串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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第四小節 未だ終われぬカルキノス

 

 

 

 

 

 ――東の大門。

 三百年もの間、人界とダークテリトリーを隔てていた乾いた血のような赤黒い門は、今まさに崩壊せんとしていた。

 五千の守備軍と五万の侵略軍が見守るなか、アンダーワールド全域に地響きを轟かせる。

 出現した【Final Tolerance Experiment(最終負荷実験)】の燃える文字列が焼失したと同時に、大門だった残骸は光と掻き消え、一万と三千もの人あらざりし姿形をした悪鬼が、鬨を張り上げながら前進する。

 

 支配者を欠いた、良くも悪くも烏合の衆たる人界守備軍。そして、彼らを纏め上げる整合騎士。

 異界より舞い降りし絶対的な魔人を崇め、友軍のなかでなお姦計を忍ばせる亜人。

 

 期待、誘惑、歓喜。

 殺意、狂気、恐怖。

 あらゆる感情が綯い交ぜになった戦場。

 

 ――本来であれば、後に『アンダーワールド大戦』と命名される筈であった戦争、その第一線。

 しかしその激突は、発生しなかった。

 

 何故なら、この大戦は。生き残った参戦者たちによって、後に、こう名付けられたのだから。

 

 ――『仮想聖杯大戦』、と。

 

 

 

 最初に異変に気が付いたのは、人界軍の右翼に位置していた整合騎士デュソルバート・シンセシス・セブンと、五千の同族を率いる山ゴブリン族の長であるコソギだった。

 時と同じく、彼らの感じた違和感、その内容も一致した。

 

 ――急に霧が出てきた。

 

 谷に突如として立ち込めた白い靄。

 煙幕による強行突破を図っていたコソギと、神器の特性故に真価を発揮するには『狙撃』に徹するほかないデュソルバートだからこそ気が付くことができた違和感。

 ソルス(太陽)の光が届かぬ深い谷。川も湖も近くに無いというのに、前兆すら見せず発生した霧。

 気が付き、違和感を持ち、注目し。それ故に、彼らは不幸だったと言えよう。

 

 ――濃霧の中に現れた、六つの人影。そのシルエットの一つに見覚えのあったデュソルバートにとっては、特に。

 ――これ幸いと霧に飛び込んだコソギたちにとっては、特に。

 

 

「――極刑王(カズィクル・ベイ)

 

 

 声量としては、ごく小さな呟き。

 事実鬨と足音に掻き消されたその単語は、言葉としては誰の耳にも届かず。

 

 結果を持って、両軍に絶望を叩き付けた。

 

 

「なっ――!?」

 

 緊張の張り詰めた人界軍、その目と鼻の先で、地上から突き出た()()()()が、侵略軍の第一陣を容易く処刑した。

 六百六十六人もの哀れな犠牲者は即死。不運にも死を免れてしまった約一万四千三百人は、肢体から溢れ出続ける己の腑と血を眺め、歩み寄る死神の足音に絶望の怨嗟を呻く他なかった。

 一瞬で創り出された、凄惨極まる『串刺しの林』。その光景に人界軍のみならず、暴力と流血を是とする侵略軍の後方部隊ですら失神するものが相次いだ。

 そんな中、霧があった場所に注目していたデュソルバートが。上空から俯瞰していたアリスが。串刺しの林の中央で、悠々と立っていた六人の老若男女を視認した。

 

 

 一人は、橙色の整った短めの髪に、青い目をした若い女性。豊満な体型がくっきりと出る黒と灰色で構成された服に身を包んでいる。

 

 一人は若いというより、幼いと表現した方が正確な少女。肌の露出が多い衣装を纏った、短めの銀髪にアイスブルーの瞳。手には不気味なランタンを抱えている。

 

 一人は、老けた男。闇に溶け込みそうなほどに黒い貴族服を着こなし、手に有る槍は、石突が大地に食い込んでいた。

 

 一人は、漆黒の騎士。武器を装備していないにも関わらず、溢れ出る心意は嵐の様に不定期に荒れ狂う。

 

 

 ……そして、残りの二人。その姿形は、真実を知る整合騎士にとって、到底認められないものだった。

 

 

