串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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第五小節 星に願いを――

 

 

 

 

 

 ――東域の果てから、とんぼ返りする形で河水を遡る。

 なんとか日暮れ前に辿り着けたのは、ルーリッドの村から東の大門への道中に野営した場所だった。

 

「ありがとう、雨緑。ゆっくり休んで」

 

 疲れを感じさせる声で応えた飛竜。無理も無い。行きは体力が有り余っていたからこそ強行出来た道であり、今回はそれから満足に休ませる時間もないなかで、同じ重量での飛行だった。ここに辿り着いただけでも相当無理をさせているだろう。

 雨緑の背からキリトと神器を降ろす。

 キリトは……ずっと、大門の方を見ていた。青薔薇の剣を固く抱え込んで。

 

「……やはり、貴方もそう思いますか」

 

 ――あの串刺しの林に現れた、アドミニストレータとユージオ。

 不老の術式ならある。不死も、限定的であれば実現可能だ。

 けれど、蘇りの術式は存在しない。一度死者の国へと誘われた者は、誰一人として帰ってこない。こない、はずだった。

 でもあれは間違いなくユージオで。間違いなく、最高司祭だった。

 

 ……例えその直後に斬られたのだとしても、一言話しておくべきだったのだろうか。

 そんな後悔から嘆息し。

 

「雨緑……?」

 

 川に頭を突っ込んでいた雨緑が、突如として唸り出す。

 

 ――まさか、もう追って来たと言うのですか!?

 

 腰に刺していた神器を抜剣。武装完全支配術の句を発動一歩手前で保持した状態で、周囲を見渡す。

 夕焼けに染まる空。自身の発するもの以外緊迫感のない長閑な風景。

 何処までも澄み渡っている空気には、一筋も殺意など混ざっておらず。それどころか、雨緑の唸り声が威嚇の低音から、全く別のものへと変わっていた。それは、以前ルーリッドで滝刳と会った時より繊細で、怖々とした細い吐息。向ける視線は真っ直ぐで、その先は川向こうに向いていて。

 

 ――そこには、水色の鎧を纏った少年がいた。

 

「……久し振り、だね。アリス」

 

「あ――」

 

 悲しそうに微笑む少年。彼に対して剣を向けている事実に気が付いて収めるが、それでも心が痛かった。

 

 

「……本当に、ユージオなのですか?」

 

 水音のみが、重い沈黙の中を流れる。

 まるでこの川が、あの世とこの世とを隔ているように感じ、つい、そう問い掛けてしまった。

 心は、彼が本物だと言っている。セルカと過ごしたことで僅かに蘇った記憶の残滓も、彼がユージオだと叫んでいる。

 けれど、理性と直勘が警鐘をならす。それを黙らせる為に、彼自身の口から答えが聞きたかった。

 

「……僕の名前がユージオかと聞かれたら、そうだね。僕はユージオだ」

 

 ――だから。だから。お願いだから、そんな顔で、そんな事を言わないで。

 

 この距離が正しいのだと。これ以上近付く事は許されないと、距離を置く彼は、その真実を口にしてしまった。

 

「でも僕は、君の言うユージオ本人じゃない。僕は、『ユージオ』の影法師だ。この間違った戦争に参加させられた、過去に居た誰かの人格を植え付けた動く人形なんだ。

 ……ソードゴーレムと変わらない存在なんだよ」

 

「そん、な、」

 

 足元が崩れ落ちる。膝を突いた時の水音がどこか遠くでなったような気がする。

 視界が滅茶苦茶に揺れ、もう自分が立っているのか、座っているのか。そもそもここが現実なのかすら分からなくなる。

 ――そんな状態から私を引き戻したのは、鍔の鳴る音だった。

 いつかの様に、青薔薇の剣を心意の腕で取り寄せたユージオ。キリトが抱き抱えていた筈の剣のみを丁寧に操作するその技量は凄まじいのだが、そんな素振りは一切見せない。

 鞘に収まったままの剣を構えたユージオは、ゆっくりと振り被った。

 

「……ごめんよアリス。でも、僕もどうすればいいか分からないんだ」

 

