串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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第三小節 真実を語る記憶

 

 

 

 

 

 ――アンダーワールドにダイブしてから、現地時間で早半年。

 広大な土地を誇る円形の人界。その外側に広がるダークテリトリーとの境界線である『果ての山脈』の尾根。そこが、俺の今の現在地だ。

 何故俺がそんな場所に居るのかといえば……

 

「おのれあの毒婦めが。何故余が斯様な面倒事を延々しなければならんのだ」

 

 ほぼ崖で構成されている不毛の大地。洞窟部周辺を除けば人間が立ち入ることなど想定していないだろう場所を数キロ強引に踏破しては、その場に魔力を叩き込んでマーキングの様なものを施す。

 以上の事を何度も何度も繰り返し、囲えたエリアが『護国の鬼将』の領土(範囲)となる。

 ……単純作業の繰り返しそのものは大して苦ではない。洞窟部じゃ時折戦闘もあったしな。だとしても、だ。

 

「広過ぎるだろう戯けぇ……」

 

 直径千五百キロメートルの真円。これがクィネラ=アドミニストレータの支配する人界だ。これを外周グルっと回って囲おうとすれば、ざっと四千七百キロも歩かねばならん計算になる。しかも果ての山脈までの道すら、四帝国を隔てる壁の上を徒歩で行けと言われる始末。おのれ幸運Eめ(不幸だ)。クィネラに呪いあれ。

 これだけでも腹立たしいことこの上ないが、まだオマケがある。それというのも――

 

「grrrrrr」

 

「ええい鬱陶しい!文句があるなら貴様の主に訴えればよかろう!」

 

 お供にバーサーカーを付けられた。切実に要らない。そして役に立たない。

 見張りも兼ねているのか気分転換に麓に降りようにも此奴に妨害され、武力で撃退しようにも此奴基本霊体化してついてくるもんだから尚更埒が明かない。

 しかも何でかは分からないが、此奴を意識すると妙に苛立つ。拒否感というか、時として『此奴だけは絶対に殺さねばならぬ』と、強迫観念とすらみていいほどの殺意が胸中に湧き出る。よもや真名はメフスト二世ではあるまいな貴様。

 

 

 ――何にせよ。ロクに景色の変わらぬ精神衛生に大変悪い人界一周徒歩の旅は、開始地点の南東部に至る事で漸く終わりを迎えた。これで後はセントラル・カセドラルに戻るだけだ。

 サーヴァントの身体能力のお陰か疲労こそ薄いが、東京大阪間を五往復したのと同程度の行進で凝り固まった心労に深々と溜息を吐きながら南帝国と東帝国を遮る壁上を歩いていると、何か妙な感覚が琴線に触れた。

 

「ほう……?」

 

 例えるなら、四人掛けのテーブルの斜め前に見知った輩が突然座ったような感覚とでも言うべきか。少々過剰かもしれぬが、勝手知ったる筈の友にズケズケとパーソナルスペース(対人距離)に踏み込まれたのにも似た、ものが……

 

 

 『護国の鬼将』の恩恵により、遥かに上昇した敏捷値で駆ける。その感覚の正体に心当たりがあるだけに、尚のこと焦りが出る。

 

 その心当たりとは、正しく『護国の鬼将』そのもの。

 

 厳密には、出発前にスキルの確認も兼ねてセントラル・カセドラルに敷いた範囲。クィネラを処す際に、先だって奴に逃げられたら即察知出来る様、手探りながら出入りがあれば感知可能な様にしておいたのだ。尤もこの半年間一度として効果を発揮しなかった為、失敗したものだと早合点していたものだが。

 だが。確証こそないが、俺の感じたものが正しければ。

 

 ――セントラル・カセドラルには、キリトがいる。とすれば、原作では悲劇の結末を迎えた彼奴の相棒もいる筈だ。いい加減ジャックを乗せた便も経由地を過ぎただろうし、彼奴の相棒が息長らえれば、キリトの奴も自己喪失を引き起こすことはあるまい。クィネラも異様にムカつく戯け(バーサーカー)も処し、場合によってはハイドリッヒ(白蟻議員)にも重いのを一発くれてやれば、あとは思うがままにダークテリトリーと略奪者共を相手に覇を唱えればよい。結局情報源の方は分からなかったが、まあ嘗てのアンダーワールドに転生したウッカリでもいたのだろう。今は考えないものとする。

