串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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第十三小節 レジェンド・オブ・ドラキュリア

 

 

 

 

 

 ――決して鍛え上げたとは言えない柔肌を、鋭い刃が打つ。

 切られはしない。スキルに昇華された防御プログラムが刃を拒絶し、あらゆる金属を跳ね除けるのだから。

 しかし逆に言えばそれは、金属だけにしか効果がないということでもあった。Aランクの筋力で振われた金属塊を叩き付けられ、障壁が軋み、肌には薄く痣が浮く。特にジャンヌ・オルタを降ろした少女は元々腕力任せの戦法を取っていたのか、槍を振るう一挙手一投足の全てが堂に入っている。

 術式や魔術を叩きつけ迎撃しようにも、命中弾の悉くを竜の小娘や何故か混ざっている絶剣に落とされ、終いには吹き飛ばして遠ざけた筈のフランケンシュタインによる雷撃で痺れる始末。

 切り札たるソードゴーレムはベクタ戦からの修復が間に合わず半壊しており、何かが琴線に触れてしまった絶剣(人間)によって数秒で解体されてしまう。混ざり物(夢幻召喚)未成品(幻霊召喚)などではない、本物の生きた英雄のスペックの高さに肝を冷やしただけに終わった。

 

「ま、待って、」

 

 電撃による痺れで一手遅れ。発生させた素因は形を成す前に撃ち抜かれ。防御プログラムが働くのは金属のみであると見抜かれたのか、ジャンヌオルタに槍の柄で殴り付けられた。致命傷こそ負ってないものの、未だという副詞がつく状態にまで追い込まれてしまっている。

 朦朧とし始めた意識で、真っ先に思い浮かんだのは三百年以上前の光景。満月の森で出会った、運命の夜。

 

「バーサーカー、助けて、バー」

 

 誰の耳にも入らないだろううわ言は、爆風で掻き消えた。ここまで飛んできた細かい氷の破片に反射的に目を瞑って。

 次に視界に入ったのは、己の身体を貫かんと迫る熱素の矢だった。

 

「――ッ!?」

 

 自身の死因たる熱に、その瞬間に感じた怒りが、絶望が、想起される。

 ――大丈夫。この身は所詮仮初め(サーヴァント)。本当の意味での(消滅)はあり得ない。

 そう頭では理解しても、『死』を拒絶する身体が、心が、がむしゃらに迎撃を行う。必死に打開策を探る(走馬灯を見せる)

 ――今の私が死んでも、アンダーワールドが存続する限り、『次の私』を召喚出来る。だから殺されても、私は死なない。

 

 ……本当に、そうだろうか?

 

 ふと、記憶にあるチュデルキンの姿を取ったダレカが謳う。

 誰が好き好んで『アドミニストレータ』を呼び出すだろうか?一度は己を殺させるという目的もあったとはいえ、利己心と支配欲に任せて人界を支配した、この私(アドミニストレータ)を。

 サーヴァント召喚についての詳細は、四皇帝のいずれかがカセドラル最上階の偽工房に辿り着けば掴めるようにしてあるが、私がいなければ人界の支配者は彼らとなる。邪魔な『最高司祭』の召喚を試みる可能性は限りなく低いだろう。

 アンダーワールド人の召喚は、他者のライトキューブに刻まれた記憶やメインビジュアライザーに焼き付いた記録を『座』として再定義することで実現している。故に通常の英霊召喚より難易度が大幅に低下する分不完全であり、あまりにも期間が空き過ぎてしまえば、それは完全な『消失』すら招くだろう。

 

「……いや。そんなのイヤ。助けて、」

 

 死の恐怖というトラウマに思考が囚われ、最悪の予想が脳裏にこびりつく。

 だが、いくら拒否しても炎は消えず。

 討たれるべき悪を焼き尽くさんと。死ぬべき存在を黄泉へと封じ込めんと、炎が身を包み込む。

 

「バーサーカー。バーサーカー!」

 

 彼が本領を発揮できるように。私が思い出に浸るために。術式によって塗り換えた天に浮かぶ偽りの月に、凄まじい勢いで火傷が這い回る手を伸ばす。

 ()()()、私はまだ、何も。何も貴方に、返せてないのに――

 

「バーサーカーー――」

 

 

 

「――何だ、騒々しい奴め」

 

 頭上から水素の術式が降り注ぎ、身を焦す火が消え去る。

 命を絶たんと繰り出された槍と刃は、あの夜の様に無手なる血肉によって阻まれた。

 

「な、おじ様!?どうして、こんな奴に、」

「……すまんな、エリザ。だが俺としても、此処をそう安易と通らせる訳にはいかないんでな。

 なにせ、誰かの願いを叶えてやるなどと嘯いてしまったのは、これで()()()だからな」

 

 ――苦笑を浮かべるのは、鮮血の月光。

 一体如何なる手を使ってユージオとジークフリートの宝具の波を踏破したのか。霊核はほぼ崩壊し、宝具たる槍すら現界させられないほど消耗し尽くした鬼は、それでも、そこに立っていた。銀髪と白衣の少年は、あの夜と同じように、その約束を違えんと君臨する。

