本編とは関係ない話としてお楽しみください。
ひとしきりスポーツを楽しんだ後、なんだか無性にネムとエンリに会いたくなってトブの大森林に戻ってきたモモンガ。
家の近くで目に入った光景に驚愕する。
明らかに戦闘があったと思しき痕跡の数々。
さらには全身傷だらけのブレインが血を流しながら立っており、その後ろにはエンリも倒れている。
思わず固まってしまうが、アンデッドの種族特性で無理やり平静を取り戻させられる。
「ブレインっ!! 何があった!? なぜエンリが倒れている!? 早くお前も治療しないと――」
ちゃんと見てないので断定は出来ないが、辺りを染める血を見る限り重症なのはブレインだ。脇腹あたりが特に真っ赤に染まっている。
「――俺は命令によりお前を足止めする」
「なっ!?」
明らかに様子のおかしいブレインを見て即座に距離を取る。魔法で洗脳か支配されていると考えたモモンガは、アイテムボックスからある指輪を取り出して着ける。
「
モモンガが使ったのは
かつてボーナスを全て課金ガチャに費やし手に入れたものたが、今は緊急事態だ。
なんの躊躇いもなく指輪を発動させた――
――が、効果が無効化された。
(馬鹿な!? ありえない…… 超位魔法を無効化しただと!?)
超位魔法を超える魔法などモモンガは知らない、あるはずが――
――いや、ある。
一つだけ超位魔法すら超える力を思い出した……
モモンガのお腹に付いているものと同クラスのアイテム。すなわち、
もしこれが
「俺はお前を足止めする……」
「なぁ、ブレイン。どうしたんだよ…… 修行なら怪我を治してから幾らでも付き合うぞ……」
血を流しすぎているのか、顔面蒼白になりながらもブレインはモモンガに向かってゆったりと動く。
「大事な刀まで壊れてるじゃないか…… それを直すか、新しいのを見つけてからでも良いだろう?」
「俺は足止めする……」
ブレインはモモンガの目の前で、折れた刀をゆっくりと振り下ろす。
こちらにダメージなど一切通らない攻撃だが、動くだけでブレインは更に血を流している。
「……エンリが倒れているんだ。正義の味方ならそっちを助ける方が先だろ?」
「最優先は…… お前を止めること、だ。今の俺にとって…… 正義なんて――」
「――〈
モモンガはこれ以上苦しまないように、ブレインに即死魔法を使った。
モモンガは分かっていた。
モモンガは分かっていた、死んで生き返ればあらゆる状態異常はリセット出来ることを。
だが、それでも……
「すまない、ブレイン…… お前のそれは穢したく無かったんだ。ああ、この世界で初めて蘇生させるのがお前になるなんて…… 上手くいってくれよ、『
ブレインは無事に蘇生し、家のベッドに寝かせておいた。同様にエンリも運んで寝かせた。念のため二人ともにポーションをかけておいたので、このまま安静にしておけば問題ないだろう。
あまりの衝撃に頭が回っていなかったが、モモンガはネムがいない事に気づく。
「お前には謝ってばかりだが、すまないな。少しだけ記憶を覗かせてもらう。〈
寝ているブレインの頭に手を置き、記憶を覗いていく。
それで分かったのはブレインは正義じゃなく、自分達の味方をしてくれたということ。
(ブレイン、お前はやっぱり格好良いよ。自分より強い存在に挑み続けるなんて、俺には出来そうも無い。最後の最後まで、お前は…… 俺はお前が思う程立派なやつじゃないのにな……)
「――全くブレインめ、あれじゃ未強化の〈
モモンガは静かに家を出る。ああ、もう駄目だ。感情が抑えきれない。
二人を起こさないように、家から離れた位置にある樹木を手当たり次第に殴り飛ばす。
「クソっ!! クソッ!! ああぁあぁっ!! クソガァァぁあ!!」
怒りは殺意と混ざり合い、頭の中がドロドロとした感情に支配される。アンデッドの精神抑制が発動するが、間欠泉のように噴き出してきて止まらない。
「法国…… 法国ぅぅ!! 絶対に、絶対にブチ殺してやる!! 俺の友を、家族とも言える二人を!! 村を襲っただけじゃ足らないのか!! あの子達の親を奪っただけじゃ足らないのかぁ!! そこまでして――」
モモンガはひたすらに暴れまくる。周りに殴れる樹木は既に無くなり、地面に拳を叩きつけて地割れのようなヒビ割れが起こっている。
「――あああぁぁっ!! 全て、全て滅ぼしてやるぞ!! お前達の在り方そのものが許せない!! 国ごと全部ぶち壊して、絶望を超える景色を見せてやる!! 地獄に行かせる事すら生温い…… 俺の手で殺して蘇生して殺して蘇生して、魂まですり潰してやる!!」
このまま殺意と憎悪のままに飛び出して行きそうだったが、ネムの顔を思い出す。
