串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】   作:カリーシュ

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8話 歌姫

 

 

 

―――第一層が攻略され、あれから早五ヶ月。

時折問題こそ起きれど、順調に階層を登って行っていると言えるだろう。

そんな、ある日の事。

 

 

 

 

 

――窓から射し込む夕焼けの日差しに一瞬意識を持っていかれそうになり、いかんいかんと手元の布に集中する。

全く、あの二人は人使いが荒いと言うか……雑と言うか………趣味と実益を兼ねているからと承諾したのは失敗だったか?

心の中で多少愚痴を零しながらも、最近熟練度が半分を超えた裁縫スキルで依頼された衣装を仕立てる。 やはり大物を一から作るのは少々キツいものがあるな。

そんなこんな、チクチクとスキルを使い続けること約一時間。 スキルチェックに失敗して手に針が刺さり茅場キサマ裁縫スキルカンストさせる気ないだろと悪態を吐くことを何度か繰り返し、進んだ分をタンスに入れて伸びをする。 次いで道具一式をストレージに戻そうと右手を振り下ろすと、端の方でメールの受信マークが付いていた。

送り主は、『ピトフーイ』。

 

 

…………………………よし。 見なかった事にするか。

無言でアイテム欄だけ開き、さっさと閉じ

 

……ようとしたら、またメールが着信した。 今度の送り主はキリトか。

一個下のメールには触れないように細心の注意を払って、タップする。

さて、内容は。

 

 

『キリちゃんからのメールだと思った?

残念! ピトさんでした!』

 

「おちょくってるのか彼奴はァ!」

 

つい衝動的に叫ぶ。

画面を閉じたくなるが、エムを除けば奴が他人のアカウントからメールを送ってくるのは初めての事だ。 一応見てやるか。

 

何々、会わせたい者達がいる………?

 

 

…………………………怪しい。 十中八九また面倒事だろう。

が、前回はなんだかんだ大事になる前に収まった。 似たような事態かもしれぬし、気分転換も兼ねて出向くとするか。

 

軽く身支度を整えてから部屋を後にし、十分程歩いた所にある街の転移門から指定された階層に跳ぶ。

 

はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。

……(ピトフーイ)が絡んでいるのに、それを疑問に思うのは野暮だったな。

 

バレたらボコられそうな事を考えつつ、転移エフェクトの向こう側にメールに書かれていた『会わせたい者達』の名前を思い浮かべた。

 

 

……妙に記憶の底をさいなむ、その名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――『月夜の黒猫団』、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、第十一層。

 

 

「……おいピト、本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「何よー、なんか不安でもあるワケ?」

 

「本気で言ってるのかお前」

 

 

 

――事の始まりは、大体一ヶ月前のことだった。

剣の強化に必要な素材を集める為に下層にいたオレは、ひょんな事からMobの群れに手こずっていたギルド『月夜の黒猫団』を助け、その事が切っ掛けでギルドに誘われた。

パーティーも5人だけで、バランスも悪い。 そんなギルドに。

正直、彼らの穏やかで、和気藹々とした空気は過ごしやすかった。 長いことソロだったオレには、尊いものに見えた。

 

 

……だから、思い込むことにした。

自身は、彼らにとっての『英雄』だと。

他人のリソースを奪って強くなることが、必要な事だったのだと。

夜中に最前線でレベリングして、貢献は最低限しかしないのは、裏切りではないと。

 

 

 

 

 

………一ヶ月。 そうやって自分を騙してきた。

そんなある日。

 

ギルドメンバーと一緒に潜っていたダンジョンで、非常に運の悪い事に、偶然同じダンジョンに潜っていたβテスト時からの知り合いのピトフーイたちとばったりエンカウントしてしまったのだ。

普段ならダッシュで逃げるだけで済むのだが、黒猫団のメンバーと一緒にいたのと、なぜかピトフーイが『神崎エルザ』という名前で下層プレイヤーに人気があったのもあって、何故か晩飯にコイツも参加することになった。

 

 

