串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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第十七小節 『Catch the Moment』後編

 

 

 

 

 

「ユナ!私がリードするからメインヨロ!」

 

 意味が伝わっていると信じてユナに最低限の考えだけ伝え、ロングボウのバレル部を握って突撃する。

 

「おい、それどういう意味だ!?」

「聞け。察し、ろ」

「くそ、また無茶振りか!」

 

 ユナ(非戦闘員)が間合いに来た事でノーチラスが吠えたが、すぐさま切り替えて構える。

 攻撃より回避に重点を置きヴラドをその場に釘付けにしていたザザとノーチラスが、エムが注意を引いた瞬間、同時に化け物の腕を落としにかかり、未だ鈍りを見せない剣線が、天頭堕(掴み技)の応用での握り潰しが肩口から先を粉砕した。

 

「オォ――」

「⬛︎⬛︎⬛︎ ――――」

 

 即座にフェイントを仕掛けたエム。急所たる心臓を守ろうと、素直に乗せられたヴラドが腕を再生する傍ら回し蹴りを放つ。

 防御を想定してか胴程の高さを薙ぎ払うそれを屈んで回避したエムは、素早く反時計回りに動く。

 

 ――これで準備は揃った。正面に立つ私の事は、ほぼ戦力としてはアテにならないユナを連れているからか殆ど警戒しておらず、その大半を左右から挟み込んでいる野郎三人に向けられている。

 数のいる左手側を先に散らすつもりか、鉤爪状に開かれた右手が振り上げられ――ザザのプファイファーが爪を粉微塵にし、反動で跳ね上がった銃床で殴りかかる。

 続く殴打を防ごうと、そのまま血の溢れる右手首を突き出す。左腕は防御に充てているのか、所在なげにエム・ノーチラスに対し揺れるのみ。

 

 そんな明確な隙に対して。攻撃するでもなく、銃口を握ったロングボウで軽く肩を叩きリズムを取りながら、小さく息を吸った。

 

 

「――♪そっと 吐き出すため息を吸い込んだ――」

 

 

 夜闇の下。月も星もない暗い空に、澄んだ歌声が遠く響く。

 口ずさむ曲には吟唱バフが乗り、足がその場に縫い留められる。システム上もう一歩も動くことはできず、手にある武器も、壊れていて本来の用途(銃撃)には使えないが故に握るのを許されているのみ。

 ああ。悔しいけど、これが限界。これが、()()()()()精一杯。

 これが、書いて座って弾いて歌う私に(シンガーソングライター)できること。

 

 ……じゃあ、こういうのはどうよ?ねえヴラド。それとついでにヒース(茅場)

 

 

 

 徐々にアップテンポに。徐々にテンションを上げて!

 

「――♪やりなおしたら キミに」

「「♪出会えないかもっ!!」」

 

 サビに入る瞬間、ユナに合わせて――二人同時に()()()()()!!

 

 

「⬛︎⬛︎ッ――――!?」

 

 

 不恰好ながら体重の乗った一撃がクリーンヒット。ヴラドにとって完全に予想外の攻撃に、防御、回避、迎撃のいずれも間に合わず、驚愕の声が漏れる。

 

 ――教えてあげるわ、ヴラド。今時のアイドルってのはね。歌って、()()モンよ!

 

 戦い慣れてないユナを私がリードして。派手に動きながら歌う事に慣れてない私はユナにリードされて。サビの歌詞に合わせてデュエットでの連撃が、面白いように急所に吸い込まれていく。

 ヴラドも数テンポ以上遅れて私たちの作戦に気が付いたのか、他の全てを無視して拳を振り上げ、蹴りを放とうとするが、一発たりともユナと私のライブを邪魔することは叶わない。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎ッ!?!」

「――させるか!」

「――遅、い!」

 

 なりふり構わない暴力の嵐の只中で。指が潰れようとも、膝が悲鳴をあげようと、人の力が災厄に抗っていた。

 刃毀れを無視してソードスキルをブッ放し続けて。二年の歳月を注ぎ込んで物にした、普通の人間なら一撃で屠る連撃が。『片手足分の攻撃を前に進ませない』という、字面だけなぞればやり過ぎとしか言いようのない、けれど実現するのは困難極める結果を求めて振われる。