 此方の戦場に割り込んだことで、いつの間にか逃げられていたことに動揺するセイバーらの宝具発動を防いだバーサーカー。『ヴラド』への変化も不可能な程の重傷でありながらもそれでも外側だけは整え、虚栄の災厄は舞台装置を担う。

 

「さあ臆さずかかってこいよ。でなくば、こっちから征くぞ!」

 

 今にも崩れ落ちそうな霊基を強引に引っ立て、その身に刻まれた暴風となる。

 だがそれは当然、長くは持たない。瀕死の身の上で挑んだ一対六という絶望的な数の差もあるが、なによりも問題なのは、バーサーカーが『彼』の姿をとっている事実。

 彼が『彼』である限り、その戦闘能力は『ヴラド』の名に纏わる力を()()()()()()()()引き出しているものに過ぎない。

 幸いまだ敵には気付かれていないだろうが、このまま放置すればバーサーカーは『極刑王の血を引く鋼鉄の浮遊城の英雄』から、『奇跡の残滓に縋り付くただの迷子』へと巻き戻ってしまう。無辜の怪物の幻影が底を尽き、その枯れ尾花(正体)が露呈すれば最後。彼の悲願は、永遠に到達する事のない過去へと追いやられるだろう。

 

 ――それはダメだ。それだけはダメだ。

 

 嘗て私は、地獄(未来)を見た。

 通り過ぎた地獄(過去)を見た。起こる筈だった地獄(可能性の未来)を見た。

 故に私は救われた。始まりは偶然と気紛れだったのだろう。いずれ彼の友に癒えぬ傷を付ける女など、いつでも一捻りできるが故の余裕の戯れだっただろう。

 それでも。手慰み程度の気持ちであろうと、横暴な政略の果てに愛無く生まれ落ちた私に。歪んでこそいたが、支配ではない、無償の『愛』を教えてくれた、兄の様な人。

 そして、なら。己という存在が消え去ると知っていてなお突き進まんとする愚かな人を、私が救わなくては。

 

 ……無意識に、右手の甲――残り一画の令呪を撫でる。

 この令呪を『計画』通りに使えば、バーサーカー――ブライアンは、完全に『ヴラド』へと変わり果ててしまう。己を忘れ、輝きと後悔だけを胸に暴れ回る、ソードゴーレム(実験機)と何ら変わらぬ、『吸血鬼』と成り果て、成って果てるまで暴れるだろう。

 だが使わなかった所で、バーサーカーが消えてしまう事実には変わりがない。残るのは、私と過ごした三百年を覚えていない、後悔に狂った老人だけ。

 きっと、彼らにとってはそれがハッピーエンドなのだろう。魔女(アドミニストレータ)に狂わされた老騎士(ヴラド)を力を合わせて取り戻し、お姫様(アリス)を連れ帰ってエンディング。なんて素晴らしい終わりだろうか。赦されるのなら、私もそちら側にいたかった。

 でも私は知ってしまった。彼の見た、在り来たりで向こう見ずで、それでも尊い輝きを。何もかも喪って、漸くそれに気が付いてしまった後悔を。

 ……だから、私は叶えよう。貴方の最後の望みを。

 その選択がバッドエンド驀地(まっしぐら)であろうと。私はあの夜、貴方の助けとなることを誓ったのだから。

 

『……ライダー、計画を前倒すわよ。準備はいいかしら?』

『いやまず自分の心配をしなさいよ!?パス越しでも分かるくらいにボロボロよ、貴女?!』

『霊核さえ無事なら全て擦り傷よ。それよりライダー』

『……何時でもいいわよ。場を脱したら令呪でも何でも使ってちゃんと治療しなさいよ?』

 

 その令呪はとっくの昔に使い切ったのよね、と、数少ない召喚に応じてくれた純正の英霊に心の中で苦笑混じりに詫びながら。令呪を起動した。

 

「――全ての令呪を以ってランサー、バーサーカーに命ず」

 

 ――未だにバーサーカーとの縁により、完全には聖杯に取り込まれていないランサーに()()()()()()()()()令呪を三画と、バーサーカーへの最後の一画。

 右腕全体が赤く発光し、マキリの術の真似事で後付けした魔術回路が火傷の下で騒めく。

 そんな些末な痛みなど無視し。心が訴えるそれ以上の痛みを堪えながら。訣別の印を、此処に告げた。

 

 

「――バーサーカーよ。ランサーから譲渡された宝具『鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)』を、完全に己の物とせよ!」

 

 

 ――変化は、直ぐに発生した。

 

 

「いいだろう。なら俺は」「我が血我が身我が名に纏わる落陽へと至ろう」

 

 少年の肌に皺が刻まれる。

 髪は伸び。牙は尖れ。身体が変化していく。制服は優雅な貴族服へと代わり、その内は血肉ではなく、質量を持つ影へと成り代わる。

 これまでの様な変化スキルによるものではなく。宝具――それも、百年にも渡って幾度となく描かれ、恐れられ、凡ゆる姿形立場を持って人々の伝承へと、災厄の象徴へと到達した『御伽噺』が、バーサーカーの霊核へと流れ込む。

