串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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第十九小節 『英雄 運命の詩』

 

 

 

 

 

『頼むって、貴方ねえ!』

「令呪なら白のアサシンのがまだ残ってるだろ」

『……いつの間に。いえ、そうじゃなく――』

 

 アーチャーが俺の意図を汲んでくれたのか、クィネラからの念話が遮断される。

 

 バケモノ(PoH)の撒き散らす憤怒の心意が遂に世界の情報量を上回ったのか、燃える荒野だった空間の景色が徐々に塗り変わっていた。

 見回せば、炎の内側に薄らと樹木や焼死体の影が見える。今は実態の存在しない影法師のようなものだが、徐々に徐々に、匂いが、質感が、熱が、現実のものになろうとしているのが分かる。PoHの記憶が、アンダーワールドを塗り替えようとしているのが分かってしまう。

 

 ――固有結界、じゃないな。心象風景の内側と外側に境界がない。膨大なリソースで力任せに、記憶を世界に覆い被せる形で投影しているのか。

 

 

 空を見上げる。白い満月が、炎の赤に染まり、火の粉が星々を隠している。

 

 ――ふと、子供の声が聞こえた気がした。誰にも愛されず、悪魔の名をつけられた少年の泣き声。

 本来よりも数年早く知ったばかりに、その環境から無理矢理逃げ出して。その先が、どうしようもなく暖かくて。

 だから、憎む。だから、殺し続ける。島の崩壊という弾丸(原因)を込めた、ヤツと同じ人間を。引金を引いた(結果を招いた)連中と同じ人間達を。シャーレイを殺し、オレを見捨て、弟分を拐った人間を。東アジア人の全てを――――

 

 

「なるほど。地獄の王子(ヴァサゴ)を縮めて『PoH』、か」

 

 改めてその名に込められた意思を知る。当人にしてみればただ本名を文字っただけなのだろうが、そこには無意識の内に、内包する矛盾が現れていた。

 心象風景から読み取ったことを把握したのだろう。緩慢な動作で大鉈を振り上げたバケモノに向けて、その一言を口にした。

 

 

 

「なあ、()()()()()()は、悔いていたぞ」

 

 

 ――振り下ろされた大鉈は、全く無関係な場所に跡を刻んだ。

 窪んだ眼窩からは存在しないはずの視線が集中し、ぼやけていた輪郭が自意識と同時に形を取り戻す。

 話す声は、予想していたものよりもずっとハッキリとしていた。

 

「キリトォ……それは、どういうことだ。何でテメエがその渾名を知っている……!」

「そのままの意味だ!切嗣さん(ケリィ)はお前を、ヴィィを覚えている!忘れてなんかいない!」

「――その名を、口にするな!!」

 

 いくらか人の形とサイズ感を取り戻したバケモノが、本来のキレを以て刃を振る。相変わらず重いが、底は見えた。

 前進しながらの七連撃を防ぎきり、最後の踏み込み斬りに重単発ソードスキルを合わせる。出力の差はアーチャー経由で得たリソースで強引に埋めようとするが、どういう訳かアーチャーのパスが細まってきている。

 

 ――頼む。あとほんの数分、力を貸してくれ!コイツを、リアルで合わせなきゃいけない人がいるんだ!

 一度は見捨てられた少年を、もう一度見捨てることなんて出来るか!

 

「くっ――ラァッ!」

 

 このまま鍔迫り合いの力勝負になっては勝ち目がない。一息に脱力し、受け流す方向に舵を切る。

 ギャリギャリと異音が鳴り響く。どう考えても木剣から鳴っていい音ではないが、一々そんなことを気にできる相手ではない。剣の耐久力も心配だが、身体能力についてもバフが消えかかっている。テクニックも併せて今のPoHとまだやりあえるギリギリだ。

 

 クィネラの解説を信じるなら、今のPoHはさっきまでのヴラドと同じ『吸血鬼』としての特性を有している。なら同じ方法で倒せるだろうが、それには他者の魂に刻まれたヤツの詳細なイメージ、魂の記録が必要になる。だがアインクラッドではほぼ完全に周囲を騙しきっていただろうPoHの正確なイメージなど、ラフコフの幹部であろうとアテにならない。

 なら発想を逆転させて、『吸血鬼』としてのイメージを引き剥がすかと考えたが、それにはコイツを正面から倒しきる必要がある。心意を全開にすれば可能性はあるが、正攻法では間違いなく五分以上かかる。

 

「フッ――」

「チッ――」

 

