串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
――オーシャン・タートル内部、サブコントロールルームに篭城する菊岡ら。
自らの理想、願いを語った直後に発生した襲撃により、事態は予断を許さない状況へと変貌。アリスの回収と、キリトのフラクトライトを癒す為に、誰かがアンダーワールドにダイブしなければならない。
「――私、行きます」
「私も。キリト君を迎えに行きます」
その呟きにいち早く反応し、進み出たのは、この場にいる二人の少女だった。
勇むサチとアスナに対し、しかし菊岡は難しい顔をした。
「……確かに、STLは二人分空いている。しかし、アンダーワールドは今、平穏な状況とは言い難い。予定されていた最終負荷実験に、あと一時間と経たずに突入するからだ。勿論、その結果アリスが殺されてしまうことを考慮すれば、誰かが向こうにダイブしなくてはならない状況なのは確かだが……」
途中で言葉を区切り、少女の片方――サチから視線を外す。
キリトとのコミュニケーション力は問題無いが、サチの戦闘能力は無いに等しい。自分の身を守るだけなら、仮にもデスゲームの圏外で生き残っていただけあり、最高位アカウントを使えば何とかなるだろう。しかしそれは、サチの主要武器である槍の装備が前提であり、
加えて、アンダーワールドにはペインアブソーバーが設定されていない。その事も菊岡らの頭を悩ませた。流石に無駄死にすると分かっていて送り出すことは許可出来ない。
結局、どちらがどのアカウントを使うか未定のまま、準備だけ先に済ませようという事になり、サチたちは更衣室へと案内された。
―― STLを使用する際、ジェルベッドに寝転ぶ為の病院着に着替える間、それがアスナの目に止まったのは偶然だった。
「サチさん。それ、どうしたの?」
「あ、これ?」
シャツを脱いだことで顕になったのは、薄汚れた小さなペンダントを吊す細いネックレス。一瞬キリトからの贈り物かと推測したけれど、それにしてはデザインが彼のセンスに合わないし、ハッキリ言ってサチに似合っていない。
小指の先程のペンダントを掌に乗せたサチは、それを見つめたまま。一瞬迷い、「他の人には言わないでね」と前振りを置いてから、呟いた。
「……実は私、七歳より前の記憶が無いの。なんでも、私がそれまで住んでた家は大きな災害で町ごとなくなっちゃったみたいで。私はその唯一の生き残りなんだって」
ポロっと出てきた激重な過去に、絶句した。言葉が何処か他人事に聞こえたのも、被災する前の記憶がないからなのだろう。
「じ、じゃあ、そのペンダントの中身って、」
「辛うじて残ってた私の本当の家族の遺骨……なのかな。顔も思い出せないし、ほぼ炭だから確認しようがないけど」
それだけ言って、ペンダントから手を離すサチ。微笑んでこそいるけれど、その表情には諦めが色濃く浮かんでいる。
何度悩んだのだろう。何度嘆いたのだろう。ペンダントに付着した汚れは、よく見れば血が出るほど強く握り込んだ跡だった。
「……因みにそのこと、キリト君は?」
「知ってる。去年、里帰りした時にお義父さんがキリトに話してたから」
「そう……」
胸の中央に垂れる小さなペンダント。
不思議な輝きを放つそれは、直ぐに淡い色の病院着の向こう側に隠れた。
「さあ、行かなきゃ。キリトはもう半年も寝っぱなしなんだから、起こしにいかないと。これ以上寝てるとピトさんとかに悪戯されるぞって」
そういう彼女の顔には、喪った家族を想っていた時の諦観はなくなって。代わりに見慣れた、何処となく寂しげなサチの顔があった。
「……そうね。キリト君の事だし、もしかしたら向こうでまた新しい女の子とか引っ掛けてるかも」
「はは。うん、そうだったら桜とまた作戦会議しないと――」
色違いの病院着に袖を通した、その瞬間。
怒声の様なものが、サブコントロールルームから更衣室まで届いた。
「! い、今のは?」
「銃声は聞こえない。隔壁を破られたんじゃなさそうだけど……兎に角、行ってみましょう」
――飛び込んだ先は、ある意味で地獄絵図と化していた。
赤く染まり警報を鳴らすモニター。コンソールに比嘉と神代博士が噛り付き、菊岡を含む自衛官達の姿は無かった。
「何があったんですか?!」
「ああ、君たちか!ちょっと待って今手が離せないんだ!クソ、何だってこんなハッカーが――」
――ハッカー? ……ハッキング!?