 

「⬛︎⬛︎!?⬛︎⬛︎⬛︎ァッ――――!!」

 

 ひび割れ、ノイズの走る絶叫。絶望を真正面から払う天上の唄と、大地の底から恐怖の呼声が鬩ぎ合う。

 胸に刻まれた傷口は幾重にも線が走り、巨大な穴となっている。脳裏を掠める光景も、三人称(誰かの記録)から徐々に近しい誰かのものへと、一人称(記憶)へと変わり。瞬間は段々と過去へと遡る。

 

 

 

 嘗て導いた少年の果たした結果に、達成感に満たされた笑みがあった。

 

 

 地形すら武器にした、究極の一同士の激戦があった。

 

 

 悪辣なる泥棒の王を捻り潰した、怪物の王がいた。

 

 

 誰もが死を覚悟した骸の百足を、圧倒的な暴力が襲った。

 

 

 もう一人の『最()』ですら、その矛を前には無事では済まない。

 

 

 多腕の仏像を破壊し、その『最強』を証明し。

 

 

 並大抵の雑魚では、その足を止める事さえ叶わず。

 

 

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――気がつけば、意識は焼け野原にいた。

 

 

  業火の中で、褐色肌の美しい少女の額に、銃口を押し付けて。

 

 

 力無く沈む手を、寸前で握った。炎の中で消えかけていた命に、手が届いた。

 

 

 

 

 

「ぃっ――っつぅ!?」

 

 肩に走る鋭い痛みに、ボケっとしていた意識が引き戻される。

 ……流れ込んできた記憶は、どれも覚えのある場面ばかり。アイツが『吸血鬼』と呼ばれる所以。

 なら行き着く先は、あの『騎士』だとばかり思っていた。だというのに、あの記憶は――

 

 肩に刺さったナイフ――ザザの使うダガーとは違う、細長い刀身を持つ十字架型の投剣を引き抜く。こんな投げるのにも振るうのにも不便そうな物を好んで扱う奴を、私は一人しか知らない。

 誰も彼もが攻撃の手を止め、ユナはアドリブ間奏で無理矢理繋いでいて。全員の顔に浮かぶ表情が、そのなんとも言えない静けさが、さっきの光景が見間違いでなく。私の予想が現実のものであると証明していた。

 

 

「よ、大将。気分はいかが?」

「…………何処までだ。何処まで見た?」

 

 

 ――暗く濁っていた瞳は。『鮮血の伝承』と呼ぶに相応しい紅の虹彩を以て、私たちを見渡していた。

 外見はよく知るヴラドの姿をしていて。それでもその姿は、デスゲームで見知った筈の『王サマ』とは少し違って見えた。

 魂をどうこうしようとするラースの実験場だから剥き出しになれた、ヤツそのもの。魂の形。

 自己否定故に老人の(憧れた)姿をしながら、けれど己の過去(若かりし頃)を棄てきれないでいる。老いと若き。人間と化物。英雄と怪物。生者と死者。表裏一体にして真逆の存在が、どういう訳か混ざり合った成れの果て。

 それが、今。私たちの目前に立つ存在だった。

 

「答えよ。俺は、何処まで見たと聞いている!」

 

 ザザのオリジナル――正確に言うならばジャックが原点だろうナイフの弾幕が放たれる。数は一度で放てる最大本数の八本。

 野郎どもに向けられた分は無視し、私とユナを狙う四本の内命中段である二発を、剣っぽく握ったロングボウで叩き落とす。

 いつもなら二段目がカッ飛んでくる基点となる技なのだが、激情のままに放たれたからだろう。追撃はなかった。

 

「……何もかも――ってカッコつけたかった所だったけど、実際半分強ってとこかしら。大体は私たちにも覚えのあるのばっかりだったし。

 唯一違うのは……あの惨状かしらね」

 

 未だ脳裏には業火の赤燻っている。鼻を澄ませれば、香るのは鉄臭い血の匂いではなく、タンパク質が焼ける――人が焼ける異臭がつく。

 同時に、いくつかの疑問も氷解した。

 

 ――四年がかりでここまで力をつけてきた私たちだが、ならば圧倒的なプレイヤースキルを持つコイツは、何年モノだ?

