串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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第十八小節 煉獄の炎

 

 

 

 

 

 黒い悪魔の号令を受け、赤い軍勢が炎を無視して陣形もなにもなく突っ込んでくる。実際辺りを舐め回す火焔は彼らの身体を焼くことなく、素通りさせている。

 ――いや、あの火が焼いているのは、心。魂だ。火に巻かれた者の怒りを、憎悪を、焼き付けている。深く深く、治ることのない火傷の様に。

 

 

「――全員、構えなさい!!」

 

 クィネラの鋭い号令。その評価はどうあれ、数百年にも渡って支配者であり続けただけあってカリスマ性は十分にあり、さっきまで敵対していた彼女の声に全員が反応した。

 宝具によってそこらじゅうにクレーターが掘られ、血の雨に泥濘んでいるんでいて、地形らしい地形は存在しない。敵の数は数万。囲まれたら終わりだと考えたのだろう。或いは、ヴラドさえいれば、と。だがもう一人の悪魔は、ほんの数瞬前に撃破したところだ。叩き起こした所で、『極刑王』(マップ兵器)が使えるかどうか。

 問題はまだある。あと十分で、時間加速が再開するのだ。

 そうなれば、アリスとオーシャン・タートルからSTLを使ってログインしている俺たちは、現実世界に渡る手段を失う。ワールド・エンド・オールターまで行くのにどれだけかかるか分からない以上、今直ぐにでも飛び立ちたいというのが本音だ。

 だが、だからといってアンダーワールド人を放ってはいけない。それに、PoHの事だ。憎しみの種を残せば、確実に次の争いを引き起こす。説得には時間が足りず、拘束は実質不可能。

 ユージオの『青薔薇の剣』なら広範囲拘束も可能だが、発動するには本人の魔力が不足している。空間リソースを使おうにも、周囲の神聖力はクィネラが吸血鬼に吸わせようとしていただけあり、量こそ膨大だが血と死、瘴気に澱んでいる。この状況下で拘束技を発動しようものなら、相当な苦痛を同時に与えることになる。それでは殲滅するのと変わらない。それどころか、使用者すら汚染されかねない。

 ステイシアアカウントによる権能も、辺りを燃やしている炎を維持している悪意に願いの方向性を引っ張られる恐れがある。

 

「くっ、どうすれば……」

「……坊や。アーチャーとのパスはまだ生きているかしら?」

 

 悩んでいると、クィネラがこっそりと話しかけてきた。身体を形作っているエーテルと空間リソースはまた別なのか、治りきっていないながらも相当数の素因を浮かべている彼女の姿に一瞬警戒しながら、こちらから耳を近づける。

 

「ああ。まだ繋がっているのを感じる」

「なら、私が令呪――絶対命令権をアーチャーに使えば、引き摺られる形で貴方も転移できるかもしれないわ。今のうちにアリスらの手を掴んでおきなさい。時間がないんでしょう?」

「!? な、なんでそれを」

「私が誰か忘れたのかしら?この世界、殊人界に於いて、全ては私の手中にある。ラースからの通話に割り込むなんて造作もないわ。

 そして私は。支配者の責として、人界に紛れ込んだ穢れを鏖殺しなければならない」

 

 さらっと告げられた内容に今更ながら彼女のラスボスっぷりに恐れ慄いていると、軽く小突かれて急かされる。

 

「……だったら、尚更みんなを置いて行けない。クィネラ、何かないのか?こう、大人数を纏めて無力化する魔法とか」

 

 『魔法』の二文字にピクリと反応したが、赤い軍勢の憎悪の咆哮がいよいよ間近に迫ってきたことに舌打ちする。返事は若干早口になっていた。

 

「神聖術にそういったものはあるけれど、それは精神に圧を掛けるもの。ああいった手合いには効果がないわ。

 ――さあ、急ぎなさい!令呪による転移も確実とは言えないのだから!」

 

 クィネラが吼えると同時に、赤い軍団の先頭集団と、嬉々として打って出た数人が激突した。

 

 

「「トルギョーーーック!!」」

「「トゥーージィーーー!!」」

「何言ってるかわっかんねえ!日本語(ひのもとご)でおk!?」

「ピト、大技を使うな!掴まれるぞ!」

 

 ナイフ片手の徒手空拳で片っ端から殴り付けるピトと、それを庇うエム。相変わらずの抜群のコンビネーションだが、それでも増幅された悪意によるなりふり構わない戦い方に戸惑っている。掴み技、関節破壊による強制スタンといったシステム外スキルを多用していたDKメンバーだから辛うじてやり合えている。