 額に汗を滲ませながら懐に飛び込み、心臓に剣を突き刺す。肋骨の隙間に沿うように横に払えば、ズタズタになった臓器だった肉片が溢れでる。

 同時に心意で銀を生成。杭状に変形し、もう殆ど再生しかけの心臓に打ち込む。

 

「テメエ、クソ!」

 

 セルフイメージに外部から入力された(紛れ込んだ)『吸血鬼』が足を引っ張っているのか、明らかに再生速度が落ちる。続けて頭部を穿とうと、銀の素因を生成する。不死のトリックが『死んでから復活する』残機制ではなく、『死亡した後(体力がゼロになって)、システム上死亡したと処理されるより先に回復する』リジェネ方式であれば、この方法で倒しきれるはず。

 

 一メートルほどの刃渡りの杭を形成し終わるのを待たず、肋骨の隙間から銀刃を排出しようと迫り上がる肉を掻き分けて突き上げる。

 

爆ぜろ(ディスチャージ)ッ!!」

 

 術句を受け、杭が一気に膨張する。内側から骨を押し出す肺と心臓が張り裂け、気管を埋め尽くし、脳幹を粉微塵に弾き飛ばす。

 よし、効いている――

 

「――イテェじゃねえか」

 

 ボッ!と炎混じりの破裂音が鳴る。銀杭は一瞬で炎上し、その熱の上にPoHの皮膚が張り付いていた。

 見れば銀刃すら燃料へと変換したのか、どこにも見当たらない。

 

「……マジかよ」

 

 ――『吸血鬼』という種族の弱点を克服している。心象風景が満月の夜だから陽光は用意出来ない。ニンニク?流水?十字架?どれも効果をもたないだろう。直感的に分かってしまう。

 

「く――」

「ハハハ。まあ後で遊んでやるから、そこで待ってろ」

 

 それどころか、『掌を向ける』という一行程のみで炎が渦巻く。背筋に悪寒が走り、咄嗟に突破しようと心意を練り――物質として放出する、その寸前に燃え上がる。もう凡ゆる心意は、ただの薪に成り下がった。

 気が付けば、周囲で原型を留めているのは、自分だけになっていた。サチたちとは距離があってまだ無事かもしれないが、赤い軍勢の内数十人、数百人は炭化していた。

 

 ――これが、過去のヴァサゴが居た地獄。たった一人を遺し、住人を焼き尽くした煉獄。

 ……英雄(化物)が間に合えなかった可能性、その果てにあったもの。

 

 つまるところ、俺にはもう、どうしようもなかったのだ。

 アイツの歪みを正し、償わせるには、二十年遅くて。それを成すには、奇跡か、魔法でもなければ土台無理な話で。

 何もかも、何もかもが足りなかったのだ。救うにしろ、殺すにしろ。時間も。覚悟も。力も。

 

 ――プツン、と、一際魔力が送り込まれると同時にアーチャーとのパスが切れる。同じくして後方から魔力の奔流が立ち登り、同時に消える。漸く令呪で転移したのだろう。あと三分。サチの運の良さならきっと間に合う。

 

 そして、それが示すのは――俺は、取り残されたということだ。

 アサシンの令呪は残り二画だった。コンソール前まで跳ぶのに一画。往復分のチケットはない。頼みのアーチャーとのパス(命綱)は切られた。

 ヴァサゴも、その心意を支える根底にある怪物のイメージは、リアルワールドのプレイヤーの抱く恐怖や悪意、畏れや怯えから成り立っている以上、あと数分で訪れる大幅な弱体化は免れない。そうなれば、ヤツは自分さえ燃やし尽くし、何も成すことなく燃え尽きて掻き消えて、終わる。

 結末は決定付けられた。凡ゆる意思は、行動は、その意味を成すことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だからって、立ち止まれるかよ!

 

「――リリース・リコレクション!!」

 

 背を向けて歩むヴァサゴ目掛けて、炎の壁を剣を盾に突っ切る。

 夜空の剣の記憶解放術は、リソース吸収。憎しみの炎すら飲み込み、不定にして絶対の境界線の突破を現実とする。

 だが、無謀の代償も重かった。

 

 ピシリと、崩壊の音がする。遂に刃毀れという形で、剣が限界を訴える。次無理をさせれば、その瞬間砕け散るだろう。

 ジクジクと防ぎきれなかった呪い(火傷)が体を蝕む。これ以上(悪意)に巻かれれば、最悪の場合俺自身すら塗り潰されるかもしれない。魂諸共燃え果てるか――或いは、生き残る筈のなかった少年(ヴァサゴ)と同じ末路を辿るか。