 デスゲーム当日の、その日の時点で十全に槍をブン回して無双して見せたヴラド。ヤツにとっての全てが始まった、或いは終わりを告げた一発の弾丸。記憶では、拳銃を握る手は大分若々しく見えた。成人したかしないか程度の、丁度若ヴラド(バーサーカー)くらいの年頃の手に見えた。

 それからずっと、およそ二十年鍛えていたのだとすれば。その肉体と精神に蓄積された経験値は、成る程。周りがレベル一桁の初心者の中に一人だけ強くてニューゲームしてた訳だ。そりゃまともに拳を握ったことすらない一般ゲーマーからしてみれば、紛う事なき『バケモノ』である。

 

 そしてもう一つ。アイツがあれだけの、私が満足出来るだけの『殺気』を放てたのも、あれが切っ掛けなのだろう。

 彼にとっての大切な人だったか。そればかりは、もういっぺん、より深く()()なければ分からない。

 だがそんな相手を、その手で殺したアイツだからこそ。私の渇望を潤すに足る殺意を放てた。結局最後の最後までギルメンに一度も殺させなかったクセに、ラフコフすら恐怖させた、殺戮者の狂気を放ててしまった。

 

 これがアイツの、人間としての強さの秘密。血筋に証明された才能を、一個の完成形へと進化させた努力の前日譚。血と熱と慟哭に塗れた序曲。

 

 

「もしかして。ジョニーの、言ってた、『蟹』は、そういう意味、だったのか」

 

 返答は、言葉よりも明確に示された。

 ナイフを引き抜くのと同じモーションで出現した拳銃。ヴラドらしからぬ軽い攻撃音がザザの足元を穿つ。

 その手にあったのは。

 

「……ベレッタM9。しかもそれ、アンタがGGO来るって時に注文したのと似たカスタムに見えるのは気のせいかしら?」

 

 話に聞く心意とやらの産物だったのか、一発撃って直ぐに虚空に消えた拳銃を見て、思わず頬が引き攣る。

 こりゃシノノンが必要以上に怯える訳だ。似たような過去を抱えておきながら、向こうはそのトラウマを乗り越えるのに必死だったってのに対し、コイツときたらサラッと同じ得物を人に向けようとしてやがった。プファイファーを渡した当時の私よ、GJ(よくやった)

 

 とはいえ、ヴラドにとっても拳銃が出るのは予想外だったらしく、僅かに硝煙香る右手を睨んでいた。本来なら到底知り得るはずなかっただろう情報を、それもザザによって開示されたことで動揺したのだろう。

 

「……そこまで割れているならば構わぬ。

 貴様らが垣間見た光景は、二十年前、とある南海の孤島での出来事だ。現地の言葉で『蟹』を意味する名を付けられた島だった」

 

 不自然に白い手を握り込み、唐突に独白が始まる。流石の奴さんも思うところがあったらしい。

 が。

 

 

「あ、ごめん。そういうの後にしてもらっていい?」

「――――――――――――――は?」

 

 本気で意味が分からないと呆然とした間抜けズラ目掛けて、ロングボウのストックをフルスイング。ストライク(直撃)、バッター(の手によってノック)アウト!

 清々しい程綺麗に決まった一撃によって吹っ飛ぶ長躯。あ、折角ならザザにやらせた方が威力出たかしら。

 

「しょ、正気か貴様!?いや、愚問であったか。とはいえ空気を読むことすら放棄したか、ピトフーイ!」

KY(空気読めてないの)はアンタよギルマス」

「おのれ――っ!」

 

 どうせならそのままぶっ倒れりゃよかったものを、丁寧に足から着地するヴラド。

 私が暴走するのはよくあったことだし、さもありなんとこっちを警戒しつつも一瞬硬直した隙を狙いザザとノーチラスが斬りかかったことで、漸く自分が一番狂ってる自覚が出てきたらしい。意識的か無意識にか、回避先を誘導され、再び私たちに囲まれた位置に――話すのにも殴るのにも殴られるのにも丁度いい間合いに戻ってきた。