少女二人で思わず目が合う。このタイミングでハッキングを仕掛けてくるとなれば、間違いなく相手は突入してきた侵入者たちしか有り得ない。
だが意外と警報はすぐに収まり、無傷の、しかし緊張で疲れた様子の菊岡らが戻ってきた。
「ふう、まったくビックリさせてくれる。一応気休めにバリケードを追加してきたが…… 比嘉君、報告」
「あ、はいッス。ハッカーは撃退、つーよりも撤退したって感じです。ただ、発信源がアンダーワールド内。つまり、
「……もう敵は、アンダーワールドにログインしているとみて良さそうだな。ヒューマン・エンパイア側のアカウントはロックされているなら、使われているのはダークテリトリー側か」
ただでさえ細い菊岡の目が眼鏡の奥で線になり、ついでに比嘉の顔色がモニターの暗色に混じる。
「じゃあまさか、アリスはもう」
「いや、それはないだろう。彼方がアリスを手に入れたならさっさと逃げるだろうし。仮に入手した上で我々を攻撃するなら、ライトキューブ・クラスターを気にせず隔壁を爆破するはずだ。それがないと言うことは、だ。
比嘉君!使用予定だったスーパーアカウントは!?」
コンソールに再度飛びついた比嘉が、慌ててキーボードに指を走らせる。
「げっ。テラリア、ソルス、両方のスーパーアカウントにロックが掛けられてます!」
「解除出来そうか?」
「そこまでしっかりとした奴じゃないから、一時間もあれば」
「やはり妨害工作か。ステイシアや、準高位アカウントが手付かずなのは不幸中の幸いだな」
菊岡は撫で付けられた髪をワシャワシャと掻き、それからアスナらへと向き直った。
「という訳で、残念ながら二人揃って最高アカウントでのログインは出来なくなってしまった。本当なら針鼠の様に武装させて送り出してやりたかったのだけれど、今は一分一秒が惜しい。一人は騎士アカウントでログインしてもらうけど、」
「なら、私が騎士アカウントを使います」
「アスナ?!」
菊岡が言い切るより先にアスナが宣言した。
繰り返すが、この二人の戦闘能力は比べ物にならないほどかけ離れている。敵もスーパーアカウントを使っているなら、対抗するには此方もスーパーアカウントを使うしかない。それを抜きにしても、アカウントデータをリセット出来ないなら、より生き残る可能性の高い方が使うべきだろう。
その結論に辿り着いたサチが反論しようとするが、それより先に「STLの準備、完了しました!」と研究員の一人が駆け込んできたのと被さり、アスナの耳にしか届かなかった。
「私は大丈夫よ。貴女のこと。キリトのこと。アリスのこと。絶対に、守ってみせるから」
そして、その決意も。サチの耳にしか聞こえなかった。
――嘗ての妖精郷に於いて、何も出来なかった少女は。今漸く、その意義を得た。
◇◆◇◆◇◆◇
――『創世神ステイシア』としてアンダーワールドにログインしたサチと、その守護騎士として降り立ったアスナは、初ログイン時限定の微速落下機能に身を任せながら辺りを見渡す。
キリトのいる座標の真上に出現したはずだというのに、視界に入るのは見渡す限りの丘と川。人の姿も、人が隠れられる場所もないように見えた。
「キリト……どこにいるの?」
「あ、あれ!あそこじゃない!?」
辺りにはそれらしい家屋は見当たらなかったけれど、落下している最中に不自然に凍った洞窟があった。
――きっと、あそこにキリトが。
共に降り立ったアスナと見合い、頷き合ってから洞窟へと足を踏み出す。
次の瞬間――
「――サチさん伏せて!」
「ふぇっ!?」
足元を払われて地面に崩れ落ちると同時に、頭上を熱線が通り過ぎる。
瞬きする暇すら無く、続けて
ロクに反応すらすることも叶わず、ただ迫りくる刃を眺めていると、横から割り込んだ細剣がそれらを連続突きで弾き返す。
「くぅ――」
「――遅い!」
人影の一人――金色の鎧を纏った若い女性が、吹き飛ばされてなお空中で方向転換。靴底が地面に付くより先に脇構えの剣からALOの魔法の様なものが爆発し、女性騎士の背を強烈に押す。
「サチ下がって!この人、強い!」
一回転からの上段振り下ろしを辛うじてブロックしたアスナ。だが重過ぎる一撃に、使い手より先に剣が悲鳴を上げた。
鍔迫り合いによってあっさり折れるレイピア。当のアスナは辛うじて剣の鋒から逃げられたが、振り下ろしの隙を補う形で左右から灰色の女性騎士と白銀の男性騎士が迫る。