 見え始めた勝ち筋に、鈍い俺でもおそらく亜音速まで出るだろう敏捷Aランクを全開にする。

 五分と経たずに視界に入るセントラル・カセドラル。人界の中心に位置する、大理石に近い輝きを誇る白亜の塔がみるみるうちに大きくなり。

 突如として、上層の壁が一部、崩壊した。

 

「ハッ!やるではないか!」

 

 細部こそ見えなかったが、ラスボスが最上階で踏ん反り返っているダンジョンをぶっ壊すなどいう事をやってのける奴などそうはいない。間違いなくヤツ(キリト)だ。

 更に加速せんと、力強く踏み込み、――

 

 

 

 ――背筋を走った直勘に従い、全力で後ろに跳んだ。それだけでは安心出来ず極刑王(宝具)を展開。十数本の杭が狭い壁上の道を塞ぎ、さっきまで俺が立っていた部分を隠す。

 反射的な行動だった。しかし、得てして悪寒というものはよく当たるものだ。

 

 突き立てた十数本の杭。いくら脆いとはいえ、仮にもBランクの宝具が、いとも容易く砕け散る。

 その得物は剣でなく。鉾ではなく。弓や槌でもなく。杭だった赤い粒子を突き抜け、未だ威圧感を醸し出すそれは、ただ一筋の黒き鉄拳。

 純黒の鎧を纏い、セントラル・カセドラルへの道を塞ぐ狂戦士。それが、俺の宝具を粉砕したものの正体だった。

 

「……何のつもりだ、バーサーカー。よもや貴様、我が道に立ち塞がろうなどとは言うまいな?」

 

 無手のバーサーカーに対し、油断なく槍を構える。同時に宝具に対しても意識を割き、数百本の杭を待機させる。

 返事は期待していないし、バーサーカーが俺を妨害した理由にも興味ない。狂人の思考になど興味はない。ましてやコイツの考えなんて知りたくもない。

 

 ――何度でも言おう。理由は不明だが、俺は此奴の存在が腹立たしい。

 

「其処を退け、バーサーカー。でなくばその巫山戯きった腕を捥いだ上で、極刑に処してくれる」

 

 矜持として最後に警告を施し――返答は、期待した通り(突き出された蹴り)だった。

 

「よろしい!ならば往ぬがいい!」

 

 宝具発動。

 繰り出された飛び蹴りに対し、進行路上に隙間なく杭を生やす。

 回避行動を取れない空中を狙った広範囲攻撃。本能のみで暴れるしか能のない男を突き殺すには十分な一手だったが、どうやらバーサーカーは腐っても英霊の一角だったらしい。強引に蹴り足を振り抜き、ベクトルをズラす。空中で一回転することで勢いを殺したバーサーカーは、下から突き上がる杭を蹴り飛ばして範囲外へと逃れた。

 

 尤もそれを黙って見ていてやる義理などなく、追撃の杭を飛ばす。足場は勿論、壁上という地形上横の壁からも杭を伸ばす。

 三百六十度、全方位から包囲して宝具を叩き込む。今度は杭が破壊させることなく、バーサーカーが立っていた箇所に宝具が叩き込まれる、が……手応えがない。

 

「ほう……? 成る程、貴様らしいといえばらしいな」

 

「――ッ」

 

 スキル(護国の鬼将)の恩恵か、直勘スキルじみてきた探知能力の示すままに槍を突き出す。鋭い鉾先は、()()()()()()()()()()バーサーカーの兜に刺さった。

 後退った奴に、そのままトドメを刺すべく心臓から杭を顕現させようとイメージし。

 

「チッ。浅かったか!」

 

 しかし宝具は発動しなかった。よく見れば槍の先に血は付いていない。

 硬直こそ一瞬だったが、今俺が立っているのは一騎当千のサーヴァントの戦場。明確な隙を見逃す様な輩はいない。

 強烈な踏み込みを刻み、バーサーカーが突進する。スピードと間合いからして極刑王の展開は間に合わない。拳でのカウンターを選択。奴の放った左ストレートと交差する一撃を放つ。

 直後、衝撃。

 鳩尾に突き刺さった打撃に咳込み、()()()()()()()()()()()所為ですぐさま飛んで来た一蹴への防御が遅れた。

 

「ぐぅ!?おのれ、貴様!」

 

 横っ腹への回し蹴り。一手間に合わないと察知、石突を突き立てた判断が功を成し、壁上からの転落は免れた。

 距離が離れた事で再び極刑王を展開。一先ず体勢を立て直す事に専念しながらも、足元から幾本もの杭を出現させる。

 伝説が昇華された対軍宝具は、今度こそ一騎の男を、()()()()()

