オーバーロード ありのままのモモンガ   作:まがお
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骨、目覚める

 カルネ村に住む少女、エンリ・エモットは妹のネムの手を引き走っていた。

 今日も朝早くに起きて、畑仕事をして、家族みんなでご飯を食べて、夜になったら眠る。そんないつもの一日は簡単に崩れ去った。

 

 帝国の騎士達が、急に村を襲って来たのだ。父と母は私達を逃がす時間を稼ぐ為、自ら騎士達に向かっていった。

 残された私は、妹だけでも逃さなければと、必死になって引っ張っていたが、森に着く前に追い付かれそうだ。

 

 

「ネムっ!! 頑張って、森まで行けば逃げ切れるから!!」

 

 嘘だ、森に行けば逃げ切れるわけじゃない。それでも少しでも長く生きて欲しいから、エンリは僅かな可能性に縋り、必死に走っていた。

 しかしネムの体力の方が先に尽きてしまった。足をもつらせ転けてしまった妹を、起き上がらせる間に、二人組の騎士達が追いついて来た。

 

 

「全く手こずらせやがって、随分と遠くまで逃げたもんだ」

 

「さっさと済ませて戻るぞ、こんな仕事に時間なんてかけたくないしな」

 

 

 二人の騎士はこちらを殺す事をまるで、何でもない作業のように言う。死ぬことが当たり前の様に振る舞う姿にエンリはキレた。

 

 

「舐めるなぁ!!」

 

 

 火事場の馬鹿力なのか、裂帛の気合いを持って放たれた拳は無防備に剣を振り上げた騎士の兜に突き刺さった。

 思わぬ一撃に騎士は倒れ、エンリは拳が潰れたのにも構わず、そのまま騎士に飛びつき抑えようとする。

 

 

「ネムっ!! 早く行きなさい!!」

 

 

 決死の覚悟で時間を稼ごうとしたが、所詮は女性の力、引き倒した方とは別の騎士によって、すぐに剥がされてしまう。

 

 

「このクソ女がぁぁ!!」

 

「っあぁ!!」

 

 

 エンリに殴られた方の騎士が、怒りに任せて、剣を振るう。闇雲に放たれた為か、エンリの背中を大きく切り裂いたが即死はしなかった。

 血を流し、動けなくなったエンリはネムを見つめて呟く。

 

 

「……ネム、逃げ……て」

 

 

 そんな姉の様子を見ながら、ネムは動くことも出来なかった。

 倒れた姉にトドメを刺そうと、騎士が剣を振りかぶる。

 

 

「助けて……モモンガ様!!」

 

 

 ネムにはどうする事も出来ず、最近助けてもらった優しいアンデッドの名前を呼んだ。その声に反応したのか、騎士達の動きが止まった。

 実際のところネムの声に止まったわけではない。ネムの後ろにある、ぽっかりと空いた闇を見て止まっていた。

 

 

 

 

 

「遅くなってごめん…… 俺も覚悟を決めたよ」

 

 

 そう言って闇から出て来たのは、黄金の杖を持ち、豪華な闇色のローブに包まれたアンデッド、死の支配者(オーバーロード)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガは仮の拠点としている、トブの大森林にある家で昨日のことを考えていた。

 

 

(もう戦う必要は無い、か。確かにそうだな。俺にとって守るものも残ってないし、元の世界にだって未練はない。平和にここでのんびり暮らすのも悪くないかもしれない。)

 

 

 モモンガには既に家族はいない。父親は物心つく前にはいなかったし、母親も幼いころに亡くなっている。それ以来、ユグドラシルの仲間たちと会うまでは本当に一人で生きてきた。

 

 

「寂しくない、か。あんな小さい子にそう言われるとはな……」

 

 

 自分はそんなに人に飢えているように見えたのだろうか。

 ネムの言葉は確かに嬉しかった。しかし、それ故に恐怖してしまう。ギルドの仲間たちが一人、二人と去っていき、最後には一人だった。

 自分から離れて行ってしまうことを一度経験しただけに、モモンガは人との関係が崩れるのを極端に恐れていた。

 

 

(あの子は今は小さいから、そう言ってくれているが大きくなったら周りと同じように俺を恐怖するかもしれない。いや、それ以前にネムは人間だ、いずれ寿命がくれば確実に離れ離れになる…… 別れに耐えられるのか? それならいっそ今のうちに旅にでも出てしまった方が、あの子のためにも良いのではないだろうか? その方がきっとお互いが傷付かずに済むはず。いや、アンデッドとなってしまった今、その時に別れを悲しめる感情が残っているのだろうか? 本当に心までアンデッドになって――)

 

 

 グルグルとゴールの見えない思考の迷路にはまってしまい、精神の安定化が起こるまでモモンガは考え続けていた。

 

 

「っふう、どちらにせよネムとは話さないといけないな。にしても今日は来ないのかな? 何時もならとっくに来ている頃なんだが……」

 

 

 いや、でも昨日もまた明日来るって言ってたしなぁ、そんなことを呟きながら遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出す。

 これは保護者が参観日に見るようなものと、自分に言い訳しながらカルネ村の様子を見ようとする。

 

 

「何だこれは、祭りか? いや、村が襲われているのか?」

 

 

 人が騎士に襲われている光景を目にしたが、多少不快に感じる程度で、自身の人外となってしまった精神性に思わず舌打ちする。

 とりあえずネムを探そうと、さらに周囲を見渡していく。村のはずれで一人の女性に手を引かれて森の方に走るネムを見つけた。

 

 

