串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
「――さて、と。それじゃあキリキリ吐いてもらいましょうか?」
座り込んだジャックを囲むように、オッサンを除いたドラクル騎士団の面子とアスナ嬢、それとアリスの上司と姉を名乗る整合騎士のベルクーリとイーディス嬢が集う。
ちょっと前まで軍勢を駐留させていたらしく、騎士の方々の分にしては多めに残されていた物資からパクったお茶を片手に、どこか安堵した表情すら浮かべているジャックへ尋ねる。
私たち以外の日本側プレイヤーと騎士は、串刺しのまま放置されていたアメリカ人プレイヤーの救出――まあ実際の所、やってることは介錯だけど――に勤しんでいるなか、問い掛けからたっぷり数十秒、間を開けて微笑んだ。
「……具体的に何を話せばいいのでしょうか。残念ながら、私は少々隠し事が多い質でして」
「はいはいそういうのいーから。そこの騎士は知らないけど、少なくとも私たちSAO組はあのオッサンがガチで敵だとは思ってないよ」
「おいおい、オレたちを除かないでくれよ。事情は呑み込めんが、嬢ちゃんたちとあの狂った男との間にのっぴきならない関係があるのは分かるさ。そのあんたらが言うんなら、敵じゃねえっていう一点は信用できる」
同じように酒瓶を握りしめているベルクーリの言葉にすら、ジャックのポーカーフェイスを崩せない。
どうせ彼女がその気になればこの程度の包囲、無手だろうと容易く突破出来るだろうとそのまま放っておいてあるナイフに注意を払いながらも、まず一枚目のカードを切る。
「じゃあまずは、ジャック嬢とそっくりなあの女の子について聞こうか。単にアバターがそっくりってだけじゃないでしょ、あの子。なんなら、まるで、」
同一人物。そう言いかけて、
刹那。
腹部が弾ける。解体され、臓器を強奪され、血が抜け。心臓が綺麗に切除された胸骨から取り除かれて――
「ピトっ!?」
モノクロの視界に大きな背が割り込むと同時に、一気に意識が引き戻される。
反射的に腹に手を当てる。切られた跡もないし、血に濡れてもいなければ、当然臓物が溢れた様子もない。
だがあの感覚は、間違いなく『殺人』によるものだと、不思議と断言出来た。
「……あらら。地雷踏んじゃったかしらん?」
『命が零れ落ちる感覚』からくる身体の震えを隠すよう、エムの背から首だけを覗かせる。
直立不動の姿勢ながらも強烈に殺気立つジャック嬢。それも、周りの面々が私の身に起こった異常を認めてから武器の柄を握っているふうに困惑しているっぽいことから、ピンポイントで私にだけ殺気をぶつけてきている。
「ピト、貴女は……!」
――にゃるほど。あの子は貴女にとっての『逆鱗』って訳か。
こうなってくると、気になるのはあの子の正体だ。ヴラドのオッサンが普通にあの子の存在を受け入れていたことからも、多分この事態と関わりがあるだろうし、推測する事は無駄ではないだろう。
閑話休題。正体を考えるにあたって一番のヒントにして難所は、ジャック嬢とあまりにも
ただ、彼女のナイフの握り方が。弾丸を弾く軌道の癖すらが。ジャックのそれと酷似していた。赤の他人だけは絶対にありえない。内容こそ聞き取れなかったけれど、ヴラドが絶望を振り撒いていた時に彼女らは何やら話し込んでいたし。確実に知り合い以上の関係だ。
そしてトドメにさっきの反応。『同一人物』という単語に極度の反応を示したことから察するに、考え得るのは。
彼女と貴女の関係は、似ていると言われたことに激怒するほど他の誰よりも離れた存在か、或いは本人が
あれこれ訊きたくはあるけれど、これ以上あの子について啄くと現状敵対よりの中立なジャック嬢がマジで敵に回りかねない。
……こうやって改めて考えると、私たちって結構ヴラドのオッサンたちについて、知らない事だらけだと実感する。
「なあ、ジャック。あの人、が、あんな事、を、しでかした、理由に、心当たりは、ないか?」
私が黙って考え込んでいたからか、引き継ぐ様にザザが尋ねる。尤も返答は