「いけない!」
それを見て、周囲の大地にイメージを集中させる。ステイシアのアカウントに付与された権限『無制限地形操作』のコマンドを唱えると、彼らの上空に虹色のオーロラが発生。同時に、アスナの周囲をコの字型に囲う様に岩壁が頭を上げる。
「なっ!?」
「ナイス援護!」
堅い物が激突する音が三重に鳴り響く中、アスナがバックステップで大きく間合いを開ける。
次いでアスナに失った剣の代わりを投げ渡す為に、腰に刺さった
振り返った彼女は――悲鳴を上げた。
「サチさん後ろっ!!」
「ぅ――」
振り向く間も惜しんで前に転がる。運が良かったのか、切られたのは頭頂部の髪数本で済んだ。
草と土に塗れながら空を仰げば、水色の鎧の少年が半ばで折れた剣を持っていた。足元には、転がった時に手放してしまった剣。
――絶体絶命。そんな四文字が脳裏に浮かぶ。
アスナに渡すはずだった剣は、少年が踵で更に遠くへ蹴飛ばしてしまった。剣を突きつけられたまま、一歩々後ろへと追い詰められる。
恐怖心から振り返ってしまったけれど、アスナも同じ状況だった。三人の騎士に囲まれ、無手のまま追い込まれている。
――でも、なんで。何で私たちは攻撃されてるの!?
とうとう下がる場所が無くなり、背中にアスナの体温を感じる。こんな事なら、剣は腰に刺しっぱなしにしておくべきだった。
「なぜ!?なぜ貴方たちは私たちを攻撃するの!?」
「なぜだと?巫山戯ているのか、簒奪者よ!」
四方を囲まれ、堪らず問い掛けたアスナに真っ先に答えた、いや、激昂したのは、白銀の騎士。
「神などと騙っておき我々人界の民を誑かし!
「なっ!?」
――なんでそれを知ってるの!?
アンダーワールド人に知る由は無いし、キリトが言うとは思えない。いや、言ったとしてもこんな風に禍根を残す様なことはしないはず。なら尚更どうして!?
考えても答えは出ない。
「ち、違う!私たちはそんな事考えてない!私たちは、貴方たちを助けようとして」
「どうだか。こうして相見えてこそだが、あの若者も一体何処まで信を置いてよいものよら――」
「口を謹みなさい、エルドリエ。今は彼らの処遇を考する時です」
エルドリエと呼ばれた白銀の騎士が「ですが!」の続きを叫ぼうとするが、金色の騎士に睨まれて引き下がった。
「……さて。本来であれば、最高司祭に判断を委ねるべき案件なのでしょうが、
剣呑な光を湛えるサファイアブルーの瞳。全身からから放たれる、触れればそのまま手が切れてしまいそうな鋭い剣気が、それが単なる脅しではない事を如実に示していた。
緊張感から、気が付けば生唾を呑んでいた。威圧感だけならいつかの
「私たちは、外の世界からアンダーワールドを守る為にこの世界に来ました。敵は、私たちと同じリアルワールド人です。彼らの目的は、たった一人の人間を回収し、しかる後に世界全てを破壊して無に還すこと」
「……続けなさい。貴女たちの目的は?まさか慈善の為だけに来たのですか」
此方の話を吟味しているのだろう。或いは自分たちの持つ情報と擦り合わせているのだろうか。新たな感情は一切見せることなく、話の続きを促した。
「私たちの目的は、この世界を、この世界に住む人々を守る。それと――
……私たちにとって、大切な人を助ける為に、此処にいます」
口から出たのは、嘘偽りのない本音。
「彼が愛し、生きたこの世界は、私たちが守る。襲撃者たちから。そして、ラースからも」
――決して覆ることのない決意。大切な彼の願いを叶える為にも、例えどんな代価を払おうとも決して揺るがぬ譲れぬ一線。
その想いが届いたのか。意図したものではないけれど、彼らの中で反応があった。
「……ラース?」
「ユージオ、どうかしましたか?」
ユージオと呼ばれた水色の鎧の少年が、ある一単語に反応した。
柄に手を掛けてはいるけれど、構えていた折れた剣を鞘に納め、幾分か警戒の解けた視線で問いを投げた。
「君たちの名前は?」
「……サチ、です」
「アスナよ」
「……そうか。君たちが」
驚きの表情の後、完全に警戒を解いたユージオが柄からも手を離す。
殺気の籠もった睥睨では分からなかったが、怒気の消えたその顔からは、彼本来の穏やかな気質が見て取れた。
「大丈夫だ、アリス。彼らは創世者側の人じゃない。彼と同じ。僕たちと同じ、『人間』だ」
「……貴方がそう言うのなら、信じましょう」
金色の騎士も、剣を収める。いやそれよりも!