 一人は、亜麻色の髪と緑色の瞳を持つ少年。似合わない水色の鎧、その胸元には、公的には存在しない()()()()()()()()()()であることを示す紋様が彫られている。

 

 一人は、薄い衣を纏った女性。浮かぶ表情は温和なものにも関わらず、放たれる心意は苛烈な紫電。

 

 

「バカな。なぜ、なぜ貴方たちが此処にいるのです。

 ――ユージオ!アドミニストレータ!」

 

 雨緑(アマヨリ)の背で大規模広範囲殲滅術式の準備をしていたアリスは、自身の目に映った光景に、思わず数多の光素が封じ込められた銀球を落としかけた。

 半年前、自分の目の前で確かに死亡した筈の少年と最高司祭。その二人が、一体如何なる術式を用いたのか、谷に出現した串刺しの林の中、確かに、そこにいたのだ。

 人違い?あり得ない。恐怖すら感じたこの心意を、間違えられる訳がない。

 

 ……アドミニストレータ。貴女は、死すら超越したというのですか。

 

 黒騎士を侵略軍へと突撃させた最高司祭は、初老の男に指示を出し、神器の記憶解放術に匹敵する術で血塗れの杭の一部を退けさせる。

 紅く流れ出る血によって塗装された大地を歩み、人界軍の方へと近付く。

 どこまでも悍しく――同時に、ダークテリトリーの住人へ恐怖を抱いていた人界軍にとって、その第一波を容易く粉砕したその様は、神々しささえ感じた。

 

「最高司祭アドミニストレータ様!な、なぜ貴女が此処に?!亡くなったはずでは!?」

 

 間違いなく天界に召された二人が目の前に現れたという異常事態に硬直する最前列の三人の整合騎士に代わり、兵の一人が問い掛ける。

 

「ええ、認めましょう。確かに私は一度、この世界を去りました」

 

 不思議なほど拡散する、透き通るような、目の前に立つ相手に語り掛ける程度の大きさの声。

 

「けれど私はここにいる。死の淵から蘇り、人界の敵を容易く葬り去るだけの力を得た」

 

 緩やかに手を掲げ、力強く告げる最高司祭。その握り込まれた細い拳に意識が引き寄せられそうに――

 

 

 

「――おーい、嬢ちゃん。ちょっといいか?」

 

「! は、はい!」

 

 地表からアリスを呼ぶ声に我に帰る。

 声を掛けた本人であるベルクーリ・シンセシス・ワンの元へ飛竜を着地させ、銀球をどうにか雨緑の背に乗せたまま降りようとしていると「そのままで聞いてくれ」と遮られた。

 

「いいか。例の坊主を連れて、一刻も早くこの場から離れろ」

 

「小父様!?」

 

 事実『逃げろ』という指示に声を荒げる。

 

「何故です!?」

 

「嬢ちゃんたちが危ないからだ。自分の命令に従わないからって、オレに四帝国の守護竜さえ斬らせたあの最高司祭のことだ。自分を殺した連中なんぞ真っ先に仕返しにかかるだろう」

 

「しかし!」

 

「嬢ちゃん」

 

 剛毅なる最古の整合騎士が、覇気を伴って真っ直ぐと新代の整合騎士に目を合わせる。

 

「人界については大丈夫だ。最高司祭殿は、まあやり方は確かに下劣だが、自分の領土にそう易々と亜人共を入れるようなマネはしないさ。だが、問題は()()()だ。

 このまま最高司祭がその座に返り咲いたら、また前に逆戻りだ。今は止められている人界の腐敗は進み、秩序とは名ばかりの歪んだ支配が深刻化する」

 

「ですが……」

 

「おっと、残念ながら続きはまた今度だ」

 

 前線へと視線を向けたベルクーリに釣られ、アリスもそちらへと目を向ける。

 すると、丁度人界軍の解散を命じた直後のアドミニストレータが、アリスらへと意識を向けているのが見て取れた。

 

「頼むから行ってくれ。オレは、自分の弟子を斬りたくない」

 

「……分かりました。どうか御無事で」

 

 悲痛さすら滲ませたベルクーリの短い懇願に、アリスは急いで飛竜を飛ばす。

 間一髪だったのか、飛竜の足が大地を離れたのと、侵略軍の前線を一息に殺し尽くしたのと同一の杭が竜を落とさんと出現したのは、ほぼ同時だった。

 