 

「まずい!」

 

 古典的な情報隠匿法――気取られては困る情報とは別に隠した物を敢えて見つけさせる事で、全て見切ったと思い込ませるやり方で敵将の意表を突く。唯一令呪による宝具のブーストに反応できたセイバーがバーサーカーへと斬りかかる。ほぼ最速での反応だったが、それですら手遅れだった。

 破損し優先度が低下しているとはいえ神器たる青薔薇の剣の一撃に合わせた手刀。本来であれば勝負にすらならない激突は、セイバーが大きく弾き飛ばされたことで決着する。

 

「おいオッサン!あんたいい加減に、」

 

 今更敵将(ピトフーイ)が食って掛かるが、もう遅い。

 ……何もかもが、もう手遅れだ。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎――――ッ!」

「…………は?」

 

 言語になっていない咆哮と共に繰り出される拳。呆けて動けなくなった彼女を守らんと慌てて割り込んだジークフリートとデオンが防ぐが、その圧倒的な身体能力差に紙切れ同然に吹き散らされる。

 

「貴方……貴女、本当に何をしたのッ!?」

「私は何も。強いて言えば、やったのは()()()()よ」

「ワケ分かんないこと言ってはぐらかさないで、ハッキリ言いなさいよ、この魔女ッ!?」

「魔女……魔女、ね。いい響きだわ。私に相応しい蔑称ね」

 

 自虐混じりに返せばエリザベートが怒りと共に銃撃してくるが、それすらも空間転移染みた俊敏さで戻ってきたバーサーカーによって全弾防がれる。

 その時、バーサーカーの瞳を覗く機会があったが、私には目を合わせようとする意思すら湧かなかった。

 ――もう彼の瞳には、誰も映らない。従者でさえ、友でさえ、敵でさえ。……私でさえ。

 

 ――『鮮血の伝承』。

 一度発動させれば、幾つもの弱点を得ることと引き換えに、例え神代の英霊が束になろうと圧倒するだけのスペックを得られる宝具。

 しかしそれは、己の中に『ドラキュラ』という存在を容認する事に他ならない。己の記憶を浸食する他者の記憶――想像しただけで吐きそうになる不快感。自分に自分以外の何かが混ざり、挙句乗っ取られるなど我慢出来る筈がない。

 しかも彼の場合は、更に事情が異なる。『ヴラド三世』であれば、混ざるのはその真名に紐付けられた『ドラキュラ伯爵』のみだろう。

 ならば、『ヴラド十五世』ならどうなる?

 最早『ドラキュラ』が伯爵個人を指す固有名ではなく、吸血鬼という種族名へと変わった世界にて。仮初であろうと吸血鬼として恐れられた彼が『鮮血の伝承』を、()()()()()()()()()()()()()()()を受け入れたとすれば、どうなる?

 簡単な話だ。()()()()が、たった一人の魂に流れ込む。

 矛盾を内包し。精神性が食い違い。果ては能力の程度すら異なる存在が、ただ『吸血鬼(ドラキュラ)である』という点のみが共通しているという理由で、容赦なく彼の霊基を塗り潰す。人の数だけの夢想に潜むドラキュラ(キャラクター)により、自分が誰で、何だったのか――それすら、消えていく。ただ、忘れてしまった誰かの輝きに手を伸ばした燃え滓のみが、彼がそこに居たことの痕跡として遺る。

 こうなってしまえば、()()()英霊如きには止められない。ジークフリートの鎧をその防御力の上から殴り潰し、エリザベートらの射撃は影すら捕らえられない。

 英雄、人間の区別なく、一方的で阿鼻叫喚な蹂躙劇。この世界が本来辿る歴史の過程(アンダーワールド大戦)であれば一人で戦況を左右する存在たちが、ものの三十秒で戦闘不能へと追い込まれた。

 ()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「……やはり時期尚早、か」

 

 敵はまだ存命であるというのに、バーサーカーは行動を止める。疾うの昔に理性もなく、希望もなく、理想すら夜闇に溶かしたというのに、嘗て戦場を共にした者たちにトドメを刺せないでいる。

 それ以前に、六騎の英霊と人間七人、整合騎士二人を無力化するのに三十秒()かけている時点で、想定より戦闘力が低い。

 

『ライダー。もっとよ』

『まだやるの?!もうバーサーカーの霊基は限界、いえ、今この瞬間に決壊してもおかしくないのよ?!』

『元より承知の上。それに崩壊しなければ、サーヴァントの殻程度に収まってしまう程度で終われば、彼の目的は達成できない』

 

 更なる心意の追加の指示に、ライダーは悲痛な声をあげる。

 

『だからってこれは、限界まで水の入った密封容器に更に水を注いで無理に容器を押し拡げる様なものよ?!』

『冠位抜きでの『獣』の打倒には、その水を総て飲み干してなお余裕が必要よ』

 

 ――嘗て、記憶の彼方に垣間見た滅亡(救済)。遥か過去の、安全が確約された他者の視点越しに見てなお、魂に酷く焼き付けられた存在。

 アレを、人類悪としか形容しようのない慈悲深き魔女を打倒するには、この程度では全く足りない。

 

