串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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49話 竜の騎士の珍道中 後編

 

 

 

 

 

「うおおおぉぉぉおぁああああああああ!?!」

 

 半ば振り落とされないようハンドルにしがみつき、森林地帯へと続く荒野を爆走する。もう叫び声も悲鳴同然だ。

 だがその甲斐あってか、森と荒野の境目に覚えのあるピンク髪が見えた。

 

「やっと来たわね!この私を待たせるなんて、いい度胸」

 

「その前に、そこ、退け、ドラ娘!」

 

 ――繰り返すが、オレはこのポンコツにしがみつくだけで精一杯。付け加えればオレが運転経験のある電気スクーターにはエンジンブレーキなんて代物は無く、ブレーキをかけなければ止まらないと思っていた。

 メーターは当の昔に二百キロオーバー。前方には鬱蒼と茂った木々の壁。そして進路上には人。文句なしのプリ◯スミサイルならぬバギーミサイルだ。

 

()ー!?」

 

 その場に体育座りして頭を抱えたエリザ。

 いや避けろよと舌打ちしながらも、咄嗟に効かないハンドルの代わりにコントロールに使っていた右足で地面を蹴る。

 浮き上がる前輪。後輪が地面に着きっぱなしで容赦無くひっくり返るのに任せて、無理矢理座席から転がり出る。

 それと同時に着弾した前輪とハンドルがひしゃげ、エンジンブロックに突き刺さる。当然バギーは爆発、炎上。これは酷い。

 ……まあ、ぶっ壊してもレンタル代以上は取られなかったし、結果オーライと思っておこう。

 

「……おい、エリザ。無事、か?」

 

 もくもくと黒い煙を登らせるバギーだった鉄屑を尻目に、コートについた土を払い落としながら未だ頭を抱えて縮こまるドラ娘に近付く。

 その光景に妙な既視感を覚えていると。なんか、角が四本ほど生えてきた。

 

 あ、やべ。

 

 再び地面に転がり込む形で回避行動をとるのと同時に、7.62ミリ弾の三発一セットが三十個、直前までオレがいた空間を蜂の巣にした。ついでに空薬莢が十個程足元の地面を熱した。

 

「……アナタねぇ…………アナタねぇ……ッ!」

 

「よし。とりあえず、落ち着け」

 

 待ち合わせ場所を指定しなかったお前が悪い、という文句は飲み込む。得てして女性とは理不尽な存在であるというのはSAOの二年で散々思い知っているし。主にピトとかアスナとかで。

 TKBのグリップを握りしめたままリロードも忘れ、真っ赤な顔でプルプル震えるエリザを刺激しないよう、言葉を選びながら宥めにかかる。

 

「こっちから、も、言いたいことは、ある、が、まずは、落ち着け」

 

「口答え無用!いっぺん死になさい!」

 

 ロクに口を開く余裕すら無かった。

 突き出された銃口を躱し、続く横薙ぎにはバックステップ。GGOじゃ絶対に見ない『槍使い』の動きだが、その対処法ならもう身に染み付いていた。

 次は大きく突き出たアイアンサイト()が逆袈裟に迫る。その軌道は簡単に見て取れたから、今度は避けるのではなく、銃身に手を伸ばして逆に上に流す。

 彼女の予想を上回る勢いで跳ね上がる銃口。手元からグリップが離れないようにするので精一杯だったのか、攻撃を一瞬止まらせることに成功した。……本当に一瞬だったが。

 

「頼む、から、話、を、聞け」

 

「お断りよ! ――って、コラ!何するのよ!」

 

 新体操のクラブ宜しく指先だけでアサルトライフルを一回転させ、腰に取り付けてあるサブマガジンにマガジンゲートを叩きつける。

 後は反動で逆回転するライフルをキャッチし、ボルトを引かれてしまえば、再び面倒なことになるだろう。まあBoBで何度か見て知っているから止めるのは簡単だったが。

 