 

「――面倒なことをしてくれたわね、ベルクーリ」

 

 唯そこに在るだけで恐怖と圧迫感を撒き散らす杭だけでも肝が冷えるというのに、絶対零度の眼差しのアドミニストレータをも前に、さしものベルクーリでさえ頭を抱えたくなった。

 

「命令にはなかったんでな」

 

 垂れる冷や汗を気力で抑え、あくまで飄々と宣う。

 

 ――確かに最高司祭の怒りは恐ろしい。が、まだ付け入る隙はある。

 

 アドミニストレータの伴う、敵軍に突っ込んでいった黒騎士を除く四人。その全員が決して彼女に忠誠を誓っている訳ではないのだろう。寧ろ槍を持った老騎士に関していえば、こちらで最高司祭に隙を作ってやればそのまま刺しにかかりそうなほど殺気立っている。

 さて、アリスの嬢ちゃんが坊主を回収するまでの間をどう捻り出すかとヒゲの浮いた顎を擦る。いざとなった時の為に心意を練るが、予想に反して、アリスを討てという命令は下されなかった。

 

「セイバー。貴方の宝具を回収しに行きなさい」

 

「……」

 

 神聖語で『セイバー』と呼ばれた人物が、最高司祭の後ろから姿を表す。

 金髪に、緑色の瞳の少年。装いも、纏う気配も、全くの別物に変わり果ててこそいるが、その顔は間違いなく、セントラル・カセドラル90層でベルクーリを倒して見せた剣士。

 

「お前さん、ユージオか?」

 

「……ベルクーリさん。その節は、どうも」

 

 短く騎士礼をすると、目を合わせる事なく足元から風に解けるように姿が消える。だが、気配はその場にある……

 

「……幽霊にでもなっちまったのか?」

 

「そんなあやふやなものと一緒にしないで」

 

 無色透明の気配のみが飛んで行くのを見送っていると、思わず出た呟きが最高司祭に拾われた。声色に苛立ちが混じっているのを察して肩を竦めて誤魔化す。

 

「それで?人界軍は解散して、オレたち整合騎士にはどうしろってんだ?」

 

「そうね。特に命令はしないわ。今まで通り、整合騎士としての役割を果たしなさい」

 

 話を逸らす意図も含め、以降の自分たちの形振りを問う。しかし、返答はこれまた意外なものだった。

 ――整合騎士の存在理由は、大まかに二つ。禁忌を犯した罪人の連行と、侵攻するダークテリトリーの手勢の撃退である。

 だが禁忌目録の監視者に成り下がっていた元老院はもう無く。ダークテリトリーの軍勢に関しては、まさに今、たった一人の()()の手によって全滅の危機に陥っているのが知覚出来ているほどだった。それが分からないアドミニストレータではない筈だ。

 

「……そうかい。じゃ、こっちで勝手にやらせて貰うさ」

 

「そう、貴方の自由になさい。私はセントラル・カセドラルの最上階へと戻るわ。

 ランサー、貴方はバーサーカーと合流後この場に待機。ライダーは手筈通りワールド・エンド・オールターを押さえなさい」

 

 控えの二人にそう告げる最高司祭。金糸の女性が即座に了承を示して消えたのに対し、一際激昂する老騎士は何か反論しようとしたのか口を開くが、アドミニストレータがさり気無く自身の右腕を撫でたのを見ると、忌々しげに舌打ちして言葉を引っ込めた。

 

「そう、それでいいのよ。さ、いくわよアサシン」

 

「うん!」

 

 アサシンと呼んだ銀の少女の手を取り、今度は他の存在とは別に、風素で空高く浮かぶ最高司祭。方角的にも、セントラル・カセドラルへと向かったのだろう。

 

 

「……もう訳がわからんな。で。えーと、ランサー、でいいんだよな?」

 

 アドミニストレータの姿が見えなくなってからたっぷり数分ほど見送ってから、残された老騎士に話しかける。心意に通じていない者にすら感じ取れるほどの憤怒を撒き散らしていた老騎士へと言葉を掛けたことに、今更ながら周囲の兵が揃って顔を青くした。

