串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
「な、何、あれ……?」
リアルワールドとの唯一の接続点であるワールド・エンド・オールターを目指して再出発したアスナは、一緒に飛竜に乗っているイーディスの問いに答えられなかった。
――東の大門と呼ばれていた峡谷は、今や暗赤の軍勢による地獄へと変換されようとしていた。
数えるのも馬鹿らしくなる程の数の大軍が渓谷を中心に人界、暗黒界の両方に流れ込み、蹂躙せんと蠢いていた。
まず真っ先に、目に付いた命に向けて。陣を形成していた一万超の暗黒界人と――たった数人で絶望的な数の差に飲み込まれかけている整合騎士に向けて。
「サチさん!」
「システムコール!クリエイト・フィールド・オブジェクト!」
言わんとした事を察したのか、即座にサチが地形操作のコマンドを唱える。
広げた掌から虹色の薄いオーロラの様な光が伸び、高さ10メートル程の岩山が峡谷の出口の両側を塞いだ。
「嬢ちゃん!?戻ってきたのか!?それにそっちの二人は?」
一先ずの危機をやり過ごせたことに息を吐くと、下から太い驚声が聞こえた。
気が付けば、出発前から溜まっていた飛竜の疲れが取れていないのか高度が下がっていた。
「小父様!実は、折り入って話が」
「おう、こっちもだ」
アリスに小父様と呼ばれた、巨大な剣を鞘に戻さず肩に担いだ四十過ぎの男は柔かにそれを受け入れ。
「ッ――リリース・リコレクション!」
――直後、氷山と深暗とが、轟音を立てて激突した。
「こ、今度は何!?」
誰の台詞かも分からないほどに吹き荒れる音と衝撃波に変換されたエネルギーが収まると、そこでは剣を振り抜いた
――渓谷を塞いでいた筈の岩を。
「な――」
咄嗟に目を向ければ、岩があった筈の場所に一瞬、薄青の瞳が見えた気がした。
ソレはすぐに暗赤に塗り潰されてしまったが、おそらく犯人はアレだろう。更に奥を見れば、反対側の岩も吹き飛ばされていた。
今のは一体。そんな疑問を口にする余裕もなく再びけたたましい爆音が響き、氷塊ごとセイバーを吹き飛ばす。
「ユージオ!?」
「ぐっ…… バーサーカーだ!彼は僕が相手をする!すぐに片付けるから、アリスたちは自分の身を守ることを第一に考えるんだ!」
大きく鎧を破損させたセイバーが、
そこにいたのは――白い学ラン姿の、短い銀髪と丸っこい童顔の柔な少年だった。
蹴り一閃。ただそれだけで武装した騎士を防御ごと吹き飛ばす、その姿が見えなければ。一瞬見えた薄青の瞳と同じ、鈍い輝きが見えなければ。
――知らないはずの、けれど何故か見覚えのある顔の少年。
彼の正体を尋ねるより先に、私たちは英語のスラングを吐く赤い兵士たちに攻め込まれた。
◇◆◇◆◇◆◇
――リアルワールドから呼び込まれただろう赤い軍勢に飲み込まれたアリスたち。
今すぐにでも彼女たちを救い出したい。
けれど、出来ない。
眼前に佇む、具現化した亡霊がそれを許さない。
「……
姿形は変われど、不定期に荒狂う心意は間違えようがない。言葉を話す理性すら奪う狂気を与えられた怪物の蹴りをどうにか受け流しつつ、聴いているだろう
その答えは、意外な所から返ってきた。
「当然だろう、対軍宝具持ちが」
「――ッ!?」
唸り声と咆哮。それでしか聞いたことのなかった声が、目の前で拳を振りかぶる怪物から発せられた。驚愕に支配されながらも突き出された拳を首を振って躱し、反撃の胴薙ぎを叩き込む。
確かな手応えと血糊を剣から振り払えば――傷一つない、斬られるとほぼ同時に再生し終えた怪物が、そっくりそのままやり返すよう伸び切った手刀が横に払われた。
回避が間に合わず、側頭部への一撃が掠る。打点をずらしたにも関わらず衝撃で混濁する意識を気合いで保ち、逆手に持ち直した剣を隙だらけの怪物の左胸に突き立てる。