 雨緑が威嚇の唸り声を上げるも、それすら心意を織り交ぜた一睨みで縮こまった。

 

「僕には、君も、キリトも斬れない。でも君がこのままでいても、きっと君は幸せになれない」

 

「何を、言っているのですか……?」

 

 バシャリと、水面を鞘が叩く。

 告げられた術句は拒絶の一言。記憶解放術。

 

「――リリース・リコレクション」

 

 冷気が、走る。

 部屋を凍らせ、不死鳥すら凍てつかせる絶対零度が川を氷へと変換する。

 水辺にて座り込んでいた、私諸共。

 

「しまった!?」

 

 咄嗟に膝に力を込めるが、抜け出す事は出来なかった。

 剣の柄尻で叩き割ろうにも、剣を振り上げるより先に頭上を影が覆う。

 

「ごめん、ごめんよ。でも、どうせ結末が決まっているのなら、せめて……」

 

 半ばで折れた剣。欠けて尚最高級の優先度を誇る気高き剣が、日陰で鈍く光り、

 

 

 

 

 

「薙ぎ払え、霧舞!」

 

「焼き尽くせ、滝刳!」

 

 二本の熱線が殺到し、その向こう側へと消えた。

 永久凍土の川は液体への状態変化をすっ飛ばし蒸気へと再変換され、小規模ながら爆風が発生する。

 しかし、警戒するような衝撃は訪れない。

 降り立った白銀の鎧の騎士が、その腰にある鞭を鳴らす。幾重にも別れた蛇は、それだけで容易く爆風を食い殺してみせた。

 

「御無事ですか、アリス様!」

 

「エルドリエ……!」

 

 遅れて、二頭の飛竜を連れた白黒の鎧の女騎士も現れる。

 カタナなる分類の、抜剣術に適した反りのある剣を携えた彼女は、手早く足元の氷を砕き始める。

 

「もう大丈夫だからね。闇斬剣ならこの位ちょちょいのちょいだから!」

 

「イーディス殿!」

 

 溶けかけていた氷が、物体を擦り抜ける効果を持つ神器の鋒を楔の様に扱う事で見る見るうちに砕け散る。

 エルドリエがユージオの状態を確認しに行った傍ら、直様両足が自由になった。

 

「御迷惑をお掛けしました。ところで、何故イーディス殿たちは此処に?」

 

「雨緑が西に飛んでって、その後を滝刳が追っ掛けてくのが見えてね。霧舞に急いでもらったの。それにしても、さっきの彼は誰よ?アリスを攻撃しようとしてたから焼いちゃったけど、かといってダークテリトリーの人には見えなかったし」

 

「なっ! ユージオ!?」

 

 竜のブレスに撃たれたと聞き、残る蒸気を掻き分け、慌ててエルドリエの方へと向かう。

 そういえば、イーディスはユージオと直接の面識は無かったことを思い出す。

 背後から説明を求める声に「あの青薔薇の剣の、本来の担い手です」と伝えようと口を開いた所で、エルドリエの悲鳴混じりの驚愕の声が、場の空気を裂いた。

 

「どうしたのです、エルドリエ!?

 ――なっ!?」

 

「……うそ。あり得ない!」

 

 ――そこに居たのは、()()()()()()()()ユージオの姿。

 煤すら付いていない己の掌を、悲しげな表情で見つめていた。

 

「……言っただろう、アリス。僕はもう、人間ではなくなってしまったんだ。

 影法師――サーヴァントは、サーヴァントによる攻撃でしか、傷付く事は出来ないんだ」

 

 時として整合騎士の武装完全支配術すら超える力を発揮する、現在に於ける最強の生物、飛竜。

 その一閃を二度喰らったにも関わらず平然と立つ様子は、百の言葉よりもまざまざとユージオの身の異変を物語っていた。

 

「……ユージオ、教えてください。一体貴方の身に何があったというのですか!?」

 

「それは……」

 

 チラリと、遠い西の空へと目をやるユージオ。

 当の昔に日は沈み、夕焼けが辛うじて夜闇を紅く照らしている。

 