『クィネラ…… 貴女は、本当にそれで良いの?だって、貴女は、』

『全て手遅れよ。全て、凡て、総てが、ね』

『……分かったわ』

 

 ――偽りの夜空を、雲が流れる。

 この世界にログインした、総てのプレイヤー。

 この世界に住う、全ての住人。

 その心に潜む闇。恐怖が、狂気が、畏怖が、殺意が、慟哭が、嘆きが、血の雨へと変換され、降り注ぐ。

 特に、リアルワールド人の中の『ヴラド像』は、殊更濃く降り注いだ。

 アインクラッドでの蹂躙劇が。アルヴヘイムでの伝承劇が。ガンゲイルでの無双撃が。

 それら全てに於いて、万民が無責任にも吸血鬼と紐付け、恐怖する『ドラキュラ像』が、本来の『ヴラド十五世(ブライアン)』と入れ替わる。

 ……まさしく皮肉ね。

 同一の方法で、他者のフラクトライトに存在するイメージを抽出する、黒の剣士を唯一治療可能な方法と同一の理屈で最悪の敵を降臨させたのだ。STLに繋がれた対象の詳細な魂を記録した三人のみか、ログイン端末の良し悪しを無視して数万人から粗悪なイメージを抽出したかの規模や精度の違いはあれ、これ以上の皮肉はないだろう。

 

「さあ、バーサーカー。聖杯戦争を幕引くとしましょう」

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎…………」

 

 ――掌から、形を持った血が溢れ出る。

 「無限槍」と誰かが呟いたそれは、アインクラッドでは己の血肉(体力)と引き換えに、幾本もの槍を生成するスキル。

 人間の範疇に収まっていた当時ですら畏怖の対象となり、何体もの凶悪な敵モンスターを屠ってきた杭が、無限の命によって、ついにその本領を発揮する。

 

「やりなさい、血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)

「ッ、やめ、ろ――――」

 

 今更止めようとでもしたのだろうか。全身滅多撃ちの赤コートの少年が飛び出した。

 

 無謀にも身体から溢れ出る杭の奔流に手を伸ばし――屍を晒す事もなく、砕けた杭の破片の山にぶつかって突き飛ばされるのみに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「な、バーサーカー!貴方、まだ迷っているとでもいうの?!」

 

 最高司祭の叫びが続く前に、足に力をいれる。

 たった腹に拳が一発沈んだだけだというのに膝が笑い、脱力してしまう。呼吸し、体幹を意識するだけで全身を激痛が貫く。

 まるでダークテリトリー全ての軍勢と、リアルワールドの暗黒面を全て一つに煮詰めて固めて、ヒトガタに練り直したようなバーサーカー。視界に入れるだけで指先が震え、自ら剣を折って許しを乞いたくなってしまう。

 ああ。それが出来たらなんと楽なのだろうか。

 それでも。それは出来ない。

 

 ――私は、貴女を信じる。

 

 サチから受け取った言葉が、不思議と背骨を真っ直ぐに伸ばす。剣を握る指を離させてくれない。

 ――恋敵だというのに。自分で思うより私は、単純だったのかもしれませんね。

 

「は――あああああぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 血の雨の中、どこから紛れ込んだのか小さな羽が降ってくる。

 それが目の前で溶けて消えたのを切っ掛けに、全霊を込めて地面を蹴る。魔力放出で背を押し一歩で距離を詰め、棒立ちのバーサーカーの首へと剣を逆袈裟に振り上げた。

 土壇場で動き出したバーサーカーだったが、刃は抵抗なく肉を食み、()()()()()()()()()

 

「な、ど、どうやってサーヴァントにダメージを!?」

 

 混乱する最高司祭の指示を待つまでもなく腕を再生させたバーサーカーが反撃に移る。

 右腕を大きく背後へと引き絞る予備動作。下手に避けようにも掠っただけで鎧ごと肉が抉れ、距離を取っても間合いが伸びて追ってくる徒手による刺突。イーディス殿と旗を持った少女を纏めて撃破した技が、今度は私一人に対し向けられる。

 ……だが嘗められたもの。一度見たことのある技ならッ!

 向かって右側、バーサーカーの左側に潜り込む様に滑り込む。攻撃前に回避行動をとってしまえば理性なく振るわれた力任せの一撃など届かず、流れで片足の膝の腱を叩き斬ってやれば一瞬バランスが崩れてたたらを踏んだ。

 ……やれる。どれだけ素早く、力が強くても、攻撃行動前に見切って仕舞えば!

 剣を大上段に振り上げる。バーサーカーはまだ抜手を放った姿勢のまま。

 ――殺った!

 確信と共に振り下ろし、

 

「ダメだ、アリス!!」

 

 割り込んだユージオに、体当たりで弾き飛ばされた。

 なにを、と問おうとして。

 

 外套の内側から生えた杭に刺し貫かれたユージオが、口の端から血を垂らしていた。

 

「ゆ、……ユージオ!?」

 

 ――隙に見えたのは誘いだった。この男は、最初からこれを狙っていたというの?!