 

「……なんだと?」

 

 ――得られた結果を、思わず二度見した。

 先程霊体化のより容易く宝具を躱した狂戦士が、何ら抵抗なく串刺しに甘んじた。その事実に。

 幻影の類を疑ったが、その様子もない。間違いなく敵の臓腑を貫いている。

 

 戸惑いこそあれ、赤のランサー(カルナ)の様にあの状況下からでも脱する手段がある可能性に行き着き、心臓を破壊しておくべく追加の槍の矛先を向ける。

 

「……終わりだ、バーサーカー」

 

 王の財宝宜しく、鎌首を擡げた杭を突き伸ばし――

 

 

 

 

 

「――詰まらない。やはり王に武を要求するのは筋違いだったか」

 

 バーサーカーがいた箇所から聞こえた言葉に、直前で急停止させた。

 

「……貴様、話せたのか」

 

「逆に聴こう。完全に意思疎通不可能なバーサーカーが、一体どれだけいた?」

 

「確かに少数派だったな」

 

 それだけ言い捨て、留めていた杭を心臓に突き立てた。

 ――今の会話で確信した。バーサーカーが、聖杯戦争絡みの情報の出所だ。

 心臓処か胸部ごと粉砕したサーヴァントを放置して、セントラル・カセドラルへと爪先を向ける。これで後はクィネラを討てばよい。

 

 戦闘開始から大して時間が経っていない事に安堵しつつ、走るのに邪魔な槍の実体化を解く。ふと、武器が手にない不安感から何となしにバーサーカーを殺した場所に目を向けた。

 全身――といっても、残っているのは実質首と下半身だけの残骸が、此方をニヤリと()()

 

 

「――希望を踏みにじり。嘆きの種を喰らい。

 俺は、俺が最も()()()怪異となろう」

 

 

 パキリ、と。ガラスを噛み砕いた様な音が、バーサーカーの口から聞こえた。

 

 

 

「な――馬鹿な!」

 

 戦闘続行スキルですら満足に意味を成さない程のダメージを与えた。そも、体重の半分を失うほどの傷を負ってしまえば、そんなスキルがあっても無駄だ。

 だというのに、バーサーカーは平然と立ち上がる。黒い靄が首から伸びたかと思えば、あっという間に上半身を形成した。

 

「ふむ、こんなものか。やはり元が元なだけあるか」

 

 唖然とする俺の前で、兜が剥がれ落ちたバーサーカーが、その顔を露わにする。

 年若い少年。色白でこそあるが、モンゴロイドの特徴が濃い顔。だというのに髪は自然に白い。

 端的に言って、見覚えのない英霊だった。

 

「……貴様、一体何者だ」

 

 喘ぐ形で辛うじて発せられた問いは、鼻で笑われた。

 

「成る程。第一要素は無事完了、といった具合か」

 

「答えよ!」

 

 再度宝具を発動する。発現した濁流は、再びバーサーカーを飲み込む。

 今度は心臓はおろか頭部をも吹き飛ばしたが、それでも尚バーサーカーは平然と復活した。

 

「俺の真名?そうだな、タイタス・クロウとでも呼んでくれ」

 

「巫山戯ているのか貴様!」

 

 哄笑を上げるバーサーカー。二度も粉砕したにも関わらず完全復活したサーヴァントは、余裕綽々とマスターに念話を飛ばした。

 

「で?そっちはどうだ、マスター」

 

『まだ掛かるわね。後二、三時間は引き伸ばして頂戴』

 

「もう倒してしまった方が楽だな」

 

 混線しているのか、クィネラからの念話も聞こえるが、そんなのは最早どうでもいい。

 今一番問題なのは、厄介極まりない不死身のサーヴァントがやる気満々という事だ。

 

 ――マズイ。どうする。どうする?!

