体的にどうこうするつもりはなかっただろうと敦は推測している。ゼクシードの流した情報によって絶望した自分が、ゼクシードの個人情報を握っている。最初はそれだけで満足出来ていたらしい。でも、それを煽ったのが金本敦だった」

 

 菊岡はそこで一旦区切り、はっきりと俺を見据えてから続けた。

 

「暗殺者プレイを楽しんでいた恭二は、ある日とうとうマントの効果を見破られた。その見破ったプレイヤーが敦だったんだ。恭二にとって、そのアイテムはまさに要。アイテム諸共撃破されかけた恭二は、必死に抵抗したそうだ。

 ここで不幸だったのが、敦にとって不可視の相手との戦闘は格好の練習台だったこと。そして命乞いをする恭二から、現実の誰かの個人情報を持っていたこと、街中でも問題無く効果を発揮する事を聞き出した敦は、恭二に対して、自分がSAOで殺人ギルドに参加していたことを打ち明けてから『死銃計画』の骨子を提案した。

 

『VRワールドに於いて、殺人ギルド『ラフィン・コフィン』を殺人ギルドそのままに再現する』。

 ……GGOでの敦のプレイヤーネームでもある、『ノスフェラトゥ』を呼び出す。その本当の目的を伏せて」

 

 ノスフェラトゥ(不死者)

 数有る吸血鬼を指し示す単語の一つに、しかし意外にもキリトらは反応しなかった。ジョニーと複数回交戦していた気配はあったが、その時に聞き出していたのか。

 

「初め恭二は乗り気ではなかったようだが、手口の議論が進んでいくうちに、次第に恭二は『死銃』を真実の自分だと思うようになったそうだ。ゼクシードなどといった強者を実際に殺害出来る、最強の存在なのだと。

 そして、十一月九日午後十一時三十分。病院から盗み出させたマスターコードで電子ロックを解除した敦は、恭二がGGO内でゼクシードを銃撃したと同時に、高圧注射器でサクシニルコリンという筋弛緩剤を被害者の顎の裏に注入した。二人目の犠牲者、薄塩たらこの時も、同じ手口だったそうだよ。

 ……けれど、死銃の脅威は一向に広がらなかった。『最強』に成りたがった恭二と、『殺人ギルドの復活』を大々的に広めたかった敦は、第三回最強者決定戦(バレット・オブ・バレッツ)に於いて一挙に複数人銃撃する計画を立て――一度、そこで大きく対立した」

 

「対立?」

 

 キリトが鸚鵡返しに聞き、長々と喋った菊岡は、一服してから話を再会した。

 

「とある情報からBoBに求める人物が参加することを確信した敦にとって、その時点で『死銃』に価値はない。寧ろ、死銃の正体を掴もうとするプレイヤーを誘き寄せるから邪魔にすら感じた。死銃による殺害に、それどころか突然現実での実行役に固執し始めた恭二の扱いに困った敦は、そこで新たな仲間を、言ってしまえば『二代目死銃』を加え、移動時間の問題を解消する為にターゲットを減らして計画を練り直した。

 名前は相良豹馬。SAO時代は『モルテ』というキャラクターネームのプレイヤー。

 ――そして彼は、何の因果かGGOにて『トラデータ』として恭二と交友関係を結んでいた」

 

 

 聞き覚えのある名前に息を飲む音がした。大方、SAOの頃に仕留めておけば――

 ……いや、ヒースクリフ以外キリトには誰も殺させた覚えは無く、殺したという話も聞いていない。だが何方にせよ、如何ともし難い感情ではあろうな。

 

「このモルテこと相良は、『殺人ギルドの一員』としての自分に固執しているだろうから呼び出すのは簡単だった、とは敦の言葉だよ。ただその割に、相良が妙なベクトルに乗り気だった事には疑問を抱いていたようだけれど」

 

「ようって、そいつ本人に聞けばいい話だろ?」

 

「彼はまだ逮捕されていない」

 

「は?」

 