 ……さて、どうしようか。

 取り上げたTKBを片手で掲げ、ハンマーパンチで返せ返せと抵抗するエリザを見下ろして熟考する。

 斃すだけなら簡単だ。この少女の強みはパワーアタッカー染みた筋力と、アスナやアルゴには届かないもののランガンしても充分通用しそうなAGIを兼ね備え、その上で予測不能なトリッキーさが絶妙なバランスを保っていることだろう。ある意味器用貧乏とも言える。しかし大会でもないのに女性を殴り飛ばすというのも気が引ける。BoB予選の時もわざわざ降参させたのに。

 

 スカートのポケットから飛び出してきたダブルデリンジャーの銃口を指先で弾き、四十一口径マグナム弾の反動で真横にすっ飛んでた銃本体を見送ってから更に唸る。

 

 とはいえ、このまま殴られ続けるのも話にならない。ワザと斃されるというのも頭に過ぎったが、それだと何の為に乗り慣れないバギーでパンジャンして来たのか分からなくなる。却下だ。

 となると消去法でエリザが落ち着くまで待つ、となるが……PK前提のGGOでフィールドで突っ立ってるのって、どう足掻いても的でしかないんだよなぁ。せめてTKB(ロシアの狂気)が魔除けにならないかな。ならないよな。なんかジャングル方面から嫌な予感がするし。

 動植物蔓延る空間内に、逆に()()()()()()()()()()()箇所が紛れ込んでいる。

 その感覚に細く息を吐いて、気分を入れ替える。

 

「やっと言うことを聞いたわね!さあ、今度こそやっつけて――」

 

 TKBを持っていた腕を下ろし、早撃ち、格闘、何方にも即対応出来るよう自然体に構える。

 

 結果は―――― ビンゴ(当たり)

 

 ジャングルの日陰を縫うように投擲されたのは、今時珍しい破片手榴弾。だがプラズマグレネードとは違い、爆発するその瞬間まで音を発しない隠密性は、ジャングルに背を向けていたエリザの不意を突くには十分過ぎた。

 

「チッ――」

 

 咄嗟に頭二つ背の低いアバターの少女を抱き寄せ、全力で地面を蹴る。

 空中で爆散したパイナップルモドキが放った欠片に左半身を所々抉られながら、さらにもう一歩、距離を開ける。

 

「な、何事よ!?」

 

「襲撃、だ。しかも、手慣れて、る」

 

 グレネードが飛んできた以上、近距離に最低一人いるのは確実。そしてPvPを仕掛けて来たからには複数人(スコードロン)が相手だと思っていいだろう。

 その場合、最大の脅威となるのは、狙撃手。

 ……誘導されている気がするが、仕方ないな。

 

「おい、行くぞ」

 

 「え、ちょ、」と戸惑いっぱなしのエリザの手を取り、射線を切るべく今度はジャングルに飛び込む。間合いを詰めれば手榴弾も使い難くなる。トラップが張られている可能性、地の利の不利を鑑みても、対処不能な遠距離狙撃を潰すメリットは大きい。

 

「……ねぇ、ちょっと」

 

 だが撃退するにせよ逃走するにせよ、まず敵の情報が欲しい。ハンドガンかサブマシンガン(SMG)程の接近戦となれば確実に勝つ自信はあるが……

 

「――ちょっと、聞きなさいよこの子ブタッ!」

 

「ぐふっ!?」

 

 遮蔽物を意識し、周囲を警戒しながらの全力疾走。だが予想外(直近)の肘には流石に対応しきれなかった。

 思わずエリザの手を離し、綺麗にエルボーが突き刺さった鳩尾を押さえる。

 

「なに、しやが、る!」

 

「当然でしょ!散々レディの肌に触れておいて、その程度で済んだことに寧ろ感謝なさい!」

 

 流石に狙われている自覚はあるのか発砲こそしてこないが、TKBの銃口からは真っ赤なバレットラインが伸びる。

 ……そろそろ我慢の限界だ。なんだかんだBoBでも引っかき回されたし。

 撃つタイミングを探ろうと、目を覗き込む。自信に満ち溢れた勝気さと僅かな苛立ちが混じる表情に、少し暗めの蒼い瞳。

 

 そこには――()()()()()()()()()()

 

「は? ――ッ!」

 

 直感的に湧き出た、その意味不明な感覚。自分の考えだというのにそれに一瞬捉われたオレは、背後からの刺すような殺気に反応が遅れた。

 銃声と脇腹を抉られる感覚が連続して続く。身を捻った角度と着弾点から逆算、狙い(ターゲット)は心臓。サブソニック(亜音速)で飛ぶ.45ACP特有の銃声で、その癖二点バースト……H&KUMP(ドイツ製SMG)ってとこか?