 いつだって余裕綽々か、時々追い詰められても『自分は挑まれる側』と言わんばかりに大胆不敵に笑っていたその顔には、珍しく愕然とした色が浮かんでいた。

 しかし腹立たしいことに動揺はあんまり長続きせず、ぐるっと私たちを見回した頃には腑に落ちたと、ニヒルに口元を歪ませる。

 

「……まあ、道理か。俺の様な半端者なぞ、動機なぞ聞くまでもなく張り倒せばよかろう。なんであれ、先に弓引いたのは俺だからな」

 

 一瞬気まずそうに目を伏せると、両手を強く握り込む。

 どうせ、その胸中は後悔まみれで。その癖やらかしたことへの責任がーとかいって、戦うつもりなのだろう。

 あんだけお似合いコンビのジャック嬢とすら協力せずに、一人勝手に万能の願望機とやらに縋るだけの理由があるのだろうに。この期に及んでそんなツラを見せるくらい悩んでいるのに、それでもなお、仕方ないと受け入れてしまっている。しかも割り切れてないばかりに、あんな言語すら真面に通じない狂人の真似事まで始める始末。

 

 それが、どうしようもなく()()()()()

 

 

「おいオッサン。ブン殴る前に一個聞かせなさい。

 アンタが聖杯に何を望んだのかは聞かないけど。それが叶った時、アンタはその結果に誇りを持てるの?」

「当然だ」

 

 伏せっていた瞳に力が入る。

 紅に輝く瞳孔に、憧憬が、慟哭が、妄執が、悔恨が、怨讐が、憤怒が、悲哀が、次々と流れ込む。幾つもの感情がない交ぜになり、一本の糸に撚り合わせっていく。

 ……何処までも赤い、紅い、緋い。鮮血の糸。

 

「二十年前のあの夜に。四十年前のあの満月の夜に。余は、俺は、我が願いの成就に全てを賭けると誓った。故に今俺はここにいる。

 獣をも喰らうサーヴァント・バーサーカーとしてここにいる。権威と権力ある貴族、ブライアン・スターコウジュとしてあそこに居た。

 それこそが我が証明!それこそが俺が求める我が最期である!」

 

 言葉を紡ぐうちに狂化によって散り散りだった思考が纏まってきたのか、最後の方には、嘗てデスゲームにおいて。誰もが絶望に沈んだあの夜に於いて、多くのプレイヤーを引き挙げた夜の王が戻ってきていた。

 

 

「ああ、そう。やっぱりアンタはそうじゃないとね。うん。じゃあこうしましょう!」

 

 ――願いなど知らぬ。慟哭など知らぬ。

 アラフォーのヤツの宣う、四十年前の夜の出来事なんて、想像すらつかない。

 

 だけど私にも分かることはある。

 私たちは武器を以て語り合った仲だ。

 いつくたばるとも知れぬ戦場の中で、嗤いあった仲だ。

 そして、アイツはいつだって。悪投ヅラしながら、結局は正義としてあり続けた。

 殺したって構わない様なふざけた連中すら、私たちには殺させず。見捨てたって構わない様なノロマすら、結局は守り切ってみせた。

 それでいて今更ラスボスムーブ?へいゆー、私の異名を忘れないでよ。

 私はピトフーイ(触れたら死ぬ毒鳥)。またの名を――

 

 

「――来いよ、極刑王(カズィクル・ベイ)。アンタの前に立ち塞がるは、アインクラッド最強のギルド。正真正銘、ワルプルギスの騎士。

 その願いを叶えたくば――私たちを乗り越えてみせろ!!」

 

 ――『魔王』ピトフーイ。

 

 

 宣言と同時、一歩。思いっきり踏み込む。

 完全なゼロ距離。銃も剣も、ともすれば拳すら届かぬ内側で。振り上げた肘が、鳩尾に潜り込む。

 

「がっ――馬鹿な。それは――」

「当たり前でしょ。BoB前のザザのスパーリング相手はこの私よ?」

 

 全体重の乗った、体当たり。アバターを殴ったのとはまた違う、内臓を叩き潰しただろう気色の悪い感触が伝わる。リアルなら致命傷待ったなし。

 だというのに、ヴラドは平然と動く。衝撃で後ろに蹈鞴を踏み、わずかに空いた間合いに拳を潜らせる。さてはコイツ痛覚無い?