「……あー、なんだ。一個いいか?」
「お前さん、何をそんなに
「っ、どこでその単語を!?」
感情を隠す難易度が異常に高い仮想空間に於いて、ポーカーフェイスを使いこなすジャック。どうやら聖杯戦争なる言葉は、ひび割れたその仮面を木端微塵にするにはオーバーキルだったらしい。
遂にナイフを引き抜いたジャック嬢が、誰の反応も許す事なくベルクーリの首筋に刃を当てる。
「答えなさい!ベルクーリ!」
「ちゃんと教えるから一旦落ち着け。そこの嬢ちゃんたちが信じられないものを見る目で見てるぞ」
「ふざけないで!だって、それは――」
「――聖杯戦争は、あらゆる願いを叶える願望機の奪い合い」
錯乱するジャック嬢を押し留めるように、今度はテノールの声が聞こえる。
ベルクーリから其方へと標的を変えたジャックだったが、その相手の風貌に、思わず動きが止まった。
青い整合騎士の鎧を身に纏った少年。手には、透き通るような青い薔薇があしらわれた剣。
「召喚者たちが喚び出した七人のサーヴァントを殺し合わせ、最後に残ったマスターがあらゆる願いを叶える権利を得る」
直前まで誰もいなかったはずの場所に出現した、圧倒的な存在感を――それも、質こそ違えどさっき暴れてったヴラドに近しいほどの底知れなさを感じさせる少年は、ジャック嬢の間合いのギリギリ内側で立ち止まった。
「――それが聖杯戦争だ。違うかい、『黒』のアサシン」
「……貴方は?」
「『白』のセイバー。君たちに討ち倒されなきゃいけない、化け物だよ」
『黒のアサシン』。そう呼ばれて僅かながら反応したジャックは、徐々に飛び掛かる姿勢に移りながらも訊き返す。
「なぜ私が『黒』だと?」
「ランサー――ヴラドが、君のことを気にしていた。『白』のアサシンを眺めながら、ずっと君を心配していたんだ」
「…………ああ、そういう事ですか。
では最後に一つ。貴方は敵ですか?」
「僕は、キリトの味方だ。そうでありたいと思っている」
「……そうですか」
何処となく卑屈げな溜息を吐いたジャック嬢が、元いた場所に戻る。その隣には、白のセイバーと名乗った少年。
「……えっと、つまり?さっきの圧縮言語と察し具合からして、今アンダーワールドではアリス争奪戦と同時に、その聖杯戦争が起きてるってこと?」
「ええ、そうなりますね。あの人が異常なまでの力を得たのも、聖杯戦争が原因でしょう」
「うん、まるで理屈が分からん。まずサーヴァントってなんぞ?」
アインクラッド出身のメンバーは、考察やら推理やらを私が好んでいるのを分かっているから、こういったツッコミは丸投げしてくれる。そのつもりで投げた問いは、予想外の方向から返ってきた。
「……死者の国より喚び戻されし、英雄と謳われた者」
最初にジャック嬢に『聖杯戦争』という単語をぶつけたベルクーリ。またもや彼が、事態の重要な情報を握っていた。
……いやいや、ちょっと待て。
「死者ぁ?いつの間にあのオッサンくたばったのよ?」
「大体あってますが、厳密には違いますね。召喚出来るのは、完全な英霊ではなく、あくまでその一側面。故に、召喚方法によっては生者に死者の業や技術を憑依させる…… 言ってしまえば、神降しに近いことも可能です。
さらにその召喚対象についても、信仰のある、人々の想念からなる『英霊』である為、実在の真偽や生死は関係ありません」
「ちょ、ストップストップ。話が一気にオカルトに飛んでるってば。多少でもわかった人手ェ挙げて」
私の言葉に馬鹿正直に手を挙げた娘が二人。イーディスちゃんは兎も角アスナ嬢は予想外。
冗談と皮肉混じりに休息を要求したのに、続行を強制されたオカルト話はさらに進む。
「……なんか証拠は?」
「僕はもう死んでいる、じゃダメかな」
「ゑ?」
まさかの返答にポカンとしていると、答えたセイバーの姿が揺らぎ、消える。
いっぱいいっぱいの頭で「とーめーにんげん♪」と茶化そうと思ったのに、今度は空気が色付く様に
……マジでぇ?あ、あとアスナ嬢、さては貴女知ってたわね?リアル組で一人だけ反応が薄いわよ?