 お返しに腰溜めで五十口径弾を数発撃ち込み、反動も込みで時計回りに回ると、身体の縁ギリギリを7.62mm弾(TKBの射線)が掠める。やっぱ撃ってきやがったか。

 ……だが不思議と、エリザに対してさっきまでのような苛立ちは感じない。

 相変わらずフルオートで吼えるTKBのバレットラインを、今度は射手や銃身を叩かずに対応する。勿論背後のSMG使いへの警戒は怠らない。

 

「……なんでよ」

 

 ――銃の割には正確に迫る九十発の弾丸と三十発の空薬莢。その中で当たりそうなものを後方へと躱し、往なし、エストックで弾く。

 銃身を切り詰めたショットガンを乱射してもまだ足りない程広範囲に破壊痕を残しながら、まだなお少女は震えていた。

 

「なんで撃ってこないのよ!?ふざけないで!私と、決着を!付けなさいよ!!

私には、なんでアナタが()()なのか分からない!価値が分からないのなら代わりなさい!

 ……もしかしたら、わかってくれるのかもって、思ってたのに」

 

 ――羨望。或いは嫉妬。そして落胆。

 デスゲームと化したSAOで数多く見かけ、そしてジョニーの様な怪物すらをも生み出した感情が、その瞳、その声に宿っていた。

 絶叫のまま、TKBを投げつけてくる。銃身がオーバーヒートを起こしかけているそれを受け止めていると、エリザはストレージから別の銃を。

 見覚えのある竜の顎が、牙を剥き出しにしていた。

 

「……その、銃、は――」

 

 ――プファイファー・ツェリスカ。

 鋼鉄の浮遊城に於いて最強の座にいた、今尚伝説を増やす小竜公(ドラキュラ)。進む先にある凡ゆる障害を文字通り叩いて潰すあの人に相応しい竜の息吹(ドラゴンブレス)そのものといえる拳銃。

 それが、エリザの手にあった。

 

「なんで、お前、が、それを、」

 

「おじ様が私に預けたのよ。もしアナタにこっち(GGO)で会う機会があれば、渡しておいてくれって」

 

 アイソセレススタンスで構えるエリザ。シングルアクションリボルバー特有のカチリと小さく撃鉄を上げる硬質な音が鳴り、シリンダーが回る。オレの装備では例えどれだけVIT(体力)を上げようと掠っただけで即死する弾の予測線が、真っ直ぐオレを貫いていた。

 

 ……なんとなく、分かる気がする。

 この少女の悲鳴が。この少女の悔しさが。

 だけどそれは、オレにはどうすることも出来ない。

 けれど、いや、待てよ。だとしても不可解な点がある。

 

 『価値が分からないのなら代われ』つまりそれの価値は不確定にして不安定。

 『オレなら分かったかも知れない』つまりそれはオレの五感に間違いなく引っ掛かっている。

 これら二つの要素を含み、尚且つエリザとヴラドに共通する点。

 この推測が正しければ、エリザの怒りの源泉は――

 

「……音楽?」

 

 十五ミリを超える直径から伸びる太い軌跡は、息を呑む音と共に掻き消えた。

 ……当たり、か。

 ヴラドは、あの世界に於いてプロの歌手(神崎エルザ)の伴奏すら勤められる程の腕があった。クラシックだけでなく、ロックやアニソン、ボカロ曲すら数曲暗譜していて、アインクラッドのBGMも容易く耳コピし、ピトの曲もほんの数回練習しただけで完璧に弾き切れていた。

 あれだけ幅広い知識や技術、才能があれば、アイドル志望のエリザとも話が合っただろう。無いとは思うが、歌の練習にすら付き合っていたのかもしれない。

 ただ、これでもまだ違和感が残る。

 

「エリザ。なぜ、お前、は、そこまで、拘るん、だ?」

 

 貴族のプライドからくる独占欲とか言われたらそれまでだが、ピトにあれだけ懐いていた奔放な少女が、銃なんて鉄臭い物を軽々振り回す彼女が、そんな細かい事を気にするのか?