「……此処じゃまずい。夜は()の舞台だ。僕の知っている事全てを話すから、今は僕に従ってくれ」

 

 有無を言わさぬ焦燥に塗れた言葉に反論出来る者は、私たちの中にはいなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ――ユージオに先導されて向かった先は、川から少し外れた場所にある小高い丘、その中腹にあった洞窟だった。

 私たちと雨緑たちが入った所で、入り口を青薔薇の剣による能力で塞いだユージオは、警戒心を露わにするエルドリエらの前に剣を置き、その場に座り込んだ。

 目に見える形で武装を解除したことで一先ず敵意は無いと見たのか、エルドリエたちも神器の柄から手を離した。

 

「それでは教えて貰おうか。貴様の言う、()とは誰だ?」

 

「最高司祭の連れる、黒騎士。僕らはバーサーカーと呼んでる」

 

「バーサーカー…… 神聖語で狂戦士って意味だっけ?」

 

 イーディスの言葉に頷くユージオ。

 

「本名は分からない。ただ一つ分かっているのは、彼は『ヴァンパイア』という亜人の一種らしいんだ」

 

「ゔぁん……?いえ、それよりも、亜人と言ったか。とすれば、彼者はダークテリトリーの者ということになる。最高司祭殿が斯様な人外を傍に置くはずがない!」

 

「エルドリエ、一旦落ち着きなさい」

 

 エルドリエが直様噛み付くのを抑える。意外なことに、エルドリエ同様騒ぐかと思われたイーディスは沈黙を保っている。

 

「貴方の言うバーサーカーが人成らざる者だというのは分かりました。ですが、たかが亜人が一人、それ程恐ろしい存在とは思えません。そのヴァンパイアなる種はどの様な存在なのですか?」

 

「……僕も完全に把握出来ていない。普段は姿を隠しているし、話したことすら片手で数えられる。だから最高司祭から聞いたのをそのまま伝えるけど、良いかい?」

 

 公理教会の偽りを知る者(私に対し)、言外に信用出来る話ではないという前振りを置いてから、途切れ途切れに、その『御伽話』を語った。

 

 ――彼は騎士に匹敵する武才を持ち、同時に高位術師に比類する魔術の使い手であり。ジャイアントを優に上回る身体能力で、その技術を振るう。夜闇に紛れ霧や蝙蝠にその身を変え、人の血を啜る事で相手を意識無き傀儡、理性亡き生ける屍として使役することが可能。挙句凄まじい不死性を誇り、首を撥ねようが心臓を貫こうが意に掛けることはない。

 

 そんな、正しく神話の怪物に相当する者の話に対し、私たちの感じたものといえば、

 

「……いやいや、ナイナイ。そんな怪物がいるなら、力こそ全てなダークテリトリーを簡単に支配してるでしょ」

 

「私も遽には信じられません。その説明を聞く限り、その亜人を討つ手段はないではないですか」

 

 出来の悪い作り話を聞いた時のような不信感だった。当然だろう。ダークテリトリーの各種族、その全ての長所を併せ持った災厄が存在するならば、イーディスの言う通りダークテリトリーの支配者として整合騎士の耳にも届いている筈だ。

 けれどその兆候は無かった。ならば考えられるのは、致命的弱点があるか、或いは。

 

 

「……最高司祭殿が、今迄封じ込めていたのでは?」

 

 エルドリエの呟きに、空気が凍り付く。

 ――残る可能性は一つ。整合騎士が結成されるよりも昔に、既に一度攻め込まれたのを封じ込めたか。如何に不死と云えど、動きや意識を奪った上で地下深くに埋めでもしていれば、長きに渡り封印する事は可能だろう。

 

「いや、それは違う。彼はダークテリトリーの亜人じゃない」

 

「なに?ではまさか人界の者とでも!?」

 

 しかし、私たちの予想は外れる。

 エルドリエの問い掛けに応えるユージオの口から聞かされたのは、想像を絶するものだった。

 

「ヴァンパイアは、ダークテリトリーの更に外側。『リアルワールド』で語り継がれる怪物らしいんだ」

 

「――は?」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 ダークテリトリーの、更に外側?