……これだけで終われば、後から『あの時は不幸だったな』と笑い話に出来た。 空気を読んでくれたのか、ピトがオレが攻略組であることも黙っていたし。

だが間の悪い事に、月夜の黒猫団のリーダー・ケイタが、黒猫団の近状やら、サチを後衛の槍使いから前衛の剣使いに転向させようとしている事まで全部話し、挙句「この調子でいけば、攻略組最強のギルドと肩を並べることだって出来る!」と言ったのだ。

外見だけは良い少女(ピトフーイ)が聞いているのもあって、気が大きくなったのもあったのだろう。 今にして思えば、意地でも止めるべきだった。

 

なにせ、最後まで静かだったピトが

 

 

「――ウチのギルドがどうかしたー?」

と、爆弾を放り込んだのだから。

 

 

 

 

 

 

 

――ピトフーイのいるギルド『DK』。

正式名称『ドラクル騎士団(Dracul Knight)』。

裏じゃ『ドラキュラ軍団』とか、『西洋版百鬼夜行』とか、『本家DK(ド○キーコ○グ)もバナナを捨てて逃げるヤベー奴ら』とか、『ヘルシング機関(アインクラッド支部)』とか散々な言われようだが、これでも攻略組最強ギルドである。

 

そして、同時に最強のアンチオレンジ(・・・・・・・)の集りだ。

二十五層で大打撃を受けて前線を退いた『アインクラッド解放軍』が治安維持を始めるまでは、犯罪者プレイヤーやギルドを幾つも黒鉄宮送りにしたトンデモギルド。 最悪のレッドギルド『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の一人が全身ハリネズミの瀕死状態で黒鉄宮送りにされたという噂は、アインクラッド中に知れ渡っている。

 

そんな評価だからか、攻略組にDKに入りたいというプレイヤーはあまり多くない。 時々いても、加入条件が『ギルマスとの決闘(デュエル)で判断する』と厳しく、フルボッコにされたプレイヤーが逃げ帰ったという噂も聞く。

 

 

当然そんなラスボス系トップギルドが相手だから、ピトが面白半分でギルマスを呼んだ時はガチビビリしていた。 ついでに神崎エルザの正体が『鬼畜幼女』の異名を持つピトフーイだと気がついてケイタが白目を剥いて気絶した。 それが大体二十分前。

 

『反応がねぇ! キリト! アカ貸して! でなきゃエムにストーキングさせる!』

と新手の脅迫をされて、ピトの素材集め(本来の用事)の為にダンジョンに置いていかれたイケメンに合掌しつつ渋々メールを打たせたのが十分前。

 

 

できれば来ないで下さいと祈る事さらに五分。

宴会をしていたNPCレストランに、真黒な貴族服を着こなした中老の外国人風の男が入ってくる。 カミサマナンテイナカッタ。

 

 

「……すまぬ、遅れた」

 

「遅い!」

 

「………貴様の依頼品を作っていたのだが………まあいい。

それで、此奴らがそうか?」

 

自前なのか、キャラメイクしたにしては自然な青い瞳が月夜の黒猫団のメンバーの顔を一巡し、震えているサチで止まる。

その眼は、見定めているようで……

――ッ! あのやろ、そんな細かい事まで送ったのかよ!

 

「ッ、待てよヴラド。 サチは、」

 

「皆まで言うな、目を見れば分かる。

その小娘に限らず、此奴らは闘いには向かぬ」

 

サチから目を離したヴラドが小さく息を吐くと、腕を組んで椅子に座る。

その姿に緊張が緩む。 ピト同様戦闘狂(ウォーモンガー)なヴラドがデュエルを仕掛けたら代わりに受けるつもりだった。

だがそこは攻略組最強ギルドのトップだからか、普通に判断出来るみたいだな。

 

おそらく190はあるだろう高身長が座った事でプレッシャーが薄れたのか、判断に不服なケイタが反論する。

 

「ま、待って下さい!