 

 復活に回数制限がある事に賭け殺し続けるか、最悪挟撃されるのも加味した上でセントラル・カセドラルへ走るか。

 だが、どうやら俺には悩む時間すら与えられないらしい。

 

 足を踏み鳴らすバーサーカー。突進が来るかと身構えたものの、飛んで来たのは踵で打ち出された石礫。

 

「小賢しい、目眩しか!」

 

 顔に当たりそうなものだけを実体化させた槍で弾いている隙に、バーサーカーが間合いに入る。

 ……致し方あるまい。確実性はどうしようもないが、サーヴァント(死霊)であるなら殺し方もあるはず。セントラル・カセドラルへ引きつつもう数百度程殺してみるとしよう。一キロ圏内まで接近出来れば、奴を仕留めきれずとも極刑王でクィネラ戦に割り込むことも出来る。

 

 そう割り切り、左ストレートを迎え打つべく槍を振るう。

 左拳を貫いた槍はその勢いのまま()()()()()()()()を吹き飛ばし。

 ()()()()()()()左拳が頬を強かに打ち据えた。

 

「この程度か、ランサー!」

 

 よろめいた足元を払われ重心が落ちたところを、また左拳が打ち上げる。痛みが完全に引いていない鳩尾を追撃された事で、無視するには厳しいダメージが蓄積する。

 条件反射で全身の筋肉が硬直したのを隙と見たのか、もう一発打ち込もうと左腕を大きく振りかぶる。

 横隔膜を狙った一撃。しかし明確に見えている攻撃を黙って受けてやるほど俺も柔ではない。極刑王を体表に展開。死角に出現させた杭に、自分から力一杯拳を当てた。

 

「っつぅ――」

 

 バーサーカーが怯んだ一瞬。自傷する覚悟で石突を振り回して強引に引き剥がす。蹈鞴を踏んだ狂戦士との間に宝具を再展開。同時に変更した予定通り、セントラル・カセドラル方面へと走る。

 幾らか武を交えて分かったが、アレは明確な『武器』の宝具は持っていない。少なくともセイバーやアーチャーの様な、広範囲・長射程攻撃は不可能。無論不死性の任せた強行突破なり霊体化を使用した先回りなりをされる可能性もあるが、何方にせよ極刑王の全て、二万本の杭を防御に回せば何とかなるだろう。

 

「ぬぅ、時間を喰った。間に合うか?」

 

 蹴り出す側から極刑王を展開しながら呟く。宝具のレンジの届く限り、展開しながらの疾走だ。バーサーカーがあの場から動いていないと仮定すれば既に万を超える数の杭が城壁を形成している。サーヴァントとしての感覚も付近に霊体の反応を認めていない。

 油断とも言えぬ間。足を止めずとも息を吐いた。

 

 ……それが不味かったのだろうか。或いは、どう足掻こうともどうしようもなかったのだろうか。

 

 

 

「宝具を使う。令呪を寄越せ、クィネラ」

 

 

 

 ――遥か後方だというのに、何故か鮮明にその言葉が耳に届く。

 穢れに満ち、腐った血を喰む怪異の産声。

 

 

『え? バーサーカー、貴方の宝具はまだ未完成なのよ?』

 

「試運転だ。ランクは下がるだろうが、理屈上は発動する」

 

『……まあ、いいでしょう。令呪を以って我が戦士に命ず』

 

 

 混線した念話がそれを口にしたと同時に。バーサーカーが居る辺りから、強烈な魔力が生じる。

 

 そして。

 

 

『――その身その魂に纏わりし戯曲。楽園より零れ堕ちし悲劇(喜劇)の序曲を、今此処に再演せよ!』

 

 

「――認識した、マスターよ。グランギニョル(凄惨たる人形劇)の、その予告編の幕を開けよう」

 

 

 振り返った先ではなく。その声は、()()()()耳朶を打つ。

 霊力を探るまでもなく手に持った槍と極刑王で先手を取る。

 しかし、無情にも鉾先は()()()()()したバーサーカーの身体を通り過ぎ、ヴラドの代名詞たる極刑王に至っては発動すらしなかった。

 慌てて振り切った腕を引き戻すより早く、()()()()()()()()()バーサーカーのフックが炸裂する。正確に顎を打ち抜かれ、意識が遠退いた瞬間に心臓と、間髪入れずに背と肺に重い衝撃が走る。

 

「き、貴様、よもや、その宝具――」

 

 遠のく意識。脳を揺らされ、肺も叩かれて気絶寸前まで追いやられた思考をどうにか引き留めようとするも、急速に明暗しか判別出来なくなった視界を影が覆う。

 首に手刀が振り下ろされる寸前、どうにか呟けたその真名は、忌々しくも完全に一致した。

 

 

 

 

 

 ――『レジェンド・オブ・ドラキュリア』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ?」

 

 暗闇の中を、支えなく重力に引かれる感覚。根源的恐怖心に思わず身体を強張らせる。

 しかし恐れていた感覚は続かず、寧ろ落ちていたのは自分の頭のみで、身体は柔らかい寝床にある。つまり、ウトウトしていただけだったという事実にすぐに気が付いた。

 急変した状況への疑問と少しばかりの気恥ずかしさでキョロキョロしていると、右側から小さな笑い声が聞こえた。

 

 ――どうしたのさ、恭介。そんな怖い顔しちゃって?