 状況的にも、あの杭を発生させたのは間違いなくこの老騎士だろう。目の前の強大な存在から目を離さずにおくべきか足元に注意を払うべきか迷い三者三様の反応をする中、ふと重苦しい空気が薄れた。

 

「その名は好かん。ヴラドと呼ぶがいい」

 

 幾らか激情が落ち着き、薄らながら笑みすら浮かべる老騎士。

 ヴラドと名乗った彼は、携えていた槍を背に納める。それと同時に、アリスが居た場所に有った杭も砕け落ちた。

 

 ――なるほど。取り敢えず、コイツ個人は味方とみてよさそうだな。

 

「おう、了解。で、いくつか訊きたいことがあるんだが?」

 

「余に応えられる限りであれば答えよう。

 ……ただし」

 

 ――ダークテリトリーの方面から、()()()が飛んでくる。

 己の感覚と、ヴラドの顔から微笑みが消え、心意が荒れ始めたことで、それを察する。

 ――しかし今度の激情は、あまり表面化することはなかった。というより、寧ろ溢れ出た心意は本人を抑え込んでいるように感じ取れた。

 

「アレに付いては訊くな。余はあれの事など、ほんの一時たりとも視界に置きたくないのでな」

 

 降り立つは、黒き騎士。

 全身から血の臭いを立ち昇らせる人外は、

 

 一瞬、嗤ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――人界を狙うダークテリトリーには、十の勢力が、互いに喰らい合いながら犇めいている。

 

 整合騎士同様、剣に魂を捧げる『暗黒騎士』

 

 己の肉体を絶対とし、拳で命運を切り開く『拳闘士』

 

 術式を用い、自他の命すら時に玩ぶ『暗黒術師』

 

 力無く、されど永き時と忍耐を重ねることで必死の術を濃縮せしめる『暗殺者ギルド』

 

 金を崇拝し策略を武とする、最も異質なる集『商工ギルド』

 

 個の力を重視し、巨躯をもって大局を有する『ジャイアント』

 

 醜美感故歪み、しかし人の有り様を捨て切れぬ亜人『オーク』

 

 そして、住む場でのみ別たれた、数を力とする闇の先鋒『オーガ』『山ゴブリン』『平地ゴブリン』

 

 彼らこそが暗黒界を支配する組織であり、これ以外の存在など、神たるベクタを除いて存在しえぬ。

 

 それが暗黒界に住う者全員の認識であり、事実であった。

 

 

「……な、なに?」

 

 

 ――故に、彼らダークテリトリーの住人は、ソレを受け入れる事が出来なかった。

 

 第一陣が一瞬で全滅し、混乱収まらぬ本陣。その中央に降り立った黒騎士。

 暗黒騎士に似た風貌の鎧を纏うソレは、手近な場に突っ立ち目を白黒させていた暗黒術師へと手を伸ばし、

 

 

 頭が捥げ落ちた。

 

 

 

「…………え?」

 

 悲鳴一つ上げさせず。重い血肉が地に付いた水音のみが、急に静まり返った陣に響き渡る。

 偶々その先にいた哀れな術師の方へ、首が半分ほど転がり、

 目が、あった。

 

 

「ひっ!?て、敵しゅ――」

 

 首が舞い。

 手が舞い。

 足は砕け、

 心臓は持ち主を失う。

 

 

「一体何が起きているというのだ!?」

 

 遅巻きながらも事態を理解したディー・アイ・エルだったが、最早どうしようもなかった。

 それは戦ではなく。それは決闘でもなく。

 暗殺するにしても毒は届かず、数での戦いには既に決着が付いていた。

 

 それは蹂躙であり。

 敢えてディーの疑問に応えるならば、『狩り』が起きていた。

 

 

 毎秒毎に増え続ける死は、ベクタ――ガブリエル・ミラーの座る戦車にすらその余波を届かせていた。

 止まることなく空を舞う肉片を無感動に眺めながらも思考する。

 

 ――装いはヴァサゴの鎧と同じ。スペックとしては同レベルと見ていいだろう。だが、あれだけの無双劇を引き起こせるものなのか。

 

「ヴァサゴ。お前はどう見る」

 