 手刀の横薙ぎを紙一重で受け流し、ユージオに刺さる杭を根元から切断する。一撃で切れたが、ユージオが崩れ落ちるよりも先に杭が砕け落ち、傷が露わになる。出血を止めていた楔が消えたことで、天命が容赦無く流れ出ていく。

 

「待っててください、今治療を、」

「それは、後だ!」

 

 だというのにユージオは、本人が自称するように化物染みた生命力で起き上がると私を抱えてバーサーカーから素早く距離を取った。

 直後、爆裂音。直前まで私たちがいた場を踏み抜いた余波が、それだけで整合騎士の全力の一撃を受け止めたのと同等の衝撃を走らせる。それは赤いコートの少年が咄嗟に足踏み(震脚)で発生させた衝撃によって打ち消されたが、完全に拮抗することは叶わず吹き飛ばされた。

 

「……また。また貴様か、ユージオ。また貴様らが邪魔をするのか」

 

 僅かな衝撃ですら血が噴き出る死に体のユージオ。構図はカセドラル最上階の、あの時と同じ。

 憤怒に顔を歪ませる最高司祭。あの時ソードゴーレムを差し向けたアドミニストレータは、今回は右腕の袖を捲り上げた。穴の空いた赤い紋様が刻まれた火傷塗れの腕が、突如強く発光する。

 

「もういい――令呪を以って命ずる!自害せよ、セイバー!」

 

 一際強く輝いた一画の紋様が、弾ける。

 アリスには知るよしもなかったが、行使されたのはサーヴァントに対する絶対命令権。膨大な魔力が、パスを通じてサーヴァントの霊核へと流れ込む。明確にして瞬間的な指示は、どうしようもないほどの強制力を持ってセイバーへと届いた。

 

「ユージオ!?」

 

 直感的に、最高司祭がユージオに悪しき術を掛けたのは分かった。庇おうと一歩前に出て、しかし守りたかったユージオが自ら出てしまう。

 そして――猛然と、アドミニストレータへと切り掛かった。

 

「はぁ?!また想定外――くっ!」

 

 咄嗟の事態に防戦一方になるアドミニストレータ。防御など一切考えていないが捨て身の太刀筋を前に、互いに裂傷が刻まれる。

 

「いい加減にしろ、セイバーッ!!貴様は本来であれば、バーサーカーの不死性を見せ付ける、ただそれだけを為せばよかったものを!?それを、令呪に逆らった上で私に反逆しようなど」

「これは反逆じゃないさ」

 

 反撃の横薙ぎを素直に受け入れるユージオ。代わりにアドミニストレータの片腕を切り落としたセイバーは、血反吐と共に吐き捨てた。

 

「僕じゃ貴女には絶対に勝てない。ならこれだって、立派な自害の形だろう?」

「ふ、ふざけるな!?そんな道理が通るか?!何故そうも抗う、セイバー!?」

「――それが!僕が今、ここにいる理由だからだッ!!」

「ッ?!」

 

 その台詞に、最高司祭が怯む。嘗てその身体を破壊したキリトの姿が重なって浮かび上がる。

 

「だ、だとしても、それに意味はない。望み通り殺してやる!」

 

 しかし、それでもそれまでに受けていた傷に差があり過ぎた。悪く見積もっても半死半生止まりの最高司祭が力を込めてしまえば、良く見積もっても瀕死のユージオに生き残る術はない。助けに入ろうにも、そちらに行くことはバーサーカーの横を通り、背を向けることを意味する。前触れ無しの技を有するバーサーカーの横を擦り抜ける難易度は無謀という他なく。ユージオの腹に食い込んだ剣が鎧を破り、肉に食い込む音を聞くしか、私たちに出来ることはなかった。

 ユージオの直接の死因でもある神器(宝具)『シルヴァリー・エタニティ』は、彼の生前同様にその身体を真二つに――真二つ、に……

 

「なぜだ……何故死なぬ!?」

 

 ――英霊は生前の死因が弱点となる。ならばユージオに対し最高司祭が剣を振るうなら、即死しなければならない。

 どうやらユージオ本人も理由を知らぬ様で、不思議そうな顔を覗かせている。

 どうにか助けなければ、あの時と同じ結末に至る。何かないかと唇を噛んでいると、ふと、小さな違和感に気が付いた。

 

  ――いつの間にか、雨が止んでいた。

 此処が地獄の最下層とでも言いたげに滴っていた血の滴が降り止み、霧すら晴れて赤い月がよく見えた。

 サチの神秘的な瞳とも異なる、魔物の眼のような月が()()

 

 

 

 突如。轟音と共に伸び上がった闇色の柱が、偽りの月夜を、新月の夜空へと塗り替えた。

 星一つない、けれど暖かさを感じさせる、無限の夜空。

 

 ……まさか。――まさか!?

