トブの大森林の近くの村、カルネ村に住む少女、ネム・エモットは人生最大の危機を迎えていた。両親や姉の言いつけを破り、森に入ってしまったことが始まりだった。
本当は少ししたら、すぐに帰るつもりだった。途中珍しい薬草を見つけ、それをお土産にしようと集めている内に道に迷ってしまったのだ。
村の方向もわからず彷徨い、挙句に転けて足を怪我してしまった。痛みと心細さでネムは泣き出してしまったが、それがより恐ろしいものを呼び寄せてしまう。
大型の動物よりもさらに大きな足音が近づいてくる。
オーガである。巨体の人型モンスターであり、ただの村人程度に勝てる相手ではない。ましてやネムの様な子供では抵抗すらできないだろう。
「コンナトコ、エサ、ハラヘッタ、タベル!!」
「っ!!」
知性のあまり感じられないカタコトの言葉ではあるが、自分がこの後どうなるかは想像できる。
振り下ろされる手を前に、ネムには縮こまることしかできなかった。
オーガの手がネムに触れる寸前、オーガの上半身が吹き飛んだ。
「はぁぁ、そんな子供にまで手を出すとは…… あの時の対応は間違ってなかったな。やはりモンスターとの会話は不可能なのだろうか?」
そこには見たこともない様な豪華な闇色のローブをまとった骸骨がいた。
顎に手を当て考える仕草はまるで人間のようで、行動だけ見れば人間らしさを感じさせるが、肉も皮もない姿とはあまりにもチグハグだった。
会話が出来る相手を求めてトブの大森林へやって来たモモンガは、話の通じないモンスターを屠ったり、自然を眺めたりと散策を続けていた。
自然を見て回るのも飽きてきた頃、子供の泣き声の様なものが聞こえ、その正体が気になりその場まで近づいていった。
そこにあったのは、今まさにオーガが子供を襲おうとしている姿だった。
オーガが子供を襲おうとしているのを見たモモンガは、反射的に魔法を唱えていた。
「<
オーガを爆殺し、やはりモンスターと会話は無理だろうかと思いつつあったモモンガは、その場に座り込んでいる子供に声をかけた。
「大丈夫だったか?」
「……」
子供は怖がっている様で何も答えない。人間にとってはオーガもアンデッドも同じだよなぁと苦笑するモモンガ。
せっかく会えた人間だし、子供を見捨てるのは寝覚めが悪いため、ほんの気まぐれにとそのまま助ける事にした。
「怪我をしている様だな、これを飲むといい」
そう言ってアイテムボックスから取り出した下級のポーションを渡そうとするが、怯えているのか受け取ろうとはしない。アイテムを取り出す動作すら怯えられる要因の一つであると、モモンガは気が付かない。
この世界の住人からすればアイテムボックスなんてものは無く、はたから見ると急に腕の先が消えてゴソゴソ動いているように見える。
「大丈夫だよ、ただのポーションだから」
出来るだけ優しく言いながら、手っ取り早く治療しようと中身を振りかける。すると、みるみる内に傷は塞がり、怪我ひとつ無い真っさらな肌に戻った。
「凄いっ、痛くない!!」
怪我を治してもらったことで安心したのか、子供の顔から怯えの表情が消え、警戒心が薄れていく。
「それは良かった。所でどうしてこんなところに? ここは子供が来るには危ないと思うが……」
「――薬草を取ってたら、道に迷っちゃったの……」
いわゆる迷子だったようだ。送ってあげたいところだが周辺に詳しくもないし、骨の自分が一緒にいるのはマズイだろう。
なので別の手段を試すことにした。
「〈
「わぁっ妖精さんだ!!」
モモンガが魔法を唱えると、掌で包めそうなくらいの小さな妖精が現れる。
「さぁ、この妖精に付いていくといい。きっとお家まで案内してくれるよ」
「ありがとうございます!! 」
「気にすることはないさ。こんな骸骨と一緒にいることがバレたら大変だから、もう行きなさい」
「あのっ!! 私、ネム・エモットって言います。骸骨様のお名前は何ですか?」
「――名前か、こちらに来てから名前を聞かれたのは初めてだな…… モモンガ、私の名前はモモンガだ」
表情などあるはずの無い骸骨だが、一瞬、笑っているように見えた。
「モモンガ様!! ありがとうございます!!」
そう言って妖精を追いかけるネムの背中を見ながら、異世界初のまともなコミュニケーションが取れた事にモモンガは満足していた。