「自首した敦が逮捕されたのと、文京区湯島にある公園で気絶した状態で発見された恭二がマスターコードと薬液入りカートリッジを所持していたのを確認した直後に捜査員が新宿区にある自宅に急行したところ、既に無人だった。今現在も監視中のはずだが、逮捕の知らせはないね」

 

「公園で気絶って、本当に新川君……恭二は、死銃の一人だったんですか?」

 

 未だ受け入れきれないのか、詩乃が縋るように呟く。しかし菊岡が首を縦に振った事で、青いとはいえ僅かに残っていた顔色が完全に消えた。

 

「貴女の他、もう一人の犠牲者に選ばれていたペイルライダーの部屋から恭二のDNAと一致する毛髪が発見された。まず間違い無いだろう」

 

 椅子から転げ落ちかけた詩乃をキリトが支える。

 ……緊急だったとはいえ、例のイベントを抜きに死銃事件が片付いた弊害、とも言えるのだろうな、この光景は。結果論の果ての無茶振りとはいえ、もう少しなんとかならなかったのか、ジャック?

 

 ――女性が暴行されると知って泳がせる趣味はありませんから。

 

 溜息を吐くと、背後から改変モールスの文句。ああ、遅いと思ったら後ろの黒髪の女性、やっぱジャックか。

 

「金本敦と新川恭二の身柄は現在警視庁本富士署にあり、取り調べが続いている。

 ……長くなったが、以上が事件のあらましだ。申し訳ないが、そろそろ行かなくては。閑職とはいえ雑務が多くてね。また、新しい情報があったらお伝えしますよ」

 

 タブレットを鞄に仕舞い、伝票を掴むと齷齪と店を後にする菊岡。まったく、あれも忙しい男よな。尤もあれのお仲間(同業者)を退店させた我らが言っていいことではないのだろうが。

 

 ――さて。別途報告が挙がると分かって尚この場に居座り続けたのだ。此方の用件も済ませるとしよう。

 

「ザザ。いや、新川昌一よ。お前はこの後如何するのだ?」

 

「……そう、だな。親戚に、頼るか、ピトの、所にでも、転がり込む、かな」

 

 唐突に振った話題に、力無く答えるザザ。

 弟が殺人及び殺人未遂に、住居不法侵入その他諸々に犯人として関わってしまっている以上、未成年として実名報道はされないだろうが新川家の社会的没落は免れないだろう。客商売で信用を失う損失は計り知れない上、一家で一括りにしがちな日本なら尚の事。

 ジャックが先んじて何処かへのメールを打ち始めた電子音を聞いてから、一拍開けて、切り出した。

 

「ならば余と来るか?」

 

「…………え?」

 

 全く予想していなかっただろう言葉に、無表情気味の昌一が珍しくポカンと口を開ける。

 

「いや、これでは語弊があるな。

 余の元へ来い、昌一。たった一年程で嘗てと真逆の力を使い熟し、あれ程の拳を習得したその執念と奮闘を、余は買おう」

 

 己に自信の無い昌一に対し、成し遂げた結果を示す。

 

 実際、仮に俺が一年間一から只管に拳を鍛えたとしても、昌一が辿り着いた領域に達することは出来なかっただろう。

 それに、此奴が最後に見せたあれは、おそらく心意スキルだ。存在そのものの伏線はSAO時代から張られ、複数の事件の果てにアンダーワールドにて漸く技の一つとして確立したこの物語の根幹、或いはその先(・・・)への掛橋となる歯車。

 発現させたのがキリトか彼女らであれば、順当とでも言えよう。しかし、成したのはザザだ。最早原型など何処にも無いが、本来であればこの時点で退場するはずの男が成し遂げたのだ。下手な巻き込まれかたをされては、以降の戦いへの準備の程度を測れなくなる。

 少々気が早いかも知れぬが。この世界が仮想空間を重視した流れを形作る以上、たとえ『アクセルワールド』に辿り着かずとも高いVR適性は『ソードアート・オンライン』の物語とは関係無しにこの先有利になるだろう。損得関係なく動かせる俺の伝手に昌一に比類する適性者は居らず、なお昌一がその才を持て余しているのであらば、引き込みを躊躇う由は無い。

