串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
――再び渓谷に降り立った五万の米国プレイヤー。リアルな血と悲鳴に飢えた彼らは、その全てが人界側へと流れ込み、じわじわと整合騎士らを消耗させていった。
ここで不幸だったのが、アスナらが第一陣のアメリカ人プレイヤーを殲滅してしまっていたことだろう。事実降り立った彼らは未だ多くの第一陣プレイヤーの残る暗黒界側にはロクに目も向けず、明らかに煌びやかな装備を纏った獲物の見える方へと我先に走った。
しかし、その中でも先頭を走る数十人は真面に剣を振り回す事もなくすぐさま蒸発する羽目になった。
既に消耗しているとはいえ、人界を守護せんと立ち塞がるはアンダーワールドに於ける生ける英雄たる整合騎士。神器が一振りされる度、無粋な殺戮者達の武器を握る手が、首が、宙を舞う。
だがここまで綴った上で断言しよう。
――その抵抗は無意味であった。
第一陣たる一万
対して敵は、それだけの消耗を強いた数の五倍。広範囲殲滅の手段が大幅に制限された状況では、如何に整合騎士とはいえ斃れるのは時間の問題であった。
そして、そんな絶望的状況を理解して尚、アスナは剣を振るった。
――この人たちの命の重さに比べれば。私の、仮の身体なんて!
設定された数値上のHPこそ整合騎士より少し高い程度とはいえ、握る剣は創世神に相応しいステータスを誇る物。引き止めるベルクーリとイーディスの声を置き去りに再び敵陣に一人突出したアスナは容赦無く敵を、未だその煌めきに翳りを見せない剣で仕留めていった。
……だがそれは、その剣は裏を返せばその身体にとって分不相応という事でもあった。
重過ぎるラディアント・ライトを構える手が徐々に下がる。警告された
普段であればやらないようなミス。だがこの長期戦に耐えうる武器がそれ以外無いという選択肢の無さが。失恋したとはいえ、想い人が守ろうとした人々を救わんとする焦りが、その結果を生んだ。
「――まだ、まだぁぁぁぁぁッ!!」
細剣ソードスキル『ピアーズ・テリトリー』。
広範囲に攻撃判定を発生させるスキルを打ち込む事で強引に周囲の敵を吹き飛ばす。
同士討ちも気にせず乱雑に刃を振り回す敵の間合いから数瞬逃れることには成功したが、身体が無意識に休息を求めた行動のその結果、一瞬気を抜いてレイピアを支えにした。
重いその武器の鋒を地面に刺し、体重をかけてしまった。
「後どれだけ……倒せば…… ッ!?」
突っ込んで来た槍兵の矛先を躱し、返す刀で切ろうとしたのに手から消える柄。
ギョッとして見れば、さっきまで握っていたレイピアは地面に突き刺さったまま、その場に取り残されていた。
「チィッ!」
舌打ちする間も惜しいと咄嗟にハンマーパンチで敵の首を折り、レイピアに飛びつく。
地面に刃が食い込む嫌な音を背後に聞きながら武器を回収したが、同時に手首が痛みを訴える。どうやら直前の無茶な拳撃で痛めたらしい。
――痛いもんか!