(俺はどうするべきか…… 助けるのか? 確かにネムのことは気に入っているが、少し話した程度の人間のために命をかけられるのか? あれはどう見ても野盗ではない、きっと何処かの国が関わっている。厄介ごとだし見捨てる事が正解だろう、話し相手はまた探せばいい)

 

 

 そんな事を考えていると、女性が騎士の一人に殴りかかり、そのまま騎士を必死になって押さえ付けていた。間も無く仲間の騎士に引き剥がされ、そして斬られた。

 このままでは女性は死に、次は確実にネムがやられるだろう。

 

 

(今なら傷も浅く済む、別れる良いきっかけだ。これ以上仲良くなったら、別れるのがもっと辛くなる。ほんの数日話しただけじゃないか、きっとネムが殺されたって俺は――)

 

 

『ネムが毎日来るからモモンガ様も話せるし、寂しくないです!!』

 

 

(――いや、見捨てられない…… あの時向けてくれた笑顔は本当に眩しかった。この世界で初めて俺を受け入れてくれたのはあの子だ。たとえこの先、あの子に怖がられる日が来ても、あの時の笑顔は決して嘘なんかじゃない。先の別れが怖くて今動かなかったらきっと後悔する!! この世界で俺の本当に望んでいたものをくれたのはあの子だ!!)

 

 

 自分を叱責していると、かつての仲間の声が聞こえ、背中を押された気がした。

 

 

『イエス!! ロリータ!! ノータッチ!! 可愛いは正義ですよ、モモンガさん‼︎』

 

 

 黄金の鎧をつけ、弓を撃ち、縦横無尽に羽ばたく友人、バードマンの姿が記憶から蘇り、かつての日々を思い出す。

 

 

「ふふっ、たっちさん(正義の味方)は無理でも、ペロロンチーノさん(子供の味方)くらいになら、俺だってなれますよね」

 

 

 仲間たちとの思い出の詰まった最高の杖を手に取り、助けに向かうべく〈転移門(ゲート)〉を唱える。

 そして目の前に現れた闇に踏み出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅くなってごめん…… 俺も覚悟を決めたよ」

 

 

 モモンガが〈転移門(ゲート)〉から出て来てから、ネム以外の人間は、あまりに現実離れした現象に動けなくなっていた。

 

 

「っモモンガ様ぁぁー!!」

 

 

 エンリは困惑していた。騎士に斬られて死ぬと思ったら、後ろの闇から死が形となって出てきた。

 しかも、妹がそれの名前? を呼びながら泣きついている。

 意味が分からない、何でそれも親しそうに妹の頭を撫でているのか、混乱して、声を掛けることすらできなかった。

 

 

「さて、騎士達よ。ここからは私が相手になろう。まさか、女子供には攻撃できて、アンデッドとは戦えないなどとは言うまいな?」

 

 

「ああ、ああぁぁっ!!」

 

 

 あまりの威圧感に騎士の一人が恐怖に駆られてか、特攻を仕掛けてきた。モモンガは避けるそぶりも見せず、淡々と魔法を唱えた。

 

 

「〈連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 

 モモンガの手から巨大な白い雷が、まるで竜の様に飛び出した。それは特攻せず控えていた騎士も諸共巻き込み、あたり一面を包むように白い光が迸る。

 あまりの光量に目が眩み、次に目を開けると、原型が残らないほど燃やし尽くされた鎧だけが残っていた。

 

 

「ネムの姉だな、斬られたようだからこれを飲むと良い。すぐに傷が治る」

 

 

 必要以上に強い魔法を使ってしまい、ネムの姉を巻き込まなかったことにモモンガは内心安堵していた。

 しかし、そんな様子は全く出さずに姉の方へ向かう。

 

 呆気に取られて動けなかった私に、モモンガと呼ばれた真っ白な骸骨のアンデッドは、赤い液体の入った瓶を差し出した。

 

 

「お姉ちゃん!! 早く飲んで、すぐ治るから!!」

 

 

 そんな怪しいものは普段なら絶対飲まない。なのになぜか妹に急かされ、慌てて飲んでしまった。

 

 

「えっ?! 傷が消えた!!」

 

 

 液体を飲んだ途端に、斬られた背中のキズは完全に消えた。身体を動かしても痛みも全くない。斬られたことが嘘のようだ。

 

 

「よし、傷も治ったし問題ないな」

 

「モモンガ様!! ネムとお姉ちゃんを助けてくれてありがとうございます!!」

 

 

 目の前の骸骨に向かって、お礼を言う妹に戸惑いつつも、エンリも礼を言った。

 

 

「助けてくださって、ありがとうございます。えーと、モモンガ様?」

 

 

 そんな姉妹を前に気にする事はないと、軽く手を振っていたモモンガに、ネムが何かを思い出したかのように暗い声で喋り始めた。

 

 

「ごめんなさい、モモンガ様…… もう戦わなくてもいいって言ったのに――戦うのが嫌だって、ネム知ってるのに。今も助けてもらったばかりだけど、お願いします!! お父さんとお母さんを、村のみんなを助けてください!!」

 

 

 妹はこのアンデッドの事情を何か知っているようだった。それでも願わずにはいられないのだろう。そんな妹の懇願に姉も続いた。

 

「お願いします!! 事情は分かりませんが、貴方様にとって辛い事をお願いするようですが、他に頼れる人もいないんです!! 助けてください!!」

 

 

「任せろ、さぁ村を助けに行こう。今の私は子供の味方だからな」

 

 

 当たり前のように頷き、笑う。

 死の具現とも思える程のアンデッドなのに、その姿にはどこか晴れ晴れとしたものを感じた。

 

 

 








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