串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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第十五小節 『コネクト』

 

 

 

 

 

 ――怪物として体格すら膨張しつつあるヴラドの越しに、確かに死んだはずの最高司祭と目が合う。

 

「貴様……何故ここにいる。何故ここに立っていられる!?」

 

 彫刻からそのまま取り外した様な美しいレイピアを振ってユージオを引き剥がしたクィネラが吼える。幸いユージオは全身ボロボロで体力を使い果たしてはいても、致命傷だけはないようだ。

 それを見て、強い安心感に包まれると同時に、彼に、そして彼らアンダーワールド人たちを守るために奮闘してくれた皆に駆け寄りたくなる。

 だけど、それはまだ出来ない。まだやるべきことが残っている。

 

「……よう、ヴラド。こうして会うのはいつぶりだ?」

 

 返答は唸り声。嘗ての誇り高き王は狂気に浸され、もう戻ることはないとしか思えない。その身を包む膨大な心意(無辜の怪物)の奥に、拒絶と――ほんの僅かに、恐怖の心意が漂っていなければ。

 そんな相手に、俺は。()()()()を向ける。

 恐怖でも、畏怖でもない。怒りでも、憎悪でもない。

 空を覆っていた血の雨を晴らした夜空の剣の鋒を下ろす。殺意も敵意すらも、俺の中にはなかった。

 

「ッ!?殺しなさい、バーサーカー!」

 

 クィネラの声を引き金に、目を紅に染めたヴラドが拳を振りかぶる。

 分かりやすい、大振りで、直撃してしまえば果ての山脈すらくり抜く必殺の一撃。

 あらゆる怪物への恐れが、死への恐怖が凝縮された、絶望という暗黒から『吸血鬼』という色を選び出し、ヴラドという器に注ぎ込んだ存在の一打。

 ゆるりと、緩慢な動作で突き出した左手程度、跡形も残らない。「キリト!?」と叫ぶアリスらも、勝利を確信してほくそ笑むクィネラも、その結末を幻視している。

 でも、違った。

 

 ――剛拳を受け止める、重い音が鳴り響く。まず圧力に耐えきれなくなった指が、次に腕の骨が限界を向けてひび割れる。破片は皮膚から飛び出し、痛々しい傷となって。

 そこで、止まった。

 クォーターボスの巨躯すら吹き飛ばす拳が、俺のちっぽけな掌に収まる。

 

「……重い。重いよ。

 お前は、ずっとこんなものを背負っていたんだな」

 

 痛みを訴える左腕を突き返す。決してあり得なかった、真っ向からその一撃を受け止める者の存在に警戒したのか、あっさりバックステップで距離を取るヴラド。

 

 

「……な、何故だ。なんだその力は?!貴様が相対するは、恐怖と狂気の象徴、吸血鬼という概念そのもの!言うなれば人類の捕食者!

 より濃い神秘を有すると云うのであればまだ納得がいく。だけれど、お前にそんな背景(歴史)はない。たかだか十数程度の小僧が、なぜバーサーカーを止められる!?」

 

 もう耐えきれないと言わんばかりにクィネラが絶叫する。

 

「簡単な話さ」

 

 それに比べれば小さな呟きは、けれど広く響く。

 ズタズタになった左手を、胸に当てる。

 

「誇りも。誓いも。約束も。思い出は、いつだってここにあるから。時を越えても、世界を越えても。そうして、永遠に繋がり続ける。

 なあ、ヴラド。お前はどうなんだ?」

 

 なおも返ってくるのは、獣染みた唸り声。ならそれでもいい。構わずに続けよう。

 

「想いや、約束を覚えているか?そうなってまで守りたかった名前を、覚えているか?」

 

 まるで『怪物とはそうである』とでも言いたげに言葉を口にしないヴラド。実力の全貌も、何を考えているのか、何を知っていたのかすら分からなかった『正体不明』の男は、再び握り込まれた『不死身』の拳は、今度こそ『ヒト』を食い尽くすだろう。

 ――だったら、人に戻してみせよう。

 今のヴラドを縛り付ける、三つの錠前。それを壊す鍵は、俺の手にある。

 その一言を告げると同時に。

 