「お、オーケーオーケー。色々言いたいけど、まあいいわ。
で?連中の突破方法は?」
「まず前提として、サーヴァントの撃破はサーヴァントでしか行えません。幽霊に物理が効かないのとはちょっと違いますが、まあ細かい理屈はいいでしょう」
「じゃあ嬢とセイバー少年しかアテにならないってこと?」
「いえ、それも違います。今回喚び出されたサーヴァントは、数騎を除けば先程も述べた、英霊を人の器に入れた、言うなれば擬似サーヴァントに近い状態にあります。
ゲーム風に例えれば、『サーヴァント』というバフがかけられている状態であり、ダメージを与えるには同種のバフが必要、と言えば通じるでしょうか」
未だ揺れ動いているっぽいジャックだが、セイバー少年の登場が何かの切っ掛けになったのか、素直にサーヴァント何某について語る。
とはいえ言葉の端々から察するに今回の聖杯戦争とやらは参加しているサーヴァントからして例外塗れらしく、所々『本当は違うけど』という副音声が漏れている。
「なるほろ。で、その特殊バフがかかってるのは?」
「ユージーン、エリザ、エリス、アリシャ、
「ランちゃんを除けば、あのタイミングで身体能力が急変して戸惑ってた五人ね。もしかしてあれって、それ?」
「サーヴァント化による反動のようなものでしょうね。急激に上昇した能力に意識が追いついていないのでしょう。しばらくすれば慣れるかと」
「じゃあ現状待機、少なくとも攻勢には出れないわね」
サーヴァント化の条件を探ったりだとか、彼らと同じく人間だったジャック嬢が明らかにそのサーヴァントとして増幅された身体能力を使い熟している点だとか、ツッコみたい所聞きたい所が山積みなのはグッと堪える。条件に関しては、多分『英雄』としての伝承の縁か何かって所でしょうし。
ユージーンはジークフリート、エリザはエリザベート、エリスはジャンヌ、シェリーはフランケンシュタイン、ジャックは切り裂きジャック、ヴラおじはヴラド三世。アリシャとラン、セイバー少年とさっきサチたちを攫ってったキャスターは分からんけど、そう大きく外れてはいないと思う。
「……あ?人数おかしくない?もう十人いるわよ、サーヴァント」
さっきはスルーしたけど、セイバー少年の話に出た、ランサーと名乗るヴラドとバーサーカーと名乗ったヴラド。おまけにもう一人のジャック嬢も込みにすれば十二人いる。聖杯戦争って七人でやるんじゃないのん?