ネムを助けに行かなければ。
その思いがモモンガの憎悪に塗れた思考に、理性をかけら程呼び戻す。
「っ駄目だ!! ……今の俺じゃ何もかも、怒りだけじゃ止まらない。 殺人欲求に支配されそうだ…… このままではネムすら手にかけてしまう…… それだけは駄目だ!! 誰か、誰か……」
ネムを救いたい一心で、残った理性を総動員し〈
「ああ、俺だ。実は――」
品のある調度品に囲まれた女性らしい部屋で、モモンガと少女は向き合っていた。
「話は分かりました。でしたら気をつけるのは――」
「――そうか、分かった」
〈
何も考えず促されるままこの部屋に来たモモンガは、ネムを救う上での注意事項だけを頭に入れ足早に去ろうとする。
「モモンガ様」
「……なんだラナー?」
モモンガは振り返らなかったが、ラナーは自分の骨の手を握って引き止めていた。
「モモンガ様、私は貴方が化け物になっても構いません。例えそうなっても貴方のお友達でいます」
「――化け物になるなとは言わないのか……」
モモンガの独り言のような静かな問いかけに、ラナーは笑顔で答える。
「だってモモンガ様はこんな私とお友達になってくださったじゃないですか。誰かと一緒に何かを楽しむ事も教えてくださいました…… だから私も、貴方が化け物になっても変わらず友人のままです。なので、私がお願いするのは一つだけ――」
――ちゃんと帰って来て下さい。ネムさんと一緒に、貴方も……
化け物でも構わない、そんな俺でも帰って来いと言うのか……
憎悪に囚われ物事を考える余裕が無くなっていたモモンガに、少しだけ心の余裕が出来た気がする。
「ふふっ、案ずるなラナーよ。私は化け物になんかなったりはしない。例えこの身がアンデッドだとしても、アンデッドには呑まれない。俺は俺だ」
「そうですか? それなら私の助言は必要なかったですね。思いっきりやっちゃってください!! モモンガ様が捕まりそうになったら、私が隠蔽でも捏造でも何でもして助けてみせますから!! 帰ってきたら今度はネムさんも一緒に、またみんなで冒険に行きましょう!!」
モモンガは手を振り去っていく。
ぽっかりと部屋に空いた闇が消えた後、ラナーはぼそりと呟く。
「馬鹿な国ですね。あんなに優しい人を怒らせるなんて……」
モモンガはスレイン法国の遥か上空で、人々が行き交う街並みを見下ろしている。ちょうど国の真ん中辺りにいるのだが、気付いているものはほぼ皆無だろう。
今のモモンガの敵はスレイン法国の在り方そのもの。
そしてそれを体現するのは、1000万を超える多くのスレイン法国に住む民達。
「俺は化け物にはならない。俺は俺のままお前達を潰す。スレイン法国…… 俺はお前達を決して殺さない、殺してやるものか……」
運営の最後の贈り物、『嫉妬する者たちの顔面』により跳ね上がったステータスと共に決意する。
憎しみに染まったアンデッドのモモンガでは無く、鈴木悟が作り上げたモモンガとして誰も殺さない事を。
「俺があの世界で生きてきた証。鈴木悟として仲間達と作り上げたモモンガの力を見せてやる。今の俺はモモンガとして生きている。だが鈴木悟であった過去は絶対に捨てない。ユグドラシル最凶最悪の悪のギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターのやり方!! その絶対なる報復を思い知るがいい!!」
仲間達との思い出の結晶である杖を持ち、モモンガは魔法を唱える。
「お前達の大切にしていたモノ。信じている神の遺産とやらを全てぶち壊してやる。〈
国の全てを覆いつくさんばかりに放たれた魔法。六大神の残した秘宝の数々を、関係の無いマジックアイテム諸共破壊していく。レアリティの高いごく一部を除き、法国にあるマジックアイテムは消え去った。
「お前達が築き上げてきた文化、歴史。全てを塗り潰してやる。超位魔法〈
長い詠唱時間を待つ事すらせず、課金アイテムを握りつぶし即座に発動させた超位魔法。
ユグドラシルではフィールドエフェクトを特定のものに改変する魔法だったが、この世界ではある程度好きに改変できるようになっている。法国が長い歴史の中で積み上げた魔法や結界の効果も消し、その効果により国の歴史ある建物は全て作り変えられた。
ここがスレイン法国だと言っても誰も信じられないだろう。もはや別の国と言って良いほど街並みは変わり、元の国の面影はカケラも残ってはいない。
「お前達の根底にある、法国たる思想を消し去ってやる。〈
流石にこれだけの人間の記憶を一々作り変えることは出来ず、大雑把に消すのが精々だ。それでも膨大に膨れ上がったMPを湯水のごとく消費していく。