「――なあ、ヴラド。

 ()()()は、覚えていたぞ」

 

 なにかが、壊れる音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「…………なによ、それは」

 

 どうしようもない程の怒気に溢れる、地を這う様な低い女の声が鼓膜を震わせる。

 

「答えなさい!キリト!」

「それはこいつが一番分かっているだろ、なあヴラド。いや、ブライアン」

 

 敢えてリアルネームを口にした俺の、()()()()()()()に釘付けのヴラドとクィネラ。

 神聖術でもなければ、心意でもない。青い小さな光が傷口から透けると、それだけでズタズタだった左手が癒える。

 

「……うそ。嘘嘘嘘嘘!嘘よ!!だってそれは、バーサーカーと同じ『奇跡の残滓』。あり得ない、有り得てはならない!」

 

 狂った様に頭を振るクィネラが、数百もの素因を一瞬で展開し、矢の形を取る。

 到底一人では捌き切れないと確信してしまう術式の雨は、しかし今の俺の目には、止まって見えた。

 丁寧に、膨大な数の矢を一本ずつ切り落とす。

 驚愕と恐怖に彩られたクィネラの顔が、徐々に怒りを内包し始める。これだけ暴れれば、俺の不自然なパワーアップのタネにも当たりが付いたのだろう。

 

「この不愉快な、魔力を貪られる感覚。貴様、まさかアーチャーの霊核を喰ったのか!?いや、それでも説明がつかない!あれだけ膨大な魔力を散々吸い上げておきながら、()()()()()()()()()()()!!そもアーチャーの真名が『奴』ならば、英霊の格からして令呪に逆らうことなど不可能!」

「霊核ってのがなんなのかは知らないけど、多分あんたが想像しているのとは違うさ。

 お前がアーチャーと呼んでいた彼女から受け取ったのは二つ。この『奇跡』と、もう一つは、ここではない何処か、()()()()()()()()を借りる、ただそれだけのこと」

「ふざけるなッ!?!」

 

 俺の答えがお気に召さなかったのか、即答で絶叫する。

 

「その力は正しく第二魔法の、ということはまさかアーチャーの真名は宝石爺?いやでも『彼女』という呼称と食い違う。

 ……いったい。お前は一体、何者になったというの?!」

「俺が何者か、だって?」

 

 地獄から這い出る様な声色の問いに、脳裏に幾つかの名が浮かぶ。

 勇者。騎士。英雄。最強。黒の剣士。二刀流。

 だが、浮かぶ端からその全てに否を突きつける。

 どれも俺自身が望んだ存在でもなければ、分不相応な異名だと断言出来る。

 なら後に残るのは、たった一つだけ。

 

「俺はキリト。剣士キリトだ。それ以外の何者でもない」

「……なら私の前に立ち塞がるな!ただのヒトであると自負するならば、怪物(私たち)の領分に踏み込むな!バーサーカー!!」

 

 己こそが人外であると、人としての誇りを、繋がりを投げ捨てようとしている存在がなおも叫び、呼応した着ぐるみのバケモノが血液製の槍(無限槍)を突き出す。

 それを再び左手で受け止めようと突き出す。鋭い鋒は、けれど大きく逸れて空を貫いた。

 

「……おい、ヴラド。お前は何を願ったんだ。何を望んで、そうなったんだ。

 元の『ヴラド(人の王)』じゃ届かなかったから、そんな外法に手を出したんだろ?」

 

 次いで、露骨に左手を――彼らの言う『奇跡の残滓』を避ける軌道での横凪。頭上数センチの所を、空間ごと削る一撃が通過する。

 

「答えろよ。なんで目を逸らすんだ?なんで受け入れないんだ?