「……サーヴァントが七騎必要なのは、聖杯を稼働させる為に英霊の魂が七騎分必要だからです。一騎当たりの保有する魂が多ければ七騎捧げずとも聖杯が降臨しますし、逆に足りなければ数で補おうとするのでしょう」
「バフ組だと足りないのね。全部で何人とか分かる?」
「十四騎だ」
「うぇーいヴラおじクラスが十四人もいるんかい」
――こりゃ、ますますジャック嬢を引き留めないと厳しいな。
自陣のサーヴァント組は、ジャック嬢と脱落したランちゃん以外の五人。セイバー少年含めて六人。
対して敵はヴラおじ(バーサーカー)に未確認の二人、キャスター、ジャック嬢(二人目)の五人。
セイバー少年に確認したところ、ランサーの方のヴラドは既にバーサーカーの方のヴラドによって撃破されてるから、一応数では勝っている。
とはいえジャック嬢が二人揃って向こう側に付けば同数。しかも敵さんは最初から聖杯戦争に備えている。アリスを守るために急遽集められた私たちじゃ、戦略面からして既に大敗している。
正面戦闘での撃破は望めない。となれば搦手だ。
私たちの目的がアリス保護であり、聖杯には興味が、まあ無いこともないが優先順位は低い。ヴラおじがあんな行動に出た理由が聖杯にあるのなら、説得の次第によればアリスを取り返せるかもしれない。
「一応確認しておくけど、アリスかサチがサーヴァントに選ばれている可能性は?」
「……ない、とは言い切れないけど、限りなく低いと思う」
「んー?」
――とすると、なんで彼らはサチとアリスを攫ったの?
アリス一人なら納得出来るけど、サチと一緒にっていうのが腑に落ちない。ついでか、偶然近くにいたから、にしては手際良く感じたし。
……アリスとサチを攫った理由は別、とかかしら?アリスはリアル組への牽制や交渉材料にもなるし、サーヴァント組が勝手に帰らないように私たちがアンダーワールドに留まる理由にもなる。サチちゃんは……ちょっと分かんない。
「ジャックー。なにか心当たりあるかしら?」
「いえ、特には」
――嘘は……ついてないっぽいわね。
介錯班も作業が終わったという報告をエルドリエがしてたし、そろそろ何らかの行動を起こすべきだろう。相手の目的が不明瞭だが、立ち止まっていても状況は好転しない。
「――さて。どーすっかねぇ」
いつだったか、反転したステージを象ったボス部屋だった場所で、ヴラドを疑っていた時のような言葉を吐きながら。本当に立ち塞がってしまったギルマスに一杯食わせる作戦を捻り出そうと四苦八苦するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「……ここまで来れば、早々には追い付かれないかしら」
見てくれも音も際立っている宝具を引き連れて西に暫く飛び、イスタバリエス帝の別荘に辿り着いた辺りで漸く息を吐いた。
絢爛華麗な外見に反して全身何処に触れても切られるソードゴーレムに、人間を無傷で運ばせるという高難関の作業に気を使っていたというのもあるが……
「やはりなによりも懸念すべきなのは、抑止力の存在よね」
――ある程度定められた歴史を進めんと、その道筋を外れようとするものを排除する人類最大の味方にして最大の敵。
ライダーの真名や過去から推測するに、おそらくアレを味方につけることは不可能ではないでしょうけれど…… やはり『
人を後押しする形で顕現するならば、相手が例えただの人間でしかないとしても警戒しなければならない。
「だからといって、目に入る者全て鏖殺、という訳にもいかないのも悩ましい…… まさか万全を期したと思った直後に、剪定事象なんて案件や、それをスレスレで回避した英雄が召喚されるなんて流石に予想外よ」
アーチャーとライダーに関しては、対ソルスを想定して神性特攻を持つ織田信長と、確認出来たのは外見だけとはいえ過去に何故か召喚されていた堕ちた騎士王を狙ったのだが。