脳裏に浮かんだ弱音を握り潰す。途端、全身の細かな裂傷も併せて痛みが引く。
だがそれでも、限界は見え始めていた。一つの小さなミスが次のミスを誘発し、その規模は徐々に大きくなっていく。おそらく次はないことは、アスナ自身が一番痛感していた。
そしてその瞬間は、呆気なく訪れた。
「あっ……」
普段ならどうと言うこともない、小さな躓き。だが足は意思に反して絡れ、決定的な隙を晒す。そしてその隙を見逃してくれるほど、敵は甘くなかった。
降り注ぐ刃。鎧を破壊し、倒れ込んだ肉に食い込み、激痛が喉を裂く。
「アスナーーー!!」
……そのサチの叫びは、どこか、遠くに聞こえた。
死んでいないのが不思議なほど隙間なく刺された剣が引き抜かれ、再度振り上げられ。
――その更に上から、一本の微細なデジタル・コードの羅列が伸びた。
敵が現れる前兆と同じ現象に、アスナの心は折れかけた。
その青い色の持つ意味すら考える事なく、眺める事しか出来なかった。
その線が変わった姿を、見るまでは。
「
――アスナを救う様に真上で変化した
顔も性別も分からないそれは、着地すると同時に手元を閃かせる。
瞬間、数人の兵士の首が吹き飛び斃れる。轟音と共に数人を瞬殺したその攻撃を、アスナは知っていた。それどころか、自分も得意としている技だった。
――細剣ソードスキル『カドラブル・ペイン』。
握るその武器はエストック。
翻るコートから現れるのは、赫目の髑髏。
「随分と、無様、だな。『閃光』」
その口元から漏れ出るのは、細かく区切られた言葉。
「……ザザ?」
「おっと。俺だけ、じゃ、ないぞ」
武器を握らぬ左手が足踏みと共に振われる。撥ね上げられた哀れな数人が――『毒鳥』に啄まれる。
「ピト……!」
「おや、アスナ嬢。いっつもそのテンションなら可愛げタップリなんだけどねえ」
長大なクロスボウを肩に担いだ女性が、ニヤリと嫌らしい――けれど頼もしい嗤いを浮かべる。
それを皮切りに、無数の振動音が共鳴し、世界に満ちる。
アメリカ人プレイヤーが出現した時と同じ音が福音となって響き渡り、無数の鮮やかな援軍が現れる。
サクヤやゴドフリー、ユウキといったALOの猛者すら降り立ち、不敵に兵士を睨む。
後ろを振り返れば、サチの元にもノーチラスやユナがいた。
力の抜けた身体に差し伸ばされた手を受け取りながら、高らかに響くその救いの声が、戦場を包む絶望を振り払うのを実感した。
「――聞け、この領域に集いし一騎当千、万夫不倒の英雄たちよ!!」
声が響く。
突き立てられた旗は黒く、それでもなお誇り高く棚引くは竜の紋様。
「本来相容れぬ敵同士、本来交わらぬ世界の者であっても、今は互いに背中を預けよ!!」
シルフとサラマンダーが肩を並べる。
あり得るはずの無かった共闘。想像すら出来なかった連携。それが次々と膨大な敵を減らしていく。
――いや。それだけじゃない!
旗の先に付く鉾を敵に向け、エリス――
否。かの聖女の兄弟から脈々と繋がる血を引く彼女が、その姓と、受け継がれた名を声高く叫ぶ。
――ここは、もう一つの現実であると!
――新たな隣人に、祝福あらんことを!
「この名に誇りがある限り、私は貴公らの矛となろう!!
――我が真名はジャンヌ・ダルク!!」
絶対的な知名度を誇るその名と共に、士気が限界まで上がる。
それは苦痛すら跳ね除ける矛。折れる心を支える盾。
「……すごい」
その光景に圧倒されたアスナは、そんな陳腐な言葉しか出なかった。
「まね。いやはや午前五時に叩き起こされて、ユイちゃんからトンデモ話聞いて、トドメにまさかのガチ英雄の子孫のカミングアウトまであったんだもん。オッサンとエリザちゃんの前例があったとはいえ、オドロキだわー」
ケラケラと嗤うピトフーイ。右腕一本で保持した
「正確には直系ではありませんが、まあ勢いがあれば良かったですし」
そんなピトの言葉を律儀に訂正しにきたのか、幼い少女の姿をした切り裂き魔が現れる。
「おや、ジャックちゃん。シェリー夫人は?」
「前線で元気に暴れてますよ。日本語が不自由で連携こそ取れていませんが、
「おい通訳」
白いドレス姿で
彼女がここにいると言うことは――
「ええ、勿論。彼も事態を把握しているはずです。
尤も、それまでに敵が残っていれば、ですが」