 お前が会いたかった人は、すぐそこにいるんだぞ。あと一歩の所にいるんだ。なのになんで、()()()()()()()()()()()んだ!?」

 

 掠っただけで肉片と化すだろうと確信してしまうだけの威力が込められた一撃々に対し、何処からか流れ込んでくる槍使いとしての記憶が軌道を予測。重なる場所に腕一本を動かすだけで勝手に外れていく。……いや。もうその威力すらなくなりつつある。

 

 ――この世界に於ける最強のリソースは、人の、心の力だ。祈りの、願いの、希望の力。

 着ぐるみの怪物の綿(血肉)を形作っているのは、それとは似て非なるもの。心の力であり、祈りの、願いの力である。けれどその根幹にあるのは絶望だ。

 忘れないと誓った筈の大切な記憶を思い出せないやるせなさ。約束が、希望が、醜い感情へと変貌した自分への憤り。

 

 ()()()怪物を自称する。そんな己など、ヒトデナシのバケモノでしかないと自笑する。

 それだけならこうはならなかっただろう。老騎士としての仮面に、数十年という長い生が重しとなって蓋をしたまま終わっただろう。

 だが男には知識と才があった。願いを叶える術を現実の物にする方法と、己の肉体を無敵のバケモノへと変貌させる魂と伝承を有してしまっていた。

 

 

 ――俺たちはきっと、共に自分を罪人だと思っているんだろう。

 

 嘗ての力強さなど何処にも見られない、駄々を捏ねる子供の様な振り下ろし。今この瞬間だけ、たった一言の言伝を伝える為だけに奇跡の宿った左手で、誰かが願った希望だった筈の左拳を受け止める。

 

 ――もし俺がお前と同じ立場にいて。ユージオを。……そしてサチたちを助けるために。これだけの絶望を一身に背負い込み、自らの意思で(他人の命)を啜れと言われれば、俺も同じ選択をするだろう。

 そうして出来上がってしまったのが、今のお前なんだろう、吸血鬼。

 誇りを、記憶を、信念を。何もかも賭けて。だというのに、それだけやって手に入れようとしたチャンスすら、お前はそうと気づかずに天秤に乗せてしまっていたんだな。

 

「……だから俺たちは、お前を止めなきゃいけない。お前自身の為にも。お前が助けようと、お前を助けようとした、皆の為にも!」

 

 ――瞬間。夜空の剣が黄昏に輝く。

 血で泥濘んだ大地を照らし、周囲に漂う心の力を、リソースとして吸収、活性化する。

 その光を嫌う様にヴラドが一歩下がる。その空いた間合いを埋め、剣を突きつける。

 

「聞こえるか?仮想世界を駆け巡っている人たちは、確かにお前を吸血鬼と呼んでいる。だけど、それは討つべきモンスターとしてじゃない。

 一緒に肩を並べて、同じ敵を倒す仲間として。

 俺たちの行く道が正しいものだって保証する道標、拠点を守護する裁定者として。

 今この剣に込められているのは、そんな声だ。お前が聞こえないふりをしている、お前を英雄(人間)だと肯定する声だ!」

 

 そのまま一歩踏み出す。

 後退する仮想の王に向け、二歩、三歩と距離を詰める。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎――――ッ!!」

 

 それを拒絶するかの様に、紅い杭が立ち塞がる。翳された手に導かれるよう、数えるのも馬鹿らしくなる数の杭が奔流となって迫る。

 しかし、無限の杭は俺の足元で堰き止められた。溢れた杭が互いを砕き合い、破片は血となって漂う霧に混じった。

 予想外の光景に一瞬硬直した俺の脳裏に響くのは、全く別の低い男の声。あの何処とも知れぬ病室にて結末を待っていた、五百年前の王の言葉。

 

 ――お前が友を守りきれなかった罪、その傲慢を余は既に裁いた。最早我が槍がお前の臓腑を喰らうことはなかろう。

 

 あれはきっと、こういう意味だったのだろう。心臓に意識を集中してみれば、貫かれた所に一瞬、小さな痛みを感じた。

 

「……ありがとう、ランサー」

 

 極刑の象徴にして、血塗れ王鬼そのものたる杭を出現する側から枯れさせる加護に。目を瞑って改めて短く感謝の言葉を口にすれば、何処か遠くで鼻を鳴らしたのが聞こえた気がした。

 

 改めて目を開く。憧れた結果か、それとも縁あっての偶然か。細かな差異はあれ、目の前の怯える男は、あの王とよく似た風貌をしていた。

 