オレたちは攻略組に入りたいんだ! アインクラッドを攻略して、この世界から脱出する。 そして、全プレイヤーを解放する。

その意志の強さなら、攻略組にも負けない自信があるんだ!」

 

「ピトフーイ、この店のメニューは何処だ?」

 

「聞いて下さいよ!」

 

勇者なケイタがヴラドの肩を揺さぶる。

根負けしたのか、青い瞳が溜息混じりに再度ケイタを貫く。

 

「……貴様らと今の攻略組。

違いは何だと考える」

 

「勿論、意志の力だ!

オレたちは、レベルは足りない。スキル熟練度も、プレイヤースキルもまだ足りてない。

でも、気持ちじゃ負けていない!」

 

「……そうか。

 

 

 

――それで。それは、貴様個人の意志か? それともギルドの総意か?」

 

「え――」

 

途端、店全体の空気が凍る。

ついこの間斃したクォーターボス並の重圧が溢れ、不破壊オブジェクトのハズの建物が軋む幻聴が聞こえる。

 

 

「――確かに貴様らに足らぬのは意志の力だ。

だがそれは、そんな綺麗事(プレイヤーの解放)ではない。

生きたい。 強くありたい。 そんな一種の生存本能やエゴが、攻略組の大半が持つ『意志』だ。

綺麗事を糧に進むのは構わんが、他者を巻き込むな。 今の貴様は、正義の名の下に部下を死なせる暗将だ」

 

「ヴラド! 言い過ぎだ!」

 

「そうは言うが、この程度で折れる様なら此奴らはいずれ死ぬぞ?」

 

「……ッ!」

 

ボスモンスタークラスのプレッシャーを放ちながら厳しい言葉を掛けるが、逆に言えば、『その程度』なのだ。

攻略組は何時だって死と隣り合わせ。

攻略中に生死を分ける判断を直ぐにしなくてはならないことだってある。

そう考えれば、考える時間や失敗しても誰も死なない分、まだマシだろう。

 

 

 

「………分かったよ」

 

臥せっていたケイタが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――両手棍を突き付ける。

 

「――だったら証明してみせる。

オレたちの意志は本物だって。 間違っていないって!」

 

 

……………ハァッ!?

 

 

「正気かケイタ?! 相手はあの(・・)『ドラキュラ』だぞ!?」

 

「オレたちじゃ逆立ちしたって勝てない!」

 

「だったら逃げるのかよ?!

違うだろ! オレたちは、攻略組になるんだ!!」

 

勇ましくギルドメンバーを鼓舞するケイタ。

けど、噂もあってか、全員渋っている。

 

でも、

 

「――おーし、覚悟完了したわねー?

決闘システムに集団戦は無いから、圏内で模擬戦にするわよー!」

 

酒瓶片手のピトフーイが遠慮無く煽り、ルールを提案する。

ダメだコイツ、この状況を楽しんでやがる!

 

「なぁヴラド、止めろよ? お前が相手とかただの無双になるだろ」

 

「……キリト。残念だが、」

 

ならヴラドを止めようとするが、時既に遅く。

そもそも、禁句(・・)が出た時点で、止まるわけがなかった。

 

 

 

 

 

「――余を『ドラキュラ(吸血鬼)』呼ばわりした者を、タダで帰す訳にはゆかぬのだ」

 

 

 

イイ笑顔で、槍を引き抜いていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

……はて、どうしてこうなった?

 

人の事をドラキュラ(吸血鬼)呼ばわりした一団と相対し、頭の片隅で考える。

 

俺としては、妙に頭に残る小娘を鑑た率直な感想と、少々危ういギルドの方針に対して意見をしただけだったのだが。 それが何故武器を突きつけられたのか。

というか、腹が減った。 折角下層の飲食店まで来たのだから、夕食を済ませたかったのだが……

 

………暫く先になりそうだな。

 

 

元気一杯に振り下ろされた両手棍を柄の途中まで滑らせ、バランスが崩れ上体がつんのめった所で柄を振り上げ逆に仰向けにつき飛ばす。 本気でやると圏外まで吹っ飛びかねないので、無論かなり加減している。