ライダーは並行世界の、それも未来の英雄で。相変わらずアーチャーは実体化も念話もしない癖に魔力だけは持っていくし。供給を要求するという事は召喚されているのは間違いないが。バーサーカーは心当たりがあるみたいだけれど、令呪にその余裕はない。
「……まあ、もう今更ね。幸いライダーの願いは聖杯を介さずとも叶えられたものだったし、セイバー、ランサーの願いはもう直ぐ叶う。ふふ、あとは私とバーサーカーの分だけ」
別荘の門を叩き、使用人が顔を出すまでの間にそう纏めて、緩みそうになる表情を引き締める。
セントリアに居を構える領主たる皇帝ではなく、その更に上に位置する最高司祭の急な訪問には相当驚かれたが、アリスと朔月の杯を強引に適当な部屋に閉じ込めておくことを口外無用と共に指示を出すと、社交辞令と共にようやく動き出した。
四帝国の誰よりも不死の研究に熱心であり、他の皇帝すら従わせんとしたクルーガではなく、ホーザイカを贔屓しておいただけあり、予め設置させた工房の雛形を拡張して拠点にすれば、消耗した魔力が回復していく心地よい感覚が身を包むだろう。
――尤も、その前に無粋な視線を寄越す無礼者を処断しなければならないが。
一体の異形の人形から三十本の神器へと変容させた剣群が、その半数が背後から迫る凶刃を弾き、半数が下手人を滅せんと宙を舞う。
嘗てセントラル・カセドラルで演じた剣舞とは違う重苦しい金属音と、手応えなく地面を縫う剣尖。
気怠げに背後に目をやれば、予想通り暗黒神ベクタが、自然体で剣を構えていた。
「背後から急所を一刺し。予め気取られてさえいなければ、模範的な暗殺の技だったわね、リアルワールド人」
「……お前は、ラースのスタッフか?それとも」
要領を得ない寒々しい問いを無視し、再び宝具へと魔力を回す。攻防に割り当てた数はそのまま、十五本の神器をそれぞれ前後左右と頭上から殺到させる。
例えどれだけ鍛え上げた技であろうと防ぐ事は叶わぬ、数に任せた戦法。突破するには同質の攻撃をぶつける他ないだろう。
全身串刺しで斃れる無様な姿を幻視して――それは叶わなかった。
ベクタの剣が放つ燐光。刀身が暗黒術の一種の触手染みた嫌悪感を催す動きで剣群に絡みつくと、意のままに動いていた黄金の武器が、熟れ過ぎた果実のように堕ち、溶け消えた。
「なっ――」
戦士としての気位のないクィネラが、戦闘の最中に発生した予想外の展開に思考が滞る。
クィネラが再起動を果たしたのは、滑るような動きで振われた一閃が、スキルに昇華された金属製の武器への防御プログラムと神秘の有無によって防がれたにも関わらず衝撃が貫通してきたショックによるものだった。
大きく吹き飛ばされた身体を空中で立て直す。追撃を警戒して神器を構えたが、意外にもベクタは棒立ちのまま。
「……お前は、何者だ」
「答える義理は無い!」
想像とは真逆の硬質の手応えに訝しんだだけだと判断。残った十五本の神器を上空で回転させ、加速させる。
魔術に携わる者にとって、発動した魔術というのは伸ばした己の手のようなもの。系統こそ違えど、製作したラースの想定すら置き去りにするほど神聖術を極めたクィネラにとってもそれは同様。宝具に繋がっていた魔力の線から返ってきた情報を分析、即座に機能不全の原因を特定し、神器を防御に使用する事は諦めた。
――敵の能力は、心意の吸収。いえ、あそこまでいけば最早『喰っている』と言う方が正確かしら。
なんにせよ、相性は最悪。術式による弾幕こそが本領の自分では、攻撃した端から吸収されるだけ。対して敵は、信仰と想念によって、つまり心意によって形作られる英霊の捕食者とも言える。
その事実に引き攣りそうになる表情を隠し、余裕綽々の態度を装う。本人がまだその事実に気が付いていないのと、流石に物質化した心意の吸収には時間がかかるらしいのがせめてもの救いか。