 そして、ある意味始めて。俺はこの男を直視した。

 

 ヴァンパイア。ドラキュラ。ノスフェラトゥ。ノーライフキング。カズィクル・ベイ。

 SAOの頃から様々な異名で呼ばれ、時には戦い、時には共闘してきたこの男だったが、今にして思えば、誰も彼もこの男の強さのみにばかり目を向けていて、『ヴラド』という一個人については仮想世界を通してすら知らないことばかりだ。ザザやピト以外、碌に知ろうとすらしていなかった。そのピトですらSAO当時に出した予想が『茅場本人か協力者』という、今にして思えば何故そうなるとしかツッコミようのない説が飛び出る始末。

 三十四層での一件を始め、ヒントはあったのに。今こうして敵を自称して立ち塞がられても、因果応報とでも言われれば返しようがない。

 けれどこうして今。ランサーによる無限の杭に対する加護と、アーチャーがくれたステータスの圧倒的優位を得、その力を無視出来る視点で見えた男は。

 

 ……随分、ちっぽけに見えた。到底怪物などと恐れられる人には見えなかった。

 

 Mobもプレイヤーも、敵と見れば嬉々としてその身を擦り減らしながら撃滅し、血の海を作り出す極刑王。

 その裏側にいたのは、ただの臆病な人だった。

 王としてか怪物としての顔が無ければ、満足に人の前に立つことすら出来ず。嘗て自分の目前で起きた悲劇に気付くことすら出来なかったが故に、疑わしきを悉く処刑せんと暴れる。

 分不相応な癒しの奇跡など持ってしまったが為に、自罰的な力を振るうことに躊躇いが無かった。自分が血を流す程度で他人が救われるのであればそれでいいと、積み上げた屍の山を己の血で固めた。

 けれど、墓石の王座に座るのは死神でも、血を啜る怪物でもない。俺たちとそう大差のない、ただの人だ。もしかしたら、精神年齢もそう遠く離れてないかもしれない。他人の反応が怖くて仮面の奥に引き篭もる辺りなんかモロにそうだ。

 きっと最初に()()に気が付いたのがザザだったのだろう。その果てが、GGOでのあの闘争だったのだろう。

 

 燦然と輝きを放つ夜空の剣を、大上段に振り上げる。狙いは吸血鬼の心臓を掠める剣筋。

 

「……でももう、それも終わりだ。

 みんなで帰るぞ、王様。もう朝だ。悪夢(鮮血の御伽噺)は、もう終わりにしよう」

 

 そうして。バケモノの殻を両断する、最初で最後の一閃を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――叩き込んだ斬撃は、狙い通りに吸血鬼の体表を切り裂いた。これならば、負の心意(無辜の怪物)に邪魔されることなく互いの言葉が通じる様になるだろう。

 光の収まった夜空の剣を肩に振り替える。

 

「じゃあ、あとは頼んだぞ、ザザ」

「……目覚めて、早々、散々暴れて、最後は、丸投げ、か?」

「悪いな。それでもコイツに必要なのは、たった一人の声じゃないからな」

 

 ボロボロながら、その憎まれ口は健在の悪友にバトンを渡す。

 ドラキュラでもカズィクル・ベイでもない、リアルのヴラドに必要なのは、新しい風だ。なら後は旧SAOのドラクル騎士団の連中が適任だろう。

 彼らの声すら阻む嵐は切り開いた。あとは、彼ら次第だ。

 

 ……それに俺には、まだやるべき事が。いや、()()()()()()ことが残っている。

 一番彼らに似合う、後腐れの無い手っ取り早い方法(殴り合い)で話し合いをしてやると息巻くピトらに苦笑しながら、半年ぶりに、かの魔女と相対する。

 

「……まさか術式に干渉するどころか、彼の王自らパスを切るだなんて。もう一々驚くのは疲れたわ、キリト。

 だから聞かないでおいてあげる。貴方が()()()()で何を見聞きしてきたのか、何を口にしたのかなんて。きっと幾つ心臓があっても足りないでしょうね」

「そりゃいい。俺も分からないことだらけで、説明しろなんて言われても困っちまうからな」

 