 

「……知らないのね。まあ当然と言えば当然かしら。私も聞き伝だし、あの人が自分から言うわけないだろうし」

 

 一端とはいえ、理解された事が嬉しかったのだろう。言外に仕方ないという言葉を忍ばせながらも、どこか誇らしげだった。

 

「あの人は弦楽器の、特にバイオリンの天才だったのよ! ……成人なさってからは殆ど演奏してないし、話を聞いただけでも結構変わった音楽感だったそうだけれど」

 

「変わった、音楽、感?」

 

「ええ。どんなに才能があっても、必ずしもそれが本人の為にはならないのよ。

 そうでもなきゃ、コンクールで入賞する度に使った楽器は壊して、逆に散々だった時のは嬉々として保管しておくなんてこと、普通しないでしょう?」

 

 ……成る程。確かにそれは変わっているな。

 DKのギルドホームにはダンジョンだった頃の名残で多種多様な楽器が、状態の良いものから元々何だったのか判別出来ないほど粉々に壊れていたものまでゴロゴロ転がっていた。それらの管理は主にヴラドがしてたから、もしかしたら実はSAOでもバラしていたのだろうか。

 

 閑話休題。

 ある程度喋りたい事は喋ったのだろう。「それなのに……」と、リボルバーのバレットラインが照射される前よりも不機嫌そうな呟きが出る。

 

「私ですら何度もねだって二、三弾いてもらっただけなのに、その価値も知らずに何度も聞けただなんて、許せないわ!」

 

「んなこと、言われ、たって、どうしろ、ってんだよ」

 

 エリザがオレに突っかかる理由は分かった。分かったが、これに関してはオレには本当にどうしようもない。本人に言ってくれ。

 ……それに。

 

「特別に、なりたい、気持ちは、痛い程分かる。だからこそ、負けてやる、事は、できない、な」

 

 ――理解出来たからこそ、戦う理由が出来た。ならばいつもの様に押し通るのみ。

 さあいざ尋常に、勝負。と、その前に。

 

 漁夫の利を得ようとしたのだろう。バレットとプファイファー・ツェリスカのバレットラインが交差する中空、本来BoBプレイヤーならば全神経を注ぐその空間から逃れる様に、上から破片手榴弾が降ってくる。

 が、殺気丸出しの投擲には、当たらずとも軌道を逸らす位なら対物弾の衝撃波だけで事足りる。適当な狙いで放った銀雷と手榴弾が鋭い金属音をたて、横回転する弾頭が爆弾を綺麗にホームランする。

 弾丸の後ろ半分の痕が刻まれた、()()()()()()()()()()()()()()を見送り――

 

「む?」

 

 目に映ったその違和感に理屈が動く前に、横方向から気配が完全に消える。しかしバレットの反動を抑え込むのに硬直している身体は反応してくれない。

 ……仕方ない。リスクはあるが、UMPの火力なら耐えられるだろう。

 そう覚悟を決めていると、予想外の方向から、ある意味で予想外の攻撃が飛んできた。

 

「砕け散りなさい!――きゃっ!」

 

 正面から鼓膜を強打したのは、一発分しか聞いた事がなかった .600ニトロ・エクスプレスの咆哮。さっきのデリンジャー同様横方向への強烈な反動で銃身が吹き飛び、エリザの平坦な胸部に重量六キロのグリップが刺さる。

 だがその火力は折り紙付き。一発だけだというのに敵がいると思わしき方角の木々を数本根こそぎ抉り倒し、薄暗い森林の一角の見晴らしがやたら良くなった。

 

「……おい、おい。マジ、か」

 

 しかし。対物ライフル以上のダメージが齎らした惨状は、見事に結果を引き摺り出した。

 ――半分程の高さで倒壊した大木。その影から、短く切り揃えられた薄い金髪の男が立ち上がる。

 装備は飾り気の無いシンプルな現代風戦闘服。武器はUMPではなく……釘打ち機(クリス・ヴェクター)!?また色物の類かよ。

 

 何にせよ、敵である事は確かだ。まず手始めに命中精度の悪いパトリオット(バレット)を腰溜めに二発ぶっ放し、続けて相手をアイアンサイトでロックする。殺気の消し方からそれなり以上にやるのは察せていたが、予想通り紙一重で躱された。

 尻餅ついたまま「銃が効かないのがデフォになってない!?」と叫ぶエリザを他所に、バレットを握る右手を大上段に振りかぶる。防ごうものならSTR値に任せて叩き潰すが、さて、どうくる?