 

「ダークテリトリーの、更に外側?確かにあっちがどれくらい広いかなんて知らないけど……」

 

「そういう地勢的な外側じゃない。観念的な外側なんだ」

 

「まっ、待ってください!それは神界の事ではないのですか!?」

 

「違うよ。リアルワールドも、ここ。アンダーワールドと同じ、感情と欲望と寿命を持つ、人間の世界だ。

 そして――」

 

 あまりの話の規模に動揺し、付いていくことが難しくなりつつある中で、ユージオは未だ目覚めぬキリトに視線を逸らせた。

 

「……キリトも、リアルワールドの人間なんだ」

 

 

 ――この世界とやらは、たった一日で何度私の天地(常識)を破壊するつもりなのだろうか。

 永久に会えぬ筈の死人が蘇り。この世界は箱庭でしかなく。神界に祈りを聞き届ける神は居らず、代わりにいたのは人と悪魔。想いを寄せる少年は、ベクタの迷い子などという生易しいものではなく文字通り異世界人であったのだ。

 とうとう脳の処理能力の限界を超えたのか、拒絶反応の余り白目を剥いて倒れるエルドリエ。気が付けば夜は更け、竜だけでなく私たちもいい加減休みたくなってきた。

 だが、まだ訊かねばならない事がある。

 

「その、リアルワールドとは実在するのですか?我々が騙されていたように、単にアドミニストレータの妄言の可能性は……?」

 

「それはないよ。ランサー――東の大門で侵略軍を殲滅した老騎士も、リアルワールドの人間だったんだ。僕がキリトから教わったアインクラッド流を知っていたし、それにキリトとも面識があると言ってた」

 

 ハッキリと公理教会を信じていないと口にすると、倒れていたはずのエルドリエが反応する。どうやら意識はあるようだ。

 それを無視して、雨緑の背からみた最高司祭らに付き添っていた者達を思い起こす。

 確かにいた。振り撒かれる殺気の内に、ほんの一瞬、不自然に憐憫があったのが気になったのを覚えている。

 

「そして、リアルワールドで起きている争いについても聞いたんだ。それが、僕がさっき君を攻撃した理由だ。

 ……聞いてくれ、アリス。このアンダーワールドの創造者たちは――」

 

 しかし、これまでの話ですら、アンダーワールドにて勃発しようとしている複数の戦争の真実、その発端と比べれば、まだマシだった。

 迷いの色を濃く見せるユージオだったが、意を決したのか、短く、小さな声で、その真実を述べた。

 

「……君を、人殺しをする為の道具に仕立て上げる為に、この世界を作ったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……同時刻

 

 アリス達の潜む洞窟のある丘、そのさらに上の上空に、乳白色の光の粒子が発生した。

 ふわり、ふわりと雪の様に舞い降りる光を背景に、一際存在感を放つ人影が二つ、浮かんでいた。

 スーパーアカウント01『創世神ステイシア』と騎士の高位アカウントを以ってこの世界にログインした二人の少女は。

 

 ――奇しくも、ユージオの言葉によって三人の騎士が創世者達に敵意を抱いたのと同時に降りてきてしまった事など、知る由もなかった。

 

 

 

 

 









次回予告

 皆様どうも、なぜか全力で運命を呪いたくなってきたジャックです。
 それでは、手早く次回予告と参りましょう。

 ――着々とクィネラの計画が進行し、刻々と状況が悪化するアンダーワールド。現実も例外ではなく、最終負荷実験を乗り越え、アリスを果ての祭壇へ連れて行く使命を背負わされた少女たちが、STLでアンダーワールドへと飛び込む。
 ――最悪のタイミングで降り立ってしまった二人の少女を、修練により練り上げられた正義の剣が襲う。

次回、『回帰不能点(ポイント・オブ・ノー・リターン)


 ……あの人は小さい頃言っていました。
『不条理で希望を得たならば――あとに残るのは、条理によってもたらされる絶望しかない』のだと。





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