その名前を聞き、改めて金色の騎士を見遣る。
――じゃあこの人が、ラースと襲撃者の両方が追い求める、この事件の核心!?
未だ敵対心丸出しのエルドリエを
「まずは、いきなり切り掛かった事を謝らせてほしい」
「いえ。アンダーワールドとリアルワールドの事情を知ってるなら、正しい判断だったと思います」
いつの間にか拾ったのか、ユージオが片手で軽々と差し出すラディアント・ライトを両手で受け取る。
慣れない剣を手古摺りながらも鞘に突っ込むと、改めてアスナと共に二人に向き直った。
「じゃあ改めて。僕の名前は、……――
……
「ユージオ?」
「……僕にそう名乗る資格はないよ」
ユージオと呼ばれる、どこか寂しげな雰囲気の亜麻色の髪の少年は、分かっていて異名を言ったのだろう。それに不服そうなアリスも、一旦矛を収めた。
「私の名はアリス。アリス・シンセシス・サーティ。
……そして、そちらで言い争っているのが、イーディス・シンセシス・テンと、エルドリエ・シンセシス・サーティワン。時折姉とかなんだとか口走る事もありますが気にしない様に」
後半は若干恥も入ったのか、僅かに間が空いた。特に最後の方とかは小声で、しかも早口になってたし。うん、アスナの前で姉とか言わないでほしい。
一瞬緩み掛けた空気だったが、
「ひとまず、彼らのことは後でいい。それよりも確認だけど、君たちはキリトの関係者でいいんだよね?」
「! キリトは、キリトは何処にいるの!?無事……なの?」
漸く辿り着いたその名前に、悲鳴に等しい懇願が溢れ出る。
「キリトは、あそこにいる。生きては、いる」
示された先は、最初にアリス達が飛び出してきた洞窟。導かれるままについていけば、
――車椅子の座面に、影のようにひっそりと身を沈める、黒衣の姿があった。
次回予告
――ついにキリトに出会う事が叶ったサチとアスナ。しかし奇跡はなく。残酷な現実は、容赦なく二人に降りかかった。
一方その頃、ガブリエル・ミラーの作戦により三万を超えるアメリカ人プレイヤーがアンダーワールドへとログインしようとしているのを察知したユイの願いが、身を結ぶ。
次回、『黒の輪舞/白の祭祀』
――聖杯大戦が、その形を成す時が来た。
『――キャスターか。予備の聖杯が相応しき衣を纏い降りたのを確認した』
「ライダーからの報告も受け取ったわ。計画は順調に進んでいる。これで最悪
『流石にアリスたちが切り掛かった時には肝が冷えたがな。全く、セイバーに見張りを付けないで情報だけドバドバ与えるからこうなるんだ』
「貴方が大人しくアーチャーの真名を教えてくれれば、それで済む話なのだけれどねぇ?」
『で?俺はこの後どうしろと?』
「露骨に話を逸らさない。
まあいいわ。ワールド・エンド・オールターを占拠したライダーに命じて、ログインするリアルワールド人は全員その辺り一帯に降り立つように設定を弄らせてある。セイバーらに悟られないように、後々来る日本人プレイヤーが全滅せず、けれど絶望する程度に敵を減らしなさい。精々彼らには踏み台の、更にその支え程度にはなってもらいましょう」
『ステルスか。あんま得意じゃないんだが、仕方ないか。ダークテリトリーでヘマした分は取り戻すさ。
ところで、ランサーはどうした?ライダーの宝具も見られてる以上、彼方も真名に勘付いてるだろう』
「貴方、分かって言ってるなら相当性格悪いわよ? ――彼には、絶対に私たちの目的に気がつく事は出来ない。
己の願いから、己の宿業から目を逸らし。『三世』に成り果てようとした彼には、絶対に。アインクラッド攻略後の『十五世』なら違ったかもしれないけど、それは私が後押ししたからあり得ないわ」
――でも。ねえ。
「ブライアンという個人は、一体何時からこの世界が、彼が嘗て過ごした世界ではなく、
……言葉での返答はなく。代わりに念話の回線に響いたのは。
――子供が泣き出すのを我慢しているかのような笑いだった。