 やはりと言うべきか、相手は回避を選んだ。素早く左にステップを踏んだ金髪野郎に対し、間合いを測り直す意図もあって振り下ろした腕の勢いそのままに片手で側転をする。

 一方敵もまだ此方が小手調べなのを察知したのだろう。まず叩ける処を叩く、という戦術の基本を打ってきた。

 即ち――TKB(旧露面の狂気)が、無情にもヴェクター(米国面の珍兵器)に撃たれる硬い音がした。

 

「ァ"ァ"ア"何してくれてんのよアンタぁああ?!」

 

 後ろからこっそりツェリスカで狙っていたエリザだったが、効果覿面。手が塞がっているのも忘れて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、TKBへと飛びついた。

 

「――あ、」

 

 半壊したTKBに手が届く段階になって、漸く処刑台に自ら飛び込んだことに気が付いたのだろう。眉間を狙った黒々とした洞の奥から、プラスチックが軋む音が鳴り、

 

「おい、パツキン。こっち、向け!」

 

 それに強引に割り込む。エリザに当たるリスクのある銃撃ではなく、闖歩で一息に懐に飛び込んで掌底をブチ込んだ。

 決まれば一撃で葬れる自信のある一撃は、しかし後方へと退がった相手は健在だった。手応えが不自然だったし、自分から跳んだな。

 

「エリザ。無事、か?」

 

「え……あ、ありがと。って違うそうじゃなくて!アイツ!早いとこ斃すわよ!」

 

 これ以上の破損を嫌ったのだろう。TKBをアイテムストレージに仕舞うと、代わりに拳銃(グロック)を取り出した。18Cに比べれると一回り小さいから、おそらく26Cだろう。

 厚みある小さな拳銃のスライドを動かし、初弾がチャンバーに送り込まれる。

 GGOでは比較的珍しい、小柄な女性らしいアバターの小さな手がグロック26Cを二、三回転スピンさせて手に馴染ませると、曲芸染みた器用さで右手にグロックのグリップを、左手にツェリスカの銃身に持ち変える。すると、オレの右脇に鈍い感触が当たった。

 

「エリザ?」

 

「アナタの方が使えるでしょ。いい?預けとくだけなんだからね!」

 

「……そりゃ、どーも」

 

 貴族としてのプライドと、憧れの人物からの贈物を傷付けられたことからくる怒り。一周回ってエリザを冷静にすらさせたそれは、今はまだ八重歯の奥に静かに収まっていた。

 ……それにしても、右手にプファイファー・ツェリスカ、左手にはこれまで使っていたバレット、か。装備の外見もあって、どう足掻いても某真祖だな、これは。尤もツェリスカの装弾数はたった五発、いや、さっきエリザが一発撃ったから残りは四発か。

 自分のそんな思考にふと片頬が上がる。吸血鬼を忌み嫌うあの人に憧れたオレが行き着いた果てが、吸血鬼の真似事とはな。

 落ちていた撃鉄を親指で上げる。格好云々を悩むのは後だ。今はただ、目の前の敵を叩き潰すことだけを考えよう。

 

「こっち、から、突っ込む、ぞ。

 ――ついて、来れるか?」

 

 挑発のつもりなのか、釘打ち機(クリス・ヴェクター)から手を離して棒立ちする金髪の男。待ち草臥れてきたのか手招きしてきたのをスルーして、意識して好戦的な笑みをエリザに向ける。

 

「……なんだかよく分かんないけど。誰に対してモノ言ってるのよ!