 

「……夢を、みていた気がする。長い、長い夢を」

 

 ――ほっほう。ちなみにどんな?

 

 声の主と目を合わせようと首を振る。淡い色の病室が視界を滑り、片耳に突っ込んでいたクラシックを流すイヤホンが落ちる。

 見慣れた制服姿の少女。顔は逆光で見えないけれど、誰よりも信用出来た幼馴染みに、精一杯の微笑みを向ける。

 

「それは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――くっ!?」

 

 ガクンと、再び落ちる感覚。

 今度は身体全体が落ちていると直勘的に察し、吹き荒れている暴風を追風に受け身をとる。瞼の裏側にさっきまで映し出されていた誰かの夢についての考えを深める猶予すらない。というか俺は今まで何をしていたかすら一瞬ド忘れしていた。

 

 直後、閃光。

 

 遠慮容赦なく網膜を焼く奔流は、次第に薄ぼんやりとしたものに減衰していく。

 目を何度か瞬かせ、漸くものの輪郭が見えてきた頃には、状況は最悪のものとなっていた。

 

 飾り気のない、煉瓦造りの部屋。家具らしい物も椅子が二脚に、大きめながら簡素な机が一つ。四方の壁の一つを棚が埋め尽くしてこそいるが、あとは床が剥き出しになっている。

 使われていない物置か、そうでなくば空部屋としか捉えようのない空間だが、一つの要素がそれを全て否定し、異常なる事実を知らしめている。

 それは、()()()

 床面積の七割以上を占める、五つの赤い陣。中央のものの傍に佇む憎き夜鬼に、憤怒が膨れ上がりかけるが、その激情は、陣の中心に降り立った()()()()()()の気配に押された。

 

「――これが、英霊の肉体。座に本体を刻みし、決して衰えぬエーテルの朒を持った境界記録帯(ゴーストライナー)……」

 

 万感の思いを込め、己の肉体を抱くサーヴァント。

 ライトキューブ容量の限界(魂の寿命)を、『一度死亡する事でそれ以上の成長を拒絶する』という滅茶苦茶極まる力技で超克した彼女は、狂喜のまま歌声で告げた。

 

「我が名はクィネラ。最高司祭にして不死の支配者クィネラ!

 キャスターの器をもって今!私は蘇った!

 ――そして、此処に告げる!」

 

 再度暴風が荒れ狂い、魔術に関しては素人ですらない俺にも知覚可能な程の魔力の奔流が、狭い部屋を突き抜ける。

 突風が聴覚を蹂躙する。だが、アンダーワールド最強格の肉体を得たクィネラの詠唱が、最高級の神秘を、魔術を超える超常を充し、紡ぐのが届いた。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。手向ける色は『白』。

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

 クィネラの左右に並ぶ、四つの魔法陣。ドレスの袖を貫いて余りある閃光が、腕の令呪から放たれている。

 

「――――告げる。

 汝の剣は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者。

 我は常世総ての悪を敷く者」

 

 奇跡が具現化する。人々の幻想を血肉とする、人でありながら人あらざる域に立つ伝説たち。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!!」

 

 最後の一節を告げると同時に。

 ――彼らが、地上に現界した。

 

 一人は、ケルト風の格好(ボディスーツ姿)をした女性。片膝を突き、短く整えた金糸の頭を下げたまま待機している。

 一人は、清冽なる鎧に身を包んだ騎士。亜麻色の髪と緑の瞳を持つ少年は、驚愕の表情で周囲を見回している。

 一人は――…………失敗したのだろうか。魔法陣の上には誰も居らず、寂しげな空白が漂うのみだった。

 

 そして、最後の一人。

 彼女は。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、呆然とする俺の前へと、ゆっくり近付き。

 

 

「くえすちょん。――()()()()()を招いたのは、あなた?」

 

 

 無邪気に、そう言った。言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













「……流石に、疲れたわね」

 バーサーカーに持って来させた、地理的には真上にある地下牢の守衛室にある寝台。それに寝転ぶと、薄まってきた歓喜と重く伸し掛かる疲労感がない混ぜになった声が溢れた。

「そうか。で、どうなんだ」

 ……尤も、バーサーカーの所以たる狂気の前には、そんな心を察する処か完全に無視されたが。
 分かっていたこと。分かっていたことと、自分に言い聞かせながら、現状況を口に出して纏める。