「……ならなおさら!なんで邪魔をするんだ!?彼らを放置すれば、アリスも、人界も蹂躙される!」
「その心配はない」
心臓に剣が突き刺さっているというのに、平然と前進する怪物。急に圧迫感が増した心意に咄嗟に飛び蹴りを打ち込んで距離を取れば、足元すれすれを抱きつく形で振られた両腕が過ぎ去った。
朱く染まった凶爪が空を掻き、姿勢が前に傾いた隙にその首を刎ね、返す刃で縦に両断する。
「リリース――リコレクション!」
トドメに青薔薇の剣の記憶解放術を以ってその骸を凍りつかせる。
ここまでやったのなら……
「――成る程。素晴らしい腕だ。お前も英雄と呼ぶに相応しい男だ」
そんな安堵は、油断は。一瞬で吹き消された。
硝子の様に割れる永久氷塊。外面との釣り合いが取れていない絶対強者の風格を以って、砕けた残骸を踏み越える。
「――だが、それだけだ。
小さく熱素の術式を唱える怪物。指先に生成されたそれらを――躊躇いなく握り潰した。
形も指向も与えられず暴走する神聖力。それは怪物の掌を焼き焦がす。
いっそそのまま全身燃えてくれ。そんな弱気な願いも虚しく、絶大な握力に閉じ込められた熱素は、拳の両端の隙間から噴出し、凹凸とした不恰好な
それはまるで――槍のような形をしていた。
「――茶番を始めるとしよう。なに、殺しはしないさ。お前にはまだ戦うべき
握力と心意で鍛ち出した炎の槍。握る本人の再生力を上回る熱量で右掌と氷塊の残骸を煮沸させる武器を構えたソレが、対魔力を超えて僕の腕を落とすまで、そう時間は掛からなかった。
「……さて、米国プレイヤーの
左腕は肩から先を失い、両脚は膝の皿を穿たれ。けれど仔猫でも摘むかの様に鎧の襟首を掴まれ、倒れることは許されなかった。
残った腕――大方無くされたら面倒だと、手加減されたのだろう。剣を握る腕だけはそのまま無傷だった。『まだ戦うべき時がある』。このバケモノは確かにそう言い、事実受けた傷は時間が経つか、十分な魔力が流し込まれれば回復する程度に抑えられている。
「……君たちは一体、何が望みなんだ。それだけの力があって、今更聖杯に何を。
いや、そもそも本当に聖杯を望んでいるのか……?」
「当然。俺は聖杯
薄れていく意識で、含みを隠す気のない言葉を必死に脳裏に刻む。
……正攻法ではまず勝てない。ならせめて、その企みを挫かなければ。
しかし、僅かな浮遊感を挟んで額に走った激痛は、今度こそ意識を飛ばすには充分過ぎた。
――赤い兵士と整合騎士の血飛沫が立ち登る戦場へと足を向けるバーサーカー。
◇◆◇◆◇◆◇
――数が多過ぎる!
サチから受け取ったレイピア、ラディアント・ライトを煌めかせ敵を穿つ。鎧と同色の血を撒き散らしながら呆気なく斃れた兵士――その奥から、斃した敵の倍の影が武器を振り上げるのを視認して思わず舌打ちが漏れる。
脳裏に過るのは、世界樹の悪夢。無限に湧き出る、守護者とは名ばかりの悪意に満ちた影達。そして迷宮を形造る神話。
あの時に比べればまだましだろう。敵の数は膨大とはいえ有限で、一方私の体力はあの時に比べれば圧倒的に多い。更に地形操作権はこちら側にあり、敵の包囲を防ぐ障壁に始まり、味方を巻き込まないよう散発的とはいえ落とし穴、岩杭、果ては超小規模ながら流星まで降り注ぐありさま。
ここまでの援護があれば簡単に押し切れそうなものだが、やはり目下最大の問題は、世界樹の時と変わらず敵の『数』とボスの『質』だった。
万を軽く超える敵に、未だ姿しか分からぬバーサーカーなる強敵。しかもその数ばかりの敵も、ガーディアン同様同士討ちを仕出かす程度のものではなく、対人戦に慣れ親しんでいる百戦錬磨の、それも叫び声や発音からしてアメリカ人プレイヤー。その質は決して低いとはいえず、どうしても最少で数合打ち合う必要が出てくる。魔術師クラスの兵士や弓持ちは混じっていないのがせめてもの救いだが、それでもこの膠着状態が長引くのは不味い。
それにもう一つ、問題がある。ダークテリトリー側の戦況だ。