 

 柱の根本は、十数メル離れた馬車の傍にいる、一人の痩せた青年。

 そこには、片腕を喪った少年が俯きながらもその両足で立ち。左手で掲げた剣から漆黒の光が伸びて、空を貫いていた。

 

 ――微風に揺れる、少し長めの前髪。穏やかな笑みを浮かべる顔は、見つめ返してくる瞳は、ずっと待ち望んでいたものだった。

 

 

 

 

 

「――ただいま。みんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














 ――数メートル先すら満足に見通せぬ濃霧の中。ナイフが幾たびも激突し、小さな火花を散らす。
 メスの弾幕の残骸は辺りに散らばり、しかしダメージを示す血痕はない。隠密、索敵、強襲の癖が完全に一致してしまっているばかりに、出す一手一手が全て重複してしまっている。
 一刻も早く敵を討ち倒さなければいけないと焦る一方、時間はただ無常に過ぎていく。それは相手にとっても同様なのか、鍔迫り合いの果てに互いに弾き飛ばし合いながらも、言葉を投げかけられた。

「分かってたけど、やっぱり決着つかないね」

 図星を突いたそんな声に、どう返すべきか一瞬迷う。
 単純なステータス(身体能力)であれば、純サーヴァントであり、魔性でもあるジャック(私たち)が圧倒的だ。
 しかしスキル(技術)ならば私に分がある。『霧夜の殺人』は相殺しあい、『情報抹消』は互いに本人である為に無意味。しかし、ジャック(私たち)から別れ、成長を得たジル()は彼女の持っていないスキルを持っているし、戦闘経験も彼女に比べれば遥かに積んでいる。
 とはいえ経験値に関しては『私たち』もこの戦闘を通じて学習し、身体能力についても夢幻召喚による置換が進むに連れて上がっている。泥沼化は避けられそうにない。

「……だとしても、私は貴女を倒さないと」
「え?どうして?」
「……――え?」

 ピト側も佳境なのか、何かが切り替わってしまう感覚があった。ヘドロの中より産まれ落ちた存在だからこそ感知出来る膨大な『負の心意』が一点に集中し、凡ゆる者にとって致命的な何かが生誕した気配があった。
 目紛しく悪化の一途を辿っていながら、何一つロクに読めない状況に流れる冷や汗は、返ってきた言葉に脂汗に変わった。
 予想外の切り返しに唖然としていると、アサシンはナイフを持ったまま器用に指を折って数える。

「だって、わたし(あなた)()()()()()なんだよ?わたしたちは、わたしたちがわたしたち(ジャック・ザ・リッパー)だって証明するために、わたしたち以外の『ジャック・ザ・リッパー』を殺さなきゃいけないけど、わたしはわたしたち。じゃあ殺す必要はないよね?」
「……聖杯への願いは?」

 暗に『私に攻撃されたからやり返しただけ』という子供の喧嘩同然の理由で殺し合っていた事が判明し、若干気不味くなって、聖杯への願いを聞いてみる。
 わたしたちの願い――胎内回帰願望。とはいえ数万以上の子供たちの入る『母』ともなれば、それこそ聖杯に頼るしかないだろう。

「うーん、それはまだ考えちゅー。じゃあ今度はわたしたちからきくね。
 ……ねえ、()()()わたしたち(救われなかった子供たち)から、唯一抜け出せたわたし」

 答えをはぐらかしたアサシンが、軽快なステップで近付いて来る。そこには一切の殺気は感じられず、寧ろ外見年齢相応の好奇心があった。
 顔が触れ合うほど接近したアサシンが、問うてくる。

()()()は、誰?」
「――はい?」

 質問の意図が把握出来ずに聞き返すと、『私たち』は言葉を続けた。

「わたしたちは、()()()の願いをききたいの。あなたがお兄さんとどんなお話をしたのか。どんな風にすごしたのか。
 教えてよ。だってあなたは、」

 パッと離れた『私たち』。
 その顔には――悔しさと嬉しさとが入り混じった、笑顔が浮んでいた。

「だって、あなたの誕生は祝福されたんでしょう?『ジル・フェイ』。
 わたしたちは無名。つけられた名前もなく、つけてくれるおかあさんだっていない。
 でもあなたの前にはおかあさん――ううん、あのお兄さんがでてきた!あなたに、あなただけの名前をつけて、一緒にご飯を食べて!一緒に難しいことを乗り越えて!ああ、きっと楽しいんだろうな!」

 ――ジャック(私たち)は、数万以上の見捨てられた子供たち。ホワイトチャペルで堕胎され、生まれることすら拒まれた胎児達の怨念が集合して生まれた怨霊。
 だからこそ、『わたしたち』は母を求める。
 そして私は、母こそ得られなかったけれど。母に、社会に否定された私を肯定してくれた人がいた。温かな家庭を知って。当たり前の幸せというものを知って。

 そして。

 そして、私、は、――

 ……私は、彼に『母』を求めてしまった。
 私を『ジャック(私たち)』と呼ばず、『ジル()』と呼んでくれた彼の腹に、ナイフを突き立てて抉った。きっと『わたしたち』の戻れる場所があると、そう信じて切り開いて。
 あったかかった体はどんどん冷たくなって。血の流れる音が、心臓の音が、どんどん遠くなって。
 今更人殺しに嫌悪感なんて湧きようがないけれど。それでも、あの時の大切なナニカが溢れて流れていく感覚は、嫌だった。