立ち塞がる敵、その総てを蹂躙する破壊装置、一つの嵐とでも云うべき男。
存在そのものが勝利フラグとすら思えるような『吸血鬼』の参戦予告に、安心感と共に苦笑いすら溢れた。
「確かにそうね。ジャックさん、来てくれた人たちの数は?」
「およそ二千五百。コンバート元のソフトから、既に前衛四班、後方、支援部隊の編成も大雑把ながら」
「流石」
相変わらずギャップのある姿と口調に癒され、無意識のうちに頭を撫で始める。
何故か作るアバター全てが幼女となるジャックは、抵抗しても無駄と悟っているのか大人しくされるがまま。痛む怪我の事を忘れるまで――といってもほんの数十秒の間――わしゃわしゃと心行くまで撫で回そうとした。
「あー、アスナ嬢ちゃん?そっちの者たちは一体何者なんだ?特にソイツは……」
唖然とした表情のベルクーリにそう問われ、慌てて離す。
――その騎士たちから伸びる、不審と敵意には、一切気がつく事が出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「さて。ああは言ったものの、この先はどうなることやら」
走らず。跳ねず。敵の視界を意識し、すれ違いざまに膝の腱に刃を走らせる。敵の機動力を削ぎ、武器を振るう力を半減させ、味方がやり易いように場を整える。
レーティングなし、論理コードなしの殺戮特化型ゲームなどという血生臭い文言に釣られるような、目の前の敵を切り刻み、血を浴びる事や内面を見る事しか興味がない高身長軍団の陣中を気取られずに闊歩するなど、ランクが大幅に下がろうが気配遮断スキルを持つ身長134cmのジャックにとっては朝飯前のこと。
一人、また一人と、押し寄せる後続に踏み潰されての圧死も期待して筋に切れ込みを入れながら、悠長に考え事さえ出来た。
――この状況、暫定名アンダーワールド編について、私たちが把握出来ている『原作』は多くない。今編のメインヒロインたるアリスの容姿と数名のキャラクターの顔と名前、アンダーワールドを取り巻く環境といった限定的なもの。穴だらけな上、途中から完全に断絶している。
膝から崩れ落ちた兵士が、血気に逸る後続に蹴り飛ばされ、踏み潰され、轢死する様を眺めつつ、また一人の膝裏を削ぐ。
――目下起こり得る問題の一つは、今後召喚されるだろう五万の中韓のプレイヤーとPoHの存在。日本側の戦力が強化されているとはいえ、参戦時点でアメリカ人が既に五万人。単純計算でもう倍の敵の追加は厳しい。
そして二つ目の問題は、制限時間。
敵陣の奥まで踏み込んでいるにも関わらず、味方の遠距離攻撃が付近に着弾したのを認めたジャックが潮時と踵を返す。
――アンダーワールド内の時間で今日中にアリスをワールド・エンド・オールターに送り届けなければ、彼女を守る為に此処に集った二千五百人の覚悟、その全てが無駄になる。
とはいえ敵数、時間に関しては、サチがステイシアの権能を扱っているといった想定外も起きている以上あくまで目安にしかならない以上、個人で出来る範囲の備えしか出来ない。それよりも気になるのは――
敵の死角に入らず、敢えて姿を見せて走る。視線を誘導された敵は、そうと気付くこともなく
予想通り、
「……私、何かしましたっけ?」
剣戟と銃声の入り乱れる戦場で、そう独言る。一人は上手く誤魔化せていたが、部下達はそういった技術に明るくないのだろう。
――警戒と監視。敵意と不審。
不躾な眼差しを投げかけてきた
――ただでさえシノン、リーファと何故か合流が果たせてないのだから、これ以上の不確定情報は困るのですがね。
こうなったらもう直接訊くしかないだろうか。厄介毎の気配はしないからなんとかなるだろう。
そんな楽観的思考をしながら、無警戒に歩く。
その背後で、アメリカ人プレイヤーの生き残りは、ついに残り二万にまで減り。
――『恐怖』が。『絶望』が。
その舞台の幕を開いた。
次回予告
――それは、最後に残った道しるべ。
浅き夢の暁にて、演劇の装置は最後のピースを求める。
次回、『四月三十日』
――闘え 踊れ
この世の全ては戯曲となり
ならば悲劇は脚本の演出となる
この夜で芝居は止まり、もう物語は転換しない
明日も明後日も、ワルプルギスの夜
(活動報告も投稿したので、そちらもどうぞ)