 

「クッ。だがまだ甘い――」

「甘いのは、どっちだ!?」

 

 回避不能の一撃。だが必中を期す為に集中した一瞬が隙となる。

 ザザが拳を刺し砕き、解けたガードの下目掛けてノーチラスが斬撃を捩じ込む。

 

「貴様ら!?なんのつもりだ?!」

「なんのつもり?お前、ユナがここまで頑張ってるのに、俺がそれを無駄にさせる訳ないだろ!!」

「動機が狂っとる!?」

 

 若干引きながらも膝のガードが割り込まれる。あそこまで戻っているなら、おそらくあと一発も入れられれば完璧だ。それで完全に『鮮血の伝承』は解除される。

 ……その一撃が、果てしなく遠いのが問題だけど。銃弾切りすら熟すバカ高い技量は、唯々身体能力によるゴリ押ししかしてこなかったさっきまでの頭バーサーカーより厄介さがダンチ。数で囲んでも勝てるかどうか。

 

 

「――ならば、俺が、相手だ。言ったはず、だ。右は、請け負うと」

 

 再生を終えた右腕が、又しても爆散する。

 怪物の肉体が、人間の拳によって砕かれるという超常。或いはそれは、諦め(人道)を踏破した人間にこそ許された異能か。

 それでも、相手は右手を粉砕してなおそれが牽制にしかならない。だがそれで十分だった。

 

 

「よしユナ。歌うよ!」

「うん!」

 

 アドリブを引き継ぎ、息を揃える。流石はアイドル、タイミングはバッチリ!

 間奏で数テンポ助走を付け、言葉を紡ぐ。すぐにサビに入るまで。ほんの短い数文の歌詞はけれど、確かに魂に通じた。

 

 ――SAOの頃ヴラドが言っていたことだけれど、曰く本人に戦いの才能はない。寧ろ才能の有無だけで言えば、演奏家だそうな。

 当然冗談だと思ったが、アインクラッドで『エルザ』として活躍するにあたって、当時既にアイツのリアルスキルには散々世話になってたから否定しきれなかったんだっけか。

 

 楽しい思い出話はさておき。戦いには『リズム』というものが存在する。攻めるタイミング。守りを固めるタイミング。呼吸、視線と、人によってテンポは様々。ボクシングをイメージすれば分かりやすいだろうか。アクションゲーなんかも、突き詰めればリズムゲーになるっていうし。

 ということは、自称演奏家なヴラドの目の前で、そんな無意識の癖を飲み込む勢いで歌えばどうなるだろう?それも、アイツも知ってる曲なら?

 

 

「おお――――おおおおおおおおお!!」

「――ッ!」

「チィ!おのれピトフーイおのれ貴様ァ!」

 

 踏み込み、インパクト、ガード。その全てが、自然と五線譜に散りばめられた音符(オタマジャクジ)にシンクロしてゆき鳴り響く。乗せられている自覚はあるのか、強引にテンポを外した攻撃が私たち目掛け振われるが、体重の乗らない中途半端な威力程度なら歌いながらでも受け流せるし、一拍遅れたヤツの身体に遠慮なく刃が喰い込む。

 まるで情熱的なダンスの様に動きが誘導される。テンションは最高潮!曲は再びサビへ!

 

 ――寸勁、抑えた!

 ――左膝貰った!

 ――左手回復早ない?!

 ――あはは、たーのしー!

 ――煩わしいは貴様ら!!

 

 最高潮のテンションの歌詞に、気が付けば意識がシンクロしていたのだろう。もう声か思念なのかすら不明瞭な意識がごちゃ混ぜに、けれどクリアに伝わる。

 リズムに合わせ最適解の動きが確立され、半ばトランス状態の意識。平時でこれを再現しようとすれば、冗談の一つも飛ばせない程の極限の集中力を要する状況だが、不思議と思考に余裕があった。それこそ、冗談を飛ばしたり。

 

 ――このままでは負ける、という最悪が浮かぶ程度には。

 確かにリズムに乗せている現状、ヴラドの動きは制限出来ている。だがそれはこっちも同じ。オマケに一対五の数的有利を取ってこれ。これで才能ないとか嘘だろお前。

 何より問題なのは、もうすぐ、サビが終わる。ラッシュが途切れれば、行動の矯正(シンクロ)が弱まる。その隙を突かれて距離を開けるなり吸血鬼のスキルを使うなりされれば逆転されかねない。