加速した神器を発射し、食い尽くされる前に離脱させ、追加で髪の先を素因の制御端末として氷、鋼、晶といった実体弾を重点的に叩き付けて時間を稼ぐことに専念し、その傍でワールド・エンド・オールターにいるライダーに念話を送る。
計画通りに進んでいるのなら、今頃もうオーシャン・タートルの全機能を抑えているはず。ベクタを強制ログアウトさせられれば。
『ライダー!緊急事態よ!今すぐやって欲しいことがある!』
『ごめん、今ちょっと忙しい!」
しかし返答は不能。切羽詰まった声に気になって、左目だけ視覚共有して――今度は、悲鳴を隠せなかった。
なんで、
『――なんで
『私が聞きたいわよそんなの!あイタぁ!?』
知名度補正皆無のライダーの身体を、知名度抜群の神霊たちの一撃が掠る。想像上の、それも人造の神であれ、アンダーワールド内で十分な神秘を持った彼らの攻撃は容赦なく彼女の霊格を削る。
『っ、令呪を以って命ず!一度やり過ごした後、万全の霊基で実体化なさい!』
ライダーと繋がっている令呪の二画目が弾けると共に視界が急変したのを確認して、安堵と同時に視界共有を解除する。
……とはいえ、状況は何一つ好転していない。寧ろ悪化している。
ライダーには頼れない。アーチャーは論外。セイバーは自害の禁止、一部情報の秘匿を命じて残った令呪一画で呼んだ所で戦力不足。やはりバーサーカーを呼び戻すべきだろう。しかし令呪は残り一画。そもそも彼のその宝具の性質上、不用意な令呪転移は禁じ手だ。
ならば、私のやるべきことは一つ。
『令呪を以って命じる。アサシンよ、然るべき時にバーサーカーを連れて転移!疾く!私を!助けてーーー!』
『わかった!ちょっと待っててね』
『なるべく早く頼むわよ!?』
剣群を溶かし、弾幕を掻い潜り、無表情で徐々に距離を詰めてくる相手にチュデルキンとは別種の生理的嫌悪感が湧き上がる。
村娘時代に見た、ラーススタッフの嫌がらせで実装されたとしか思えない某黒光りを目撃してしまった時と同程度の心境でさらに術式の濃度を上げれば、流石に効いたのか僅かに後退る。
「お前の、心は……」
若干傷付いたような表情を見せたベクタだったが、一瞬で引っ込んでしまう。それどころか、それまで以上の速度で進行し始めた。
「まだ足掻くか!」
本心とは裏腹の慢心した台詞を口に出して自身を鼓舞しつつ、弾幕を維持して宝具を取り寄せる。三十本中まだ武器としての使用に耐え得るのは残り二本。一度発射したら崩壊して暫く再使用不能になりそうなのが三本。
三本を回度外視で心臓に向けて射出し、二本は足元を払わせる。案の定急所に向けた鋒は塵に消えるが、両爪先を掠めた刃は土煙を巻き上げ視界を制限する。
だがその程度の煙幕は容易く切り払われる。ついに剣の間合いに踏み込まれた事実に冷や汗が隠せなくなるが、それはもう経験済のこと。
――だが、手札を隠し持っていたのは、クィネラだけではなかった。
ベクタの剣から発生する心意を喰らう輝きが、前触れなく伸びる。ビームの如く射程の伸びた一条を回避できたのは、クィネラをもってして『幸運だった』と言う他なかった。
そして、ただの『まぐれ』をそう何度も許すほど、ベクタは甘い敵ではなかった。
「ここまで近付けば、撃墜も回避も出来ないだろう。そのうえ、お前の魂は不味い。雑味が多く、そのくせ単調だ」
射角を取って術式を発射しようにも、近過ぎて相手の顎が霊核を喰い千切る方が早いだろう。平板な声で言葉を連ねたベクタは、心臓にその鋒を突き立てようとして、
――投擲音。直後、二人の頭上で小さな金属音が鳴った。
思わず上を向いたベクタの顔面に、白い煙幕が降り注ぐ。当然クィネラもその煙幕を頭から被ったが、死物狂いでベクタから離れるのに比べれば些細なことだった。
せめて工房の中ならとイスタバリエスの別荘の玄関口に滑り込むと同時に、外聞も気にせず玄関の床に手を当て、魔術を起動する。