 ――あの時は、ギリギリお医者さんが間に合った。殺しかけてしまった私は、初めて自分のしでかした事が怖くなって。それでもあの人は、私を守ってくれた。偶然調理中に手を滑らせたって嘘をついて、私を庇ってくれた。
 その晩、私はあの人の過去を聞いた。あの人の狂気を知った。あの人の、後悔を知った。
 ……でも私には。そこまでしてもらっても、なにも返せなかった。正確には、与えられるものはあった。サーヴァントという、聖杯戦争への参加券。ただしそれに価値を持たせようとするなら、前提として彼の願いを、『この世界の未来(彼の過去)を変える』という願いを踏み躙る必要があった。
 だから私は、ジル・フェイ()として生きるのが、あの人へのたった一つ、返せるものだと信じて。ジャック・ザ・リッパー(サーヴァント・アサシン)としての『わたし』など、『運命の物語』との偶然の一致でしかなく、彼の世界の過去に存在してもおかしくない存在であるとして。一生懸命、楽しく生きて。

 ――だっていうのに。それだっていうのに、世界はやっぱり残酷で、醜かった。


 ……二十年前のアリマゴ島。運命の前日譚、全てが始まるあの島で。あそこでなにもかもが狂ってしまった。
 どうしようもなく弱々しい子供であっても。私を人間(ジル)と呼んでくれたあの人は。あの晩に、煉獄の炎に消えてしまった。
 遺ったのは、過去を、可能性を。異聞を、聖杯を求めて彷徨う怪物。私をサーヴァント(ジャック)と呼ぶ、哀しき屍竜。
 ならばせめて聖杯戦争さえ起こればと望み。けれどそれすら果たされることなく。
 奇跡は消え。魔法は無く。希望は業火に燃え尽きた。
 だというのに、無価値なサーヴァント()だけが。いつまでも未練がましく残っている。
 それは。それは、きっと――


 …………ああ。なんだ。そんなことだったのか。

「……ね。答えはでた?」

 救われなかった私たち(ジャック・ザ・リッパー)が、私の顔を覗き込む。いつの間にか涙を流していたのか、視界に入った表情はぐちゃぐちゃで見えなかった。

「――ええ。答えは得ました」

 乱雑に涙を拭う。ずっと残っている傷跡(ジャック・ザ・リッパーの証明)が、指先に僅かに引っ掛かる。

「……私はきっと、彼の選択を無かったことにしたくなかった。
 怪物を自称した、独りぼっちの少年の選択を。わたしたちと似た、独りぼっちだったからこそ成り果ててしまった彼の選択を」

 ――わたしがホワイトチャペルの亡霊であると知って受け入れたことも。
 ――彼がわたし(ジャック)を、(ジル)にしてくれたことも。
 ――彼の祈り(アヴェ・マリア)が、外法でしか届けられないと知った慟哭すら。
 優柔不断で、カッコつけの少年。一人では何もできない非力な少年。彼が何かを決定するときは、いつだって()()()()()()()のためだった。実現することなく、無駄であっても。後悔に溢れ、愚かであっても。誰もが、それを悪と糾弾しても。
 私だけは。その選択は、その在り方は。決して間違っていなかったのだと。

「だから私は、『私たち』であり続けた。ジル・フェイでありながら、ジャック・ザ・リッパーであり続けた」

 聖女でさえ救えぬ地獄の底の存在に変質した少女を拾い上げた、怪物(少年)の選択を。
 抹消された筈の悪霊と共に戦火を踏み潰す、怪物(少年)の選択を。

 ――力が抜ける。サーヴァントとしての、魔性としての超常の力が、身体から抜けていく。
 同時に胸の中央で黄金の暗殺者のクラスカードが実体化し、存在が濃くなる。目前のアサシンのサーヴァントよりも、いや、アサシンの霊基を喰らってより濃くなり続けている。

「『私たち』も『わたしたち』も、幸せを求めてはいけない存在。所詮は泡沫の夢。なら私は、私にとって一番都合の良い道を選ぶ」
「……でもいいの?それは、なにも変わらない、今のまま。中途半端なままってことだよ?」
「いいんですよ。過去を忘れられぬ男と、過去を忘れてはならない女。同じ過去に囚われ、終わり(始まり)を迎えることの出来ない者たち。
 なら、あの人の従者として。妹として。娘として。同じ囚人の方が似合っているでしょう?」
「ふぅん……」

 最早ハリボテの姿のみが遺ったアサシンを前に、クラスカードを握り締める。

「ならば、答えましょう」

 『生きたい』という前提すら持てなかった、暗黒の箱庭の住人にして主人にして犠牲者。『ジャック・ザ・リッパー』に取り込まれ、可能性に取り込まれた反英霊。そんな彼女に向けて、精一杯の悪い笑顔を向けて宣言する。
 英雄を定める『世界』に、招び出す聖杯に向けて宣戦布告する。