 今尚死骸を量産する謎の存在が、ラース側の誰かが送り込んだスーパーアカウントなのは間違いない。

 だが動きを見るに、自衛隊員でないのは確実だ。ならば考えられるのは、ラースがアンダーワールド内での活動を前提として雇ったVRプレイヤーか。

 だとすれば。最もあり得るのは、高いVR適性と戦闘能力を兼ね備えた存在。

 即ち――SAO生還者(サバイバー)。それも、最前線に立っていた攻略組(プログレッサーズ)

 

 同じSAO生還者(サバイバー)として、アレに心当たりがあるのかも兼ねて、隣の若者へと尋ねた。

 しかし、いつまで待てども返事はない。

 不審に思い首を傾けて見れば、腰を浮かせて食い入る様に騎士を睨むヴァサゴがいた。

 

「ヴァサゴ」

 

「……ちょっと待ってくれ、兄弟(ブロ)。もうちっとで何か思い出せそうなんだ……」

 

 イライラと胸を――体の広範囲を覆う()()()()を掻き毟りながら喘ぐヴァサゴ。

 確実性の高かった情報源がアテにならなくなった状況に溜息を吐きつつ、駄目元で偽り塗れのSAOの記録本を思い返して該当者を探るべく眼を凝らし。

 

 丁度そのタイミングで、爆発がその騎士を直撃した。

 

「はは!やりました、ベクタ様!敵の騎士を一騎、それも間違いなく最高級の首級を挙げてみせました!!」

 

「………………」

 

 戦車の外から聞こえる歓声に、無駄だったかと目を閉じる。声からして下手人はディーだろう。

 半壊した軍で、アメリカ人プレイヤーの軍勢が来るまでどうすべきかと策を練り始め、

 

 

「…………は。ははは」

 

「……ヴァサゴ?」

 

 様子がおかしくなりだしたヴァサゴへ再度目を向け、その視線の先へと滑らせる。

 

 ――そこにいたのは、魔法の直撃を受けた結果なのか、兜を失った騎士だった。

 短い銀髪の少年は、俯いていた顔を緩やかに、途中まで上げる。

 辛うじて見て取れたのは、薄青の瞳。

 

「子供だと?」

 

 予想外の正体に、流石にガブリエルも僅かに驚く。だが所詮未成年と、追撃を命じる為に冷酷な指揮官としての役のスイッチをいれる。

 いれただけに終わった。

 

 

「――ブッッ殺す!!」

 

 

 真横から殺気が溢れ出る。オブシディアで刃を向けたシャスターなる騎士のそれを大きく上回る殺意に、一瞬とはいえガブリエルは怯み――

 

 ――……怯み?怯んだだと?この私が?

 

 求めるものが想像以上に近くにあったことに歓喜が出るが、あまりの衝撃と驚愕に判断が遅れた。結果として引き留めることは叶わず、ナイフを握ったヴァサゴは少年へと突撃していた。

 

 

 当のヴァサゴも、ガブリエルの呼び掛けなど耳に届いていなかった。

 ……或いはこの瞬間に限れば、想い馳せているキリトの事すら頭から吹き飛んでいたかもしれない。

 

 脳裏にあるのは、古いフィルムカメラで撮った三枚の写真のような記憶。

 ――自分の人生で唯一、真っ当に楽しかったと言えた幼少期。姉貴分と弟分と共に駆けた、あの島での記憶。

 ……燃え盛る島。前触れなく現れた黄色人種の集団によって、焼かれた輝かしい思い出。

 そして、一発の銃声。忘れる訳がない。忘れられる筈がない。

 

 

 ――姉貴分を、()()()()()を殺しやがった、このクソ野郎のツラは!

 

「死ねッ!!」

 

 一足で間合いを詰め、渾身の力を込めてナイフを振り下ろす。

 首元を狙った斬撃は防御に当てられた腕を刎ね、逸れて肩に食い込んだ。

 肉に沈んだナイフは引き抜かなければならないが、これにも憎悪を籠めて腹を蹴り飛ばす。無抵抗に吹き飛んだクソ野郎は、

 

 それでも、嗤っていた。

 

「テメェ――」

 

 なら都合がいい。一度刺した程度ではこの怨みは晴れない。

 この世界と現実とで二度確実に殺す。徹底的に殺す。愉しみもなにもかもその後だ。コイツは、コイツだけは、絶対に、この手で――

 

 

 ヴァサゴ・カザルスの意識はそこで途切れた。否、途切れさせられた。一発の()()によって。

 