 その直ぐ傍を黄昏の極光(バルムンク)が薙ぎ払い、逃れた者も破壊音波(バートリ・エルジェーベト)が地表ごと捲り上げる。広範囲宝具は、炎の壁を越え、一撃で百人単位のプレイヤーを吹き飛ばす。

 そうこうしているうちにタメが終わったのか、クィネラが攻撃に移る。数を揃えれば宝具すら相殺可能な光が、時間をかけてエネルギーを注ぎ込まれたことで更に凶悪な火力となっている。

 閃光。続いて轟音。数千もの軍勢が爆発に呑まれ、煙の向こうに消える。

 

「チッ。思ったより巻き込めなかったわね。セイバー、防御を頼めるかしら?」

「ああ、わかった」

 

 ――だが、それでもまだ足りない。

 ピトらの手の届かない範囲を通り過ぎた軍勢が雪崩れ込む。数に圧倒的差がある以上陣形を組んだところで意味がないと、少数のパーティに別れ、ギリギリ互いの位置が分かる、けれど広範囲攻撃で同士討ちしない程度に離れての混戦になった。現状、まともに戦況を見れるのは、念話を活用しながら術式を降り注がせるクィネラと、さっきアスナを連れてきて直ぐ戦いに戻ったジャックくらいだろう。

 

「――クソッ!」

 

 ……PoHに誘導されている。狙いは見えずとも、それは分かる。このまま戦い続ければ、取り返しがつかなくなる。

 だが状況は、剣を納める事を許してくれない。可能な限りダメージを与えないで無力化しようと、武器を狙って心意ではたき落としても、素手で掴みかかられて意味がなかった。心意によるバリアを張ろうにも、PoHの炎が邪魔をする。

 結局切る他なく、刻々と時間だけが過ぎていく。あと八分。

 

「クィネラ!PoHだ!アイツは何処だ!?」

 

 こうなったら、悪意の元凶を叩く他ない。居場所さえ掴めば、後は飛んで行くと心意を練って返事を待つ。

 しかし返事はあまり芳しくないものだった。

 

「そっちに割く余剰はないわ!全滅させればそれで済む話よ!」

「それじゃダメなんだ!」

 

 クィネラの目が一瞬、聞き分けの無い子供を見る苦々しいものになったが、アリスを見、続けて空を――リアルワールドとアンダーワールドの擬似的な境目を見上げると、すぐさま術式の三割を攻撃から索敵へと切り替えた。

 

 ――今回の一件でアンダーワールドの存在が公になった以上、必ずその技術を求める者による争奪戦が始まる。そうなってしまえば、過程はどうあれ、アンダーワールドの初期化、最悪の場合、解体もあり得るだろう。

 それを避ける為の道の一つとして、アリスを始めとするアンダーワールド人を、リアルワールドに受け入れさせる方法がある。その為には土壌が必要だ。

 人工フラクトライトと現実の人間が交われる、自由な空間(VRワールド)。ザ・シード連結体。

 だというのに、その世界の住人(VRプレイヤー)がこんな深刻な殺し合いをしていては、融和は遠退く一方だ。

 

 刻一刻と悪化する状況、迫るタイムリミットにジリジリと神経を燃やされていると、ついに索敵術式にPoHの反応が引っかかった。

 

「いたわ!東に二百メル!さっきの位置からほとんど動いてない!」

「サンキュー!」

 

 心意の翼を広げる。

 上昇に一秒、到達に一秒。二秒あれば片がつく。

 事実、一旦片はついた。

 

 

「――おおおおおおおおおおおおおっ!!」

「ウォッ――!?」

 

 超高速飛行術のスピードそのまま、減速するどころか加速し、すれ違い様に剣で斬りつけ、翼を叩きつけ、瞬間的に発生したソニックブームで地面に叩きつける。

 当然ただの人であるPoHの身体が耐え切れる筈もなく、特徴的な友切包丁と、それに張り付いたままの右手を残して赤い染みに還った。

 流石にあと五分で再びログインするのは困難だろうし、下手に残して懸念材料にすることもない。どう見ても即死している。

 

 指揮官が一瞬で消し飛んだことで、まだ交戦前の外国プレイヤーたちに動揺が走る。よし、今なら説得できる。

 そう、信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――まだよキリト!その武器を壊しなさい!』

 

 ……その叫び(念話)が届くまでは。

 

「武器?」

 

 クィネラのからの念話に、急いでPoHがいた方に振り返る。

 そこにあの男はいない。主人を失ったナイフだけが寂しく突き立っている。

 

 ――『命』を喰らう魔剣が、血と瘴気に満ちた大地に、その牙を突き立てている。

 

「……あの野郎、まさか友切包丁(メイト・チョッパー)って!」

 

 空間リソースの動きを察知できる様になった瞳が、友切包丁が膨大なリソースを、『命』を吸い、怒りの心意を吐き出している――()()しているのを見咎める。

 ――あれの正体が、ゲームには割とよくある、特定の存在を攻撃することで性能が上昇する武器ならば。ましてや、殺人鬼PoHの愛剣なら、その()()は!