矛先と剣先が丁度のタイミングで左右から襲い掛かってくるのを、手元で槍を回す事で絡め弾き、大回りして背後に回った男が横殴りにメイスを振るのを石突で受け止め、そのまま突く。

圏内故、どの攻撃も『不破壊物質(Immortal Object)』と書かれた紫色の障壁に阻まれダメージは無い。

が、目前で殺傷能力のある刃が振るわれ、自身の肉体に威力を伴った衝撃を受ければ大体の者は竦む。 躰を文字通り吹っ飛ばされれば、戦闘経験が少ない者や、一部のVR不適合者なら怯んで動けなくなることもあるだろう。

事実俺のギルドに一人いるし。 軽度のVR不適合者。 一体、幾度恐怖心を克服しようと足掻く奴と決闘をしたのか、もう数えきれん。

 

漸く立ち上がった両手棍使いが、雄叫びと共に得物を振り下ろすのを躰を傾けて避け、地面を打って跳ねたその先端を踏む。

 

「なっ――がぁっ!」

 

摺り足の要領で踵で武器を蹴り上げ、柄が持ち手の腹に刺さる。

 

 

……戦いになった理由は分からんでもない。 己が矜持を否定され心穏やかでいられる者は少ないだろう。 武器が手元にある故、他者に暴力を振るう心理的ハードルも低い。

 

だが、ここまで一方的な戦況で戦い続ける理由が分からない。 逃げることを思いつかないは論外。 妙な拘りなど命と比べれば軽い。

……なんにせよ、幾らレベルを上げ、装備を揃えようが、このままでは此奴らは何処かで全滅するだろう。

流石に死ぬと分かっていて見放すのは心苦しい。 ならば、――

 

 

 

……ここで、その矜持を折るか。

 

 

 

槍の握り方を僅かに変える。

突き出された剣先を受け流しながらさりげなく足を肩幅に開き、全身の力を抜く。

 

さて、さて。 余り気は進まないが、やるとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

――何度目かの火花が散り、それらが人だと思えない程軽々と宙を舞う。

 

「どんなSTR値してるんだよ……ッ!」

 

そう呟きながら、ソイツを睨む。

 

 

 

 

 

――『ドラキュラ』ヴラド。

 

ギルド『ドラクル騎士団』のギルドマスターにして、攻略組最強。

長槍をメインアームに、ソードスキルをあまり使わず縦横無尽に振るい、その馬鹿げたSTR値でネームドMobすら吹き飛ばした過去を持つ。

普通のRPGの槍使いのセオリーから逸脱した『鬼将』。

 

 

黒猫団と一緒にいる時と同じように実力を隠したまま渡り合える相手じゃない。 あのSTR極とは思えない速度でぶん回される槍をパリィするのも無理だ。

………実力を隠したまま、じゃ。

 

背中に吊った剣の柄を握りながら、迷う。

――ここは圏内で死ぬ可能性はないんだから、わざわざ割り込む必要はない。

――相手が悪過ぎたとはいえ、現状の攻略組を知る良い機会だ。

そう、自分に言い訳する。

 

柄を握る手から力を抜いて――

 

 

 

 

 

「―――もうやめてっ!」

 

 

サチ!?

突然の事態に右往左往していたサチが、最近持ち替えたばかりの片手剣を握りしめて走る。

咄嗟に止めようと手を伸ばしても届かず、背後からの接近をこれまで通り敵と判断したのか、ヴラドが後ろを見ないまま槍を腰に巻くように横殴りに振るう。

 

クソっ! もう走ったんじゃ間に合わない。

 

 

「――うぉぉおおおおおっ!!」

 

 

――気が付いたら、剣を片手にソードスキルを発動していた。

使用スキルは『ソニックリープ』。 スキルとしては基本の技だが、ある程度均等に上げているAGIを全開にする事で強引にサチの前に割り込み、その矛先を真っ向から受け止める。

鈍い金属音と共に槍の軌道が変わり、オレたちの頭上を通り過ぎて、そこで止まった。

 

見上げれば、驚いた様に目を開いた青い瞳が。

 