バーサーカーと呼ばれた少年は、赤い兵士があちら側にも流れ込むようにサチが作った壁を破壊していた。状況的にアメリカ人プレイヤーを呼び込んだ犯人が、アリス奪取を目論む敵である以上、おそらく敵もアンダーワールドに降り立っているのだろう。策士策に溺れて溺死しろ。
まあバーサーカーなどという底知れない存在や、もう死んでいると言うキリトの友人、ユージオの存在というイレギュラーもある。最悪を考えるなら、敵もスーパーアカウントを使っている事を前提とすべきだ。
とはいえダークテリトリーの住人を守るだけの余裕は無く、サチによる神罰としか形容しようがない猛攻も、巻き込む可能性がある以上やりにくい。しかもその地形操作も、大規模なものは何故か応答してくれないと叫んでいたのが聞こえた。
「
「うっさい!」
二十を超えた辺りで数えるのを放棄した敵を罵声と共に突き、そのまま右から切り込んできた敵に刃を振り抜く。首付きの剣に相手が怯んだ隙に回転の勢いのまま蹴りを首筋に叩き込みへし折る。
「
何やら下品な妄言を吐きかけた野郎が左側にいたが、最後まで口にすることなく暗い刀身の刀で切り倒された。
「アスナ、大丈夫!?あんまり前に出過ぎると危ないわよ!」
「イーディスさん!」
防御無効の効果を持つ闇斬剣がソードスキル『残月』と同じ軌道で後ろ向きに振られ、直線上にいた敵の骸で道ができる。どうやらいつに間にか一人突出してしまっていたようだ。
「ファナティオとデュソルバートの神器で広範囲を一気に攻撃するから、一旦下がって!」
「分かりました!」
横から道を塞ごうとする敵を突き、斬り払い、それでも手が足りず殴り飛ばす。後ろからガシャガシャと鎧姿で走る音が重圧となって迫る。
「イーディス殿!屈んでください!」
二又に別たれた蛇が唸りを上げて顔面に迫る。咄嗟に隣で走っていた少女に倣って姿勢を低くして滑り込めば、背後で戦斧を振り上げていた兵士が頭部を失くして倒れ込んでいた。
直後、エルドリエの腰までの高さながら薄い岩壁が迫り上がり、上空を灼熱の火矢と何条ものビームが埋め尽くした。荒れた地表をひっくり返す程の衝撃が走り、手前側と渓谷奥に数十人ほど残して焼き尽くした。
「す、すごい……!」
「神器の天命をタップリ注ぎ込んだ一撃だ。そりゃこれくらい出来るさ」
手前側に残っていた敵を一瞬で殲滅した、アリスに小父様と呼ばれていた老騎士が両手剣を鞘に収めながら誇らしげに語る。
「で、だ。さっそくで悪いが嬢ちゃんと、ステイシア神の装束そっくりのあの子は何者なんだ?」
外見の年齢やゆったりとした物腰が、何処か非戦闘時のあの王を思い起こさせる豪傑の騎士が問いを投げた。
独特の安心感を醸し出す雰囲気に、自然と緊張が解けかけ、危ない危ないと気を引き締める。
――
アリスやセイバーとよく似た意匠の鎧の集団に混ざる、カリスマ性を兼ね備えた老騎士。おそらく彼が整合騎士の長なのだろう。セイバーが聞いたのと同じ話を聞いているのなら、また厄介なことになる。
全身細かな傷だらけの私を案じたのか、駆け寄ってくるサチに微笑んで無事を伝え、カラカラに乾いた口で唾を飲み、慎重に言葉を選んで口にした。
「私はアスナ。私たちは、この世界の外側からやってきました」
◇◆◇◆◇◆◇
「な、何を……!?」
「や、やめろ!その装備、味方じゃ……?!」
杭の林によって全滅したゴブリンとジャイアントに代わり、前線へと配備されたオークと拳闘士の集団が赤い兵士に飲み込まれ、切り刻まれていく。それだけに飽き足らず、対応の遅れた彼らの屍を足蹴にした兵士が、更にバーサーカーが優先的に狩っていった為に事実上の絶滅を迎えた暗黒術師の僅かな生き残りに暗黒騎士にまでも襲いかかり始めていた。
辛うじて防御に成功した一団や、瀕死の重傷を負っていたために偶然見逃された者が、口々に訴える。
――撤退命令を。これはもう、戦いではない!