 

 

「――PoHゥゥゥウウウウウウウウウ!!」

「ッ――チィ!」

 

 首筋目掛け、背後から斬りかかる。

 過去はどうしようもない。だが、それは今を、未来を諦める理由にはならない。

 もう誰も殺させない。もう誰も死なせやしない。

 どう言葉を尽くしても、お互いもうログアウトする時間は残っていない。

 だから。その為に。俺はこの男を、この手で――

 

 

 

 

 

 

 

「――もうよい。お前がその咎を背負う必要はない」

 

 

 刃が届く、その寸前。

 杭の林が、乱立した。

 

 小さく、砂利と煤を踏み締める音が背後で鳴る。殺気も敵意も無い静かな声が、杭を尚も燃やそうとする業火を静まらせる。

 

 

 

 ――此処に、英雄は帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しいな、ヴァサゴ。十九層の一戦以来か」

 

 『生かす為に殺す』 そんな不思議で優しい心意を纏っていたキリトを引き留め、代わりに一歩前に出る。

 全く、欲を言えばもう少し寝かせて欲しかったのだがな。ピトとサチに叩き起こされ、挙句周囲は見覚えのある燃え方をしているときた。あの時(十九層)の奴の呟きを追求しなかった俺のミスと言えばそれまでか。

 

「……ヴラドか。今テメエはお呼びじゃねえんだよ」

 

 倦怠感を隠そうともしないヴァサゴ。無理もない。とはいえ旧アインクラッドで散々やりあったのだ。お互い油断ならない相手だというのは一致している。声も顔色も目も、一切が全て(ヴラド)を捉えていないが、攻撃の意思だけは心意の炎越しに伝わった。

 

 ――尤も、『だからどうした』という話だが。

 

 

「……?テメエ、」

「まだ惚けるか。よくもその様で復讐などと口にできたものよ」

 

 襲い掛かる炎だったが、火の粉一つとして俺の裾にすら届かない。

 当然だ。なにもこの空間は、奴の固有結界ではない。奴はこの空間の支配者足り得ず、であれば他者の介入を赦してしまう。例えばさっき、キリトの一撃を止めた杭。例えば――

 

 ――(心意)の制御を奪う事も。

 

 PoHも自分の制御外の業火が燃え盛っているのに遅まきながら気が付き、俺の挑発に対し青筋を立てながらも噛み付く。

 

「それぁ、これは、どういう意味だ?!」

「はっ、分からぬか。いつぞや貴様が問うた言葉であろうに。我らは似た者であり、そして()はそれを肯定した。そうだ」

 

 ――瞼を閉じ、意識を己の内側へと向ける。

 直近の『ブライアン』としての記憶と『バーサーカー』としての掠れた記憶(黒歴史)がゴチャ混ぜになっているのを掻き分け、さらに深く、深くへと。

 どっかの愛すべきバカ共が切り拓いた、その裂け目の最奥。意識的に封印していた、後悔の一つへと。

 

 

「――()とお前が似ていると言い出したのは、お前だろう、ヴァサゴ」

「――――――」

 

 ――二十歳頃の、前世(日本人だった時)とロクに外見が変わっていなかった頃へと、姿が変化する。

 呆然、絶句。まあ分からんでもない。改めて自分でも考えてみれば、面影がないどころの騒ぎじゃないからな。劇的ビフォアアフターでももうちょっと名残がある。クィネラとジルの両方に「戻して」「どうしてそうなる」と曰われた覚えがあるし。

 ぽやぽやとそんな取り留めもない事を思い出していると、一気に殺意が収束する。

 

「――テメエがッ!!シャーレイをッ!!殺したのか!!!」

 

 炎を纏いながら突進してくるヴァサゴに対し、三度呼応して実体化した拳銃を撃つ。

 火は支配権を完全に奪うまで行かずとも、軽く意識を向けただけで指向性をなくす事に成功したが、友切包丁は止まらない。三発ほど撃ち込んだのち、回避する。なお全弾擦りすらしない模様。クソが、当時の姿だとその程度にまで実力が下がってるのか。

 

「――ヴラド!無茶だ!今のPoHは吸血鬼で、今のお前は人間でしかないんだ!」

 

 友切包丁の一撃をギリギリで躱すのが精一杯だというのに気が付いたのか、ヴァサゴが口元を狂笑に歪ませ、キリトが割って入ろうと剣を握る。

 そんな少年に笑いかけ――遂に避けきれなかった一撃が、肩口に食い込んだ。

 

「ヴラド!?」

「くっ、」

「ハハ、ハハハハハハハハハハハハ!!死ね!死ね!!そのまま消えて無くなれ!!