「――らぁああああ!!」

 

何を思ったかは置いておいて、硬直時間から脱すると同時に切り上げる。 慌てて槍が振るわれ、柄で刃が受け止められる。 そのまま押されそうになるのを後ろに倒れこむように床を蹴り、距離を取る。

突きを放つつもりなのか矛先が真っ直ぐこちらに向けられる。 槍相手に距離を開けすぎることはまずいのは分かりきった事だから着地した体勢をそのままに再度突進。

突き出された矛先をパリィし、剣を振りかぶり――

 

――直感に従い、地面を転がると耳元を凄まじい風切音がする。

立ち上がると顎を打つ軌道で石突が迫る。 バク転で避け、スキル『ホリゾンタル・スクエア』発動。 空中で発動したことで足場無しでの突進を可能とし、敵の真横をすれ違うように斬りつけ後ろに回り一閃。 再度すれ違いざまに斬り、正面に戻って切先の軌道の内側全体を薙ぐ。

そんな最近発現したばかりのソードスキルは、

 

「ぬぅっ!」

 

 

――全て、防がれた。

流石に対応仕切れなかったのか、槍スキル『スピン・スラッシュ』が使用され、その最後の一撃とホリゾンタル・スクエアの最後の一撃である薙ぎ払いが衝突し、その状態で互いに硬直する。

 

まずい、スピン・スラッシュは割と初期のスキル。

硬直時間は、あちらの方が、短い!

STRの差で剣が手元から弾き飛ばされ、ガラ空きの胴体に矛先が叩き込ま――

 

 

 

 

 

「――はい、そこまでー!」

 

 

――れるギリギリで、槍が止まる。

場違いな程に響いたソプラノボイスの音源の方を見れば、渋い顔のピトフーイが此方を見ていた。

 

「………趣味の悪い女だ。 興が削がれた」

 

同じようにピトフーイの方を向いたヴラドが何かを察したのか槍を収め、さっさとその場を後にする。

闇同然の色の貴族服の裾が建物の影に消えたのを見て息を吐いてから、弾かれた剣を探そうと改めて辺りを見渡すと、

 

 

 

 

 

 

 

――思い詰めた表情の、黒猫団のメンバーがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……先に口を開いたのは、ケイタだった。

 

「……キリト。 何なんだよ、さっきのアレ」

 

『さっきのアレ』。

……間違いなく、さっきの戦闘のことだろう。

オレが伝えたレベルじゃ、どうやったって無理な、攻略組トップとの戦闘。

高い片手剣熟練度が必要なソードスキル。

 

「………あれは、」

 

「何なんだよっ!?」

 

 

――分かっていた。 いずれ、こうなる事は。

 

オレの本当のレベルが知られる日が来る事は。

 

覚悟はしていたはずだった。 なのに、口の中が乾いて、言葉が出てこない。

 

「…………………あれ、は、」

 

何も言えず、目をそらせる事しか出来ない。

 

「……思い出したぞ。 全身真っ黒の装備の剣士。

お前、『ビーター』だろ!」

 

真っ直ぐにオレを指す指。

その指は、怒りからか、震えていた。

ワグ、ワグ、と真っ赤な顔で言葉を探すように口を開閉して、最後に息を大きく吸い込むと、

 

 

「――『ビーター』のお前がオレたちに関わる資格なんてないんだ!」

 

「ま、待てよケイタ!」

 

 

……そう怒鳴ると、そのまま転移門がある方角に走り去っていく。

他のメンバーも後を追って、路地の向こうに消えていく。

 

 

……………これで、よかったんだ。 オレがいたら、きっと、無茶をやらせていた。

 

 

何故かつまらなそうな顔のピトの横を通り過ぎる。

………今日は、もう、誰とも会いたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

空腹を抱えたまま、コツコツと第十一層の町を進む。

さっさと帰って自炊する方が安上がりだから真っ直ぐ転移門に向かうのが最適解なのだが、思考の大半を占めている問題と方向音痴が相まり、何処かも分からぬ先へ歩いてしまう。