「ランサーにはアサシンを宛てがっておいたから、暫くは大人しくなるでしょう。確かに彼自身に効果のある令呪はないけれど、私がアサシンへの絶対的な生殺与奪権を握っている以上、表立って叛逆する可能性は低いわね。貴方の報告通り、判断力が鈍っているのなら尚のこと。
 セイバーは、宝具を彼方側の坊や(黒の剣士)から回収しない限り幾らでも力で抑え込めるわ。そしてそれだけ時間があれば、幾人もの整合騎士を退け、私のシンセサイズにすら抗った彼の正義感を刺激する残酷な真実を伝えられる」

 ――アンダーワールドは、リアルワールド人にとってやり直しの効く実験場でしかなく。我々アンダーワールド人は、戦う機械としての価値しか期待されていないと知れば、彼はどんな表情をしてくれるのかしらね。


「ライダーは予想外の英霊が召喚されたけれど、まあこれは問題ないわ」

「御し切れるか?」

「当然」

 ライダークラスに彼の知らない英霊を喚び当ててしまった事に、彼は不安になっているようだ。
 確かに彼女は私にとっても、彼女は謂わば『儀式としての聖杯戦争の失敗』を前提としている()()()()()なので気分は良くない。けれどマスター権限で真名を観る限り、寧ろ白の陣営の中で最も恭順な英霊まであるので、ただ気に食わないからと座に返すのも勿体無い。
 どうせどう足掻いても彼女は座に刻まれた存在。リアルワールドを緩やかに蝕んでいるオーバーカウント1999への対抗策を提示してくれた分、有り難みすら感じれる。プラマイゼロで戦力と割り切るとしましょう。


 ……それで、一番の問題は。

「で、アーチャーについては?礼装でも引いたか」

「違うわよ!ちゃんとパスが繋がってるもの!」

 純度百パーセントの揶揄いを睨み付ける。
 実際の所、私の魔力を一番持っていっているのはアーチャーだ。アーチャーを召喚していなければ、こんな風に横にならざるを得ないほど消耗することはなかっただろう。
 しかし、そのアーチャーは姿を見せる様子はない。流石に魔力不足で実体化出来ないとは考え辛いし、だとするなら気配遮断でも持っているのか。

「ふぅん……
 ――令呪を以って命ずる。私の前に、目に見える形で起立なさい」

 腕に絡まる十五の紋様の中、一つが光を発して解ける。飛び出した魔力塊がラインを伝ってアーチャーへと届き。

「…………なんで誰も現れないのよ!?
 貴様の主、魔術師の器を担う英霊にして最高司祭クィネラが命ずる!我が前に膝を突け!」

 予想に反して、何も起こらなかった。
 バーサーカーの鬱陶しい爆笑を掻き消すように声を張り上げるが、これもまた令呪の無駄遣いに終わる。
 怒りのままに、アーチャーに割り当てられた最後の一画を切ろうと息を吸い込む。

「もういいわ!自害なさい、アー――」

「おっと」

 しかし直前になって、その行動は直接口を塞がれたことで止められた。視線で怒りを伝えるも、平然と受け流したバーサーカーは肩を竦めるのみ。

「残念だけど、アーチャーの召喚は失敗だ。令呪を二画、それも明確かつ瞬間的な命令に使ったのに気配すら感じ取れないとなると、命令の対象は存在しないとみていいだろう。無色の魔力として取っておけ」

 言いたいことを言い切ったのだろう。何処となく疲れた表情で実体化を解いた。

 ――即席で用意した小部屋に一人、剥き出しの土の天井を眺めながら呟く。

「……全く。虚を吐くならもっとマシなものにすればいいだろうに」

 ――マキリ・トオサカ・アインツベルンが作り上げた、世界の外へ至る孔を空ける儀式『聖杯戦争』。
 この儀式の成功を誰よりも望む彼が、世界に孔を空ける為の魂が足りなくなる事態を座して見送る筈がない。おそらく、彼にはアーチャーの真名に心当たりがあるのだろう。
 とはいえ、気配が無かったのも事実。手掛かりは無い。狂気故の本能的なもので察知したのかしら。

「まあ、貴方がそう言うならいいわ。
 それより、おのれチュデルキン。よくも私に炎などという単純な弱点を作り出しよって」

 スキル化した金属製武器への防護以外に追加の術式を練り始める。


 ――全ては、聖杯を我が手に入れる為に。




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