 お前がいなければ!お前さえいなければァ!!」

 

 動脈に喰い付いた刃が、持ち主の憎悪に呼応して更に凶悪な物になる。心臓から押し出される血は傷口から噴出し、人間であればもう、致命的な量だろう。

 だというのに、まだ足りぬと言わんばかりに、友切包丁が沈む。

 鎖骨を叩き割り、肋を砕き、肺を破り、心臓へと迫る。PoHの凶笑は、遂に哄笑へと変わっていた。

 

 ……全く。切嗣のヤツも、いっそここまで当たってくれたらまだ楽だったってのに。よりにもよってお前がそこに立つか、PoH。

 

「……そうだな。お前を見捨てたのは俺だ。お前には、俺を責める権利がある」

 

 突っ込んでこようとするキリトを後ろ手で制しながら、全身に力を込める。

 

 

「二層のあの時であれば。俺が、俺自身の過去から目を背けていたあの日であれば。あの時、復讐の業火を瞳に浮かばせていたのであれば、俺はお前を受け入れた」

 

 

 違和感に気がついたのか、PoHが友切包丁に更に力を掛ける。だが押そうが引こうが、刃はピクリとも動かない。

 

 

「――だが、もう()()()。お前に俺は、殺せない」

 

 

 友切包丁を握る手を、上から握り潰す。

 激痛に数歩引いたPoHの瞳に反射したのは、サーヴァント・ヴラドの偽者の姿。

 

 

 ――始まりは、ただ、何も出来ないという事実を払拭したいがためだった。

 

 二十歳を迎えるまでは、前世と今世の違いに荒れ。

 

 アリマゴの地獄を経た後は、聖杯を、第二法を求めて無為に足掻き。

 

 結局ここが運命の世界線ではなく、電脳の英雄譚だと知って。

 

 権力も。財力も。武力も。何一つとして俺の渇望を満たすことは叶わなかった。俺の願望を叶えるには、そもそもスタートラインから間違えていたのだ。

 

 だからきっと、SAOに殴り込んだのは、八つ当たりの意図が多分にあったのだろう。持て余した力の振るいどころを、振り上げた拳を振り下ろす先を、無意識に求めていたのだろう。ますます当時のPoHが俺を引き込もうとしていた理由に合点がいく。情けない話だ。怨霊、悪霊と何が違う。良くて傍迷惑極まる亡霊だ。

 

 ……だが。

 

 逃げ出した先で、その光景の美しさに感動した。

 混沌の中で、なお思いやる人情に触れた。

 暗闇の淵を突き進まんとする勇気を見た。

 

 ――運命を拒絶し、絶望を踏破した勇者に、魅せつけられた。

 

 巡り巡って、小さな小さな本当の奇跡を、見つけてくれたのだ。

 

 

 なら俺は成そう。張りぼての英雄に相応しい凱旋を。着ぐるみの化物に相応しい蹂躙を。歴史の威を借る王に相応しい君臨を。

 

 抗って見せた少年(キリト)の為に。

 

 変わってみせた少年(ザザ)の為に。

 

 ――あの日、自身より弟を案じた、少女の為にも。

 

 

 

 

 

「……キリトよ。お前は()に、何を望む?」

 

 傷付いた肉体を修復し、爪の先まで十全に魔力を循環させる。

 ピトらが既に繋げてくれたアンダーワールドとのパスから、『ヴラド十五世』としての知名度補正が流れ込む。

 嘗て飲んだ他者の()が、『吸血鬼』としての格を押し上げる。

 

 ……クィネラが計画した真祖に比べれば、あまりにも貧相だ。目も当てられぬ程貧弱だ。()()()()相手に覚悟を決めねば打ち勝てぬなど、不死者の恥晒しにも程がある。

 だが今の余は、どうしようもなく無様であれ――

 

 

「……勝て。完膚なきまでの、完全な勝利を!!」

 

 落ちた友切包丁を踏み壊す。狂気の象徴が、今度こそ消える。

 炎の地獄を突き破り、串刺しの林が顕現する。

 

「――よかろう。ならば()は、()()である!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……だからどうした。今更いくら英雄ぶろうが、テメエが俺以下のバケモノだってことに違いはねえだろうがッ!!」

 

 愛剣を失ったPoHが、火のついた枝を片手に殴り掛かる。ただの枝切れと侮るなかれ、膨大な心意によって形作られた物である以上、下手な神器を上回る強度を持っているのは確実。それを吸血鬼の剛腕で振るったのなら、必殺に足る。