完全に工房として機能するまでの時間を稼ぐべく再び弾幕を張ろうとしたクィネラは、ようやく割り込んだ
地面に転がっていたのは、黒く細い管の付いた、赤く塗装された金属製の円柱。煙幕――というより泡は、円柱の割れた部分から溢れていた。
「今のは……?」
まるで魔力の尽きた投影品のように消えたリアルワールドの物品に、更なる敵の介入を警戒したベクタが、その歩みを止め。
――
棒立ちのベクタの眼前に、紅い蝙蝠が集結する。見る見るうちに人程の大きさに膨れ上がったそれは、膨大な殺気を振り撒きながらヒトガタへと変貌する。
――天候を塗り替え。時を乗り越え。ワラキアより派生した『夜』が、此処に君臨する。
「――ほう。何かと思えば、また逢ったな。アメリカ人」
「……カズィクル・ベイ。ヴァンパイア。
――ヴラド」
「如何にも」
薄く微笑んだ
直感的に心意の捕食者である事を見抜いたのか、ヴラドは宝具である槍を掻き消し。
瞬間、剣と短剣が鍔迫り合う。
「おもしろい。余の名を識って尚、接近戦を臨むか!」
宝具でも魔力によって生成された物でもない、金属を鍛えて造られた黒鍵に似た短剣が火花を散らし、ベクタの一撃を防ぐ。圧倒的な筋力差でそのままベクタを空中へと弾き飛ばすと、着地を許す事なく隙だらけの腹へとそのまま槍を叩き込んだ。
「獲った!バーサーカー、宝具でトドメを刺しなさい!」
あとは宝具で心臓から杭を生やしてしまえば、耐えられる者はそうはいない。もう少しすればライダーが再度システムを掌握し、そうなれば別アカウントでの再ログインも遮断できる。
腹に大穴どころか、振り払われた余波で身体が上下に分断されたベクタ。放って置いてもそのまま天命が擦り切れそうな姿だが、念の為に追撃を命じた。
暗黒神の半身が杭に突き立てられる姿を待ちわびて。
「……変わった目だな、哀れな者よ。お前が好奇と恐怖を履き違えたのは、いつからだ?」
しかし、処断は下されず。最早死に体となった男に、ヴラドは話し掛ける事を選んだ。
そうなり果てて尚生き意地汚く足掻いているベクタは、それでも平常通りの声だった。
「……なんの話だ」
「よもや無自覚か。ならばこれはお前への慈悲と知れ。精々味わうがいい。
―― 『
今度こそ心臓から杭が、二万もの『死』を記録した心意が、ベクタの魂に突き刺さる。
虚な深淵に、赤黒い『死』が注ぎ込まれ。
果てなき虚無に、形を持った闇が満ち溢れた。
「……なんだ」
……それが人の形をしていたと分からぬ杭の塊は、残留した魂を震わせ。
「……そんな所にいたのか、アリー――」
その吐露を最後に。
ベクタは、アンダーワールドを後にした。
「ひっ。や、やめろ!気でも狂ったのか、お前!?」
「あ?俺が狂ったかだって?」
目覚めるなりポーカーに興じていたハンスとブリッグをあっさり射殺した男は、コンソールに縋り付いていた髭面の男に銃口を押し付けながら、哄笑した。
「違うな。狂ってんのは俺だけじゃねえ。
苛立たしく
「もっぺん言ってやるから耳の穴かっぽじってよーく聞けよギーク野郎。このIDとパスで日本のザ・シード連結体の総合ポータルにログインして、セーブされてるキャラをアンダーワールドにコンバートしろ。
ああそれと、中国と韓国にもアンダーワールド接続用のクライアントをばら撒け。いいな」
「ガハッ!で、でもよう、今システムは『白のライダー』とかいう奴にジャックされて、」
破裂音。激痛。
頬を撃ち抜かれたギーク野郎と呼ばれた男はしかし、のたうち回ることさえ許されなかった。
「……Yesと言えよ、クリッター。言いやすいように口を増やしてやったぜ?」
「わ、
「
IDの書かれた紙片を押し付けた男は、そのままSTL室へと入っていった。
ミラー隊長が許さないぞ、とせめて強がろうとした瞬間、STL室から響いた一発の銃声に、今度こそクリッターの心はへし折れた。