 そして、ヴラドは。この曲を知っている。

 

 

「「――♪集めた一秒を 永遠にして 行けるかな!!」」

 

 ……勢いが収まる。サビではある。すぐにフォルテッシモがかかる。時間にすれば、ほんの十数秒。

 それだけあれば十分。誰もがそう思った。追い討ちの一撃が左腕一本で防ぎきられ。引き絞られた右掌には、無限槍(宝具)の溜めが見えた。

 これはどうしようもないと、理性が認識を――

 

 

 

 

 

 

 

 ――ありがとう。彼と一緒に笑ってくれて。

 ――だからさ、  。生きてる今、この瞬間を掴んで。きっと、幸せになって。

 

 

 

 

 

 

 

 ……シンクロした意識に、誰かの意思が混線した。ほんの一瞬。

 全く覚えのない/聞き覚えのある声に、思わず目があって。

 

 

 直後、ヴラドの勢いが落ちた。

 

「ガ、あ…………?」

 

 ばつん。

 太いゴムが断ち切られた様な異音。発生源は、直ぐに目についた。

 防御の為に突き出された筈の左手。当たり判定を広げようと大きく開かれた掌全体を覆う様にヒビが入っている。いくら切ろうが突こうが撃ち抜こうが、ダメージが入った側から碌に血すら垂れずに即座に回復していた箇所に、明確な『傷』が出来ていた。

 ()()はそれだけで収まらない。手に広がるヒビは手首から指先まで満遍なく伝わり、不自然なまでに脱力していた。

 

「ば、かな。何故、なんで――」

 

 唖然と。いや、初めて見る絶望の色が、顔に浮かぶ。

 今発生している現象に対して、受け入れられないと。受け入れてしまえば、何かが()()()()()()()と。

 

 理解の埒外に硬直するヴラド。隙だらけのソイツに攻撃を躊躇ったのは一瞬だったが、うっすら、誰かに背中を押された気がした。

 

 

「――♪汗をかいて 走った 世界の 秒針が」

 

 

 導かれるまま歌い、()を振るう。気が付けば全身の傷は、キリトが傷を治したのと同じ燐光に包まれて消えていて、それと同時に全身に力が漲ってくる。

 

「……なんでだ。俺は、俺はただ、」

 

 ダメージの衝撃で復帰したヴラドが、今更武器を展開しようと再度無限槍を溜め直すが、それすらも妨害された。

 無限槍は『自身の(HP)で槍を成製する』という設定上、血を流せる箇所が無ければ槍を取り出せない。だが割り込んできた誰かさんは、ヴラドがダメージを受けた側から傷を癒やして止血している。あれじゃあ血の杭は出せない。

 どうやら体内のガタはそれだけじゃないようで、動きは極端に精彩を欠き。とっておきの切り札も不発に終わった。実年齢よりもう少し若めに見えていた顔も、更に若くなりつつある。

 

「――オオオオオオォオオオオッ!!」

 

 それでも生意地汚く拳を握る。バーサク時と同じ、型も何もない、トドメに力すら失くしたテレフォンパンチ。

 どれだけ格好悪くても。どれだけあり得ない可能性でも勝利を掴もうとする少年が、そこにはいた。

 ……その願いの為に、負けなければならない少年がいた。

 

 

 

 

 

 そして、遂に。

 

 歌詞のラストと同時に、最後の一撃が届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 ――三人がかりでの武装完全支配術(真名解放)すら、神聖術で真正面から相殺してみせた魔術の英霊。
 無限の弾幕。その全てが、この世界(アンダーワールド)を支える理に於いて究極の一。この世に生ける者が超えられるはずのない、境目にある術理。