 

「認めよう。あの時同様。余は破綻者であり、余はバケモノであると。

 故に改めて宣言する。余は貴様を赦そう。赦して笑って、貴様を終わらせよう!!」

 

 それを、真っ向から()()()()()

 当然、力が足りない。強度が足りない。

 キリトが危惧していた通り、無辜の怪物が剥がれた俺のステータスは所詮人間の範疇に毛が生えた程度であり、握る槍も宝具や神器とは比べ物にならぬほど貧弱である。

 拮抗は一瞬。あっさりとヘシ折れた槍に、ヴァサゴが歓喜する。が。

 

「死ね!」

「戯け!この首、そう易々取れると思うでないわ!」

 

 即座に槍を再召喚。朱に穢れた槍は、今度こそ一撃を受けきった。

 ――この槍は英霊の宝具同様、ただ一種類しか存在しない得物である。だがそれはイコール、この世に一本しか存在しないという証明を成すには足りぬ。

 言うなれば、量産可能な宝具。これであれば、防ぐのは不可能ではない。

 

「この、クソがァ!!」

 

 絶叫と共にPoHが発生させたのは、分身を伴う見覚えのないソードスキル。前と左右からほぼ同時に迫る斬撃を次々と新たな武器を生成して弾き、逸らし、時には槍が砕かれるに任せて防ぐ。

 ええい忙しい!おのれ茅場これ絶対ユニークだろうが戯けが!

 

「だが()は負けぬ。決して負けるものか!」

 

 気合いでどうにか六連撃をやり過ごすと、左右の分身が消滅する。最後の一撃は、大上段からの振り下ろし。

 尋常ではない威力の込められた叩き付けは一歩下がって躱し、カウンターを狙う。

 

「――おおおおああああああああああ!!」

「――ッ、真かおのれぇ!」

 

 爪先スレスレの大地に深い跡を刻み込んだ一撃。ここまで姿勢が崩れれば復帰は手間だ。

 何度目かの槍の生成を済ませると同時に、槍を――その直前、直感に従い、全力で背後に跳ぶ。

 

 奇声を伴った踏み込み。姿勢が崩れたまま、()()()()()()。全体重の乗った、八撃目。

 赤黒いソードスキルエフェクトが、ただの枝を刃へと変換し、エネルギーが飛ぶ斬撃――反転した極光として迫る。

 

「貴ッ様!?」

 

 回避しようにも、直線上にはまだキリトがいる。

 ソードスキル抜きで迎撃していたのが幸いし、一瞬逡巡してなお防御は間に合う。咄嗟に両手に槍を展開、交差点で受け止める。想像以上の重さに、思わず膝が曲がり掛ける。腕が、肘が、悲鳴を上げ、筋肉と骨がグズグズにシェイクされる。

 

 ――否。上等!!俺にとって腕の一本や二本、些事でしかないわ!

 肘から先が消し飛ぶと同時に即座に再生。流石に武器の生成・強化までやる隙はなく、吹き飛ばされた槍を寸前で持ち直し、叩き付ける。

 拮抗は数秒か、数十秒か。火力が僅かに減衰した隙を突き、万力を込める。

 

「ぬぅ――かぁああああああ!!」

 

 力任せに槍を振り抜き、エネルギーの奔流を捻り伏せる。()()()()()

 

「ハッ。こんなものか、ヴァサゴよ!」

「ほざけ、ヴァンパイア!!」

 

 

 振り抜いた姿勢のまま、続けざまに振り上げる軌道の短剣ソードスキルに繋げたPoH。カウンターを合わせて蹴りを放つが、激突音一つのみで素早く間合いを空けられる。仕切り直されたか。つか一刀の癖してサラッとスキルコネクト成功させてんじゃねえ!

 

「だが其処は我が間合い!出し惜しみは無いと知れ!」

 

 握る槍に魔力と心意を織り込む。脈動し、流水が極刑の象徴へと変貌を遂げるや否や、アンダースローで叩き込む。狙い違うことなく、心臓を貫いた一撃。だが、PoHの相貌は歪みきったまま。

 仕留めた、手応えがあった。仮にまだ息があったとして、悪足掻きなど容易く潰す自負があった。

 

「――クソが。こんなんじゃ足りねえんだよ!」

「ぬぅ!?」

 

 けれどPoHは槍をその臓腑に突き刺したまま、なんら不調を見せることなく斬りかかる。

 

「貴様、未だ足掻くか!」

「オレはテメエを殺しにきた。テメエを殺す為だけにここにいる!