 ……というか、彼方側(VR空間)に限定して言えば俺より格闘の才があるんじゃなかろうか?不味い、これで現実仮想両方で剣槍拳が俺以上の若人が揃っちまった。

 閑話休題。少年少女が主人公の世界の住人に有るまじき打算ある誘いに、しかし昌一は希望通りの反応をしてみせた。

 

「……条件、が、ある」

 

「ほう?述べてみよ」

 

 命令でも問答無用でもなく、はっきりと昌一と呼んだこと(対等な人間としての扱い)を察し。俺の立ち位置と己の状況を見据えた物言いは、正しく期待通り。

 口にする内容は決まっているが、本当にそれを願っていいのか悩んでいるのだろう。数秒ほど深呼吸に費やした昌一は、いつにも増した小声で呟いた。

 

「オレ、の、家族に、ついてだ。

 ……あんなの、でも、一応、親、だから、な。多少なり、とも、守ってやる事は、出来ない、か?」

 

 ――途中聞き取り辛い箇所はあれど、それは、間違いなく離別の言葉であった。

 恵まれず、凶気に走った少年(赫目のザザ)が、その元凶の一端と言える現実と向き合えた事実の証明であり。

 そこに最初に出逢った時のような、死んだ魚の目をしていた子供はいない。

 

「よかろう。任せよ」

 

 ならば応えよう。

 堕ちようとも我が血は貴族のそれであり。

 

 

 ――せめて憧れた背くらいは、らしく取り繕ってみせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シノン、大丈夫か?」

 

 ―― 新川君(恭二)に似た外見の少年を連れた怪物が去ってから、およそ五分後。

 漸く息苦しさが紛れてきたところで、キリトが気遣うように言った。

 

「……ええ。もう、大丈夫」

 

 まだ震えが残る手で、よく冷えた水を喉に通す。背中を支える手からは、優しさと労りが感じられる。

 

 ……キリトは、私の知り合いが事件の犯人だったことにショックを受けていると思っているのだろう。

 否定はしない。いまだに、GGOの待ち合わせ場所の酒場にはシュピーゲルが居る気すらする。

 

 でも、それと同じくらい、私が怖いのは――

 

「……ねえキリト。あの怪物って、SAOでそんなに影響力があったの?」

 

「え?あぁ、まあ。最強の一角ではあったし、なんどかオレも世話になったし。実質二人しかいなかったユニーク持ちの片方だし」

 

 急に関係ない話を聞いたからだろう。若干呆気に取られながらも、すんなりと返事が返ってくる。

 

 

 

 ――『ぶつけてやる!オレが辿り得た答えを!その為に、オレはここにいる!!』

 

 ――『あの人に、挑み、己の、意地を。自分の、進んだ道を、確かめる、為に』

 

 

 

 死銃とザザの咆哮が脳裏に浮かぶ。

 あの二人は、たった一人の人間に惹かれ、狂っていった。片方は弟すらロクに顧みることなく、片方は戦う機会を得る為だけに、他人を巻き込んで殺人に手を染める程に。

 

「…………狂ってるわ」

 

 

 ――怖い。あの男が、あの悪魔(ドラキュラ)が。

 アレと戦って、『シノン』としての力を手に入れる?無理だ。想像しただけで震えが止まらなくなる。幻覚の男すら、私の前に現れる前にあの世に逃げ帰るだろう。

 

 ……それに。あの時

 あの怪物がザザと戦っていた、あの時に感じた、あの殺意。

 思い違い。勘違い。そんな人間がそうそういるはずがない。

 理性は否定の言葉を浮かべるが、そのどれも本能と勘が否定する。

 あの殺気は、本性を現したトラデータや死銃と同じ。いや、それよりも()()

 

 

 

 

 

 

 

 ――人を殺した(・・・・・)こと(・・)()()()()()の、殺気だった。

 

 

 

 

 

 

 









第3章 硝煙幻想鬼公 ガンゲイル・オンライン



――状況終了――







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