「――我が名はジル・フェイ。()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 ――あらゆる噂に、伝聞に、推理に、喧嘩を売る。
 名前の無い一人一人、世界に個体としての存在が認められていない存在から、その伝承(切り裂きジャック)を取り込んだまま、一個の人間として成り立ってやったぞ、と。
 そして、どれだけ突拍子が無けれど、前例があるのであれば。聖女にすら殺すしかなかった、救えなかった『わたしたち』でも、いずれ救われる可能性があるのだと。押し付けの救いではなく、自分だけの人生という全く別種の救い(地獄)が。
 無論、楽な道のりではないだろう。永い刻が必要だろう。それでも、不可能ではない。
 握り潰していたクラスカードが眩い輝きを放ち、再び夢幻召喚を――否。座の英霊と己を置換するのではなく。不確定な『ジャック・ザ・リッパー』の座と、()()()()
 幼少の頃とも違う、さっきまでの徐々に置換されていたものとも違う、溢れ出る力に任せてナイフを引き抜く。

「……さあ。本物の証明をしましょう」
「うん。そうだね。わたしたち(ジャック・ザ・リッパー)がわたしたちだと証明するためじゃなく。わたしたちが、私たちだって証明するために!」


 ――勝負は一瞬。一撃で決まる。


「此よりは地獄。わたしたちは、炎、雨、力!」
「霧の都。私たちの地獄は此処から!」

 ある程度は制御されていた暗黒霧都(ザ・ミスト)が暴走し、容赦なく辺りを覆う。最早どんな機器もスキルも、この霧を晴らす事は叶わないだろう。
 そんな中で、気配遮断など知ったことかと声を張り上げて真名開放を唱える。
 救う為に。救われる為に。己の真名を声高に絶叫する。

「殺戮を此処に!」
「終わりも始まりもなく、ただ無意味な解体の繰り返し!」

 そして。今、此処に()()事件が成立する!

「「―― 『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』!!」」

 殺到する黒色の魔力が相手に纏わりつき、同時に腹部を弾けさせる。解体され、臓器を強奪され、血液を喪失し、結果的に敵を死亡させる。
 アンダーワールドの大地を朱に染めたのは――白のアサシンだった。
 徐々に金色の粒子に散らしながら、中身などないはずの空虚な身体から人の中身をぶちまけた少女は、地面に倒れ込む。一際大きく息を吸った『かのじょたち』は、血を吹きながらも独白した。

「……あ、は。これが、そうなんだ。これが、おかあさんをバラバラにしたときに無くなる、わたしたちの帰れる場所、だったんだ」

 今にも消え入りそうな呟きに背を向ける。嘗て私も通った道。その歩を止める理由も、かける言葉も、私は持っていない。
 ならばただ黙って去るのみ。暗黒霧都を解除してその場を離れようとする私の背に、けれど『かのじょたち』は声を投げた。

「ねえ。今のあの人は、あなたのことが見えてないよ。あれは、そういうもの。人の想像する地獄の寄せ集め。運動する覚めない悪夢。
 あなたは、どうするの?」
「……私は、あの人の祈りを叶えてあげたい。本より此よりは地獄(私たちの地獄は此処から)。なら私は、あの人に付き従うだけ」
「そっか。うん。じゃあしょうがないね」

 『白』の陣営――というより、あの人が何を聖杯に投げ掛けるのかは分かる。
 『己の元いた世界、その過去への跳躍』――付け加えるなら、己の世界を滅ぼした災厄の打倒。
 いや、それは正確ではない。それは『鮮血の伝承(真祖の肉体)』という可能性と、『アドミニストレータ(魔術に特化したラスボス)』という協力者があって、初めて目指すことを許された願いだ。これだけあって、漸く開始地点に到達出来るかどうかという領域の話だ。

 ……始まりの願いは、もっと単純だった。
 『ただ、一言でいい。嘗て自分が、そうとは知らずに放った一言で地獄へと突き落としてしまった彼女に、謝りたい』
 世界の命運などどうでもいい。ほんの一時の慰めでいい。意味が分からないと当人に足蹴にされてもいい。
 たった一言を伝えたくて、始まった戦争。
 その願いを叶えるべく、私は黒陣営から気配を隠して――

「うん。じゃああなたは、あの人の悪夢から覚ましてあげないと」

 ごくさりげない口調で、真逆の提案をされる。

「それは、どういう?」
「えへへ。ない、しょ――」

 嘗ての『わたしたち』にとって望むべくもなかった、安らかな表情で目を瞑った少女。
 短く最期の息を吐いて。僅かに動いた唇は、『かみさま』と遺して消滅した。



「――いいでしょう。それがあなたたちの我儘なら。私たちは、それを聞き遂げる」

 魔力に還元されたメス(スカルペス)が、何をせずともポーチに補充される。数グラムの変動によってほんの少し沈んだ足跡を墓標として遺し、気配を消す。

 ――私は、己の意思を持ってその悪夢を。二十年前のアリマゴから、四十年前の災厄から続く悪夢を、終わらせよう。
 私の、私自身の意思(人生)を以って!

 いつの間にか紅の満月は消え、温かな新月となった夜を疾る。例え、夢も希望もない現状維持という結果を望むものであれ、それは間違いなく、己自身の判断によるものなのだという一つの決意を胸に。






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