 だからよぉ、せめて出来るだけ苦しんで死ね!ニセモノの吸血鬼(ノーライフキング)!!」

 

 やり返すように心臓を抉らんと沈み込む得物を再度握り潰さんと力を込める。

 だが一度は使った手。捻りあげられ、傷口から血が噴き出、手は虚しく空を掻く。

 それでも。致命からは程遠い。キリト曰く此奴も不死者の領分に足を踏み入れているのなら、泥試合待った無しか。まあいい、この距離であれば我が手で砕ける。

 首に手を伸ばし、吊し上げる。身長差もあり、PoHは無様にもがく。

 

 

「クソが!!クソが、クソガァアアアアアッ!!」

 

 ――そう、足掻く。恥も外聞も何もかも投げ棄て、一撃を届かせる、その一歩を踏み出す為に全てをかなぐり捨てる。

 そも――奴は疾うに、人の在り様など棄てていた。

 

 掌に激痛が走る。見れば、牙が突き立っていた。

 

「クッ――」

 

 指を喰い千切られ、掴みを強制解除される。挙句その指を眼球目掛け吐き捨てられた。

 怯んだ一瞬。それは今この戦場に於いてあまりにも長過ぎる時だった。

 

 心臓に衝撃。見れば、飾りナイフが。炙られる様な感覚からして、銀製。

 

 硬直。再び、長過ぎる一瞬。最早、発動していた『次』を止めることは叶わなかった。

 

 人一人――どころか、怪物を一頭呑み込んで釣が来るほどの『死』が迫る。

 何十、何百、何千と、PoHが飲み込んだ『死』が、止めど無く流れ込む。

 血に汚物に塗れた、赤黒いエネルギーが大瀑布となって流れ落ちてくる。

 同時に、声が耳元で渦を巻く。

 

 ――神よ、あいつを……

 ――あの子を、返して……

 ――戦争を、闘争を、永遠に……

 ――お前だけは、絶対に……

 ――世界を……

 ――世界を、

 ――世界を――

 

 ……或いは『本来の歴史(原作)』であれば、ガブリエル・ミラーを撃破したのと同一にして真逆の力が、深淵として、腐り落ちた心臓に、無限の熱と闇で以って淵に沈めようとする。

 罪が、悪性が、流転し増幅し連鎖し変転し渦を巻く。

 

 心意による金色とは異なる、異形怪異の証明たる紅の輝きが、黒に染まるのが分かる。

 肉体に亀裂が走り、その隙間から泥が溢れる。亀裂は全身に広がり、瞬く間に全身を包んだのだろう。キリトらの叫びが、ヴァサゴの哄笑が、何処かで遠くに聞こえる。この中で正気を保つには、似通った悪性を最初から内包しているか、そうでなければ相応に強大な魂に強靭な自我が必要だろう。

 

 

 

「――で?()()()()()()()

 

 

 

 ――尤も、些か以上に質と相性が悪かったが。

 

 溢れでた泥に介入。広がろうとしていたそれを集合させ、圧縮し、吸収する。

 驚愕に染まる彼らだが、当然の結果だろうに。これが正しく『この世全ての悪』ならばまだしも、先程のはヴァサゴがこの世界から『死』というフィルターを通して集めたものを奴自身の憎悪に混ぜ込んだもの打ち込んできたに過ぎず、そもその『死』すら、元を辿ればクィネラが俺を真祖の領域に上げる為の贄。多少毒が混じったところで、この俺を害するには遠く及ばぬ。

 

 

「――言った筈だ。お前では、()を殺せない」

 

 心意の奔流、その全てを飲み干し、立ち塞がる。

 殺意を顔に貼り付けたまま硬直したPoH、棒立ちの奴に対し、()()()()()()()()()()()()()()、顔面に拳を捻り込む。再生の兆候はない。

 

「貴様の不死性、その原点(オリジナル)は吸血鬼にある。つまり()だ。貴様が死を望む()にある。

 それを『死』という一点のみ取り込み、あまつさえ余を滅さんと心意を振るう。劣化模倣した上、自滅同然の戦いであったという自覚はあったのか?」

 

 スラスラと口からでる毒に、少々『泥』に引っ張られているのかと自問し、即座に消滅する。ザザと初めて会った時点で切り捨てる選択肢を持った時点で、最初からあったのは自明だろうに。

 

「――ッハ。それがテメエの本性か、ドラクリヤ(悪魔)

 