 それを平然と、さも誰でも扱える初歩的なものであるかの様に連射するクィネラ。俺たちがほんの刹那にも満たない技後硬直に苛まれる隙に、再び数千もの魔術の閃光が装填される。
 まず間違いなく追い込めてはいる。瑞々しい肢体は所々ケロイド状になったままで回復に回すだけの余剰はなく。親切などこかの誰かが砕いておいたのか、ソードゴーレムの気配は感じられない。いつの間にか神聖術を習得したのか、サチによる援護は的確に敵の手札を削ぎ落とし、剣を握る右腕はだいぶ前に吹き飛んでいた。
 そんな圧倒的に有利な状況にも関わらず、互角にまで持ち込まれている。満足に近付くことさえ出来ず、敵の神聖術を防ぐか、此方の大技を撃墜されるやりとりが繰り返されている。生死の理すら乗り越えた相手の執念に冷や汗を垂らし。
 だが俺は、勝利を確信していた。そして今、その確信は現実となった。


 ――終わりは、余りにも唐突に訪れた。


「……バーサーカー?」

 集中が乱れる。
 令呪は既に使いきられ、それでも辛うじて繋がっているパス越しに伝わった異常。
 一瞬そちらに意識を取られたクィネラ。それは、眼前に立ち塞がる敵を物理的に打倒出来る、最後のチャンス。

 アーチャーによって強化された脚力で一息に距離を詰め、あの時剣で貫いたのと同じ場所に鋒を向ける。
 あとは腕に力を込めれば、心臓を破壊出来る。この距離であれば回避なんてさせないし、どんな抵抗よりも先に刺し貫ける。
 クィネラもそれを理解したのだろう。遅れながらも展開された術式は、力無くその燐光を萎ませて。遥か以前に満身創痍を通り過ぎた火傷だらけの身体は、気を保っていなければ次の瞬間に崩れ落ちても不思議は無さそうに見えた。

 そこまで行って、俺は、ヤツにトドメを刺す最大の好機を、

 ――敢えて、見逃した。

「……何故、殺さない。お前には私を憎む権利があるというのに」
「ああ、そうだな。でも戦争は終わった。聖杯戦争は、もう終わったんだ。なら俺たちに戦う理由はない。そうだろ?」
「……随分とお優しいのね、坊や。その甘さ、いつか後悔するわよ」
「同じ後悔するなら、取り返しのつきそうな方を選ぶさ」

 剣を降ろして数歩下がれば、眦を吊り上げたクィネラの顔があった。明らかに不服そうだが、攻撃の気配はない。


「キリト!どうかしましたか!?」
「ああ、俺は大丈夫だ」

 急に場の雰囲気が切り替わったのを察知したのか、アリスたちが大慌てで駆け寄ってきて――女性陣二名の目があからさまに冷たくなった。

「……キリト?」
「まて。落ち着け。誤解だ!多分!」
「僕もちょっと節操がないと思うな」
「ユージオまで!?」

 ジト目のアリスと、目元に影を作って薄い装甲の胸元――ステイシア神に誓って、あくまで装備の事である――を抑えるサチ、何やら呆れ気味のユージオ。どうにかして不名誉を払拭しようと試みるが、芳しくない。
 不利を察して強引に話を切り上げ、改めてクィネラへ向き直る。苛立たしげな視線はそのままだったが、意識の大部分は倒されただろうヴラドの方へと向いていた。相変わらず攻撃の予兆はない。
 ……したくても出来ない、というのもあるのかもしれない。体表の修復は今の間に済ませたようだが、腕は欠損したまま。よく見れば、身体を構築している魔力が不足しているのか、所々薄らと透けている。


「おや、そちらも片付いていましたか」
「ジャック。そっちも勝ったか」
「当然。まあ、想像以上に手擦ってしまいましたが」

 そういえば、『白』のサーヴァントってまだいたようなと気を回せば、丁度良くジャックが仕留めて帰ってきていた。彼女の実力からしてやけに時間がかかったようだが、上着代わりのボロコートがその機能を果たせているかどうか疑問になるほど焼け焦げた跡を大量につけてきていて、その激戦具合を察した。


「よし。じゃあ行こうか。みんなでリアルワールドに――」
『キリト君!桐ヶ谷君!!聞こえるか!?キリト君!!」

 言い掛けて、その最中。脳内に直接、切羽詰まった錆びた声が響いた。

「え、その声、菊岡か?システム・コンソールもないのにどうやって、」
『その説明をしている暇はない!大変なことになった!時間加速倍率が……奴ら、FLAのリミッターを!!』