「……馬鹿な男だ。このアンダーワールドで相手の武器を強く意識するとはな」

 

 ガブリエルの目に信じられないものが映る。

 少年の手元にある見覚えのある金属塊。薄く硝煙を昇らせるそれは、スライド部が大きく切り取られてバレルが一部露出しているという特徴を持った『拳銃(ベレッタ)』だった。

 不格好なフォワードスピンで自動拳銃を数回転させた少年は、次いでと言わんばかりに鉛の小雨を降らせる。

 直接戦闘よりかはまだマシと言える程度の被害を押し付けた殺戮者は、全弾吐き尽くした拳銃を鎧のベルトに突っ込むと、大きく両手を広げた。

 

 あれも何かのコマンドなのかと、興味の赴くまま見詰めると、変化は直ぐに訪れた。

 

 ――血だ。血が、いや、死が。命が。吸収されている。

 

 凡ゆる物理法則を跳ね除け、血の小川が少年へと集う。流れた命は少年へと吸収され、空間リソースとならず一個を強化するエサと化す。

 そんな事をしでかせる存在に心当たりがあるのは、この場でガブリエル一人であった。同時にガブリエルにはその正体が察知出来た。

 

 ――考えてみれば単純な話であった。ウィッチ(暗黒術師)ジャイアント(巨人)ゴブリン(小鬼)にオークと、ファンタジーの怪物が多く生息するこの世界に、唯一存在しないジャンルがある。それも、満足に日光の届かないダークテリトリーに於いて最強の存在が。

 

不死者(アンデッド)。それもその中でも至上の種か」

 

 無論疑問はある。仮に()があのアバターの主だとすれば、なぜその種族に身を窶しているのか説明がつかない。そもそもアリス計画が日本国の極秘プロジェクトなら、ルーマニア人の彼が関わっている可能性は皆無だ。

 ……いや、それにも抜け道はある。それも、その違和感への答えを有する抜け道が。

 コピーされた魂――フラクトライトは、己が複製品だという認識に耐えられず、一分と保たず崩壊するという。

 ならば、コピーした魂、その人格を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()どうだ?そう、例えば、『その存在』を誰よりも忌み嫌う人物を、『その存在』の殻を大人しく被れるほどに歪めてしまえば。

 

「答え合わせの時間だ」

 

 戦車の椅子から立ち上がり、ベクタの剣を抜く。

 ステータスに任せて跳べば、期待通りに少年の姿をした悪魔の前へと着地した。

 

「……誰だお前?」

 

 ()()の邪魔をした所為か、不機嫌なアルト音域の言葉。

 

「お前の名を聞きたい」

 

「タイタス・クロウ」

 

「アバターに備わった名ではない」

 

 イギリス人作家の宇宙的恐怖小説の主人公の名を告げられ、即座に切り捨てる。

 

「お前の名は何だ。 吸血鬼(ヴァンパイア)

 

「――ハッ。やっとそこか」

 

 核心を突く。漸く表情を歪ませた悪魔(ドラキュリア)は、しかし。

 

「だが時間切れだ。精々震えていろ、アメリカ人(クリスチャン)

 

 その姿を蝙蝠の大群へと変化させる。人としてのシルエットを解いた吸血鬼は、あっという間に杭の林を超えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









次回予告

 皆様どうも。日本に着いたはいいものの、サチたちが先にオーシャンタートルに突入してしまったので途方に暮れているジャックです。
 それでは、久し振りの次回予告と参りましょう。

 ――クィネラらが着々と場を支配する中、キリトを連れたアリスはティーゼらを振り切って西へと飛ぶ。しかし既に長時間飛行により疲労が蓄積していた飛竜では満足に距離を稼げず、追手のセイバー、それとベルクーリの命を受けたエルドリエと自己判断したイーディスが追い付く。複雑に入り組んだ人間関係が齎す一触即発の空気の中。
 ――遂に電脳の『月』が、アンダーワールドへと降り立った。

次回、『星に願いを――』


 ……奇跡と希望に溢れた前日譚は遠い過去へと流れ。プロローグを超えた物語は、遂に『大戦』へと縺れ込む。
 その結末は、英雄に潰された蟹(カルキノス)の後を追うか、或いは。



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