 懲りずに吐き捨てる――まだ息のあるヴァサゴ。殴りかかる一撃を敢えて受け、力を失いつつある痺れた腕を、石突の一撃で砕く。次いで腹に矛を捻り込み、魔力を注いで『血塗れ王鬼』を発現させれば、残った四肢も呆気なく千切れ飛んだ。

 

 ――最早これは戦いではない。一方的な蹂躙であり、極刑である。

 そうだ。最初から、前提からして間違っていたのだ。

 正義を謳う彼女を、美しいと思った。

 正義を叶える彼を、尊いものだと手を翳した。

 それはつまり、俺という存在は。『正義』という概念に対し、そういう感情を向ける立ち位置にあるという事に他ならない。

 人はそれを――

 

 

 

 

 

 そこまで思考が飛んだ所で、強引に引き戻された。両手から伝わる熱が、『怪異』へと変貌を果たす寸前に『人』としての楔を刺す。

 右隣に首を傾ければ、キリトが、手を伸ばしていた。

 

「もういいんだ、ヴラド。もう終わったんだ」

 

 ……その言葉を聞いた途端、俺の心臓で燻り、解き放たれる時を待っていた穢れすら、何処かへと消え去った。まるで、誰かが淀みを浄化したかの様に。

 いつからか赤く染まっていた視界は正常な色彩を取り戻し、爛々としていた紅い瞳も、元の薄青に戻ったのだろう。

 

 流水の槍が気付かない内に手の中から消えていたことに、心残りと感謝の念を抱いている間、キリトは無様を晒しているヴァサゴへと歩み寄っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそ、完膚なきまでに打ちのめされたPoHは、それでもなお殺意に満ちていた。

 

「……これで終わりじゃないぜ。この世界からはログアウトしても、オレは何度だってオマエらの前に現れる。喉を掻き切り、心臓を抉り出すまで、何度でもな……」

 

 呪いめいた宣言。いや、実際奴にとっては呪いなのだろう。二十年前から決して癒えることのない、自分自身すら縛る呪詛。

 

 ……哀しい存在だと、そう思った。

 

 ふと脳裏に、月の綺麗な夜が浮かんだ。

 あの日、あの島で地獄を見たもう一人の男との語らいが、思い浮かぶ。

 そして、なぜ自分が、怨敵たるPoHに対してそんな感情を抱いていたのか、漸く心当たりがついた。

 

 ――ヴァサゴは、『失敗したとある男(正義の味方)』だったのだ。

 

 彼には、地獄を経てなおも残った、いや、地獄を経たからこその輝きがあった。希望があった。

 だがヴァサゴは、あの日あの島で、自分の在り方も、夢も、希望も、何もかも燃やし尽くしてしまったのだろう。恨み、憎悪という燃え滓しか残らなかった。

 だから、こう()()()()()()()()()

 

「……いや、もう終わりだ。お前は、二度と悪意を振りまくことはない」

 

 俺の言葉に込もった憐憫に、言い返そうとしたのだろう。だがその口が何か言葉を発する前に、灰となって崩れた。

 

「……あの地獄を知らない俺が何を言っても、きっとお前には届かないだろう。

 だから、届かせてくれる誰かに後を託すことにするよ。あの人なら、お前が耳を塞ごうがこじ開けてくれるさ」

 

 目耳がまだ残っているPoHに、そう言い聞かせる。PoHの意識に届いているかの確証はないが、死なせてしまうよりか良いことだと信じて。

 

 

 ――最後の一欠片が風に流されて消えるのを見送っていると、心意の炎の手綱を握り、鎮めていたヴラドが背後に立つ。

 ちらっと、その影を見る。――時にその正体を映し出すと噂される影は、ちゃんと人形を取り戻していた。

 さっきは完全に人外の影になっていたな、という感想を呑み込んでいると、声をかけられた。

 

「何故()を引き止めた?アレを放っておけば、再び悪を成すは確実だろうに」

「……PoHには、ちゃんとその罪を償って欲しかったんだ。それに、あの時お前を止めなかったら、きっと後悔すると思った」

 

 ――そうだ。もしヴラドがPoHにトドメを刺し、その命を――仮想世界の仮初ではない、現実の命を奪ったが最後。ヴラドは、影に映った怪物に変わってしまうんじゃないかと思った。吸血鬼ですらない、もっと別の、名前すら分からない何かに。

 

 幸い、それは俺の妄想、見間違いで済んだ。怪物は変貌を遂げることなく、PoHはアンダーワールドを後にした。PoHの奴が無事ログアウト出来たかは五分五分だが、アンダーワールドに残らせるという選択肢が取れない。無責任だろうが、そこは奴のリアルラックに任せる他ない。

 

 

 

「――さて。では行くとするか」

 

 感傷に浸っていると、ヴラドがそう口にする。

 

「行くって、どこに?」

「決まっておろう、システムコンソールにだ。アリスが果ての祭壇へと転移したのであれば、最早敵がこの世界に拘る理由もない。邪魔は入らぬだろう」

 

 赤い軍勢とアンダーワールド人達がこれ以上争わないように生成していたらしい杭の林を引っ込めながら、そう言うヴラド。

 ……もしかして、クィネラから聞いてないのか?