貴方が、ついて来なさい!」

 

 返答は、心強いものだった。

 目前に佇む敵に二人で飛び掛かる。すぐさま横から九ミリ弾の軽い発砲音が断続的に響き、金髪野郎が回避する。

 重心が傾いたその隙を突いて左踹脚。ガードを選択した金髪野郎の左腕と肋を数本持って行った手応えあり。だが逆に言えばそれだけな訳で。折れた左腕が脚に巻き付き、幾分か勢いの減衰した蹴りのベクトルそのままに投げられかける。とはいえ吹っ飛ばされるのには慣れているからには動じる事はなく、寧ろツェリスカ、バレット、グロックでの十字砲火(クロスファイア)を浴びせてやる。

 ついでに三人――聴覚の具合が未知の領域に浸かってるドラ娘は多分だが――の鼓膜をメッタ打ちに叩いた砲撃は、しかしこれも届かない。寸での処で身を落としたパツ金の頭上を九ミリパラが通過し、対物弾×二は当たりこそすれ、既に皮一枚のみで繋がる左肘を雑に盾にされインパクトダメージすらロクに本体に届かなかった。

 飛距離としては大した事ない、大股の一歩で抜かせる程度の弱々しい投げから逃れた頃には、敵は次の攻撃に移っていた。素早く釘打ち機(ヴェクター)を取り上げたと思えば、エリザに向けて一息にフルオート射撃。秒間二十発の銃撃は拳銃一丁の少女を撃破ないし下がらせるには十分。一秒にも満たない鉛の集中豪雨に晒されたエリザは、妙に既視感のあるしゃがみガードでそれを強引にやり過ごす。

 隙だらけのその背中にバレットを一発撃ち込んでやり、続けて怒りの叫びとセットでグロックが火を吹く。利き手と敵の能力から推測し右側に、次にエリザの背後に回り込むように左に回避するという予想を立ててツェリスカをブッ放せば、小気味良い反動もあって「Jackpot(大当たり)」とでも呟きたくなるほどに的中。米国版P90とも言われる釘打ち機が指数本と共に無用の長物と化す。

 だが――

 

「……?」

 

 命中箇所が銃とはいえ、敵の身体を照らすダメージエフェクトがやけに少ない気がする。反射的に逆方向へ跳んだからか?

 即興コンビとはいえ、SAO攻略組の上位陣或いはBoB本戦上位半数に食い込む程度の戦力なら既に数度屠ってると断言出来るだけの暴力を浴びせながら、未だに仕留めきれないことに今更ながら違和感を覚える。

 ……もしかしてコイツが、ジェーンが言ってたサトライザーってヤツか?

 レッグホルスターに突っ込んである拳銃に手を伸ばしたのをバレットで牽制しつつ、思考を回す。

 ――だとすれば厄介だ。想定戦力はピトフーイや闇風以上。オマケに銃社会出身なら、銃の取り扱いには向こうに一日の長がある。銃撃戦は却って不利か。

 バレットを仕舞い、残弾二発のツェリスカのハンマーを起こしながら一回転スピンさせる。

 これで念の為の()()()は上々。なら後は、精々昔からの得意技で。

 

 即ち、超接近戦(物理)で押し通るとしよう。

 

「はぁッ!」

 

 バックステップで間合いを開けたエリザと入れ替わる(スイッチ)形で、空いた左手で拳を握り一直線に突き出す。

 力強く踏み込んだ一撃は指が数本欠けた手に流され、僅かに手首に巻き付かれる。その敵の腕を銃身で押さえつけてから足払いを仕掛けるが、簡単なステップで避けられたが、敵の踏ん張りを引き剥がすことには成功し、大きく横にズレたパツ金野郎の肩に鉛玉が降り注ぐ。

 しかしその一瞬気が緩んでしまったのか、今度は逆に一本背負いを仕掛けられる。踏み止まることは無理だと早々に察し、こちらから跳ぶことで足から着地。それすら読んできた敵は、鉄山靠に近い動きで背中から体当たりしてきた。

 腕を掴み掴まれている状態では回避もガードも間に合わない。けれど不完全にオレの手首の関節を極めている敵を力任せに振り解けば、エリザからの射線が通る。

 それなりにダメージを刻み、そろそろ少ないだろう敵のHPは、果たして――一切減らなかった。

 

「げっ」

 

 一発撃っただけで、拳銃のスライドロックがかかった硬質な音が鳴る。辛うじて吐き出された九ミリパラも敵の横の虚空を虚しく貫くのみ。

 