 最高司祭アドミニストレータ。いや、魔術師クィネラと呼ぶべき女。

 疲れ切った顔で額を抑えて、しかしあの時同様か、それ以上の凄まじい覇気を撒き散らす怪女。これほどのステータスブーストを得て尚、絶対に勝てるとは言い難い。

 だというのに、俺の周りには仲間がいてくれる。アリスが、サチが、そしてユージオが。

 二つの異なる世界で生まれた、俺の最高の友達。きっと俺は、一生この光景を忘れないだろう。

 ……そしてそれは、目の前に浮かぶ、これまでで最大の敵にとっても同じだ。仮想世界にて生まれた彼女に手を伸ばし、唯一その手を取ったリアルワールドの男の為に、世界の理にすら挑んだ。

 その果てが、今のこの状況だ。

 どうしても譲れないものが激突してしまったが為に、こうして剣を手に取っている。

 

「一つ訂正するよ、クィネラ。お前にこの世界の支配者の資格はない。けれどそれは、」

「いいえ、その先は不要。最初からこの世界を踏み台としか見ていないにも関わらず、己の支配欲に任せ、アンダーワールドを私物化していた過去に変わりはない。ならば簒奪者と呼ばれるのもまた偽りなき事実」

 

 支配者としての仮面を被らず、魔術師として立ち上がるクィネラ。右手に握るレイピアが紫電を纏うと、一瞬で修復された。

 

「ならば抗いなさい。あの時同様に。貴方の運命に。

 ええ、遠慮は要らないわ。私も――」

 

 次いで、右腕の紋様が強烈な輝きを放つ。

 まずい、というユージオの呟きと、一瞬パス(繋がり)越しに不快感が伝わってきた感触に、脳裏に警報が鳴り響く。

 即座にユージオと共に切り掛かるが、間合いの外に浮かびあがったクィネラには一歩届かず、令呪の使用を許してしまう。

 

「――全力で、踏み潰してあげるから!来なさい、ライダー!!宝具を以って、彼らを皆殺しになさい!!」

 

 空間に対し急激に割り込みをかけた強大な存在に世界が悲鳴を上げたのか、形容し難い爆音染みた音と共に、中々際どい白いボディスーツ姿の女性が姿を表す。

 それと同時に彼女を覆うかのように、鋼鉄製の巨人が滲み出てくる。

 

「クィネラ、演算バックアップは――」

「――させると思いましたか?」

 

 白い巨体が実体化しようとした瞬間、術者の顔を蹴り抜いたのは、白髪の幼女。

 

「ジャック!?」

「チッ、『黒』が残ったのね」

 

 今の今まで存在が頭からすっぽ抜けていた少女の乱入。もしかして彼女も敵に、と嫌な想像に冷や汗が流れるが、ジャックはナイフの鋒を此方に向けなかった。

 

「ご心配なく。彼の歪みは、いつか正さなければと思っていたので。茅場晶彦にすらお手上げだったのを成し遂げたのですから、私からは感謝しかありません」

「え、ああ、そりゃどうも……?」

 

 要領を得ない俺の中途半端な返事の何処に笑うポイントがあったのか、微笑するジャック。さりげなくヤバい話題があった気がするのは全力スルーの方向で。やっぱこの人たち怖い。

 

「あの部外者は私が引き受けます。貴方方はクィネラを」

「ああ」

 

 猛然と突っ込む幼い少女の背に、ふとカーディナルの小さな背が重なる。

 ――いや、大丈夫だ。彼女ならきっと、完勝して帰ってくる。

 いつもの何処か澱んだ冷めた瞳ではない。誰かへの誇りと自負を背負った目をした彼女ならば、どんな相手だろうと確実に勝つと確信出来る。

 

 ……残ったのは、最後の鬼札すら解体され、互角にまで落ちたボロボロの魔女。

 

「いくぞ、クィネラッ!!」

「おのれ……おのれぇぇぇぇえッ!!」

 

 なら今から始まるのは、最終決戦なんて大層なものじゃない。自身を賭けた、満身創痍の頑固者たちの最後の泥試合だ――!

 

 

 

 

 









次回 『Catch the Moment』





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