 

「……あー、そのだな。とっても言いにくいんだけど……」

「?」

 

 あ、そういや残り三分切ったあたりから数えてねえ。

 確実に降るだろう雷に冷や汗を垂らしながら、タイムリミットの存在を口にした。

 

「……実は、あともうちょっとしたら時間加速が始まって、ログアウト出来なくなるんです」

「――――――………………は?」

 

 あの空間で相見えた王なら到底しないと断言出来る、鳩が豆鉄砲を食ったような表情に安堵感すら覚える。

 目の前にいるのは、紆余曲折あったとはいえ、かつて共にSAOをクリアしたヴラドであるのだと。

 

「……一応聞いておく。何年ズレるのだ?」

「えっと、ざっと二百年です」

「戯け!なぜ疾くログアウトしなかったのだ!?」

「の、残されるのはラースからSTLで接続してる俺だけだから!」

「そういう問題ではないわオノレェ!?」

 

 「おま、今からでも強制ログアウトさせる(ブチ殺す)か?!」と掌から無限槍をニョキニョキさせるヴラドに若い頃の面影を感じながらも、必死に思い留まらせる。

 

 ――これが、相手がアスナやアリス、サチであれば、俺は最後の一瞬まで、脱出が間に合わなければこの世界で二百年という長い時を過ごさなくてはならないことを伝えなかっただろう。知れば、一緒に残ろうとするに違いないと。

 

 ……だから、きっと。俺は誰かに、叱ってほしかったのかもしれない。

 異質な気配を撒き散らすPoHと、奴が率いる、騙されてこの世界を訪れてしまった数万ものプレイヤー達。菊岡にタイムリミットの事を聞いてから出現した彼らに対し、サチたちが脱出するまで時間さえ稼げば――俺は、アインクラッドを超える、真なる異世界へと。アンダーワールドは、茅場が望み、創ろうとしていた理想郷に相応しい、そんな異世界に留まり続けられる。無意識でも、そう思ってしまったのだろう。

  その結果、大切な人たちの想いを、裏切ることになったとしても。

 『白』のアーチャーは、きっとそれを察していたのだ。だから、ヴラドが目覚め、PoHとの戦いを引き継ぐ絶好のタイミングで令呪による転移が出来ないように、パスを切ったのだ。

 

「……ヴラド。一つ、頼まれてくれ」

 

 まだ何か言いたげだったヴラドだが、俺の表情を見て察してくれたのか、僅かに頷いた。

 

「――サチに。約束、守れなくてごめんって。伝えてくれ」

 

「……戯け」

 

 

 遠く、遠く。南東へと目を細めたヴラドは、小さく呟いた。

 

 

「俺にすら、奇跡が起きたのだ。お前に起きない道理はないさ」

 

 左拳を握り込んでそう呟く男。

 ふと、その隣に誰かが立っているような気がして。

 

 

 そして――

 

 

 

 

 

 ――アンダーワールドの時間流が、再び加速を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














「――貴女、自分が何を言っているのか解っているの?」


「……たぶん」


「消えるかもしれないのよ。死すら生易しい、魂の摩耗。それに耐えなければならない」


「……いいよ。そのつもりだから。
 私はいつだって、祈ることしかできない。でも、祈ることは、立ち向かうことをやめるのとは違うから。
 私にとって、『祈り』は、希望だから」


「貴女、」


「いいんじゃないですか?貴女にとっての戦う理由が見つかったのでしょう?貴女にとっての戦い方を貫き通すのでしょう?
 なら、仕方がありません。それはなにより、貴女が否定できないことでしょうに、キャスター」


「……それも、そうね。じゃあ、貴女にはこれを渡さなければならないわね。
 だってこれは、貴女から写しとり、その空白を埋めたもの。
 貴女は希望を叶えるのではなく、貴女自身が希望になるのだから。

 ……さあ、祈りなさい。私の希望。私たちの希望――」


「うん。ありがとう」












 ――我、聖杯に乞い願う――







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