「エリザ!?」

 

「う、うるさいうるさい!ジャックに持たされたホントの予備の予備なんだから!ちょっと待ってなさい!」

 

 慌ててアイテムストレージをひっくり返して予備弾倉を探すエリザだが、当然敵は待ってくれない。猛然と突進してきた。

 咄嗟に進路上に割り込み、通天炮でカチ上げようと脚を踏み締め、

 

「…………あ?」

 

 ――打ち上げた拳は、不気味な程軽かった。

 外れたからじゃない。これは一体……

 急速に膨らみ始めた不安を振り払うように目前に佇む敵に寸勁を叩き込むも、これも必中の間合いなのに届かない。

 

「ッ――」

 

 我武者羅に打開、頂肘、穿弓腿と繋げ、その全てが中途半端な処で不発に終わってから、ようやくそのカラクリに気付けた。

 技の途中、或いはインパクトが相手に伝わる直前。時間にしてほんの一瞬、膝や腰といった関節を、足で()()()()()()いた。

 ――八極拳に限らず、武術による拳で相手に満足なダメージを与えるには、体重移動が肝心だ。それに攻撃速度も、肩や肘だけでなく全身の関節を使うことでより上昇する。

 しかしその関節を、特に震脚(踏み込み)による地面からの反作用で威力を底上げする八極拳の技の途中で膝や腰を抑えられればどうなるか。それを今、明確に思い知った。

 

 慌ててバックステップで間合いを取る。この男がサトライザーだとすれば、この技術は軍隊格闘術(アーミー・コンバティブ)の延長にあるものだろう。片腕を失ってなおこれでは、接近戦はリスクが高過ぎる。

 退がった分の距離を詰めようと近付くヤツにツェリスカを撃つが、これまでより一段と素早い動きにまたしても木々が犠牲になった。ヤロウ、やっぱり今まで手加減してやがったのか。

 牽制に蹴りを放ちながら、もう一度撃鉄を上げる。コートの裾の向こう側へと消えた敵に銃口を向ける。まだトリガーに指はかけない。

 しかし、横から伸びた手が、無理矢理トリガーガードに指を突っ込んできた。

 

「な、テメ、」

 

 バレットサークルに何も捉える事なく、撃鉄が落ちる。最後の一発が籠められた薬莢の雷管を、ハンマーが叩き――

 

 

 弾は、出なかった。

 

 

 ――不発弾(ミスファイア)

 GGOでも極低確率で発生するその現象に、初めて金髪野郎の表情が変わる。

 完全な無表情から、ただ口元が吊り上がっただけの、異形の笑みに。

 

「――あった!これで、どうよ!」

 

 少女の声と連続する発砲音に、背筋に張り付く久方振りに感じた恐怖が解けていく。膝の力を瞬間的に抜いて射線の確保とツェリスカの奪還を両立し、そのまま斧刃脚で敵の足元を払う。

 軽いステップであっさり躱され、一瞬エリザへと視線を向けた金髪野郎。その一瞬で、ツェリスカの撃鉄をもう一度上げる。

 オレの動きを即座に感知した敵だが、回避行動はない。当然だろう、ツェリスカの装填数は五発。エリザが一発、オレが三発。そして不発弾が一発。もう撃てるはずがないのだ。

 にも関わらずオレが撃鉄を上げたのはハッタリだと判断した金髪は、バレットを納めているコート裏に突っ込んだ左手こそが本命だと睨んだのだろう。そのまま捻り上げてやらんと手が伸びてきて、

 

 その顔に、零距離でツェリスカの銃口を突き立てられた瞬間に、もう一度表情が変わった。

 ――()()()()()()()()()を見て、驚愕の表情に。

 

「――Shi」

 

ブナ・セアラ(今晩は)シィ(そして)ラ・レヴェデーレ(さようなら)ッ!」

 

 BoB本戦のリプレイでヴラドが呟いていた決めゼリフを締めに、魔砲の引金を引き絞る。

 撃ち出された竜の息吹は、今度こそ、金髪野郎の上半身を蒸発させた。

 

 

 

 

 

「……勝った、か」

 