六大神を信仰し、亜人やモンスターを憎み、人類至上主義の教育を受けた記憶だけを国民達から削り取った。
奪われた命は一つも無いのだから、スレイン法国はこれからも残るだろう。
だが彼らに信仰心は残っていない。
今まで築き上げた証となるモノも残っていない。
六大神の遺した魔法の道具も無い。
今ここにスレイン法国は死んだ。
「ラスボスは待つのが礼儀だが、勇者のパーティをわざわざ待つほど今の俺は優しく無いからな。今回はこちらから出向いてやろうじゃないか…… ネム、今行くよ……」
ネムを連れて法国に帰還する途中の漆黒聖典。
彼らの目の前に突如闇が浮かび上がり、中から
「遅くなってごめん。迎えにきたよ」
「モモンガ様!!」
外見とは裏腹に優しい声で子供に語りかけるアンデッド。
(やはり、使役しているアンデッドがやって来たか……)
当たって欲しく無い予想ではあったが、漆黒聖典のメンバーはこうなる事も考えてはいた。隊長は即座に動き出そうと――
「私が―― っがはぁ!?」
「おっと、すまんな。ゆっくり歩いて指先でほんの少し撫でたつもりだったんだが…… 今なら手刀で〈
何が起こったかは分からないが、一瞬で隊長が戦闘不能になった。
生き残るため残りのメンバーは、ネムを人質に取ってモモンガの動きを制限させようとする。
「動いたらこの子――」
「――〈
止まった時の中でネムを抱えて、元の位置に戻る。
そして時が再び動き出す。
「――を殺す!! 大人しく言うこと聞け!! って子供が!? え!?」
「どの子を指してるか分からんが、脅迫なんてネムの教育に悪い事はやめてもらおうか。〈
恐怖で逃げ出すかと思ったが、逃げ出す前に恐怖に耐えきれず泡を吹いてそのまま全員気絶してしまったようだ。
「帰る場所に同じ思いを抱くものは誰もいない。自らの掲げる思想に一人だけ取り残されたと気づいた時、お前達がどの様に生きるか見ものだな……」
「モモンガ様?」
「何でもないよ、さぁ帰ろう。エンリもブレインも無事だから、安心して家に戻ろう」
法国の某所、もはや何の力も無くなった場所。
モモンガは法国にある殆どのマジックアイテムを破壊したが、彼女が装備するものは壊れていなかった。
「国を作り変えるなんて…… 見つけたかもしれない。私に敗北を教えてくれるかもしれない存在。法国なんて影も形も残ってないんだし、もう私が好きにしたって良いわよね!!」
スレイン法国が生み出した闇。最後に残された法国の残滓が動き出した。
モモンガがスレイン法国を事実上滅ぼしてから数日後。
モモンガの元に一人の少女が現れた。
年齢はネムとエンリの中間くらいだろうか?
髪の色が左右で白と黒に別れ、眼の色は髪と逆の配置で白と黒に別れている。
特徴的な見た目だが、モモンガが気になるのは一つ。ユグドラシルの装備を着けているということ。
「初めまして、私はスレイン法国の最後の切り札。番外席次、絶死絶命。さぁ、戦いましょう? 私を縛るものはもう何もないの。戦いが全ての私に敗北を教えて見せて!!」
「スレイン法国は消え去ったも同然なのに、まだ戦うつもりなのか?」
「当たり前よ。私の価値はこれだけ、強さ以外に誇るものは無い。これしか知らない、やめたら何も残らない……」
「……お前は、そうなのか。 あぁ、一つの事でしか自分の価値を見出せないって辛いよな…… 分かった、相手をしてやる。お前がもう一度進めるように、それがどれほど小さなことだったか…… 望み通り徹底的に敗北を教えてやる」
目の前の骸骨から放たれたオーラを当てられただけで、番外席次は自分の死をイメージした。
ああ、これでやっと……
「さぁ、いくわよ!!――」
「モモンガ様…… その子誰ですか?」
「初めまして、モモンガの嫁です!!」
「……モモンガ様って実はロリコンだったんですね。いや、そんな気はしてましたよ」
「エンリ、違うからな」
「嫁にするぐらいいいじゃない。妻とか奥さんの方が良かった? あっ、私の事が評議国にバレたら多分戦争になるから匿ってね」
「全部同じだからな、それ。っておい、初耳だぞ!? さらっととんでもない爆弾を落とすな!!」
ああ、エンリからの視線が痛い。
おかしい、俺は何もしてないのに好感度が地の底まで落ちていきそうだ。
少し遡って、話に出てきた評議国の某所では……
「オロロロォ!! オエェェェェェェ!!」
「ツアー!! 急に吐き出してどうしたんじゃ!?」
「ダメ、みんなもうお終いだ…… あれは神の次元すら超えた化け物だ!!
スレイン法国を襲撃した際のモモンガの力を知覚してしまった、残念な