 

その問題というのは、さっき会った『月夜の黒猫団』についてだ。

あれこれ記憶の海をバタフライで三往復程した結果、辛うじて『赤鼻のトナカイ』という単語を思い出した。

……『思いだした』ということはつまり、彼らは原作キャラということだろう。 だがSAOシリーズに登場する男性キャラに彼らはいたか? 少女だけなら衛宮士郎レベルでモテるキリトに引き寄せられた内の一人と納得出来るが、だとすると尚更残りの男性メンバーの存在が疑問だ。

………うーむ。 ざっと40年前の記憶だと、流石に思い出せんか……

 

「………む」

 

あっちこっち歩き回っているうちに、見覚えのある場所に出た。

それが転移門ならよかったが、残念ながら食いそびれた飲食店の方だ。

……思い出せん事をいつまでも引きずっても仕方がない。 ここで夕食を済ませて帰るか。

 

アンティーク調の扉を開け、空席を探す。 こじんまりとした店は一つのテーブルを除いて全て空いていて、そのテーブルには、

 

 

「――ほら、やっぱり来た」

 

 

毒鳥が、先程とは打って変わってニヤけ顔でいた。 隣には、行儀正しく頭を下げた黒猫団の少女。

……………面倒事の気配。 やはり俺の幸運値はEのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――何も見えなかった事にして帰りたくなったのを堪え、話を聞く。

掻い摘んでしまえば、『キリトと仲直りしたい』というものだった。 他の男性メンバーはと聞けば、ギルドマスターの怒りを解くのに必死らしい。

 

思わず元凶を睨むと、某魔王はやたら上手い口笛を吹きながらそっぽを向いていた。 おい貴様。

 

何かに怯えているのか、青い顔で震える少女が「お、お願い出来るでしょうか……」と伺ってくる。

 

 

「……貴様の言う『仲直り』が、同じギルドに入る事だとしてだ。

結論から言えば、無理に等しい」

 

「そ、そんな……」

 

理由は簡単。 黒猫団といい、キリトといい、彼らは優し過ぎる(・・・・・)

それでなくても、片や攻略組トップクラスのソロプレイヤー、片や高く見積もっても中層ギルド。 同じ戦闘メインだというのに、文字通り住む世界が違う。 仕事仲間と割り切れるなら兎も角、無理に同じ枠組みに押し込めればいずれ破綻する可能性が高い。

それに、人の集団というのは、無意識的に異質な存在を排斥するものだ。 ましてや黒猫団は、聞けば元はリアルでも親交のある学生クラブだという。 尚更だろう。

丸く収めようとするなら、キリトが攻略組から抜けるか、黒猫団が攻略組入りするかだが、前者を選べるならこうは拗れぬ。 だが後者は、このギルドを見る限り難しいだろう。

戦力が無い事は兎も角、綺麗事だけでは攻略は進まん。 二十五層攻略(解放軍壊滅)時と同等の悲劇を目の当たりにしたら一生モノのトラウマ必至。 聖龍連合(半オレンジ)にしてみれば、人の良い彼らはいい鴨だ。

 

……これだけ延々連ねたら仲直りなど不可能に見えるだろう。 が、

 

 

「どうせ何か策があるのだろう? 勿体ぶらずさっさと吐け、ピトフーイ」

 

顔を伏せさせていた少女が、隣の外見だけ美少女に縋る。

 

「お、お願いします、エルザさん! 何でもしますから!」

 

「おし、言質取ったぁ!」

 

「……………え?」

 

 

……………やっぱり此奴(ピトフーイ)を仲間に引き入れたのは失敗だったか?

深い深い溜息を吐きながら、空腹とその他でキリキリし始めた胃をさするのだった。

 

あぁ、全く。

俺はあと何度指に針を刺せば(・・・・・・・)いいんだろうな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











――では無粋ながら、約半年後に、
『雪原の歌姫』から一人の少年に送られたメッセージの最後の一節だけを抜粋して終わるとしよう。





『――ありがとう。
















―――またね(・・・)

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