 残った敵の半身がポリゴン片に還ったのを見届けて、肩の力が抜ける。

 今まで相手した事のない種類の敵に、想像以上に精神的に消耗したのだろう。歩み寄ってきたエリザの背が妙に高い位置にあるのを見て、やっと自分が座り込んでいるのに気付けた程だ。

 

「ねね。最後のどうやったのよ?」

 

 手渡された怪しい色のパッケージの携帯飲料を飲み干し、漸く一息付けた気になってから、エリザの問いに答える。

 

「ツェリスカの、弾倉、を、一発分、ズラして、おいたんだ。引っ掛かって、くれるかは、運、だったがな」

 

 ――プファイファー・ツェリスカの原型は、コルト・ピースメーカー。この手のシングルアクションリボルバーは、ハーフコックにすることで自由にシリンダーが回せるようになる。

 残り二発になった時にしたコッキングしながらのガンスピン。あのタイミングで、シリンダーを回しておいたのだ。理屈としてはロシアンルーレットの応用だが……ぶっつけ本番で上手くいってよかった。

 

「もう一個訊かせなさい。なんで私を助けたのよ。

 ていうかそもそもなんで来たのよ!私を囮にすればもっと簡単に斃せたでしょ!」

 

「質問として、破綻して、ないか?」

 

 思考がこんがらがっていると分かる問いにキザな答えでも返して反応を見てやろうかという愉悦部的考えが浮かぶが、疲労の方が上回った。

 

「お前を、守る、為、だ」

 

「――」

 

 結局、本音をそのまま口にした。ピトからの贈り物(TKB-059)をロストして暴れられたら、間違いなくオレが一番被害を被るだろう。勘弁極まる。

 

「さて、そろそろ、帰る、ぞ。これだけ、派手に、暴れたんだ。いつ、ハイエナ(漁夫の利狙い)が、現れても、おかしく――

 ……エリザ?」

 

 バレットの弾倉を入れ替えてから立ち上がり、炎上したバギーを惜しむ頃になってから少女の反応がなくなっている事に気が付く。

 恐る恐る確認してみると――

 

「きょ、強制ログアウト、してる」

 

 ガックリと項垂れて、意識が身体から切り離されていた。

 ……なんか何処となく既視感を感じるな、オイ。

 

 最終的にグロッケンに辿り着くまでに十数人ものプレイヤーをデスルーラさせることになり、買い足した対物弾は全てポリゴンに還元された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その後しばらくして。

 

「聞きましたよ。随分と奮闘なさったそうで」

 

 パリ乗り換え、ルーマニア・ブガレスト行きの便のチケットを手渡されたタイミングでジルさんにそう言われた時には、自分がどんな表情をしていたか分からなかった。

 

「……自分の、強さが、まだまだ、だって、再確認、した、だけです」

 

「まさか。あのサトライザーを撃破したのですよ?」

 

 裏の意味や含みが一切ない声色でそう言われて、戦ったことがあるのかと聞けば「第一回BoBの映像を確認しました。あれは間違いなく訓練を受けた職業軍人の動きです」と返ってきた。

 

「ていうか、本当に、アレは、サトライザー、だったん、ですか?」

 

「ええ、おそらく。アバターの特徴がエリザ様の話と一致しましたし」

 

「そう、か」

 

 ジルさんの口から出た名前――ヴラドたちと合流したあとも無駄に美しい美声で騒ぎまくり、現在進行形でヴラドをウィンドウショッピングに引き摺り回している少女の姿が脳裏に浮かんだ。

 思わず漏れた溜息で、ジルさんもそれとなく察したのだろう。お疲れ様です、と優しく声をかけてきた。

 ……そういえば。

 

「ジルさんって、ヴラドと、長く、いるんです、か?」

 

「普段通りの口調でいいですよ。

それで、あの人とですか。ええ、ブライアンが六つの頃に」

 

 ……それは従者というより幼馴染みでは?

 二人の距離感が妙に近い理由にツッコミを入れたいのを我慢して。これまで聞いたヴラドの話から、どうしても気になった点について尋ねることにした。

 

 それは――

 

 

ゔらどについて、ジルに聞きたいことは? (締切:4/30)

  • あの何とかっていう企業について
  • あの人の音楽感について
  • 『蟹』について、何か分かるか?

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