 

 慌てて剣を振るう。走り寄る手間を惜しんで飛ばした斬撃が肉厚の刀身に迫る。

 

 だが一瞬遅く、攻撃は噴き出た炎に阻まれた。

 業火が立ち上がり、友切包丁が宙に浮かぶ。大量の命を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を吸収した刃から、一滴の血が垂れる。熱に気化することなく、雫のまま落ちた血から、黒衣の男の肉体が再構築される。

 ……いや。()()を指し示すのに、(人間)という単語は、不適切になった。

 

 

 

「――いよう、キリト。こんなふうに顔を見て話すのはいつ以来だ?」

 

 ――半身はよく知る、黒い革ポンチョの男だ。自分でもそういうセルフイメージはあるのか、フードこそ消えて相貌が顕になっているが『人間』の範疇に収まっている。

 だがもう半身は、完全に異形のそれとなっている。大地を這う炎と同じ、決して消えることのない怨嗟の熱が辛うじてヒトガタをとっている。

 

「PoH、それは、」

「ああ?いいだろ。この友切包丁は、アインクラッドじゃモンスターを倒すたびにスペックダウンして、人間を斬れば斬るほどスペックアップするって仕様だったんだ。どうやらその本来の性能が、アンダーワールドでも機能しているみたいでな。オマケにどういう訳か、ここには『死』が溢れているときた」

 

 姿に言及したつもりだったが、どうやら本人には自覚がないらしい。あまりにも膨大な『死』をリソースに還元するのに時間がかかっているのか、脈動するように錆を浮かばせている魔剣は、少しずつ、その大きさを肥大化させている。

 既に見覚えのある物より二回りほど巨大化している魔剣を折るべく、再び翼に心意をチャージする。今度は塵一つ残さない。

 ヴォーパル・ストライクを発生させつつ、身体を打ち出す。サーヴァントの身体能力も合わさって、音速の数倍にまで加速された一閃は――しかし、耳障りな金属音と同時に受け止められた。

 

「なっ!?」

 

 友切包丁のみが残るというのならまだ分かる。黒い剣も神器だが、相手の刃から感じる圧はこれに引けを取らない。だが肉体が耐え切れる筈がない。

 そんな焦燥を察知したかのように、悪魔は嗤う。

 

「おいおい。まさかアンタらが茶番劇をしている間、このオレがずっと行儀良く待ってるわけねぇだろ?」

「……お前、まさか!?」

Exactly(そのまさかだよ)!」

 

 鍔迫り合いの向こう側。刃に浮かぶ血の錆に、無念と苦痛と屈辱の色が見えた気がした。

 

 

「東の大門トコで睨み合ってた人工フラクトライト共と日本人部隊、アメリカ人部隊。そん中を突っ走るのは中々に悦しかったよ!」

「―― PoHゥゥゥゥウッ!!」

 

 刃を滑らせ、返す刀で斬りつける。脳天から股まで一刀両断したというのに、次の瞬間には何事もなかったかのように笑っていた。

 

「ハハハハハハ!流石に全滅させんのは手間だったもんで、荒らすだけ荒らして後は向こうに残した中韓連合一万人に任せたが、まあ今頃綺麗に共倒れしてるだろうな!ホント、見れねえのが残念だ!」

「お前……!分かり合えた筈だったのに!傷つけあうんじゃない!手を取り合えたはずだったのに!!」

「ハハハ!ハッハハハハハハ!!やっぱりお前は最高だよ、キリト!!」

 

 首、心臓、頭、脇、太腿、上腕。思いつく限りの人体の急所という急所を破壊し続けているというのに、この悪魔は笑う事を辞めない。凡ゆる攻撃は無意味だとでもいうように、抵抗すらせず斬られている。

 唯一弱点だろう友切包丁を真っ二つにしてなお、その凶笑を止める事は叶わなかった。

 