ランサーの宝具に、バーサーカーの襲来。開戦の狼煙が上がった直後に暗黒界軍を襲った二つの理不尽は、軍の士気を崩壊させるには十分過ぎた。
しかし引くことは出来ない。強者たる皇帝の命令は絶対であり、逆らうという選択肢は存在しなかった。
――そして、彼らを救う命令を出す気も行動を起こす気もない男が支配者の椅子に座った事が、彼らにとって何よりの不幸だったのだろう。それどころか皇帝ベクタは指揮権をディー・アイ・エルに丸投げし、本人は竜に跨り人界と暗黒界の境界線上を超えないギリギリを飛んでいる始末だった。
だが、そもそもの話としてベクタ――ガブリエル・ミラーにとって、彼らは使い捨ての駒でしかない。寧ろリアルワールドからダイブさせたアメリカ人プレイヤー、その投下位置とタイミングが悪い事に対する苛立ちがある程だった。
――アリスの容姿は分からず。そもそも戦場に立っているのかすら不明。タイタス・クロウと名乗ったあの少年の正体が、歪められたデスゲームの王であるならば隠匿されている可能性の方が高いだろう。或いはあれは囮で、既に別のスタッフがアリスを連れてオブシディア城かワールド・エンド・オールターにあるシステム・コンソールを目指しているのか。
アンダーワールドでの作戦失敗の可能性に不機嫌に顔を歪ませる。己が敵の立場ならどういった手を打つかシュミレートし――人界へ踏み込む事を決めた。
――戦において重要なのは情報。特に敵の位置情報は、それだけで戦況を左右するものだ。タイタス・クロウが己にあの場で挑まず退却を選んだのは、下手に撃破することで再度ログインされた際に他の兵と見分けが付かなくなること、いつログインしてくるか不明になることを恐れたのだろう。
付け加えるなら、ログアウトすれば外部端末から暗黒界に紛れ込んだ人界アカウントの位置を特定出来る。ラーススタッフも既にアンダーワールドに外国人プレイヤーがログインしていることに気が付いているならば、そんなハイリスクな手を使うとは考え難い。時間加速が行われていない現状時間は彼らの味方であり、ならば籠城を選ぶのが定石。
人界に踏み込んだ暗黒軍の末路たる串刺しの林を警戒し、山脈のその上をホバリングして、
人界側に雪崩れ込んだ米国人プレイヤーは流星や地割れに飲み込まれ、火矢と光線に射抜かれる。進軍の勢いを落とされ、それでも尚前進する彼らを待ち受けるはたった数人の剣士。ただそれだけの人数で、一万もの敵は駆逐されつつあり。
最後の一人が斬り殺された――刺殺ではなく、斬殺されたその瞬間。闇の皇帝は人界へと踏み込んだ。
「どうやら何かトラブルがあったようだな。アレには使用制限があるのか、或いは
再び峡谷に降り注ぐ赤い線。幾千幾万ものデジタル・コードの羅列。
最早当初の作戦などないその有様に、やはりラースにもガブリエルにもアリスを確保されては困る
◆◆◆◆◆◆
――その数分後。
整合騎士と少女を。
運命に抗う白き剣士を。
侵食する漆黒の天使を。
撒き散らされた哀れな
――そして、降り立った
「――始めましょう。私たちの饗宴を。
私たちの聖杯戦争を」
セントラル・カセドラル最上階。
天井は術式により蒸発し吹き抜けとなり、霊体の杯は天に孔を穿つべく掲げられていた。
その傍らで、女は黒く染まった七枚のカードを燃やす。
溶かし、解し、ばら撒く。訪れた資格ある者を英霊へと置換える手札を。
彼らを侵食し、上書きし、打ち倒されるべき巻藁へと変える絵札を。
自身も戦場へと討って出るべく、実体をエーテルへと変える彼女は、謳うように、
「――もうすぐ。もうすぐ貴方は完成するわ。貴方が切望し、渇望し、情景し。絶望し、厭忌し、嫌悪する災厄の化身へと。
私の、私
私の、私
「さあ行きましょう。私の
かつて戦陣の下に集った彼らは、こうして戦陣の下で再開し。
かくして役者は全員演壇へと登り、暁の
次回、『黒の輪舞/白の祭祀』
――聖杯大戦が、その形を成す時が来た。