 俺の表情から何か非常事態が発生したのを察し、だが菊岡の声は彼女たちには聞こえていないのか、不安そうな表情を浮かべている。
 俺としてもいまいちまだ状況が掴めず、怪訝な顔をするはめになったが――続く言葉には、思わずギョッとしてしまった。

『あと十分!あと十分以内にコンソールまで辿り着き、自力ログアウトしてくれ!どうしても不可能なら、自らHPを全損するという方法もあるが、これは不確実なうえに危険が大きい!
 外部からの切断処理が終わるまで、最短でも内部時間で二百年掛かる!最悪、その期間を全感覚遮断状態で過ごすことになる!』
「に、」

 ――二百年だぁ!?
 衝撃のあまり漏れ出そうになる口元を、全力を以って閉じる。

『この際アリスの確保よりも、君たち三人の脱出を優先してくれ!いいか、たとえログアウト後に記憶を消去出来るとしても、二ひゃ[⬛︎⬛︎]んという時間は[⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎]しい寿命を[⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎]て――』
「おい、菊岡さん?菊岡!?」

 突如ラースからの通信にノイズが走り、会話がぶつ切りになる。話の内容が内容だっただけに、まさか十分と経たずに限界加速が始まってしまったのかと焦る。

 だが違った。その不調は、決して外部から齎されたものではなく。内側から、アンダーワールドからの異常だった。





 ――突如として、炎が大地を嘗める。

「ひっ――」
「みんな下がれ!」

 火がトラウマ(死因)であるクィネラの引き攣った悲鳴。慌てて神聖術で消火しにかかるが、まるで意思を持っているかのように焔が水を呑み込む。

「『私の前から消えて』!
 ……だめ。効いてない!」

 サチがその瞳を赤く輝かせ、力ある言葉を紡ぐ。一瞬火の勢いが弱まったが、すぐさままた燃え広がる。

「『咲き誇れ、氷河の青薔薇よ(エンハンス・アーマメント)』!」
「消えなさい!!」

 続けてユージオの武装完全支配術と、クィネラの魔術が炎に殺到する。ブーストされた氷の鎖が、辺りを急速に冷凍し。
 ――だというのに、炎はその勢いを止めることを知らない。

 ふと気がつけば、いつの間にか辺り一帯を火焔に囲まれていた。DK組や、状況に取り残されていたベルクーリ、イーディスらも必死に突破口を穿とうとしているが、どれも炎に呑まれている。
 ……そう、()()()()()()。擦り抜けるでも、大地に刺さるでもなく、燃え広がっている箇所が、そのまま大口を開けた不定形の怪物の様に、凡ゆる抵抗を吸収している。

「これは、一体、」
「……この焔、心意によるものよ!術者を叩かなければ消えない!近くにいるはずよ!」

 流石はキャスター。即座に炎の正体を看破してのけたが、肝心の下手人の姿がない。
 こうなったら、全員心意かなにかで持ち上げて逃げる事を視野に入れ。


 ――視界の端を掠めた黒い染みに、直感的な確信を持った。

 火の海の向こう側で。革ポンチョを被った男がいた。

 相当の熱量に包まれているというのに、平然と、どころか揶揄うような動きで右手を左右に振って。
 滲み出るように、数万もの赤い軍勢が、次々と湧き出る。

 俺は。その中央で嗤う男に、見覚えがあった。
 ――『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』。あのデスゲームで、最強のアンチオレンジたるヴラドらドラクル騎士団の手から、何度も逃れ、アインクラッドに死を撒き散らしたレッドギルド。
 最終的には、トップを疎ましく思ったジョニーの手引きもあったそうで、圏内事件の騒動を最後に全員捕らえられたが、リアルに帰還後、唯一、所在不明の男がいると聞かされた。
 常に黒い革ポンチョを身に纏い、肉切り包丁型の大型ダガーを装備した殺人鬼。
 ヴラド同様に、けれど全くの別方面に恐れられた最悪の男。
 その名前は――


「PoH……!」


 伝説となった鋼鉄の浮遊城にて、未だ暗く刻まれたその名を呟けば。男は火傷の痕に塗れた凶相を、更に深く吊り上げた。
 聞こえるはずのない声が。悪夢の元凶である証明が、聞こえた気がした。





 ――It's Shaw Time.








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