「クソッ!どうすれば、」

『キリト!後五分を切ったわ!引きなさい!』

 

 心意の手によってピンポン球サイズにまで圧縮しても平然と復活するヤツの姿に怯んだ心の隙に、クィネラの念話が差し込まれる。それは、残酷なタイムリミットの報せだった。

 

 瞬間、脳裏に大切な人たちの顔が過ぎ去る。

 両親や、直葉。シノン。アスナ。クライン、エギル、リズ、シリカ。

 ケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー。

 ヴラド、ザザ、ピトフーイ、ノーチラス、ユナ、エム。

 切嗣さんや、舞弥さん、言峰神父。慎二、士郎さんに、桜。

 学校の友人たちや、ALOのフレンドプレイヤーたち。

 アリス。ユイ。

 そして、サチ。

 彼らに、二度と会えなくなる。

 

 

『後五分経ったが最後、戻れなくなるわよ!?』

「っ――だけど!」

『この世界の人間を信じなさい!あんなアブラムシの一匹、整合騎士に掛かれば簡単よ!』

 

 あの悪魔をこの世界に残すことになる。そう口にしかけたのを塞ぐ形でクィネラが被せてくる。

 ――だがその逡巡は、あまりにも隙を晒し過ぎていた。

 

「おいおい、もうダンスは終わりか?」

「くっ、」

 

 大振りな横凪。咄嗟に剣で受け止めるが、剣から嫌な音が鳴った。

 とても『短剣』に分類される武器とは思えない重さに怯み、そしてこの攻撃が()()()()()()()()()事実に戦慄した。

 続く連撃を受け止め、受け流す。一撃一撃、その全てが膝をつきそうになるほど重い。黒い剣も軋みをあげ、刀身に僅かなヒビが入る。

 

「まあ落ち着けや。お前を殺しはしないさ。そうするのは後でだ」

「っへえ。狙いはアリスか。お前がそんな風に誰かに尻尾を振るなんてな!」

 

 ニヤけている面目掛けて蹴りを放つ。僅かに顎を傾けて避けられたが、ここで初めてPoHの表情が不満げなものに変わった。

 

「アリス?……ああ、すっかり忘れてた。けどもう、()()()()()()な。

 オレの目的は二つ。一つはお前だよ、キリト」

 

 PoHの俺を見る目が下卑たものになり、粘着質なものに包まれる感触が全身に纏わりつく。

 だがそれは一瞬のことで、直後、PoHの心意の手に炎が灯る。PoHの心が、魂の中心で燻っていた憤怒に染まる。

 

 

「……もう一つはあのガキだ。

 二十年前のアリマゴ島でオレの姉貴分を殺し、オレを業火の中に置き去りにした、あの銀髪のクソ餓鬼だ!!」

 

 強烈な熱と衝撃に弾き飛ばされる。赤い兵士を数人巻き込みながら倒れた状態から転がって立ち上がる。

 半身を包むだけだった炎は、気が付けばヤツの全身を呑み込もうとしていた。

 

 

「ああ、そうだ……あのクソ野郎を殺して……心臓を抉って……首を晒して……喰って……殺して……殺して、殺して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し殺殺ころコロ殺しコロ殺殺してッ!!」

「ッ――」

 

 熱が、PoHという男の魂の許容量を超えて溢れ出る。血液は沸騰して目や耳から蒸気を放ちながら噴き出る。眼球は急上昇した圧力に耐えかねて内側から破裂し、落ち窪んだ眼窩が晒される。言動からは元の醜悪は掻き消え、バグったように殺意のみを垂れ流している。

 己を観測する術を失ってからは、その変異は更に加速する。図体は三、四メートルほどに巨大化し、友切包丁は、ナイフというより大鉈と言った方がしっくり来るシルエットへと変貌する。

 そして、なによりもはっきりと目立つのは。口元から覗く、鋭い牙。

 

 ――そこにいるのは、最早ヒトとしての有り様すら業火に投げ棄てた、変わり果てた『吸血鬼』の姿だった。

 

 

 あまりの変貌ぶりに赤い軍勢も怯んだのか、気が付けば怒号や切り合う金属音は聞こえなくなっていて、悄然としている。

 

「おいクィネラ!なんだよコレ?!」

『妥当な結末よ。この地に広がる『血』は、ただ負の心意を掻き集めただけではないわ。バーサーカー(ヴラド)を最恐の死徒へと押し上げる為に、そういった『怪物』のイメージ(心意)を抽出し、多数のアンダーワールド人の遺伝コードと混ぜ合わせたもの。吸血鬼、或いはワラキアの夜としての肉体を固定化させる、謂わば彼専用に調整した専用の血(死徒化薬)

 そんなものを他人が大量に摂取すれば、暴走するのは必然。寧ろ死徒と呼称可能な程度には制御出来ているのが驚きよ』

「制御出来てる?!これでか!?」

『何にせよ、ああなれば自壊するのも時間の問題よ。戻りなさい』

 

 PoHが既に撒き散らした炎が、ヤツに――いや、あれはもうPoHとは言えないだろう。あのバケモノの銅鑼声呼応して、勢いを強くしている。ジリジリと肌を焼く熱と、ナニカの肉が焼ける異臭、それに薄ら混じる潮の匂いに、鼻が曲がりそうになる。

 だがバケモノ本体に関しては、怨みを込めた絶叫こそしているが、特に暴れ回ったりという様子はない。炎は敵味方の区別がついておらず、近場にいる赤い軍勢ばかり焼いている。時間も無いし、クィネラの言う通りサチの下まで戻るのが最適解なのだろう。

 

 

 

 ――『アリマゴ』の名を聞かなければ、撤退の選択をしただろう。

 

 

 

「……クィネラ。サチたちを、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――……いつかも言ったけどさ。お前、俺をいじめる趣味でもあるの?

 

 ――いやー、そんなつもりはまったく。成り行きというか、なんというか。

 

 

 眩い日差しの差し込む中で、懐かしい少女と微笑む。

 その笑顔を、その優しさを、もう一度目にしたいと。

 ただそれだけだったのに。ああ、いつから自分はこんなに欲張りになったのだろう。

 

 

 ――……もう行っちゃうの?

 

 ――呼ばれているから。大丈夫だって。だってあるんだろう?奇跡も、希望も。

 なら行かないと。みんなが呼んでる。

 

 

 自笑し、槍を取る。彼女の祈りは、こんな物を握る為にあったのではないと知っているというのに。

 この力で、大切な人の幸せを掴むのだと。この、俺の様な人間には、どう考えても過ぎた力で。けれどそんな後悔は、いつしか傲慢となってしまった。

 

 

 ――……そっか。じゃあ、しょうがないね。

 うん。しょうがないから、代わりに『あたし』をつれていって。

 

 

 だから。その言葉の意味が、一瞬。理解出来なかった。

 

 

 ――今だから分かるけど、お前からしてみれば、俺は異聞の存在なんだぞ?

 

 ――うん。だからあたしはいけない。

 

 ――……ごめん。まるで意味が分からない。

 

 

 思わず頭を抱える。うんうん唸っていると、頭を押さえていた手を握られる。

 その中にあったものを見て、息を呑んだ。その言葉の意味に、どうしようもなく心が震える。

 

 

 ――お前、これ――

 

 ――あたしは一緒にはいられないけど、今のあんたなら、連れていけるでしょ?

 

 ――……ああ。そうだな。なら、俺は。

 

 

 

 

 

 「――『希望を踏みにじり。嘆きの種を喰らい。

 俺は、俺が最も望まぬ怪異となろう』」

 

 

 意を決して日差しから出る。影に入ると同時に手にあるものを口に放り込んだ。

 ガラスを噛み砕いた様な音が鳴る。視線が一気に高くなって、両手は血塗れで。流水から削り出した様な美しい槍は、その矛を濁った朱に染める。口の中には、牙の感触があった。

 昔なら似合わなかった黒いコートを翻し、臓物で腐臭漂う悪路を征く。

 

 

「故に、さらばだ。我が正義の味方よ。もし次が赦されるのならば。もしこの一夜の夢幻が醒めたのなら。

 ……そうさな。また、楽器でも弾こうか」

 

 ――……約束だからね!!

 

 

 背後から、声がする。優しい声だ。そして強い声だ。

 俺以上の嘆きを知り、それでもその在り方を歪めることのない、強い声だ。

 それは――祈りを違えた俺には、望むべくもなかった救済だ。

 

 それを憶えている。もう忘れない。誓いは、祈りは。いつだって、ここにあるのだから。

 

 

 ならば。嘗て憧れた己自身を、ほんの一時であっても。再び目指してみるとしよう。

 なぜなら――

 

 

 

「――余は、英雄(化物)であるが故に」

 

 

 

 

 

 

 

 









 ――それは愚かなる名 だが時は求む

 不屈の英雄

 その物語を――


次回 『英雄 運命の詩』




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